経済政策

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 徳川幕府を倒し政権の座についた明治新政府にとっては、政治的・財政的基礎を確立し、近代的な中央集権的国家をつくり上げることが緊急の課題であった。旧体制の債務を切り捨て、制度改革を断行し、同時に海外からの技術移転による殖産興業政策に取り組んだ。しかし、西南戦争の戦費をまかなうための紙幣増刷、米価の急騰、大隈重信らの積極的産業育成政策遂行のための起業公債発行は、インフレを激化させる要因となった。

 これに対して松方正義は、積極政策を転換して財政縮小均衡路線を採用し、本格的な紙幣整理に着手する。1881年から20ヶ月にわたって遂行された松方財政は、莫大な量の紙幣を流通から引き上げ銷却することに成功した。しかし、その結果景気は後退し、同時期に起こった大幅な米価低落とあいまって、極めて深刻なデフレをもたらした。

 だが、この緊縮財政により、紙幣価格は正常化し、貿易収支の改善と正貨蓄積をもたらし、近代的財政金融制度の基礎が確立したのである。それは、この後本格化する「企業勃興」への基盤を準備するものであった。

 本研究会は、多くの資料と統計に基づく詳細な実証研究を通して、1870年代から1900年までの明治前期の財政政策と殖産興業政策の形成過程と政治・経済過程の分析をおこなった。