DIA-204-1980-01-02-1 | タイ | 1980年01月02日 | 1980年代 | 政府,ソビエト軍のアフガン介入を非難。 |
DIA-204-1980-01-03-1 | タイ | 1980年01月03日 | 1980年代 | 中国とオイル供給契約―原油70万トン,ハイスピード・ディーゼル油25万トンの購入契約成立。79年は中国からそれぞれ24万トン,20万トンを購入。 |
DIA-204-1980-01-03-2 | タイ | 1980年01月03日 | 1980年代 | シアヌーク殿下の入国について首相見解―シアヌーク殿下のカンボジア帰国がタイ・カンボジア国境およびカンボジアに平和をもたらすものであれば殿下のタイ入国も許可されうると,首相表明。 |
DIA-204-1980-01-04-1 | タイ | 1980年01月04日 | 1980年代 | タイ・カンボジア国境で戦闘,難民がタイ流入。 |
DIA-204-1980-01-04-2 | タイ | 1980年01月04日 | 1980年代 | 内務省がソビエト大使館の衛護強化。 |
DIA-204-1980-01-04-3 | タイ | 1980年01月04日 | 1980年代 | 国会議員選挙法改正案が上下両院合同会議を通過。 |
DIA-204-1980-01-04-4 | タイ | 1980年01月04日 | 1980年代 | 4日付バンコク・ポスト紙によると,金融逼迫による景気悪化で建設資材価格下落。 |
DIA-204-1980-01-07-1 | タイ | 1980年01月07日 | 1980年代 | 商業銀行貸出金利,3%アップの18%―この措置に追随して,定期預金金利が3%,貯蓄性預金金利が2.5%に引き上げられた。 |
DIA-204-1980-01-07-2 | タイ | 1980年01月07日 | 1980年代 | 商業省,80年輸出振興ミッションを6回にわたって計画と発表。 |
DIA-204-1980-01-07-3 | タイ | 1980年01月07日 | 1980年代 | C.Amornphant会社,80年住宅販売は購買力の低下で30~40%の下落と発表。(7日付バンコクポスト紙) |
DIA-204-1980-01-08-1 | タイ | 1980年01月08日 | 1980年代 | 公務員の恩給,村長および助役の給与を1月1日にさかのぼり20%引き上げ決定。 |
DIA-204-1980-01-08-2 | タイ | 1980年01月08日 | 1980年代 | バンコク市内ガソリン・スタンドの日曜営業禁止。 |
DIA-204-1980-01-08-3 | タイ | 1980年01月08日 | 1980年代 | 米国,1万人のインドシナ難民をタイから受け入れると誓約。 |
DIA-204-1980-01-09-1 | タイ | 1980年01月09日 | 1980年代 | ウパディット外相,インドシナ諸国との相互不可侵条約締結は必要ないと語る。 |
DIA-204-1980-01-10-1 | タイ | 1980年01月10日 | 1980年代 | タイ銀行協会,資本・貸出比率の9%から8%への引下げを中銀に要求。 |
DIA-204-1980-01-11-1 | タイ | 1980年01月11日 | 1980年代 | タイ・イスラム教徒,ソビエト大使館に抗議。 |
DIA-204-1980-01-13-1 | タイ | 1980年01月13日 | 1980年代 | 中国のインドシナ難民引受6千人の第一陣出発 |
DIA-204-1980-01-15-1 | タイ | 1980年01月15日 | 1980年代 | タイ国軍,国際救済機関がカンボジア難民への食糧,水,その他の生活物資供給を中止。 |
DIA-204-1980-01-15-2 | タイ | 1980年01月15日 | 1980年代 | 英国国務相,タイとマニラ協定復活協議意向表明。 |
DIA-204-1980-01-16-1 | タイ | 1980年01月16日 | 1980年代 | プレーム国防相,外国軍隊の侵略防止準備を表明。 |
DIA-204-1980-01-16-2 | タイ | 1980年01月16日 | 1980年代 | 香港人,マレーシア人,台湾人のタイへの旅行制限解除。 |
DIA-204-1980-01-17-1 | タイ | 1980年01月17日 | 1980年代 | クリアンサック首相,米作農民救済に2億5千万バーツの割当を決定。 |
DIA-204-1980-01-19-1 | タイ | 1980年01月19日 | 1980年代 | クリアンサック首相,電気料金引上げに強い意向表明。 |
DIA-204-1980-01-21-1 | タイ | 1980年01月21日 | 1980年代 | 難民キャンプに市場開設―21日付バンコク・ポスト紙によるとカオ・イ・ダン難民キャンプにタイ国軍の監視下で初めて市場が開設。 |
DIA-204-1980-01-21-2 | タイ | 1980年01月21日 | 1980年代 | ワルトハイム国連事務総長のタイ訪問無期延期。 |
DIA-204-1980-01-21-3 | タイ | 1980年01月21日 | 1980年代 | イスラム教徒の大学生がソビエトのアフガニスタン介入に対し抗議集会。 |
DIA-204-1980-01-21-4 | タイ | 1980年01月21日 | 1980年代 | タイ石油公社がマレーシア,インドネシアと石油年間供給契約を締結。 |
DIA-204-1980-01-21-5 | タイ | 1980年01月21日 | 1980年代 | オップ商業相,日・タイ両国間貿易不均衡是正に日本政府が努力するよう関経連に働きかけを依頼。 |
DIA-204-1980-01-22-1 | タイ | 1980年01月22日 | 1980年代 | 証券市場育成基金の10億バーツ追加発表。 |
DIA-204-1980-01-23-1 | タイ | 1980年01月23日 | 1980年代 | 首相,西独訪問予定を突如中止。 |
DIA-204-1980-01-23-2 | タイ | 1980年01月23日 | 1980年代 | バンコク・ポスト紙によれば,米国から反戦車砲’ドラゴン’100基が近日中に到着。 |
DIA-204-1980-01-23-3 | タイ | 1980年01月23日 | 1980年代 | 1億バーツの対越借款供与協定締結。 |
DIA-204-1980-01-23-4 | タイ | 1980年01月23日 | 1980年代 | 大蔵省,米価格支持に10億バーツの追加支出発表。 |
DIA-204-1980-01-23-5 | タイ | 1980年01月23日 | 1980年代 | 内閣,債券金利の天井を14.5%へ引上げることを承認。 |
DIA-204-1980-01-23-6 | タイ | 1980年01月23日 | 1980年代 | 民主党の9議員,党幹部の政府支持失敗に抗議離党。 |
DIA-204-1980-01-23-7 | タイ | 1980年01月23日 | 1980年代 | タバコ専売労働者のストライキ終る。 |
DIA-204-1980-01-24-1 | タイ | 1980年01月24日 | 1980年代 | IMF,非関税障壁撤廃を要請。 |
DIA-204-1980-01-25-1 | タイ | 1980年01月25日 | 1980年代 | 首相およびプレム陸軍司令官,24日クーデター説を否定。 |
DIA-204-1980-01-26-1 | タイ | 1980年01月26日 | 1980年代 | 首相,シンガポール首相とバンコク会談。 |
DIA-204-1980-01-27-1 | タイ | 1980年01月27日 | 1980年代 | 西独,インドシナ難民向けおよびメコン河開発に4億4千万バーツの援助約束。 |
DIA-204-1980-01-27-2 | タイ | 1980年01月27日 | 1980年代 | 首相,マニラ協定の存続を表明。 |
DIA-204-1980-01-28-1 | タイ | 1980年01月28日 | 1980年代 | カンボジア内で戦火,アランヤプラテート農大近辺に爆撃。 |
DIA-204-1980-01-29-1 | タイ | 1980年01月29日 | 1980年代 | 第5次5ヵ年計画草案始まる。 |
DIA-204-1980-01-30-1 | タイ | 1980年01月30日 | 1980年代 | 1979年の石油消費は2.8%増。 |
DIA-204-1980-01-30-2 | タイ | 1980年01月30日 | 1980年代 | 80年米輸出は220万トン,前年50万トン減少見込。 |
DIA-204-1980-01-30-3 | タイ | 1980年01月30日 | 1980年代 | 中銀,商業銀行資本・貸出比率を9%から8.5%への引下げ発表。 |
DIA-204-1980-01-30-4 | タイ | 1980年01月30日 | 1980年代 | チャーンチャイ副蔵相,80年末には経済が改善すると語る。 |
DIA-204-1980-01-31-1 | タイ | 1980年01月31日 | 1980年代 | オーストラリア,軍事的および経済的援助約束。 |
DIA-204-1980-01-31-2 | タイ | 1980年01月31日 | 1980年代 | NESDB,81年の公的債務返済率は国家経済開発計画上限の7%を上回る8.33%と予測。 |
DIA-204-1980-01-31-3 | タイ | 1980年01月31日 | 1980年代 | サヤーム民主党,野党への転換表明。 |
DIA-204-1980-02-01-1 | タイ | 1980年02月01日 | 1980年代 | 電気料金の39.7%引上げ発表。 |
DIA-204-1980-02-01-2 | タイ | 1980年02月01日 | 1980年代 | 首相,経済顧問委員会設置。 |
DIA-204-1980-02-01-3 | タイ | 1980年02月01日 | 1980年代 | 首相,国連特使と会談―カンボジア領内に国連管轄下の非武装地帯設置というタイ側の意向を表明。 |
DIA-204-1980-02-02-1 | タイ | 1980年02月02日 | 1980年代 | シャム民主党,前顧問ウドム氏を党追放。 |
DIA-204-1980-02-02-2 | タイ | 1980年02月02日 | 1980年代 | タイ貿易委員会,苦難の80年経済と予測。 |
DIA-204-1980-02-02-3 | タイ | 1980年02月02日 | 1980年代 | 流動性増加で金融市場は改善中と中銀発表。 |
DIA-204-1980-02-04-1 | タイ | 1980年02月04日 | 1980年代 | 大蔵省,輸出信用保険会社設立を承認。 |
DIA-204-1980-02-04-2 | タイ | 1980年02月04日 | 1980年代 | ポル・ポト軍とその配下のカンボジア人約7500人がタイ領内に逃避。 |
DIA-204-1980-02-04-3 | タイ | 1980年02月04日 | 1980年代 | ロザリン米国大統領夫人,タイ国王妃にメッセージ。 |
DIA-204-1980-02-05-1 | タイ | 1980年02月05日 | 1980年代 | 中国全人代代表団がタイ公式訪問。 |
DIA-204-1980-02-05-2 | タイ | 1980年02月05日 | 1980年代 | チャルームチャイ首相府相,高齢と病気を理由で辞職したと首相発表。 |
DIA-204-1980-02-06-1 | タイ | 1980年02月06日 | 1980年代 | オップ商業相,80年貿易赤字を600億バーツと予測,輸出振興策の一環を示す。 |
DIA-204-1980-02-07-1 | タイ | 1980年02月07日 | 1980年代 | 首相,中国全人代代表鄧団長と会談。 |
DIA-204-1980-02-08-1 | タイ | 1980年02月08日 | 1980年代 | 33ヵ国の外交団がカンボジア国境の難民キャンプを視察。外交団はタイ外務省の招待。 |
DIA-204-1980-02-09-1 | タイ | 1980年02月09日 | 1980年代 | 石油製品およびガス販売価格大幅引上げ発表―引上げ率は最低24.2%から最高71.9%。 |
DIA-204-1980-02-10-1 | タイ | 1980年02月10日 | 1980年代 | NESDBに対し政府関係各機関は開発プロジェクトの報告義務が課された。 |
DIA-204-1980-02-11-1 | タイ | 1980年02月11日 | 1980年代 | 第3次クリアンサック政権発足。 |
DIA-204-1980-02-11-2 | タイ | 1980年02月11日 | 1980年代 | ククリット社会行動党党首,第3次クリアンサック内閣に不信任の意向示す。 |
DIA-204-1980-02-11-3 | タイ | 1980年02月11日 | 1980年代 | 4大学学生,石油値上げに対し首相官邸前で抗議。 |
DIA-204-1980-02-12-1 | タイ | 1980年02月12日 | 1980年代 | 3野党が内閣不信任決定―社会行動党,タイ国民党,タイ人民党の3野党は石油・ガス値上げを理由に内閣不信任を決定,民主党に協力要請。 |
DIA-204-1980-02-12-2 | タイ | 1980年02月12日 | 1980年代 | 石油専門家,今回の引上げで平均6サタン余りの石油会社の利益になるとして不当性を指摘。 |
DIA-204-1980-02-13-1 | タイ | 1980年02月13日 | 1980年代 | 米国の軍事的援助増強,マニラ協定尊重を確認したとシッティ外相が明らかにした。 |
DIA-204-1980-02-13-2 | タイ | 1980年02月13日 | 1980年代 | ブンジン首相府相,早くも辞職の意向表明。 |
DIA-204-1980-02-13-3 | タイ | 1980年02月13日 | 1980年代 | 民主党,内閣不信任を決定。 |
DIA-204-1980-02-14-1 | タイ | 1980年02月14日 | 1980年代 | 首相,臨時国会で対決の意向表明―電気料金および石油・ガス価格の引上げを臨時国会で説明すると述べた。 |
DIA-204-1980-02-14-2 | タイ | 1980年02月14日 | 1980年代 | シッティ外相とアルン副外相は,外交路線に変更のないことを明らかにした。 |
DIA-204-1980-02-14-3 | タイ | 1980年02月14日 | 1980年代 | 自由正義党中央委員会は,党メンバーであるブンジン首相府相およびウオン副農相の閣僚ポスト辞職決定。ブンジン氏承認。 |
DIA-204-1980-02-14-4 | タイ | 1980年02月14日 | 1980年代 | 漁業協会は約3万5千人の漁民が漁業を営めなくなっていると首相に声明。 |
DIA-204-1980-02-14-5 | タイ | 1980年02月14日 | 1980年代 | 国境難民キャンプへの救済物資供給一時中止。 |
DIA-204-1980-02-15-1 | タイ | 1980年02月15日 | 1980年代 | ブンジン首相府相が首相に辞表提出。 |
DIA-204-1980-02-16-1 | タイ | 1980年02月16日 | 1980年代 | 全国の大学・専門学校学生連合が石油・ガス値上げに対し首相官邸前で集会。 |
DIA-204-1980-02-18-1 | タイ | 1980年02月18日 | 1980年代 | 漁民約4千人が首相官邸前で集会。 |
DIA-204-1980-02-18-2 | タイ | 1980年02月18日 | 1980年代 | 90%のバンコク市民が80年経済の悪化を予想。 |
DIA-204-1980-02-18-3 | タイ | 1980年02月18日 | 1980年代 | 大蔵省,公的債務返済率は7%にとどまると見解。 |
DIA-204-1980-02-18-4 | タイ | 1980年02月18日 | 1980年代 | サマック・タイ人民党党首が内閣不信任投票呼掛け。 |
DIA-204-1980-02-18-5 | タイ | 1980年02月18日 | 1980年代 | カンボジアへの救済物資供給中止解除。 |
DIA-204-1980-02-19-1 | タイ | 1980年02月19日 | 1980年代 | シャム民主党,クリアンサック内閣支持を撤回。 |
DIA-204-1980-02-19-2 | タイ | 1980年02月19日 | 1980年代 | 首相,米国に緊急軍事援助要求。 |
DIA-204-1980-02-19-3 | タイ | 1980年02月19日 | 1980年代 | UNHCR,80年に1億ドルの難民援助をタイに約束。 |
DIA-204-1980-02-19-4 | タイ | 1980年02月19日 | 1980年代 | タマサート大学で学生連合主催集会。 |
DIA-204-1980-02-20-1 | タイ | 1980年02月20日 | 1980年代 | プラマーン・タイ国民党党首,クリアンサツク落しに絞り,3野党に不信任を働きかけると表明。 |
DIA-204-1980-02-21-1 | タイ | 1980年02月21日 | 1980年代 | タイ・フィリピン両国二重課税防止協定調印。 |
DIA-204-1980-02-21-2 | タイ | 1980年02月21日 | 1980年代 | ベトナム軍越境についての最高司令部見解―1月17日,18日,2月9日,2月14日のベトナム軍越境は侵攻目的でなくタイ国防衛力把握のためであると見解。 |
DIA-204-1980-02-21-3 | タイ | 1980年02月21日 | 1980年代 | 首相,2月29日に臨時国会開催を決意―石油,ガスの引上げ理由を説明し,国民の疑問を解消すると語った。 |
DIA-204-1980-02-21-4 | タイ | 1980年02月21日 | 1980年代 | 2万人石油値上げ抗議集会―タイで全国労働評議会主催で政党幹部,学生が集結。 |
DIA-204-1980-02-21-5 | タイ | 1980年02月21日 | 1980年代 | タイ石油公社,天然ガス開発で1億0700万ドル世銀融資に調印。 |
DIA-204-1980-02-22-1 | タイ | 1980年02月22日 | 1980年代 | 野党,首相提唱の石油価格引上げ論争を拒絶。 |
DIA-204-1980-02-23-1 | タイ | 1980年02月23日 | 1980年代 | 首相,プレム国防相とスーム副首相との不和を否定。 |
DIA-204-1980-02-23-2 | タイ | 1980年02月23日 | 1980年代 | 首相,テレビ演説で一般物価の抑制を約束。 |
DIA-204-1980-02-24-1 | タイ | 1980年02月24日 | 1980年代 | 18学生連合,石油価格引上げの撤回と物価抑制の緊急策を訴えるデモンストレーション展開。 |
DIA-204-1980-02-24-2 | タイ | 1980年02月24日 | 1980年代 | ククリット社会行動党党首,新しい首相を要求。 |
DIA-204-1980-02-24-3 | タイ | 1980年02月24日 | 1980年代 | シャム民主党,クリアンサック政府不信任案を表明。 |
DIA-204-1980-02-27-1 | タイ | 1980年02月27日 | 1980年代 | 野党5党,内閣不信任案をハリン国会議長に提出。 |
DIA-204-1980-02-28-1 | タイ | 1980年02月28日 | 1980年代 | 日本の官民合同調査団,カンボジア難民中長期救済計画立案のためカオ・イ・ダン,サケオ両難民キャンプを視察。 |
DIA-204-1980-02-29-1 | タイ | 1980年02月29日 | 1980年代 | クリアンサック首相,辞任発表。 |
DIA-204-1980-03-03-1 | タイ | 1980年03月03日 | 1980年代 | 上下両院合同会議が新首相にプレム陸軍司令官を選出。 |
DIA-204-1980-03-03-2 | タイ | 1980年03月03日 | 1980年代 | プレム氏,ククリット社会行動党党首に組閣の協力要請。 |
DIA-204-1980-03-03-3 | タイ | 1980年03月03日 | 1980年代 | プミポン国王,プレム陸軍司令官を正式に首相任命。 |
DIA-204-1980-03-03-4 | タイ | 1980年03月03日 | 1980年代 | 漁民約2千人が石油価格引上げに対し政府援助を要求。 |
DIA-204-1980-03-03-5 | タイ | 1980年03月03日 | 1980年代 | 80年アジア開銀,対タイ融資を2億5千~3億米ドル(大蔵省発表)。 |
DIA-204-1980-03-04-1 | タイ | 1980年03月04日 | 1980年代 | インドネシア政府はタイへの原油供給を倍増し,1バーレル31.3米ドルで1日当り1万バーレル供給すると発表。前契約は80年1月1日から1日当り5千バーレル,1バーレル当り29.6米ドル。 |
DIA-204-1980-03-04-2 | タイ | 1980年03月04日 | 1980年代 | プレム首相,石油価格の再調整と犯罪率引下げを約束。 |
DIA-204-1980-03-06-1 | タイ | 1980年03月06日 | 1980年代 | タイ南部のヤラ県で分離主義者ゲリラのものと思われる時限爆弾6つが爆発。 |
DIA-204-1980-03-08-1 | タイ | 1980年03月08日 | 1980年代 | プレム首相,10日にも組閣と発表。 |
DIA-204-1980-03-08-2 | タイ | 1980年03月08日 | 1980年代 | 80年海外経済援助および技術協力は18億バーツ―昨年より3億6千万バーツ増。日本の援助は2億4千万バーツと最高。 |
DIA-204-1980-03-09-1 | タイ | 1980年03月09日 | 1980年代 | シッテイ外相代行,タイのカンボジア難民は一時的にタイにとどまることが許されるであろうと,新政権下でも難民に対するオープン・ドア・ポリシー維持を示唆。 |
DIA-204-1980-03-11-1 | タイ | 1980年03月11日 | 1980年代 | タイ電気公社,旱ばつの被害救済のため電力危機の危険をおかしてダム水解放を決定。 |
DIA-204-1980-03-12-1 | タイ | 1980年03月12日 | 1980年代 | 第1次プレム内閣発足,37ポストのうち24人が政党人,下院議員が17人という‘文民主体政権’。 |
DIA-204-1980-03-13-1 | タイ | 1980年03月13日 | 1980年代 | シャム民主党,ポル党首の副運輸相入閣について協議すると発表。 |
DIA-204-1980-03-14-1 | タイ | 1980年03月14日 | 1980年代 | 王妃,米国でカンボジア難民援助続行の意向を表明。 |
DIA-204-1980-03-14-2 | タイ | 1980年03月14日 | 1980年代 | プレム首相,テレビ・ラジオ放送演説で国民の一致した協力を要請。 |
DIA-204-1980-03-16-1 | タイ | 1980年03月16日 | 1980年代 | 新政府の最優先課題を4党に提出。 |
DIA-204-1980-03-16-2 | タイ | 1980年03月16日 | 1980年代 | ククリット社会行動党党首,石油価格問題,インフレ問題に対する早急的処置が必要であり,政府が必要な措置をとらねば現政府の存続はないと語った。 |
DIA-204-1980-03-17-1 | タイ | 1980年03月17日 | 1980年代 | 世銀レポート―低コストかつ投資誘発的な投資の重視,引締的な財政・金融政策運営をタイに勧告。 |
DIA-204-1980-03-17-2 | タイ | 1980年03月17日 | 1980年代 | 首相,首相補佐役のスタッフ発表。 |
DIA-204-1980-03-18-1 | タイ | 1980年03月18日 | 1980年代 | ESCAP総会開会―開会演説でプレム首相が民族自決に基づくカンボジア問題の解決を強調。 |
DIA-204-1980-03-18-2 | タイ | 1980年03月18日 | 1980年代 | 日本の松友副外相,カンボジア国際会議の開催とタイ・カンボジア国境に国連監視チームの常設というタイ政府の提案を支持。 |
DIA-204-1980-03-18-3 | タイ | 1980年03月18日 | 1980年代 | 中銀,地方開発のため民間の国債購入運動を展開中。 |
DIA-204-1980-03-18-4 | タイ | 1980年03月18日 | 1980年代 | アムヌアイ蔵相,インフレ抑制,所得格差是正,地方所得引上げのためあらゆる政策をとることを表明。 |
DIA-204-1980-03-18-5 | タイ | 1980年03月18日 | 1980年代 | タムチャイ商務相,輸出拡大で政府が掲げている経済目標を達成すると語った。 |
DIA-204-1980-03-18-6 | タイ | 1980年03月18日 | 1980年代 | 首相,旱ばつで被害を蒙った農民への緊急救済策を農業組合省に命令。 |
DIA-204-1980-03-19-1 | タイ | 1980年03月19日 | 1980年代 | 石油製品価格,ガス料金の引下げ発表。 |
DIA-204-1980-03-19-2 | タイ | 1980年03月19日 | 1980年代 | バーン・ノン・コク・ムーンのキャンプ204でキャンプ支配権をめぐる戦闘発生,タイ軍鎮圧。 |
DIA-204-1980-03-19-3 | タイ | 1980年03月19日 | 1980年代 | 黄華中国外相,バンコク訪問,シッティ外相と会談。 |
DIA-204-1980-03-20-1 | タイ | 1980年03月20日 | 1980年代 | タスク・フォース80が難民救済修正計画案作成―タイおよび外国の難民救済計画担当者が作成した計画案では,難民の自発的本国帰還,カオ・イ・ダン・キャンプ閉鎖がもりこまれている。 |
DIA-204-1980-03-20-2 | タイ | 1980年03月20日 | 1980年代 | NESDB経済予測―経済成長6.6%,農業4.4%以内,工業8.6%。 |
DIA-204-1980-03-21-1 | タイ | 1980年03月21日 | 1980年代 | タスク・フォース80がタイの難民数を発表―総数:1,097,434人,カンボジア国境のカンボジア難民:74万人,ラオス人:119,265人,ベトナム人:47,727人,軍および内務省管轄のキャンプにいるカンボジア人:158,376人,中国人:10,090人,ビルマ人:16,435人。 |
DIA-204-1980-03-21-2 | タイ | 1980年03月21日 | 1980年代 | 国際赤十字のショッキング報告―カンボジア難民への救済物資のうち難民に渡るのは13%たらず,残りはヤミ市場にまわるか,カンボジア内のクメール・セリ軍の手にわたっている,と報告。 |
DIA-204-1980-03-21-3 | タイ | 1980年03月21日 | 1980年代 | ニューヨークで開催予定の国連難民救済会議に欠席を発表。 |
DIA-204-1980-03-21-4 | タイ | 1980年03月21日 | 1980年代 | クアン・サン軍のキャンプ204に対する攻撃で数千人の難民がタイに流入。 |
DIA-204-1980-03-22-1 | タイ | 1980年03月22日 | 1980年代 | プレム首相,カンボジア国境を視察。 |
DIA-204-1980-03-22-2 | タイ | 1980年03月22日 | 1980年代 | 内務省,石油節約のため4月1日からフレクシブルタイム制の実施を発表。 |
DIA-204-1980-03-22-3 | タイ | 1980年03月22日 | 1980年代 | 79年犯罪件数,対前年比15%増加。 |
DIA-204-1980-03-25-1 | タイ | 1980年03月25日 | 1980年代 | 第4次5ヵ年計画中間報告―77~79年平均で計画値7%を上回る8.6%成長を達成したが,石油危機により経済の安定性欠如。 |
DIA-204-1980-03-25-2 | タイ | 1980年03月25日 | 1980年代 | 新5ヵ年計画で独占傾向に対処していくとNESDBが発表。 |
DIA-204-1980-03-29-1 | タイ | 1980年03月29日 | 1980年代 | バンコク・バンクがプライムを0.75%引き上げ17.5%に。 |
DIA-204-1980-03-31-1 | タイ | 1980年03月31日 | 1980年代 | 中銀,公定歩合を12.5%から14%に引上げ。 |
DIA-204-1980-03-31-2 | タイ | 1980年03月31日 | 1980年代 | 国軍最高司令部,難民出発準備中と発表。 |
DIA-204-1980-04-01-1 | タイ | 1980年04月01日 | 1980年代 | 商業省,対欧家具輸出の促進に品質向上の必要性を指摘。 |
DIA-204-1980-04-01-2 | タイ | 1980年04月01日 | 1980年代 | 世銀,発電所プラント融資承認―融資額は8200万米ドル。世銀は次期年度から最低2%のレート・リターンを,また第一段階として7%のレート・リターンを期待できると判断し,今回の承認となった。 |
DIA-204-1980-04-01-3 | タイ | 1980年04月01日 | 1980年代 | IFCT,80年の貸出を地方工業開発に重点と発表。 |
DIA-204-1980-04-01-4 | タイ | 1980年04月01日 | 1980年代 | ASEAN諸国生産財のうち100項目について10%の関税カットを発表。 |
DIA-204-1980-04-01-5 | タイ | 1980年04月01日 | 1980年代 | タイ発電公社が電気消費の削減をアピール。 |
DIA-204-1980-04-02-1 | タイ | 1980年04月02日 | 1980年代 | 輸出促進を重点とした貿易収支改善策発表。 |
DIA-204-1980-04-03-1 | タイ | 1980年04月03日 | 1980年代 | 日本が輸出促進計画に全面援助を約束。 |
DIA-204-1980-04-03-2 | タイ | 1980年04月03日 | 1980年代 | 米国提案の新ジェノバ・インドシナ国際会議開催に対し,シッティ外相がASEAN諸国への支持働きかけを表明。 |
DIA-204-1980-04-03-3 | タイ | 1980年04月03日 | 1980年代 | 大蔵省,バンコク空港ホテル建設の延期決定を表明。 |
DIA-204-1980-04-04-1 | タイ | 1980年04月04日 | 1980年代 | プレム首相のASEAN諸国歴訪発表。 |
DIA-204-1980-04-04-2 | タイ | 1980年04月04日 | 1980年代 | カンボジア難民を国境安全地帯に移すと発表。 |
DIA-204-1980-04-06-1 | タイ | 1980年04月06日 | 1980年代 | タイ石油公社がインドネシアと日量1万バーレルのオイル供給契約に調印。 |
DIA-204-1980-04-06-2 | タイ | 1980年04月06日 | 1980年代 | クメール・セラリのリーダーがタイ政府の難民移動計画に反対。 |
DIA-204-1980-04-07-1 | タイ | 1980年04月07日 | 1980年代 | 農業組合省が農業生産増大と農民所得向上をはかる5つの政策を柱とした計画発表。 |
DIA-204-1980-04-08-1 | タイ | 1980年04月08日 | 1980年代 | 西独輸入業者,タイ製品の品質向上が不可欠と指摘。 |
DIA-204-1980-04-08-2 | タイ | 1980年04月08日 | 1980年代 | 新5ヵ年計画で輸出拡張を強調するとNESDBが表明。 |
DIA-204-1980-04-08-3 | タイ | 1980年04月08日 | 1980年代 | エネルギー節約プラン発表,15日から実施。 |
DIA-204-1980-04-09-1 | タイ | 1980年04月09日 | 1980年代 | プレム首相がエネルギー節約対策として重工業部門の消費削減を追加発表。 |
DIA-204-1980-04-09-2 | タイ | 1980年04月09日 | 1980年代 | 世銀はタイ国鉄の新規プロジェクトにクレーム。 |
DIA-204-1980-04-10-1 | タイ | 1980年04月10日 | 1980年代 | タイ当局は自発的帰国を望むインドシナ難民を来月に送還すると発表。 |
DIA-204-1980-04-11-1 | タイ | 1980年04月11日 | 1980年代 | タイ発電公社は新エネルギー節約対策で12~13%の節約が達成できると報告。 |
DIA-204-1980-04-11-2 | タイ | 1980年04月11日 | 1980年代 | 国際赤十字はキャンプ204の閉鎖を決定。 |
DIA-204-1980-04-12-1 | タイ | 1980年04月12日 | 1980年代 | OPEC特別基金がタイの石油依存軽減のため,天然ガスと水力発電の両プロジェクトに融資を表明。 |
DIA-204-1980-04-14-1 | タイ | 1980年04月14日 | 1980年代 | 主要工場は政府のエネルギー節約対策に全面援助を約束。 |
DIA-204-1980-04-14-2 | タイ | 1980年04月14日 | 1980年代 | 80年第1四半期の商業銀行預金増加率は16%増加。 |
DIA-204-1980-04-14-3 | タイ | 1980年04月14日 | 1980年代 | NESDBが新5ヵ年計画で人口増加率を現在の2.1%から1.5%に引き下げると表明。 |
DIA-204-1980-04-15-1 | タイ | 1980年04月15日 | 1980年代 | 天然ガス採掘権の外国企業への開放を決定。 |
DIA-204-1980-04-16-1 | タイ | 1980年04月16日 | 1980年代 | 高金利で国債需要が増加していると大蔵省発表。 |
DIA-204-1980-04-16-2 | タイ | 1980年04月16日 | 1980年代 | ブーンチュー副首相,タイ国株式会社とオープン・ドア・ポリシーを表明。 |
DIA-204-1980-04-16-3 | タイ | 1980年04月16日 | 1980年代 | プレム首相がカンボジア問題で,ベトナムとASEAN諸国との直接会談を歓迎。 |
DIA-204-1980-04-17-1 | タイ | 1980年04月17日 | 1980年代 | 政府は新エネルギー節約対策で17%削減も可能と表明。 |
DIA-204-1980-04-17-2 | タイ | 1980年04月17日 | 1980年代 | ベトナム外相の訪タイ受諾。 |
DIA-204-1980-04-18-1 | タイ | 1980年04月18日 | 1980年代 | プレム首相がマレーシアとシンガポールへ出発。 |
DIA-204-1980-04-19-1 | タイ | 1980年04月19日 | 1980年代 | 黄華中国外相が訪タイを表明。 |
DIA-204-1980-04-19-2 | タイ | 1980年04月19日 | 1980年代 | フセイン・マレーシア首相,タイへ1ヵ月当り7万バーレル(1万トン)のディーゼル油供給を発表。 |
DIA-204-1980-04-20-1 | タイ | 1980年04月20日 | 1980年代 | プレム首相帰国インタビュー―カンボジア問題の解決にはベトナム撤退が基本となると表明。 |
DIA-204-1980-04-21-1 | タイ | 1980年04月21日 | 1980年代 | 最高司令部がカンボジア難民は国境の難民よりよい生活をしていると発表。 |
DIA-204-1980-04-22-1 | タイ | 1980年04月22日 | 1980年代 | バンコク・バンク,石油価格の高騰で漁業が大打撃を蒙っていると報告。 |
DIA-204-1980-04-22-2 | タイ | 1980年04月22日 | 1980年代 | タイ・タピオカ貿易協会報告―主要国通貨に対するドル高でヨーロッパへのタピオカ輸出所得が13%減少。 |
DIA-204-1980-04-24-1 | タイ | 1980年04月24日 | 1980年代 | タイ産業金融公社がシンガポールの金融機関シンジケートと約2億7千万バーツの融資に調印。 |
DIA-204-1980-04-24-2 | タイ | 1980年04月24日 | 1980年代 | 世銀勧告―GNPに対する財政収入の割合を現在の14%から3年~5年で18%に引上げる勧告を発表。 |
DIA-204-1980-04-25-1 | タイ | 1980年04月25日 | 1980年代 | プレム首相,インドネシアに出発。 |
DIA-204-1980-04-25-2 | タイ | 1980年04月25日 | 1980年代 | エッソ,サミット両石油会社が精油能力の拡張に関する新提案を政府に提出。 |
DIA-204-1980-04-28-1 | タイ | 1980年04月28日 | 1980年代 | プレム首相,施政方針演説,サマク・タイ人民党党首が党メンバーを率いて退場。 |
DIA-204-1980-04-28-2 | タイ | 1980年04月28日 | 1980年代 | 日本政府が80年度分経済援助として,円借款,無償資金協力を合計570億円供与と発表(前年度は457億円)。 |
DIA-204-1980-04-28-3 | タイ | 1980年04月28日 | 1980年代 | タイ石油公社が第1次天然ガス加工プラントの能力を予定の1日当り2.5億cubic feetから7億cubic feetに改訂すると表明。 |
DIA-204-1980-04-29-1 | タイ | 1980年04月29日 | 1980年代 | 内閣が81年度予算を承認。 |
DIA-204-1980-04-30-1 | タイ | 1980年04月30日 | 1980年代 | ブンチュー副首相が輸出促進のため鉱業開発のスピードアップを工業省に通達。 |
DIA-204-1980-04-30-2 | タイ | 1980年04月30日 | 1980年代 | 政府は80年輸出目標を前年25%増の1360億バーツに設定。 |
DIA-204-1980-04-30-3 | タイ | 1980年04月30日 | 1980年代 | タイ軍部はカオ・イ・ダン,サケオの両難民キャンプにおける商取引品目に制限。 |
DIA-204-1980-05-01-1 | タイ | 1980年05月01日 | 1980年代 | アムヌアイ蔵相がマニラで緊縮経済政策の必要性を強調。 |
DIA-204-1980-05-03-1 | タイ | 1980年05月03日 | 1980年代 | 蔵相は,マニラで開催中のアジア開銀年次総会で非産油途上国に対するADB融資をインフレにスライドして引き上げるべきである,と報告。 |
DIA-204-1980-05-05-1 | タイ | 1980年05月05日 | 1980年代 | タイ石油公社が1400万トンの原油備蓄タンクを新設すると表明。 |
DIA-204-1980-05-06-1 | タイ | 1980年05月06日 | 1980年代 | ボード・オブ・トレードはセメント価格の統制でセメント産業危機と報告。 |
DIA-204-1980-05-07-1 | タイ | 1980年05月07日 | 1980年代 | NESDBがタイ経済の構造的問題についての分析を報告。 |
DIA-204-1980-05-07-2 | タイ | 1980年05月07日 | 1980年代 | 黄華・中国外相,タク・ベトナム外相が訪タイ。 |
DIA-204-1980-05-07-3 | タイ | 1980年05月07日 | 1980年代 | 住宅販売不振―原因は1月中旬からの高金利と金融の逼迫。 |
DIA-204-1980-05-07-4 | タイ | 1980年05月07日 | 1980年代 | プレム首相が最低賃金の引上げを行なわないと表明。 |
DIA-204-1980-05-08-1 | タイ | 1980年05月08日 | 1980年代 | プレム首相が中国側からの訪中提案を受諾。 |
DIA-204-1980-05-09-1 | タイ | 1980年05月09日 | 1980年代 | 中央物価統制反独占委員会が,砂糖およびセメントの利益を目的とした保有取締対策を発表。 |
DIA-204-1980-05-12-1 | タイ | 1980年05月12日 | 1980年代 | 銀行協会は,主要国において金利は低下傾向にあり,国内金利も低下していく,と語った。 |
DIA-204-1980-05-12-2 | タイ | 1980年05月12日 | 1980年代 | 中銀が貸出限度額以上の貸出に対する公定歩合を17.5%から17%へ引下げ発表,即日実施。 |
DIA-204-1980-05-13-1 | タイ | 1980年05月13日 | 1980年代 | 運輸省がタイ国際空港の拡張延期を発表。 |
DIA-204-1980-05-13-2 | タイ | 1980年05月13日 | 1980年代 | 中銀が,第1四半期金融報告の中で,ファイナンス・カンパニーの現金資金が低下,逆に商業銀行預金が増加したと報告。 |
DIA-204-1980-05-14-1 | タイ | 1980年05月14日 | 1980年代 | 主要銀行のプライム・レートは17%から16.75%に低下。 |
DIA-204-1980-05-14-2 | タイ | 1980年05月14日 | 1980年代 | シッティ外相がカンボジア問題でカンボジアからのベトナム撤退が基本である,という姿勢に変更はないと宣言。 |
DIA-204-1980-05-15-1 | タイ | 1980年05月15日 | 1980年代 | プレム首相がマニラ入り,マルコス大統領はタイを全面的に支持すると約束。 |
DIA-204-1980-05-16-1 | タイ | 1980年05月16日 | 1980年代 | プレム首相がモスクワ・オリンピック不参加を決定。タイ・オリンピック委員会も満場一致で承認。 |
DIA-204-1980-05-16-2 | タイ | 1980年05月16日 | 1980年代 | タイとフィリピン両国首脳は,ASEANサミット開催が必要であるという点で一致,カンボジアにおける外国軍隊の全面撤退の立場に変化のないことを確認。 |
DIA-204-1980-05-17-1 | タイ | 1980年05月17日 | 1980年代 | タク・ベトナム外相が公式訪タイ。 |
DIA-204-1980-05-19-1 | タイ | 1980年05月19日 | 1980年代 | ポート・オブ・トレードは80年米輸出量を220万トンと予測。 |
DIA-204-1980-05-20-1 | タイ | 1980年05月20日 | 1980年代 | タイ国軍が,キャンプ007難民のカンボジア領内移動命令を中止。 |
DIA-204-1980-05-21-1 | タイ | 1980年05月21日 | 1980年代 | チャーチャイ工業相が石油交渉のため訪中。 |
DIA-204-1980-05-21-2 | タイ | 1980年05月21日 | 1980年代 | 中銀は,第2四半期に入り民間貸出が増加,このため商業銀行の流動性は低下している,と報告。 |
DIA-204-1980-05-21-3 | タイ | 1980年05月21日 | 1980年代 | 建設向けの棒鋼販売が低下,今月には過去10年来で最低の販売量,と関係筋が報告。 |
DIA-204-1980-05-21-4 | タイ | 1980年05月21日 | 1980年代 | 大幅税制の改正を発表―低・中所得層の税を緩和し,高所得者への負担増,法人税率も引上げられた。即日実施。 |
DIA-204-1980-05-21-5 | タイ | 1980年05月21日 | 1980年代 | 公定歩合引下げ発表―基準公定歩合を14%から13.5%へ,貸出限度額以上の貸出に対する金利を17%から16%へ引下げると発表(貸出限度額は約20億バーツ)。 |
DIA-204-1980-05-21-6 | タイ | 1980年05月21日 | 1980年代 | 80年貿易ミッションを増加とボード・オブ・トレードが発表。 |
DIA-204-1980-05-23-1 | タイ | 1980年05月23日 | 1980年代 | 中央物価統制反独占委員会は12品目の生産,輸入,販売の統制を強化。 |
DIA-204-1980-05-26-1 | タイ | 1980年05月26日 | 1980年代 | 国連はカンボジアへの食糧援助配給方法について何らかの対策を行うべき,とシッティ外相が語った。 |
DIA-204-1980-05-26-2 | タイ | 1980年05月26日 | 1980年代 | アムヌアイ蔵相は,国内金融情勢は好転しており,国営金業の債権発行を促進する必要があると語った。 |
DIA-204-1980-05-29-1 | タイ | 1980年05月29日 | 1980年代 | 中国と大規模な石油供給契約―今回の供給量は,バンカー・オイルが50万トン,高速ディーゼル油とベンジンが各10万トン,ジェット燃料が5万トン,の合計75万トン。但し今回の契約はタイ側の考えていた長期契約でなかった。 |
DIA-204-1980-05-30-1 | タイ | 1980年05月30日 | 1980年代 | 石油輸入額は第1四半期で対前年比114%増の13億4500万バーツ(但し輸入量は同期比4.5%増)。 |
DIA-204-1980-05-30-2 | タイ | 1980年05月30日 | 1980年代 | 政府が予算10%削減を各省庁に通達―80年9月までの4ヵ月間の支出を30%削減し,通年で10%の削減を図ろうというもの。理由は政府の資金不足。これによって,主要プロジェクトは延期,緊急の必要性がないものは来年度以降にまわされる。これで,政府開発計画は大幅にスローダウンの見込み。 |
DIA-204-1980-06-01-1 | タイ | 1980年06月01日 | 1980年代 | プライムレートが0.5%低下,16.25%へ。 |
DIA-204-1980-06-01-2 | タイ | 1980年06月01日 | 1980年代 | 80年観光収入は対前年比15.7%増の130億バーツ,観光客数は9%増の173万5千人,とタイ観光協会が予測。 |
DIA-204-1980-06-01-3 | タイ | 1980年06月01日 | 1980年代 | 右翼組織「赤い野牛」がブンチュー経済チームを経済政策の失敗,とりわけ生活費上昇の理由で非難。非難されたのは,すべて社会行動党の経済閣僚。 |
DIA-204-1980-06-03-1 | タイ | 1980年06月03日 | 1980年代 | プレム首相の陸軍司令官2年留任をシャム民主党議員が提案。 |
DIA-204-1980-06-04-1 | タイ | 1980年06月04日 | 1980年代 | プレム首相の陸軍司令官任期延長のないことを総理府次官が表明。 |
DIA-204-1980-06-04-2 | タイ | 1980年06月04日 | 1980年代 | 公定歩合の1%引下げ―中銀は,商業銀行貸出に対する基準金利,および貸出限度額を超える貸出金利をそれぞれ1%引き下げ,12.5%,15%にすると発表。 |
DIA-204-1980-06-05-1 | タイ | 1980年06月05日 | 1980年代 | 観光援助センターがオープン。 |
DIA-204-1980-06-05-2 | タイ | 1980年06月05日 | 1980年代 | 世銀が,タイの水道設備拡張のため地方水道局が行なうプロジェクトに4千万米ドルの融資承認。 |
DIA-204-1980-06-06-1 | タイ | 1980年06月06日 | 1980年代 | 首相は陸軍司令官にとどまることはない,とプラチャーク第2連隊司令官が語った。 |
DIA-204-1980-06-07-1 | タイ | 1980年06月07日 | 1980年代 | カンボジアのサムリン政権が平和のための会談を提案。 |
DIA-204-1980-06-07-2 | タイ | 1980年06月07日 | 1980年代 | サムリン政権の交渉呼びかけを再度拒否。 |
DIA-204-1980-06-09-1 | タイ | 1980年06月09日 | 1980年代 | タイ政府および国連は,カンボジアへの帰国を希望している難民の送還を始めると発表。 |
DIA-204-1980-06-10-1 | タイ | 1980年06月10日 | 1980年代 | 大蔵省は国内商業銀行からシンジケート・ローン受入れる意向を発表。また,海外債務負担の軽減,貸出金利は国内の需給によって決定される方が望ましいと表明。 |
DIA-204-1980-06-12-1 | タイ | 1980年06月12日 | 1980年代 | ブンチュー副首相は下院での質問に対し,セメント不足はまもなく解消,野菜の収穫がよく生計費上昇を押えていく,砂糖問題は続くと語った。 |
DIA-204-1980-06-12-2 | タイ | 1980年06月12日 | 1980年代 | タイ石油公社は,年間30万トンのエチレン製造を行なう実験プラントを建設すると発表。投資額は30億バーツ,建設開始は82年,操業開始は84年。 |
DIA-204-1980-06-12-3 | タイ | 1980年06月12日 | 1980年代 | 蔵相,経済発展のため企業税制の改善に取り組むと語った。 |
DIA-204-1980-06-13-1 | タイ | 1980年06月13日 | 1980年代 | 自発的帰国をしないカンボジア難民に対し,10万人以上収容でき長期収容可能な新キャンプ設立をし,現在第1次センターが建設中と関係筋が発表。 |
DIA-204-1980-06-15-1 | タイ | 1980年06月15日 | 1980年代 | 国連が難民移動計画の延期を政府に要請―延期理由はサケオ・キャンプで移動賛成派と反対派の意見がまとまっていないためと語った。タイ政府は計画通りの実行と表明。 |
DIA-204-1980-06-15-2 | タイ | 1980年06月15日 | 1980年代 | メコン川をパトロール中のタイ警備艇がラオス軍により砲撃される。 |
DIA-204-1980-06-16-1 | タイ | 1980年06月16日 | 1980年代 | 本日始まる予定であったカンボジア難民自発的送還計画を一日延期,とタイ国軍,UNHCRが発表。 |
DIA-204-1980-06-16-2 | タイ | 1980年06月16日 | 1980年代 | 第2軍区がハン・カイ県のラオス国境を閉鎖。 |
DIA-204-1980-06-17-1 | タイ | 1980年06月17日 | 1980年代 | カンボジア難民送還始まる。 |
DIA-204-1980-06-17-2 | タイ | 1980年06月17日 | 1980年代 | 政府は21億バーツの新規国債を20日から売り出すと発表。 |
DIA-204-1980-06-18-1 | タイ | 1980年06月18日 | 1980年代 | サケオ難民キャンプからの送還も開始。日本で国債発行―日本政府によるタイの開発を資金的な面から援助する計画の一環。発行額は10億円,満期10年,9.2%金利,発行は6月20日から。 |
DIA-204-1980-06-18-2 | タイ | 1980年06月18日 | 1980年代 | 首相が,テレビ演説で80年内の石油製品価格引き上げは行なわないと語った。 |
DIA-204-1980-06-19-1 | タイ | 1980年06月19日 | 1980年代 | タイ建設協会が81年度財政での建設プロジェクト縮小に不満を表明。 |
DIA-204-1980-06-19-2 | タイ | 1980年06月19日 | 1980年代 | ベトナム警備艇がタィ漁船を撃沈。 |
DIA-204-1980-06-22-1 | タイ | 1980年06月22日 | 1980年代 | タイ国軍がラオス国境通路を無期限閉鎖。 |
DIA-204-1980-06-23-1 | タイ | 1980年06月23日 | 1980年代 | アランヤプラテート北東部でタイ国軍とベトナム軍が衝突,ベトナムは3村を占領中。 |
DIA-204-1980-06-23-2 | タイ | 1980年06月23日 | 1980年代 | 難民送還を中断。 |
DIA-204-1980-06-24-1 | タイ | 1980年06月24日 | 1980年代 | タイ軍とベトナム軍の戦闘激化。 |
DIA-204-1980-06-24-2 | タイ | 1980年06月24日 | 1980年代 | 外相が,国連にベトナム越境抗議文を提出するとともに,25日から開かれるASEAN外相会議でベトナムの軍事行動を厳しく糾弾する,と表明。 |
DIA-204-1980-06-25-1 | タイ | 1980年06月25日 | 1980年代 | 政府はカンボジアへの政府物資積み出しを無期限禁止と決定,午後に撤回表明。 |
DIA-204-1980-06-25-2 | タイ | 1980年06月25日 | 1980年代 | タイ空軍が臨制体制突入。 |
DIA-204-1980-06-25-3 | タイ | 1980年06月25日 | 1980年代 | シッティ外相,ASEAN外相会議でASEAN諸国首脳間のホット・ライン・システム確立を提案。 |
DIA-204-1980-06-25-4 | タイ | 1980年06月25日 | 1980年代 | ブンチュー副首相,タムチャイ商相が公平かつ自由な競争を推進すると語り,価格統制についても検討,改善していくことを明らかにした。 |
DIA-204-1980-06-25-5 | タイ | 1980年06月25日 | 1980年代 | プレム首相,新しい経済運営の方向を表明。 |
DIA-204-1980-06-26-1 | タイ | 1980年06月26日 | 1980年代 | ベトナムのタイ侵攻とラオス軍によるタイ川河パトロール隊への攻撃には密接な関係がある,とプレム首相が語った。 |
DIA-204-1980-06-27-1 | タイ | 1980年06月27日 | 1980年代 | ベトナムとの通商関係を全面中止。 |
DIA-204-1980-06-27-2 | タイ | 1980年06月27日 | 1980年代 | 米国務長官がタイに対する武器援助のスピードアップと援助増額を約束。 |
DIA-204-1980-06-28-1 | タイ | 1980年06月28日 | 1980年代 | 首相が国境の損害状況を視察。 |
DIA-204-1980-06-29-1 | タイ | 1980年06月29日 | 1980年代 | ベトナム・タイ両軍の軍事衝突でタイ領に逃れてきた新難民12万人の取り扱いについて,既設キャンプに収容しない方針を決定。 |
DIA-204-1980-07-01-1 | タイ | 1980年07月01日 | 1980年代 | 米国,タイへ武器緊急空輸を発表。 |
DIA-204-1980-07-01-2 | タイ | 1980年07月01日 | 1980年代 | ベトナム軍が難民帰還阻止のためカンボジア国境全域を封鎖。 |
DIA-204-1980-07-01-3 | タイ | 1980年07月01日 | 1980年代 | フィジーNESDB副長官が引締的金融政策の導入を政府に要請。 |
DIA-204-1980-07-01-4 | タイ | 1980年07月01日 | 1980年代 | 1983年に天然ガス輸出可能とタイ石油公社が発表。 |
DIA-204-1980-07-02-1 | タイ | 1980年07月02日 | 1980年代 | カンボジアへの救済物資の空輸再開。 |
DIA-204-1980-07-02-2 | タイ | 1980年07月02日 | 1980年代 | 大蔵省,3億1千万米ドルの大規模シンジケート・ローンを計画,用途は国営企業の資金。 |
DIA-204-1980-07-02-3 | タイ | 1980年07月02日 | 1980年代 | タイ軍,約10万人の難民をカンボジアへ押し戻す。 |
DIA-204-1980-07-02-4 | タイ | 1980年07月02日 | 1980年代 | 中銀,商業銀行の貸出について量的規制に踏み切る。 |
DIA-204-1980-07-04-1 | タイ | 1980年07月04日 | 1980年代 | ソ連,タイを批難。 |
DIA-204-1980-07-05-1 | タイ | 1980年07月05日 | 1980年代 | 米国の緊急武器供給空輸第1便がタイに到着。 |
DIA-204-1980-07-06-1 | タイ | 1980年07月06日 | 1980年代 | タイ軍首脳が北京に到着。 |
DIA-204-1980-07-06-2 | タイ | 1980年07月06日 | 1980年代 | プレム首相が東京で米中首脳との会談を要請。 |
DIA-204-1980-07-07-1 | タイ | 1980年07月07日 | 1980年代 | 政府は,国際機関が難民への援助を中止すればバンコク経由によるプノンペンへの援助供給を全面的に禁止すると言明。 |
DIA-204-1980-07-07-2 | タイ | 1980年07月07日 | 1980年代 | 81年度輸出目標は50%増の2040億バーツに計画中,とブンチュー副首相が表明。 |
DIA-204-1980-07-08-1 | タイ | 1980年07月08日 | 1980年代 | 大蔵省が,1億米ドルのユーロ借り入れに調印,使途は軍事目的。 |
DIA-204-1980-07-08-2 | タイ | 1980年07月08日 | 1980年代 | 国営企業労働者が300から400バーツの生計手当で合意,政府は約8億バーツの収入増加が必要となる。 |
DIA-204-1980-07-08-3 | タイ | 1980年07月08日 | 1980年代 | 政府は,4項目からなる短・長期石油節約対策および代替エネルギー開発を検討中とプンチュー副首相が語った。 |
DIA-204-1980-07-08-4 | タイ | 1980年07月08日 | 1980年代 | ユニセフと国際赤十字がカンボジア国境を通じてのポル・ポト派支配地域への援助停止を決定。 |
DIA-204-1980-07-09-1 | タイ | 1980年07月09日 | 1980年代 | プレム首相が東京で日本,中国首脳と会談。 |
DIA-204-1980-07-09-2 | タイ | 1980年07月09日 | 1980年代 | 中国の華国鋒首相がタイ支援を表明。 |
DIA-204-1980-07-10-1 | タイ | 1980年07月10日 | 1980年代 | 建設向け棒鋼が4月以来6月まで低下を続ける。 |
DIA-204-1980-07-10-2 | タイ | 1980年07月10日 | 1980年代 | 人口増加率は第5次5ヵ年計画末には1.5%増への低下が可能,とNESDBの委託グループが報告。 |
DIA-204-1980-07-10-3 | タイ | 1980年07月10日 | 1980年代 | タイ・ベトナム紛争は投資環境にマイナスであるが,全体的状況は良好,80年投資は前年を下廻らない,とBOIが報告。 |
DIA-204-1980-07-12-1 | タイ | 1980年07月12日 | 1980年代 | クリアンサック前首相,新党を結成する意向を発表。 |
DIA-204-1980-07-12-2 | タイ | 1980年07月12日 | 1980年代 | 政府経済報告―80年上半期経済は良好な経済傾向を示した,と政府が報告。 |
DIA-204-1980-07-12-3 | タイ | 1980年07月12日 | 1980年代 | 貿易収支改善―1~5月期の貿易は,輸出が44%以上と急増,輸入は昨年並の32%増,貿易赤字は118億バーツとなり対前年同期比で縮小。80年通年見通しは,当初予測の600億バーツの赤字を大幅に下廻る400億バーツにとどまるとボード・オブ・トレードが報告。 |
DIA-204-1980-07-14-1 | タイ | 1980年07月14日 | 1980年代 | タイ軍は,タイ領に避難してきた難民約10万人をカンボジア領内に送還。 |
DIA-204-1980-07-14-2 | タイ | 1980年07月14日 | 1980年代 | カンボジア難民への物資供給を続行すると外相声明。 |
DIA-204-1980-07-15-1 | タイ | 1980年07月15日 | 1980年代 | タムチャイ商相,長期的輸出計画の設定が必要であると語った。 |
DIA-204-1980-07-15-2 | タイ | 1980年07月15日 | 1980年代 | 国際機関,カンボジア難民援助拒絶を続行と表明。 |
DIA-204-1980-07-16-1 | タイ | 1980年07月16日 | 1980年代 | 大幅貿易赤字に対処するため緊急かつ大幅な改善策が必要とスントーン・NESDB委員長が言明。 |
DIA-204-1980-07-16-2 | タイ | 1980年07月16日 | 1980年代 | 政府と国際援助機関は,カンボジア難民への救済物資を再開していくことで合意。 |
DIA-204-1980-07-17-1 | タイ | 1980年07月17日 | 1980年代 | 国営企業に新しい方針―ブンチュー副首相は国営企業の独立的運営と自己資金の確保を強調。 |
DIA-204-1980-07-17-2 | タイ | 1980年07月17日 | 1980年代 | インドシナ3国,ラオス・タイ国境全面封鎖の解除をタイに要求。 |
DIA-204-1980-07-19-1 | タイ | 1980年07月19日 | 1980年代 | タイ国軍,アランヤプラテート国境でのタイ人とカンボジア人の商売を全面禁止。 |
DIA-204-1980-07-19-2 | タイ | 1980年07月19日 | 1980年代 | 蔵相,81年度財政のインフレ圧力は小さいと表明。81年度財政支出は1400億バーツ。 |
DIA-204-1980-07-19-3 | タイ | 1980年07月19日 | 1980年代 | 政府は,インドシナ3国提案の非武装設置について拒否すると発表。 |
DIA-204-1980-07-21-1 | タイ | 1980年07月21日 | 1980年代 | 中銀,今まで以上に為替レートを市場の需給に連動していくと発表。 |
DIA-204-1980-07-21-2 | タイ | 1980年07月21日 | 1980年代 | タイ・ラオス両国のメコン河事件問題で決裂。 |
DIA-204-1980-07-22-1 | タイ | 1980年07月22日 | 1980年代 | 政府,200カイリ宣言を決定。 |
DIA-204-1980-07-22-2 | タイ | 1980年07月22日 | 1980年代 | 電気過使用に15%の課徴金。実施は8月1日。 |
DIA-204-1980-07-24-1 | タイ | 1980年07月24日 | 1980年代 | 首相,ビルマへ出発。 |
DIA-204-1980-07-24-2 | タイ | 1980年07月24日 | 1980年代 | 上院が81年度予算はインフレ予算と批判,ブンチュー副首相は12%のインフレは危機的レベルでないと反発。 |
DIA-204-1980-07-27-1 | タイ | 1980年07月27日 | 1980年代 | ワルトハイム国連事務総長が来月タイ訪問と発表。 |
DIA-204-1980-07-28-1 | タイ | 1980年07月28日 | 1980年代 | 政府と国際救済機関は,援助物資供給を行なってきた国際赤十字が医療および保護活動に制限することで合意。 |
DIA-204-1980-07-29-1 | タイ | 1980年07月29日 | 1980年代 | ルッティ外相,北京で黄華外相と会談。 |
DIA-204-1980-07-29-2 | タイ | 1980年07月29日 | 1980年代 | 内閣,バス料金値上げ承認,実施は8月1日から。 |
DIA-204-1980-07-30-1 | タイ | 1980年07月30日 | 1980年代 | 財政案,下院の第一読会通過。 |
DIA-204-1980-07-31-1 | タイ | 1980年07月31日 | 1980年代 | タイ・ラオス国境の2地点が再開,一方電話回線は27日以降不通。 |
DIA-204-1980-07-31-2 | タイ | 1980年07月31日 | 1980年代 | シッティ外相,中国首脳との会談でタイはインドシナ3国提案を考慮すべきというタナット副首相の発言を撤回,タイ・カンボジア国境での非武装地帯設置提案はトリックである,と語った。 |
DIA-204-1980-08-01-1 | タイ | 1980年08月01日 | 1980年代 | 中国は81年に原油100万トン,高速ディーゼル油35万トン,飛行燃料10万トン,の供給を約束したとシッティ外相が語った。 |
DIA-204-1980-08-02-1 | タイ | 1980年08月02日 | 1980年代 | 国連事務総長が非武装地帯構想でタイ,ベトナム両国との会談の意向をシンガポールで表明。 |
DIA-204-1980-08-04-1 | タイ | 1980年08月04日 | 1980年代 | 国連事務総長が訪タイ。 |
DIA-204-1980-08-04-2 | タイ | 1980年08月04日 | 1980年代 | プレム首相がタイの立場を強く主張。 |
DIA-204-1980-08-04-3 | タイ | 1980年08月04日 | 1980年代 | 国軍最高司令部と内務省がバンコク周辺で防空演習開始,第2次大戦以来初めて。 |
DIA-204-1980-08-05-1 | タイ | 1980年08月05日 | 1980年代 | ワルトハイム総長,タイの難民村を視察。 |
DIA-204-1980-08-06-1 | タイ | 1980年08月06日 | 1980年代 | 日本のタイ新村調査団報告―タイ・カンボジア国境沿いに85の新村を建設中のタイ政府に対し,日本が協力する方針を表明。 |
DIA-204-1980-08-06-2 | タイ | 1980年08月06日 | 1980年代 | シッティ外相,来月にニューヨーク国連本部でベトナム外相と会談の用意があると表明。 |
DIA-204-1980-08-08-1 | タイ | 1980年08月08日 | 1980年代 | バンコクで敵機襲来想定の大規模防空演習。 |
DIA-204-1980-08-09-1 | タイ | 1980年08月09日 | 1980年代 | プレム国防相,最高司令官退任の調印。 |
DIA-204-1980-08-09-2 | タイ | 1980年08月09日 | 1980年代 | 無所属の野党からタムチャイ商相の不信任動機の動き,物価の高騰と物資の不足を理由。 |
DIA-204-1980-08-09-3 | タイ | 1980年08月09日 | 1980年代 | 外相,来月末の国連総会出席に先立ちフランス,西ドイツ,ベルギーなど欧州諸国を歴訪と表明。 |
DIA-204-1980-08-09-4 | タイ | 1980年08月09日 | 1980年代 | 全国で20万戸の新築住宅に売れ残り。 |
DIA-204-1980-08-09-5 | タイ | 1980年08月09日 | 1980年代 | 第5次5ヵ年計画対外借款計画―合計100億ドル1980年は20.22億ドルに対し,1981年度は16.5億ドルへ。 |
DIA-204-1980-08-12-1 | タイ | 1980年08月12日 | 1980年代 | タイ国軍,総合防衛システム確立―カンボジア駐留ベトナム軍20個師団のうち58個師団がタイ国境方面に移動中。 |
DIA-204-1980-08-15-1 | タイ | 1980年08月15日 | 1980年代 | ベトナム軍はタイへの再侵攻を計画中である,と国家安全保障会議副議長が語った。 |
DIA-204-1980-08-17-1 | タイ | 1980年08月17日 | 1980年代 | ブンチュー副首相,経済問題解決のため政府内の他党からの協力をククリット党首を通じて首相に要請。 |
DIA-204-1980-08-19-1 | タイ | 1980年08月19日 | 1980年代 | 電気消費節約措置を一部緩和―国内水力発電ダムの水位が上昇したとして,以下の規制が緩和される。500kw以上の電力を消費する工場の18時~21時の操業禁止。デパート,スーパーの18時~21時のエアコン禁止。屋内,屋外運動施設の18時~21時の照明禁止。テレビ放映時間の制限,バーおよびナイトクラブの営業時間変更措置は今後も続行。 |
DIA-204-1980-08-19-2 | タイ | 1980年08月19日 | 1980年代 | 首相,閣内での社会行動党とタイ国民党の意見相違はなく,閣内には意見不統一はないと言明。 |
DIA-204-1980-08-20-1 | タイ | 1980年08月20日 | 1980年代 | 下院の11野党,商務,工業,内務各相に対する不信任動機提出で合意。 |
DIA-204-1980-08-20-2 | タイ | 1980年08月20日 | 1980年代 | エアコン,オーディオ,ビデオに対する事業税の一部変更。 |
DIA-204-1980-08-24-1 | タイ | 1980年08月24日 | 1980年代 | タイ出国管理局が外国人駐在員の滞在延長キャンペーンを開始。 |
DIA-204-1980-08-24-2 | タイ | 1980年08月24日 | 1980年代 | 伊東外相がバンコクに到着。 |
DIA-204-1980-08-24-3 | タイ | 1980年08月24日 | 1980年代 | クリアンサック前首相,タイおよびベトナム両国は互いの批難応酬をやめ,解決のための交渉を行なうべきであると語った。 |
DIA-204-1980-08-25-1 | タイ | 1980年08月25日 | 1980年代 | 伊東外相,ポル・ポト政権代表権存続というタイおよびASEANの国連政策を全面的に支持し,他国への働きかけを行なうと約束。 |
DIA-204-1980-08-25-2 | タイ | 1980年08月25日 | 1980年代 | シッティ外相,日本の道徳的な経済的,物資的・政治的援助を評価。 |
DIA-204-1980-08-26-1 | タイ | 1980年08月26日 | 1980年代 | 伊東外相,難民キャンプを視察。 |
DIA-204-1980-08-26-2 | タイ | 1980年08月26日 | 1980年代 | 郵政省,郵便料金を1バーツ値上げを承認。 |
DIA-204-1980-08-26-3 | タイ | 1980年08月26日 | 1980年代 | 亜鉛を使用している産業の代表者が価格統制の撤廃を商務省に要求。 |
DIA-204-1980-08-26-4 | タイ | 1980年08月26日 | 1980年代 | 内閣,反汚職法を承認―公務員,公企業体関係者の財産公開義務付けが課される。 |
DIA-204-1980-08-29-1 | タイ | 1980年08月29日 | 1980年代 | ラオス国境のノーンカーイの交易地点国境封鎖解除。 |
DIA-204-1980-08-29-2 | タイ | 1980年08月29日 | 1980年代 | 首相とククリット党員が内閣不統一問題で会談。 |
DIA-204-1980-08-30-1 | タイ | 1980年08月30日 | 1980年代 | 外務省,ベトナム軍越境について白書発表―白書は,ベトナムがどういう計画をたて,6月23日から24日にかけどのようにタイへ侵攻したかを一般公開。 |
DIA-204-1980-09-01-1 | タイ | 1980年09月01日 | 1980年代 | 81年米輸出目標―政府は81年の米輸出目標を280万トン,80/81年米産産を1700方トンと推定。 |
DIA-204-1980-09-01-2 | タイ | 1980年09月01日 | 1980年代 | 首相,食糧の重要性を強調―天然ガスの商業的利用は81年には始まり経済は改善する。タイは農業国であり輸出所得の大部分を農業に依っている。今後,タイの長期的経済発展にとってエネルギー以上に食糧生産は大きな役割を果たす。 |
DIA-204-1980-09-02-1 | タイ | 1980年09月02日 | 1980年代 | 内閣が首相の陸軍司令官任期問題について協議―タイ国民党指導者であるプラマーン副首相が閣議に提出したもので,副首相は,王室がアーチィット第一軍区司令官の提出したプレム首相の最高司令官任期延長嘆願書を受取っており,これを考慮して1年の任期延長を協議したと語った。 |
DIA-204-1980-09-03-1 | タイ | 1980年09月03日 | 1980年代 | 民主党がプレム首相の陸軍司令官任期1年延長に反対表明,公務員協会学住も反対。 |
DIA-204-1980-09-04-1 | タイ | 1980年09月04日 | 1980年代 | 民主党,プレムの任期延長に反対しないことに変更。 |
DIA-204-1980-09-04-2 | タイ | 1980年09月04日 | 1980年代 | 学生,任期延長に反対し,首相官邸前で抗議行動。 |
DIA-204-1980-09-05-1 | タイ | 1980年09月05日 | 1980年代 | 社会行動党,プレムの任期延長を支持し,法律改正に動くことに決定。 |
DIA-204-1980-09-05-2 | タイ | 1980年09月05日 | 1980年代 | 学生,任期延長反対をやめる。 |
DIA-204-1980-09-05-3 | タイ | 1980年09月05日 | 1980年代 | 内閣はプレムの任期延長のため現恩給法を改正するとミーチァイ首相府相が語った。 |
DIA-204-1980-09-07-1 | タイ | 1980年09月07日 | 1980年代 | ヤング・タークスのリーダーであるチャムロン官房長官がプレーム陸軍司令官の任期延長を提示した人々は民主主義を破壊しようとしていると言明。 |
DIA-204-1980-09-08-1 | タイ | 1980年09月08日 | 1980年代 | プレム首相,任期延長受諾を決意。 |
DIA-204-1980-09-08-2 | タイ | 1980年09月08日 | 1980年代 | 蔵相は農業および資源を基本とする産業,労働集約的,輸出順応的産業が海外からの投資受入れ産業として好ましいと表明。 |
DIA-204-1980-09-08-3 | タイ | 1980年09月08日 | 1980年代 | 世銀,苛性カリおよび岩塩開発に1800万バーツの融資を承認。 |
DIA-204-1980-09-09-1 | タイ | 1980年09月09日 | 1980年代 | 閣議,恩給法改正を可決。 |
DIA-204-1980-09-09-2 | タイ | 1980年09月09日 | 1980年代 | 中銀,外国借款利子支出への課税停止期間の延長を大蔵省に要求。9月30日で停止期間がきれる予定。 |
DIA-204-1980-09-09-3 | タイ | 1980年09月09日 | 1980年代 | 中銀,80年上半期は工業生産が悪化と報告。 |
DIA-204-1980-09-10-1 | タイ | 1980年09月10日 | 1980年代 | 首相,カンボジア国際会議を提案。 |
DIA-204-1980-09-10-2 | タイ | 1980年09月10日 | 1980年代 | 首相,タイ経済に調整が必要であることを力説。 |
DIA-204-1980-09-11-1 | タイ | 1980年09月11日 | 1980年代 | ラオス政府,タイ国境の封鎖解除を要求。 |
DIA-204-1980-09-12-1 | タイ | 1980年09月12日 | 1980年代 | 最高司令部はインドシナ難民をキャンプから国境に移す計画をたてた,と外交筋が語った。 |
DIA-204-1980-09-13-1 | タイ | 1980年09月13日 | 1980年代 | 田中通産相,バンコク到着。 |
DIA-204-1980-09-15-1 | タイ | 1980年09月15日 | 1980年代 | 田中通産相,タイの電源開発に約300億円の信用供与をプレム首相に約束。 |
DIA-204-1980-09-15-2 | タイ | 1980年09月15日 | 1980年代 | 蔵相,外国借款利子支払への課税停止期間を1981年9月30日まで延長すると語った。 |
DIA-204-1980-09-15-3 | タイ | 1980年09月15日 | 1980年代 | 世銀レポート―‘Coping wih Structual Change in a Dynamic Economy’というレポートで,財政政策,金融政策,エネルギー,農業について勧告している。 |
DIA-204-1980-09-16-1 | タイ | 1980年09月16日 | 1980年代 | 外相,10月1日,ニューヨーク国連本部でベトナム外相と会談と発表。 |
DIA-204-1980-09-17-1 | タイ | 1980年09月17日 | 1980年代 | ピチャイ元外相,ベトナムに受け入れられる平和計画作成の手段として,タイ政府はポル・ポト支持をやめるべきだと発言。 |
DIA-204-1980-09-18-1 | タイ | 1980年09月18日 | 1980年代 | インフレ減速―6月,7月,8月と3ヵ月連続してインフレは減速,年末には対前年比12%まで低下する,と商相言明。 |
DIA-204-1980-09-19-1 | タイ | 1980年09月19日 | 1980年代 | 恩給法改正案が国会で可決―プレム首相の任期は10月1日付で延長,その後4年間の延長が可能。 |
DIA-204-1980-09-22-1 | タイ | 1980年09月22日 | 1980年代 | UNHCRの難民援助計画を批判―国境から逃れてきたインドシナ難民17万5千人に対する1400万米ドル援助基金計画にタイは関係をもたまい,と国家安全保障会議次長が語った。 |
DIA-204-1980-09-22-2 | タイ | 1980年09月22日 | 1980年代 | 1980/81年農業生産―1500万トンの米生産が可能と農相が語った。 |
DIA-204-1980-09-22-3 | タイ | 1980年09月22日 | 1980年代 | 電気・水道料金について報告―世銀は電気・水道料金の引上げを勧告しており,10月15日まで引上げるか否かを決定したいとブンチュー副首相表明。 |
DIA-204-1980-09-23-1 | タイ | 1980年09月23日 | 1980年代 | 80年上半期の海外観光客激増―観光客数は22万3268人で対前年同期比111.68%の増加。 |
DIA-204-1980-09-23-2 | タイ | 1980年09月23日 | 1980年代 | プレム首相の陸軍司令官としての任期1年延長を閣議決定。 |
DIA-204-1980-09-23-3 | タイ | 1980年09月23日 | 1980年代 | 内閣,石油危機によってもたらされた経済的および金融的問題をNESDBと協議,経済再建が必要であることで合意。 |
DIA-204-1980-09-26-1 | タイ | 1980年09月26日 | 1980年代 | 1981年度国家予算成立。 |
DIA-204-1980-09-27-1 | タイ | 1980年09月27日 | 1980年代 | 年内は石油価格を引上げないと政府発表。 |
DIA-204-1980-09-29-1 | タイ | 1980年09月29日 | 1980年代 | 国防筋が再度のベトナム侵攻を予告。 |
DIA-204-1980-09-29-2 | タイ | 1980年09月29日 | 1980年代 | 国軍定例人事移動発表。 |
DIA-204-1980-10-01-1 | タイ | 1980年10月01日 | 1980年代 | 新最低賃金発効。 |
DIA-204-1980-10-01-2 | タイ | 1980年10月01日 | 1980年代 | 電気料金値上げ―今回の値上げは15.6%,今年で2回目の引上げである。 |
DIA-204-1980-10-01-3 | タイ | 1980年10月01日 | 1980年代 | 価格統制強化―中央物価統制反独占委員会は,石油製品,家庭用ガス,重油,白砂糖,アスファルト,セメントの重要6品目について上限価格を決定。さらに粉ミルク,小麦,印刷紙,潤滑油の4品目について小売・卸売価格を設定。また,鉄棒,灯油,石けん,歯みがき,洗済,調理用抽,コンデンス・ミルク,マッチ,防蚊剤,飼料,電球,青写真用紙の12品目について生産・販売管理を決定。 |
DIA-204-1980-10-01-4 | タイ | 1980年10月01日 | 1980年代 | 電気料金値上げでセメント,繊維産業の打撃は大きくなるだろう,と貿易委員会表明。 |
DIA-204-1980-10-01-5 | タイ | 1980年10月01日 | 1980年代 | 世界経済の悪化で1980年は途上国の開発戦略に大きな支障をきたすと蔵相が発言。 |
DIA-204-1980-10-01-6 | タイ | 1980年10月01日 | 1980年代 | タイ・ベトナム両国外相が国連本部で会談。 |
DIA-204-1980-10-02-1 | タイ | 1980年10月02日 | 1980年代 | 9品目の価格統制撤廃―撤廃品目は,洗たく洗剤,石けん,歯みがき,濃縮牛乳,調理用植物油,殺虫剤,電球,マッチ,バッテリーで,代りに小売価格の認可制と小売札表示義務となった。 |
DIA-204-1980-10-02-2 | タイ | 1980年10月02日 | 1980年代 | 中央物価統制反独占委員会は,セメント価格を平均14.4%の値上げを承認。 |
DIA-204-1980-10-02-3 | タイ | 1980年10月02日 | 1980年代 | ベトナム,タイに新提案。 |
DIA-204-1980-10-03-1 | タイ | 1980年10月03日 | 1980年代 | 国連に難民救済のための財政的援助を要求。 |
DIA-204-1980-10-06-1 | タイ | 1980年10月06日 | 1980年代 | 経済見通し―NESDBは,インフレと民間設備投資の減退が80年下半期経済の主要問題と報告。 |
DIA-204-1980-10-06-2 | タイ | 1980年10月06日 | 1980年代 | 価格統制強化―小麦粉,粉ミルク,新聞紙,潤滑油の4品目についての小売・卸売価格を統制。施設は11月2日から。 |
DIA-204-1980-10-06-3 | タイ | 1980年10月06日 | 1980年代 | オイル供給追加―マレーシアは10月から11月にかけ燃料油を1万5千トン,原油を10月,12月に20万トン。インドネシアは燃料油を11月と12月に3万トン,原油を10月に5万トン供給。これはイラン・イラク戦争でオイル不足が予想されるため。 |
DIA-204-1980-10-06-4 | タイ | 1980年10月06日 | 1980年代 | 電気料金の引上げは生産コストをわずか1%しか押し上げなとい中銀報告。 |
DIA-204-1980-10-06-5 | タイ | 1980年10月06日 | 1980年代 | 銀行貸出率低下―1~7月期の金融機関による貸出増加率は同預金増加率を下回ったとタイ金融証券協定が報告。 |
DIA-204-1980-10-07-1 | タイ | 1980年10月07日 | 1980年代 | 建設活動不振―80年の建設活動は10%以内の成長にとどまる。上半期の建設資財の高騰とエネルギー危機でとりわけ民間建設が不振とIFCTが報告。 |
DIA-204-1980-10-08-1 | タイ | 1980年10月08日 | 1980年代 | 日・タイ貿易会談―日本の経団連とタイ貿易委員会は両国間相互新貿易システムを協議。この結果,「日・タイ貿易・経済委員会」を設置し,貿易促進,投資および技術革新の協力を民間レベルで進めていく。 |
DIA-204-1980-10-09-1 | タイ | 1980年10月09日 | 1980年代 | 棒鋼メーカーがレイ・オフ実施―建設活動不振の波を受けている棒鋼メーカーは50%の減産,レイ・オフの実施に追いこまれたと工業筋が報告。 |
DIA-204-1980-10-13-1 | タイ | 1980年10月13日 | 1980年代 | 経済再生のためタイ株式会社―ブンチュー副首相は外国記者クラブとの会見で,持続的経済成長達成のための一貫した国家方針として,‘タイ国株式会社’を確立し国民に一致協力を要求すると語った。 |
DIA-204-1980-10-14-1 | タイ | 1980年10月14日 | 1980年代 | 学生運動再燃―73年10月事件を記念し,学生約1000人が労働運動の争議権,言論の自由を要求しデモ。 |
DIA-204-1980-10-15-1 | タイ | 1980年10月15日 | 1980年代 | 国鉄料金値上げを内閣承認。 |
DIA-204-1980-10-15-2 | タイ | 1980年10月15日 | 1980年代 | 汚職一掃の呼びかけ―首相は,県知事,内務省高官,警察官に対し,汚職に関して有力者に手加減を加えないように警告。 |
DIA-204-1980-10-16-1 | タイ | 1980年10月16日 | 1980年代 | 輸入税,事業税の減額発表―主要電気製品に対する輸入税,事業税の大幅改革発表。空輸を押え,2億バーツの増収が見込まれるが,国内産業の振興と保護が目的と蔵相が表明。 |
DIA-204-1980-10-17-1 | タイ | 1980年10月17日 | 1980年代 | 官僚機構の改革を検討―ブンチュー副首相は経済発展の阻害となっている官僚機構の膨張について検討,抜本的改革をしていくと語った。 |
DIA-204-1980-10-18-1 | タイ | 1980年10月18日 | 1980年代 | 新反共政策発表―軍事作戦より政治政策に重点を置き,汚職・不良官吏を追放し共産主義者反対運動を盛り上らせるとプレム首相が演説。 |
DIA-204-1980-10-20-1 | タイ | 1980年10月20日 | 1980年代 | 石油供給増加マレーシアは80年に1日当り1万バーレルの原油供給の他,原油20万トンを追加供給。インドネシアは80年末までに原油5万トンと燃料油4万トンを追加供給。 |
DIA-204-1980-10-22-1 | タイ | 1980年10月22日 | 1980年代 | 石油輸入急増―1~9月期の石油輸入額は対前年同期比100.3%の447億バーツ,非石油輸入は9.7%増の920億バーツ。 |
DIA-204-1980-10-24-1 | タイ | 1980年10月24日 | 1980年代 | ポル・ポト派に代わるカンボジアの新指導部の問題について中国側と意見交渉するため26日にプレム首相が訪中するとタイ首脳言明。 |
DIA-204-1980-10-27-1 | タイ | 1980年10月27日 | 1980年代 | 首相訪中―趙紫陽首相と会談。 |
DIA-204-1980-10-28-1 | タイ | 1980年10月28日 | 1980年代 | タイ・中国首脳会談―プレム首相はタイをはじめASEAN諸国が政治解決を望んでいることを強調,趙首相もベトナム軍の撤退がカンボジア問題の政治的解決のカギであり基本であり,アジアの平和と安定を求めカンボジア問題を平和的に解決するタイおよびASEANの立場を支持すると表明。 |
DIA-204-1980-10-31-1 | タイ | 1980年10月31日 | 1980年代 | プレム首相帰国―カンボジア問題の政治的解決のための国際会議開催について中国も同意したと発言。 |
DIA-204-1980-11-02-1 | タイ | 1980年11月02日 | 1980年代 | ヤング・タークスが解散表明。 |
DIA-204-1980-11-02-2 | タイ | 1980年11月02日 | 1980年代 | 公定歩合引上げ―標準レートを12.5%から13.5%に引上げ,目的は国内資金が高金利の海外マーケットに流出するのを防ぐため。国内コール・レートは14%,ユーロ・レートは15%。 |
DIA-204-1980-11-04-1 | タイ | 1980年11月04日 | 1980年代 | 日本への1981年経済援助要求―10プロジェクトに対し750億円,80年の500億円に対し50%増。 |
DIA-204-1980-11-05-1 | タイ | 1980年11月05日 | 1980年代 | 中銀,81年経済見通し―81年には経済成長率は高まる。理由として,農業生産と輸出の増大で投資活動に期待できる。80年経済成長率は6.1%の見込み。 |
DIA-204-1980-11-06-1 | タイ | 1980年11月06日 | 1980年代 | 白砂糖小売価格決定―1kg当り12バーツ,改定前は1kg当りで7.5バーツ。 |
DIA-204-1980-11-07-1 | タイ | 1980年11月07日 | 1980年代 | EEC,タイからの穀物輸入制限発表,代りに450万ポンドの援助,昨年は330万ポンドの援助。 |
DIA-204-1980-11-07-2 | タイ | 1980年11月07日 | 1980年代 | 新刑事訴訟手続発布。 |
DIA-204-1980-11-07-3 | タイ | 1980年11月07日 | 1980年代 | マレーシア政府に対し,カンボジア問題の政治的解決のためベトナムと会談をもつように要求。 |
DIA-204-1980-11-07-4 | タイ | 1980年11月07日 | 1980年代 | ソ連の脅威を批難―タイと東南アジア地域に直接的脅威を及ぼしているとソ連を国家安全保障会議事務局長が非難。 |
DIA-204-1980-11-09-1 | タイ | 1980年11月09日 | 1980年代 | 「大衆の道」党党首が砂糖価格,その他経済問題で臨時国会開催を要求し活動。 |
DIA-204-1980-11-09-2 | タイ | 1980年11月09日 | 1980年代 | 国際援助機関を批判―ICRC,UNICEFはソ連の影響を受けていると関係筋が批判。 |
DIA-204-1980-11-10-1 | タイ | 1980年11月10日 | 1980年代 | 学生約150人が砂糖の新価格に抗議。 |
DIA-204-1980-11-10-2 | タイ | 1980年11月10日 | 1980年代 | 世界経済の後退で繊維輸出スローダウンと中銀報告。 |
DIA-204-1980-11-11-1 | タイ | 1980年11月11日 | 1980年代 | アルン副外相,訪ソ。 |
DIA-204-1980-11-12-1 | タイ | 1980年11月12日 | 1980年代 | EECへのタピオカ輸出制限―1981年1月1日よりEECの対タイタピオカ輸入に制限。 |
DIA-204-1980-11-13-1 | タイ | 1980年11月13日 | 1980年代 | 中銀報告―80年貿易赤字は対前年比31%増の620億バーツの見込みと中銀報告。 |
DIA-204-1980-11-13-2 | タイ | 1980年11月13日 | 1980年代 | プラーマン・タイ国民党党首,党員が経済問題討議の臨時国会召集要求側に加わることに反対せずと表明。 |
DIA-204-1980-11-16-1 | タイ | 1980年11月16日 | 1980年代 | タイは東南アジアの最前線―ホルブルック・アジア太平洋担当次官補は,米議会はタイを米国の東南アジアにおける最前線であり,ASEANに対する援助はタイを中心に行われると述べた。 |
DIA-204-1980-11-16-2 | タイ | 1980年11月16日 | 1980年代 | タイ軍事工場で大爆発―軍首脳会議を開き爆発原因の追及。 |
DIA-204-1980-11-16-3 | タイ | 1980年11月16日 | 1980年代 | ベトナム軍がタイ国境に増兵命令。 |
DIA-204-1980-11-17-1 | タイ | 1980年11月17日 | 1980年代 | プレム首相,爆発原因を発表―16日に起きた軍事工場爆発原因を化学反応による突発事故と発表。 |
DIA-204-1980-11-19-1 | タイ | 1980年11月19日 | 1980年代 | タームチャイ商相,タイ国民党に関係のある高官5人の更迭を発表。 |
DIA-204-1980-11-19-2 | タイ | 1980年11月19日 | 1980年代 | レーガンの対タイ政策に変化はなしと米国から帰国したタナット副首相が語った。 |
DIA-204-1980-11-19-3 | タイ | 1980年11月19日 | 1980年代 | 中銀81年経済予測―81年経済成長率を5%から8%,農業生産は3~4%,輸出は20%以上,インフレは約15%,原油価格は1バーレル37米ドル。80年経済については経済成長率5.5%(79年7.3%),農業生産1.4%増,(79年は1.4%減),工業生産6.2%(79年11%),民間設備投資で3%(79年14.7%),政府支出29%(79年8.9%)。インフレ20%(79年9.9%)。 |
DIA-204-1980-11-21-1 | タイ | 1980年11月21日 | 1980年代 | 国債発行―1981年度財政穴埋に10億バーツの国債発行,81年度財政は歳出1400億バーツ,歳入1200億バーツ,国内借入れ160億バーツ,海外借入れ40億バーツ。 |
DIA-204-1980-11-21-2 | タイ | 1980年11月21日 | 1980年代 | クライン米国対外政策の顧問,レーガン政権は軍事的,政治的にタイを支持すると表明。 |
DIA-204-1980-11-22-1 | タイ | 1980年11月22日 | 1980年代 | 外相,クライン顧問会談―タイの安全を脅かす東南アジアにおけるソ連の影響について協議。 |
DIA-204-1980-11-25-1 | タイ | 1980年11月25日 | 1980年代 | 学生,労働者数千人が砂糖値上げで抗議集会。 |
DIA-204-1980-11-25-2 | タイ | 1980年11月25日 | 1980年代 | ブンチュー副首相が砂糖問題で発言―来月になっても砂糖不足が続ば,商相の更迭も考えると発言。 |
DIA-204-1980-11-26-1 | タイ | 1980年11月26日 | 1980年代 | 第5次5ヵ年計画の農業生産目標発表―年率5.8%の増大計画をソムヌークNESDB農業影響局長が発表。 |
DIA-204-1980-11-26-2 | タイ | 1980年11月26日 | 1980年代 | 企業に協力を要請―アムヌアイ蔵相は,「タイ経済は種々の問題に直面しており,その中でもエネルギー問題は深刻で81年には石油支払は巨額に達する。石油輸入国はどこも同じ問題に悩んでおり緊縮的な金融政策をとり景気後退を招いている。タイも財政赤字の縮小をはかりたい。政府は企業の協力が必要である」と述べた。 |
DIA-204-1980-11-26-3 | タイ | 1980年11月26日 | 1980年代 | 81年対日輸出を25%増の270億バーツに貿易委員会計画。 |
DIA-204-1980-11-27-1 | タイ | 1980年11月27日 | 1980年代 | インドシナ難民政策を調整―タイは情勢の変化に対応してインドシナ難民に対する方針を調整中であり,各国へ打診したと外相表明。 |
DIA-204-1980-11-28-1 | タイ | 1980年11月28日 | 1980年代 | ソ連がパ・モン・ダム開発援助―「政治的障害」が取り除けられれば,パ・モン・ダムの開発に援助すると表明。 |
DIA-204-1980-11-28-2 | タイ | 1980年11月28日 | 1980年代 | 経済問題で社会行動党党幹部会議―ブンチュー副首相が非主流派議員に対し,タムチャイ商相,ウイシット,パイロート両副首相の経済チームを弁護。 |
DIA-204-1980-12-01-1 | タイ | 1980年12月01日 | 1980年代 | イラン,タイへのバンカー油供給契約を破棄。 |
DIA-204-1980-12-01-2 | タイ | 1980年12月01日 | 1980年代 | 首相,米価格支持計画の必要性強調―米価格支持計画は政府の主要政策であり,4000万人の生活がかかっている。第4次5ヵ年計画は所得格差是正に失敗しており,第5次計画では物資面での発展から貧困層の所得引上げに重点を移すと表明。 |
DIA-204-1980-12-01-3 | タイ | 1980年12月01日 | 1980年代 | 米緩衝在庫計画が始動。 |
DIA-204-1980-12-02-1 | タイ | 1980年12月02日 | 1980年代 | ガソリン・スタンドの全国的日曜営業禁止発表―12月4日以降,ガソリン・スタンドの営業は,平日が6時から18時まで,日曜は営業禁止,を実施。 |
DIA-204-1980-12-03-1 | タイ | 1980年12月03日 | 1980年代 | 新エネルギー節約対策検討中―エネルギー政策委員会は,石油割り当て,電気料金引上げ,水路使用の統制など,81年の石油節約策を検討中。 |
DIA-204-1980-12-07-1 | タイ | 1980年12月07日 | 1980年代 | 長期エネルギー需要見通し―1990年までにエネルギー需要は63%増加,代替エネルギー開発にむけ10年計画を準備中であり,第5次5ヵ年計画で推進されるであろう,と国家エネルギー局が表明。 |
DIA-204-1980-12-08-1 | タイ | 1980年12月08日 | 1980年代 | 81年経済見通し―農産物,工業製品の輸出好調が期待でき81年経済は改善に向うと中銀総裁が報告。 |
DIA-204-1980-12-16-1 | タイ | 1980年12月16日 | 1980年代 | 輸入金融レートのフロート要求―中銀は大蔵省に対し,海外金融市場の高金利で資金流出を防止するため,輸入金融に対する金利のフロート制を要求。 |
DIA-204-1980-12-17-1 | タイ | 1980年12月17日 | 1980年代 | アブラモイッツ米国大使が輸出アドバイス―同大使は,米国市場への輸出を増加させるには米国市場への関心を高めることが必要である。と述べた。 |
DIA-204-1980-12-17-2 | タイ | 1980年12月17日 | 1980年代 | 米国の対タイ海外投資には‘戦闘可能性’が障害―米国大使は米商工会議所で,タイへの米国援助増加を呼びかけるとともに,6月の戦闘が対タイ投資の障害となっていると表明。 |
DIA-204-1980-12-18-1 | タイ | 1980年12月18日 | 1980年代 | 国連,国連常任理事会にカンボジア紛争国際会議の開催を要求。 |
DIA-204-1980-12-18-2 | タイ | 1980年12月18日 | 1980年代 | 90km/hのスピード制限―エネルギー政策委員会は90km/hのスピード制限を承認,23日に内閣に提出。 |
DIA-204-1980-12-18-3 | タイ | 1980年12月18日 | 1980年代 | 工業プロジェクト最優先産業決定―海綿鉄生産一貫製鉄所設立,化学肥料とソーダ灰生産,メタノール・アルコール生産,が現政府の産業重要課題と工業相表明。 |
DIA-204-1980-12-18-4 | タイ | 1980年12月18日 | 1980年代 | タイ開発戦略発表―第5次5ヵ年計画では成長率は5~6%と発表。 |
DIA-204-1980-12-18-5 | タイ | 1980年12月18日 | 1980年代 | 海綿鉄プロジェクト棚上げ―プレム首相が投資優遇措置認下が適切でないと考えているため。 |
DIA-204-1980-12-21-1 | タイ | 1980年12月21日 | 1980年代 | ベトナム,難民に厳しい措置―ベトナムはカンボジア難民が国際機関からの援助物資を受取るためタイ国境に行くことを禁止したと国軍筋が発表。 |
DIA-204-1980-12-22-1 | タイ | 1980年12月22日 | 1980年代 | 北東部共産主義ゲリラの主要基地を政府が押える。 |
DIA-204-1980-12-23-1 | タイ | 1980年12月23日 | 1980年代 | 日本援助決定―日本政府はカンボジア難民とタイ被災民の救済計画に協力し,3億円の援助決定。 |
DIA-204-1980-12-24-1 | タイ | 1980年12月24日 | 1980年代 | タイ・カンボジア国境にタイ軍増強。 |
DIA-204-1980-12-26-1 | タイ | 1980年12月26日 | 1980年代 | 石油補助金廃止―政府は石油補助金廃止に踏み切り,石油価格は81年初めに引上がるとエネルギー政策委員会発表。 |
DIA-204-1980-12-26-2 | タイ | 1980年12月26日 | 1980年代 | ソ連,カンボジアへ大量の武器―ソ連はカンボジアの反政府勢力一掃をねらい,カンボジアのベトナム軍増強のため大量の武器を供給したと最高司令部発表。 |
DIA-204-1980-12-26-3 | タイ | 1980年12月26日 | 1980年代 | ソ連と貿易契約―ソ連はタイの農産物,工業製品を年に60億バーツ購入する10年契約に調印。契約内容は米23~40万トン,メイズ40~50万トン,タピオカ50万トン,ほたる石5万トン。 |
DIA-204-1980-12-29-1 | タイ | 1980年12月29日 | 1980年代 | 81年経済は回復―経済成長率は80年の6.3%から7%へと回復,主因は農業生産の拡大,インフレは17%と2年続きの高インフレと予測。 |
DIA-204-1980-12-29-2 | タイ | 1980年12月29日 | 1980年代 | ストライキ禁止解除の覚書調印。 |
DIA-204-1980-12-30-1 | タイ | 1980年12月30日 | 1980年代 | ブンチュー副首相に厳しい要求―ニュー・フォース党の下院議員はブンチュー副首相に米価格支持計画が農民の利益とならなければ辞職せよと要求。 |
DIA-204-1980-12-30-2 | タイ | 1980年12月30日 | 1980年代 | 90km/hの時速制限を内閣決定。 |
DIA-204-1981-01-03-1 | タイ | 1981年01月03日 | 1980年代 | ベトナム・ヘンサムリン軍侵入―ベトナム・ヘンサムリン軍はカンボジア国境からタイ領へ700m侵入,これについて国軍筋は同地域でのタイの軍事力をテストしたものであると述べた。1月5日,タイ政府はベトナムに正式に抗議。 |
DIA-204-1981-01-04-1 | タイ | 1981年01月04日 | 1980年代 | 80年経常収支発表―中銀は80年経常収支を500億バーツの赤字と発表。なお貿易収支は610億バーツの赤字。経常収支のGNPに対する割合は7.5%で韓国の6.9%,フィリピンの5.3%を上回った。 |
DIA-204-1981-01-05-1 | タイ | 1981年01月05日 | 1980年代 | サウジ基金,大型融資―サウジアラビア基金はタイのエネルギー開発に初めての資金援助を同意。融資額は6億6400万バーツ・タイ発電公社による亜炭発電プラントの第4発電所建設資金となる。同プラントの建設資金総額は78億4900万バーツ。 |
DIA-204-1981-01-05-2 | タイ | 1981年01月05日 | 1980年代 | 国家安全保障会議,カンボジア情勢分析―国家安全保障会議のプラソーン事務局長はカンボジア情勢について以下のように述べた。○ベトナム軍に抵抗しているクメール・ルージュ軍ゲリラは2年間の闘争で2万5000人から4万5000人に増加。○クメール・ルージュ軍はベトナム軍隊に対し大量の武器を使用し,動きやすいコンバット部隊を組み,ある地域では守りの戦いから攻めの戦いを展開。○ベトナム軍はカンボジア国境沿いに7個師団と海軍2部隊を展開。 |
DIA-204-1981-01-06-1 | タイ | 1981年01月06日 | 1980年代 | 投資環境改善見通し発表―中央銀行は「投資環境は80年10月以降改善の方向に向かった」と発表。 |
DIA-204-1981-01-07-1 | タイ | 1981年01月07日 | 1980年代 | 新政府経済チーム発動―ブンチューの経済チームに代り・プレーム首相自ら率いる新政府経済チームが活動を始める。新経済チームは経済官僚,テクノクラート,政府専門家が政策立案し,プレーム首相が世界経済の現実に適応した決定を行なう。 |
DIA-204-1981-01-07-2 | タイ | 1981年01月07日 | 1980年代 | ファイナンス・カンパニーの貸出規制強化―ファイナンス・カンパニーは1月7日から貸出・投資額を資本の40%に制限されることになる。それまでの限度率は50%,また今後,82年5月1日からは35%,83年5月1日からは30%へ引下げられる予定。 |
DIA-204-1981-01-08-1 | タイ | 1981年01月08日 | 1980年代 | 電気料金引上げ―バンコク都市部の電気料金を1ユニット当り平均15%引上げると発表。地方の電気料金については10日に14.14%の引上げを発表。実施はともに1月10日から。 |
DIA-204-1981-01-11-1 | タイ | 1981年01月11日 | 1980年代 | レーガン政権との関係強化―プレーム首相はProk駐米大使にレーガン政権との相互信頼関係をなお一層強めるよう指示した,と同日付バンコク・ポスト紙。 |
DIA-204-1981-01-11-2 | タイ | 1981年01月11日 | 1980年代 | 日本の防衛力強化歓迎―シッティ外相は「近く訪タイする鈴木首相に対し,日本の防衛力強化を恐れない,日本が自国の安全を守ることを歓迎すると伝える」と述べ,さらに「日本は当初,経済的役割を持っていたが,今や政治的役割を担っている」と語る。 |
DIA-204-1981-01-12-1 | タイ | 1981年01月12日 | 1980年代 | 首相,内閣改造の噂否定―首相は閣僚メンバーたちに,内閣改造あるいは首相辞職をするつもりはないと非公式に語る。 |
DIA-204-1981-01-16-1 | タイ | 1981年01月16日 | 1980年代 | 81年経済予測―タイ商工会議所は,81年GNP成長率を7~7.6%,工業生産8.6%増,農業生産4.8%増,消費者物価上昇率13~14%と予測。 |
DIA-204-1981-01-16-2 | タイ | 1981年01月16日 | 1980年代 | 米国に緊急武器供給システム確立要請―カンボジアのベトナム軍20万人がタイヘ侵攻することを仮定した対応策を米国に提案,非常時の緊急武器輸送システム確立を要請した,とシッティ外相述べる。 |
DIA-204-1981-01-19-1 | タイ | 1981年01月19日 | 1980年代 | 鈴木首相,タイで記者会見―17日に訪タイした鈴木首相は,日本が軍事的役割を担うことを否定,カンボジア国際会議開催を国連に要請することを約束,またタイ農産物の輸入促進を図ることに合意した。 |
DIA-204-1981-01-20-1 | タイ | 1981年01月20日 | 1980年代 | 石油価格引上げ決定―石油製品価格を7.37%から25%引上げることを決定。今回の引上げは昨年2月以来のもので,それ以降の原油価格引上げに調整したもの。 |
DIA-204-1981-01-23-1 | タイ | 1981年01月23日 | 1980年代 | 中銀,81年経済予測発表―81年のタイ経済はさまざまな悪要因が改善され,GNP成長率は7~8%に達すると,中央銀行発表。 |
DIA-204-1981-01-24-1 | タイ | 1981年01月24日 | 1980年代 | 第3次公定歩合適用―第1次,第2次貸出額を越える中央銀行の商業銀行貸出については第3次公定歩合,利率17%を適用すると中銀発表。 |
DIA-204-1981-01-24-2 | タイ | 1981年01月24日 | 1980年代 | 世銀,構造調整融資約束―世銀はタイの経済構造改善のために1.5~2億米ドルの特別融資を約束したとアムヌアイ蔵相発表。 |
DIA-204-1981-01-26-1 | タイ | 1981年01月26日 | 1980年代 | ベトナム軍と交戦―アランヤプラテートの東国境をベトナム軍10人が越境,タイ国軍と交戦。 |
DIA-204-1981-01-28-1 | タイ | 1981年01月28日 | 1980年代 | 繊維工場労働者が抗議スト―Samut Prakan繊維工場の労働者約900名が政府官邸前で抗議行動。 |
DIA-204-1981-01-30-1 | タイ | 1981年01月30日 | 1980年代 | 趙紫陽中国首相訪タイ―同首相はプレーム首相とレーガン政権の東南アジア政策について会談,会談後,「タイと中国の相互関係を強めるために来た」と述べる。 |
DIA-204-1981-01-30-2 | タイ | 1981年01月30日 | 1980年代 | インドシナ3国提案のカンポジア問題解決案拒絶―インドシナ3国提案はベトナムが国連解決を腐食させるものであるとして,同盟国,ASEAN諸国に公式通達。 |
DIA-204-1981-02-02-1 | タイ | 1981年02月02日 | 1980年代 | 経済格差が国家不安要因―アムヌアイ蔵相は,「地方と都市の経済格差が経済・社会の不安定要因となっており,もはや耐えられない状況にまできている。もし,このまま続けば自由かつ安定している国家が揺さぶられることになる」と警告。 |
DIA-204-1981-02-03-1 | タイ | 1981年02月03日 | 1980年代 | サミット石油会社の労働者サボタージュ―労働者は賃金引上げ,ボーナスおよび生活手当の改善を要求しサボタージュ。プレーム首相は直ちに中止を指示。 |
DIA-204-1981-02-04-1 | タイ | 1981年02月04日 | 1980年代 | 国営企業労働者,抗議行動を警告―賃金決定委員会が決定した最低賃金決定の最終判断を内務大臣に委ねるという内務省発表に抗議,政府が2週間以内に回答しなければ強い行動をとると労働側が警告。 |
DIA-204-1981-02-05-1 | タイ | 1981年02月05日 | 1980年代 | 新たに与党内対立―2月3日,チャーチャイ工業相は2人の副工業相には最終承認決定権はないという通達を行なったが,これに対し社会行動党のウイシット副工業相は党で討議,チャーチャイ工業相の通達を拒絶すると発表。これと同じ通達は農業省でもあり,コソル副農相も拒絶。 |
DIA-204-1981-02-06-1 | タイ | 1981年02月06日 | 1980年代 | サミット石油会社でストライキの動き―労働側は労働局との交渉を拒否,経営側との直接交渉を要求,2月9日にバンチャック精油所でストライキ計画。 |
DIA-204-1981-02-07-1 | タイ | 1981年02月07日 | 1980年代 | タイ・ラオス国境緊張―メコン河のドン・サンキ島でラオス軍とタイ国境警備警察隊が衝突,5日から6日にかけて戦火はタイ村にまで及び,7日にはラオス軍のロケット砲攻撃でタイ一村が一時的に占領される。 |
DIA-204-1981-02-08-1 | タイ | 1981年02月08日 | 1980年代 | 対ラオス国境閉鎖―ラック第2軍区司令官はラオスとの唯一の国境通過地域,ノンカイ・ビエンチャンの国境を閉鎖。 |
DIA-204-1981-02-09-1 | タイ | 1981年02月09日 | 1980年代 | ラオス・べトナムに正式抗議―タイ政府はラオス軍のタイ村砲撃に対しラオス政府に抗議,ベトナム政府に全面的責任をとることを要求。 |
DIA-204-1981-02-12-1 | タイ | 1981年02月12日 | 1980年代 | 80年失業率5.7%―中央銀行は80年失業者数を120万人,総労働者数の5.7%と発表。また80年雇用者数は1990万人,このうち農業部門は1440万人,工業部門は150万人。 |
DIA-204-1981-02-15-1 | タイ | 1981年02月15日 | 1980年代 | 軍内部で人事抗争―最高司令部情報センターのソン中将と陸軍地方防衛局のティエンチャイ中将が警察局長のポスト獲得をめぐって争う。 |
DIA-204-1981-02-15-2 | タイ | 1981年02月15日 | 1980年代 | 謎のテレックス事件発生―チャーチャイ工業相はサウジアラビアとの原油供給交渉中,交渉先からチャーチャイ交渉団の合法性について求められたことを発表。16日にはチャーチャイ工業相一行は正式交渉権を与えられていないというテレックスが,1本はウイシット副工業相,もう一本はウイシット副工業相とブンチュー副首相の連名で交渉先のサウジ・ペトロミンに届いたことを暴露。 |
DIA-204-1981-02-17-1 | タイ | 1981年02月17日 | 1980年代 | 首相,社会行動党とタイ国民党の和解提案―閣議において,サウジアラビア原油をめぐる対立は相互不理解の結果であり,社会行動党とタイ国民党の和解を提案,軍人に事情を説明。 |
DIA-204-1981-02-17-2 | タイ | 1981年02月17日 | 1980年代 | タイ労働評議会,内務相に抗議―最低賃金決定に対する内相の最終決定権に怒り,タイ労働評議会(LCT)は20日に内務省前で抗議行動を行なうと表明。 |
DIA-204-1981-02-18-1 | タイ | 1981年02月18日 | 1980年代 | タイ共産党の情勢分析―プラソーン国家安全保障会議事務局長は,「タイ共産党はタイと中国との関係改善で難しい立場にある」との分析を発表。 |
DIA-204-1981-02-21-1 | タイ | 1981年02月21日 | 1980年代 | スラーターニー県の共産ゲリラ一掃―2月11日にスラーターニー県で起った300人近い共産ゲリラ襲撃に対し,17日から軍は掃討作戦を開始,21日まで重要基地3カ所を鎮静。 |
DIA-204-1981-02-23-1 | タイ | 1981年02月23日 | 1980年代 | ワシン第1軍管区司令官,警告―政府内部の抗争が続けば,外国からの脅威と国内の共産ゲリラ問題に何の解決もできないと,政府を批判,警告。 |
DIA-204-1981-02-23-2 | タイ | 1981年02月23日 | 1980年代 | 中銀,手持準備金の多様化を表明―ヌクン中銀総裁は,準備通貨の増加にあたり貿易相手国の通貨を重視していく,今後は日本円を増やしていく,と語る。 |
DIA-204-1981-02-24-1 | タイ | 1981年02月24日 | 1980年代 | タイ学生革命指導者,投降―タイ全国学生センター元書記長チラユット氏が3人の活動家とともに治安当局に投降。 |
DIA-204-1981-02-25-1 | タイ | 1981年02月25日 | 1980年代 | 社会行動党,内閣離脱を覚悟―社会行動党の書記長,カセム副内相は,「社会行動党は内閣離脱,の用意がある」と表明。 |
DIA-204-1981-02-25-2 | タイ | 1981年02月25日 | 1980年代 | 80年石油消費量発表―80年の石油消費量は79年に比べ1億9000万リッター減少,116億リッターと発表。 |
DIA-204-1981-02-26-1 | タイ | 1981年02月26日 | 1980年代 | 左翼活動家6人,投降手続中―中国人を含めた6人の左翼活動家が政府への投降を求めて手続中。 |
DIA-204-1981-02-27-1 | タイ | 1981年02月27日 | 1980年代 | 首相,テレックス事件に態度表明―ウイシット氏は混乱をひき起こす2つのテレックスを送るべきでなく,責任を取るべきである,と決定表明。 |
DIA-204-1981-02-27-2 | タイ | 1981年02月27日 | 1980年代 | 社会行動党,首相表明に不満―ククリット社会行動党党首は,プレーム首相の決定に不満を表明。 |
DIA-204-1981-02-28-1 | タイ | 1981年02月28日 | 1980年代 | 民主党,内閣引揚げ宣言―タナット党首は内閣改造が必要であるとして内閣引揚げを宣言。 |
DIA-204-1981-03-01-1 | タイ | 1981年03月01日 | 1980年代 | 首相,ククリット氏と会談―3月1日チェンマイから帰ったプレーム首相は社会行動党3首脳と会談,社会行動党は経済閣僚の人選を同党へ一任することを要求。 |
DIA-204-1981-03-02-1 | タイ | 1981年03月02日 | 1980年代 | 首相,内閣改造の必要を強調―プレーム首相は,内閣改造は必要であり,しかもすばやく行なわれる必要があると述べる。 |
DIA-204-1981-03-02-2 | タイ | 1981年03月02日 | 1980年代 | 北部共産ゲリラ基地占領―第3軍管区は,共産ゲリラに支配されていたペッチャブーン県山岳地域占領。 |
DIA-204-1981-03-02-3 | タイ | 1981年03月02日 | 1980年代 | 首相,タイ国民党党首と会談―両氏は政府内部の対立をいかに回避するかについて協議。 |
DIA-204-1981-03-02-4 | タイ | 1981年03月02日 | 1980年代 | 首相,軍幹部と接触―首相は軍幹部グループと会合をもち,現在の政治混乱に関する意見と今後の支持を求める。 |
DIA-204-1981-03-03-1 | タイ | 1981年03月03日 | 1980年代 | 首相,新内閣組閣に自信の表明―首相は,一両日中に内閣改造が可能で,新内閣にはテクノクラートを入閣させると表明。 |
DIA-204-1981-03-03-2 | タイ | 1981年03月03日 | 1980年代 | 社会行動党,首相に対し不満を表明―2月27日の首相表明はウイシット副工業相および社会行動党の名を汚すものであると不満を表明。 |
DIA-204-1981-03-03-3 | タイ | 1981年03月03日 | 1980年代 | 首相,ブンチュー副首相と会見―ブンチュー副首相が語ったところによると,首相は与党内対立の妥協点を見出す努力をしている。 |
DIA-204-1981-03-03-4 | タイ | 1981年03月03日 | 1980年代 | 民主党3閣僚,内閣離脱―首相に約束したタナット党首の帰国を待たずに辞職。 |
DIA-204-1981-03-04-1 | タイ | 1981年03月04日 | 1980年代 | 社会行動党内閣離脱―ブンチュー副首相は,社会行動党の閣僚9人全員の辞表を首相に提出。 |
DIA-204-1981-03-04-2 | タイ | 1981年03月04日 | 1980年代 | 軍部,首相支持表明―ワシン第1軍管区司令官は,「組閣は首相の手にかかっている」と表明,さらに「社会行動党と民主党の内閣離脱で内閣は崩壊した」と両党に警告。 |
DIA-204-1981-03-06-1 | タイ | 1981年03月06日 | 1980年代 | 首相,各党と折衝―首相は,民主党,タイ国民党・統一党の各党幹部と会見,各党首脳は首相に閣僚ポストの候補リストを提出。 |
DIA-204-1981-03-06-2 | タイ | 1981年03月06日 | 1980年代 | 首相,上院議員と昼食会―首相は最高司令部で上院議員180人と昼食,上院議員の支持に感謝を表明するとともに,組閣に手間取っている事情を説明。この後軍幹部3人と会見,意見を求める。 |
DIA-204-1981-03-06-3 | タイ | 1981年03月06日 | 1980年代 | バス料金引下げ運動―約2000人の労働者がバス料金の引上げ撤回を要求し抗議集会,7日には19大学学生連合が2バーツから1.5バーツヘの引下げ要求を決議。 |
DIA-204-1981-03-08-1 | タイ | 1981年03月08日 | 1980年代 | タイ労働評議会幹部集会―現在政府と対立しているバス料金の引上げ問題,最低賃金決定に対する内相介入間題について討議。 |
DIA-204-1981-03-09-1 | タイ | 1981年03月09日 | 1980年代 | 各党,閣僚ポスト要求取り下げ―タイ国民党のプラマーン党首は「組閣はすべて首相の手にかかっている」と述べる。 |
DIA-204-1981-03-09-2 | タイ | 1981年03月09日 | 1980年代 | 東北部共産ゲリラ・キャンプ占領―第2軍管区はサコーンナコン県で大規模な共産ゲリラ掃討作戦を行ない,大小8つのゲリラ・キャンプを占領。 |
DIA-204-1981-03-10-1 | タイ | 1981年03月10日 | 1980年代 | 新内閣閣僚リスト発表―プレ一ム首相は10日国王に閣僚名簿提出,11日閣僚を任命,12日に宣誓武を行ない第2次プレーム内閣発足。 |
DIA-204-1981-03-10-2 | タイ | 1981年03月10日 | 1980年代 | バス料金引下げの抗議行動―約250人の学生がバス料金の引下げを要求し,首相官邸前で抗議行動。 |
DIA-204-1981-03-12-1 | タイ | 1981年03月12日 | 1980年代 | 市バスの最低料金引下げ発表―政府はバンコク市内のバス料金を2バーツから1.5バーツに3月20日から引下げることを発表。 |
DIA-204-1981-03-16-1 | タイ | 1981年03月16日 | 1980年代 | バンコク・バンク経済予測―バンコク・バンクは81年経済成長率予測を,7%成長と3年ぶりの高い成長率に復帰するであろうと発表。 |
DIA-204-1981-03-18-1 | タイ | 1981年03月18日 | 1980年代 | スト合法化―1月29日,内務省は,交渉決裂の場合,労働側はストを,経営側は工場閉鎖を許す法規を実施したことを発表。 |
DIA-204-1981-03-18-2 | タイ | 1981年03月18日 | 1980年代 | 労働者解雇数増大―80年10月の最低賃金法実施以来,1万2000人の労働者が解雇された。このうち70%以上は繊維工場の女性労働者。 |
DIA-204-1981-03-19-1 | タイ | 1981年03月19日 | 1980年代 | スッサイ首相府相,強硬発言―同相は,大学生の政治活動を抑えるため職業学生を武装させるべきと発言。 |
DIA-204-1981-03-19-2 | タイ | 1981年03月19日 | 1980年代 | カンボジア国境緊張―3月に入り,カンボジア領内でクメール・ルージュおよびクメール・セリのゲリラと,ベトナム・ヘンサムリン軍との小ぜり合いが急増,場合によってはタイ国境を越えタイ軍によって押しもどされている,と海軍スポークスマン述べる。 |
DIA-204-1981-03-20-1 | タイ | 1981年03月20日 | 1980年代 | 国際商工会議所会長提言―モハメッド・アリ・ラングーンワーラ会長はソンマイ蔵相に対し2つの提言を行なった。一つは,現在の法人税は国際的にも高く,引下げにより海外からの直接投資を促すべきであるというもの。もう一つは世界のほとんどの国で保護貿易主義が強まっており,アジア各国は強く反対していくべきであるというものである。 |
DIA-204-1981-03-27-1 | タイ | 1981年03月27日 | 1980年代 | 共産主義者投降―ジャングルで共産活動を行なっていたチャット・コンサックという僧が治安当局に出頭していたことが明らかとなる。 |
DIA-204-1981-03-28-1 | タイ | 1981年03月28日 | 1980年代 | インドネシア航空機,ハイジャック事件―武装したインドネシア人数人がインドネシア航空機をハイジャック,バンコク国際空港に着陸,31日インドネシア兵がものの見事に人質を救出。 |
DIA-204-1981-04-01-1 | タイ | 1981年04月01日 | 1980年代 | 軍事クーデター発生―午前2時,サン陸軍司令官を議長とする革命団がクーデター決行,革命団はサーム最高司令官を顧問とし,副議長にワシン第1軍管区司令官。パニアン空軍司令官,サムート海軍司令官も名を連ねたが,パニアン空軍司令官は国外におり,サムート海軍司令官も出頭せず中立の態度をとった。革命団の実権はマヌーン陸軍大佐,プラチャーク陸軍大佐というヤング・タークスの中核メンバーにあった。 革命団は午前4時,ラジオ・テレビを通じて全権掌握を発表,引き続き議会解散,憲法停止,プレーム首相の首相および陸軍司令官の辞任を発表予定より5時間遅れた午後2時45分,革命の大義を発表。 一方,プレ一ム首相は国王,王妃,2王女とともに第2軍管区司令部のあるコラートに逃れ,午後5時コラート放送を通じて,首相辞任を否定,革命団に対し同日夜10時までに降伏するように命令,第2,第3,第4軍管区司令官がプレーム首相の支持表明。 |
DIA-204-1981-04-02-1 | タイ | 1981年04月02日 | 1980年代 | プレーム首相は政府軍を組織,サン大将以下クーデター決起の佐官12人の軍籍剥奪を宣言。海軍放送がシリキット王妃の見解を表明。革命団兵士の原隊復帰を命じたプレーム首相の命令を飛行機から散布。プレーム首相は前クリアンサック首相を調停役に指命。 革命団はこれに対し,憲法の一部復活と議会招集を発表。プラチャーク大佐がサナム・ルアン広場で演説,30日以内の革命団解散,15日以内の民選による首相選出という完全なる民主主義を約束。 |
DIA-204-1981-04-03-1 | タイ | 1981年04月03日 | 1980年代 | 政府軍は首都へ侵攻,首都を無血で奪回,サン革命団議長は逃亡,ワシン副議長も出頭降伏。午後5時,プレーム首相はラジオ・テレビを通じてクーデターの失敗終結,情勢の正常回復声明を発表。 |
DIA-204-1981-04-06-1 | タイ | 1981年04月06日 | 1980年代 | アーティット少将,第1軍管区司令官に昇進―クーデター鎮圧に功績のあったアーティット第2軍管区副司令官が第1軍管区司令官に昇進。ワシン第1軍管区司令官は解任され,陸軍司令部付となる。 |
DIA-204-1981-04-06-2 | タイ | 1981年04月06日 | 1980年代 | クーデター参加者降伏人数209名―6日だけで69名が降伏,これまでの逮捕者は48名。 |
DIA-204-1981-04-07-1 | タイ | 1981年04月07日 | 1980年代 | 電気料金再引上げ―引上げ率はバンコク市で平均19.68%,地方で17.55%,今回の引上げは1月に続き今年で2回目,実施は4月1日から。 |
DIA-204-1981-04-07-2 | タイ | 1981年04月07日 | 1980年代 | 郵便・電報料金大幅引上げ発表―国内の郵便・電報料金をおよそ倍に引上げると発表,実施は4月15日からで,引上げは9年ぶり。 |
DIA-204-1981-04-07-3 | タイ | 1981年04月07日 | 1980年代 | 税制改正発表―3月31日内閣決定され,以下の通り即日実施。法人税は上場企業が35%から30%へ,非上場企業が45%から40%へ引下げ,配当金課税率は従来の25%から35%へ引上げ,退職金控除額は2000バーツから4000バーツに引上げられる。 |
DIA-204-1981-04-08-1 | タイ | 1981年04月08日 | 1980年代 | 空席の軍人事発表―クーデター参加で解雇処分あるいは左遷となった,軍および警察の空席ポストの人事発表。 |
DIA-204-1981-04-09-1 | タイ | 1981年04月09日 | 1980年代 | クーデター参加者に最後通告―政府国民軍は,クーデターに参加した者に対し10日まで出頭しない者には厳しい措置をとると発表。 |
DIA-204-1981-04-10-1 | タイ | 1981年04月10日 | 1980年代 | タイは8番目に危険な国―米国のフロスト・サリバン調査会社は,「タイはエル・サルバドル,イラン,ザイール,ボリビア,トルコ,パナマ,パキスタンに続き8番目にカントリー・リスクが高い」と報告。 |
DIA-204-1981-04-10-2 | タイ | 1981年04月10日 | 1980年代 | 中銀,81年インフレ見通し発表―中銀は,石油価格ガス料金,郵便・電報料金,2度にわたる電気料金値上げで,81年のインフレ率は16~18%に達するという見通し発表。 |
DIA-204-1981-04-14-1 | タイ | 1981年04月14日 | 1980年代 | 佐官クラス新たに14名解任―プレーム首相は新たに14名の佐官の軍籍をはく奪,57人の軍人事異動発表。 |
DIA-204-1981-04-14-2 | タイ | 1981年04月14日 | 1980年代 | 貯蓄増加と金融政策最優先課題―中銀は,貯蓄増加を今後の金融政策の最優先課題とすると発表。 |
DIA-204-1981-04-14-3 | タイ | 1981年04月14日 | 1980年代 | UNHCRの提案拒否―政府は,タイの難民収容センターから難民2~3万人を直接プノンペンに移すというUNHCR提案を拒否。 |
DIA-204-1981-04-15-1 | タイ | 1981年04月15日 | 1980年代 | 東海岸重工業地域決定―基幹産業開発委員会は,ラヨーン県に1兆ドルの重工業基地を建設することに決定。 |
DIA-204-1981-04-17-1 | タイ | 1981年04月17日 | 1980年代 | 上院議員の3分の1改選―憲法85条の規定にもとづくクジ引き改選で75人の議員引退,サン前陸軍副司令官,マヌーン大佐は留任。 |
DIA-204-1981-04-20-1 | タイ | 1981年04月20日 | 1980年代 | 第1軍管区上級ポスト人事異動―プレーム首相は第1軍管区の大幅な人事異動を発表,トーンターン第1軍管区副司令官,スティン第1師団司令官,アラム第2師団司令官を解任。 |
DIA-204-1981-04-28-1 | タイ | 1981年04月28日 | 1980年代 | 82年度予算案閣議決定―内閣は,新5カ年計画に基づいた82年度予算案を承認,タバコおよびアルコールの5月1日からの値上げを決定。 |
DIA-204-1981-04-28-2 | タイ | 1981年04月28日 | 1980年代 | 公務員給与引上げ決定―内閣は公務員20万人の給与を82年1月1日から20%引上げ決定。 |
DIA-204-1981-04-29-1 | タイ | 1981年04月29日 | 1980年代 | 米国と力ンボジア問題で合意―訪米中のシッティ外相はヘイグ国務長官と会談,民主カンボジア政府など3派連合による新政府を支持することで合意。 |
DIA-204-1981-05-03-1 | タイ | 1981年05月03日 | 1980年代 | GATT,永久加盟国加入提案―GATTのダンケル事務局長は,「永久加盟国からの関税引下げの便益を受けるためタイは永久加盟国に加入すべきである」と語る。 |
DIA-204-1981-05-04-1 | タイ | 1981年05月04日 | 1980年代 | 軍幹部,議会の解散提案―クラセー国軍副司令官は,下院での多数議席確保のため,政府は議会を解散し90日以内に総選挙を行なうべきであると提案。軍は政治にタッチすべきでないが,必要な時は関与すべきであると述べる。 |
DIA-204-1981-05-04-2 | タイ | 1981年05月04日 | 1980年代 | SAP党会議―社会行動党は党会議を行ない,政府は弱体化しており,国会を乗り切れないと判断。政府を追い込まないようにできる限り支持していくことを決定。 |
DIA-204-1981-05-04-3 | タイ | 1981年05月04日 | 1980年代 | 上院に幹事役会制度―政府と上院との関係を強めるため上院に幹事役会を設置,国軍からサーイユット参謀総長,陸軍からプラユット参謀長,海軍からサムット司令官,空軍からパニエン司令官,民間からチャーン氏を幹事役に起用,委員長にプレーム首相自ら就任。 |
DIA-204-1981-05-05-1 | タイ | 1981年05月05日 | 1980年代 | クーデター陰謀者特赦―国王は,当初5月18日と予想されていたクーデター陰謀者の特赦を承認。しかし,国民軍が設定した最終期日まで出頭しなかった8人は除かれる。 |
DIA-204-1981-05-06-1 | タイ | 1981年05月06日 | 1980年代 | 国内流動性逼迫の恐れ―米国のプライム・レートが18~19%に上昇。資本流入が減少し国内金融が逼迫する恐れがでてきたと中銀発表。 |
DIA-204-1981-05-11-1 | タイ | 1981年05月11日 | 1980年代 | カンボジアにミサイル配備―ベトナム軍はカンボジア国境に対空および対地ミサイルを配備したと,アランヤプラテートのタイ軍筋発表。 |
DIA-204-1981-05-12-1 | タイ | 1981年05月12日 | 1980年代 | 首相・スリランカ首相と会談―スリランカ首相と会談したプレーム首相は,7月上旬に開催される予定のカンボジア国際会議にスリランカが出席すると発表。 |
DIA-204-1981-05-12-2 | タイ | 1981年05月12日 | 1980年代 | IMFから5000万ドル借款―内閣は,IMFから5000万米ドルの借入れを行なうことを決定。1~3月期の国際収支赤字が拡大し,外貨準備が減少したことが理由。 |
DIA-204-1981-05-12-3 | タイ | 1981年05月12日 | 1980年代 | バーツ1%切下げ―中銀は,米ドルに対する為替レートを1%切下げると発表。 |
DIA-204-1981-05-16-1 | タイ | 1981年05月16日 | 1980年代 | サーム国軍司令官,訪中―今回の目的は,中国首脳陣とタイ軍幹部の相互理解と関係強化にあり,同司令官は,「中国のASEAN諸国に対する建設的な救援と支持は東南アジアの安全と平和にとって重要である」と中国公式ニュース筋に述べる。 |
DIA-204-1981-05-17-1 | タイ | 1981年05月17日 | 1980年代 | 世銀・天然ガス処理設備に融資―東海岸のラヨーン県に建設予定の第1次天然ガス処理設備に対し,世銀は7000万ドル,CDCが3500万ドルの融資を承認。新設備は,350万立方フィートの処理能力を有し総工費3億2000万ドル,着工は82年,完成は83年半ばか末。 |
DIA-204-1981-05-18-1 | タイ | 1981年05月18日 | 1980年代 | 世銀,融資方針を変更―世銀は今後のタイヘの融資方針を地方・貧困地域を重点とすると発表。 |
DIA-204-1981-05-18-2 | タイ | 1981年05月18日 | 1980年代 | 長距離バス料金20%値上げ―6月1日から長距離バス料金の20%引上げが発表さる。 |
DIA-204-1981-05-20-1 | タイ | 1981年05月20日 | 1980年代 | カンボジア難民の本国送還決定―政府は難民収容センターにいるカンボジア難民10万8000人を本国に送還することを国連に連絡。 |
DIA-204-1981-05-21-1 | タイ | 1981年05月21日 | 1980年代 | 自動車保有税修正法案―現在の重量ベースの自動車保有税をエンジンの排気量ベースに変更する法案が国会通過,適用されるのは自家用車で,6月法律となる見込み。 |
DIA-204-1981-05-22-1 | タイ | 1981年05月22日 | 1980年代 | 特赦法案国会通過―8人を残してクーデター関係者を特赦する法案が国会通過。 |
DIA-204-1981-05-23-1 | タイ | 1981年05月23日 | 1980年代 | マレーシアと合同でゲリラ鎮圧―タイ・マレーシア合同国境委員会は,両国国境にいるマレーシア共産主義者とタイ・ムスリム匪賊グループを共同で鎮圧することに合意。 |
DIA-204-1981-05-25-1 | タイ | 1981年05月25日 | 1980年代 | 新5カ年世銀融資計画―10日から始まる新5カ年計画に応じて,世銀は43プロジェクトに対し36億ドル,7つの準備プロジェクトに4億8000万ドルの融資を行なうと発表。このうち37%が農業部門への融資となる。 |
DIA-204-1981-05-26-1 | タイ | 1981年05月26日 | 1980年代 | テレビ放映時間規制緩和―80年4月から行なわれていた午後6時半から午後8時までのテレビ放映規制を廃止することを,閣議決定。 |
DIA-204-1981-06-01-1 | タイ | 1981年06月01日 | 1980年代 | 国債消化策発表―中銀は,商業銀行への国債売却を容易にするため,支店増加の見返りに政府国債を売却することを決定。中銀は商業銀行を通じて20億バーツの国債売却を見込む。 |
DIA-204-1981-06-02-1 | タイ | 1981年06月02日 | 1980年代 | ベトナムにカンボジア国際会議参加を要求―アルン副外相は,6月3日のボ・ドン・ジン・ベトナム副外相との会談で,7月のカンボジア国際会議に出席を要求すると語る。 |
DIA-204-1981-06-03-1 | タイ | 1981年06月03日 | 1980年代 | SAP,政府に6カ月の猶予―社会行動党は主な問題解決のため政府に6カ月の猶予を与える決定をしたと,SAPスポークスマン述べる。 |
DIA-204-1981-06-04-1 | タイ | 1981年06月04日 | 1980年代 | ベトナムの条件付部分的提案を非難―「タイがクメール・ルージュに対する支持政策を放棄すれば,20万人のカンボジア駐在軍の部分的撤退を行なう」という5月29日のベトナム提案を,無から何かを得ようとするかけひき的方法として非難。 |
DIA-204-1981-06-04-2 | タイ | 1981年06月04日 | 1980年代 | ベトナムがタイヘ警告―両国の同意が得られぬままカンボジア難民の本国送還が行なわれれば,危険な状況になろうと,ボ・ドン・ジン・ベトナム副外相がタイのベトナム大使館で記者会見。 |
DIA-204-1981-06-04-3 | タイ | 1981年06月04日 | 1980年代 | コンデンス・ミルク,価格統制下―中央物価統制反独占委員会は,コンデンス・ミルクの卸売価格の再統制に踏み切り,卸売価格の表示を義務づける。 |
DIA-204-1981-06-05-1 | タイ | 1981年06月05日 | 1980年代 | 特赦修正法案通過―今回の修正法案成立により,国民軍が指定した最終降伏日時まで出頭しなかった8人全員が特赦を受けることになる。 |
DIA-204-1981-06-05-2 | タイ | 1981年06月05日 | 1980年代 | 中国,米国がタイ支持表明―米国と中国は,新たなベトナムの侵攻があれば,タイを支持すると表明。 |
DIA-204-1981-06-06-1 | タイ | 1981年06月06日 | 1980年代 | カンボジア難民送還強行決定―政府は,カンボジア国境の収容センターにいる難民18万人を送還することを決定。 |
DIA-204-1981-06-07-1 | タイ | 1981年06月07日 | 1980年代 | ヘン・サムリン政権が警告―プノンペンの了解なくしてタイ政府がカンボジア難民を送還すれば,タイはあらゆる終末にも耐えなくてはならないだろうと,警告。 |
DIA-204-1981-06-08-1 | タイ | 1981年06月08日 | 1980年代 | SDR特別引出を決定―外貨準備の不足を補うためIMFから9億4500万ドルの引出しを徐々に行なうと,中銀表明。 |
DIA-204-1981-06-10-1 | タイ | 1981年06月10日 | 1980年代 | タイ共産党,話合いを提案―ジャングルにあるタイ共産党本部からのメッセージが届き,「タイ共産党はベトナムの脅威に政府と合同で対決するため,政府と協議することに合意した」と伝えてきた。 |
DIA-204-1981-06-10-2 | タイ | 1981年06月10日 | 1980年代 | 日本と政府借款協定―日本政府から3つの開発計画の資金として総額6億1600万バーツの政府借款を受ける協定に両国調印。 |
DIA-204-1981-06-12-1 | タイ | 1981年06月12日 | 1980年代 | 政党法案通過―政党法改正案が賛成262,反対0で国会通過。 |
DIA-204-1981-06-12-2 | タイ | 1981年06月12日 | 1980年代 | クーデター軍部内対立説―ラック第2軍管区司令官は,「軍部は統一されてなかった。さもなければ4月クーデターは起らなかった」と軍内部に対立があったことを証言。また,プレーム首相の陸軍司令官再延長を支持。 |
DIA-204-1981-06-16-1 | タイ | 1981年06月16日 | 1980年代 | 憲法改正の動き―今週からの国会で,下院の憲法改正草案が国会討議される。草案が通過すれば,首相は下院議員であること,上院の力が低下,国民の権利と自由が拡大される。17日,首相は中央司令部に約100人の上院議員を集めて,下院の憲法改正草案に反対すると述べた。 |
DIA-204-1981-06-18-1 | タイ | 1981年06月18日 | 1980年代 | クリアンサック前首相,新党結成―クリアンサック前首相をリーダーとした新党,国家民主主義党が結成さる。議員数は60名で,シャム民主党,大衆路線党,民主主義行動グループ,新勢力党,平和人民党,社会農本党が言わば合体したもので,シャム民主党からは半数以上の議員が新党に参加。 |
DIA-204-1981-06-21-1 | タイ | 1981年06月21日 | 1980年代 | マニラ会議大成功―マニラ会議に出席したシッティ外相は,会議は100%成功,,カンボジア難民問題,域内平和に関するすべての目的は達成されたと,述べる。 |
DIA-204-1981-06-22-1 | タイ | 1981年06月22日 | 1980年代 | アムナート陸軍司令官補死亡―死因は心臓発作。観測筋はプラユット参謀長の陸軍副司令官昇進はスムーズに運ぶとみている。 |
DIA-204-1981-06-24-1 | タイ | 1981年06月24日 | 1980年代 | 預金・貸出金利1%引上げ―商業銀行の定期および貯蓄性預金金利の1%引上げ,商業銀行貸出金利の上限を1%引上げ19%とすると中銀発表。実施は7月1日から。 |
DIA-204-1981-06-24-2 | タイ | 1981年06月24日 | 1980年代 | 陸軍幹部人事異動―プラユット司令官補が副司令官に,チャムナン副参謀長が司令官補に,サック陸軍野戦軍部長が参謀長にそれぞれ昇進。 |
DIA-204-1981-06-28-1 | タイ | 1981年06月28日 | 1980年代 | 共産党幹部投降―政府が最も重視し行方を追及していた共産党幹部スラチャイが治安当局に投降。 |
DIA-204-1981-06-30-1 | タイ | 1981年06月30日 | 1980年代 | 政府・民間合同経済委員会―経済間題解決のため政府閣僚8名と財界首脳からなる経済委員会の設立が承認さる。委員は政府側から蔵相,工業相,商業相,農業相,中銀総裁,NESDB総裁などで,民間からはタイ貿易委員会,タイ工業協会,タイ銀行協会等の代表者。 |
DIA-204-1981-07-03-1 | タイ | 1981年07月03日 | 1980年代 | 韓国大統領,訪タイ―全大統領は,7月5日,韓国の平和は東南アジア地域の安定と密接な関わりがある,と述べる。 |
DIA-204-1981-07-03-2 | タイ | 1981年07月03日 | 1980年代 | 土地所有改正方案をめぐり政府内対立―土地所有は,農業目的が50ライ,工業目的が10ライ,商業目的および住居目的が5ライの所有制限を国民1人につき課すという土地所有改正法案をめぐり政府内部が対立。改正法案の草案は民主党が作成,その後修正され政府案となっていたが,タイ国民党が上院の大多数が反対しているとしてこれに反対を始めた。 |
DIA-204-1981-07-07-1 | タイ | 1981年07月07日 | 1980年代 | 政府,土地所有改正法案の承認を再確認―7日政府は法案の再検討を行い,全員一致で政府案とすることを再確認。 |
DIA-204-1981-07-08-1 | タイ | 1981年07月08日 | 1980年代 | 公定歩合1%引上げ―中銀は公定歩合を1%引上げたことを明らかにした。これで公定歩合は現行の13.5%から14.5%へ,高率適用公定歩合は17.5%から18.5%へ引上げられた。 |
DIA-204-1981-07-08-2 | タイ | 1981年07月08日 | 1980年代 | 大量の在庫発生―政府は,メイズ,タピオカ,米,ゴム,パイナップル缶詰の大量在庫が発生しているという深刻な事態を発表。 |
DIA-204-1981-07-09-1 | タイ | 1981年07月09日 | 1980年代 | 最大規模の軍事演習―今回の演習は,砲兵隊,戦車隊,数千人の歩兵隊,さらに海兵隊,パラシュート隊が参加,数年来最大規模のもので,敵軍が国境地域の重要地点2カ所を占領,タイ軍が奪回のため反撃するという想定で行なわれた。 |
DIA-204-1981-07-11-1 | タイ | 1981年07月11日 | 1980年代 | タイ共産党員,合法政党結成を計画―以前,コミュニスト活動をしていた20人が,マルクス・レーニン主義に基づく合法政党を結成する計画発表。 |
DIA-204-1981-07-11-2 | タイ | 1981年07月11日 | 1980年代 | ベトナム軍発砲―ベトナム軍がトラート県クローンシャイ郡に発砲。 |
DIA-204-1981-07-11-3 | タイ | 1981年07月11日 | 1980年代 | NCTLデモ計画―タイ労働者全国評議会は,経済情勢の悪化を理由に7月末デモ計画を発表。 |
DIA-204-1981-07-12-1 | タイ | 1981年07月12日 | 1980年代 | SAPから有力議員脱党―タイ東北部の有力政治家チャイシリーが社会行動党から脱党し,独立を計画。チャイシリーが独立すれば,社会行動党80議席のうち20~30議席が離れるとされている。21日,社会行動党から6名の議員を率いて新党結成。 |
DIA-204-1981-07-13-1 | タイ | 1981年07月13日 | 1980年代 | 地方水道公社でストライキ―地方水道公社(PWWA)で法人側が組合側の賃上げ要求を拒否したため,組合側はストライキ突入。公営企業9社の労働組合グループがこれを支持,要求が通らない場合には業務を中断すると発表。 |
DIA-204-1981-07-13-2 | タイ | 1981年07月13日 | 1980年代 | IMFから特別引出し―輸出減退による外貨準備を補うため,IMFは2億1000万ドルの特別引出しを承認。これまで,75年に8000万ドル,77年に8200万ドルの特別引出しを行なっている。 |
DIA-204-1981-07-15-1 | タイ | 1981年07月15日 | 1980年代 | 81年上半期,建設は大幅落込み―1981年上半期の建設業は,政府プロジェクトの削減,民間経済の悪化で前年同期50%減少。 |
DIA-204-1981-07-15-2 | タイ | 1981年07月15日 | 1980年代 | バーツ・レートの8.7%切下げ―中銀は,バーツの対米ドル・レートを8.7%切り下げ,1米ドル当り21バーツから23バーツに切り下げた。同時にデイリー・フィクシング制に若干の変更がなされ,これまでの中央銀行と商業銀行との協議による為替レート決定から,中央銀行が為替レートを決定しそれを商業銀行側に通知することになった。 |
DIA-204-1981-07-17-1 | タイ | 1981年07月17日 | 1980年代 | タイ社会党前副指導者,中国から帰国―タイ社会党の前副指導者カイサエン氏が中国から帰国,同氏はタイ共産党から追放され渡中していた。 |
DIA-204-1981-07-18-1 | タイ | 1981年07月18日 | 1980年代 | SAP,入閣交渉―7月6日,社会行動党幹部とチャムロン官房長官が同党の入閣について交渉,SAPは5つの経済閣僚ポストを要求したことが,明らかとなった。21日,ブンチュー氏はプレーム首相と会談,新経済チームリストを提出。 |
DIA-204-1981-07-21-1 | タイ | 1981年07月21日 | 1980年代 | 首相,バーツ切下げ理由を説明―プレーム首相は経済閣僚全員,中銀総裁,NESDB総裁を引き連れ,バーツ切下げの理由について記者会見。 |
DIA-204-1981-07-27-1 | タイ | 1981年07月27日 | 1980年代 | 首相,陸軍司令官辞任を表明―8月26日付で陸軍司令官ポストの辞任を表明。 |
DIA-204-1981-07-28-1 | タイ | 1981年07月28日 | 1980年代 | ヤング・タークス,軍復帰要求―ヤングタークスのプリディー大佐が同氏を含んだ4月クーデターで解職されたヤング・タークス39名の軍復帰嘆願書をテープ国防省次官に提出。 |
DIA-204-1981-07-29-1 | タイ | 1981年07月29日 | 1980年代 | 電気料金引下げ発表―家庭用電気消費について1カ月36から300ユニットの消費について1ユニット当り6スタング引下げ。実施は8月1日。 |
DIA-204-1981-07-30-1 | タイ | 1981年07月30日 | 1980年代 | 共産党員の武器大量発見―タイ共産党の所持していた大量の武器,弾薬をバンコク市内で発見したと,プラユット陸軍副司令官が発表。但し,武器の発見は数力月前,治安当局は今まで発表を控えていた。 |
DIA-204-1981-07-31-1 | タイ | 1981年07月31日 | 1980年代 | 82年予算案,第1読会通過―下院での予算国会で賛成252,反対2で予算案は第1読会を通過,この後20日以内に予算委員会が設立され精査に入り,9月15日に再び国会審議となり,第2読会,最終読会を受ける。 |
DIA-204-1981-08-02-1 | タイ | 1981年08月02日 | 1980年代 | ヤング・タークス,軍復帰嘆願書提出―パロップ大佐はヤング・タークス39名の軍復帰の嘆願書をテープ国防省次官に提出。 |
DIA-204-1981-08-05-1 | タイ | 1981年08月05日 | 1980年代 | 銀行貸出新抑制策発表―基準枠を超える中銀の商業銀行への貸出枠,すなわち高率適用公定歩合を対象とした中銀貸出額を,これまでの無制限貸付から80年12月の預金残高の1%に限定。さらに,商銀の中銀への国債返却に2%の課徴金を課す。実施は8月6日からで,目的は商銀の外国借入れ促進。 |
DIA-204-1981-08-07-1 | タイ | 1981年08月07日 | 1980年代 | 南部共産ゲリラキャンプを一斉攻撃―政府軍はスラーターニー県の南部共産ゲリラ拠点を一斉攻撃,これは7月23日のスラーターニー県発電所爆破,25日のプロクラサン鉄橋爆破,8月6日のプロクラサンでの破壊という相次ぐゲリラ活動に対する鎮圧活動。 |
DIA-204-1981-08-09-1 | タイ | 1981年08月09日 | 1980年代 | クリアンサック前首相,政界復帰―8日行なわれたローイエト県下院議員補欠選挙で圧勝。 |
DIA-204-1981-08-10-1 | タイ | 1981年08月10日 | 1980年代 | IFCT,貸出金利1%引上げ―産業金融公社は8月5日以降承認された融資について貸出金利を1%引上げると発表。これによりバンコクおよび5大都市での一般貸出金利は16%。 |
DIA-204-1981-08-11-1 | タイ | 1981年08月11日 | 1980年代 | 陸軍トップ人事発表―プラユット陸軍副司令官は陸軍司令官に,ピン陸軍司令官補は陸軍副司令官に,シマ第3軍管区司令官が陸軍司令官補にそれぞれ昇任すると発表さる。ポスト就任は8月26日。 |
DIA-204-1981-08-13-1 | タイ | 1981年08月13日 | 1980年代 | 超中国首相,寄タイ―フィリピン,マレーシア,シンガポールのASEAN諸国訪問を終え,中国に帰る途中立ち寄る。プレーム首相と会談,東南アジアの共産党に対し中国は道義的,政治的面を除いて支援しないと述べ,中国にいるタイ共産党員および左翼活動家にタイヘ帰国するように説得すると約束。 |
DIA-204-1981-08-13-2 | タイ | 1981年08月13日 | 1980年代 | 南タイから「マラヤ民主主義の声」―マレーシア,共産党による「マラヤ民主主義の声」が7月1日から南タイで放送されているというマレーシア政府の報告に基づき,第4軍管区が調査。 |
DIA-204-1981-08-13-3 | タイ | 1981年08月13日 | 1980年代 | バークリー米国務次官補,訪タイ―安全保障間題担当バークリー国務次官補は14日,プレーム首相と会談,その後シッティ外相と会談。 |
DIA-204-1981-08-14-1 | タイ | 1981年08月14日 | 1980年代 | タイはソ連拡張主義の次の標的―ラオスではソ連・ベトナム派の共産党,New Partyが結成されており,タイはソ連拡張主義の次の標的となると,プラユット陸軍副司令官が述べた。 |
DIA-204-1981-08-14-2 | タイ | 1981年08月14日 | 1980年代 | 陸軍,緊急予備軍計画―陸軍は戦争の可能性を予期して700万人以上の予備兵士を準備する計画に今年は着手すると,予備役部長が語った。計画の草案は80年12月8日まとめられている。 |
DIA-204-1981-08-17-1 | タイ | 1981年08月17日 | 1980年代 | 積極的な経済外交―プレーム首相は外国訪問を増やし,ビジネスマンを同行させ,貿易および海外直接投資の促進をはかる,とスノーNESDB総裁が語る。 |
DIA-204-1981-08-18-1 | タイ | 1981年08月18日 | 1980年代 | 海外ローン利子課税を撤廃―8月1日から12月31日まで,すべての海外ローンの利子課税は撤廃される。これまで1年を超えるものについては利子課税は控除されていたが,1年未満については10%の利子が課されていた。 |
DIA-204-1981-08-21-1 | タイ | 1981年08月21日 | 1980年代 | 軍・警察の共同パトロール中止―共同パトロールは,4月クーデター後,犯罪防止の手段として行なわれ,これまで第1軍管区の軍人150人が警察と共同でパトロールを行なってきた。 |
DIA-204-1981-08-22-1 | タイ | 1981年08月22日 | 1980年代 | 新難民対策発表―8月15日以降タイヘ逃れてくるラオスおよびベトナム難民は第3国への出国取扱いを受けないという方針表明さる。カンボジア難民についてはカンボジア内の紛争が続いているという理由で対象から除外。 |
DIA-204-1981-08-23-1 | タイ | 1981年08月23日 | 1980年代 | マハティール・マレーシア大統領訪タイ―プレーム首相と会談,両国国境沿いの推定3000人のゲリラを共通の敵とみなすことに合意。24日にカンボジア問題を含んだ共同声明発表。 |
DIA-204-1981-08-25-1 | タイ | 1981年08月25日 | 1980年代 | ヤング・タークスの軍復帰拒絶―プレーム首相は,ヤング・タークス39名を軍復帰させる予算がないとして,軍人事部長に彼らの軍復帰拒絶を申し渡していたことが明らかとなる。24日には,Sak陸軍参謀長が彼らの復帰反対を宣言。また,ヤング・タークスの5人,Manoon大佐,Prachak大佐,Sanan中佐,Nikorn少佐,Sanchai少佐は8月31日に軍事監察委員会に出頭することになっている。 |
DIA-204-1981-08-25-2 | タイ | 1981年08月25日 | 1980年代 | プレーム首相,陸軍司令官退任―プレーム首相は,陸軍司官学校にて陸軍司令官を退任,後任をプラユット大将に譲る。 |
DIA-204-1981-08-27-1 | タイ | 1981年08月27日 | 1980年代 | シンガポール大統領寄タイ―ニュージーランドヘ行く途中のリー・クァン・ユー大統領はタイヘ立ち寄り,プレーム首相と会談。 |
DIA-204-1981-08-28-1 | タイ | 1981年08月28日 | 1980年代 | ナショナル・イデオロギー―プラソーン国家安全保障評議会事務局長は,国の防衛と独立,民主主義,領土保全,王制支持,経済的不平等の是正,自由の堅持,統一と公平の促進がナショナル・イデオロギーの骨子であると述べ,タイ共産党をそれらとはかけ離れたイデオロギーを植えつけようとしていると批判。 |
DIA-204-1981-09-03-1 | タイ | 1981年09月03日 | 1980年代 | 81/82年米価政府支持価格が決定―100%等級白米はトン当り前年度の3800バーツから4050バーツヘ6.6%上昇。 |
DIA-204-1981-09-09-1 | タイ | 1981年09月09日 | 1980年代 | 南部共産ゲリラ弱化―8月初めに開始されたWanarat24計画により,スラーターニー,クラビー,ナコンシータマラート3県の共産ゲリラ勢力は弱化し,小グループに分割したと,軍・警察・市民共同部隊発表。 |
DIA-204-1981-09-09-2 | タイ | 1981年09月09日 | 1980年代 | 最低賃金61バーツに決定―賃金決定委員会は,バンコクとバンコク近隣のサムトプラカーン,ノンタブリ,サムトサーコン,ナコンパトム5県の最低賃金を54バーツから61バーツヘ13%引上げ決定。10日には新たに7県が61バーツの最低賃金に組み込まれ,それを除く地方59県の最低賃金は52バーツの統一賃金に決定。それまで地方の最低賃金は南部および中部タイが47バーツ,北部および東北部タイが44バーツ。 |
DIA-204-1981-09-12-1 | タイ | 1981年09月12日 | 1980年代 | 天然ガス利用開始―待望の天然ガス利用開始のセレモニーが行なわれ,ラヨーン県バン・マブ・タプーにあるガス・ターミナルのコントロール・センターのバルブをプレーム首相がまわし,425キロ離れたタイ湾から天然ガス到着。この後,プレーム首相はチャチュンサオ県にある発電所に行き,天然ガスによる最初の発電を祝う。正式な天然ガス利用は10月1日。 |
DIA-204-1981-09-14-1 | タイ | 1981年09月14日 | 1980年代 | 新防衛システムによる空軍演習―イスラエル,米国,西独などから購入した対空ミサイルを使用して実戦能力向上をはかる演習が開始。 |
DIA-204-1981-09-16-1 | タイ | 1981年09月16日 | 1980年代 | 中銀,スワップ開始―中銀の為替平衡基金(EEF)はスワップ調整基金をスタート,これにより金融機関が海外で調達したドルをEEFに売却しても3カ月以内なら売却時のドル・レートでEEFから買いもどせる。仮に,EEFの買値が1ドル当り22.98バーツ,売値が23.02バーツとすると,商銀は22.98バーツで売ったドルを3カ月以内なら23.02バーツで買い戻せる。このスワップは,ドルの流入を促進させるためのもので81年12月31日まで続けられるが,買い戻しは82年3月末まで可能。 |
DIA-204-1981-09-20-1 | タイ | 1981年09月20日 | 1980年代 | 軍首脳からヤング・タークス復帰の声―ピン陸軍副司令官は,定例軍人事異動発表後の1週間以内にヤング・タークス39名の軍復帰が承認されることを望んでいると語った。ピン副司令官は9月末退官の予定。また,ヤング・タークスのPanlop大佐は,テープ国防次官,Pichit第1師団長も軍復帰を支持してくれていると語る。 |
DIA-204-1981-09-20-2 | タイ | 1981年09月20日 | 1980年代 | 世銀構造調整融資―大蔵省と世銀チームの交渉が18日で終り,タイ経済の構造調整向けに82年度2億ドルの融資をすることに世銀が合意。 |
DIA-204-1981-09-21-1 | タイ | 1981年09月21日 | 1980年代 | 「タイ,エネルギーの将来」―タイ石油公社が発表した「タイにおけるエネルギーの将来」という報告によれば,政府は石油依存度を低下させるため今後5年間は年当り10億ドルの予算を割り当てる。主な骨子は以下の通り。現在の石油依存率75%を86年までに52%に引下げる。このため,エネルギー消費を年率5.6%にとどめる。68年まで天然ガス生産を1日当り5億2500万立方フィート,天然ガス分離能力を同じく3億5000万立方フィートとする。水力発電を現行の1269メガワットから2559メガワットに,亜炭発電を210メガワットから585メガワットにそれぞれ86年までに引上げる。アルコール,地熱,太陽熱などの利用により,年間182万バーレルの石油を代替させる。 |
DIA-204-1981-09-23-1 | タイ | 1981年09月23日 | 1980年代 | 定例軍人事異動発表―今回の人事では,国軍・海軍・空軍の3司令官が新任。陸軍,国軍司令部人事に注目すべき異動があり,海軍および空軍は「ルール」に従った異動であった。国軍ではサーイユット参謀総長が最高司令官に昇任したほか,クリアンサック色が一掃された。陸軍では,アーティット第1軍管区司令官が陸軍司令官補に昇任,第1軍管区司令官ポストは新任発表がなされず事実上アーティット中将が兼務。 |
DIA-204-1981-09-23-2 | タイ | 1981年09月23日 | 1980年代 | 住宅金融公社,金利1%引上げ―今回新たに設定された10万バーツ未満の融資については14%,10万バーツ以上30万バーツ未満については15%,30万バーツ以上50万バーツ未満については16%の金利。 |
DIA-204-1981-09-24-1 | タイ | 1981年09月24日 | 1980年代 | 81/82年度米輸出目標―前年度280万トンから20万トン増の300万トンに設定。これは,81/82年度のもみ米生産が1800万トンに推定され,目標設定されたもので,民間輸出は180万トン,政府輸出は120万トン。 |
DIA-204-1981-09-26-1 | タイ | 1981年09月26日 | 1980年代 | 81/82年度予算成立―81/82年度政府予算案,財政規模1610億バーツの国会審議は,25日午前1時に始まり,26日午前4時30分まで続き,49年間で最も長い審議となった。 |
DIA-204-1981-09-28-1 | タイ | 1981年09月28日 | 1980年代 | アーティット第1軍管区司令官再任―アーティット陸軍司令官補は第1軍管区司令官を兼任。プラユット司令官は承認権のあるプレーム国防相に通達済み。 |
DIA-204-1981-09-29-1 | タイ | 1981年09月29日 | 1980年代 | 赤字政府企業に閣議決定―赤字操業の政府企業を改善見直しするため,赤字あるいは非効率な企業は廃止あるいは民間へ売却するという閣議決定さる。 |
DIA-204-1981-10-02-1 | タイ | 1981年10月02日 | 1980年代 | 「最大の脅威はベトナム」―プラソーン国家安全保障評議会事務局長は,「タイの最大の脅威はベトナムである。国内の脅威より大きくなった」と述べる。 |
DIA-204-1981-10-05-1 | タイ | 1981年10月05日 | 1980年代 | 首相,国連総会で演説―ヨーロッパ訪問を終え,4日米国に到着したプレーム首相は,5日の国連総会でタイのインドシナ難民への国際的援助を続けることを要請。 |
DIA-204-1981-10-05-2 | タイ | 1981年10月05日 | 1980年代 | コンケンで天然ガス田発見―エッソ石油開発はタイ東北部コンケン市の北27キロで天然ガス田を発見。 |
DIA-204-1981-10-05-3 | タイ | 1981年10月05日 | 1980年代 | バンコク市内列車プロジェクトを民間に―バンコク市内を結ぶ列車開通プロジェクト,総工費25億バーツの建設および運営を民間に任せると政府発表。 |
DIA-204-1981-10-06-1 | タイ | 1981年10月06日 | 1980年代 | 米・タイ両首脳会談―米国訪問中のプレーム首相はレーガン大統領と会談,レーガン大統領は「ベトナムの侵略に対し,タイおよびASEAN諸国への支持継続を約束。 |
DIA-204-1981-10-08-1 | タイ | 1981年10月08日 | 1980年代 | 首相,米国統合参謀本部議長と会談―プレーム首相はジョーンズ米国統合参謀本部議長および米国防省幹部とワシントンで東南アジアの安全について会談。 9日に,ダラス訪問,その後テキサスに行き,11日に帰国。 |
DIA-204-1981-10-11-1 | タイ | 1981年10月11日 | 1980年代 | IMF,途上国に緊縮政策提案―ワシントンで開かれたIMF年次総会に出席し帰国したNukul中銀総裁は「IMF総会はタイを含めた途上国に対し赤字支出をコントロールするため緊縮政策を提案した」と述べる。 |
DIA-204-1981-10-14-1 | タイ | 1981年10月14日 | 1980年代 | 深海港建設を内閣承認―南部の農産物および工業品の輸送向上のため,ソンクラーおよびプーケットに2つの深港建設を承認。総工費は20億バーツ。 |
DIA-204-1981-10-15-1 | タイ | 1981年10月15日 | 1980年代 | 天然ガス生産に支障―天然ガス生産は10月1日から公式に始まったが,ユニオン・オイルのガス井14本が予想以上の高熱のため支障,修理は82年5月までかかる。ユニオン・オイルはタイ石油公社に日量2億立方フィートを供給する契約であったが,このため現在の供給量は日量1億立方フィートとなっている。 |
DIA-204-1981-10-19-1 | タイ | 1981年10月19日 | 1980年代 | 新防衛戦略―サーイユット国軍最高司令官および最高司令部幹部らは,プラユット陸軍司令官が同席した会議において,実質的かつ機動的な早急防衛体制を織り込んだ新防衛戦略を公開。 |
DIA-204-1981-10-19-2 | タイ | 1981年10月19日 | 1980年代 | クーデターの噂について軍部見解―プラユット陸軍司令官は10月9日軍事クーデターの動きがあったことを否定。しかし,プレーム首相渡米中の10月9日,クーデターの噂が高まったため警戒体制を発動したことを認める。 |
DIA-204-1981-10-19-3 | タイ | 1981年10月19日 | 1980年代 | 為替レート切下げ成功―81年国際収支赤字は当初予想の140億バーツから,7月15日の切下げで82億バーツにとどまると,パイチット副蔵相語る。 |
DIA-204-1981-10-20-1 | タイ | 1981年10月20日 | 1980年代 | チャムロン官房長官,辞表提出―人工流産法案が下院を通過し,上院の承認待ちとなっていたが,内閣の中からマスメディアを使い法案を支持したというのに反発,上院議員の1人として下院と戦うと述べ辞表提出。22日辞職,最高司令本部に復帰。後任にはチャンタラクプタ中将が23日に就任。 |
DIA-204-1981-10-26-1 | タイ | 1981年10月26日 | 1980年代 | タイ共産党との戦いは終場面―タイ共産党は今や組織的な部隊を持たずゲリラ活動にたよっており,共産党と政府軍との15年にわたる戦いは終りに近づきつつある,とチャバリット陸軍作戦本部長語る。 |
DIA-204-1981-10-27-1 | タイ | 1981年10月27日 | 1980年代 | 対日輸入規制案出る―ラード,パイナップル・ジュース,各種ソース類など食料関係品およびタイでも生産している各種消費財については,対日貿易赤字是正のため厳しい輸入抑制措置をとるべきであると,商業省高官語る。 |
DIA-204-1981-10-28-1 | タイ | 1981年10月28日 | 1980年代 | アーティット陸軍司令官補,昇進―アーティット陸軍司令官補兼第1軍管区司令官,パイチット陸軍司令官補,プラモート陸軍参謀長が大将に昇進。 |
DIA-204-1981-10-28-2 | タイ | 1981年10月28日 | 1980年代 | 政府庁舎2カ所で時限爆弾爆発―バンコク市庁舎および商業省庁舎の2カ所で強力な時限爆弾が爆発。警察は直ちにバンコク市内に警戒体制をひく。アーティット陸軍司令官兼第1軍管区司令官の権力への挑戦か大将昇進に対する抗議であるという憶測広がる。 |
DIA-204-1981-10-29-1 | タイ | 1981年10月29日 | 1980年代 | 軍も出動,警戒体制―爆発事件をめぐり警察幹部会議が行なわれ,警察は爆発事件について軍と市民への協力要請決定。 |
DIA-204-1981-10-30-1 | タイ | 1981年10月30日 | 1980年代 | クーデターの噂流る―29日にヤング・タークスのメンバーの家に重装備部隊が動員され,国家議事堂前に戦車が出動したことについて,プラユット陸軍司令官は「日常演習上としてクーデター説を否定。 |
DIA-204-1981-10-31-1 | タイ | 1981年10月31日 | 1980年代 | ヤング・タークスを家宅捜査―家宅捜査を受けたのはプラチャーク大佐(前第2歩兵連隊長),マヌーン大佐(前第4騎兵連隊長),サコン大佐(前憲兵大隊長),ブーンユーング中佐(前第11歩兵連隊戦闘隊長)の4人。 |
DIA-204-1981-10-31-2 | タイ | 1981年10月31日 | 1980年代 | 陸軍,大佐級人事発表―今回の異動の大部分は戦闘部隊,作戦部隊の大佐クラスで,9月定例人事に続く恒例のもの。 |
DIA-204-1981-11-02-1 | タイ | 1981年11月02日 | 1980年代 | ヤング・タークス,家宅捜査に激怒―ヤング・タークスの主要メンバー6人は記者会見で,国会の場で国防相,内相が家宅捜査について説明をするように,ある国会議員グループに要求すると表明。 |
DIA-204-1981-11-04-1 | タイ | 1981年11月04日 | 1980年代 | プレーム首相,訪日―5日鈴木首相と会談,同首相に天然ガス分離プロジェクトに2億ドルの融資を要請。6日には共同コミュニケ発表。 |
DIA-204-1981-11-04-2 | タイ | 1981年11月04日 | 1980年代 | 軍首脳,軍部対立に終止符要求―プラユット陸軍司令官は,「軍部の対立は終らねばならない」と述べた。しかし,10月の非常警戒体制とヤング・タークスへの家宅捜査については「治安のためになされた行為」と語り,アーティット大将とピチット小将(第1師団長)を全面的に支持しているとつけ加えた。 |
DIA-204-1981-11-05-1 | タイ | 1981年11月05日 | 1980年代 | 一部輸入税変更―今回の品目は,アルミ板,鉛筆,ピック・アップ型トラックなど21品目で,このうち10品目についてはこれまで投資委員会が課していた輸入課徴金を廃止し大蔵省が輸入税を導入した。今回の目的は,国内産業の保護と育成が重点。 |
DIA-204-1981-11-07-1 | タイ | 1981年11月07日 | 1980年代 | プレーム首相,大阪で市場開放要求―日本は先進貿易相手国から保護貿易主義の圧力を受けているが,日本は自らの市場を開放することによって先進国の保護貿易主義に挑むことができる,と述べた。 |
DIA-204-1981-11-07-2 | タイ | 1981年11月07日 | 1980年代 | 3軍の統一強化に乗り出す―サーイユット国軍最高司令官は,政府の安定と国家の安全には軍部の安定が必要であり,陸・海・空3軍の統一強化に乗り出すと述べた。 |
DIA-204-1981-11-08-1 | タイ | 1981年11月08日 | 1980年代 | 首相,韓国訪問―プレーム首相は,貿易と投資の促進を重点に韓国首脳と意見交換すると韓国到着後語る。10日の記者会見で,タイは韓国へ農作物輸出を増加させる,韓国はタイで造船および天然ガス開発事業をタイと共同で行うことに合意した,と述べた。 |
DIA-204-1981-11-09-1 | タイ | 1981年11月09日 | 1980年代 | 大学卒失業率20%―大学局の調査によると,78/79年度に卒業した12大学の学生のうち21,366入にインタビューした結果,卒業生のうち20%が雇用されていないことがわかった。 |
DIA-204-1981-11-09-2 | タイ | 1981年11月09日 | 1980年代 | カンボジア国境緊張―アランヤプラテート付近の国境でベトナム軍とクメール・セリ軍が2時間にわたり交戦・クメール・セリ軍隊は15人死亡,28人が重軽傷を負い,タイ村民2人も傷を負う。11月に入って,カンボジア国境は緊張しており,これまで1日,4日,7日にも衝突が続いた。 |
DIA-204-1981-11-09-3 | タイ | 1981年11月09日 | 1980年代 | カンボジア国境緊張にタイ国軍対応―サーイユット国軍最高司令官は,タイ国軍は国境紛争の激化に備えて警戒体制をとらなければならないと述べる。 |
DIA-204-1981-11-10-1 | タイ | 1981年11月10日 | 1980年代 | 日本製棒鋼ダンピング―日本製棒鋼3万トン以上がここ数力月持ち込まれ,国内産業に打撃を与えている。日本製品のc.i.f.価格はトン当り4950バーツで世界市場価格より20%安い。また,国内製品はユトン当り5600~6000バーツ。 |
DIA-204-1981-11-10-2 | タイ | 1981年11月10日 | 1980年代 | タイ共産党本部移転決定―タイ共産党は本部をナーン県(北タイ)からターク県(中部タイ)へ移転を決定したことが,情報筋により明らかとなる。ナーン本部は1952年バンコクで開かれた第2回共産党党会議で本部設置が決定された。 |
DIA-204-1981-11-13-1 | タイ | 1981年11月13日 | 1980年代 | ラオスと関係強化―両国関係強化のため外相レベルの第1回会談を開く。14日,両国は80年から閉鎖されていたメコン河沿いのマクダーハンにある国境交易点再開で合意。19日政府はナコンパノムの同国境交易点を11月末までに再開すると発表。 |
DIA-204-1981-11-15-1 | タイ | 1981年11月15日 | 1980年代 | ヤング・タークスに退去命令―プラユット陸軍司令官は,ヤング・タークス39名に現在住んでいる軍人専用住居から2週間以内に出るように命令。 |
DIA-204-1981-11-18-1 | タイ | 1981年11月18日 | 1980年代 | 政府,石油発見に歓喜―カンペンペット県で商業化可能な大量の石油発見,首相は「これは我々の望みになる」と語る。石油発見はタイ・シェル石油開発がドリルしたもので,1日当り1000バーレルの商業的採取可能。 |
DIA-204-1981-11-18-2 | タイ | 1981年11月18日 | 1980年代 | 高率適用公定歩合,1.5%引下げ―中銀は高率適用公定歩合を18.5%から17%へ引下げると発表。実施は11月12日からで,普通公定歩合は14.5%に据置き。 |
DIA-204-1981-11-22-1 | タイ | 1981年11月22日 | 1980年代 | 南部共産ゲリラ反撃―スラーターニー県3カ所で相次いで共産ゲリラが反撃,合計15名の政府軍が死傷。過去数年間で最大の打撃。 |
DIA-204-1981-11-25-1 | タイ | 1981年11月25日 | 1980年代 | 中銀,82年経済見通し―Nukul中銀総裁はタマサート大学で“82年世界経済情勢とタイ経済への影響”と題する講演を行い,「主要先進国はインフレ圧力削減のため緊縮財政・金融政策を続けよう。IMFレポート通り,そうした状況下で世界経済が徐々に回復すれば,82年のタイ経済は7%近い成長率に達する」と述べる。 |
DIA-204-1981-11-27-1 | タイ | 1981年11月27日 | 1980年代 | ククリット,首相と会談―社会行動党のククリット党首は8人の党メンバーを引き連れプレーム首相と会談,現在の経済問題とその対応策をもり込んだ報告書を首相に提出。この後,ククリット党首はプレーム首相と2人で10分間の秘密会談。 |
DIA-204-1981-12-01-1 | タイ | 1981年12月01日 | 1980年代 | プレミアム・ガソリン値上げ―プレミアム・ガソリンを1l当り11.90バーツから13.45バーツヘ引上げると発表さる。実施は即日。 |
DIA-204-1981-12-03-1 | タイ | 1981年12月03日 | 1980年代 | 国家民主主義党,次期国会で質問動議提出―前クリアンサック首相が率いる国家民主主義党は,農産物価格の低下,経済悪化といった経済問題について次期国会で質問動議を提出することに決定。 |
DIA-204-1981-12-04-1 | タイ | 1981年12月04日 | 1980年代 | 社会行動党,入閣を決定―社会行動党は,政府に参加するか否かの投票を行い,賛成54名,反対18名で入閣を決定。 |
DIA-204-1981-12-05-1 | タイ | 1981年12月05日 | 1980年代 | ブンチュー前副首相の入閣なし―ククリット社会行動党党首は,「自分もブンチュー氏も我党が政府に参加することを望んでない。なぜなら,現在直面している経済問題は複雑であり,誰も解決できないことを知っているからである」と述べる。 |
DIA-204-1981-12-05-2 | タイ | 1981年12月05日 | 1980年代 | 軍,社会行動党の入閣承認―アーティット大将は,「軍部は社会行動党が入閣してもプレーム政府を支持していく」と述べた。 |
DIA-204-1981-12-05-3 | タイ | 1981年12月05日 | 1980年代 | ヤング・タークス,軍復帰の望み棄てず―ヤング・タークスのマヌーン大佐は,ヤング・タークス39名は最終的には軍復帰ができるとみていると述べ,プレーム国防相に軍復帰嘆願書を提出したと語る。 |
DIA-204-1981-12-06-1 | タイ | 1981年12月06日 | 1980年代 | ブンチュー,社会行動党副党首を辞職―ブンチュー副党首が社会行動党副党首のポストから辞職すると表明。 |
DIA-204-1981-12-06-2 | タイ | 1981年12月06日 | 1980年代 | タイ共産党書記長,死亡判明―タイ共産党のCharen書記長は2年前北京の病院で死亡したことが11月末に判明したと,有力な情報筋がバンコク・ポスト紙に述べる。 |
DIA-204-1981-12-09-1 | タイ | 1981年12月09日 | 1980年代 | タイ通信局の労働者ストライキ―タイ通信局の労働者は他の政府企業と同レベルの給与および勤勉手当を要求,突然のストライキ。国内および海外のテレックス,電話,電報,郵便が9時間にわたりストップ。 |
DIA-204-1981-12-11-1 | タイ | 1981年12月11日 | 1980年代 | 82年景気見通し―“Economic Outlook for 1982”と題するセミナーが開かれた。それによると,82年は製造業は回復するが2~3%の伸びにとどまり,在庫の増加から81年に減少した工業は8~9%の伸びが見込まれる。投資は活発になる見込みはなく,生き残り競争が激化し,利益は減少するということである。 |
DIA-204-1981-12-14-1 | タイ | 1981年12月14日 | 1980年代 | 内閣改造計画発表―プレーム首相は,国会での政府安定度を強めるため,社会行動党に入閣を要請したと内閣改造の計画を表明。 |
DIA-204-1981-12-17-1 | タイ | 1981年12月17日 | 1980年代 | 社会行動党,9閣僚ポストで合意―プレーム首相とククリット党首との会談で,両者は社会行動党に9閣僚ポストを与えることで合意。 |
DIA-204-1981-12-17-2 | タイ | 1981年12月17日 | 1980年代 | 閣僚全員が辞職―プレーム首相を除いた閣僚全員が首相に辞表提出。 |
DIA-204-1981-12-19-1 | タイ | 1981年12月19日 | 1980年代 | 第3次プレーム内閣閣僚リスト発表―発表されたリストでは,社会行動党(72議席)が9ポスト,タイ国民党(43議席)が7ポストで変わらず,民主党(31議席)が7ポストから6ポストに減少。これにNarong WongwanとThawee Kai Kuptの両グループが加わり,下院301議席のうち157議席となる。蔵相,外相,内相工相のポストには変更なく,プレーム首相が国防相を兼任。 |
DIA-204-1981-12-22-1 | タイ | 1981年12月22日 | 1980年代 | タバコ値上げ―政府は8カ月ぶり今年2度目のタバコ値上げを発表。 |
DIA-204-1981-12-23-1 | タイ | 1981年12月23日 | 1980年代 | 民主党,新閣僚リストを提出―民主党のChaiermphan副党首は,新たな民主党閣僚リストを提出すると,党中央委員会会議後述べる。もう一人の副党首のチュアン農相は党中央委員会の決定を無視すると述べる。 |
DIA-204-1981-12-23-2 | タイ | 1981年12月23日 | 1980年代 | タナット民主党党首,閣僚辞職を表明―タナット党首は党中央委員会の決定にもとづきプレーム首相に辞職の意向を表明。首相は辞職撤回を要請。 |
DIA-204-1981-12-23-3 | タイ | 1981年12月23日 | 1980年代 | 社会行動党の東北部出身議員離党―社会行動党に与えられた9閣僚ポストのうち,東北部の党議員が1人も入閣しなかったことに抗議して,党員5人が党中央委員会に辞表を提出。 |
DIA-204-1981-12-28-1 | タイ | 1981年12月28日 | 1980年代 | 民主党閣僚メンバーの変更なし―民主党は党会議において,党中央委員会が決定した民主党閣僚新リストを再考,その結果新リストを拒否し,首相が発表したリストを変更しないことに決定。 |
DIA-204-1981-12-30-1 | タイ | 1981年12月30日 | 1980年代 | 82年輸出目標―商業省は81年輸出を1530億バーツ,対前年比15%増と発表。中銀,NESDB,商業省,農業相が共同作業で設定した82年輸出目標は対前年比18.95%増の1820億バーツ。 |
DIA-204-1982-01-02-1 | タイ | 1982年01月02日 | 1980年代 | 首相,米国空母視察―首相,副国防相2人,軍幹部数人が東海岸沖停泊中の米空母Coral Seaを視察。 |
DIA-204-1982-01-02-2 | タイ | 1982年01月02日 | 1980年代 | 「タイ人民の声」復活陸軍がタイ北部ナーン県で「タイ人民の声」のテスト放送を探知。同放送は1979年7月11日をもって中止されていた。 |
DIA-204-1982-01-05-1 | タイ | 1982年01月05日 | 1980年代 | 海外資金借入源泉利子課税廃止を延長―金融機関および企業の海外資金取入促進のため,82年1月1日から12月31日まですべての借入について利子課税を免除。 |
DIA-204-1982-01-05-2 | タイ | 1982年01月05日 | 1980年代 | 新種国債発行―81/82年度財政期間2度目の国債発行に伴い,市中消化促進の観点から満期5年もの,満期5年2カ月の複利金利国債,満期10年ものの3タイプの国債合計42億バーツ発行。 |
DIA-204-1982-01-06-1 | タイ | 1982年01月06日 | 1980年代 | 社会行動党会議―社会行動党(SAP)は党会議で党内対立を激化,空席となっている中央委員11名をノミネート,5月の年次総会で党改革を討議と決定。 |
DIA-204-1982-01-11-1 | タイ | 1982年01月11日 | 1980年代 | プロジェクトの延期・中止多発―投資委員会(BOI)が承認したプロジェクトの延期,中止が多発,また大プロジェクトの投資申請はほとんどないと,BOIが最近の投資状況を説明。理由として高金利,経済活動の不振の他,政府の投資促進措置が不十分であると指摘。 |
DIA-204-1982-01-11-2 | タイ | 1982年01月11日 | 1980年代 | ソビエトを警戒サ―サーイユット国軍司令官はrわれわれはベトナムそのものは脅威ではない。ベトナムの背後にソビエトがあるからこそ,われわれはベトナムの動向に最大の注意を払っているのである」と述べ,さらに「ソビエトは東南アジアでも米国と対抗しようとしてい㍍南シナ海でのソビエト艦艇の出現が多くなっているのはそのためだ。南シナ海でのソビエトの目的は同地域での米国の利益をチェックするためだ」と指摘,「米国はタイヘの軍事補助金を増額すべきである」と述べた。 |
DIA-204-1982-01-12-1 | タイ | 1982年01月12日 | 1980年代 | エネルギー計画見直し―閣議は,内陸部で原油・天然ガスが発見されたことで,第5次5カ年計画中のエネルギー計画を見直すことを決定,エネルギー埋蔵量を調査する特別委員会設立が承認さる。 |
DIA-204-1982-01-13-1 | タイ | 1982年01月13日 | 1980年代 | 国営企業労働者1万人集会11国営企業から労働者1万人以上が抗議集会。国営企業の独自による給与改定禁止(81年9月15日閣議決定)は労働者の基本的権利を奪うというのが理由。 |
DIA-204-1982-01-14-1 | タイ | 1982年01月14日 | 1980年代 | 米国議員団訪タイ―議員一行は米国武器売却プログラムについて協議,カンボジア国境を視察。 |
DIA-204-1982-01-14-2 | タイ | 1982年01月14日 | 1980年代 | 棒鋼輸出解禁一商業省は8年間続いた棒鋼輸出禁止を解除。同時に調理用食物性油,新聞印刷用紙,クラフト紙,ココナッツ・シュガー,パルム・シニガーの輸出抑制を緩和。 |
DIA-204-1982-01-15-1 | タイ | 1982年01月15日 | 1980年代 | 憲法修正法案を国会審議―国会にて423対14で政府およびSAPの憲法修正法案を可決,第一読会通過。両法案は各地方を多数の選挙母体に分割する,立候補者の政党加入を条件としているが,相違点は政府修正案が各個人立候補者に投票するのに対し,SAP案が党に対し投票することを要求している。 |
DIA-204-1982-01-15-2 | タイ | 1982年01月15日 | 1980年代 | 商業手形流通市場計画―将来,Discount Houseを設立し,ファイナンス・カンパニーと証券会社の商業手形の流通市場として機能させる計画があると,中央銀行発表。 |
DIA-204-1982-01-16-1 | タイ | 1982年01月16日 | 1980年代 | ソーダ灰プロジェクト承認―クアラルンプールで開かれたASEAN経済閣僚会議でタイのソーダ灰プロプロジェクトが最終承認。 |
DIA-204-1982-01-18-1 | タイ | 1982年01月18日 | 1980年代 | 米海軍と合同演習―サターヒップ沖で米海軍第7艦隊と定例の合同演習(~22日)。 |
DIA-204-1982-01-19-1 | タイ | 1982年01月19日 | 1980年代 | カンボジア国境緊張―22日にはプレム首相とアーティット陸軍司令官補が視察。 |
DIA-204-1982-01-20-1 | タイ | 1982年01月20日 | 1980年代 | セメント輸出解禁―商務省とメーカ側は,メーカー側が常に30万㌧の備蓄をするという条件でセメント輸出解禁協定に調印。 |
DIA-204-1982-01-20-2 | タイ | 1982年01月20日 | 1980年代 | タイ・インドネシア両空軍合同演習―演習場所はジャワ島中部,コードネームはEagle(~23日)。両軍演習は81年1月のコラート空軍基地で行なわれたのに続き2回目。 |
DIA-204-1982-01-20-3 | タイ | 1982年01月20日 | 1980年代 | 米輸出促進策発表―商務省は,政府間ベースの米輸出を民間輸出業者が請負うことを許可すると発表。この発表は,国内米在庫が過剰で,新米が市場に流通する前に在庫を一掃し,米価格の低下を防ぐためであり,今 年の米輸出額は当初目標の300万㌧を大幅に上回る350万㌧に達成するとみられている。 |
DIA-204-1982-01-26-1 | タイ | 1982年01月26日 | 1980年代 | SAPから有力議員離党―アユタヤ県出身の有力議員プラムア氏が離党,3日後の29日はカニン議員ら5議員が,30日にはさらに2議員が離党を表明。 |
DIA-204-1982-01-26-2 | タイ | 1982年01月26日 | 1980年代 | 共産党抗争―政府筋の発表によると,約2週間前ナコーンパノム県で中国派路線をとるタイ共産党と薪ベトナム路線をとるパックマイの両勢力が戦闘,勝利したパックマイはウボン県に進出を図る。 |
DIA-204-1982-02-02-1 | タイ | 1982年02月02日 | 1980年代 | 82年輸出目標達成対策―商務省は82年輸出目標1820億バーツ(対前年比19%増),主要農産物25品目811億7000万バーツ,主要工業製品31品目610億8000万バーツ,鉱物123億4000万バーツ達成のため対策発表。内容は,輸出を阻害している規制の除去,政府間取引の拡大,官民合同貿易促進代表団の海外派遣増加,政府による輸出業者向け再割引を現行の6ヵ月から延長し12カ月とする。輸出向け農産品買付に対し輸出業者に低金利融資,資金面での保証を行なう輸出保証機関の設立,海外 に貿易専門スタッフを常駐,輸出が可能な商品の需要・供給状況に関する研究調査,などである。 |
DIA-204-1982-02-02-2 | タイ | 1982年02月02日 | 1980年代 | 米輸出認可納入金引下げ―米輸出認可納入金引下げは82年1月7日に続き2回目。 |
DIA-204-1982-02-02-3 | タイ | 1982年02月02日 | 1980年代 | 米輸出目標引上げ―82年米輸出目標を前年度比50万㌧増の330万㌧に引上げる。 |
DIA-204-1982-02-03-1 | タイ | 1982年02月03日 | 1980年代 | 米国民間経済使節団訪タイ―デュポン米国民間企業局(Bureau for Private Enterprise)長は,レーガン大統領が約束した両国民間経済セクターの関係強化実現のため,技術,知識,資本をタイヘ移転していくと,述べた。 |
DIA-204-1982-02-03-2 | タイ | 1982年02月03日 | 1980年代 | 英外相訪タイ―キャリントン外相は経済代表団一行を引連れて訪タイ。シッティ外相と会談(2月4日),タイ側はベトナムヘの経済制裁を妨害する動きがEC内にあることを指摘。チャーチャイエ業相との会談(2月4日では,タイ側は内陸部エネルギー開発に英国企業の参加を要請。 |
DIA-204-1982-02-04-1 | タイ | 1982年02月04日 | 1980年代 | 西欧的議会政治は不可能―サーイユット国軍司令官は外人記者クラブで「タイの軍部」と題する講演を行ない・「タイでは西欧的議会政治は機能しない,軍部が自分たちの力の維持に関心を持っているからだ」と述べた。また同月24日にはNIDAで「タイ軍部と国家発展」という講演の中で「政府が問題を解決できない時には軍が介入することがタイ政治における軍の役割である」と強調した。 |
DIA-204-1982-02-05-1 | タイ | 1982年02月05日 | 1980年代 | 石油開発利権料システム―閣議は,内陸部の石油開発利権料システムを発表。利権料獲得には12.5%の利権獲得料金を支払う。さらに1年当りの生産量に応じて以下のボーナス料金を支払う。すなわち年間生産販売量が1日当り2万バレルまでは販売額の27.5%,2~3万バレルについては37.5%,3万バレル以上については43・5%の料金を支払う。ただし,原油販売額の20%を超えない範囲で利権獲得料金を支出として計算できる。たとえば・年間原油販売量が1日当り2万バレルの場合,100バーツの販売額に対する利権料金は40バーツ(12.5+27.5=40)。これに20バーツが支出として認められるから税引前利益は40バーツ(100-40-20=40)。石油法により利益の50%は政府利益となることから,原油生産会社の税引前利益は20バーツとなる。 |
DIA-204-1982-02-07-1 | タイ | 1982年02月07日 | 1980年代 | 北朝鮮首相訪タイ―李鐘玉北朝鮮首相が訪タイ(~2月10日)。 |
DIA-204-1982-02-11-1 | タイ | 1982年02月11日 | 1980年代 | ベトナム軍輸送機,タイ領内で墜落―プラチンブリ県サケオ郡でベトナム軍輸送機墜落。カンボジァ 領内のバッタム・バーンから同機をレーダーキャッチしたタイ空軍は,侵空阻止のためコラートからF5E空軍機2機が追跡,低空飛行で逃れようとしたベトナム機は操縦を誤り墜落したもの。同機の乗組員は全員無事。 |
DIA-204-1982-02-11-2 | タイ | 1982年02月11日 | 1980年代 | 深港建設完了予定発表レームチャバンに建設される予定の深港は87年後半を完成目標と発表。 |
DIA-204-1982-02-17-1 | タイ | 1982年02月17日 | 1980年代 | 商銀,国債流通市場を計画―タイ国最大の民間商業銀行バンコク・バンクは7億バーツの国債を売却することを決定。これは国債の売買取引を行なえる流通市場を設立する第歩と同銀行側が述べた。同銀行によって売却される国債金利は14.16%と中央銀行発行金利13・75%よよ0.41%高く,その分は同銀行側が負担する。同銀行は流通市場を全支店で開設する計画。 |
DIA-204-1982-02-22-1 | タイ | 1982年02月22日 | 1980年代 | 第9次円借款―日本政府は,日タイ経済協力プログラムの一環として,82年の対タイ円借款として700億円供与することに合意。700億円のうち550億円は地域開発150億円は特別円借款で天然ガス分離プラントに向けられる。 |
DIA-204-1982-02-22-2 | タイ | 1982年02月22日 | 1980年代 | カンポジア問題対応に新見解―アーミー・クラブで国家安全問題に関心のあるグループを集めて行なわれた講演の中で,プラソーン国家安全保障会議(NSC)事務局長は,「タイおよびASEAN諸国はカンボジア問題については当面成行きを見守り,これ以上の深入りをすべきでない」との見解を示した。 |
DIA-204-1982-02-23-1 | タイ | 1982年02月23日 | 1980年代 | 輸入課徴金実施―輸出促進特別基金設立のため・全ての輸入品(ただし乳児用ミルクと石油製品類は除く)についてCIF輸入価格の0.5%の課徴金を実施。同基金の財源としては10億バーツを目標としている。 |
DIA-204-1982-02-26-1 | タイ | 1982年02月26日 | 1980年代 | 税制改正発表改正の内容は以下のとおり。個人所得税の軽減,相続財産の売却あるいは贈与,非営利活動によって得た収入に対する所得税の導入,これにより直接税の源泉を広げている。また商業銀行の事業税を2.5%から3%へ引上げ,外国為替業務から得た収益に対する課税率を10・5%から15%へ引上げ,定期預金利子に対する利子課税を10%から12%に引上げた。実施は個人所得税の税率引下げについては82年1月1日から,その他については2月27日実施。 |
DIA-204-1982-03-01-1 | タイ | 1982年03月01日 | 1980年代 | 天然ガス分離プロジェクトの国際入札一東洋エンジニアリング,米国ランドール社,三井物産の3社企業連合が,天然ガス分離プロジェクトおよびその関連工事の国際入札で,最低価格の43億7400万バーツで応札。PTTは5月31日まで各入札会社と詳細を交渉,契約は8月2日,建設開始は1984年6月1日,建設期間は2年余り。プラントが完成すれば,日量3億5000万立方フィートの天然ガスを処理し,年間14万4000㌧の液体ガスを生産する。 |
DIA-204-1982-03-03-1 | タイ | 1982年03月03日 | 1980年代 | 世銀構造調整融資承認世銀は構造調整計画援助として,タイ側が要請していた1億5000万米㌦の第1次構造調整融資を承認。ローン条件は支払期間20年,支払猶予5年,金利年11.6%,融資資金のほとんどは82年6月30日までに支払われる。ローンの使途は,輸入ファイナンスおよび中期的な国際収支赤字削減のための政策促進に向けられる。 |
DIA-204-1982-03-08-1 | タイ | 1982年03月08日 | 1980年代 | 雇用対策に着手プレム首相は,失業増大に対処するため,緊急に雇用対策を実施するよう指示した。労働局は失業状況,今後の雇用動向見通しに対する評価を,内務省は大企業の代表者を集め最大限の雇用維持を要求していく。投資委員会は投資の落込みが激しいことから投資計画のスピードアップ,投資活動の促進対策を行なう。 |
DIA-204-1982-03-09-1 | タイ | 1982年03月09日 | 1980年代 | 首相,プラソーン発言撤回一2月22日の「タイはカンボジア問題についてこれ以上深入りすべきでない」とプラソーン国家安全保障会議事務局長が発言したことについて,プレム首相は「カンボジア問題についてのタイの立場は変わりない。ハノイはカンボジアから撤兵しカンボジアの自決権を認めるべきである。プラソーン発言は政府の政策を反映したものでなく,プラソーン氏自身の個人的意見である」と述べた。 |
DIA-204-1982-03-10-1 | タイ | 1982年03月10日 | 1980年代 | 陸軍製造弾丸,南部共産ゲリラキャンプで発見―2月18日に始まったスラータニー県での共産ゲリラ掃討作戦で,M16ライフルおよびM60マシンガン用の弾薬約50万個を発見したことが発表された。10日,陸軍は調査開始を約束。 |
DIA-204-1982-03-11-1 | タイ | 1982年03月11日 | 1980年代 | ラオスと両国貿易覚書―タイ,ラオス両国は,ヴィエンチャンにて貿易覚書に調印。内容は,タイはラオスに対しタイ経由でラオスに輸送される物資に対し輸送上の便宜を与えるというもの。 |
DIA-204-1982-03-14-1 | タイ | 1982年03月14日 | 1980年代 | 中国海軍司令官訪タイ―葉飛中国海軍司令官一行が5日間の予定で公式訪問。中国海軍司令官がタイを公式訪問したのは今回が初めて。 |
DIA-204-1982-03-15-1 | タイ | 1982年03月15日 | 1980年代 | 天然ガス価格交渉合意―今回,政府とユニオン・オイル社が合意したのは,ユニオン・オイル・タイランド,三井石油開発,東南アジア石油間発の3社により開発された天然ガス。契約価格はエラワン鉱区からの供給価格である1000立方フィート当り2.20㌦より若干ながら低い価格で基本的に合意。今回の契約はユニオン・オイル社との2回目の契約。 |
DIA-204-1982-03-16-1 | タイ | 1982年03月16日 | 1980年代 | 政府,苛性カリ開発決定―閣議は政府が苛性カリ開発に乗り出すことを決定。計画ではタイ東北部のチャヤプーム県のバムネ・ナロンに苛性カリ開発の第1段階として2億2600万バーツの投資をする予定である。同地域ではジョイント・ベンチャー3社が同様のプロジェクト案件を工業省に提出している。 |
DIA-204-1982-03-17-1 | タイ | 1982年03月17日 | 1980年代 | タナット民主党党首辞任―タナット党首は民主党党首辞任を表明,正式に党中央委員会に辞任を申し出た。党首代行にはチャルームパン副党首を指名。 |
DIA-204-1982-03-19-1 | タイ | 1982年03月19日 | 1980年代 | スラータニー県で時限爆弾爆発―爆発した場所はスラータニー県庁舎,5人死亡,100人余りが重軽傷。同県では政府軍が2月28日からチョンチャー山にある南部最大の共産ゲリラキャンプ508に対する掃討作戦を行なってきた。 |
DIA-204-1982-03-22-1 | タイ | 1982年03月22日 | 1980年代 | 電気料金引下げ発表消費電力36~300ユニット/月の家庭電力料金を1ユニット当り10サタン引下げると発表,実施は4月1日から。 |
DIA-204-1982-03-22-2 | タイ | 1982年03月22日 | 1980年代 | カンポジア・ポーダ取引たな上げ―商務省より提案されていたタイ・カンボジア国境での非戦略物資取引自由化について,経済閣僚会議は外務省の反対から見送ることを決定。 |
DIA-204-1982-03-23-1 | タイ | 1982年03月23日 | 1980年代 | 81/82年度現行予算の支出削減決定―政府予算再考委員会が提案した現行予算のうち約40億バーツ削 減を閣議決定。 |
DIA-204-1982-03-28-1 | タイ | 1982年03月28日 | 1980年代 | バーツ再切下げの憶測―銀行マン,企業とりわけ外国企業の財務担当者の間でバーツ切下げの憶測が広がった。理由は,3月末でスワップ調整の実質的期限が切れること,3月末には年初めに比べ外貨準備高が約5億㌦減少するとみられること,ドルの先物カバーコストが高くなっているため。 |
DIA-204-1982-03-28-2 | タイ | 1982年03月28日 | 1980年代 | 北部タイの共産ゲリラ発電所占領―3月19日からナーン・パヤオ両県に広がるジャングルにあるパッチ山を攻撃する「スリヤポン」作戦が開始され,同地で共産ゲリラの発電所を占領。占領した発電所は50キロワットの発電能九ラジオ局へ送電しタイ北部全域に放送を行なっていたとみられる。 |
DIA-204-1982-04-01-1 | タイ | 1982年04月01日 | 1980年代 | ヤング・タークスのクーデター記念日―ヤング・タークスの主要メンバー20人は某レストランでクーデター失敗の1周年記念パーティを開く。 |
DIA-204-1982-04-03-1 | タイ | 1982年04月03日 | 1980年代 | 共産ゲリラ壊滅作戦に新方針―プラユット陸軍司令官は「タイ北部のパッチ山の3月攻勢で北部共産ゲリラは大打撃を受けた」と語り,「今後は対共産ゲリラ作戦は薪段階に入り,国民を共産ゲリラから引離す作戦をとる」と共産ゲリラ作戦の新方針を発表した。 |
DIA-204-1982-04-03-2 | タイ | 1982年04月03日 | 1980年代 | 新民主党党首誕生―民主党党総会でピチャイ氏が新民主党党首に選出さる。 |
DIA-204-1982-04-04-1 | タイ | 1982年04月04日 | 1980年代 | チャクリ王朝200年記念祭―現チャクリ王朝が現在のバンコクに遷都してからちようど200年,4日から21日までの18日間に多くの祭典が続けられ,5日にはプミポン現国王(ラマ9世)らによる船渡御の儀式がチャオプラヤ川で行なわれた。 |
DIA-204-1982-04-07-1 | タイ | 1982年04月07日 | 1980年代 | 離党SAP議員,新党結成発表―社会行動党(SAP)を離党していたカニン議員ら8議会は新党(Peo-Ples Way)を結成すると発表,カニン議員はブンチュ氏の党首就任要求を表明。 |
DIA-204-1982-04-08-1 | タイ | 1982年04月08日 | 1980年代 | 米輸出促進策―タイ米輸出拡大の第2弾措置として,商務省は1981年10月から引上げられていた米輸出認可納入金を以前の水準にもどす,1978年11月から輸出業者を規制していた規定を改訂し政府が株式を所有している輸出企業にも輸出を認可。 |
DIA-204-1982-04-12-1 | タイ | 1982年04月12日 | 1980年代 | 米価支持計画―中央平原の乾期米と南タイ産米の価格安定をはかるため,政府は市場介入を決定。 |
DIA-204-1982-04-12-2 | タイ | 1982年04月12日 | 1980年代 | 戦略物資輸出制限を明確化―プラソ一ンNSC事務局長は,「われわれに脅威となる戦略物資の輸出を制限すべきである」と述べ,さらにカンボジア国境取引についてふれ,「ヘン・サムリン政権とは外交的関係を持っておらず,貿易は拒絶すべきである」という方針を明らかにした。これは,タイ繊維脇会が軍幹部にカンボジア国境でのタイ繊維輸出承認を依頼すると発言したことに政府が正式に答えたもの。 |
DIA-204-1982-04-13-1 | タイ | 1982年04月13日 | 1980年代 | 下院議員任期延長反対表明現国会議員の任期を数年延長し,プレム政権を延ばそうとする動きが一部にあることが伝えられ,クリアンサック国家民主主義党党首ピチャイ民主党党首は強い反対表明を行なった任期の延長は一部上院議員が進言したと伝えられている。 |
DIA-204-1982-04-16-1 | タイ | 1982年04月16日 | 1980年代 | 外国企業規制緩和―外国投資促進政策の環として・外国企業規制法を緩和し,1983~86年の間は外国企業による30%以上の事業拡大も商務省の許可を必要としなくなった。これまで1972年の事業規模を基準とし外国企業の30%以上の事業拡大には商務省の許可が必要であった。ただし小売部門については従来通り30%を超える事業拡大について商務省の許可が必要である。 |
DIA-204-1982-04-19-1 | タイ | 1982年04月19日 | 1980年代 | 内陸部原油購入交渉―工業省とタイ・シェルは内陸部原油購入について第1回目の交渉を行なった。チャーチャイエ業相は,スリー首相府相を委員長とする価格交渉委員会が設立され,プ―ム首相の承認を得ていることを報告,タイ唯一の国有石油会社であるPTTがタイにおけるいかなる生産権保有者から独占的に原油,天然ガスを贈入できるという基準を示した。また両者は,タイ・シェルが生産する原油を`phet’と呼ぶことで合意。 |
DIA-204-1982-04-20-1 | タイ | 1982年04月20日 | 1980年代 | 複合肥料プロジェクトに薪提案―首相顧問チームは,複合肥料プロジェクトを東海岸から東北タイヘ移すこと,現在交渉中の北欧企業連合との交渉中止,の2点を織り込んだ複合肥料プロジェクトに関する新提案をプ―ム首相に提出。同プロジェクトは1981年10月,北欧3カ国企業連合が国際入札で応札したが,その後の交渉で同企業連合が厳しい条件をつけてきたため,交渉は難行していた。 |
DIA-204-1982-04-20-2 | タイ | 1982年04月20日 | 1980年代 | 高率適用公定歩合1%引上げ―同公定歩合を16%から17%へ1%引上げると発表,普通公定歩合は14.5%に据え置かれる。 |
DIA-204-1982-04-22-1 | タイ | 1982年04月22日 | 1980年代 | ASEAN ソーダ灰プロジェクト調査―タイ政府の依頼によりJICAが調査を行なってきたASEAN共同ソーダ灰プロジェクトの建設予定地に関する調査が3月末に終了,このほど発表された。調査結果はレーヨン県にプロジェクトを建設,ソーダ灰の主要原料となるアンモニアを北欧企業連合が生産するアンモニアから供給することが有利としている。 |
DIA-204-1982-04-22-2 | タイ | 1982年04月22日 | 1980年代 | プレム首相,欧州歴訪に出発―プレム首相はヨーロッパ訪問の最初の予定地であるブラッセルに出発。ベルギー,オーストリア,英国,フランスを歴訪し,帰国は5月2日。 |
DIA-204-1982-04-23-1 | タイ | 1982年04月23日 | 1980年代 | EECタピオカ輸入割当―農業組合省とEEC農業委員会は,1980年の輸出制限合意に基づいた1981~82年輸入割当量(2年間で1050万㌧)を1983~84年両年にも延長適用することで合意。80年合意による83~84年輸入割当は両年で945万㌧,この割当は85~86年に適用されることになる。 |
DIA-204-1982-04-26-1 | タイ | 1982年04月26日 | 1980年代 | 81/82年度予算支出の5%削減―内閣は,財政収入の伸び悩みを理由に,名省庁に対し81/82年度(81在10月~82年9月)の支出の5%削減を指示。これにより優先度の低い開発プロジェクトは中止に追い込まれる。 |
DIA-204-1982-04-26-2 | タイ | 1982年04月26日 | 1980年代 | ラオス軍がタイ警備艇に発砲―メコン河を警備中のタイ警備艇がラオス軍の発砲を受けた。 |
DIA-204-1982-05-02-1 | タイ | 1982年05月02日 | 1980年代 | カンボヨア問題フランス提案を協議-シッティ外相は,カンボジア問題打開のため,ハノイと外相レベルの会談を行なうというフランス提案について他のASEAN諸国と協議すると述べ,タイ政府は柔軟な態度を示した。フランス提案は,プレム首相のフランス滞在中にモロイ仏首相が提案してきたもの。 |
DIA-204-1982-05-04-1 | タイ | 1982年05月04日 | 1980年代 | ヨーロッパ訪歴成果-プレム首相のヨーロッパ訪歴に随行したパロン・サイアムセメント副社長は,今回のヨーロッパ訪歴は大成功であったと,以下のように述べた。イギリス,フランス,ベルギー,オーストリア4カ国のビジネスマンはタイヘの投資,とりわけ石油化学プロジェクトに関心を強めた。その他,養けい,飼料,造船,食品製造,エネルギー関連,印刷用紙など今後期待されるプロジェクトに関心を示し,いくつかのプロジェクトについては具体的な形で協議した。 |
DIA-204-1982-05-06-1 | タイ | 1982年05月06日 | 1980年代 | レイ・オフ急増-従業員20人必上のタイ企業のうち約60%をカバーした労働局調査結果によると,1981年のレイ・オフ数は2万5000人,82年第1四半期には8000人と,レイ・オフが急増している。 |
DIA-204-1982-05-09-1 | タイ | 1982年05月09日 | 1980年代 | シッティ外相訪中-シッティ外相は,カンボジアの反越3派連合政権樹立工作のため,中国側と意見交換のため訪中(14日まで)。 |
DIA-204-1982-05-11-1 | タイ | 1982年05月11日 | 1980年代 | 82/85年度政府予算案-82/83年度の政府予算案が閣議決定された。同予算案規模は1770億バーツ(対前年度比9.94%増),歳入は1510億バーツ,借入れ260億バーツ。 |
DIA-204-1982-05-11-2 | タイ | 1982年05月11日 | 1980年代 | ガス供給価格の早期決定要求-投資委員会は,過去数カ月落ち込んでいる投資回復のため,各産業へ供給される天然ガス価格の決定をできるだけ早くするように政府に提案。現在,天然ガスを利用するプロジェクトが計画策定段階にあるが,政府が天然ガス供給価格を設定していないため,計画そのものが進行していない状況。 |
DIA-204-1982-05-12-1 | タイ | 1982年05月12日 | 1980年代 | 米輪出新促進策-政府は米輸出促進策として新対策を発表,即日実施した。新政策は,81年10日28日に設定されその後徐々に引下げられていた米輸出価格の設定を廃止するほか,特定国の米輸出に課されていた貿易局への米輸出の事前承認を中止するというもの。これにより,アフリカ諸国,中国,マレーシア,シンガポール,南イエメン,日本への輸出については事前承認が不要となった。 |
DIA-204-1982-05-12-2 | タイ | 1982年05月12日 | 1980年代 | 憲法修正法案下院可決-下院特別委員会が草案した29項目の修正を織り込んだ憲法修正法案が下院で可決された。この結果,今後両院国会審議されることになる。主な修正点は以下の通り。・国会議長は下院議長が,国会副議長には上院議長が就任する。・上院議員数は下院議員数の半分以下とする。・内閣は,下院議員から選ばれた首相と,29人以下の閣僚から構成され,閣僚の半分以上は下院議員とする。・新内閣は国会前に所信表明を行ない,上下両院の過半数の支持を得なければならない。 |
DIA-204-1982-05-14-1 | タイ | 1982年05月14日 | 1980年代 | CPT中央司令部攻撃-ピッサヌルーク,ペッチャブーン,ルーイ3県にまたがるプーカット・プーミアン両山を攻撃した作戦“PhamロangKriangkrai”(攻撃開始は5月9日)で,14日間同山地域の中核基地を占領。両山域はCPT中央司令部があったカオコーン山が政府軍によって破壊された後,東北および北部タイ共産党の中央司令部として活動していた。 |
DIA-204-1982-05-15-1 | タイ | 1982年05月15日 | 1980年代 | 下院外交委員会が外務省批判-下院外交委員会は,カンボジア問題でタイが中国に利用されることに懸念を表明,「外務省はカンボジア反越3派政府樹立工作から手を引くべきである」と警告,「タイはベトナムに敵意を抱かせるようにすベきでない。そうすることは,ベトナムだけでなくソ連を敵にすることになるからだ」との見解を明らかにした。 |
DIA-204-1982-05-16-1 | タイ | 1982年05月16日 | 1980年代 | 東北タイ・カーラシン県補欠選挙-プラヨーン民主党議員死去に伴う補欠選挙がカーラシン県で行なわれ,同県で強い地盤を有していた民主党が敗北,マイ社会行動党候補が当選。 |
DIA-204-1982-05-17-1 | タイ | 1982年05月17日 | 1980年代 | タイ・米国共同軍事演習-5月17日からタイ,米国の両国共同軍事演習が行なわれた。共同演習はカンボジア国境に面しているプラチンブリ県およぴその周辺で外国軍隊が侵入したという想定でなされ,5月31日まで2週間続く。共同演習はタイ側の要請により1979年に第1回の演習が行なわれた。 |
DIA-204-1982-05-20-1 | タイ | 1982年05月20日 | 1980年代 | 輸出手続改善提案-輸出促進委員会は,現行の輸出管理制度を見直し,多数の品目について外国貿易局からの輸出承認を不要事項とする提案を織り込んだ調査結果を発表した。 |
DIA-204-1982-05-21-1 | タイ | 1982年05月21日 | 1980年代 | 野党,不信任動議提出-国家民主主義党,タイ人民党,国家人民党,社会農本党およぴカニン議員以下社会行動党の離党グループの野党議員は,大蔵,農業,商務,工業,運輸,教育,外務8省の大臣,副大臣24閣僚の不信任動議を国会議長に提出。 |
DIA-204-1982-05-21-2 | タイ | 1982年05月21日 | 1980年代 | ベトナム兵送還-2月11日,タイ領に侵入し捕えられたベトナム輸送機乗組員兵士12人が本国へ送還された。 |
DIA-204-1982-06-01-1 | タイ | 1982年06月01日 | 1980年代 | バーツ再切下げの噂-中央銀行のスパチャイ総裁室長は,政府が1ドル23バーツから27バーツに再切下げを計画しているという報道を否定。首相,蔵相,中銀総裁がバーツ切下げについて協議したと報道した日刊紙を批判。 |
DIA-204-1982-06-01-2 | タイ | 1982年06月01日 | 1980年代 | LPG供給計画承認-閣議はPTTが20億バーツをかけて行なうLPG国内供給ターミナル網建設を承認,同社のLPG販売業務も承認された。同プロジェクトはラヨーン県天然ガス分離プラントで生産されるLPGを全国に供給するもの。 |
DIA-204-1982-06-02-1 | タイ | 1982年06月02日 | 1980年代 | 与党,カンボジア外交を批判-ピチャイ民主党党首は外人記者のクラブにて,「タイ政府はあまりにも深くカンボジア問題にかかわりすぎている」と政府のカンボジア外交を批判。 |
DIA-204-1982-06-09-1 | タイ | 1982年06月09日 | 1980年代 | バン・チャック精油所拡張承認-精油所拡張委員会はBang Chak精油所の精油能力を現行の日量6万5000バレルから7万8000バレルに拡張することを承認。 |
DIA-204-1982-06-09-2 | タイ | 1982年06月09日 | 1980年代 | TORC精油所拡張延期承認-工業省は,TORCの精油能力拡張を計画の1986年12月完了から1年間遅らせるというTORC側の要請を承認。 |
DIA-204-1982-06-10-1 | タイ | 1982年06月10日 | 1980年代 | 首相,為替レート堅持を公約-バーツ切下げの噂が流れる中で,官民合同メンバーから成る首相経済諮問委員会の席上,プレム首相は現政府が続く限りバーツ切下げを行なわないことを公約。 |
DIA-204-1982-06-11-1 | タイ | 1982年06月11日 | 1980年代 | 米・タイ海軍合同演習-米・タイ海軍合同演習センターは,11日両国合同海軍演習がソンクラー県沖海岸で実施されたことを明らかにした。演習は,両軍艦艇25隻,両国兵員9000人余りが参加,米第7艦隊からはクリーブランド,ベオリアなど10隻が参加。 |
DIA-204-1982-06-19-1 | タイ | 1982年06月19日 | 1980年代 | タイ共産党南部司令部破壊-第4軍管区は,6月10日から行なわれた対南部共産ゲリラ掃討作戦で,19日南部司令部が置かれていたキャンプ842を破壊占領したと発表した。 |
DIA-204-1982-06-20-1 | タイ | 1982年06月20日 | 1980年代 | ジャングルで南部ゲリラに勝利-ハーン第4軍管区司令官は「南部のタイ共産党はジャングル,平地,都市における三つの戦略をとっているが,政府軍はジャングルにおいて勝利した」と勝利宣言。 |
DIA-204-1982-06-22-1 | タイ | 1982年06月22日 | 1980年代 | 南部3地域の開発計画発表-政府スポークスマンは先の対共産ゲリラ掃討作戦で奪回したスラーター二一県のパンナーサン郡と同県キャンサ郡,それにクラビー,ナコン・シ・タマラート,トラン県の3県境地域の3域地で開発計画を実施すると発表。同計画は共産勢力の回復を防止するために実施される。 |
DIA-204-1982-06-23-1 | タイ | 1982年06月23日 | 1980年代 | カンボジア反越3派に軍事援助の可能性示す-プレム首相は「カンボジア連合政府から要請があれば,タイは軍事援助およぴその他の援助を検討する用意がある。その場合,他の東南アジア諸国と脇議の上で行なわれるであろう」と述べた。また,「反越3派勢力が強まれば強まるほど,タイ・カンボジア国境の安全は高まる」と述べ,タイ政府が反越3派を支持する根拠を示した。 |
DIA-204-1982-06-25-1 | タイ | 1982年06月25日 | 1980年代 | 選挙関連法案否決-1県1選挙区制から多数選挙区制への変更,下院議員の政党所属法制化,政党投票から個人投票への投票システムの変更,政党は下院議席の半数以上の立候補者を立てるなどの選挙関連重要法案の最終読会が行なわれ,賛成258,反対33,棄権119で規定過半数264票に足りず否決された。投票では上院議員に欠席者が目立った。 |
DIA-204-1982-06-25-2 | タイ | 1982年06月25日 | 1980年代 | ASEAN共同ソーダ灰プロジェクト調印-バンコクで開かれたASEAN経済担当高級事務レベル会議で共同プロジェクトの一つであるソーダ灰プロジェクトの実務協定調印。また同プロジェクトの合弁運営にあたるASEAN Soda Ash Co. Ltd.が同日設立。 |
DIA-204-1982-06-26-1 | タイ | 1982年06月26日 | 1980年代 | 上院の策略-6月25日の選挙関連重要法案決議国会で上院議員が多数欠席したが,これは計画的なものであり,プレム首相も事前にその計画を知っていたことが明らかになった。情報筋によると,上院メンバーおよぴ3軍司令官はサーイユット国軍司令官が招集した国軍最高司令部会議に出席,その会議で上院の態度が決定された。 |
DIA-204-1982-06-26-2 | タイ | 1982年06月26日 | 1980年代 | プラユット陸軍司令官訪中中止-プレム首相はプラユット陸軍司令官の中国訪問中止を指示した。同司令官は26日からタイ軍部使節団団長として中国を訪問する予定であった。 |
DIA-204-1982-06-29-1 | タイ | 1982年06月29日 | 1980年代 | 対外債務管理に新規制-閣議は,対外債務管理規定を修正改善する大蔵省提案を承認。修正点は以下の通り。(1)開発目的の海外借入は公的部門の債務支払比率(DSR)の7%から9%に引上げる。(2)国防目的の借入を短期借入を含めてDSRの2%以内。(3)公務員給与支払目曲の海外借入禁止。(4)外国コンサルタントは高度技術プロジェクトのみに利用する。従来の1977年の規定では,国防目的借入は規定されておらず,また新規定では短期借入を含んでいる点が特徴。第5次5カ年計画では計画最終年のDSRは7.4%に設定されていた。 |
DIA-204-1982-07-01-1 | タイ | 1982年07月01日 | 1980年代 | GSB,親型預金の計画発表-政府貯蓄銀行(GSB)は,新タイプの預金を導入する計画を発表した。新タイプの預金は,1ヵ月ごとの複利預金で,1年間預金すれば通常の金利所得の10%をポーナス金利として与え,2年間預金すれば20%のボーナス金利が与えられる。これは,現行の定期預金が一般企業,政府企業などからの貯蓄吸収が難しく,これら機関の貯蓄吸収がねらい。 |
DIA-204-1982-07-01-2 | タイ | 1982年07月01日 | 1980年代 | マレーシア国境の共産ゲリラ掃討開始-タイ・マレーシア国境のゲリラ掃討のため,第4軍管区はこれまで南部で最大の作戦“Tai Rom Yen 11/2”を開始した。政府軍の規模は4000人。南タイ国境にはタイ共産ゲリラ1900人,マレーシア共産ゲリラ2000人,この他600人以上のイスラム分離グループが活動している。 |
DIA-204-1982-07-03-1 | タイ | 1982年07月03日 | 1980年代 | シアヌーク民主カンボジア大統領-シアヌーク大統領が3日より訪問,17日まで滞在。この間カンボジア解放区訪問。3日,同大統領歓迎の晩餐会でシッティ外相は「この晩餐会は民主カンボジア大統領のための公式行事である」と表明,タイ政府は民主カンボジア連合政府を正式承認した。 |
DIA-204-1982-07-04-1 | タイ | 1982年07月04日 | 1980年代 | プレム・シアヌーク会談-プレム首相とシアヌーク大統領の会談が行なわれた。この会談でプレム首相は民主カンボジア連合政府に対し軍事的援助は行なわないが,その他の形で援助をしていくと,タイ政府の方針を示した。 |
DIA-204-1982-07-09-1 | タイ | 1982年07月09日 | 1980年代 | 憲法修正法案否決-(1)首相および内閣閣僚29人の半数は下院議員とする,(2)国会議長は下院議長がなり,上院議員数は下院議員数の半分以下とする,(3)新内閣は所信表明を行ない,国会の信任を得なければならないとする,という憲法修正政府法案が否決された。投票結果は賛成235,反対168で規定過半数264票を下回った。 |
DIA-204-1982-07-12-1 | タイ | 1982年07月12日 | 1980年代 | 82年輸出目標下方修正-政府は82年輸出目標を当初の1820億バーツ(対前年比19%増)から1730億バーツ(同14%増)に下方修正したことが明らかとなった。 |
DIA-204-1982-07-13-1 | タイ | 1982年07月13日 | 1980年代 | 日曜のガソリンスタンド営業解禁-7月18日の日曜日からガソリンスタンドの日曜営業禁止を解除すると発表された。日曜営業禁止はクリアンサック政権時の1980年1月より実施されていた。 |
DIA-204-1982-07-13-2 | タイ | 1982年07月13日 | 1980年代 | 譲渡可能国債発行-Thai Farmers Bankは同銀行に売却可能な国債を発行すると発表した。新国債は満期10年で金利14%,個人応募者には利子免税特典が与えられる。 |
DIA-204-1982-07-13-3 | タイ | 1982年07月13日 | 1980年代 | 天然ガス輸出決定-閣議は天然ガス輸出の最終承認を決定。天然ガスは液化天然ガス(LNG)の形で輸出されるが,LNGプロジェクトを実施するパイロット社設立も決定さる。同社は当初資本金4000万バーツとなる見込み。LNGプロジェクト規模は25億バーツ,このうち20億バーツは液化プラント建設,残り5億バーツはLNGタンク購入に当てられる。 |
DIA-204-1982-07-15-1 | タイ | 1982年07月15日 | 1980年代 | 複合肥料プロジェクト白紙還元に-81年10月北欧企業3国が応札し交渉していた複合肥料プロジェクト受注交渉は,ガス供給価格などの点で折り合いがつかず,東海岸開発委員会は同プロジェクトを白紙還元することに決定。同プロジェクトは東海岸に建設し天然ガスからアンモニア年30万㌧,尿素年51万㌧,リン安年39万㌧を製造するプロジェクトで総工費は5億9000万㌦。 |
DIA-204-1982-07-16-1 | タイ | 1982年07月16日 | 1980年代 | 首相暗殺未遂事件-ロッブリー県でM-72対戦車ロケットがプレム首相が乗った自動車に向けて発射されるという事件が発生。 |
DIA-204-1982-07-17-1 | タイ | 1982年07月17日 | 1980年代 | 2政治グループ,SAP参加-社会農本党(10議席),Narong Wonguanが率いる政治グループ(12議席)が社会行動党(SAP)への入党を決定。それまでの社会行動党議席数は65議席。 |
DIA-204-1982-07-19-1 | タイ | 1982年07月19日 | 1980年代 | 軍部と産業界の関係強化-サーイユット国軍最高司令官は「現在の経済低迷で影響を受けているのは産業界だけでなく軍部も影響を受けている」と述べ「タイ経済を強いものとするために軍部と産界業の関係を強化していく」と公約。 |
DIA-204-1982-07-19-2 | タイ | 1982年07月19日 | 1980年代 | 対共産主義戦略転換-政府は共産主義対策戦略としてこれまでの軍事作戦重視から政治的側面を重視した戦略をとることを明らかにした。これは82年5月27日の第65布告(No.65/2525)に基づくもので,また今後の軍事作戦の焦点は,ジャングルおよぴ山岳地帯での行動から平地およぴ都市部での行動に移される。これまでの共産主義戦略は1980年の第66号布告(No.66/2523)によりジャングル地域での軍事掃討が重点であった。 |
DIA-204-1982-07-20-1 | タイ | 1982年07月20日 | 1980年代 | 家竃メーカの事業税引下げ-内閣は家電製造メーカーおよぴ家電輸入業者の事業税を現行の15~30%を7%に引下げると発表。 |
DIA-204-1982-07-22-1 | タイ | 1982年07月22日 | 1980年代 | 社会行動党党大会-社会行動党党大会が行なわれ,ククリット党首が再任,ブンチュー氏の副党首復帰,シッティ外相が副党首に新選された。また,書記長にはコソン副内相の就任,前書記長のカセム氏は副首相に就任。また,党大会では副党首ポストが4ポストから10ポストに増加した。翌23日,社会行動党は党登録。 |
DIA-204-1982-08-02-1 | タイ | 1982年08月02日 | 1980年代 | 複合肥料プロジェクトを合弁形態で運営―東海岸開発委員会は複合肥料プロジェクトの開発および運営を行なう政府,民間共同出資による合弁企業(Nation-al Fertilizer Co. Ltd.)設立を決定。 |
DIA-204-1982-08-03-1 | タイ | 1982年08月03日 | 1980年代 | 投降ゲリラに社会復帰措置―プラソーン国家安全保障会議事務局長が明らかにしたところによると,プレム首相は投降した共産ゲリラが社会復帰できるよう政府当局者に対して必要な措置をとるよう命令した。 |
DIA-204-1982-08-04-1 | タイ | 1982年08月04日 | 1980年代 | 新工業立地政策―プレム首相は,バンコクおよび近県での新工業プロジェクトは指定地域内に建設,現在操業中の工場でも工場敷地が限られ移転しなければならない場合には,指定する工業団地内に立てなければならないという新工業立地政策を承認した。 |
DIA-204-1982-08-04-2 | タイ | 1982年08月04日 | 1980年代 | タイ共産党の分裂―プラソーン国家安全保障会議事務局長は,タイ共産党の動向について次のように語った。第4回党大会で,東北タイのゲリラ勢力を指導する“ユッド”がタイにおける毛沢東路線に疑問を表明,親中国路線をとる報行部に反対し,親ベトナム路線を掲げてCPTを離脱した。東北部,北部の大半のゲリラ部隊はCPTを離れてユットの指導下に入った。プラシット・タピエントン新CPT書記長のもとで新中国路線を踏襲しているのは中部のゲリラ勢力にすぎない。 |
DIA-204-1982-08-07-1 | タイ | 1982年08月07日 | 1980年代 | アーティット将軍,政治的野望を否定―アーティット陸軍司令官補は,83年総選挙以後もプレム首相を支持していくと述べ同将軍が首相の座を目指して政治的基盤づくりをしているという憶測を否定。またサーイユット国軍最高司令官との間で権力をめぐって抗争しているとの噂についてもそのようなことがないと否定,国王夫妻へ接近しようとしているとの指摘については「国王に対する忠誠は私の義務である」と述べた。 |
DIA-204-1982-08-08-1 | タイ | 1982年08月08日 | 1980年代 | 対日岩塩輸出とUNICOの顧問会社承認―鉱物資源局は,ASEANソーダ会社が日本へ岩塩100万㌧を輸出することを承認,また同局はUNICOをASEANソーダ灰会社が行なうソーダ灰プロジェクトの調査顧問会社として承認。 |
DIA-204-1982-08-09-1 | タイ | 1982年08月09日 | 1980年代 | 韓国,タイ産LNG輸入に関心―タイ訪問中の除相喆韓国エネルギー相は1986年から年間150~300万㌧のLNGをタイから購入することに関心を持っていると表明。 |
DIA-204-1982-08-10-1 | タイ | 1982年08月10日 | 1980年代 | 第1次公定歩合引下げ―中央銀行は公定歩合を145%から14%へ,高率適用公定歩合を17%から16%へ引下げると発表。即日実施。 |
DIA-204-1982-08-14-1 | タイ | 1982年08月14日 | 1980年代 | 対べトナム食糧輸出解禁―タイ政府は2年間続けていたベトナムヘの食糧輸出禁止措置解除を決定。 |
DIA-204-1982-08-14-2 | タイ | 1982年08月14日 | 1980年代 | CPT勢力6000~7000人―プラソーン国家安全保障会議事務局長は,「タイ共産党は3年間で武装勢力の半分を失い,現在6000~7000人とみられている」と表明。 |
DIA-204-1982-08-15-1 | タイ | 1982年08月15日 | 1980年代 | 民族勢力運動結成―情報筋が明らかにしたところによると,東北タイ山岳部に勢力を有するタイ共産党の一部グループがCPTを離脱,独立した反政府勢力,民族勢力運動(National Force Movement)を結成。NFMは中国もベトナムもタイ革命に真剣でないとするCPT進歩派を中心に構成され,その司令部はバンコクにおかれている可能性もある。 |
DIA-204-1982-08-15-2 | タイ | 1982年08月15日 | 1980年代 | 首相官邸爆弾事件―プレム首相官邸内にM26手りゅう弾が投げ込まれた。観側筋は,定例人事異動で不利になる軍人グループの首相に対する警告とみている。 |
DIA-204-1982-08-19-1 | タイ | 1982年08月19日 | 1980年代 | TORC精油所拡張請負企業決定―TORCの精油所拡張,現行6万5000バレル(日量)から12万バレル(日量),総工費8億5000万㌦を英・仏企業連合が受注。 |
DIA-204-1982-08-23-1 | タイ | 1982年08月23日 | 1980年代 | 民間工業プロジェクトの政府資本参加比率―政府は民間企業の手で行なわれるプロジェクトの政府資本参加について基準を設定。それによると,政府資本参加については10億バーツ以上のプロジェクトとし,資本の20%を限度とする。またプロジェクトが基本目標を達成した段階で資本を売却する。 |
DIA-204-1982-08-23-2 | タイ | 1982年08月23日 | 1980年代 | 9品目輸出自由化―経済閣僚会議は,9品目の輸出自由化を承認。8月31日の閣議決定を待つことになった。9品目は植物油,ココナッツ砂糖,あずき,冷凍子豚,さとうもろこし,筆記紙,クラフト紙,証書紙,棒鋼。また15品目について外国貿易局の事前承認が不要となった。これらの品目の中には食肉,パイナップル缶詰などが含まれている。 |
DIA-204-1982-08-24-1 | タイ | 1982年08月24日 | 1980年代 | 第2次公定歩合引下げ―中央銀行は公定歩合を14%から13.5%へ,高率適用公定歩合を16%から15%へそれぞれ引下げると発表。 |
DIA-204-1982-08-27-1 | タイ | 1982年08月27日 | 1980年代 | 金利引下げ措置実施―金利体系引下げを目的として・低金利の国債を市中消化することを決めた。売却(8月27日)される国債は2種類で5年物国債,金利13%,半年ごとの利子支払を14億バーツ(それまでの金利は13・75%),割引国債,金利13・2%を1億バーツ(それまでは13・87%)。同時に中銀,GSBの国債売却店舗はそれまでの国債売却を中止。 |
DIA-204-1982-09-01-1 | タイ | 1982年09月01日 | 1980年代 | 政府,改憲不要で一致―プレム首相は副首相5人と会談,タイ人民党のサマク党首が提案している選挙制度修正について協議,政府としては同提案に関与せず国会の判断に任せることで一致。 |
DIA-204-1982-09-02-1 | タイ | 1982年09月02日 | 1980年代 | 主要5銀行,金利引下発表―主要5銀行が貸出金利を1%引下げ18%に,2年物定期預金金利を同じく1%引下げ13%に,1年定期預金金利を0.5%引下げ12.5%にそれぞれ引下げると発表,実施は10日から。しかしながら,現在すでに定期預金されている預金については旧金利が適用される。また,プライムレートは17%のまま,普通預金3ヵ月および6ヵ月物定期預金については変更されない。 |
DIA-204-1982-09-03-1 | タイ | 1982年09月03日 | 1980年代 | 3軍司令官の国軍副司令官兼任提案―サーイユット国軍最高司令官は,プレム首相兼国防相に対し陸,海,空の3軍司令官が自動的に国軍最高司令部副司令官を兼任する人事を提案。 |
DIA-204-1982-09-06-1 | タイ | 1982年09月06日 | 1980年代 | タイ共産党の大物投降―タイ共産党の創立メンバーで,前書記長代理のウドム・シースワンがバンコク政府当局に投降。ウドムは政治局員であると同時に中央委員で,民主愛国勢力調整委員会委員長を兼務していた人物でこれまで投降したタイ共産党党員のうち最も高位の党員。 |
DIA-204-1982-09-07-1 | タイ | 1982年09月07日 | 1980年代 | 新輸出促進策承認―内閣は輸出開発委員会が提案していた新輸出促進策を承認,83年1月から実施する。新措置は,国連基準フォーマットに基づいた輸出証書を導入し,外国貿易局(FTD)は統計集収目的の輸出管理を行なわない,関税局はFTDの行なっていた統計チェックを行ない15品目について輸出許可を行なう。これにより,FTDの輸出承認が必要なものは米,メイズ,砂糖,コーヒー,タピオカ,繊維など国際的輸出割当て,2国間貿易協定を実施しているものに限られる。 |
DIA-204-1982-09-09-1 | タイ | 1982年09月09日 | 1980年代 | 国防省爆発事件―国防省で時限爆弾爆発。 |
DIA-204-1982-09-09-2 | タイ | 1982年09月09日 | 1980年代 | 首相暗殺未遂事件容疑者逮捕一7月16日ロッブリ砲兵センターで発生した首相暗殺未遂事件容疑者として第31歩兵連隊の陸軍軍曹を逮捕。5人目の逮捕者。 |
DIA-204-1982-09-10-1 | タイ | 1982年09月10日 | 1980年代 | 軍定例人事異動発表―注目されていた陸軍司令官にはアーティット陸軍司令官補が昇進,対抗馬であったパモーイ陸軍参謀長は留任。陸軍副司令官にはスエブ副参謀長が昇進,陸軍司令官補にはティエンチャイ領土防衛部部長とパトム陸軍副参謀長が昇進する。 |
DIA-204-1982-09-10-2 | タイ | 1982年09月10日 | 1980年代 | ASEAN合同軍事演習提案の態度保留―シッティ外相はシンガポール・マレーシア両国訪問に先立ち記者会見を行ない,シンガポール首相が提案している「ASEAN諸国による合同軍事演習」声明に対し,タイはASEANが軍事ブロック化することを望まないと述べた。 |
DIA-204-1982-09-13-1 | タイ | 1982年09月13日 | 1980年代 | 国軍最高司令部機構を検討―軍首脳会議が行なわれ,陸・海・空3軍の司令官が国軍最高部副司令官を自動的に兼務するというシステムを決定。この会議には3軍および国軍最高司令本部の4司令官が出席。 |
DIA-204-1982-09-14-1 | タイ | 1982年09月14日 | 1980年代 | 大手ファイナンス・カンパニー金利引下げ発表―タイ・ファイナンス・カンパニー協会は9月16日から292社が貸出金利,預金金利をそれぞれ0.5%引下げると発表。これによりファイナンス・カンパニーの貸出金利は現行の21%から20.5%へ,また約束手形の金利は1年物で13.25~15.50%となる。 |
DIA-204-1982-09-15-1 | タイ | 1982年09月15日 | 1980年代 | 対ラオス戦略物資粋縮小―政府は対ラオス戦 略物資枠を狭め,新たに医療品,タイヤ,バッテリー,自動車組立部品を戦略物資枠からはずした。 |
DIA-204-1982-09-18-1 | タイ | 1982年09月18日 | 1980年代 | 静かなクーデター説―83年4月の上院権限縮小を軍部は望んでいない。このため軍部は必ず行動に出るであろう。予想されるシナリオは上院および下院の任期を2年間延長することである。この動きは10月から11月に出てくるとの観測が発表された。 |
DIA-204-1982-09-19-1 | タイ | 1982年09月19日 | 1980年代 | 82/83年度米生産見通し―82/83年度の米生産は前年度の1816万㌧からユ590万㌧に減少する見通し。雨期米は1390万㌧,乾期米は200万㌧。この見通しはプレム首相が委員長の米政策委員会で出された。 |
DIA-204-1982-09-22-1 | タイ | 1982年09月22日 | 1980年代 | タイ人民党,83年1月解散―サマック・タイ人民党党首は83年1月国会解散を要求する動きを始めた。 |
DIA-204-1982-09-22-2 | タイ | 1982年09月22日 | 1980年代 | 北部ナーン県キャンプ占領―政府軍は9月14日から6日間にわたる作戦でタイ共産党がナーン県の山岳地域に新たに作ったキャンプを占領,多量の武器を押収。 |
DIA-204-1982-09-24-1 | タイ | 1982年09月24日 | 1980年代 | 82/83年度予算成立―82/83年度財政予算,予算規模1770億バーツが国会の最終読会を通り成立。 |
DIA-204-1982-09-26-1 | タイ | 1982年09月26日 | 1980年代 | ヤング・タークス83年選挙に立候補一ヤング・タークスの中核人物であるマヌーン大佐,プラチャーク大佐らが81年4月クーデターで革命団議長となったサン大将とともに,国家民主主義党から83年選挙に立候補することを明らかにした。 |
DIA-204-1982-09-27-1 | タイ | 1982年09月27日 | 1980年代 | タイ共産党に完全勝利宣言―プレム首相以下500人以上の軍幹部を集めた会議で,プラトーン作戦担当陸軍参謀長補は,「もはやタイ共産党は政府軍を倒す力はない。共産ゲリラは大規模反撃を行なうための組織前線指揮官の統一,十分な武装兵力の3大要因を失った」と述べ,政府軍の完全勝利を報告した。 |
DIA-204-1982-09-29-1 | タイ | 1982年09月29日 | 1980年代 | 最低の最低賃金引上げ―賃金委員会は,バンコクおよびその他8県の最低賃金を現行の61バーツから64バーツに引上げ,その他の県では凍結すると発表。 |
DIA-204-1982-10-01-1 | タイ | 1982年10月01日 | 1980年代 | 陸軍,佐官級人事異動―アーティット新陸軍司令官は就任と同時に佐官級軍人80人の人事異動を発表。 |
DIA-204-1982-10-02-1 | タイ | 1982年10月02日 | 1980年代 | 陸軍,新政治戦略発表―チャオワリット作戦担当陸軍参謀長補が草案した“Strategic Thruston National Leve1”という上限の権限強化などを含めた政治戦略を示した白書が軍部首脳会議で提示された。 |
DIA-204-1982-10-04-1 | タイ | 1982年10月04日 | 1980年代 | 83年米輸出見通し一農業省,商務省の見通しによると83年米輸出可能量は270万㌧にとどまるであろうと発表。 |
DIA-204-1982-10-05-1 | タイ | 1982年10月05日 | 1980年代 | 政府企業に自主財源原則―内閣は,政府企業の運営を公共料金収入などの自主財源を原則とすると決定。 |
DIA-204-1982-10-07-1 | タイ | 1982年10月07日 | 1980年代 | 82/83年タピオカ生産見通し―タピオカ・ケナフ調査委員会によると,82/83年度のタピオカ生産は対前年比15%減の1477万5000㌧にとどまると発表。 |
DIA-204-1982-10-10-1 | タイ | 1982年10月10日 | 1980年代 | パク・マイ解体一情報筋によるとラオス政府の支持を受けていた共産党組織,Pak Mai党は9月に事実上解体したと伝えられた。 |
DIA-204-1982-10-12-1 | タイ | 1982年10月12日 | 1980年代 | 政府83年経済見通し―政府は,82年の経済成長率(GNP)は4.5%~5%にとどまり,83年成長率目標を6%と発表。目標達成は83年の世界経済回復いかんとし,目標達成のため商務省,大蔵省,農業省が海外市場獲得に努力を注ぎ,生産効率の改善,投資コスト削減をはかるとしている。 |
DIA-204-1982-10-12-2 | タイ | 1982年10月12日 | 1980年代 | 首相,83年選挙不出馬表明―プレム首相は83年4月選挙に出馬せず,またどの政党にも入党しない方針を明らかにした。プレム首相はナコンラーチャシーマー県区から社会行動党公認として立候補するという憶測が強まっていた。 |
DIA-204-1982-10-13-1 | タイ | 1982年10月13日 | 1980年代 | タイ繊維協会,減産指示―タイ繊維協会は加盟会社に対し,大量在庫発生の回避,運営コスト引下げのため25%の減産を指示。 |
DIA-204-1982-10-15-1 | タイ | 1982年10月15日 | 1980年代 | 10%輸入課徴金実施―大蔵省は歳入不足対策として輸入税制の改正と合わせて10%の輸入課徴金実施を発表,即日実施。輸入課徴金は新規輸入税をベースに輸入税の10%を,石油および石油製品,スキムミルク,ミルク粉,バター,一部のスポーツ用品と楽器、安全器具,エネルギー節約設備を除くすべての輸入品に賦課される。期間は1年。 |
DIA-204-1982-10-15-2 | タイ | 1982年10月15日 | 1980年代 | 米価支持価格発表―82/83年度の米価支持措置が発表され,介入規準価格は中部平原5%級米で1000㌔当り3000バーツとされた。 |
DIA-204-1982-10-15-3 | タイ | 1982年10月15日 | 1980年代 | 陸軍情報機能改善―アーティット陸軍司令官は陸軍情報本部の各レベルの指揮官700人以上に対し,インドシナ3国およびその他共産主義国からの脅威に対し対抗するため情報能力の改善を命令。 |
DIA-204-1982-10-19-1 | タイ | 1982年10月19日 | 1980年代 | 香港資本誘致のタスク・フォース―内閣は,香港資本をタイに誘致する対策を協議する官民合同のタスク・フォースを設立することを承認。タスク・フォースの委員長にはチャーチャイエ業相がなる。 |
DIA-204-1982-10-20-1 | タイ | 1982年10月20日 | 1980年代 | 失業数150万人―労働局はこのほど雇用に関する報告をまとめた。それによると、現在の労働者数は2000万人,このうち1500万人が農業に従事,失業者数は130万人。 |
DIA-204-1982-10-22-1 | タイ | 1982年10月22日 | 1980年代 | 北部の原油生産・開発を民間企業に―国防省はタイ北部にある政府所有4ブロックの生産・開発権を民間企業に与えることを決定,首相の承認を得た。今回,生産・開発権を与える地域はチェンマイ,ランパン,パヤオ,チェンライ県にある4ブロックで,政府が所有し国防省が管理していた地域。 |
DIA-204-1982-10-23-1 | タイ | 1982年10月23日 | 1980年代 | 中東出稼ぎ送金100億バーツ―貿易局週報によると,中東出稼ぎは73年に始まり,その数は76年に3870人,78年1万5265人,81年2万4472人,現在16万4000人のタイ労働者数が中東で働き,年に100億バーツを送金している。内訳は,サウジが10万人,イラクとリビアがそれぞれ2万人となっており,彼らの出身地は東北部39.5%,中部38%,北部22%,南部0.4%,その82.2%は初等教育しか受けていない。 |
DIA-204-1982-10-27-1 | タイ | 1982年10月27日 | 1980年代 | 第3次公定歩合引下げ―中央銀行は公定歩合を1%引下げ12・5%とし,高率適用公定歩合を15%から14%に引下げると発表。中銀は引下げ理由として銀行間レートの低下に追随したと説明。しかし,ほとんどの商銀の流動性は高く商銀は中銀借入を行なっておらず,その有効性を疑問視する向きが多い。 |
DIA-204-1982-10-27-2 | タイ | 1982年10月27日 | 1980年代 | タウイー副商相辞職―タウイー副商相が辞職を表明,同氏は所定の手続きを経ずに7保険会社の許可申請を受理し,収賄の疑惑がかかっていた。情報筋によると首相政治顧問委員会が政局安定のため首相にタウイー氏の辞職を勧めていた。またアーティット陸軍司令官は同氏の辞職を事前に知っていたという。 |
DIA-204-1982-10-29-1 | タイ | 1982年10月29日 | 1980年代 | 国防省爆弾事件容疑者を逮捕―バンコク北警察およびバンコク平和維持軍は9月9日の国防省爆弾事件容疑者としてノッパドン陸軍上級曹長を逮捕。情報筋によると逮捕現場にはヤング・タークスのプラチャーク大佐がおり,同曹長の住居はプラチャーク大佐邸敷地内にあった。 |
DIA-204-1982-10-29-2 | タイ | 1982年10月29日 | 1980年代 | バス料金値上げ決定―バンコク交通公社(BMTA)は市内初乗りバス料金を現行の1.5バーツから2バーツに引上げることを決定,実施は11月6日から。 |
DIA-204-1982-11-01-1 | タイ | 1982年11月01日 | 1980年代 | 4大銀行,プライム・レート引下げ合意―バンコク銀行,クルン・タイ銀行,タイ・ファーマーズ銀行,サイアム・コマーシャル銀行はプライム・レートを17%から16%に引下げることで合意に達した。バンコク銀行は11月9日,他銀行は18日に引下げ実施。今回の引下げ合意は,海外金利が低下して大手企業は国内金利より低い海外市場から資金を調達している事情が背景にある。 |
DIA-204-1982-11-02-1 | タイ | 1982年11月02日 | 1980年代 | 首相暗殺未遂,国防省爆破事件で将校取調ぺ―ケムチャート陸軍大佐他12名の将校が国内治安司令本部(ISOC)に連行され,7月の首相暗殺未遂事件および9月の国防省爆破事件に関連し取調べを受けた。ケムチャート大佐は81年4月クーデターの主犯ヤング・タークスに同情的な人物である。 |
DIA-204-1982-11-02-2 | タイ | 1982年11月02日 | 1980年代 | ワインバーガー米国防長官来タイ―来タイしたワインバーガー国防長官はプレム首相と会談,タイ側はすでに決まった武器供給の船積みが遅れていることから船積みを早めるように要請,またカンボジア情勢を中心にタイの安全問題について協議。翌3日にはサーイユット国軍司令官や陸軍幹部と会談。 |
DIA-204-1982-11-02-3 | タイ | 1982年11月02日 | 1980年代 | 消極策から積極策へ経済政策転換―ピシットNESDB副総裁は今後の経済政策運営方針について言及し,「過去数年の経済政策はマクロのギャップを調整するという形で進められてきた。タイ経済は今や転換期にあり政府は積極曲な政策をとるであろう。今後5年間は輸出主導型の成長を進める」と述べた。 |
DIA-204-1982-11-06-1 | タイ | 1982年11月06日 | 1980年代 | ユニオン石油,新生産許可―工業省は,PTTとユニオン石油との第2次天然ガス売却交渉合意に基づき,シャム湾5構造からの天然ガス生産を許可した。 |
DIA-204-1982-11-07-1 | タイ | 1982年11月07日 | 1980年代 | タイ共産党本部,南部に移転一政府局官情報筋によると,先週タイ共産党はタイ共産党本部を北部ナーン県プゥア郡のジャングルから南部スラーターニー県バンナサン郡の森林地帯に移転した。 |
DIA-204-1982-11-08-1 | タイ | 1982年11月08日 | 1980年代 | 共産ゲリラ大掃討作戦計画発表―第1軍管区のワンチャイ参謀長は,12月に第1,第2,第3軍管区が同時に共産ゲリラ掃討を行なうと発表。 |
DIA-204-1982-11-17-1 | タイ | 1982年11月17日 | 1980年代 | IMFから特別引出し2億9000万㌦―IMFはタイに対し特別引出し2億9000万㌦を承認。タイ政府は1981年に3億7500万㌦の特別引出しによる融資を求めていたが,IMFが要求する条件を受入れられないとして断念していた。今回,IMFが課した条件は1981年当時とほぼ同じとみられる。 |
DIA-204-1982-11-17-2 | タイ | 1982年11月17日 | 1980年代 | プレム首相が公式訪中(~20日)―18日,19日の両日にプレム首相は趙紫陽首相と会談。20日中国から帰国したプレム首相は記者会見を行ない,「中国はカンボジア反越3派連合政府を今後も引続き支持する」,「中国はASEANとの友好関係を重視する」,「ASEAN諸国内で活動を続ける共産主義運動については,これを各国の国内問題と考え中国はこれら共産主義運動を支持しない」,などの中国側の見解を明らかにし,また趙首相は中国に居住するタイ人共産主義者の祖国帰還を援助することも明らかにしたと語った。 |
DIA-204-1982-11-19-1 | タイ | 1982年11月19日 | 1980年代 | タマサート大学でバス料金値上げ反対デモ―学生,労働者約5000人がタマサート大学キャンパスでバス料金値上げ撤回を要求しデモ,学生および労働者の代表者がアモン運輸相と会見。 |
DIA-204-1982-11-20-1 | タイ | 1982年11月20日 | 1980年代 | バス料金値上げ撤回一中国から帰国したプレム首相はバス料金値上げを撤回し,調査委員会を発足させバス料金の値上げを改めて検討すると発表。バス料金の1.5バーツヘの復帰は11月25日から。 |
DIA-204-1982-11-24-1 | タイ | 1982年11月24日 | 1980年代 | 石化プロジェクト,深港計画承認―東海岸開発委員会は,ラヨーン県石油化学コンビナート基地の建設,およびレームチャバン商業港,マブタープー工業港建設について公式に最終承認。石化プロジェクトはアップ・ストリームとダウン・ストリー一ムを合せて総額200億バーツの大プロジェクトで,生産開始を1987年とされ,1990年における生産レベルが提示された。またレームチャバン港の建設開始は1987年,建設完了は1990年の予定。 |
DIA-204-1982-11-25-1 | タイ | 1982年11月25日 | 1980年代 | 軍の政治的役割を強調―サーイユット国軍最高司令官は,「かつて軍と市民は協調し,それぞれの社会における役割を理解していた。軍あるいは一般市民だけではタイで民主主義を成功させることはできない。軍の役割は内外の脅威からタイを守るだけでなく,タイの発展をアシストする役割を持っている」と軍の政治的役割を強調。 |
DIA-204-1982-11-28-1 | タイ | 1982年11月28日 | 1980年代 | 米価支持価格引上げ運動―スパンブリ県ドンチェディー郡において,タイ中部農民グループ4000人が政府の米価支持価格を1000キロ当り3750バーツヘ引上げを求める運動を起こした。 |
DIA-204-1982-11-30-1 | タイ | 1982年11月30日 | 1980年代 | 与党内,米価支持価格で対立―ククリット社会行動党党首は,某与党が米価支持価格を引上げるべきだとの見解を発表したことの背景には,社会行動党の信用を失墜させようとするものがあると非難。新米支持価格で与党内対立が表面化したため,プレム首相は30日の閣僚会議で全閣僚に対し協力するように指示した。 |
DIA-204-1982-11-30-2 | タイ | 1982年11月30日 | 1980年代 | 米価支持価格引上げ発表―政府は,中部平原5%級米の政府支持価格を83年3月から3000バーツから3300バーツヘ引上げると発表。 |
DIA-204-1982-12-01-1 | タイ | 1982年12月01日 | 1980年代 | 北部,東北部共産ゲリラが夫規模投降―ムクダーハン県,ウボン県など東化タイ3県にまたがる山岳地帯でタイ共産党作戦地域444の主力部隊ゲリラ250人とその共鳴者750人が正式に第2軍管区に投降。また,ターク県アンパーン郡でも政府軍が10年余戦闘を続けていた共産ゲリラ基地2村を占領(11月30日)後,12月1日約2000人の武装ゲリラとその家族が投降した。 |
DIA-204-1982-12-01-2 | タイ | 1982年12月01日 | 1980年代 | 軍部,与党内対立と農民の抗議に重夫関心―サーイユット国軍最高司令官は,政府の米価支持価格をめぐっての与党内対立と農民の価格引上げ行動に重大な関心を持って成行をみている,と述べた。 |
DIA-204-1982-12-04-1 | タイ | 1982年12月04日 | 1980年代 | 米価支持価格引上げを繰上げ実施―プレム首相は83年3月から予定されていた米価支持価格引上げを12月1日に繰上げ実施すると発表。 |
DIA-204-1982-12-06-1 | タイ | 1982年12月06日 | 1980年代 | 共産ゲリラ投降地域を設定―アーティット陸軍司令官は,「第1軍管区はプラチンブリ県,チャンタンブリ県,トラート県のジャングル地帯を安全地帯とし,共産ゲリラに安全を保障し,共産ゲリラが投降する窓口とする」と述べた。 |
DIA-204-1982-12-07-1 | タイ | 1982年12月07日 | 1980年代 | タイ共産党幹部2人が投降交渉―チャワリット陸軍作戦担当参謀長補が明らかにしたところによると,シン・タルムリンCPT政治局員兼南部本部書記長とプラチューブ・ルアングラートCPT東北本部書記長の2人がバンコク当局に出頭し,北部および東北部の共産ゲリラ4000~5000人の投降交渉を行なった。 |
DIA-204-1982-12-08-1 | タイ | 1982年12月08日 | 1980年代 | マハティール・マレーシア首相が来タイ―プレム首相主催夕食会でマレーシア首相は,「カンボジアにおけるベトナム軍の存在はタイに対して直接的脅威であり,安全保障間題克服のためマレーシアはタイと緊密に協力する」と述べた。 |
DIA-204-1982-12-08-2 | タイ | 1982年12月08日 | 1980年代 | 「人民の声」が内部対立回避を訴える一政府当局によると,11月末「人民の声」放送がタイ共産党が危機にあることをうったえ,「第4回党大会で採択された方針は今からでも変更できる。党内のイデオロギー対立を解決し,すべての共産党員が共同で活動を行なうよう要求する」という声明を発表。 |
DIA-204-1982-12-10-1 | タイ | 1982年12月10日 | 1980年代 | コーンケーン大学学長任期延長問題―タマサート大学でバンコク13高等教育の学生代表が集まり,コーンケーン大学学長任期延長の閣議決定(12月9日)に反対して11日に政府前で抗議集会を行なうコーンケーン大学学生を支持することが決定された。 |
DIA-204-1982-12-11-1 | タイ | 1982年12月11日 | 1980年代 | 民主党が臨時党大会開催を決定―民主党は,83年1月23日に臨時党大会を開催し,党規約の変更,新党首の選出を行なうことを明らかにした。 |
DIA-204-1982-12-14-1 | タイ | 1982年12月14日 | 1980年代 | CPTは都市活動の基盤を形成中―サーイユット国軍最高司令官は,「CPTは都市部での活動基盤を形成しようとしている。国軍最高司令部は都市部での安全を守る対策案を作成した。」と述べた。また20日には国軍最高司令本部で開かれた会議で「CPTは4月選挙後の6カ月間に国家安全に大きな脅威をもたらす」と述べ,アーティット陸軍司令官が統括するバンコク平和維持軍を含めたあらゆるレベルの平和維持軍司令部の効率を高めることを提案した。 |
DIA-204-1982-12-21-1 | タイ | 1982年12月21日 | 1980年代 | ペット原油準備価格決定―タイ・シェルが83年1月から生産する原油「ペット」の暫定価格を1バレル当り28.84㌦と発表した。 |
DIA-204-1982-12-22-1 | タイ | 1982年12月22日 | 1980年代 | 内閣改造の裏工作が発覚―ビチャイ民主党党首は,17日にある重要人物から内閣改造の動きを支持するように働きかけられたことを明らかにした。同氏は重要人物の名前を公表しなかったが,その人物は「2大与党の対立,それを原因とした政治的混乱に対し,プレム首相は何もできない。内閣を改造し,無所属のテクノクラートに閣僚を交代すべきである。現在の状況が続けばクーデターが起るであろう」と述べた。 |
DIA-204-1982-12-23-1 | タイ | 1982年12月23日 | 1980年代 | 中銀,国内金利低下誘導をしない―ヌクン中銀総裁は,国内金利水準は資金の需給によって決定されるべきであり,国内金利の低下誘導を行なわないと表明。 |
DIA-204-1982-12-23-2 | タイ | 1982年12月23日 | 1980年代 | 投降ゲリラの脅威はない―アーティット陸軍司令官は,「最近ジャングルから投降した共産ゲリラが今後都市部での混乱を引き起こそうとしているとの考えには賛成できない」と述べた。 |
DIA-204-1982-12-27-1 | タイ | 1982年12月27日 | 1980年代 | 共産ゲリラ投降歓迎式―12月1日にターク県で,政府軍に投降した共産ゲリラ投降歓迎式典がアーティット陸軍司令官出席のもとで行なわれ,約800人の共産ゲリラおよびその共鳴者が公式投降した。 |
DIA-204-1982-12-27-2 | タイ | 1982年12月27日 | 1980年代 | 約2000億円の円借款要請―タイ大蔵省は,83年円借款として総額200億バーツ以上の円借款を日本政府に要請していることを明らかにした。大蔵省は12月20日に第9次円借款分として16プロジェクトに合計工01億6600万バーツ,東海岸石油化学プロジェクト建設資金として115億バーツの特別円借款を要請した。 |
DIA-204-1982-12-29-1 | タイ | 1982年12月29日 | 1980年代 | 83年も経済調整政策を堅持―スノーNESDB総裁は,82/83年度の政府歳入目標は達成できそうにないとの判断を示し,財政・金融の安定のため政府支出を削減する他民間信用も抑制されるであろうと,83年財政・金融政策の基本方針を示した。 |
DIA-204-1982-12-30-1 | タイ | 1982年12月30日 | 1980年代 | 輸入原材料に輸入課徴金実施―投資委員会は繊維・製薬,化学産業向け輸入原材料に10~45%の輸入課徴金を実施すると発表。即日実施。 |
DIA-204-1983-01-01-1 | タイ | 1983年01月01日 | 1980年代 | 共産ゲリラの活動―第3軍管区内で82年11月以来最初のゲリラ攻撃。同管区と国内治安作戦司令部とが合同で建設している治安用道路(Pua地区のLaklai=Bore Klua 間)現場で発生。被害は死傷5人。 |
DIA-204-1983-01-01-2 | タイ | 1983年01月01日 | 1980年代 | 0.5%の輸入課徴金廃止―82年2月13日以降実施され輸出促進事業に充てられていたもの。全輸入品に課せられ、これまで5億Bの資金が集められた。 |
DIA-204-1983-01-02-1 | タイ | 1983年01月02日 | 1980年代 | 83年経済の見通し―Chatichai工業相は、「82年後半からの低金利で投資が刺激され経済は上向こう」と語った。また商業会議所は「世界景気の回復はよい影響をもたらそうが、貿易収支赤字は500億Bと82年水準の16%増にはなろう」としている。 |
DIA-204-1983-01-03-1 | タイ | 1983年01月03日 | 1980年代 | 首相側近、現陸軍司令官の次期首班説を否定―首相顧問団団長Wathanyu na Thalang(Dr.)と首相秘書長Chantharakupt Sirisut中将の言。 |
DIA-204-1983-01-03-2 | タイ | 1983年01月03日 | 1980年代 | ベルギー・外相、カンボジア問題で訪タイ。 |
DIA-204-1983-01-03-3 | タイ | 1983年01月03日 | 1980年代 | 政府経済予測への批判―国家民主党のOb党首代行も、経済は政府予測に反し悪化していると語る。 |
DIA-204-1983-01-03-4 | タイ | 1983年01月03日 | 1980年代 | 投資促進で11項目ガイドライン(投資委員会発表)。 |
DIA-204-1983-01-04-1 | タイ | 1983年01月04日 | 1980年代 | カナダ首相、訪タイ(3日間)。 |
DIA-204-1983-01-04-2 | タイ | 1983年01月04日 | 1980年代 | Boonchuの経済見通し―Boonchu元蔵相は官界の経済見通しを批判し、対外債務は法定限界に近づいており、金融界は流動性過多で投資は縮小し資本財の輸入も減少している、と語った。BPとの会見。 |
DIA-204-1983-01-04-3 | タイ | 1983年01月04日 | 1980年代 | 総選挙は6月12日に―Sitthi内相は6月12日を内務省に都合のよい総選挙日として内閣に提案する、と語った。なお現憲法によると総選挙は経過条項の期限が切れる4月21日後60日以内に行なわねばならない。この発言は同日首相が選挙は憲法の規定通り行なう、と述べたことをうけたもの。なお首相によると政府は、改憲を審議するため国会の特別招集は行なわないという。 |
DIA-204-1983-01-05-1 | タイ | 1983年01月05日 | 1980年代 | 対外債務問題―中銀Supachai総裁室長によると現在の対外債務水準民間21億㌦、政府50億㌦は近隣諸国に比して低く、その増加率も年10%以下に抑えられているとしてBoonchuの批判に応えた。 |
DIA-204-1983-01-06-1 | タイ | 1983年01月06日 | 1980年代 | サイアム民主党、改憲国会開催で署名集め―国会開催には両院議員の3分の1(176)の署名が必要。改憲事項は、(1)各県復数区化と個人記名化(政党ではなく)、(2)上院議員権限の4年延長、(3)公務員の閣僚、政治職兼任禁止の解除などである。 |
DIA-204-1983-01-06-2 | タイ | 1983年01月06日 | 1980年代 | 国産原油出荷始まる―カンペンペートのシリキット油田(開所式は1月12日)から最初の原油(Phetcrude)がバンコクのバンチャク製油所へ輸送された。当初は1日5000バレルで、84年には1.5万バレルの予定。政府がシェルに支払う買取価格は28.50B。 |
DIA-204-1983-01-07-1 | タイ | 1983年01月07日 | 1980年代 | 石化プロジェクト正式発表―東部臨海工業地区計画の要となるもので、今後民間部門への投資勧誘が開始される(内訳は本年報1983年版、253ページ参照)。 |
DIA-204-1983-01-08-1 | タイ | 1983年01月08日 | 1980年代 | 陸軍司令官、次期首相の噂を否定―現首相が最適任者と語った。なお改憲については自らの意見を留保し、ただ改憲云々は民主主義に適ったものであり、定められた制度に沿って行なわれるべきだ、と語った。 |
DIA-204-1983-01-10-1 | タイ | 1983年01月10日 | 1980年代 | 83年GDP予測―国家経済社会開発庁NESDBによると82年の4.4%に対し、83年は5~6%。 |
DIA-204-1983-01-10-2 | タイ | 1983年01月10日 | 1980年代 | 陸軍司令官、改憲を希望―上院議員(同司令官自身上院議員)には改憲を提案する権利がないため、下院議員がただちにこれに乗り出すべきだ、と語った(BP、11日)。だが翌日同官はこれを否定し「改憲を求めるのは議員の権利だ、と言っただけだ」と語った(Nation、12日) |
DIA-204-1983-01-12-1 | タイ | 1983年01月12日 | 1980年代 | 中銀、公定歩合1%下げ―発表即日実施。一般率は12.5%から11.5%へ、特定率は14%から13%へ。目的は銀行間率や再購入率、ユーロなどが下がっているのに合せ、かつ商銀の利率低下を促すことにある。 |
DIA-204-1983-01-14-1 | タイ | 1983年01月14日 | 1980年代 | インドネシア、マレーシア原油の輸入削減―タイは83年から各輸入枠1万b/dを5000b/dにさげることとなった(BP、15日)。 |
DIA-204-1983-01-14-2 | タイ | 1983年01月14日 | 1980年代 | 陸軍司令官、首都駐屯部隊将校ら招集―同司令官は、この会合で、軍は改憲運動には介入しない、と語った。これは12日に第1歩兵師団長のPichit少将が、「政治状況が手におえなくなったら、軍が出よう」と語ったことに応じたもの。なお16日付Nationによると、この会議で、軍籍にある上院議員は改憲国会開催運動には参加を控え、ただ国会で改憲問題が審議される場合のみ、選挙法を旧法に戻すべく、これに賛成することに同意したという。 |
DIA-204-1983-01-15-1 | タイ | 1983年01月15日 | 1980年代 | タイ国民党、改憲支持表明―同党党首で副首相のPramarnは、改憲特別国会の開催に支持表明。 |
DIA-204-1983-01-17-1 | タイ | 1983年01月17日 | 1980年代 | 外国人投資家の滞在規準―経済関係閣僚会議で、海外投資家の国内滞在申請を処理する委員会の設立と同滞在規準とが決められた。 |
DIA-204-1983-01-18-1 | タイ | 1983年01月18日 | 1980年代 | 政府は改憲国会開催要求で中立(首相の言明)。 |
DIA-204-1983-01-19-1 | タイ | 1983年01月19日 | 1980年代 | 金利引下げで特別委設立―Sommai蔵相と銀行協会幹部は19日の会談で、金利引下げ措置を検討する特別委員会を設置することで合意した。 |
DIA-204-1983-01-19-2 | タイ | 1983年01月19日 | 1980年代 | 改憲国会問題の各党態度―政府連合政権に参加している社会行動党(下院議席82)と民主党(同32)の両党首は改憲国会開催に強い反対を表明。サイアム民主党が始めた運動(1月6日参照)に賛成しているのはタイ人民党(同33)、国家民主党(23)で、人民党(20)は各議員の自由にまかせ、またタイ国民党(45)は、選挙区制のみに関する改憲を党独自の運動として主張。 |
DIA-204-1983-01-19-3 | タイ | 1983年01月19日 | 1980年代 | 学生の動き―タマサート大学学生自治会は他の15学生団体と改憲問題で協議し、選挙区制改正には賛成するが、上院の権限維持には反対する、ことで同意した。 |
DIA-204-1983-01-20-1 | タイ | 1983年01月20日 | 1980年代 | 韓国外相、はじめて訪タイ(シチ外相の招待)。 |
DIA-204-1983-01-20-2 | タイ | 1983年01月20日 | 1980年代 | 大蔵省、国営諸銀行に金利引下げを指示―1年定期を13%から12.5%へ。これと同時に中銀は従前より利率が1%低い政府債券を15億B発行。 |
DIA-204-1983-01-20-3 | タイ | 1983年01月20日 | 1980年代 | Arthit陸軍司令官、上院議員を辞任―同官は20日夜テレビ、ラジオで、現選挙区制への反対、上院の地位向上、公務員の政治職兼任支持を表明したあと、上院議員を20日付けで辞任すると語った。 |
DIA-204-1983-01-21-1 | タイ | 1983年01月21日 | 1980年代 | 軍籍上院議員さらに8人辞任―第1、第2師団長ら8人。Pichit第1師団長は「選挙法が改正されなければ外国勢力の脅威にさらされよう」と語った。また24日にはさらに4人の軍人が上院議員を辞任した。 |
DIA-204-1983-01-21-2 | タイ | 1983年01月21日 | 1980年代 | シアヌーク訪タイ―民主カンボジア連合政府のシアヌーク大統領は21日夕刻、北京よりタイ入り。 |
DIA-204-1983-01-21-3 | タイ | 1983年01月21日 | 1980年代 | メコン開発計画―ラオスで1月13日~20日にひらかれたInterim Mekhong Committeeの第16回会議に出席したタイ代表のSaroj外務省国際機関局局長によると、タイ=ラオス国境で計画中のPa Mongダムの建設は、ラオス、ベトナム側がカンボジアのヘンサムリン政権の会議出席を主張したため困難になった、と語った。 |
DIA-204-1983-01-21-4 | タイ | 1983年01月21日 | 1980年代 | 大蔵省、商銀等の貸出利率上限引下げに合意―2月1日以降1.5%引下げ。商銀金利の場合19%が17.5%、金融会社金利は21%が19.5%へ。 |
DIA-204-1983-01-23-1 | タイ | 1983年01月23日 | 1980年代 | 共産ゲリラ466人投降―東北タイ、ムクダハン県で投降式。出席したArthit陸軍最高司令官は、東北タイでの共産革命戦争は終った、と言明。この地域のゲリラ数は1年前の4000人から約300人に減少した模様。 |
DIA-204-1983-01-23-2 | タイ | 1983年01月23日 | 1980年代 | タイ国民党、改憲運動に同調せず―Banharn書記長の言。同党は前週末40人の同調者のリストを作ったが、結局これをサイアム民主党に渡さなかったという。 |
DIA-204-1983-01-24-1 | タイ | 1983年01月24日 | 1980年代 | 道路建設・修復計画の削減―運輸相によると第5次計画にもられた1.2万キロメートルの道路建設・修復計画が50%以上削減されることになった。 |
DIA-204-1983-01-24-2 | タイ | 1983年01月24日 | 1980年代 | ガス計画にOPEC資金供与―ウィーン24日の調印によると、1500万㌦がPTTの天然ガス分離プラントおよびLPG流通プロジェクトに使用される。 |
DIA-204-1983-01-25-1 | タイ | 1983年01月25日 | 1980年代 | 日本から投資使節団到着―2月2日まで。 |
DIA-204-1983-01-26-1 | タイ | 1983年01月26日 | 1980年代 | 商銀16行、金利引下げ―2月1日以降1年定期が12.5%から11.5%へ。 |
DIA-204-1983-01-27-1 | タイ | 1983年01月27日 | 1980年代 | 首相、タイ国民党党首と会談―首相、タイ国民党の改憲における指導的役割を要請(Nation、BP等) |
DIA-204-1983-01-28-1 | タイ | 1983年01月28日 | 1980年代 | 対日経済援助要請―Bangkok Postが、日本政府代表団の訪タイ直前の28日に公表したもので、第10次円借款として200億B、特別円借款として115億Bを、期間30年、金利3%で要請するもの(合計約3150億円。82年の第9次円借款は70億Bであった)。 |
DIA-204-1983-01-28-2 | タイ | 1983年01月28日 | 1980年代 | シアヌーク、今後を語る―記者会見で、今後は1年のうち9カ月は北朝鮮以外で活動する、と語った。なお同大統領は29日北京へ向かった。 |
DIA-204-1983-01-28-3 | タイ | 1983年01月28日 | 1980年代 | 中国軍幹部訪タイ―Saiyud国軍最高司令官の招きで中国人民解放軍参謀長楊得志が1週間の予定で訪問。中国軍総参謀長の訪問は初めてのもの。 |
DIA-204-1983-01-28-4 | タイ | 1983年01月28日 | 1980年代 | 改憲国会開催要求動議提出さる―サイアム民主党のPhol党首は動議提出に必要な数を超える187人の署名を集めたとして、これを国会へ提出した。だが消息筋によると、これには重複署名などが含まれ、実際には140にとどまるという。一方29日付BPは、タイ国民党がプレム首相の後押しをうけて、国会開催の動きをはじめよう、と報じた。 |
DIA-204-1983-01-29-1 | タイ | 1983年01月29日 | 1980年代 | 約束手形金利も引下げ―金融・証券協会の決定。16%を14.5%へ。2月1日実施。また金融・証券会社の貸出利率上限も21%から19.5%にさげられた。 |
DIA-204-1983-01-29-2 | タイ | 1983年01月29日 | 1980年代 | 社会行動党、態度変更―Kukrit党首は、「首相は国会開催の権限を有しており、署名を集める必要はない」と語った。 |
DIA-204-1983-01-30-1 | タイ | 1983年01月30日 | 1980年代 | PLO問題は未定―Far Eastern Economic Review最近号はPLO事務所がバンコクに近々設立されようと報じたが、タイ外務省筋は、考慮中と言明。 |
DIA-204-1983-01-30-2 | タイ | 1983年01月30日 | 1980年代 | 既製服輸出で新規則導入(1月1日に遡及実施)。 |
DIA-204-1983-01-31-1 | タイ | 1983年01月31日 | 1980年代 | ラオス、駐タイ反ラオス勢力に要望書―チェンライの国境警察の発表では、ラオス側がタイ領内にいる国民党KMT難民キャンプ長経由で同警察署に送ったもの。チェンセンのバンピアシにいるラオス反革命分子をタイ側がどう処遇するかを問うもの。 |
DIA-204-1983-01-31-2 | タイ | 1983年01月31日 | 1980年代 | 改憲国会開催動議、再提出さる―28日に不完全な動議を提出したPholが上院議員48人の署名を追加して、再度提出したもの。ただし上院議員には憲法上、改憲動議提出権がないので、提出理由は、現在国会で懸案中の重要法案を審議するとの理由に変えられた。総署名数193の党別内訳は次のとおり―サイアム民主党46、タイ人民党33、タイ国民党31、国家民主党23、社会行動党7、民主党5、上院議員48(国会側再検査によると、重複、誤記を除き191と確定)。 |
DIA-204-1983-02-01-1 | タイ | 1983年02月01日 | 1980年代 | 金利引下げ(1月21、26日参照)。 |
DIA-204-1983-02-01-2 | タイ | 1983年02月01日 | 1980年代 | 南タイ5県でゲリラ掃討作戦開始―ヤラ、パタニ、ナラシワット、サトン、ソンクラの5県にひそむマラヤ共産党系1000人、タイ共産党系1200人、その他3000人を対象。投降促進が目的。2カ月継続予定。 |
DIA-204-1983-02-01-3 | タイ | 1983年02月01日 | 1980年代 | ペトナム軍越境―タイ領内のクメール・ゲリラ基地Nong Chanの破壊が目的とされる。 |
DIA-204-1983-02-02-1 | タイ | 1983年02月02日 | 1980年代 | ベトナム軍越境で国連へ警告の覚書。 |
DIA-204-1983-02-03-1 | タイ | 1983年02月03日 | 1980年代 | 国王、国会再開で勅令―下院は9日と決定。 |
DIA-204-1983-02-05-1 | タイ | 1983年02月05日 | 1980年代 | Kukritの改憲提案―社会行動党党首によると、数日前Chaovalit陸軍副参謀長から改憲問題で接触があり、この席で、同党首は、上院の地位を維持する場合はその定員を減らすべきだ、と伝えたという。 |
DIA-204-1983-02-07-1 | タイ | 1983年02月07日 | 1980年代 | ソ連副外相来訪―ソ連首相の親書持参。 |
DIA-204-1983-02-07-2 | タイ | 1983年02月07日 | 1980年代 | ケシ栽培撲滅計画―Nation紙によると、国会治安会議はこのほど北部タイのケシ栽培を1983~87年の5年間で撲滅する計画「高地住民開発計画」を策定し、内閣の承認を得たという。 |
DIA-204-1983-02-08-1 | タイ | 1983年02月08日 | 1980年代 | 全商工企業に会計帳簿規制―徴税制度改善のため年間取引10万B以上の全企業が対象。 |
DIA-204-1983-02-08-2 | タイ | 1983年02月08日 | 1980年代 | 改憲で世論調査―チュラロンコン大学社会調査研究所と公民権協会の調査で、8日の同大内セミナーで発表されたところでは、選挙区改訂要求に大多数が賛成、上院地位維持賛成13.5%、反対55.4%、公務員の兼職問題賛成24.2%、反対45.2%、改憲問題への軍の介入賛成24.2%、反対45.2%。 |
DIA-204-1983-02-08-3 | タイ | 1983年02月08日 | 1980年代 | 民主党と国家民主党の態度―Bichai民主党党首は党会談にのぞんだあと、改憲については選挙区制の改正だけに賛成すると語った。なお同日、国家民主党のKriangsak党首も同旨の発言を行なった。 |
DIA-204-1983-02-09-1 | タイ | 1983年02月09日 | 1980年代 | 社会行動党も選挙区制改正のみに賛成―9日の党会議後のKukrit党首が発表(8日参照)。 |
DIA-204-1983-02-09-2 | タイ | 1983年02月09日 | 1980年代 | 人民党首脳、社行党へ―党首Chaisiri Ruangkanchanasesと副党首Surat Osathanukrohの2人。かれらは81年7月に社会行動党から脱党していたもの。翌10日さらに3人の同党下院議員が社行党へ移った。 |
DIA-204-1983-02-10-1 | タイ | 1983年02月10日 | 1980年代 | 社会民主党も選挙区制改正のみに賛成を表明。 |
DIA-204-1983-02-10-2 | タイ | 1983年02月10日 | 1980年代 | 特別国会開かる―特別国会開催の目的たる改憲法案は、サイアム民主党案、社会行動党案とも下院への提出に必要な101人の支持獲得で難航し、前者案のみが10日の審議時間終了直前に113人を得て提出された。なおこの案は当初案(1月6日参照)から若干修正されている。 |
DIA-204-1983-02-11-1 | タイ | 1983年02月11日 | 1980年代 | 麻薬王射殺さる―国際的麻薬王ラオ・スーがチェンマイ県で・国境警備隊との銃撃戦で射殺された。 |
DIA-204-1983-02-14-1 | タイ | 1983年02月14日 | 1980年代 | 社会行動党も改憲案提出―現行憲法中の選挙区条項(90、91、95条)のみを改正し現行1県1区制を多数区制にしようとするもの。111人の署名つき。 |
DIA-204-1983-02-17-1 | タイ | 1983年02月17日 | 1980年代 | カンチャナブリでもタイ共産兵500人投降。 |
DIA-204-1983-02-17-2 | タイ | 1983年02月17日 | 1980年代 | 陸軍、改憲白書を出す―「憲法改正問題に関する陸軍の方針」と題す(16日付)。これには「軍は国会開催に介入し、また国会に改憲を要求する権利を有する。軍は上院議員の地位を向上し、上院を民主化するため、経過規定の延長を希望する」とある。 |
DIA-204-1983-02-18-1 | タイ | 1983年02月18日 | 1980年代 | 「クーデター」の噂―18日付BPの編集長署名記事。今日の状況下では噂の現実性を否定。 |
DIA-204-1983-02-18-2 | タイ | 1983年02月18日 | 1980年代 | 国会、改憲法案で第1読会―両院総会(下院301、上院225)たる国会でサイアム民主党提出の改憲法案が審議され、第1読会を賛成295、反対120、棄権19、無効2、欠席68で通過した。 |
DIA-204-1983-02-20-1 | タイ | 1983年02月20日 | 1980年代 | 東ドイツと貿易協定調印―82年実績1億1600万Bを、85年までに24億Bに引き上げようというもの。 |
DIA-204-1983-02-21-1 | タイ | 1983年02月21日 | 1980年代 | 反改憲運動発足―民主主義連盟を名のる。 |
DIA-204-1983-02-21-2 | タイ | 1983年02月21日 | 1980年代 | アメリカのタイ援助―APによると、アメリカ政府は84年度の援助予定額として軍事9900万㌦、経済500万㌦を見込んでいる。83年度分は6600万㌦。 |
DIA-204-1983-02-22-1 | タイ | 1983年02月22日 | 1980年代 | タイ共産党、本部を南部に移動か―第4軍区司令官Harn発表。情報の提示はなく、その可能性のみ示唆。 |
DIA-204-1983-02-23-1 | タイ | 1983年02月23日 | 1980年代 | IMF引出枠拡大―中銀発表では去る11~12日の会議で、2億9800万㌦から4億2600万㌦へと43%拡大された。 |
DIA-204-1983-02-23-2 | タイ | 1983年02月23日 | 1980年代 | 西独援助決まる―83年分として経済・金融援助に4億7500万B、技術援助1億7000万B。 |
DIA-204-1983-02-23-3 | タイ | 1983年02月23日 | 1980年代 | ベトナムの撤兵提案―駐タイ・ベトナム大使は、ビエンチャンでのインドシナ3国首脳会議の結果としてのベトナム軍のカンボジア撤退案をタイに伝えた。 |
DIA-204-1983-02-23-4 | タイ | 1983年02月23日 | 1980年代 | 改憲法案、第2読会始まる―28日まで(なお18日参照)。 |
DIA-204-1983-02-25-1 | タイ | 1983年02月25日 | 1980年代 | 人民党議員4人らタイ国民党へ―ほかにサイアム民主党議員もタイ国民党へ移った。 |
DIA-204-1983-02-25-2 | タイ | 1983年02月25日 | 1980年代 | 対米繊維輸出交渉決裂―次回は6月。 |
DIA-204-1983-02-26-1 | タイ | 1983年02月26日 | 1980年代 | カンボジア問題―シチ外相は23~26日間にクアラルンプルを訪問し、マレーシア、シンガポールの外相らと、ベトナム軍の乾期攻勢への対策を協議した。 |
DIA-204-1983-02-26-2 | タイ | 1983年02月26日 | 1980年代 | 国軍最高司令官、反改憲運動で語る―Saiyud将軍は記者に対して「国会議員が最終読会で国民の多数の意志に従って行動できるよう、一般国民は勇敢にはっきりとその見解を表明すべきだ」と語った。 |
DIA-204-1983-02-28-1 | タイ | 1983年02月28日 | 1980年代 | 改憲法案、第2読会通過―23日以来全5条の法案を各条ごとに採決したもの。 |
DIA-204-1983-03-01-1 | タイ | 1983年03月01日 | 1980年代 | 小規模工業金融局も金利引下げ―10万B以下の貸出しに14%、10万B以上に15%。従来は一律16%。 |
DIA-204-1983-03-04-1 | タイ | 1983年03月04日 | 1980年代 | 第4軍区司令官に更迭の噂―Nation紙4日の報道。なお同官は現在の改憲運動に反対している。 |
DIA-204-1983-03-07-1 | タイ | 1983年03月07日 | 1980年代 | 主要5商銀、最低貸出利率制度導入―バンコク銀行、タイ農民銀行、クルンタイ銀行、シャム商業銀行、アユタヤ銀行の5行で即日実施に合意。これは顧客を優遇率が適用される当座貸越から最低貸出利率が適用される短期借款へ誘導するのが目的。利率も前者16%を15%に切下げている。今後は各々minimum overdraftrate、minimum loan rateと呼ぼれる。新設利率は銀行間レート(に手数料を加えたもの)に等しいという。 |
DIA-204-1983-03-08-1 | タイ | 1983年03月08日 | 1980年代 | 第2軍団、東北タイ・ゲリラ地区を撤退か―東北タイのゲリラ掃討作戦に成功した第2軍団は、1967年以来の作戦基地から撤兵開始。3月末完了予定。 |
DIA-204-1983-03-08-2 | タイ | 1983年03月08日 | 1980年代 | 活動僧Anant、反改憲活動開始を表明―元警官で過去7年間僧籍にあったAnant Senakhanが、僧籍を離れ、改憲反対運動を始めると、発表した。 |
DIA-204-1983-03-08-3 | タイ | 1983年03月08日 | 1980年代 | 国家民主党書記長、脱党―82年にも国家民主党を離れたことのあるArthit Urairatは、改憲賛成の党路線と合わなかった。なお10日に社行党へ入党。 |
DIA-204-1983-03-09-1 | タイ | 1983年03月09日 | 1980年代 | 反改憲ハンスト―活動僧Anantと民主党議員ChalardがRoyal Plazaで開始。その後学生も参加。 |
DIA-204-1983-03-09-2 | タイ | 1983年03月09日 | 1980年代 | 陸軍、再度改窓白書を出す―2月17日付け。チュラロンコン大学で配布。これが改憲に関する陸軍の最終意思表明だとしている。 |
DIA-204-1983-03-09-3 | タイ | 1983年03月09日 | 1980年代 | 政府住宅銀行も金利引下げ―3月15日実施で、10万B以下貸出しは15%、50万B以下は16%。現在は30万B以下が16%、50万B以下17%。 |
DIA-204-1983-03-10-1 | タイ | 1983年03月10日 | 1980年代 | マレーシアと空軍合同演習―10日から8日間で国境地帯四つのマラヤ共産党基地を目標とするもの、 |
DIA-204-1983-03-10-2 | タイ | 1983年03月10日 | 1980年代 | 社会行動党、議員増加―Kukrit党首発表。この数日間に他党からの移籍が多発している。 |
DIA-204-1983-03-10-3 | タイ | 1983年03月10日 | 1980年代 | 首相・各党に改憲問題で暴力行為に自戒要請。 |
DIA-204-1983-03-11-1 | タイ | 1983年03月11日 | 1980年代 | タイ国民党・改憲法案拒否を決定―同中執委および党国会議員約60人の決定。理由は法案中の上院議員権限の延長と政府公務員の閣僚職兼任権とが、最終的には受け容れられなかったため。 |
DIA-204-1983-03-11-2 | タイ | 1983年03月11日 | 1980年代 | 「赤い野牛」再登場―同運動指導者Sudsai Hasdin(もと政府閣僚、中将、国営Express Transport Organizationの会長)は、Royal Plazaに現われ、同地でハンスト中のグループに対して、現状が法の範囲を越えれば、「赤い野牛」が介入する、と語った。 |
DIA-204-1983-03-15-1 | タイ | 1983年03月15日 | 1980年代 | Kukrit、軍部批判―同社行党党首は、15日付Siam Rath紙で「軍部は自覚のないまま共産主義的体制を国家機構の中にもちこもうとしている」と批判した。 |
DIA-204-1983-03-15-2 | タイ | 1983年03月15日 | 1980年代 | 森林破壊―森林局発表では1978~82年間で森林が1万8624平方キロメートル破壊され15万6000平方キロメートル(全国土の30.52%)に縮小したという(BP、9月19日も参照)。 |
DIA-204-1983-03-15-3 | タイ | 1983年03月15日 | 1980年代 | 沈降地域の指定―環境局(NEB)によるバンコクおよび周辺3県の指定提案と対策につき内閣が承認を与えた。 |
DIA-204-1983-03-15-4 | タイ | 1983年03月15日 | 1980年代 | 南部分離運動は都市テロ化か―15日付Nation紙が権威筋の言として報道。 |
DIA-204-1983-03-16-1 | タイ | 1983年03月16日 | 1980年代 | 改憲法案、第3読会で否決さる―サイアム民主党提出の改憲法案は賛成254、反対44、棄権177で、第3読会に必要な国会(両院)過半i数264に満たず、否決された。また同日午後、社会行動党の改憲法案も提出されたが、第1読会で否決となった。 |
DIA-204-1983-03-16-2 | タイ | 1983年03月16日 | 1980年代 | 陸軍筋、改憲案否決は尊重と声明。 |
DIA-204-1983-03-17-1 | タイ | 1983年03月17日 | 1980年代 | 改憲法案否決に疑義―国家民主党議員らが三つの疑義動議を国会に提出。内容は相互にほぼ同じで、改憲法案可決に関する憲法第194条(6)の解釈に関するもの。同条項は両院議員総数の過半数が必要としているが、現在下院議員は死亡・辞任等により301人が296人で、また上院議員は任命の遅れで225人が211人となっている。この現存数は合計で507であるから、16日の改憲法案賛成数254はその過半数になる、というもの。 |
DIA-204-1983-03-17-2 | タイ | 1983年03月17日 | 1980年代 | 陸軍放送、改憲案否決を非難。 |
DIA-204-1983-03-18-1 | タイ | 1983年03月18日 | 1980年代 | 特別国会閉会さる―午前、憲法第194条(6)の解釈動議が事実上否決された。午後、改憲派議員が首相不信任案を提出した直後、Boontheng議長は17日付けの勅令を発表し、2月10日以来の特別国会を閉会とした。 |
DIA-204-1983-03-18-2 | タイ | 1983年03月18日 | 1980年代 | 空軍司令官、ペナンで客死―Taklaew Susilavorn、1924年生まれ。同官は83年9月の軍人事異動で最高司令官になるものと予想されていた(4月8日参照)。 |
DIA-204-1983-03-18-3 | タイ | 1983年03月18日 | 1980年代 | 工業金融公社も金利引下げ―従来の工業プロジェクト15・5%・省エネルギー・農業基盤工業15%を、一律14.5%に。また日本輸銀借款を得ているプロジェクトは従来の14%を13%に。 |
DIA-204-1983-03-18-4 | タイ | 1983年03月18日 | 1980年代 | 自動車国産化率凍結―83年8月24日以降同率を45%から50%に引き上げるとの内閣決定を凍結し、45%を続けるというもの(BP、12月2日を参照)。 |
DIA-204-1983-03-19-1 | タイ | 1983年03月19日 | 1980年代 | 国会解散、総選挙は4月18日に―憲法第101、159条による勅令。78年12月22日発効の現憲法の選挙規定は4年半有効の経過条項により実施されないできた。勅令はこれにつき「(本年4月22日に発効する)規定により選挙を実施すれば、深刻な事態の発生が憂慮される」とし、総選挙を経過条項にもとづき旧憲法規定で行なえるよう、4月18日に実施することとし、国会の解散が3月19日になったとしている。なお規定により4月22日以降、公務員、軍人は閣僚ポストに就けなくなっている。 |
DIA-204-1983-03-20-1 | タイ | 1983年03月20日 | 1980年代 | 首相、国会解散で釈明―国民の願望に応ずるもので、軍部の圧力に屈したものではないとの趣旨。 |
DIA-204-1983-03-21-1 | タイ | 1983年03月21日 | 1980年代 | 石油会社、日本で2億米㌦借款―サウジ原油の輸入代金用。日本15行のシンジケートローン。 |
DIA-204-1983-03-22-1 | タイ | 1983年03月22日 | 1980年代 | プレム首相、閣僚に詫びる―国会解散を事前に図らなかったため。 |
DIA-204-1983-03-22-2 | タイ | 1983年03月22日 | 1980年代 | 選挙区制決まる―内務省は82年12月25日に実施された家庭登録調査(地方行政局中央家計登録事務所によるもの)に基く県別選挙区分類を発表(「参考資料」参照)。 |
DIA-204-1983-03-23-1 | タイ | 1983年03月23日 | 1980年代 | 海軍司令官、クーデターに反対―Somboon Chuapiboon司令官の記者会見での発言。 |
DIA-204-1983-03-23-2 | タイ | 1983年03月23日 | 1980年代 | タイ蔵相、日本首相を表敬訪問。 |
DIA-204-1983-03-23-3 | タイ | 1983年03月23日 | 1980年代 | 社会行動党、民主党、選挙協定を結ぶ。 |
DIA-204-1983-03-24-1 | タイ | 1983年03月24日 | 1980年代 | 下院議会総選挙の立候補届出、選挙運動の開始。 |
DIA-204-1983-03-24-2 | タイ | 1983年03月24日 | 1980年代 | Boonchu元副首相、政界引退を表明(元社行党党員) |
DIA-204-1983-03-24-3 | タイ | 1983年03月24日 | 1980年代 | 日本皇太子、アフリカ3国訪問の帰路立ち寄り。 |
DIA-204-1983-03-25-1 | タイ | 1983年03月25日 | 1980年代 | (バンコク)ASEAN-EEC第4回閣僚会議。 |
DIA-204-1983-03-26-1 | タイ | 1983年03月26日 | 1980年代 | 民主党と社行党本部に爆弾テロ―社行党での爆弾は未然に発見された。いずれも人身被害なし。 |
DIA-204-1983-03-27-1 | タイ | 1983年03月27日 | 1980年代 | 北タイ・ゲリラ掃討戦―第3軍団は3月1日~25日のSuriyawong Ⅳ作戦が、過去15年間共産軍支配下にあった11部落を占領するなど大成功と発表。 |
DIA-204-1983-03-28-1 | タイ | 1983年03月28日 | 1980年代 | 立候補届出締切―党別立候補者数は、社会行動党255、民主党196、タイ国民党194、タイ人民党183、国家民主党151、自由国民党151、サイアム民主党92、進歩党90、社会民主党49、新勢力党37、タイ大衆党29、タイ民衆党9、労働民主党6、国民団結党3、無所属435で、合計1880人。なお4月18日の投票日までに、死亡、辞退等で社行党4、民主党2、進歩党1、タイ国民党1、自由国民党1、無所属9が減り、全体では1862人となった。 |
DIA-204-1983-03-29-1 | タイ | 1983年03月29日 | 1980年代 | 石油製品価格値下げ―28日朝サウジアラビア政府より、バレル当り5㌦(34㌦から29㌦へ)の値引き連絡が入ったことで、政府はかねてより準備していた石油製品価格引下げを28日夜発表し、29日より実施した。プレミアム6.32%、レギュラー2.63%、その他は5.41%~9.11%の幅。 |
DIA-204-1983-03-30-1 | タイ | 1983年03月30日 | 1980年代 | ペット原油の政府買取価格も引下げ―2月24日にさかのぼって26.34㌦となる(1月6日参照)。 |
DIA-204-1983-03-30-2 | タイ | 1983年03月30日 | 1980年代 | 日本、農業訓練等で無償援助(2億0600万円)。 |
DIA-204-1983-03-30-3 | タイ | 1983年03月30日 | 1980年代 | 活動僧Anant逮捕さる―29日の集会で大逆罪を構成する発言を行なったとされる(3月9日参照)。 |
DIA-204-1983-03-31-1 | タイ | 1983年03月31日 | 1980年代 | ベトナム、乾期攻勢始める。 |
DIA-204-1983-04-04-1 | タイ | 1983年04月04日 | 1980年代 | ベトナム軍の国境侵犯へ抗議―同軍の乾期攻勢下の越境で国連、ベトナム政府に抗議文送付。 |
DIA-204-1983-04-05-1 | タイ | 1983年04月05日 | 1980年代 | ソ連にも警告―外務省は5日ソ連大使、ベトナム使節を招き国境侵犯を抗議し、とりわけソ連にはベトナム軍援助停止を要請。 |
DIA-204-1983-04-05-2 | タイ | 1983年04月05日 | 1980年代 | 通信技術交流で日本電々公社と覚書。 |
DIA-204-1983-04-05-3 | タイ | 1983年04月05日 | 1980年代 | 電気料金引下げ―5日発表、1日遡及実施。バンコク市内一般家庭用は35ユニット以上使用の場合1.2%減。 |
DIA-204-1983-04-07-1 | タイ | 1983年04月07日 | 1980年代 | 投資委員会、積極化へ―今後は投資機会の発見、プロジェクト、投資家の発掘に前向きに活動する。 |
DIA-204-1983-04-08-1 | タイ | 1983年04月08日 | 1980年代 | 空軍と政治―8日新空軍司令官に就任したPraphan Dhupatemiya空軍大将は「空軍は政治に干与しない」と語った。なお同司令官は18日国営航空会社会長に就任した。1927年生まれ(3月18、23日参照)。 |
DIA-204-1983-04-08-2 | タイ | 1983年04月08日 | 1980年代 | アメリカ、軍事援助を早める―アメリカ国務省筋によると、ベトナムの乾期攻勢に伴い今年度分の軍事援助を早めると発表。これにもとづき、10日~19日間に地対空ミサイル(Redeye)を初め155㍉榴弾砲等が到着。 |
DIA-204-1983-04-08-3 | タイ | 1983年04月08日 | 1980年代 | 社会行動党候補、射殺さる(ナコンサワン県第1区)。 |
DIA-204-1983-04-10-1 | タイ | 1983年04月10日 | 1980年代 | 84年度予算原案に閣議了承(前年増8.47%)。 |
DIA-204-1983-04-12-1 | タイ | 1983年04月12日 | 1980年代 | ガス探査、初めて国内会社に―12日の閣議でタイ湾B21地域(1.5万平方キロメートル)での炭化水素探査権が国営石油公社PTTに認められた。 |
DIA-204-1983-04-12-2 | タイ | 1983年04月12日 | 1980年代 | 小規模工業金融局、さらに金利引下げ―3月1日以降実施の10万B以上15%の貸出金利を14.5%へ。 |
DIA-204-1983-04-14-1 | タイ | 1983年04月14日 | 1980年代 | 国内平和維持局、選挙治安対策発表。 |
DIA-204-1983-04-14-2 | タイ | 1983年04月14日 | 1980年代 | 政党の選挙参加資格問題―政党法第46条と憲法第95条、第204条(1)とは、政党が選挙で立てる候補者数について前者が下院議席数の半分以上を必要とし、後者は4月21日で失効する経過規定でその必要なし、としている。これについて首相法律顧問のMeechai総理府相は政党法に準拠して選挙後、162人以下の候補を立てた10政党は解党されようと述べた。一方地方行政局長は個人の意見として、そうはなるまいと語った。 |
DIA-204-1983-04-16-1 | タイ | 1983年04月16日 | 1980年代 | ベトナムとの対話で新提案―シチ外相は「ベトナムがタイ=カンボジア国境から30キロメートル撤退すれば、クメール問題で同国と対話をしてもよい」と言明。 |
DIA-204-1983-04-17-1 | タイ | 1983年04月17日 | 1980年代 | 選挙関係死傷者―今年2月以降、選挙がらみで合計20人が殺され、多数の負傷者が出たという(立候補者では社行党1、民主党1〔BP、17日〕)。 |
DIA-204-1983-04-17-2 | タイ | 1983年04月17日 | 1980年代 | 天然ガス、セメント会社へ供給開始―タイ湾の天然ガスの最初の工業利用。サラブリ県のシァム・セメント会社の工場までパイプラインで送られる。 |
DIA-204-1983-04-18-1 | タイ | 1983年04月18日 | 1980年代 | 国会総選挙―国会制度開始以来第13回目。投票率53%は、57年の57.4%に次ぐ高率。またバンコクでは32.57%で、前回79年の19%より大幅改善となった(「参考資料」参照、なお日誌4月26日も見よ)。 |
DIA-204-1983-04-18-2 | タイ | 1983年04月18日 | 1980年代 | 国営砂糖会社、操業以来最初の赤字―工業事業局発表では、スパンブリ、ウタラディト、ランパンにある三つの国営精糖所が1981~82年度に合計1億8500万Bの赤字を出した。同筋によると、原因は政府のトン当り500Bというシュガーケイン価格支持政策にある、という。民間会社の買付け価格は300B。 |
DIA-204-1983-04-19-1 | タイ | 1983年04月19日 | 1980年代 | 開票結果―改憲反対の社行党、民主党および3月16日の同法案採決の際反対にまわったタイ国民党の3党が合計221議席を占め、軍批判派の勝利となった。 |
DIA-204-1983-04-19-2 | タイ | 1983年04月19日 | 1980年代 | Kukrit、新首相にプレムを推す。 |
DIA-204-1983-04-19-3 | タイ | 1983年04月19日 | 1980年代 | ESCAP年次総会はじまる。 |
DIA-204-1983-04-20-1 | タイ | 1983年04月20日 | 1980年代 | 商銀の融資枠拡大―中銀発表。5月1日実施。自己資金/危険資産比率を現行の8.5%から8%へさげるもの。これで自己資本に対する貸出限度は0.74倍増され12.5倍となる。金融界全体では、これで200億Bが創造されると見られる。これは85年に9%を8.5%にさげて以来3年ぶり。また同時に自己資本/予備負債比率を新設し、11月1日以降20%以下とすることも発表。 |
DIA-204-1983-04-20-2 | タイ | 1983年04月20日 | 1980年代 | 陸軍、プレムを支持―Arthit陸軍司令官、プレムがもう一期首相をつとめる場合、陸軍は支持と表明。 |
DIA-204-1983-04-20-3 | タイ | 1983年04月20日 | 1980年代 | 軍脱走兵に特赦令―82年4月6日以前の脱走兵で、官報告示後90日以内に帰隊したもの4万6000人が対象。20日国王署名、21日発効。 |
DIA-204-1983-04-20-4 | タイ | 1983年04月20日 | 1980年代 | 新上院議員決まる―首相任命の109人のリストが発表された。内訳は、(1)従来の定数225の3分の1に当る75人の交替者、(2)今回からの定数243に見合う補充18人、それに(3)死亡、辞任者の補充16人。なお109人には再任者も含まれている。また軍現・退役者は39人。 |
DIA-204-1983-04-21-1 | タイ | 1983年04月21日 | 1980年代 | OPEC原油値下げの影響―国家経済社会開発会議筋によると、GDPで+0.5%、インフレー1%、石油輸出入代金2億5000万㌦減など。 |
DIA-204-1983-04-21-2 | タイ | 1983年04月21日 | 1980年代 | タイ国民党、新党に―同党Pramarn党首発表では、タイ国民党はサイアム民主党、タイ民衆党と合併して単一政党となった。党名はタイ国民党と変わらず。 |
DIA-204-1983-04-22-1 | タイ | 1983年04月22日 | 1980年代 | 地震、全国的に―震源地はカンチャナブリ県シサワット。規模は5.5リヒター。 |
DIA-204-1983-04-22-2 | タイ | 1983年04月22日 | 1980年代 | EEC、農作物多角化で援助に同意―タイ訪問中のEEC開発援助局次長の合意(タイ側の5カ年計画(1983~87年)では東北部でキャッサバ生産を維持し、東部ではキャッサバから他作物への多角化を計画している。総費用80億Bに対しEECは初年度7億Bを約束。 |
DIA-204-1983-04-25-1 | タイ | 1983年04月25日 | 1980年代 | 主要8商銀、金利引下げで合意―Business Post25日によると、主要8商銀は5月1日から、1年定期11.5%から10.5%(税引後9.19%、税率は12.5%)、6カ月定期10.5%から10%(税引後8.75%)、3カ月定期10.5%から9.5%(税引後8.3%)へと引下げ、一方最低貸出率MLRは15%から14.5%へ引下げ、最低当座貸越率MORは16%を維持する。また一般顧客に対する現行年17.5%の貸出上限率には変更を加えない。なお貯蓄預金については内外、中小を含めた全商銀が9%から8.5%への引下げを行なう。これは貯蓄預金が年2回利子を払う制度のため、9%では実効が9.2%となり、1年定期の税引後年9.19%を超えてしまうため。 |
DIA-204-1983-04-25-2 | タイ | 1983年04月25日 | 1980年代 | プレム、タイ国民党からの連立政権構想を拒否―この連立政権はタイ国民党(21日参照)=タイ人民党=その他小政党によるもの。 |
DIA-204-1983-04-26-1 | タイ | 1983年04月26日 | 1980年代 | 国会開催、各党勢力確定―国王、25日国会開催を宣言。26日上院、下院開催。なお選挙後当選者の政党替えや無所属議員の政党登録などがあり、新しい勢力分野は26日までで完了した(「参考資料」参照)。また下院議長には進歩党党首Uthai Pimchaichonがタイ国民党の支持を得て当選。また上院議長(自動的に国会議長を兼ねる)にはCharubutr Reungsuwanが指名された。なお国会議長は憲法第146条により国王に対する首相推挙権をもつ、と解されている。 |
DIA-204-1983-04-26-2 | タイ | 1983年04月26日 | 1980年代 | Kukrit、改憲問題で軟化―「改憲は将来の政治危機に際して新政府の生存を救うことになろう」と語った。 |
DIA-204-1983-04-27-1 | タイ | 1983年04月27日 | 1980年代 | プレム、再度首相へ―18日の選挙後、政界は次期首班、次期与党連合につき各党間の駆引きが行なわれ、プレム前首相はその狭間で26日政界引退を表明していた。だが27日夜辞意撤回が消息筋から発表された。 |
DIA-204-1983-04-27-2 | タイ | 1983年04月27日 | 1980年代 | 陸軍司令官、首都の全兵士に非常警戒令を出す。 |
DIA-204-1983-04-27-3 | タイ | 1983年04月27日 | 1980年代 | 身分証携行義務を15歳からに―内務省によると、4月21日以降、従来の17歳以上を2歳さげたもの。非携行者もしくは非更新者には200Bの罰金。 |
DIA-204-1983-04-28-1 | タイ | 1983年04月28日 | 1980年代 | 3党、プレム首班で合意―消息筋によると、社行党、民主党、タイ人民党の3党はプレム首班下の連合政権で合意した。また3党とも、内務、国防、大蔵3閣僚ポストの決定はプレム首班の自由裁量にまかせ、その他ポストを相互交渉で決めることにも合意した。 |
DIA-204-1983-04-29-1 | タイ | 1983年04月29日 | 1980年代 | 民主党中央委、連立政権参加問題で紛糾―改憲賛成のタイ人民党も参加が予想されるため。同反対の民主党はプレムの首相任命後に態度決定の予定。 |
DIA-204-1983-04-29-2 | タイ | 1983年04月29日 | 1980年代 | 両院議長、首班推挙で会談。 |
DIA-204-1983-04-30-1 | タイ | 1983年04月30日 | 1980年代 | 国王、プレムを首相に再任―国王は国会議長が推挙したPrem Tinsulanondaを次期首相に任命(任期4年)。新内閣を支える連立与党の構成の決定は、日本首相の訪タイ後にもちこされた(5日6日参照)。 |
DIA-204-1983-05-02-1 | タイ | 1983年05月02日 | 1980年代 | タイ国民党、社行党との連立を破棄―2日夜の中執委決定。同時に発表された声明によると、同党はタイ人民党、国家民主党との協力を続ける、としている。 |
DIA-204-1983-05-02-2 | タイ | 1983年05月02日 | 1980年代 | 中銀、経済成長率を6%と予測。 |
DIA-204-1983-05-02-3 | タイ | 1983年05月02日 | 1980年代 | 中銀、コンドミニウム建設等の融資に警告―BP2日によると、中銀はこのほど商銀が、コンドミニウムや大規模事務所ビル、ホテル等の建設の資金援助をひかえるよう警告。 |
DIA-204-1983-05-02-4 | タイ | 1983年05月02日 | 1980年代 | Pridi元首相死亡(亡命先のパリで)。 |
DIA-204-1983-05-03-1 | タイ | 1983年05月03日 | 1980年代 | 中曽根=プレム会談―ASEAN諸国歴訪中の中曽根首相は2~3日にタイを訪問、3日にはプレム首相と会談した。内容はインドシナ・アジア情勢、国際経済のほか、日本の防衛政策では日本側から専守防衛の法的、地理的限界の説明とタイ側の了承があり、また両国経済関係では、日本側から第10次円借款、673億6000万円(第9次は550億円)の提示(6月27日参照)と、タイLNGの対日輸出問題での意見交換などであった。 |
DIA-204-1983-05-03-2 | タイ | 1983年05月03日 | 1980年代 | 日本、在タイ難民へ15億円の援助申入れ。 |
DIA-204-1983-05-03-3 | タイ | 1983年05月03日 | 1980年代 | 今年度、世銀借款を縮小―3日付BP引用の月刊誌Dok Biaによると、タイは83年の世銀借款を82年の26億Bから20.6億Bへ減少させた。これは75年に政府が定めた民間ローン市場育成の方針に沿ったもの。 |
DIA-204-1983-05-04-1 | タイ | 1983年05月04日 | 1980年代 | 金融会社向け約束手形再割引率引下げ―中銀発表、14%を13%に、3日に遡及実施。 |
DIA-204-1983-05-04-2 | タイ | 1983年05月04日 | 1980年代 | 民主党、態度決定―4日夜の中執委で、タイ人民党、国家民主党、社行党を含む連立政権参加を決定した。ただし改憲問題では譲歩しないことが条件。 |
DIA-204-1983-05-05-1 | タイ | 1983年05月05日 | 1980年代 | 国家民主党、連立政権参加に決定。 |
DIA-204-1983-05-05-2 | タイ | 1983年05月05日 | 1980年代 | 「バンコク市沈没」―水資源局の最近のレポートによると(BP5日)、同市は毎年5~10センチメートルの幅で沈降しており、21世紀までには2㍍も沈降することになるという。このためNESDBでは6月に、1988年以降の井戸水使用の禁止を提案した(BP、7月1日)。 |
DIA-204-1983-05-06-1 | タイ | 1983年05月06日 | 1980年代 | 国会、1年1会期制を決定―社行党提案の1年1会期制と開始時9時半とが通過。国民党は共に反対。 |
DIA-204-1983-05-06-2 | タイ | 1983年05月06日 | 1980年代 | 連立与党構成、遂に決まる―消息筋によるとプレム首相は、次期内閣に参加すべき政党として社会行動党、民主党、タイ人民党、国家民主党の4党首を招集し、閣僚ポストの各党枠を討議した。このことでタイ国民党の参画は最終的にはなくなり、与党の連立構成が決った。 |
DIA-204-1983-05-07-1 | タイ | 1983年05月07日 | 1980年代 | コロ川流域開発計画調印さる―オーストラリア、マレーシア、タイ3国で、タイ=ニマ国境のコロ川流域を共同開発するもの。総コスト9800万B。 |
DIA-204-1983-05-09-1 | タイ | 1983年05月09日 | 1980年代 | プレム内閣、認承式で正式発足―国王の文書上の裁可は7日、閣僚名簿は「参考資料」参照。 |
DIA-204-1983-05-09-2 | タイ | 1983年05月09日 | 1980年代 | 海軍、Corvette型2隻の建造を米系会社に契約。 |
DIA-204-1983-05-10-1 | タイ | 1983年05月10日 | 1980年代 | プレム内閣、初閣議―首相は、特に後進地域での貧困問題を、今後の基本問題とする、と語った。 |
DIA-204-1983-05-11-1 | タイ | 1983年05月11日 | 1980年代 | 連立政権成立と軍部のかかわり―タイ国民党副党首Anuwat Wattanapongsiriによると、軍部は4月選挙直後から各党に連立政権構想で接触した。この過程でタイ国民党は軍部に欺された、という。 |
DIA-204-1983-05-12-1 | タイ | 1983年05月12日 | 1980年代 | 新投資委員会決まる(任期2年)。 |
DIA-204-1983-05-16-1 | タイ | 1983年05月16日 | 1980年代 | 投資奨励措置―工業相発表。投資委員会の将励措置をうけた既存企業を保護するため、同種製品生産企業の新設は、既存企業が所有すると同じ生産能力の機械を使用しないものに限る、というもの。 |
DIA-204-1983-05-19-1 | タイ | 1983年05月19日 | 1980年代 | ソ連人、スパイで国外追放―タイ外務省はバンコクのソ連大使館にある貿易代表部で働くソ連人1名とその夫人に、48時間以内の国外退去を命令。理由は同人がGRUの一員で、タイの安全を脅かす行動をとったためとされる。なお現在バンコクのソ連大使館にはソ連人86人のスタッフ(家族を含まず)が勤務中。 |
DIA-204-1983-05-20-1 | タイ | 1983年05月20日 | 1980年代 | 国会開催―プレム首相、今後4年間の施政方針を演説。なおタイ国民党は同原文写しの事前配布が遅れたことを不満とし、同党の全議員を退場させた。 |
DIA-204-1983-05-20-2 | タイ | 1983年05月20日 | 1980年代 | 首相顧問団発足―経済、社会、政治、行政、外交等で首相に助言するもの。Dr.Wadanyooが団長。 |
DIA-204-1983-05-23-1 | タイ | 1983年05月23日 | 1980年代 | 公共・民間合同委員会任命さる―公共・民間部門間の関係の円滑化によって経済開発の効率化をはかろうとするもので29人の委員には首相が会長であるほか、経済関係閣僚、中銀総裁、投資局事務局長、商業会議所代表、工業金融公社代表らがいる。 |
DIA-204-1983-05-23-2 | タイ | 1983年05月23日 | 1980年代 | シチ外相、ベトナム対話でASEAN歴訪―4月16日に公表したベトナム軍30㌔撤退による対話開始提案について、ASEAN諸国と意見交換のため、まずフィリピンを訪問。フィリピン側は26日に支持を表明。 |
DIA-204-1983-05-24-1 | タイ | 1983年05月24日 | 1980年代 | タイ=日航空交渉決着―日本運輸省発表。 |
DIA-204-1983-05-25-1 | タイ | 1983年05月25日 | 1980年代 | 国会第4会期はじまる。 |
DIA-204-1983-05-27-1 | タイ | 1983年05月27日 | 1980年代 | 上院調整委員会任命さる―上院と国会との連絡をはかる委員会で、首相の任命。従来は上院自身が任命。委員長は副首相のPrachuab Suntrangkoon将軍。 |
DIA-204-1983-05-31-1 | タイ | 1983年05月31日 | 1980年代 | タイ国民党、「黒書」発表―5月20日の同党議員の国会退場の理由を説明し、政府を糾弾する、としている。なお数日後、警察は、この印刷物を発行者の名が印刷されていないとの理由で、押収した。なお同党のPramarn党首は「現憲法は、首相を下院議員から選ぶべきこと、また下院議長が国会議長となるべきことの2点で改正すべきだ」と語った。 |
DIA-204-1983-06-01-1 | タイ | 1983年06月01日 | 1980年代 | 米輸出プレミアム―商相1日の発表では、82年10月から83年5月まで実行されてきたレートを9月末まで延長実施(10月3日参照)。 |
DIA-204-1983-06-01-2 | タイ | 1983年06月01日 | 1980年代 | 2航空会社の併合案再燃―運輸相の発言、ただし7日にとり消した。 |
DIA-204-1983-06-02-1 | タイ | 1983年06月02日 | 1980年代 | シチ外相、ASEAN諸国へ―シンガポール、インドネシア、マレーシアとまわり(4日まで)、ベトナムとの対話交渉で各国外相と会談(5月23日参照)。 |
DIA-204-1983-06-02-2 | タイ | 1983年06月02日 | 1980年代 | ベトナム軍すでに撤退か―ソンサン派KPNLF筋によると、ベトナム軍はすでにタイ国境から30~40キロメートルの地点まで後退しているという。 |
DIA-204-1983-06-02-3 | タイ | 1983年06月02日 | 1980年代 | 対米繊維交渉まとまる―83年1月から5年間有効で、83年分対米輸出量75.42万平方ヤードを各年6%ずつ増加させるもの。 |
DIA-204-1983-06-03-1 | タイ | 1983年06月03日 | 1980年代 | (パッタヤ)政府、雇用問題セミナー開催―第6次5カ年開発計画での政策指針を確立するための討議を行なう。3日で。 |
DIA-204-1983-06-05-1 | タイ | 1983年06月05日 | 1980年代 | (バンコク)ASEAN銀行会議(第13回、3~5日)。 |
DIA-204-1983-06-06-1 | タイ | 1983年06月06日 | 1980年代 | 中東出稼ぎ労働者問題で包括的対策―6日内相の指令で緊急に開催された会議で決ったもの。労働者の保護や、犯罪防止などを目的としている。 |
DIA-204-1983-06-08-1 | タイ | 1983年06月08日 | 1980年代 | 陸軍ヘリ墜落で軍幹部数人死亡(ナコンラッチャシマの第2軍専用空港で発生。少将1大佐2人死亡)。 |
DIA-204-1983-06-09-1 | タイ | 1983年06月09日 | 1980年代 | タイ=ベトナム外相会談―ベトナムのコ・タク外相とタイのシチ外相がバンコクで会談し、タイ側のベトナム軍の30キロメートル撤退提案を討議。この際双方はカンボジアが「独立・中立・非同盟の国」となることで同意したという。 |
DIA-204-1983-06-13-1 | タイ | 1983年06月13日 | 1980年代 | 大蔵省内に徴税情報交換部局を新設―蔵相の発表。たとえば内国消費税局が酒類生産者に関する情報を歳入局に伝えるようなもので、従来は法により禁止されていたもの。 |
DIA-204-1983-06-13-2 | タイ | 1983年06月13日 | 1980年代 | 中銀、今年のバーツ切下げを否定(BP、13日)。 |
DIA-204-1983-06-14-1 | タイ | 1983年06月14日 | 1980年代 | タイ国民党、政府糾弾大会(5月31日参照)。 |
DIA-204-1983-06-14-2 | タイ | 1983年06月14日 | 1980年代 | ホンコンドルの流入状況―中銀のSuphachai総裁室長によると、政治不安の影響で年初より各月約7億B相当がタイへ流入したという。また本年第1四半期に投資が28億7300万Bと205%も急増したことの原因の一端もホンコンからの投資によっている、という。 |
DIA-204-1983-06-17-1 | タイ | 1983年06月17日 | 1980年代 | 共産党、3派に分裂か―BPが消息筋の見解として報道するところでは、タイ共産党は現在、第4インター派(指導者はPirun Chatvanichkul)、101決議派(同Vinai Permpoonsap)、およびインドシナ派の3派に分裂しているという。 |
DIA-204-1983-06-21-1 | タイ | 1983年06月21日 | 1980年代 | 国鉄運賃値上げ―引上げ率は平均7.5%。ただし3等でバンコク~チェンマイは116Bとなり11.5%、同バンコク~ハジャイは142Bとなり12.7%増。 |
DIA-204-1983-06-25-1 | タイ | 1983年06月25日 | 1980年代 | ASEAN外相会議―24~25日間、バンコク。共同声明要旨:ベトナム軍のカンボジア完全撤退による包括的政治解決の再度呼びかけ。その手段としてのタイ外相によるベ軍のタ・カ国境30キロメートル撤退提案を全国的に支持。部分撤退は完全撤退への一部とする。民主カンボジア連合政府支持。UNCTADは全世界的経済回復・成長のため、80年代の政策・行動を決める「大原則」で合意すべきこと。IMFはSDRに追加枠を特設すべきこと。ブルネイの独立、主権回復、ASEAN加盟希望を暖く歓迎する。 |
DIA-204-1983-06-25-2 | タイ | 1983年06月25日 | 1980年代 | 投資委員会、投資促進で情報サービス計画開始―同会のCharnchai事務局長の発表。このほど開始された計画は7種で外国投資家に対して投資促進のための調査サービス、海外での広報活動、情報センターの設置などを含み、また投資奨励法改正も検討されるという。 |
DIA-204-1983-06-27-1 | タイ | 1983年06月27日 | 1980年代 | 円借款で書簡交換―タイ訪問中の安倍外相とSommaiタイ蔵相の間で57年度673億6000万円の円借款書簡を交換。主な対象(全体は13)は、(1)タイ国鉄信号改良・近代化計画128億円、(2)LPG地方供給計画117億3000万円、(3)ダオカノン・クロントイ港間高速道路計画115億3000万円など。 |
DIA-204-1983-06-28-1 | タイ | 1983年06月28日 | 1980年代 | (バンコク)ASEAN拡大外相会議―27~28日。日本、米、カナダ、豪、ニュージーランド、西独の各外相のほか、パプア・ニューギニア、ブルネイ代表も参加。 |
DIA-204-1983-06-28-2 | タイ | 1983年06月28日 | 1980年代 | 内務省、政党選挙参加資格問題を棚上げと発表(4月14日参照)。 |
DIA-204-1983-06-29-1 | タイ | 1983年06月29日 | 1980年代 | 輸出目標の修正―輸出開発局は、当初の1800億Bを1700億B(82年の6.3%増)にさげることに同意。 |
DIA-204-1983-06-29-2 | タイ | 1983年06月29日 | 1980年代 | 日米と農業事業で合意―82年6月に3国が表明した東北タイの農業開発事業で協力方について最終合意したもの。 |
DIA-204-1983-06-30-1 | タイ | 1983年06月30日 | 1980年代 | 新年度予算案、第一読会通過。 |
DIA-204-1983-06-30-2 | タイ | 1983年06月30日 | 1980年代 | 環境保護団体、ダム建設で首相に要請―タイ環境・資源クラブTERCはカンチャナブリ県につくられた発電ダム(Sri NakharindおよびTha Thungna)が近年の地震の原因(83年4月15日~6月17日間に34回発生)であり、これを避けるためにはダムの農業用水池化が必要であるとする請願状をプレム首相に提出した。またNam ChoanダムとKhao Laemダムの建設の中止も求めている。 |
DIA-204-1983-06-30-3 | タイ | 1983年06月30日 | 1980年代 | タイ国民党、Samak運輸相不信任案提出。 |
DIA-204-1983-07-04-1 | タイ | 1983年07月04日 | 1980年代 | 政府住宅銀行、貸出利率1%下げ。 |
DIA-204-1983-07-06-1 | タイ | 1983年07月06日 | 1980年代 | 米輸出の自由化維持―政府は輸出米価の低下阻止のため、6月中旬以降、最低輸出価格制度の導入を業者に提案してきたが、反対多く撤回。 |
DIA-204-1983-07-10-1 | タイ | 1983年07月10日 | 1980年代 | 鈴木前首相に名誉博士号―同前首相が在任中に国立シーナカリン大学バンセン校に「海洋科学センター」を設立したことに対し、同大学が送ったもの。 |
DIA-204-1983-07-11-1 | タイ | 1983年07月11日 | 1980年代 | タイ国民党の内紛―4月21日にサイアム民主党とタイ民衆党の合流を見たタイ国民党は、その後これらの新入党員と旧党員の間で内紛を起している。同党は10~11日に団結をとりまとめる党内セミナーを開催。 |
DIA-204-1983-07-11-2 | タイ | 1983年07月11日 | 1980年代 | 米大統領、タイ訪問を予定―11日発売のNews Week誌によると、11月に極東訪問の際立寄るもの。 |
DIA-204-1983-07-12-1 | タイ | 1983年07月12日 | 1980年代 | 最低当座貸越金利切下げを予告―商銀7行は8月1日以降同金利を0.5%下げ15.50%とすると発表。 |
DIA-204-1983-07-12-2 | タイ | 1983年07月12日 | 1980年代 | 上級公務員に資産申告制導入か―閣議は、1万62人の上級公務員に対し資産を汚職取締委員会に申告させる制度の導入を原則的に承認した。 |
DIA-204-1983-07-14-1 | タイ | 1983年07月14日 | 1980年代 | 親ソ共産党の活動―Phisan Moolasartsathorn内務次官によると、当局は2カ月前に「青星」と自称する親ソ共産党の存在を知った。投降拒否グループがベトナム、ソ連に接近したもの。現在は政治戦略に専念中という。なお8月18日になって国内治安作戦本部ISOCは、従来の「赤星運動」が、色を変えたにすぎないと発表。活動地域はムイダハン県とナコンパノム県。 |
DIA-204-1983-07-15-1 | タイ | 1983年07月15日 | 1980年代 | シンガポール軍、タイに訓練基地―Thailand誌(BP、17日の転載)によると、シ軍はジャングル戦闘訓練のため、カンチャナブリ県のSai Yokeにさる4月基地を建設した(建設費6000万B)。以来200~300人のシ軍兵士が受訓している。タイ側では第9師団が協力。 |
DIA-204-1983-07-19-1 | タイ | 1983年07月19日 | 1980年代 | 第4回円債券発行―タイ大蔵省発表によるとタイ政府は先週東京で、第4回目の円債券を成功裏に発行した。8.4%のクーポン率で100億円、7年満期。 |
DIA-204-1983-07-20-1 | タイ | 1983年07月20日 | 1980年代 | 共産党、第4回党大会8月に開催か―第4軍区筋による(BP、20日)と、この大会は「第2第4回大会」と呼ぶべきもので、ターク県Umphang区で行なわれた第4回大会の失敗をおぎなうものとされ、ナコンシタマラート県のPhipun-Chawang区付近で行なわれそう。だが、内務次官はこの大会の可能性を打ち消す。 |
DIA-204-1983-07-20-2 | タイ | 1983年07月20日 | 1980年代 | 東部臨海工業地区、深海港計画等に許可―東部臨海工業地区委員会は、Mab Tapud(ラヨン県)およびLaem Chabang(チョンブリ県)の港湾建設(それぞれ2120億、2540億Bの建設費)および同地区への鉄道3路線の建設(費用は日本のOECF利子3%、10年据え置き、30年償還)を許可。 |
DIA-204-1983-07-21-1 | タイ | 1983年07月21日 | 1980年代 | 外相、ソ連の軍事脅威を強調―西欧訪問からもどったシチ外相はベトナムにおけるソ連の軍備増強が先例のない脅威となった、と強調。なおタイ情報筋も、さる6日、同様のことを指摘した。 |
DIA-204-1983-07-21-2 | タイ | 1983年07月21日 | 1980年代 | 共産党、モールス通信再開―1月に停止していた週3回の通信で、「タイ人民通信」と呼れるもの、軍当局が先週確認。発信地はプラチュアブキリカン県内。 |
DIA-204-1983-07-21-3 | タイ | 1983年07月21日 | 1980年代 | 共産勢力は3000人―国家治安会議のPrasong事務局長によると、最大時78年の1.2万人から減少したもの。同党は第4回大会で武闘路線を維持しているが、最近は分裂派の取組みに柔軟になっているという。 |
DIA-204-1983-07-23-1 | タイ | 1983年07月23日 | 1980年代 | Erawanガス田の有効埋蔵量、61%減の報告―同田のガス生産量は78年の契約水準を下廻っているが、米系調査会社(D&M)は23日、当初の有効埋蔵量1580tcfを0.62tcfに変更する報告を訂正した。このあと、同ガスを購入する石油公社PTTと生産会社Union Oilとの間で、これが技術的ミスに基づくものか、不可抗力によるものかで交渉がはじまった。 |
DIA-204-1983-07-27-1 | タイ | 1983年07月27日 | 1980年代 | 金融会社、証券市場活性化に協力―証券取引協会所属の金融会社30社の合意。各社が各自の協会総取引高の2%を最低限度として取引する、というもの。 |
DIA-204-1983-07-28-1 | タイ | 1983年07月28日 | 1980年代 | 実験用アルコール蒸留プラント完成―エネルギー資源多角化のため日本の援助でタピオカによるアルコール蒸留プラントがこのほど完成。ただし政府は消極的で、投資委員会は83年初めに、エネルギー多角化プロジェクトに対する奨励計画を中止している(BP、28日)。 |
DIA-204-1983-07-29-1 | タイ | 1983年07月29日 | 1980年代 | 工業金融公社、資本金引上げ決定―83年上半期からの経済回復と今後5年間の投資需要に応ずるため現在の7億Bを10億Bに引上げるもの。 |
DIA-204-1983-07-29-2 | タイ | 1983年07月29日 | 1980年代 | 新国際空港建設計画棚上げに―歳出精査委員会が29日、同空港の企業化調査費の新年度予算計上を拒否。 |
DIA-204-1983-07-30-1 | タイ | 1983年07月30日 | 1980年代 | 中国の呉学謙外相訪タイ―4日間の公式訪問。31日シチ外相と会談し、民主カンボジアの対ベトナム武装闘争への支持継続を強調。 |
DIA-204-1983-07-30-2 | タイ | 1983年07月30日 | 1980年代 | 陸軍司令官の国軍最高司令官兼任問題―Kriangsak前首相は、Arthit現陸軍司令官が国軍最高司令官を兼任することに反対を表明。なおSomboon現海軍司令官もこれに反対(3月23日、9月14日参照)。 |
DIA-204-1983-07-31-1 | タイ | 1983年07月31日 | 1980年代 | ラオス難民問題―国家治安会議Prasong事務局長によると、ラオスはこのほど国連難民委員会UNHCRに対してタイ滞在のラオス難民の引取り(1980年に始められこれまで2263人がもどった)拒否を通告してきた。現在タイには低地ラオ人2万3039人、高地ラオ人5万2075人が残っている。なおカンボジア難民は7万1978人、ベトナム難民は1万876人とされる。 |
DIA-204-1983-08-01-1 | タイ | 1983年08月01日 | 1980年代 | Pak Mai共産党の動き―ベトナム支援の親ソ共産党(Pak Maiは新党の意)はこのほど党首にラオス人のThao Khambanを迎え、東北タイの村落で細々と活動をしている。なお従来の党首はもと国会議員のBunyen Warthong(ウボンラチャタニ区)(BP、1日)。 |
DIA-204-1983-08-02-1 | タイ | 1983年08月02日 | 1980年代 | LNG輸出事業に日本4商社参加―LNGの対日輸出事業でThai LNG Co.と日本側との合意。日本側は三井物産グループ(物産、丸紅、住友商事)と三菱商事。なお84年にタイ側60%、日本側40%の出資比率で合弁会社が設立される予定(BP、10月24日も参照)。 |
DIA-204-1983-08-02-2 | タイ | 1983年08月02日 | 1980年代 | クリアンサクのラオス訪問―国会外交委員長で前首相のクリアンサクは、同委員会代表団をひきいて2日から4日間ラオスを訪問。カイソン首相らと会談した。 |
DIA-204-1983-08-03-1 | タイ | 1983年08月03日 | 1980年代 | ビルマとの麻薬撲滅作戦改善さる―麻薬取締り局のChavalit事務局長によると、近年の改善ではとくに、82年1月のシャン統一軍へのタイ軍の攻撃が効果を上げ、ビルマもタイの麻薬撲滅に対する本意を理解するようになったという(BP、3日)。なおタイ、ビルマ両国の政府軍は、8月中航空機をも動員してチェンライ北西部の両国国境地帯にひそむシャン統一軍への攻撃を強化したが、決着はつけられていない。逆に26日のタイ国境警察軍発表では、統一軍の領袖から、タイ政府軍の攻撃が続けられる場合、政府の公共機関を破壊する、との手紙がとどいたといわれる。 |
DIA-204-1983-08-04-1 | タイ | 1983年08月04日 | 1980年代 | 義務教育の拡大―教育査定局長の発表では、1986年以後は義務教育を現在の初等6年(1978年から実施)から中等まで9年間とする、という。なお現在1割の小学校では初等4年までであり、1986年までには6年までの完全実施を予定している。 |
DIA-204-1983-08-04-2 | タイ | 1983年08月04日 | 1980年代 | プレム首相、南アジア3国訪問へ―ネパール、パキスタン、バングラデシュをまわって10日に帰国。来たるべき国連総会でのカンボジア問題に対するASEANの立場への支持を求めることが目的といわれる。 |
DIA-204-1983-08-08-1 | タイ | 1983年08月08日 | 1980年代 | ASEANソーダ灰計画放棄か―8日付BPは政府筋が、採算性の低さを理由に放棄を示唆したと報道。岩塩予定年産量18万㌧のうちタイ消費分12万㌧の消費がむずかしいというもの。なおタイの計画担当者はさる2月、資金難で計画実施が遅れそうだとしていた。 |
DIA-204-1983-08-09-1 | タイ | 1983年08月09日 | 1980年代 | 日本の83年度無償援助―日本大使筋によると、83年度分19億5500万Bのうち5億2000万Bは保健、教育、福祉等の4プロジェクトに充てられているという。 |
DIA-204-1983-08-09-2 | タイ | 1983年08月09日 | 1980年代 | 下院議長ら16議員、中国訪問へ。 |
DIA-204-1983-08-10-1 | タイ | 1983年08月10日 | 1980年代 | 政府軍、マラヤ共産軍陣地占領―ソンクラ県Na Thawi区のNam Kharng山中。 |
DIA-204-1983-08-11-1 | タイ | 1983年08月11日 | 1980年代 | 日本3社、電話設備157億円受注―電話公社による電話長期拡充計画の主要部分で、世銀融資を受けたもの。三井物産、日本電気、電気興業が受注(『日経』11日)。 |
DIA-204-1983-08-12-1 | タイ | 1983年08月12日 | 1980年代 | 中国原油の買付け増加―12日付BPによると、石油公社は、中国勝利油田原油の83年買付け量を友好価格で5万㌧増やし15万㌧とするという。高速ジーゼルは従前通り10万㌧。 |
DIA-204-1983-08-13-1 | タイ | 1983年08月13日 | 1980年代 | タイ共、ビルマ共と連係か―13日付BPによると、バンコクの西側外交筋が、両党の協力関係樹立を示唆。 |
DIA-204-1983-08-13-2 | タイ | 1983年08月13日 | 1980年代 | Arthit陸軍司令官、訪米へ(9月9日帰国)。 |
DIA-204-1983-08-14-1 | タイ | 1983年08月14日 | 1980年代 | Mukdahan区下院補欠選挙―社行党議員の死去で行なわれたもので、再び同党候補が当選。 |
DIA-204-1983-08-17-1 | タイ | 1983年08月17日 | 1980年代 | Anantに3年の拘留判決(3月30日参照)。 |
DIA-204-1983-08-19-1 | タイ | 1983年08月19日 | 1980年代 | Saiyud国軍最高司令官、中国訪問。 |
DIA-204-1983-08-20-1 | タイ | 1983年08月20日 | 1980年代 | 日本4社、揚水式発電設備も受注―カンチャナブリ県のSri Nakharind発電所の第4号機。出力18万キロワット、45億円、三菱重工業、三菱商事、日立製作所、丸紅の4社。なお1~3号機も三菱―日立連合が受注していた(6月30日参照)(『日経』20日)。 |
DIA-204-1983-08-20-2 | タイ | 1983年08月20日 | 1980年代 | 回教イマム会議に政府拒否―消息筋によると、タイ政府は8月29日~9月5日にバンコクで開催予定の東南アジア・太平洋地域イマム会議に開催中止を命令した。これは政府がスンニー派とシーア派のいずれかにつくことを避けたものとされている(BP、21日)。 |
DIA-204-1983-08-22-1 | タイ | 1983年08月22日 | 1980年代 | タイ農民銀行、中央債券市場設立―国内のあらゆる債券を取引するもので、タイでは最初のもの。 |
DIA-204-1983-08-22-2 | タイ | 1983年08月22日 | 1980年代 | インドネシアと海軍合同演習開始(11日間)。 |
DIA-204-1983-08-22-3 | タイ | 1983年08月22日 | 1980年代 | フィリピン暗殺事件への反応―学生約30人がフィ・リピン大使館へアキノ暗殺を抗議したが、混乱はなく、平静に解散した。また同日シチ外相は、この種の暴力を強く非難し、マルコス大統領に事件の徹底的調査を希望すると表明。なお24日にも学生デモ(約60人)があったが、混乱には至らなかった。 |
DIA-204-1983-08-26-1 | タイ | 1983年08月26日 | 1980年代 | タイ電話公社、光通信システム等を導入―タイ電話公社TOTは26日、日本電気に対し光通信システムと、大容量デジタル無線通信システムを総額65億円で発注契約した。これはTOTが1977年から始めている通信網拡充7カ年計画の最終的な設備導入に当る。 |
DIA-204-1983-08-26-2 | タイ | 1983年08月26日 | 1980年代 | 第4軍区、再び共産軍掃討作戦開始―スラタニ県でナコンシタマラト県でTai Rom Yen(平和な南部)17と呼れる作戦。 |
DIA-204-1983-08-28-1 | タイ | 1983年08月28日 | 1980年代 | Buri Ram区下院補欠選挙―6月12日のタイ国民党議員死去に伴うもので、再び同党候補が当選。 |
DIA-204-1983-09-01-1 | タイ | 1983年09月01日 | 1980年代 | 中銀、海外投資家向け政府債発行―タイ国内に居住を求める外国人を対象とし、発行額は1億B。利子5%、10年満期。 |
DIA-204-1983-09-02-1 | タイ | 1983年09月02日 | 1980年代 | 共産2派、合併か―政府情報筋によると、第4インター派と101決議派とは共産党の指導権独占を打破するため、合併したという(BP、2日。6月17日参照) |
DIA-204-1983-09-05-1 | タイ | 1983年09月05日 | 1980年代 | 大韓航空機事件でソ連に抗議―ソ連大使に抗議の覚書が手交され、またソ連政府高官の7日タイ訪問予定の延期が申し入れられた。 |
DIA-204-1983-09-06-1 | タイ | 1983年09月06日 | 1980年代 | 錫ローヤルティ引下げ―工業省はピクル当り1062Bの引下げを要求していたが、大蔵省との折衝で781B引下げとなったもの。現行の4380Bが3599Bとなるもので、精鉱密輸出の阻止に役立つものと期待される(マレーシアの同税は600~700B)。なお錫にはこのほか4%の事業税、25%の農村開発税、1.25%の鉱山開発税、1.25%の密輸取締基金税がかけられている。 |
DIA-204-1983-09-06-2 | タイ | 1983年09月06日 | 1980年代 | 新日本大使決まる―日本政府6日決定。新任者は橘正忠駐ビルマ大使、61歳。 |
DIA-204-1983-09-06-3 | タイ | 1983年09月06日 | 1980年代 | 警察新人事、内閣承認―10月1日発効。最高位異動者では副長官がPrasong SaksuphaからSaneh Sitthipahに代わった。 |
DIA-204-1983-09-06-4 | タイ | 1983年09月06日 | 1980年代 | 県知事新人事、内閣承認―内務省提出の異動表を内閣が承認。14県の知事が異動。 |
DIA-204-1983-09-08-1 | タイ | 1983年09月08日 | 1980年代 | 主要商銀、金利引上げ―8日以降一年定期を10.5%から11.5%、最低貸出率(MLR)を14.5%から15.5%へ。これは過去数カ月のタイトな金融事情により預金残高が減少したためBangkok Bankが先導して、政府貯蓄銀行ら他行が追随したもの。 |
DIA-204-1983-09-09-1 | タイ | 1983年09月09日 | 1980年代 | 新年度予算案、下院通過―反対者3人と絶対多数で可決。このあと予算実行における節約と重複回避に関する予算委員会の11項目報告が発表された。 |
DIA-204-1983-09-12-1 | タイ | 1983年09月12日 | 1980年代 | ソ連諜報関係者大量帰国―12日付BPが伝える軍情報筋の発表では、過去2週間にソ連大使館員、貿易代表、アエロフロート職員ら33人が帰国した。これはホンコンのAsiaweek誌の東南アジアにおけるソ連スパイに関する特集記事に関連するものと思われる。この記事はBP8月21日と29日にも大きく転載された。 |
DIA-204-1983-09-14-1 | タイ | 1983年09月14日 | 1980年代 | 国軍人事異動発表さる―従来の陸軍司令官、Gen Arthitが国軍最高司令官を兼ねることとなった。(詳しくは「参考資料」参照)実施は10月1日より。なお退官総数528人。 |
DIA-204-1983-09-14-2 | タイ | 1983年09月14日 | 1980年代 | 84年度予算案、上院通過。 |
DIA-204-1983-09-14-3 | タイ | 1983年09月14日 | 1980年代 | 南部5県の軍事情勢―14日付BPによると、82年10月以降、政府軍は分離要求派と28回、マラヤ共産軍と19回、タイ共産軍と2回衝突し、全部で55キャンプを占領410人のゲリラ投降を見た。 |
DIA-204-1983-09-15-1 | タイ | 1983年09月15日 | 1980年代 | 共産主義対策で政府誤る―Suchinda陸軍作戦部少将は教育と国家治安に関するセミナーで、政府は学生・労働者の積極的政治参加を認めたこと、労働者を労働法管轄下においたことで、共産主義の完全撲滅に失敗している、と語った。 |
DIA-204-1983-09-16-1 | タイ | 1983年09月16日 | 1980年代 | 工業団地公社の投資に停止命令―16日付BPによると、工業省はこのほど、同公社の実績不振を理由にそのすべての投資を一時的に停止した、という。 |
DIA-204-1983-09-16-2 | タイ | 1983年09月16日 | 1980年代 | ISOC、ソ連極東海軍の増強を発表。 |
DIA-204-1983-09-16-3 | タイ | 1983年09月16日 | 1980年代 | 褐炭開発融資調印―電力庁EGATのランパン県、Mamoh発電所用。3行が9億6000万Bを融資。 |
DIA-204-1983-09-21-1 | タイ | 1983年09月21日 | 1980年代 | ベトナム軍撤退でASEAN新提案―現在開催中の国連総会向け提案で、共同声明としてバンコクで発表された。従来のシチ外相案をやや変更したもの。 |
DIA-204-1983-09-22-1 | タイ | 1983年09月22日 | 1980年代 | 世銀、民間銀行と初の協調融資―邦銀12行、バンコク銀行、世銀がタイ電話公社向けに総額80億円を円建で融資するもの。22日東京で調印。世銀分20億円の返済は民間銀行60億円の後回しとなる。金利は長期優遇率8.4%に0.3%上乗せした固定金利と、0.1%を上乗せした変動金利の2本立て。 |
DIA-204-1983-09-23-1 | タイ | 1983年09月23日 | 1980年代 | ISOCの共産ゲリラ猖獗地区減少―ISOCの心理作戦部長Raporn少将によると、ISOCが1型高度共産ゲリラ猖獗地と定めた16県のうち12県が陸軍司令官命令ではずされ、残るはムクダハン、スラタニ、ナン、ナコンシタマラトの4県となった。またその結果、ISOCの活動要員も21%減らされた、という。 |
DIA-204-1983-09-23-2 | タイ | 1983年09月23日 | 1980年代 | 米ドルの先物カバーレート上昇―23日付BPによると、輸入の急増とバーツ切下げの噂でドル需要が強いため。商銀によって1㌦につき9.5~15サタン(1月)と幅がある。9.5サタンの場合でも公定レートに対してすでに5%高となっている。 |
DIA-204-1983-09-25-1 | タイ | 1983年09月25日 | 1980年代 | ヨルダン国王、タイ訪問(2日間の公式訪問)。 |
DIA-204-1983-09-27-1 | タイ | 1983年09月27日 | 1980年代 | ジュート等に保証価格―商業省とジュート加工協会の合意で後者はキロ当り買上げ価格をジュート〔A〕7B、同〔B〕6.5B、〔C〕5.5B、ケフナ〔A〕6B、同〔B〕5.5B、同〔C〕4.5Bとすることになった。 |
DIA-204-1983-09-27-2 | タイ | 1983年09月27日 | 1980年代 | 84年度最低賃金決まる―政府、労、使三者間合意で、10月1日発効。バンコクほか10県、日給66B、チョンブリほか4県、63B、残り60県、56B。上げ率はそれぞれ3.15%、3.28%、7.69%。 |
DIA-204-1983-09-27-3 | タイ | 1983年09月27日 | 1980年代 | ASEAN電話網、ペトブリまでつながる―シンガポールのカトンからマレーシアのクアンタン、タイのソンクラを経てペトブリに至る海底ケーブルの完成式が行なわれた。 |
DIA-204-1983-10-02-1 | タイ | 1983年10月02日 | 1980年代 | タイ外相、ベトナム外相と国連で会談―タイのシチ外相は、ベトナムが価値あることをしないかぎり(例えば30キロメートル撤退など)ハノイを訪問しないと伝えた。 |
DIA-204-1983-10-02-2 | タイ | 1983年10月02日 | 1980年代 | 内務省、疑似危険分子のリスト所持―2日付BPによると、内務省は2000人(11分類で、うち40人は国会・地方議会議員)にのぼる疑似危険分子のリストを作成しており、このほど上院の当該委員会にこのリストを提出したという。 |
DIA-204-1983-10-03-1 | タイ | 1983年10月03日 | 1980年代 | 米大統領、タイ等の訪問中止。 |
DIA-204-1983-10-03-2 | タイ | 1983年10月03日 | 1980年代 | 国軍最高司令官、韓国訪問へ(7日間の公式訪問)。 |
DIA-204-1983-10-03-3 | タイ | 1983年10月03日 | 1980年代 | 米価政策変更、経済閣僚会議の決定―(1)最低支持価格を5%籾1㌧当り3300Bとする。(2)輸出プレミアムは83年10月~84年6月末までの期間、100%、5%米を400Bから200Bへ、10%、15%米を350Bから175Bへ、25%米を250Bから125Bへそれぞれ引下げ、他種については全廃する(従来のレートは82年3月から83年9月末まで続けられたもの)、(3)輸出再割引期間を180日から1年に延長する。 |
DIA-204-1983-10-04-1 | タイ | 1983年10月04日 | 1980年代 | 石油開発法に修正要請さる―国連多国籍企業センターはこのほどタイ政府に手紙を送り、タイの石油関係法、とりわけ外国探査会社に対する鉱区賦与に関する法規を厳しくするよう要請したという(BP、4日)。 |
DIA-204-1983-10-04-2 | タイ | 1983年10月04日 | 1980年代 | 中銀等、金融会社に救済措置―貸付金回収に難渋していたEquity Development Finance and Securities社に対し、中銀は、バンコク銀行およびAsia Creditを始め40の金融会社と協力して、同社を救済すると発表した。援助額は7億B。この措置は滞米中の中銀総裁の急遽帰国で実現したもので、事態の深刻さを物語る。 |
DIA-204-1983-10-06-1 | タイ | 1983年10月06日 | 1980年代 | ベトナムに抗議の覚書―タイ国連代表は6日、ベトナム軍が83年5~8月間に60回タイ領を侵犯したとする抗議の覚書を国連に提出した。 |
DIA-204-1983-10-10-1 | タイ | 1983年10月10日 | 1980年代 | 国王次女訪日―Maha Chakri Sirindhorn王女10日より13日間訪日。さる5月に訪タイした中曽根首相が招待したもの。 |
DIA-204-1983-10-11-1 | タイ | 1983年10月11日 | 1980年代 | 工業団地公社会長代る―11日閣議了承。Vira SusangkarnからPrabhas Chakkapakへ。 |
DIA-204-1983-10-12-1 | タイ | 1983年10月12日 | 1980年代 | UNDP援助半減―12日付BPによると国連開発計画UNDPによる援助は、タイ第4次計画(1977~81年)に対して当初予定の3400万㌦が、2670万㌦に減らされたが、第5次計画(1982~86年)に対しては4300万㌦が2370万㌦に減らされている、という。 |
DIA-204-1983-10-14-1 | タイ | 1983年10月14日 | 1980年代 | 陸軍佐官クラスで人事異動(1日に遡及実施)―215人が対象。なお26日にも96人の追加異動。 |
DIA-204-1983-10-15-1 | タイ | 1983年10月15日 | 1980年代 | 「青星」にソ連軍事顧問か―内務省発表。ソ連人12人が10月2日から「青星」に属するタイ・ゲリラやベトナム兵に訓練をほどこしているという。なお25日の内務省筋発表では「青星」の指導者を元タイ共産党書記のPrachuab Ruangrak、勢力は200人としている(7月14日参照)。また11月5日の国境警察の発表ではこの軍事訓練は終了し、これからタイへの侵入が予想される、としている。 |
DIA-204-1983-10-17-1 | タイ | 1983年10月17日 | 1980年代 | バンコク市洪水に新説―17日付BPは一民間人の研究結果として、市内洪水の原因は、通常言われる井戸による汲み上げではなく、(1)チャオプラヤ川水運のための浚渫が河床に急流を生みだし、河床浸食をもたらしたこと、(2)同河口にあった沖積土を除去してしまい、海からの潮流を高めてしまったこと、の2点を報道。 |
DIA-204-1983-10-17-2 | タイ | 1983年10月17日 | 1980年代 | 第15回ASEAN経済閣僚会議、バンコクで開催―ASEAN工業合弁計画(AIJV)が19日の最終日に調印。域内の最低2カ国が参加する合弁事業の域内向け製品の関税を50%引き下げるというもの。 |
DIA-204-1983-10-19-1 | タイ | 1983年10月19日 | 1980年代 | バンコク市内で露店締出作戦開始。 |
DIA-204-1983-10-24-1 | タイ | 1983年10月24日 | 1980年代 | 米作農民団体、籾買付で農業省に要望書。 |
DIA-204-1983-10-25-1 | タイ | 1983年10月25日 | 1980年代 | ベトナム軍に30㌔撤退を再度要求―国連総会に対して、タイ代表は4月以来の提案を繰返した。 |
DIA-204-1983-10-26-1 | タイ | 1983年10月26日 | 1980年代 | 中国と商品貿易協定―26日付BPによると、タイと中国はこのほど84年の商品貿易量を設定した。 |
DIA-204-1983-10-27-1 | タイ | 1983年10月27日 | 1980年代 | クラ運河開発セミナー開かる。 |
DIA-204-1983-10-27-2 | タイ | 1983年10月27日 | 1980年代 | 第10回ASEAN=日本経済人会議、バンコクで開催―初日、タイのスノー代表(NESDB長官)は、日本の進出企業に対する親企業による輸出地域規制問題をとりあげ、規制の排除を強く求めた。28日会議は、直接投資の推進、人的資源の開発、技術移転の積極化等で日本=ASEAN間の民間協力を進めることを盛った共同声を発表。 |
DIA-204-1983-10-30-1 | タイ | 1983年10月30日 | 1980年代 | (バンコク)マレーシアと第28回国境委員会―30~31日。両国は過去1年間に共産ゲリラ54人を「除去」し、その現勢は1840人といわれる。 |
DIA-204-1983-10-31-1 | タイ | 1983年10月31日 | 1980年代 | サトウキビ価格決まる―82年9月の閣僚決定で採用された所得分配計画(生産者70%、精糖工場30%、1982/83~86/87年間適用)にもとづき1982/83の初年度はトン当り381Bとすることを商相、工相が合同発表。政府は82年12月14日に基本価格として350Bを決めており、この価格ですでに行なわれた買付けには31Bの追加支払いが強制されることになる。 |
DIA-204-1983-10-31-2 | タイ | 1983年10月31日 | 1980年代 | 中銀、海外商銀から2億㌦の回転信用を入手。 |
DIA-204-1983-10-31-3 | タイ | 1983年10月31日 | 1980年代 | タイ湾Baanpotガス田生産開始―当初量は14MMcfd。 |
DIA-204-1983-11-02-1 | タイ | 1983年11月02日 | 1980年代 | パタニでゲリラ等の投降式―マラヤ共産党ゲリラ(第12連隊所属)44人、タイ共産ゲリラ166人、その他反乱分子(パタニ統一戦線Puloを含む)470人の投降式でArthit司令官も参加。 |
DIA-204-1983-11-04-1 | タイ | 1983年11月04日 | 1980年代 | Harn中将、改憲運動に反対を表明―同将は10月1日の人事で第4軍司令官から中央の国軍参謀部の閑職へ異動されている。 |
DIA-204-1983-11-07-1 | タイ | 1983年11月07日 | 1980年代 | 首相秘書、改憲運動に反対表明―Chantharagupt Sirisut中将の言。これはISOC顧問のPrasert Sapsunthornが最近、「4月選挙は憲法経過規定に基づいて行なわれたのだから、経過規定そのものも依然有効とさるべきだ」と語ったことに応えたもの。 |
DIA-204-1983-11-07-2 | タイ | 1983年11月07日 | 1980年代 | 84年対日輸出目標決まる―日タイ専門家グループの会議で合意。312億Bで83年の19.5%増。12月8日の貿易経済委員会で最終決定。 |
DIA-204-1983-11-07-3 | タイ | 1983年11月07日 | 1980年代 | ソ連の貿易展示会に禁止令―7日付BPによると、政府は大韓航空機撃墜事件以降ソ連に対する世論の反感が強いので、治安上11月末に予定されていた展示会を禁止する、というもの。なおその後ソ連大使館では、展示会ではなく貿易セミナーを計画しただけだとし、その許可はおり、21~27日に行なわれた。 |
DIA-204-1983-11-10-1 | タイ | 1983年11月10日 | 1980年代 | 下院議長、政府に改憲手続開始を促す。 |
DIA-204-1983-11-10-2 | タイ | 1983年11月10日 | 1980年代 | 投資委員会、日本で投資促進セミナー―神戸10日、東京15日。 |
DIA-204-1983-11-11-1 | タイ | 1983年11月11日 | 1980年代 | 商銀法改正か―11日付BPによると、84年3月8日から実施予定の商業銀行法第23条株式所有拡散規則がいまだ不十分なため、これに国内の商業銀行15行中10行が従えない状態になっているため、中央銀行は改正を考慮中である(BP、11月28日参照)。 |
DIA-204-1983-11-13-1 | タイ | 1983年11月13日 | 1980年代 | 大蔵省、長期資金借入を考慮中―Sommai Hoontrakul蔵相によると、政府は財政借入れを、現在銀行からの短期資金に依存しているが、今後は保険会社などを含めた長期資金借入や国民備蓄基金の設立などを考慮している、という。これは他面では84年度借入れ依存額が300億Bと巨額であり、従来のソースでは調達しきれないことも理由のひとつと考えられる(BP、11月2日参照)。 |
DIA-204-1983-11-16-1 | タイ | 1983年11月16日 | 1980年代 | シチ外相、ブルネイ公式訪問(3日間)。 |
DIA-204-1983-11-18-1 | タイ | 1983年11月18日 | 1980年代 | 政府、石油製晶小売価格引下げ―12月1日から実施。プレミアム7.14%、レギュラー2.7%、高速ディーゼル4.14%・低速ディーゼル3.27%。これにより税収減は2億Bだが、石油基金(現在5億B黒字)への毎月の収入から30%を引きおとせるとしている。 |
DIA-204-1983-11-18-2 | タイ | 1983年11月18日 | 1980年代 | ASEANソーダ灰で企業化調査報告出る―西独系会社が8~10月に行なったもの。原石可採量年92.5万㌧から岩塩50万トンがとれるという。ただし政府はこの計画の実施そのものに難色を示している(BP、8月8日)。 |
DIA-204-1983-11-20-1 | タイ | 1983年11月20日 | 1980年代 | オーストラリア首相、外相、タイ訪問―4日間。カンボジア問題に関するASEANとオーストラリアの意見調整が行なわれた。 |
DIA-204-1983-11-21-1 | タイ | 1983年11月21日 | 1980年代 | 洪水による農地被害―Narong農相によると農地被害をうけた県は60県で、とくにチャチュンサオ(60万ライ)、サムトプラカン(6万ライ)の2県がひどかったという。 |
DIA-204-1983-11-21-2 | タイ | 1983年11月21日 | 1980年代 | オーストラリアと援助協定に調印。 |
DIA-204-1983-11-22-1 | タイ | 1983年11月22日 | 1980年代 | 米輸出業者登録料大幅引上げ―日和見的輸出業者を排除するためで84年から実施。料金は現行1000Bを2万Bへ引上げるもの。 |
DIA-204-1983-11-23-1 | タイ | 1983年11月23日 | 1980年代 | 日本興業銀行に駐在員事務所の許可。 |
DIA-204-1983-11-23-2 | タイ | 1983年11月23日 | 1980年代 | スズ鉱残土から希少金属―鉱物資源局発表では、南部諸県のスズ鉱およびその残土からモナサイトが約3万5000㌧発見されたという。高圧電池、色彩テレビ等に使用されるもの。 |
DIA-204-1983-11-25-1 | タイ | 1983年11月25日 | 1980年代 | Harn中将、国防相次官室へ配転さる―21日に繰上げ実施(4日参照)。 |
DIA-204-1983-11-28-1 | タイ | 1983年11月28日 | 1980年代 | ポーランド外相、タイ訪問―ベトナム、ラオスを経てきたもの、シチ外相とカンボジア問題で会談。 |
DIA-204-1983-11-28-2 | タイ | 1983年11月28日 | 1980年代 | JICA、林業局の伐採・輸送計画に5000万B贈与―83年10月1日から5年間をカバー(BP、28日)。 |
DIA-204-1983-11-29-1 | タイ | 1983年11月29日 | 1980年代 | 大蔵省、税制改訂―増減両面にわたり、合計90億Bの純増収を見込む。即日実施は(1)所得減税、企業内貯蓄者の控除7000Bを認める。(2)機械、設備品の輸入減税、(3)製造業者が生産用に購入する原料、中間財、設備に対する二重課税の軽減、(4)輸入酒と国産混合酒の消費税増額、等で、また12月末からは出国税1000Bが新設される。 |
DIA-204-1983-11-29-2 | タイ | 1983年11月29日 | 1980年代 | 対外借入れ枠拡大で閣議承認―年間輸出収益の8%という政府設定枠が輸出の減少で守りにくくなったため、20億Bを新規に認めたもの。これでも83年残高は100億B以内とされる。 |
DIA-204-1983-11-29-3 | タイ | 1983年11月29日 | 1980年代 | Ham中将の旧副官ら配転―29日付BPによると、第4軍区時代(9月末まで)の側近3人が閑職へ。なおもう1人の側近は軍規違反の理由で自宅拘禁された。 |
DIA-204-1983-12-01-1 | タイ | 1983年12月01日 | 1980年代 | 主要5商銀、金利引上げ―1日実施。1年定期11.5%から12.5%、6カ月定期10%から11%、3カ月定期9.5%から10%へ。また最低貸出率MLRと最低当座貸越率MORも15.50%から16%へ引上げられたが、貯蓄金利は8.5%のまま。 |
DIA-204-1983-12-03-1 | タイ | 1983年12月03日 | 1980年代 | イスラエル大使館外壁、砲撃さる。 |
DIA-204-1983-12-04-1 | タイ | 1983年12月04日 | 1980年代 | 軍と改憲問題―Arthit最高司令官の側近、Chavalit副参謀長は、4日付BPの会見記事中で「現在軍は改憲運動に関係なく、またその希望も理念も持っていない」と表明。なお、Chavalitは10月に発表した文書のなかで、改憲こそは首相命令第66/23号に沿うもので、改憲の行なわれないことに不満を表していた。 |
DIA-204-1983-12-06-1 | タイ | 1983年12月06日 | 1980年代 | 洪水対策で不法占拠者締出しを決定―政府は今秋パンコク市が2カ月間洪水で水びたしになったことに対処するため運河の掘鑿、排水ポンプの取りつけ、なおかつこの計画のなかで運河上に居住する不法占拠者の即時強制追出しに乗出すこととなった。 |
DIA-204-1983-12-06-2 | タイ | 1983年12月06日 | 1980年代 | エネルギー計画支出、21%削減―現行5カ年計画中の支出予定1535.63億Bを1219.94億Bへ縮小。 |
DIA-204-1983-12-08-1 | タイ | 1983年12月08日 | 1980年代 | 第4回タイ=日本貿易経済委員会。 |
DIA-204-1983-12-09-1 | タイ | 1983年12月09日 | 1980年代 | 中銀、公定歩合引上げ―貿易収支の急激な悪化に対処するため、第1層を11.5%から13%へ、第2層を13%から14.5%へ。 |
DIA-204-1983-12-10-1 | タイ | 1983年12月10日 | 1980年代 | 北朝鮮の大使館設置を拒否―タイには北朝鮮の恒久的大使館がなく、駐ビルマ大使がビルマ常駐のままタイ大使を兼ねていたが、10月のラングーン事件で同大使が11月に国外退去されたため、バンコクに駐在地を変える可能性が出ていた。貿易や文化交流も減少決定。 |
DIA-204-1983-12-11-1 | タイ | 1983年12月11日 | 1980年代 | 科学技術相、日本に失望―日本で行なわれたASEAN=日本科学技術対話が、日本側のリップサービスに終始と批判。 |
DIA-204-1983-12-12-1 | タイ | 1983年12月12日 | 1980年代 | 元活動家、第三勢力の結集で語る―1973年学生蜂起の一指導者で、オランダに留学していたThirayuth Boonmeeが、最近帰国して語ったもの。過去10年の政治は民主主義と社会主義の衝突であったが、今後は軍部と政党との争いとなろうが、双方とも永続きする解決策を示せないでいるから、この間隙を埋める第3の政治勢力の結集が必要だという(BP、12日)。 |
DIA-204-1983-12-13-1 | タイ | 1983年12月13日 | 1980年代 | Erawan油田有効埋蔵量で政府譲歩―この結果生産会社のUnion OilはPTTへの契約引渡量を当初の250mmcfdから130mmcfdに下げることが認められることとなった(7月23日参照)。 |
DIA-204-1983-12-15-1 | タイ | 1983年12月15日 | 1980年代 | バンコク銀行、当座貸越金利引上げ―9日の中銀の措置に対応するもので、16%を16.5%へ。 |
DIA-204-1983-12-15-2 | タイ | 1983年12月15日 | 1980年代 | 新金融会社法発効―数カ月来の金融会社間における金融不安に対処するためFinance、Securities and Credit Foncier Act BE 2522(79年)を改正した新法が公布された。なお同法の適用をうける会社は金融会社28、金融・証券会社82、不動産会社29である。 |
DIA-204-1983-12-18-1 | タイ | 1983年12月18日 | 1980年代 | 中国と科学・技術協力協定締結。 |
DIA-204-1983-12-18-2 | タイ | 1983年12月18日 | 1980年代 | ノンカイ区下院補欠選挙―10月1日の同区の国家民主党議員の死去に伴うもので、再び同党議員が当選。 |
DIA-204-1983-12-19-1 | タイ | 1983年12月19日 | 1980年代 | 空軍、F16型機の16機購入を決定(BP、19日)。 |
DIA-204-1983-12-20-1 | タイ | 1983年12月20日 | 1980年代 | バングラデシュ戒厳副司令官、ブレム首相訪問。 |
DIA-204-1983-12-20-2 | タイ | 1983年12月20日 | 1980年代 | 日本、農業、漁業開発計画に贈与(2億2500万B)。 |
DIA-204-1983-12-21-1 | タイ | 1983年12月21日 | 1980年代 | 陸軍、共産主義掃討で白書―84年も80年4月23日の首相令66/2523号にそい、政治攻勢を高め、軍事作戦を継続するとしている(BP、21日)。 |
DIA-204-1983-12-21-2 | タイ | 1983年12月21日 | 1980年代 | 中銀、政府債利子12%以上に引上げか―10月26日発行60億Bが9億2500万Bしか消化されなかったため。 |
DIA-204-1983-12-22-1 | タイ | 1983年12月22日 | 1980年代 | ナンで共産ゲリラ5000人の投降式。 |
DIA-204-1983-12-22-2 | タイ | 1983年12月22日 | 1980年代 | 国営石化公社発足で最終承認―22日プレム首相を委員長とする東部臨海開発委員会の最終承認。合弁会社National Petrochemical Corporation Ltd.は授権資本7000万Bで発足(株主はPetroleum Authority of Thailand49%ほか6社)。3億5000万Bを投下してエチレン30万㌧、プロピレン7万㌧を生産。参加会社のうち4社がそれぞれ石化製品を生産予定。 |
DIA-204-1983-12-22-3 | タイ | 1983年12月22日 | 1980年代 | Laem Chabang深海港でOECF借款除外―東部臨海開発委員会が運輸省提案で決定。 |
DIA-204-1983-12-22-4 | タイ | 1983年12月22日 | 1980年代 | 84年度アメリ力軍事援助―83年度比9.8%増の1億620万㌦。うち武器購入費の9400万㌦は借款。 |
DIA-204-1983-12-26-1 | タイ | 1983年12月26日 | 1980年代 | 中銀・輸入抑制措置を発表―(1)石油・石油製品以外の全輸入に対する商銀のクレジットは83年11月から84年10月までの間、前月の供与額を超えないこと、(2)中銀の再割引を利用する輸出業者は事前に外貨を商銀に売却する(1月3日実施)、(3)現先市場で取引される政府債券量を減らすことにより、商銀借入れを経済状勢にマッチさせる(1月9日より商銀の政府債保有量を預金残高の10%から14%に高める)。 |
DIA-204-1983-12-28-1 | タイ | 1983年12月28日 | 1980年代 | マラヤ共産ゲリラに合同作戦開始―対象はマ共第12連隊。作戦名はTaksin8402。 |
DIA-204-1983-12-28-2 | タイ | 1983年12月28日 | 1980年代 | 新聞記者、1年間に12人殺さる(民間運動家発表)。 |
DIA-204-1983-12-29-1 | タイ | 1983年12月29日 | 1980年代 | 籾の対欧輸出問題―11月に訪欧したKosol商相のもたらした籾50万㌧の対欧輸出問題は、その後農業省、国会農業・協同組合委員会等から反対をうけたが29日の国会経済委員会は、この籾を種に使用しないことを条件に輸出許可を承認。 |
DIA-204-1983-12-30-1 | タイ | 1983年12月30日 | 1980年代 | 商銀海外借款に中銀報告義務―海外金融不安への予防措置で中銀が最近回状を出した(BP、30日)。 |
DIA-204-1984-01-02-1 | タイ | 1984年01月02日 | 1980年代 | 中銀の84年経済見通し-経済成長7%,インフレ率6%,貿易収支-500~-550億バーツ,経常収支-300~-350億バーツ,総合収支-50億バーツ。 |
DIA-204-1984-01-03-1 | タイ | 1984年01月03日 | 1980年代 | タイ国民党,反プレム内閣でフォーラム。 |
DIA-204-1984-01-03-2 | タイ | 1984年01月03日 | 1980年代 | 国営企業に引締め策-閣議は,管掌各省に対して83年10月に定められた5項目措置を厳しく順守するよう指令した。5項目とは,業務の徹底点検,経営再編,市場戦略の修正,民間参加の導入,損失企業の売渡し等。なお開発庁調査によると,全60企業の総支出は2077億2100万バーツで国家総歳出の1770億バーツより多く,またその対外債務は83年4月末現在で,全公共部門の対外債務1357億2399万バーツの60%に当る863億3678万バーツに達している。なお政府は5日,6企業の解散案を承認し,またプレム首相も26日,この件を公式に確認した。 |
DIA-204-1984-01-09-1 | タイ | 1984年01月09日 | 1980年代 | 新米価政策-9日の経済閣僚会議は,社会行動党からの米価支持政策の要求を協議した結果,次の計画を決定(10日閣議承認)。-(1)農家市場公社MOFによる米価安定計画の停止,(2)輸出業者140社は1月16日までに強制在庫残高2000トンを達成する(農民の販売価格を高水準に維持するため),(3)2000トンを超える在庫を達成した業者には超過分の50トンにつき,利子7%の信用を供与する。 |
DIA-204-1984-01-09-2 | タイ | 1984年01月09日 | 1980年代 | 共産勢力の状況-Kasem特捜部司令官の発表によると,共産党主流派は依然厳しい分裂状態にあり,また,ラオスに本部をもつ分派の新タイ党(Pak Siam党)も未だ弱小勢力にすぎないという(BP,1/9)。 |
DIA-204-1984-01-09-3 | タイ | 1984年01月09日 | 1980年代 | 日米農業援助-日本農水省9日発表。ASEANにおけるソ連勢力の拡大に対抗すべく,日,米,タイ3国が合意した計画。日本は,12億8000万円,米国は5億円を拠出して,東北タイ地区の農業開発を行なう。研究機関の設置,専門家派遣なども予定されている。 |
DIA-204-1984-01-09-4 | タイ | 1984年01月09日 | 1980年代 | マ共討伐作戦終る-12月28日から始められたTaksin 8402(マ共主流派の第12連隊に対する作戦)で,四つのマ共基地を占領した。 |
DIA-204-1984-01-11-1 | タイ | 1984年01月11日 | 1980年代 | Laem Chabang深海港のOECF借款問題-運輸省は,国家経済社会開発庁に対し日本OECF借款を利用しない旨通告した(83年12月22日および本年1月26日参照)。 |
DIA-204-1984-01-12-1 | タイ | 1984年01月12日 | 1980年代 | 中銀,米輸出促進に新措置-米輸出金融用に2.5億バーツを注入し,輸出業者に対する再割引枠を現行40%から50%に引上げるもの。 |
DIA-204-1984-01-12-2 | タイ | 1984年01月12日 | 1980年代 | ラオス内相,訪タイ-タイのシチ内相と会談し,貿易拡大,二国間関係の促進で原則的に合意。 |
DIA-204-1984-01-13-1 | タイ | 1984年01月13日 | 1980年代 | マラヤ共産党へ,1月末までの投降を勧告-第4軍区のWanchai司令官によると,投降は無条件で,タイ領内における安全と居住を保証する,というもの。 |
DIA-204-1984-01-16-1 | タイ | 1984年01月16日 | 1980年代 | 砂糖きび価格,トン当り421バーツに-経済閣僚会議決定。83/84年度の精糖業者買上げ価格。 |
DIA-204-1984-01-17-1 | タイ | 1984年01月17日 | 1980年代 | タイ農民銀行,金利引上げ-最低貸出率,最低当座貸越率ともに16.50%から17.00%へ。 |
DIA-204-1984-01-18-1 | タイ | 1984年01月18日 | 1980年代 | 中銀,金融会社の経営者に資格規準を設定。 |
DIA-204-1984-01-20-1 | タイ | 1984年01月20日 | 1980年代 | 中銀,商銀貸出しに規制-83年末の信用供与残高の18%増しに抑えるよう要請。83年9~11月の伸び率は,年率にして32%という急速なものであったという(預金の伸びは28%)。また消費財,投機的在庫積増し,建設関係等への信用供与も抑制するよう要請。 |
DIA-204-1984-01-20-2 | タイ | 1984年01月20日 | 1980年代 | シアヌーク,北京より来訪-空港には民主カンプチア首脳のほか,タイのシチ外相らが出迎え。 |
DIA-204-1984-01-20-3 | タイ | 1984年01月20日 | 1980年代 | 官僚制度改革会議,県知事任命問題でゆれる。 |
DIA-204-1984-01-23-1 | タイ | 1984年01月23日 | 1980年代 | 電話公社,東京で起債-23日付BP紙によると同公社の電話拡張事業に使用されるもので5億バーツ相当の円が前週に起債された。8.4%のクーポンレート。 |
DIA-204-1984-01-25-1 | タイ | 1984年01月25日 | 1980年代 | 日本の1000海里防衛問題-シチ外相はNR紙との単独会見で「日本は1000海里防衛で従来以上に役割を演じようが,これには問題がなく,また,東南アジア地域の安全にも寄与しよう」と語った。 |
DIA-204-1984-01-25-2 | タイ | 1984年01月25日 | 1980年代 | クリアンサクのベトナム訪問-18日以降国会議員団を率いて18~24日ベトナムを訪問したクリアンサク下院外交委員長(前首相)が,カンボジア間題に対するベトナム側新提案をたずさえて帰国した。同委員長は,ベトナムがこの間題解決に誠実だと信ずる,と語った。 |
DIA-204-1984-01-25-3 | タイ | 1984年01月25日 | 1980年代 | アーティット司令官訪米-タイ空軍のF16-A100型戦闘機購入希望を米側に納得させるため。これまでBP紙が伝えるところでは,米側はF16-J79や,Corsair-A70型機がタイにはより適しているとしている。タイはベトナムに配備されているMig23型機に適う機としてF16-A100を要求(4月14日参照)。 |
DIA-204-1984-01-25-4 | タイ | 1984年01月25日 | 1980年代 | 国家肥料会社NFCにBOI投資奨励措置きまる。 |
DIA-204-1984-01-26-1 | タイ | 1984年01月26日 | 1980年代 | 最高納税者リスト発表さる。 |
DIA-204-1984-01-26-2 | タイ | 1984年01月26日 | 1980年代 | OECF借款問題-首相出席の東部臨海開発委員会は,Laem Chabang港建設にOECF借款を除外すべきだとの運輸省の決定を撤回した。NESDB発表によると,タイは第11次円借款でOECFから43.4億バーツを要求している。うち16.3億バーツがLaem Chabang港用。 |
DIA-204-1984-01-27-1 | タイ | 1984年01月27日 | 1980年代 | タイ国民党,首相不信任案を提出-次期会期で採用されるよう国会事務局に提出したが,同局は不信任案提出に必要な下院議員の5分の1(65)以上の署名がないとして,受理しなかった。また報道によると,同党内の旧サイアム民主党系グループはこの不信任案に反対したという。 |
DIA-204-1984-01-29-1 | タイ | 1984年01月29日 | 1980年代 | タイ国民党,模擬国会を開き,政府を揶楡。 |
DIA-204-1984-01-30-1 | タイ | 1984年01月30日 | 1980年代 | 中銀,金融諸会社には信用規制せずと表明(1月20日の商銀信用規制に関連して)。 |
DIA-204-1984-01-31-1 | タイ | 1984年01月31日 | 1980年代 | 国防相の軍人事権問題-国会軍事委員会は,軍人事異動における民主主義を高めるため,現在国防相が握る決定権を,国防相が議長を務める防衛会議の承認事項にしようとする法案の作成を検討中。 |
DIA-204-1984-02-02-1 | タイ | 1984年02月02日 | 1980年代 | 国王,シアヌーク大統領と会見。 |
DIA-204-1984-02-03-1 | タイ | 1984年02月03日 | 1980年代 | 南タイで回教徒大集会-南タイ,パタニ県の第4軍区キャンプ内で約20万のダワ集会が開かれた(5日間,主催者はビルマ生まれの回教徒Hj Yusuf Khan)。 |
DIA-204-1984-02-03-2 | タイ | 1984年02月03日 | 1980年代 | 軍幹部ら,プレム支持で私邸に集う-訪米中のアーティット最高司令官も,首相支持で米国より電話。タイ国民党のプレム不支持行動に対抗したもの。 |
DIA-204-1984-02-04-1 | タイ | 1984年02月04日 | 1980年代 | バンコク市主要道路,一方通行に。 |
DIA-204-1984-02-05-1 | タイ | 1984年02月05日 | 1980年代 | 工業金融公社,小企業融資の下限をさげる-同公社会長発表によると,去る1月1日以降,小企業の拡張計画に対する融資下限を100万バーツから20万バーツにさげているという。 |
DIA-204-1984-02-07-1 | タイ | 1984年02月07日 | 1980年代 | アーティット最高司令官,タイ国民党を批判-同党の1月末のプレム首相非難を批判したもの。 |
DIA-204-1984-02-07-2 | タイ | 1984年02月07日 | 1980年代 | タイ国鉄,三井物産に車両38両発注決定-83年12月の入札で3番札だった三井物産に逆転受注。64億5000万円(7.6億バーツ)。OECF融資が利用される。 |
DIA-204-1984-02-08-1 | タイ | 1984年02月08日 | 1980年代 | 米国の軍事援助-2月初めに公表された米国防省の国会報告によると,85年度の対タイ軍事援助額は1億1040万米ドル(武器売却クレジット9800万ドル,MAP供与500万ドル,軍事教育240万ドル,支援基金500万ドル)で,84年度の3.8%増し。 |
DIA-204-1984-02-08-2 | タイ | 1984年02月08日 | 1980年代 | LPG配送センター建設で日揮グループ受注-タイ石油公社の決定。88億2000万円,大半はODA使用。 |
DIA-204-1984-02-09-1 | タイ | 1984年02月09日 | 1980年代 | 経済閣僚委,ASEANソーダ灰計画を延期決定。 |
DIA-204-1984-02-10-1 | タイ | 1984年02月10日 | 1980年代 | タイ国民党,プレム批判をやめる-Banharn書記長の声明。 |
DIA-204-1984-02-11-1 | タイ | 1984年02月11日 | 1980年代 | タイ労働組合会議の初代役員決まる-TTUCは,83年9月に登録認可されていたもの。新議長のPaisal Tawatchainantは,「タイ労働会議LCTは,軍と密接に関係しているので,手を組まない」と語った。傘下には首都水道局,電話公社など44組合が加入。 |
DIA-204-1984-02-13-1 | タイ | 1984年02月13日 | 1980年代 | 国王,ソ連書記長の死に弔電-なおタイ政府は11日に弔電を送り,またプレム首相は,13日ソ連大使館を弔問した。葬儀には前駐ソ大使のArun Banupongが派遣された。 |
DIA-204-1984-02-15-1 | タイ | 1984年02月15日 | 1980年代 | タイ国民党内紛,公然化-Anuwat副党首は,10日のBanharn書記長声明を党の挫折だと非難。下院副議長で同党幹部のPiyanatは,Pramarn党首に中央委員会の改組を要求。 |
DIA-204-1984-02-15-2 | タイ | 1984年02月15日 | 1980年代 | プレム首相,マレーシア訪問-マ側招待による3日間の公式訪問。現在特別な懸案はない。 |
DIA-204-1984-02-17-1 | タイ | 1984年02月17日 | 1980年代 | タイ国民党党首,金融政策で政府批判。 |
DIA-204-1984-02-17-2 | タイ | 1984年02月17日 | 1980年代 | タイ女性の海外売春の実態-BPが得た警察情報では,現在約1.6万人が海外におり(西独3000人,ギリシア2000人,日本5000人,香港4000~5000人,中東500~600人),これを扱う業者はバンコクに少なくとも100グループがあるという。日本へ行く女性の場合は,業者に渡航手続料5万バーツを支払わねばならず,そのため日本での顧客150人分の売上げが,全部これに充てられるという。 |
DIA-204-1984-02-21-1 | タイ | 1984年02月21日 | 1980年代 | カレン軍,シャン統一軍に協力要請-BP紙(23日付,メーソット発)によると,1月以来ビルマ政府軍の攻撃をうけているカレン軍は,シャン軍の協力要請をしたが,逆に1000万バーツの支払いを要求されたため,物別れとなった。再度交渉がもたれるという。 |
DIA-204-1984-02-22-1 | タイ | 1984年02月22日 | 1980年代 | インドネシアと農林漁業協力協定。 |
DIA-204-1984-02-22-2 | タイ | 1984年02月22日 | 1980年代 | プレム首相,ブルネイ訪問,独立祝典に出席。 |
DIA-204-1984-02-24-1 | タイ | 1984年02月24日 | 1980年代 | 中国外相ビルマ経由で来訪。 |
DIA-204-1984-02-24-2 | タイ | 1984年02月24日 | 1980年代 | ベトナム問題でASEANに見解の違い-インドネシアのモフタル外相は23日,タイのシチ外相とブルネイで会談。モ外相は帰国後,ASEANにとってのベトナムの脅威について,両国に見解の相違があることを認めあった,と語った。 |
DIA-204-1984-02-24-3 | タイ | 1984年02月24日 | 1980年代 | 国家民主党の内紛-オブ工業相が党の方針に沿った政策をとっていないとし,現有国会議員14人中10人がクリアンサク党首に対し,同相を同規律委員会にかけるよう要求。クリアンサクは,25日にオブ支持を表明した。この内紛は2月29日の党会議で,双方が相互非難をやめることで一応おさまった。 |
DIA-204-1984-02-27-1 | タイ | 1984年02月27日 | 1980年代 | 社行党党首,国会議員の資質を憂う-チュラロンコン大学でタイ政治の将来について演説し,「国会議員の貪欲と統御し難い行動は,政治の将来に影響しよう。かれらは要求が多く,破廉恥にも金銭を追求している」と非難した。 |
DIA-204-1984-02-28-1 | タイ | 1984年02月28日 | 1980年代 | 下院議員の政党替えで改憲を要求-社行党のThanong Siripreechapong議員の言。現憲法では下院議員は所属政党を替えると,議員を辞任せねばならないことになっているため。 |
DIA-204-1984-02-28-2 | タイ | 1984年02月28日 | 1980年代 | 閣議,スズ生産規制案を承認-国際スズ協定によるタイの輸出割当量4530トンを守るため,新規生産業者の操業開始を遅らせるもの。 |
DIA-204-1984-02-29-1 | タイ | 1984年02月29日 | 1980年代 | エ業団地局3プロジェクトの棚上げを発表-サムト・サコン県,ナコン・ラチャシマ県,ソンクラ県の3工業団地の建設の無期限棚上げで,その理由には,人材不足があげられている。 |
DIA-204-1984-02-29-2 | タイ | 1984年02月29日 | 1980年代 | ユーロ市場で最優遇資金を調達か-大蔵省発表によると,タイ政府のユーロ市場起債幹事会社にManufacturers Hanover Trustが決まった。発行条件は,8500万米ドル変動利付債を期間16年で起債,利子はLiborプラス上乗せ金利0.125%という好条件のもの。3月26日のロンドンでの発表では起債は成功したという。 |
DIA-204-1984-02-29-3 | タイ | 1984年02月29日 | 1980年代 | 西ドイツ大統領の来訪。 |
DIA-204-1984-03-02-1 | タイ | 1984年03月02日 | 1980年代 | 預貸金利を多元化-大蔵省発表によると,1日にさかのぼって商銀は輸入金融については利子上限を19%,農工・輸出金融には上限17.5%と差をつけてよいこととなった。 |
DIA-204-1984-03-04-1 | タイ | 1984年03月04日 | 1980年代 | 国軍最高司令官マレーシア訪問-3日間。 |
DIA-204-1984-03-07-1 | タイ | 1984年03月07日 | 1980年代 | 社行党新書記長にPong Sarasin-前任者の商相Kosolは副党首に。 |
DIA-204-1984-03-07-2 | タイ | 1984年03月07日 | 1980年代 | 商銀株式所有拡散問題-商銀法第23条(銀行の家族支配を排除するため,50%の株式を250人以上の株主に売却-各0.5%以内-させるもの)の発効を翌日にひかえ,対象商銀15行中,Bangkok Bank,Siam Commercial Bank,Asia Trust Bankの3行は新規定に従うことが7日までに出来ず,新法による罰則をうけることとなった。 |
DIA-204-1984-03-09-1 | タイ | 1984年03月09日 | 1980年代 | ベトナム外相,全関係国の妥協を-オーストラリア,インドネシア訪問の途上,バンコクに立寄ったタク外相はカンボジア問題解決のため全関係国の妥協をよびかけた。 |
DIA-204-1984-03-09-2 | タイ | 1984年03月09日 | 1980年代 | Harn大将,軍に辞表-3月29日付けで軍を離れる。報道によれば,民主党の党顧問になったとされる。 |
DIA-204-1984-03-11-1 | タイ | 1984年03月11日 | 1980年代 | チェンマイ県の国府軍将軍宅で爆発事件-チェンマイ県ファン郡にある国府軍第93師団司令官Li Wen huang将軍(66歳)宅で発生。1人死亡,12人負傷。なお在タイ国府軍は全部で1万2000人,うち3000人がタイ国籍取得。なお3月25日付BP紙によると,この国府軍は過去20年間タイ国軍最高司令部の04部管轄であったが,4月以降は第3軍区のTask Force327の管轄に入る予定。 |
DIA-204-1984-03-12-1 | タイ | 1984年03月12日 | 1980年代 | ビルマ軍越境-カレン軍の要衝モーポカイを攻撃中のビルマ軍は,12日タイ領経由での突入を試み,タイ軍に若干の被害を与えた。これについてタイ外務省はビルマ大使を呼び,即時撤退と,再発防止を要請。この際タイ側は,カレン問題がビルマの内政問題であり,ビルマ政府との友好関係維持を強調したという。 |
DIA-204-1984-03-19-1 | タイ | 1984年03月19日 | 1980年代 | タイ外務省,ビルマ軍越境を再検討と表明-タイ軍は20日夜全面警戒に入った。なおタイ軍が傍受したビルマ軍連絡通信によると,ビルマ側はタイ領経由でカレン軍を攻撃するよう指示している,という。 |
DIA-204-1984-03-19-2 | タイ | 1984年03月19日 | 1980年代 | 国会議長死亡-Charubutr Ruengsuwan,64歳,コンケン県出身。 |
DIA-204-1984-03-20-1 | タイ | 1984年03月20日 | 1980年代 | インドネシア外相,ASEAN団結を再確認-2月24日のベトナム問題に関する発言がASEAN各国を困惑させたため,その意図を説明したもの。 |
DIA-204-1984-03-20-2 | タイ | 1984年03月20日 | 1980年代 | アーティット司令官,タイ=マ合同国境委員会委員長に-20日の閣議で承認。 |
DIA-204-1984-03-21-1 | タイ | 1984年03月21日 | 1980年代 | ベトナム外相,タイ外相との会談を中止-オーストラリアからの帰路バンコクに立寄ったベトナム外相は,当初タイ外相と会談の予定だったが,病気を理由に急拠これをとりやめた。 |
DIA-204-1984-03-24-1 | タイ | 1984年03月24日 | 1980年代 | 改憲法案提出の動き-BP紙24日付の報道。国家民主党Prayoon書記長ら一群の下院議員によるもの。改憲事項は次の3点:総選挙の投票制度を政党表記から個人表記にかえる。政党の選挙参加資格(立候補者数を下院議席の半分以上とする)の廃止。政党の法案提出資格(20人以上の議員の支持)の廃止。 |
DIA-204-1984-03-24-2 | タイ | 1984年03月24日 | 1980年代 | 社行党党首,改憲は不必要と語る-国軍最高司令官の閣僚就任を認めようとする目的を含めて,すべての改憲は,現在不要だ,と語る。 |
DIA-204-1984-03-26-1 | タイ | 1984年03月26日 | 1980年代 | 改憲の動き-83年1月に改憲法案提出で動いた旧サイアム民主党党首(現タイ国民党議員)は,改憲の時機が熟した,少なくとも99人の与野党議員がこれに賛成した,と語った。 |
DIA-204-1984-03-26-2 | タイ | 1984年03月26日 | 1980年代 | タイ農民銀行,譲渡可能預金証書発行開始-タイ金融史上最初の発行。金利は年12.5%。4月3日の報道では,税金問題が未解決のためその後の売行きは不調という。その後5月になってTCDの譲渡には資本利得税が課せられることが決まった(BP,5/22)。 |
DIA-204-1984-03-26-3 | タイ | 1984年03月26日 | 1980年代 | タイ外相,オーストラリア訪問-カンボジア問題について,同相はベトナム外相が最近のオーストラリア訪問で新提案を行なった,と語った。なお27日同相は,ベトナムが提案内容をもっと明確にするよう要求。 |
DIA-204-1984-03-27-1 | タイ | 1984年03月27日 | 1980年代 | ビルマ政府,越境事件で陳謝-タイ国軍司令部発表によると,ビルマ大使がさる23日伝えてきたもの。 |
DIA-204-1984-03-27-2 | タイ | 1984年03月27日 | 1980年代 | 下院議長,改憲に反対を表明。 |
DIA-204-1984-03-28-1 | タイ | 1984年03月28日 | 1980年代 | タイ国民党,首相不信任案を撤回せず-Yupa副書記長の言(2月10日参照)。 |
DIA-204-1984-03-29-1 | タイ | 1984年03月29日 | 1980年代 | ベトナム軍の越境-国軍司令部発表。ベトナム軍は24日以来東北タイのシサケット県のチョンプラパライ峠付近でクメールルージュ軍を攻撃し,25日にはタイ領へ約5km入境した。タイ軍は29日までにベトナム兵約40人を捕虜にしたという(79年以来最大数)。タイ外務省は29日国連へ抗議書を送った。一方ヘンサムリン政権は4月2日,タイ領侵入を否定。 |
DIA-204-1984-03-29-2 | タイ | 1984年03月29日 | 1980年代 | タイ共産勢力,1200人に減少か-国内治安作戦司令部ISOCは29日,プレム首相,アーティット司令官の出席する会議を開き,共産ゲリラの現勢を分析。会議後の発表によると,現勢は南部300~400,中部120,東北部,北部各200,合計1000~1200人とされる。 |
DIA-204-1984-04-02-1 | タイ | 1984年04月02日 | 1980年代 | 日本,3億円無償援助で書簡交換-「バンコク排水・洪水予防緊急計画」に使用される。 |
DIA-204-1984-04-04-1 | タイ | 1984年04月04日 | 1980年代 | オーストラリア,亜炭開発で援助-電力公社EGATのランパン県,クラビ県での開発に技術援助として570万豪ドル(=1億2000万バーツ)がこのほど供与された(BP,4日)。 |
DIA-204-1984-04-04-2 | タイ | 1984年04月04日 | 1980年代 | 中国と新航空協定-便数増,機種制限廃止,乗客数制限廃止などがきめられた。 |
DIA-204-1984-04-04-3 | タイ | 1984年04月04日 | 1980年代 | Harn前第4軍司令官,改憲で再び反対を表明。 |
DIA-204-1984-04-04-4 | タイ | 1984年04月04日 | 1980年代 | ベトナム兵捕虜63人に-3月末以来シサケット県に侵入したベトナム兵。国境野戦警察軍の発表。 |
DIA-204-1984-04-06-1 | タイ | 1984年04月06日 | 1980年代 | 軍幹部,クーデター説を否定-アーティット最高司令官の側近Chavalit陸軍副参謀長の言。アーティットおよび軍部は,最近の政治発展に関与しておらず,クーデターでプレム政権を倒すことは考えていない,と語った。 |
DIA-204-1984-04-06-2 | タイ | 1984年04月06日 | 1980年代 | 民主党,憲法改正反対では妥協せず,と表明。 |
DIA-204-1984-04-08-1 | タイ | 1984年04月08日 | 1980年代 | プレム首相,西側諸国訪問へ-9~27日。カナダ,アメリカ,デンマーク,ユーゴスラビア,スイス,西ドイツを訪問。閣僚・高級官僚47人,民間実業家28人が随行。なお22日付Matichon紙によると,首相はコペンハーゲンで,Kukrit社行党党首,Chatichaiタイ国民党副党首と会談した。 |
DIA-204-1984-04-10-1 | タイ | 1984年04月10日 | 1980年代 | ソ連大使館,同館員にスパイ勧誘と非難-これによると,2人の館員が日本人,オーストラリア人等から勧誘され,タイ政府はこれを放置した,と非難。 |
DIA-204-1984-04-12-1 | タイ | 1984年04月12日 | 1980年代 | カナダと二重課税防止条約調印。 |
DIA-204-1984-04-12-2 | タイ | 1984年04月12日 | 1980年代 | 国家民主党,再び内紛-党議員9人が,オブ(商相)を名誉毀損で訴え,今後は政府をも不支持表明。 |
DIA-204-1984-04-12-3 | タイ | 1984年04月12日 | 1980年代 | 砂糖輸出再開へ-タイは83年に国際砂糖協定で定められた輸出枠50万トンを超えて輸出したため,国際砂糖機構から輸出禁止の処分を受けていたが,このほど47万トンまでの輸出を許可された(12日発表)。 |
DIA-204-1984-04-14-1 | タイ | 1984年04月14日 | 1980年代 | 米,F16-A100型機売却,条件付で応諾-訪米中のプレム首相と会談したレーガン大統領は,条件として,タイ側が米側官民による,他型機(F16-J79やF20)の説明を聴いたうえで事を決定する。売却は秘密保持のためパッケージディールとする。墜落事故などの場合,機体の即時回収用としてヘリコプターなどの支援設備もあわせて購入する-などである。また大統領は,M48A-5型戦車40台(9.6億バーツ)をただちにタイへ送り,そのためのクレディット条件も緩和するように議会に働きかける,と発表した。 |
DIA-204-1984-04-15-1 | タイ | 1984年04月15日 | 1980年代 | マ共討伐作戦(Taksin 8403)開始さる-当初予定の15日間は,その後1カ月間に変更された。 |
DIA-204-1984-04-24-1 | タイ | 1984年04月24日 | 1980年代 | 国軍最高司令官,タイ国民党に自制を要請-83年9月にタイ国民党が上提したシチ内相不信任案の撤回を要請したもの。なお同官は26日になって,この要請は政治介入を意図せず,ましてや正式要請といったものでもない,と自己弁護。 |
DIA-204-1984-04-29-1 | タイ | 1984年04月29日 | 1980年代 | オーストラリアとの航空交渉失敗。 |
DIA-204-1984-04-29-2 | タイ | 1984年04月29日 | 1980年代 | シチ外相,フランスより帰る-滞仏中,シェイソン外相とカンボジア問題で会談した。 |
DIA-204-1984-04-30-1 | タイ | 1984年04月30日 | 1980年代 | 上院・両院議長きまる-正議長には元国軍最高司令部スポークスマンで法律家のUkris Mongkolnavin(51歳),また第1副議長にはSom Khattaphan大将が任命された(3月19日参照)。 |
DIA-204-1984-04-30-2 | タイ | 1984年04月30日 | 1980年代 | アーティット司令官,インドネシア訪問-インドネシアのムルダニ最高司令官とカンボジア問題で会議。 |
DIA-204-1984-05-03-1 | タイ | 1984年05月03日 | 1980年代 | 下院議会はじまる-今国会では,タイ国民党による内相不信任案が注目されていたが,同党党首はこれを中止し,首相,蔵相,工相,農相,内相,商相ら17人の閣僚に対する一括不信任案に切りかえた。消息筋によると,同党の内相不信任案は所詮敗れることが明白であり,その場合,憲法第137条により同党は今国会で再び不信任案を提出できないことになるため,この急転換になったとされる。下院議長は,同党が内相不信任案を取り上げなかったことで,国会議事規定47条に従い,この件は議事録からはずされたものと解し,不信任案の票決をしなかった。これに対し両院合同の国会議長は,これが憲法137条に違反していると発言。 |
DIA-204-1984-05-03-2 | タイ | 1984年05月03日 | 1980年代 | アーティット司令官,タイ国民党に不満-インドネシア訪問中のアーティット司令官は,タイ国民党に電話し,同党がプレム首相不信任案を提出したことに不満を表明したという。 |
DIA-204-1984-05-04-1 | タイ | 1984年05月04日 | 1980年代 | 陸軍放送,タイ国民党に首相不信任案の中止を要請-なお軍部は5日,この放送が立法過程への介入につながるためこれを中止。 |
DIA-204-1984-05-06-1 | タイ | 1984年05月06日 | 1980年代 | 皇太子,初の記者会見-F16戦闘機購入問題に関する質問に答え,「よい機だが,購入に当っては維持と予算のことを考慮すべきだ」と語った。 |
DIA-204-1984-05-07-1 | タイ | 1984年05月07日 | 1980年代 | インドネシア原油購入協定調印-84年4月~85年3月の間5000b/d。バレル当り29.50ドル。 |
DIA-204-1984-05-07-2 | タイ | 1984年05月07日 | 1980年代 | 経済閣僚委,米の現行プレミアム,輸出税を維持-9月末まで,現行の50%減額の延長を決定。 |
DIA-204-1984-05-07-3 | タイ | 1984年05月07日 | 1980年代 | 経済閣僚委,18%信用規制廃止要請に拒否。 |
DIA-204-1984-05-09-1 | タイ | 1984年05月09日 | 1980年代 | 国会(両院合同),不信任案解釈に裁定-3日の下院議長決定について審議した結果,閣僚に対する不信任案は憲法137条に従って必ず票決を行なうべきものと決定され,また一方国会の憲法解釈は過去の決定に遡及しない,との下院議長解釈が一応採用されることとなった。このため,タイ国民党の内相不信任案はそのまま葬られ,新しい首相以下経済閣僚に対する一括不信任案は5月23日の下院で議決されることとなった。 |
DIA-204-1984-05-09-2 | タイ | 1984年05月09日 | 1980年代 | 中銀,急激な外貨取入れに警告-金融引締めで民間部門は1~3月に海外から99億0100万バーツも取り入れたが,中銀では84年半ば以降海外金利の上昇が見込まれ,逆に急激な外資流出の危険があると警告。 |
DIA-204-1984-05-10-1 | タイ | 1984年05月10日 | 1980年代 | タイ・メイズ,香港市場で苦境-業界筋の言では,廉価な中国産が出回りだしたため。 |
DIA-204-1984-05-10-2 | タイ | 1984年05月10日 | 1980年代 | ローマ法王来訪(11日夜まで)。 |
DIA-204-1984-05-11-1 | タイ | 1984年05月11日 | 1980年代 | タピオカ工場の創業規制-内閣の要請で,タピオカの増産を抑制する措置の検討を託されていた国家キャッサバ政策委員会は,加工工場の増新設の規制(営業証の発給停止)でこれに対処する案に決定した。 |
DIA-204-1984-05-15-1 | タイ | 1984年05月15日 | 1980年代 | 金融引締めの影響-15日付NR紙によると,年初以来の引締めで,貿易収支は改善に向かっているが,破産した企業は精米所約50,繊維会社20,印刷所10,などがあるという。 |
DIA-204-1984-05-15-2 | タイ | 1984年05月15日 | 1980年代 | アーティット司令官,訪中-中国の楊得志参謀長の招待で7日間。趙紫陽首相とも面談。 |
DIA-204-1984-05-17-1 | タイ | 1984年05月17日 | 1980年代 | 下院でタイ国民党敗北-5月23日に予定されていた首相ら経済閣僚に対するタイ国民党の不信任案が早められて票決され154:20で否決された。また9日の両院合同の国会決定以降に提出された二つの動議を採決した結果,内相不信任案は必ず採決にまで及ぶべきこと(国会の憲法解釈が過去に遡及すべきこと)が決定された。 |
DIA-204-1984-05-18-1 | タイ | 1984年05月18日 | 1980年代 | 皇太子,合同米軍事援助グループを訪問。 |
DIA-204-1984-05-20-1 | タイ | 1984年05月20日 | 1980年代 | 第2騎兵師団長死亡-Vichart少将。士官学校第2期生。 |
DIA-204-1984-05-21-1 | タイ | 1984年05月21日 | 1980年代 | 公費不正使用-会計検査院発表では,83年度前半における公費不正使用は6.12億バーツ,1840件で,うち国防省5.69億バーツ,559件,内務省0.35億バーツ,303件。 |
DIA-204-1984-05-21-2 | タイ | 1984年05月21日 | 1980年代 | LNG開発日本側4社の態度きまる-三井,三菱,住友,丸紅の4商社はタイLNG開発の企業化調査を行なうための「日本・タイLNG開発会社」を出資比率それぞれ35,35,15,15で設立することとなった。最終的には資本金25万ドル(タイ側60,日本側40)の会社が設立の予定。 |
DIA-204-1984-05-22-1 | タイ | 1984年05月22日 | 1980年代 | エネルギー生産予測-石油公社筋によると,86~87年の生産予測は,原油3万b/d,タイ湾LNG4.4億立方フイート,コンデンセート2万b/d,天然ガソリン700b/d,等で,原油換算10~12.5万b/d。 |
DIA-204-1984-05-22-2 | タイ | 1984年05月22日 | 1980年代 | 政府,講規制法を国会に上提(NR,5/22)。 |
DIA-204-1984-05-22-3 | タイ | 1984年05月22日 | 1980年代 | ラマ7世妃死去。 |
DIA-204-1984-05-22-4 | タイ | 1984年05月22日 | 1980年代 | 戒厳令,29県で解除か(国防省の勧告)。 |
DIA-204-1984-05-24-1 | タイ | 1984年05月24日 | 1980年代 | タイ国民党の内相不信任案葬らる-17日の決定で票決がとられることになったものだが,肝心のタイ国民党議員は内紛で棄権し,3:167で否決された。 |
DIA-204-1984-05-24-2 | タイ | 1984年05月24日 | 1980年代 | シチ外相,アフリカ諸国訪問に発つ(12日間)-最初の4日間はエジプト訪問で,ムバラク大統領と会談。 |
DIA-204-1984-05-24-3 | タイ | 1984年05月24日 | 1980年代 | 南部のガス電化計画復活-ユニオン石油社がエラワン田のガス生産量を保証したための復活。ナコンシタマラト県のカノム発電所(現在7.5万kW)へ海底ガス管を敷設し,南部の電化を高めようというもの(BP,5/25) |
DIA-204-1984-05-24-4 | タイ | 1984年05月24日 | 1980年代 | ラオス国境で越境居住者に取締り-24日付BP紙によると,タイ軍はこのほど,越境居住者を拘留することとなった。この措置は,追い返しを目的とはしないという。当局によると,タイ側ナン県には,Mae JarimとChiang Klang地区に約4000人のラオ人が居住しているという。 |
DIA-204-1984-05-24-5 | タイ | 1984年05月24日 | 1980年代 | 「ラオス軍越境」-第3軍区発表では,4月末からラオス軍がウタラディト県のタイ領内に侵入し,数村を占拠しているという。また4月15日には国境から3kmのタイ軍基地も攻撃されたという。だが25日,国家治安会議のプラソン事務局長は,ラオス軍の占拠を否定。 |
DIA-204-1984-05-25-1 | タイ | 1984年05月25日 | 1980年代 | バンコクで国連ナミビア委員会-21日から5日間のこの会議で,南アフリカのナミビア不法占拠を非難する決議を採択。21日の開会の辞でプレム首相は,ナミビアをカンボジアにたとへ,南アを非難した。 |
DIA-204-1984-05-30-1 | タイ | 1984年05月30日 | 1980年代 | 天然ガス生産量不足問題で妥協成立-タイ石油公社PTTはタイ・ユニオン石油社のエラワン・ガス田からのガス供給が,当初契約量を下回わったため,罰金として82年7月~83年7月の間,一方的に支払価格を20%引下げていたが,結局罰金額のうち40%を払い戻すことで合意。妥協成立の理由は,(1)第三者が埋蔵量を当初より61%少なく裁定し,(2)ユニオン側が,その後自己努力で生産をふやし(現在はエラワン,バーンポットの2田で200MM cfd以上を生産),(3)払戻金をユニオン側が再投資する姿勢を見せた。ことなど。 |
DIA-204-1984-05-30-2 | タイ | 1984年05月30日 | 1980年代 | ラオス国境問題-プレム首相は,問題のタイ領内3カ村に住むラオ人1800人(当初はタイ人と発表)に,継続居住を認めてもよいと発言。事件報道開始の25日以降,タイ側は現地の地方行政当局者レベルや,外務省レベルで解決しようとの姿勢を見せている。 |
DIA-204-1984-06-01-1 | タイ | 1984年06月01日 | 1980年代 | 報道監督官,9人に増員-シチ内相によると,軍関係報道の誤りをチェックするため。従来は3人。 |
DIA-204-1984-06-01-2 | タイ | 1984年06月01日 | 1980年代 | 蔵相,定期預金利子課税制度変更を示唆-アーティット最高司令官は4日,利子課税そのものに反対表明。 |
DIA-204-1984-06-02-1 | タイ | 1984年06月02日 | 1980年代 | ラオスとの国境紛争-2日付NR紙は,この事件が「ラオス軍がタイの3村を併合し,共産主義支配下に置いたとの,論理的に誤った報道で始った」と論評。 |
DIA-204-1984-06-05-1 | タイ | 1984年06月05日 | 1980年代 | 海軍司令官,訪中(中国海軍招待で1週間)。 |
DIA-204-1984-06-05-2 | タイ | 1984年06月05日 | 1980年代 | 韓国とタピオカ=肥料でバーター取引調印-82年以来3度目。今年はタピオカ10万トン,肥料6.5万トン。 |
DIA-204-1984-06-05-3 | タイ | 1984年06月05日 | 1980年代 | 陸軍師団長クラスで若干の人事異動。 |
DIA-204-1984-06-07-1 | タイ | 1984年06月07日 | 1980年代 | タイ軍,国境3カ村からラオス軍を排除-8日付NR紙の軍筋情報では,この作戦は先週行なわれた。10日付BP紙は,これを6月6日としている。 |
DIA-204-1984-06-08-1 | タイ | 1984年06月08日 | 1980年代 | 日本,無償援助で書簡交換-国立衛生研究所建設24.5億円,東部臨海地区環境保全計画1.2億円。 |
DIA-204-1984-06-09-1 | タイ | 1984年06月09日 | 1980年代 | 国鉄労組の賃金争議に有利な裁定-83年に始められた争議で,主に労働時間の算定方法が争点。裁定は,国鉄側が1.4万人に対し,83年分だけでも3.6億バーツの追加支払を行うよう求めている。 |
DIA-204-1984-06-11-1 | タイ | 1984年06月11日 | 1980年代 | 社行党党首,軍の政治参加に肯定発言-11日付BP紙の単独会見記事で,政治的暴力阻止のため軍の役割を認め,上院議員をつとめる公務員の閣僚就任を認める(現状では軍人の閣僚就任を意味する)憲法改正を支持すると語った(3月24日参照)。なお同党首は9日,プレム首相を自宅に招いて2時間会談している。 |
DIA-204-1984-06-11-2 | タイ | 1984年06月11日 | 1980年代 | プレム首相,改憲は国会議員しだい,と言明。 |
DIA-204-1984-06-12-1 | タイ | 1984年06月12日 | 1980年代 | 残留国府軍の処遇問題-タイ政府,中国内戦時以来の残留国府軍兵士へのタイ化計画を発表。近々実施の予定。内容は,(1)北辺3県の13国境地区に居住し,自治を布く1万3000人に対し,タイ行政を導入する,(2)麻薬従事者の国籍剥奪,(3)中国語学校閉鎖など。国家治安会議局長の報告を内閣が承認(3月11日参照)。 |
DIA-204-1984-06-13-1 | タイ | 1984年06月13日 | 1980年代 | 外貨両替業に規則-中銀は,全公認両替業者に対して,一般大衆への外貨販売を禁止した。また1回の出国で認められる現金購入額も250ドルまでと決められた。中銀が認める特別の場合も500ドルまで。また旅行小切手は,2000ドルまで。 |
DIA-204-1984-06-13-2 | タイ | 1984年06月13日 | 1980年代 | 改憲是非論議,ククリット発言で再燃(11日参照)。 |
DIA-204-1984-06-14-1 | タイ | 1984年06月14日 | 1980年代 | 世銀,農民援助計画発表-農民の土地所有を促進するため,境界測量,登記,資産評価などの整備に3500万ドルを貸すもの。70万農民が対象。 |
DIA-204-1984-06-14-2 | タイ | 1984年06月14日 | 1980年代 | バンコク銀行に営業不振の噂-同行の全職員に対する14日付け回状で,この噂を否定(NR,6/16)。 |
DIA-204-1984-06-14-3 | タイ | 1984年06月14日 | 1980年代 | プレム首相,国境3カ村はタイ領と発言。 |
DIA-204-1984-06-15-1 | タイ | 1984年06月15日 | 1980年代 | タイ=ラオス国境問題-タイ外務省,ベトナムの干渉を非難。ラオスの駐タイ大使との会談で,平和的解決を求め,外交交渉を開くことで合意。 |
DIA-204-1984-06-16-1 | タイ | 1984年06月16日 | 1980年代 | タイ=米軍の合同演習(Logex Ⅱ)-カンボジア国境沿い3県で,22日まで。 |
DIA-204-1984-06-18-1 | タイ | 1984年06月18日 | 1980年代 | アーティット,日米英等訪問へ,7月8日帰着。 |
DIA-204-1984-06-19-1 | タイ | 1984年06月19日 | 1980年代 | 中銀,金融引締を一部修正-商銀への回状によると,1月以来の18%信用規制について,農林業,鉱工業,輸出部門,農産物卸売業へは規制を全面解除するが,全体としては18%を維持し,他方,輸入信用については84年は5%増にとどめるよう求めている。14日にソンマイ蔵相が,緊急措置を指令したことに応ずるもの。 |
DIA-204-1984-06-19-2 | タイ | 1984年06月19日 | 1980年代 | プレム首相,バンコク銀行に声援-最近の同行に対する噂(14日参照)に関連して,同行首脳と会談したのち,「根拠のないもの」と支援の表明。なお中銀も20日,同行のホンコン支店が2000万バーツの損失を出したか,同行の安定を損うものではない,と説明。 |
DIA-204-1984-06-19-3 | タイ | 1984年06月19日 | 1980年代 | 空軍司令官,訪中(中国空軍招待で1週間)。 |
DIA-204-1984-06-20-1 | タイ | 1984年06月20日 | 1980年代 | 85年度予算案,第一読会通過(177対83)。 |
DIA-204-1984-06-20-2 | タイ | 1984年06月20日 | 1980年代 | マ共討伐作戦(Taksin 4301)開始-ヤラ,ナラシワット県が対象。マ共放送局の発見・破壊が主目標。 |
DIA-204-1984-06-21-1 | タイ | 1984年06月21日 | 1980年代 | タイ,国連事務総長にラオス非難の文書を渡す。 |
DIA-204-1984-06-21-2 | タイ | 1984年06月21日 | 1980年代 | 日=タイ貿易専門家会議。 |
DIA-204-1984-06-22-1 | タイ | 1984年06月22日 | 1980年代 | 外務省,ラオス国境間題で41カ国外交使節に説明会-このあと国家治安会議のプラソン事務局長は,「ベトナムが些細な問題でラオスをタイに反目するようしむけている」と強くベトナムを非難した。 |
DIA-204-1984-06-27-1 | タイ | 1984年06月27日 | 1980年代 | 政府,製鉄所建設計画を無期延期-石化中心の東部臨海工業地区の完成に全力を傾注するため,同建設を見送る,というもの(25.45億米ドル所要)。 |
DIA-204-1984-06-27-2 | タイ | 1984年06月27日 | 1980年代 | シチ外相,ラオス国境の鎮静化要請-「友人間の些細な問題で,外交ルートの平静な解決を希望」と表明。 |
DIA-204-1984-06-28-1 | タイ | 1984年06月28日 | 1980年代 | タイのスズ輸出割当減少-本年第2四半期の各4530トンから第3四半期は3611トンへ。 |
DIA-204-1984-06-28-2 | タイ | 1984年06月28日 | 1980年代 | 日本企業のタイ産品輸出-タイJETROの発表(日本人商工会議所作成の報告書)では,83年のタイ総輸出1462億バーツの14.7%は在タイ日系企業経由の輸出。 |
DIA-204-1984-06-29-1 | タイ | 1984年06月29日 | 1980年代 | 砂糖法成立-砂糖の生産,品質管理,販売・輸出,収益分配などに政府の規制を認めさせるもの。 |
DIA-204-1984-06-30-1 | タイ | 1984年06月30日 | 1980年代 | 最低賃金制の実施状況-労働局発表では,83年10月決定の最低賃金(バンコク市では日給68バーツ)を受取っていない労働者は7%で,中大規模企業は70%以上が実施しているという。 |
DIA-204-1984-06-30-2 | タイ | 1984年06月30日 | 1980年代 | 3労組会議,最低賃金の2バーツ引上げ案で合意。LCT,NCTL,FLCTの3会議の対政府統一要求。 |
DIA-204-1984-06-30-3 | タイ | 1984年06月30日 | 1980年代 | 内務省,ラオス国境問題で指示-同省筋発表。ウタラディト県知事に,ラオスの地方当局者との接触を指示。同省調査では問題3村の人口は1010人で,出生地が3カ村内であれば何人にも国籍を与える予定という。 |
DIA-204-1984-07-02-1 | タイ | 1984年07月02日 | 1980年代 | 中銀総裁,外資抑制を希望(経済閣僚会議で)。 |
DIA-204-1984-07-02-2 | タイ | 1984年07月02日 | 1980年代 | チャワリット陸軍副参謀長,中銀理事を辞任。 |
DIA-204-1984-07-02-3 | タイ | 1984年07月02日 | 1980年代 | タイ=米合同演習(8月9日まで,Cobra Gold 84)。 |
DIA-204-1984-07-03-1 | タイ | 1984年07月03日 | 1980年代 | 共産主義容疑者16人逮捕さる-警察4日発表。警察と国内治安作戦司令部とは3日,バンコク市内で「Pirun Chatwanichkulらタイ共産党中央委員会4人」を含む同党関係者16人を逮捕。7日付BP紙によると,その後さらに3人が逮捕されたという。 |
DIA-204-1984-07-03-2 | タイ | 1984年07月03日 | 1980年代 | プケット島でのズス海域開発の抑制で閣僚決定。 |
DIA-204-1984-07-05-1 | タイ | 1984年07月05日 | 1980年代 | 空軍,F16A型採用で最終決定-Paniang副国防相5日の発表(4月14日参照)。購入機数は20機で80億バーツを要するが,実際には支払繰延に伴う利子や,関連設備費を含めると120億バーツになる。 |
DIA-204-1984-07-05-2 | タイ | 1984年07月05日 | 1980年代 | 導入外資への利子源泉税再開-過去1年間停止していた。10%。ただし外国法人に外資で支払われ,大蔵省の承認を得たタイ人の借手による利子は免除。 |
DIA-204-1984-07-05-3 | タイ | 1984年07月05日 | 1980年代 | シャン統一軍,シャン統一革命軍の連係-前者はこれで麻薬精製所の新設を計画という(NR,7/5)。 |
DIA-204-1984-07-06-1 | タイ | 1984年07月06日 | 1980年代 | タイ版CIA設立か-Kramol総理府相発表。現存の総理府中央情報局は規模狭隘のため,近々軍と民間の情報組織の協力を得た組織を設立するもの。 |
DIA-204-1984-07-06-2 | タイ | 1984年07月06日 | 1980年代 | 中国空軍司令官(張廷発)来訪。2日間。 |
DIA-204-1984-07-06-3 | タイ | 1984年07月06日 | 1980年代 | サマック運輸相の「不正行為」嫌疑で閣僚調査-民間バス運行許可発給に関するもの(9月19日参照)。 |
DIA-204-1984-07-06-4 | タイ | 1984年07月06日 | 1980年代 | シチ外相,ベトナム軍増強中と発表。 |
DIA-204-1984-07-07-1 | タイ | 1984年07月07日 | 1980年代 | 「多国籍企業」で会議-タマサート大学主催。 |
DIA-204-1984-07-08-1 | タイ | 1984年07月08日 | 1980年代 | ラオスとの紛争,他県でも(ラオス日誌参照)。 |
DIA-204-1984-07-09-1 | タイ | 1984年07月09日 | 1980年代 | タピオカ生産削減策-経済閣僚会議,農林省提案を承認。東北地方での栽培を現在の170万ライから100万ライ(初年度84/85年は33万ライ)へ削減,ソルガムやヤエナリ豆等への転作を奨励。1億バーツ基金設立決定。 |
DIA-204-1984-07-09-2 | タイ | 1984年07月09日 | 1980年代 | 贅沢品輸入を抑制-大蔵省案を経閣委が承認。内容は,今年下期の同輸入を昨年同期の2%増(LCベース)に抑え,その他の輸入も6%増に抑える計画。 |
DIA-204-1984-07-09-3 | タイ | 1984年07月09日 | 1980年代 | 蔵相,個人所得税改訂に合意-(数日後,法人も対象とするとの発表あり)。 |
DIA-204-1984-07-09-4 | タイ | 1984年07月09日 | 1980年代 | シチ外相,ラオス副首相に国境問題で書状送付-内容は二国間交渉の提案(NR,7/12)。シチ内相もラオスの内相へほぼ同内容の書状送付(BP,7/15)。 |
DIA-204-1984-07-09-5 | タイ | 1984年07月09日 | 1980年代 | ASEAN外相会議,ジャカルタで-事務局長にタイ人(前駐英大使Phan Wannamath60歳)を任命。 |
DIA-204-1984-07-10-1 | タイ | 1984年07月10日 | 1980年代 | 蔵相,F16A型機購入に反対,対外債務がすでに高すぎるため。なお消息筋によると,現在の財政難は200億バーツにのぼる77~78年の軍備増強計画を1~2年でコミットさせたためで,空軍は20~30年の支払繰延べを獲得すべきだとしている。 |
DIA-204-1984-07-10-2 | タイ | 1984年07月10日 | 1980年代 | 副内相かわる(「参考資料」参照)。 |
DIA-204-1984-07-11-1 | タイ | 1984年07月11日 | 1980年代 | 大学講師ら,共産党連座で逮捕さる-チュラロンコン大学講師Preecha Piempongsarn(Sawet元副首相の子)とMatuphum紙編集長Chatcharin Chaiwatの2人。理由は,2人が関係しているMatuphum系列の週刊誌Arthit Kledlab5月12~18日号に,3日に逮捕されたPirunの会見記事を掲載したこと,という。 |
DIA-204-1984-07-11-2 | タイ | 1984年07月11日 | 1980年代 | 投資局,下期にはIC生産を奨励-タイには現在7社があるのみで,ホンコンの12,マレーシアの14,フィリピンの29,シンガポールの142に比して少なすぎる,としている。なおインドネシアは2社という。 |
DIA-204-1984-07-12-1 | タイ | 1984年07月12日 | 1980年代 | 回教徒独立運動指導者死亡-パタニ県知事発表(21日)によると,マレーシア領内に逃亡中のパタニ民族解放戦線指導者Poh Yehが12日ケランタンで死亡。 |
DIA-204-1984-07-12-2 | タイ | 1984年07月12日 | 1980年代 | 警察,タイ共容疑者で中間発表-逮捕者の素性,活動等に関するもの。 |
DIA-204-1984-07-14-1 | タイ | 1984年07月14日 | 1980年代 | タイ政府はF-16A購入を未定-ジャカルタで米国務長官と会談後帰着のシチ外相は,このためこの問題を同長官とは話し合わなかった,と語る。 |
DIA-204-1984-07-16-1 | タイ | 1984年07月16日 | 1980年代 | 第11次円借款覚書調印-訪タイ中の安倍外相調印。83年度分として借款総額696億3800万円(11プロジェクト)と,無償供与(59~61年度)100億7500万円(2プロジェクト)。また他にカンポジア難民用に6億5000万円相当の魚缶詰を供与する口上書も交換された。なお円借款の正式調印は9月18日に東京で行なわれた。 |
DIA-204-1984-07-16-2 | タイ | 1984年07月16日 | 1980年代 | タイの要求,ASEANベースに-第23回ASEAN商工会議所総会は,タイの次の2案を統一要求として採用決定:-(1)対日,骨なし鶏肉の関税引下げ,(2)対米,ツナ缶詰関税引上げへの抗議行動。 |
DIA-204-1984-07-17-1 | タイ | 1984年07月17日 | 1980年代 | タイ共容疑者もう1人逮捕。 |
DIA-204-1984-07-17-2 | タイ | 1984年07月17日 | 1980年代 | 小説家にも手入れ-警察は小説家,学者Sulak Sivarakの近刊『タイ社会の仮面をはぐ』(Lorkkrab Sangkhom Thai)を押収した。同書に掲載されたSulakの会見記事が問題視されたという(31日参照)。 |
DIA-204-1984-07-19-1 | タイ | 1984年07月19日 | 1980年代 | タイ製油所拡張工事,国際入札やり直し決定-Thai Oil Refinery Co. のシラチャ製油所拡張工事(6.5万b/dを10万b/dへ引上げるもの。総額4.52億ドル)。 |
DIA-204-1984-07-20-1 | タイ | 1984年07月20日 | 1980年代 | 共産主義者一斉逮捕事件の背景-カセム特捜部長によると,「軍警内に賛成派,反対派の分裂はなく,諸情報機関がISOCの調整のもとに行なった」と主張。 |
DIA-204-1984-07-21-1 | タイ | 1984年07月21日 | 1980年代 | ラオスとの国境問題会談-ラオスのSoubanh副外相一行9人がバンコク来訪,21~23日タイ外務省側と会談したが,係争地からの撤兵問題で合意に達せず,8月6日に再度会談することとなった。ただしラオス側は,23日シチ・タイ内相と会談し,3カ村の測量を行なうための2国間合同委員会の設立では合意した。 |
DIA-204-1984-07-21-2 | タイ | 1984年07月21日 | 1980年代 | Thai Melon繊維グループ,全製品の10~15%幅値下げ発表-同グループは国内市場の30%以上を支配(8月7日参照)。 |
DIA-204-1984-07-22-1 | タイ | 1984年07月22日 | 1980年代 | 大蔵省,輸出信用保証機関設立の予定と発表。 |
DIA-204-1984-07-22-2 | タイ | 1984年07月22日 | 1980年代 | 大学省,チェンマイのPayab Collegeを全国初の私立大学として承認。25日に私大としての宣言がなされた。 |
DIA-204-1984-07-24-1 | タイ | 1984年07月24日 | 1980年代 | 定例国会終る。 |
DIA-204-1984-07-24-2 | タイ | 1984年07月24日 | 1980年代 | シチ外相,中国訪問-中国側招待で5日間。 |
DIA-204-1984-07-24-3 | タイ | 1984年07月24日 | 1980年代 | タイ湾での船舶解体業に即刻禁止令。 |
DIA-204-1984-07-24-4 | タイ | 1984年07月24日 | 1980年代 | 米国防省,タイに新防空システムの売却を計画中と発表-総額2億0700万ドル。タイ側は購入未定と発表。 |
DIA-204-1984-07-26-1 | タイ | 1984年07月26日 | 1980年代 | タイ農民銀行,預金残高で第2位に-同行のBancha Lamsan会長,Krung Thai銀行を凌駕と発表。 |
DIA-204-1984-07-26-2 | タイ | 1984年07月26日 | 1980年代 | 「インドシナ外交官,逮捕をまぬがる」-警察発表。今般の共産主義者大量逮捕をまぬがれたという。 |
DIA-204-1984-07-27-1 | タイ | 1984年07月27日 | 1980年代 | 下院副議長,軍部を非難-Piyanat下院副議長(タイ国民党)は「軍部以外に,共産主義者やその他の人々が民主主義を破壊したことはない」と発言。このあと軍部の報道機関は数日間にわたって,この発言を非難。 |
DIA-204-1984-07-27-2 | タイ | 1984年07月27日 | 1980年代 | 全国大学評議会,大学相に学問の自由保証を要求。 |
DIA-204-1984-07-27-3 | タイ | 1984年07月27日 | 1980年代 | アメリカ人記者に国外追放令-6月までBangkok Post紙の副編集長だったAlan Dawsonに対し,外務省が出したもの。その記事が国益に反した,としている。 |
DIA-204-1984-07-27-4 | タイ | 1984年07月27日 | 1980年代 | 日タイ貿易合同委員会(5年ぶり,第11回目)-25~27日。日本の小此木通産相とタイのコソン商相との会談で,日本側の大幅出超と関税引下げ,輸入枠拡大等が主題となったが,タイ側の満足が得られず閉会した。 |
DIA-204-1984-07-28-1 | タイ | 1984年07月28日 | 1980年代 | イタリア,タイ海産物輸入禁止を解除-4月14日以降,バイオトクシン汚染で禁止していたもの。 |
DIA-204-1984-07-28-2 | タイ | 1984年07月28日 | 1980年代 | ウクリト国会議長らソ連,ポーランド訪問へ。 |
DIA-204-1984-07-31-1 | タイ | 1984年07月31日 | 1980年代 | Sulakに警察召喚状-同人の著書(17日参照)が不敬罪に当るとの理由。同書の発行人とその発行に関係した大学教授も31日に警察に拘留され6日保釈された。Sulak自身も8月5日に逮捕され,同10日保釈。 |
DIA-204-1984-07-31-2 | タイ | 1984年07月31日 | 1980年代 | 電話公社,デジタル電子交換機を日本電気に発注-500億円でNEAX-61型,38万回線分。現在の電話普及率100人当り1.2台を,88年に3台とするもの。 |
DIA-204-1984-08-01-1 | タイ | 1984年08月01日 | 1980年代 | 首相,違法庶民金融の抑制を希望(26日参照)。 |
DIA-204-1984-08-01-2 | タイ | 1984年08月01日 | 1980年代 | 政府筋,特定商品の一時的輸入禁止を考慮中と発表。 |
DIA-204-1984-08-01-3 | タイ | 1984年08月01日 | 1980年代 | ラオス難民状況発表さる(ラオス日誌参照)。 |
DIA-204-1984-08-02-1 | タイ | 1984年08月02日 | 1980年代 | F-16A型機購入に国会予算精査委許可-85年度(初年度)に12億5000万バーツの支出を許可(総額は84億6800万バーツ)。空軍は1中隊分を自己資金で購入の予定。 |
DIA-204-1984-08-02-2 | タイ | 1984年08月02日 | 1980年代 | 人気TV番組,突然放映停止-「タクシン王の武士たち」で,王室に係わる内容の故とされている。 |
DIA-204-1984-08-04-1 | タイ | 1984年08月04日 | 1980年代 | シチ内相,共産主義対策で異論-東北地方の地方行政当局者との会談で,政治的手段による共産主義対策を本旨とする政令66/23と66/25は未だ廃棄されていない,として暗に7月の一斉逮捕に異論を開陳。 |
DIA-204-1984-08-05-1 | タイ | 1984年08月05日 | 1980年代 | ヤングタークス復権問題発生-81年4月クーデター首謀者俗称ヤングタークスの将校ら39人が王立士官学校第97周年記念式典に参加。かれらは事件後,厳しい対立関係にあったアーティット司令官と最近会談し(チャワリット副参謀長の仲介とされるが不詳),過去の関係を修復。また軍首脳はかれらの軍籍回復,年金権の回復などに同意の模様(BP,8/6)。なお5日付,BP紙によると,グループの指導者プラジァクは4日,グループとしてアーティットの定年2年延期を支持と表明。 |
DIA-204-1984-08-06-1 | タイ | 1984年08月06日 | 1980年代 | Asia Trust Bank,国営化-7月27日に顕在化した経営首脳人事異動に伴う危険を回避するため,大蔵省と中銀が介入したもの。今後はKrung Thai Bankと同様の立場になるという(7日発表)。同行は65年創業以来Tarnvanichkul家の家族経営下にあった。大蔵省は株式の51%,投票権の24%を取得。同行が経営を建なおすまでの数年間の措置という(10月5日参照)。 |
DIA-204-1984-08-06-2 | タイ | 1984年08月06日 | 1980年代 | ラオス代表団到着-到着と同時に空港でタイ非難の声明を記者団に配布。 |
DIA-204-1984-08-07-1 | タイ | 1984年08月07日 | 1980年代 | アーティット定年延長問題(5日参照)-第1軍区のピチット副司令官の自宅記者会見。「3軍はアーティット国軍・陸軍司令官の85年定年を2年間延長するよう国防相たるプレム首相に提案する。これに軍の内部問題で,もしこの提案が遅れておれば,軍は派閥に分裂しかねない。強い指導者による軍の統一が必要だ。この運動は,7月の共産主義者一斉逮捕後に政治的混乱が発生してから始められた。私とチャワリット副参謀長とが他の軍指導者にこれをはかった」と表明。プレム首相はこれに沈黙を守り,シチ内相とSanan国会軍事委員長とは反対を表明。軍部は10日,与党指導者らに工作開始。 |
DIA-204-1984-08-07-2 | タイ | 1984年08月07日 | 1980年代 | 週刊紙。Arthit Kledlab,共産主義報道で発禁。 |
DIA-204-1984-08-07-3 | タイ | 1984年08月07日 | 1980年代 | 中銀総裁,外資取入れ抑制を希望-Asian Wall Street Journal(7日)で。 |
DIA-204-1984-08-07-4 | タイ | 1984年08月07日 | 1980年代 | ラオスと第2回国境問題会談はじまる。 |
DIA-204-1984-08-07-5 | タイ | 1984年08月07日 | 1980年代 | ポリエステル工場,閉鎖-パトムタニのThai Melon Polyster社で,4カ月の労働争議後の閉鎖。 |
DIA-204-1984-08-08-1 | タイ | 1984年08月08日 | 1980年代 | サウジアラビアと航空協定,相互に週7便承認。 |
DIA-204-1984-08-08-2 | タイ | 1984年08月08日 | 1980年代 | 雇用バザー開かれる(10日まで)-1月に続き,2回目。3万4119人応募したが,提供された就職口は,2000あまり。前回は2万6595人応募,1152人が就職。 |
DIA-204-1984-08-08-3 | タイ | 1984年08月08日 | 1980年代 | 中銀総裁,商銀を非難-現在の金融逼迫は1月以来の引締めの結果でなく,商銀の過少貸出しが原因で,商銀は中銀に責任を転嫁している,というもの。またこれはBP紙が7,8日に流した金融引締め率緩和の記事を否定することも目的としている。 |
DIA-204-1984-08-08-4 | タイ | 1984年08月08日 | 1980年代 | 係争3カ村の位置-NR紙(8,9日)によると,ラオス側主張は,3カ村を貫流する川はメコン川へつながるので自国領。タイ側主張は,タイ国測量局地図でBan SavangとBan Klangは自国領内に,Ban Maiは国境線上にあり,いずれにしても再測量が必要という。 |
DIA-204-1984-08-13-1 | タイ | 1984年08月13日 | 1980年代 | アーティット定年延長要請の書簡,首相へ-チャワリット副参謀長から提出されたもの。7日付け。3軍幹部数百人の署名が添えられているという。アーティットは,13日問題公表後,はじめてこれに言及し,「延長が認められねば,それに従うまでだ」と語った。 |
DIA-204-1984-08-13-2 | タイ | 1984年08月13日 | 1980年代 | 国防省法務総監局,ヤングタークスの年金権拒否。 |
DIA-204-1984-08-13-3 | タイ | 1984年08月13日 | 1980年代 | 「国民党軍,ビルマ共産党に接近」-タイ軍筋によると,国民党軍指導者約20人が7月30日の会議で決定したもの。麻薬取引をめぐってシャン統一軍と対抗するための措置という(BP,8/13,9/9参照)。 |
DIA-204-1984-08-14-1 | タイ | 1984年08月14日 | 1980年代 | アーティットの「政府批判」-国会地方行政委員会は,12日のアーティット司令官との会談内容を委員会声明として発表。同官はこの際,自分の顧問団が経済問題(タピオカ輸出問題を含む)について作成した諸提案を政府が無視したと批判。 |
DIA-204-1984-08-14-2 | タイ | 1984年08月14日 | 1980年代 | 首相の態度-14日の閣議で首相は閣僚に対して「最近の混乱した報道を無視し,各自の業務に専念されたい。他のことは私にまかせてほしい」と要請。 |
DIA-204-1984-08-14-3 | タイ | 1984年08月14日 | 1980年代 | 対日貿易要求-訪日中のコソン商相,中曽根首相にプレム首相の親書手交。特にメイズ輸入再開を要請。 |
DIA-204-1984-08-15-1 | タイ | 1984年08月15日 | 1980年代 | ラオスとの国境交渉,再度物別れ-7日以降断続的に開かれていたもの。物別れの原因は国境確定で,タイは自国製1978年の地図に,またラオス側は1907年タイ=フランス協定と同付随地図に依拠すべきことを主張。タイ側の再測量案は合意されていない。 |
DIA-204-1984-08-15-2 | タイ | 1984年08月15日 | 1980年代 | アーティット定年延長問題-Meechai総理府相は,「法規上,85年になるまで閣議には提出されまい。延長は1回に1年ずつ5年間についてのみ可能」と表明。 |
DIA-204-1984-08-16-1 | タイ | 1984年08月16日 | 1980年代 | 首相,政府の立場を強調か-首相スポークスマンは,首相と会談後,「政府はプレム将軍を首相とするもの一つしかない。金融引締めの影響については経済閣僚会議の作成対案を見て措置を講ずる」と語った。 |
DIA-204-1984-08-16-2 | タイ | 1984年08月16日 | 1980年代 | シチ内相,「共産主義者の活動」に異論-警察は16日に1ホテルで発見された大量の武器について,親ベトナム系分子(青星)のものと発表したが,内相は,その関係を否定し,「現在進行中の諸活動と関連させ,不安を煽るべく仕組まれたもの」と表明。アーティット司令官は,「内相の考えを確認できない」と反論。 |
DIA-204-1984-08-16-3 | タイ | 1984年08月16日 | 1980年代 | 第4軍,共産ゲリラ討伐で新作戦(Taksin 276)。 |
DIA-204-1984-08-16-4 | タイ | 1984年08月16日 | 1980年代 | 短波リレー局設置で米と協定(VOA,8/16)。 |
DIA-204-1984-08-17-1 | タイ | 1984年08月17日 | 1980年代 | プレム首相,定年延長問題に回答-17日発表。スエブ陸軍副司令官あて16日付書簡で,「この提案は法手続きに沿って処理する」と伝えた。 |
DIA-204-1984-08-17-2 | タイ | 1984年08月17日 | 1980年代 | 米大使,プレム首相を賞賛-チェンマイで,ディーン大使は,プレム首相の穏健で常識のある指導力と,その経済政策を賞賛。19日付BP紙一面最上段で報道。 |
DIA-204-1984-08-17-3 | タイ | 1984年08月17日 | 1980年代 | 定年延長問題-タマサート大学ら6大学の学生代表は首相と4与党に反対の書状送付。 |
DIA-204-1984-08-17-4 | タイ | 1984年08月17日 | 1980年代 | 陸軍放送,首相と最高司令官の対立を否定。 |
DIA-204-1984-08-17-5 | タイ | 1984年08月17日 | 1980年代 | タイ初の水陸両用兵員輸送装甲車完成の発表。 |
DIA-204-1984-08-18-1 | タイ | 1984年08月18日 | 1980年代 | アーティット,ヤングタークスと復交。 |
DIA-204-1984-08-18-2 | タイ | 1984年08月18日 | 1980年代 | タイ国民党党首,アーティット問題に不干与を表明。 |
DIA-204-1984-08-19-1 | タイ | 1984年08月19日 | 1980年代 | 共産ゲリラの攻撃で政府軍13人死傷-スラタニ県ナサン区で。 |
DIA-204-1984-08-20-1 | タイ | 1984年08月20日 | 1980年代 | 金融引締め解除-プレム首相は経済閣僚会議の結論として,1月20日以来の信用供与上限18%規制の解除を発表。これは同会議が13日に緊急設立した5者作業委員会(蔵相,中銀総裁,NESDB総裁,首相顧間,首相スポークスマン)が16日に出した結論の承認。最大の理由は解除をしても,商銀の信用供与の伸びが年間を通じても18%を超えそうにないためという。 |
DIA-204-1984-08-20-2 | タイ | 1984年08月20日 | 1980年代 | ラオス大使,外務省に国境問題覚書を手交-18日付け。なおラオス代表は同国首脳の書状をタイ国王,プレム首相に直接伝達するまでは帰国せずと言明。 |
DIA-204-1984-08-20-3 | タイ | 1984年08月20日 | 1980年代 | プレムら非難の怪文書,最近政府諸庁に散布-チャワリット副参謀長も非難の対象に(Satraits Times,8/20)。 |
DIA-204-1984-08-21-1 | タイ | 1984年08月21日 | 1980年代 | Preeha保釈さる-同時に逮捕されたChatcharinは警察が23日釈放を拒否(7月11日参照)。 |
DIA-204-1984-08-21-2 | タイ | 1984年08月21日 | 1980年代 | 首相病気で今週(25日まで)の全行事を取止め-シリキット王妃とアーティット司令官が22日に見舞う。 |
DIA-204-1984-08-21-3 | タイ | 1984年08月21日 | 1980年代 | ククリット時局発言-「プレム首相はタイの民主主義に必要で,少なくともあと2~3年は在任すべきだ。アーティット定年問題は,首相決裁事項だ。軍の政権転覆や,プレム自身のクーデターはありえない」。なお同日タマサート大学法学部Vorapoj講師も,延長要求理由が不十分として反対を表明。 |
DIA-204-1984-08-21-4 | タイ | 1984年08月21日 | 1980年代 | 米議会,F16A100型機売却に消極的(NR,8/21)。 |
DIA-204-1984-08-21-5 | タイ | 1984年08月21日 | 1980年代 | バンコク銀行のチン会長,引退。 |
DIA-204-1984-08-22-1 | タイ | 1984年08月22日 | 1980年代 | 中銀,高金利国債発行-中銀発表。20日の金融引締解除に伴う通貨供給量の増大に対処すべく,金利13.25%の国債を発行し,商銀資金を吸収するもの。 |
DIA-204-1984-08-22-2 | タイ | 1984年08月22日 | 1980年代 | 共産ゲリラとの衝突で政府軍15人死傷(スラタニ,ラヨン,チュンポン3県の県境域で)。 |
DIA-204-1984-08-24-1 | タイ | 1984年08月24日 | 1980年代 | 外国人学者らSulak事件で要望書提出-タイ学国際会議出席のため来タイ中の7カ国19人の学者は,プレム首相あての書状でSulak,Preecha,Chatcharinらの速やかな審理と公開裁判を要望。 |
DIA-204-1984-08-24-2 | タイ | 1984年08月24日 | 1980年代 | 中銀,経済4部門への信用供与特化を要請-中銀と,銀行協会での同意。4部門とは,輸出業,農業,小企業,中企業である。 |
DIA-204-1984-08-26-1 | タイ | 1984年08月26日 | 1980年代 | プレム誕生日に軍警人集う-プレム首相の64歳誕生日にアーティット司令官以下約1000人の軍,警人が祝いに集まり,プレムへの支持を誇示した。 |
DIA-204-1984-08-26-2 | タイ | 1984年08月26日 | 1980年代 | 庶民金融に不安高まる-商銀筋によると,最近の銀行協会幹部の会合で,増大を続ける庶民金融の講が,1月以降の金融引締めとその突然の解除で破産した場合の経済全般に及ぶ悪影響について討議された。「チャモイ石油」と俗称される1講には,多数の軍高官が多額の金を投下しているとされる(アーティットは関りを否定)。 |
DIA-204-1984-08-26-3 | タイ | 1984年08月26日 | 1980年代 | 軍部,首相と最高司令官との齟齬を否定。 |
DIA-204-1984-08-26-4 | タイ | 1984年08月26日 | 1980年代 | タイ,ラオス国境で一方的測量を開始-ラオス駐タイ大使は,測量結果を承認せずと表明(25日)。なおアーティット国軍司令官は22日,測量結果しだいでは,3カ村をラオスに渡すこともありうる,と言明。 |
DIA-204-1984-08-27-1 | タイ | 1984年08月27日 | 1980年代 | Sulak問題,米で関心高まる-27日付BP紙。米国務省,駐米タイ大使館等に,国会議員,学者,人権団体等から問合せ,非難の電話,電信が集中。 |
DIA-204-1984-08-27-2 | タイ | 1984年08月27日 | 1980年代 | ソ連Pravda紙,ラオス国境問題でタイを非難。 |
DIA-204-1984-08-27-3 | タイ | 1984年08月27日 | 1980年代 | 海軍,英製対潜魚雷購入契約調印-Stingray12基,1.7億バーツ,フリゲート艦と対潜哨戒機に付設予定。 |
DIA-204-1984-08-27-4 | タイ | 1984年08月27日 | 1980年代 | ラオス軍の攻撃で,国連事務総長に抗議覚書-26日に係争2カ村が砲撃されたというもの。 |
DIA-204-1984-08-27-5 | タイ | 1984年08月27日 | 1980年代 | ラオス第2回国境問題代表団,政府指令で帰国。 |
DIA-204-1984-08-28-1 | タイ | 1984年08月28日 | 1980年代 | 警察人事異動発表さる(10月1日実施)。 |
DIA-204-1984-08-28-2 | タイ | 1984年08月28日 | 1980年代 | アーティット司令官誕生祝いに軍人集う-誕生日は31日だが,28日約300人の軍首脳が集まって祝う。 |
DIA-204-1984-08-28-3 | タイ | 1984年08月28日 | 1980年代 | ブルネイ外相来訪-29日に会談したシチ外相は,ブルネイ軍のタイにおける軍事訓練を認める旨発言。 |
DIA-204-1984-08-28-4 | タイ | 1984年08月28日 | 1980年代 | 日本,20億バーツの無償援助に調印。 |
DIA-204-1984-08-28-5 | タイ | 1984年08月28日 | 1980年代 | 中銀,商銀4行の経営業務を監視中(BP,8/28)。 |
DIA-204-1984-08-29-1 | タイ | 1984年08月29日 | 1980年代 | 蔵相,講の非合法化を検討と発表(26日参照)。 |
DIA-204-1984-08-30-1 | タイ | 1984年08月30日 | 1980年代 | 親軍派議員,憲法解釈動議提出-次の2点,(1)83年4月選挙で下院議席の半数以下の候補者を立てた政党の当選者は第94条3下で議員資格を有するのか。(2)同条項有効の場合,既失効の201,204,205の3経過条項は有効ではないのか。上院議員の4年任期は前回選挙の83年4月18日に始まるのか。消息筋は,この動議を現役軍人の閣僚就任を認めようとするものと見ている。親軍派議員とは,タイ国民党のポン議員で,同人は事前に第一軍区のピチット副司令官(上院議員)と協議し,同官と共にこの動議を国会議長に提出した。 |
DIA-204-1984-08-30-2 | タイ | 1984年08月30日 | 1980年代 | プレム首相,病気療養で訪米か-21日以降インフルエンザにかかっていたもの。出発は9月14日予定。 |
DIA-204-1984-08-30-3 | タイ | 1984年08月30日 | 1980年代 | 85年度予算案,原案通り可決-予算精査委員会の削減提案は見送り。183対48(「参考資料」参照)。 |
DIA-204-1984-08-31-1 | タイ | 1984年08月31日 | 1980年代 | 憲法解釈動議,内容変更-30日参照。ウクリット国会議長は,9月3日(月)に新動議を両院国会で審議と発表。新内容は,改憲法案採決における国会議員定数を議席総数ではなく,死亡・辞任を差し引いた現実数とすべきだ,との主張に基づくもの。これが採用されれば,83年3月の改憲法案否決は,可決に変り,現役軍人の閣僚就任が認められる(83年3月17日参照)。なお9月3日付BP紙によると,同議長は「最初二つの動議が提出されたが,一方は内容上拒否した」と言明。 |
DIA-204-1984-08-31-2 | タイ | 1984年08月31日 | 1980年代 | 首相の態度-憲法解釈動議につき,4与党に対し,「私は正しきものと共に立ち,正しからざるものと戦う」と表明した,という。一方第1軍区ピチット副司令官は,この動議が軍幹部の支持を得たものとし,「ポン議員は,首相の長期不在の悪影響を恐れている。諸政党の中にはプレムを継ぐべき適材がいない」と語った。 |
DIA-204-1984-08-31-3 | タイ | 1984年08月31日 | 1980年代 | シリキット王妃,首相を再び見舞う(病名は,心室期外収縮と発表された)。 |
DIA-204-1984-08-31-4 | タイ | 1984年08月31日 | 1980年代 | バンコク市行政法案,下院通過-同市知事,市議会議員の公選化を規定。上院は9月3日第1読会で承認。 |
DIA-204-1984-08-31-5 | タイ | 1984年08月31日 | 1980年代 | トンバイ弁護士,人権擁護でマグサイサイ賞受賞。 |
DIA-204-1984-08-31-6 | タイ | 1984年08月31日 | 1980年代 | 新自動車国産政策決まる-実施は85年1月1日からで,42種(各2モデル),国産化率42%凍結等が内容。 |
DIA-204-1984-09-02-1 | タイ | 1984年09月02日 | 1980年代 | アーティット,憲法解釈動議の国会審議延期を要請-BP紙3日の評者は,国会で動議が通過する見込みがなくなったため,という。3日付NR紙は,1日夜の軍部=諸政党間の秘密会議の結果と報道。 |
DIA-204-1984-09-02-2 | タイ | 1984年09月02日 | 1980年代 | プレム首相,健康回復を記者団に誇示。 |
DIA-204-1984-09-03-1 | タイ | 1984年09月03日 | 1980年代 | 国会,憲法解釈の審議を延期-2日のアーティット司令官声明の意を体した延期動議が提出され,審議続行(軍に不利と判断された)か延期かの表決が行なわれ,371対76で延期と決った。反対票は民主党のほか,進歩党,社会民主党,国家民主党等の議員による。 |
DIA-204-1984-09-03-2 | タイ | 1984年09月03日 | 1980年代 | 軍人事異動の発表-10月1日実施の異動表が,例年より2週間早く発表された。王立士官学校第5期生の昇進が目立つ。 |
DIA-204-1984-09-03-3 | タイ | 1984年09月03日 | 1980年代 | 外務省と軍,別個にラオス非難声明-ともに最近のラオス軍からの砲撃を非難したもの。 |
DIA-204-1984-09-03-4 | タイ | 1984年09月03日 | 1980年代 | 繊維業界,価格現状維持で合意(BP,9/3,7月下旬以降の引下げ競争を中止したもの。7月21日参照)。 |
DIA-204-1984-09-04-1 | タイ | 1984年09月04日 | 1980年代 | ピチット,プレム首相と会う-8月以来の軍部による対政府活動の首謀者ピチット第1軍区副司令官が,自己の活動に対する「誤解」を解くよう要請。 |
DIA-204-1984-09-04-2 | タイ | 1984年09月04日 | 1980年代 | プレム首相の健康「回復」と発表さる。 |
DIA-204-1984-09-04-3 | タイ | 1984年09月04日 | 1980年代 | 閣議,ねずみ講規制策第一弾を決定-政府各部局が先ず,一般大衆に警告を発する全国的運動の実施決定。 |
DIA-204-1984-09-04-4 | タイ | 1984年09月04日 | 1980年代 | 金融会社救済策で政策調整委員会設置さる-4月4日措置として知られる経営プール計画の運営を行なうもの。すでに二つのプールが設置され11社が参加。 |
DIA-204-1984-09-05-1 | タイ | 1984年09月05日 | 1980年代 | 国境測量は不成功-ラオス側の攻撃で,実質作業は8月29日までであったという(5日発表)。 |
DIA-204-1984-09-05-2 | タイ | 1984年09月05日 | 1980年代 | タイ国民党党首,将来の憲法解釈動議も拒否と表明。ただ9日には,経済問題での国会開催には賛成と表明。 |
DIA-204-1984-09-06-1 | タイ | 1984年09月06日 | 1980年代 | 軍部は国防相のポストを希望-ピチット第1軍区副司令官の言。「軍内部の情況を知らない国防相は,誤った人事異動を行ないかねない」と付言。 |
DIA-204-1984-09-06-2 | タイ | 1984年09月06日 | 1980年代 | タイ人民党議員,特別国会開催で活動か(BP紙)。 |
DIA-204-1984-09-06-3 | タイ | 1984年09月06日 | 1980年代 | 国家石油政策委,原油のサウジ依存率削減で合意-12日までの現行協定量6.5万b/dを半減し,自国・近隣諸国産品のシェアを高めようとするもの。 |
DIA-204-1984-09-06-4 | タイ | 1984年09月06日 | 1980年代 | タイ,カンボジア難民キャンプ移転案を国連に提出。 |
DIA-204-1984-09-06-5 | タイ | 1984年09月06日 | 1980年代 | カンボジア国際会議会長来訪。 |
DIA-204-1984-09-07-1 | タイ | 1984年09月07日 | 1980年代 | プレム,新任師団長クラスと力の誇示-7日各紙は,3日軍人事異動で昇進した将官らがプレムを4日訪問し,その支持を誓ったと大々的に報道した。 |
DIA-204-1984-09-08-1 | タイ | 1984年09月08日 | 1980年代 | 北部ナン県でもラオス軍攻撃-チェンクラン郡Tambon ChondaenのBan Namlu-mai Pattana部落。 |
DIA-204-1984-09-08-2 | タイ | 1984年09月08日 | 1980年代 | クリアンサク,特別国会開催に反対表明。 |
DIA-204-1984-09-09-1 | タイ | 1984年09月09日 | 1980年代 | シャン統一軍,タイ革命会議と合体-9日付BP紙のタイ軍情報。麻薬取引独占権をめぐり国民党軍=ビルマ共産軍連合に対抗が目的という(8月13日参照)。 |
DIA-204-1984-09-10-1 | タイ | 1984年09月10日 | 1980年代 | 陸軍,戦車100台の長期購入計画を発表。 |
DIA-204-1984-09-10-2 | タイ | 1984年09月10日 | 1980年代 | 軍部筋,共産党幹部逮捕を実施直前で中止と発表。 |
DIA-204-1984-09-10-3 | タイ | 1984年09月10日 | 1980年代 | 特別国会開催問題-政府を代表してプラチュアブ副首相は「率先した動きをせず」と表明。また民主党のビチャイ党首も反対を表明。一方ウクリット国会議長は支持を表明した。 |
DIA-204-1984-09-11-1 | タイ | 1984年09月11日 | 1980年代 | 中銀総裁解任さる-Nukul Prachuabmoh 55歳。ソンマイ蔵相発案で閣議が了承したもの。後任は,大蔵省財政政策局長のKamchorn Sathirakul50歳。解任理由は,(1)Asia Trust Bank事件処理問題,(2)中銀の独立性にともなう大蔵省との連絡欠如,(3)金融引締め政策への賛否,などといわれる。 |
DIA-204-1984-09-11-2 | タイ | 1984年09月11日 | 1980年代 | 「ASEAN非核化宣言より地域協力を」-外務省スポークスマンは,マレーシア外相による非核化宣言提案に賛成しつつも,インドシナ問題の重視を要望。 |
DIA-204-1984-09-11-3 | タイ | 1984年09月11日 | 1980年代 | ねずみ講対策で中銀に緊急基金設立-BP紙11日による。軍内に多い講参加者が大量の資金を商銀から軍銀行へ移転させるのに対処するもの(NR,9/7参照)。 |
DIA-204-1984-09-11-4 | タイ | 1984年09月11日 | 1980年代 | ソ連と民間貿易取決め-11日付NR紙。8月26日~9月3日にソ連を訪問したタイ民間貿易使節団が取り結んできたもの。この中にはソ連が数年前輸入を禁止した(タイ産)タピオカも含まれている。 |
DIA-204-1984-09-11-5 | タイ | 1984年09月11日 | 1980年代 | バンコク市と近郊の水道料金引上げ発表-9月1日現在で実施。1m3当り平均20~25サタン。 |
DIA-204-1984-09-11-6 | タイ | 1984年09月11日 | 1980年代 | 下院議長,特別国会開催に反対を声明。 |
DIA-204-1984-09-12-1 | タイ | 1984年09月12日 | 1980年代 | ブラジルと通商・技術協定。 |
DIA-204-1984-09-12-2 | タイ | 1984年09月12日 | 1980年代 | 「ASEAN,カンボジア和平で越軍撤兵を要求せず」-クリアンサク前首相の言明,経緯は不明。 |
DIA-204-1984-09-12-3 | タイ | 1984年09月12日 | 1980年代 | ククリット,プレム首相支持を表明-社行党議員がククリット党首の意向を発表したもの。 |
DIA-204-1984-09-13-1 | タイ | 1984年09月13日 | 1980年代 | Erawanガス田,日量2億立方フイート達成-Union Oil社13日の発表。 |
DIA-204-1984-09-13-2 | タイ | 1984年09月13日 | 1980年代 | 国軍最高司令官,ねずみ講を支持-軍テレビ放送が,講発起者のチャモイ夫人擁護の番組を放映した(11日)ことを弁護。同官は19日にも政府の講干渉を非難。 |
DIA-204-1984-09-14-1 | タイ | 1984年09月14日 | 1980年代 | プレム首相,病気診断で訪米。 |
DIA-204-1984-09-14-2 | タイ | 1984年09月14日 | 1980年代 | プレム,あと4年首相在位か-BP紙主筆署名記事-「国王は1987年末で満60歳となり,88年7月にはタイ史上最長在位の王となる。この8カ月間に今世紀最大の祝典が行なわれ,プレムは首相としてその式典長をつとめ,その後引退すれば,枢密院議長か同議員になろう。これは至上権力者の希望によるものである」 |
DIA-204-1984-09-15-1 | タイ | 1984年09月15日 | 1980年代 | 81年4月クーデター首謀者2人「逮捕」-当初警察は「逮捕」と発表。8時間後の釈放時には「意見交換で警察に招待」と食言。釈放はアーティットら軍首脳とシリキット王妃の働きかけの結果という。同クーデター組,所謂ヤングタークスの指導者プラジャークは17日,この事件がプレム首相に近いチャワリット副参謀長や王立士官学校第5期生の陰謀と断じ,政権交代を要求。 |
DIA-204-1984-09-17-1 | タイ | 1984年09月17日 | 1980年代 | 対日通商・経済協力再編で戦略チーム設置-最近できたもので,ビチャイ副首相が委員長(BP,9/17)。 |
DIA-204-1984-09-18-1 | タイ | 1984年09月18日 | 1980年代 | 国連にラオス非難の覚書提出-13日の砲撃で,タイの道路建設局員が死亡した件。 |
DIA-204-1984-09-19-1 | タイ | 1984年09月19日 | 1980年代 | サマック運輸相に「不正なし」-プラチュアブ副首相,閣僚調査委報告を公式発表(7月6日参照)。 |
DIA-204-1984-09-19-2 | タイ | 1984年09月19日 | 1980年代 | シチ内相,プレム首相支持を表明。 |
DIA-204-1984-09-20-1 | タイ | 1984年09月20日 | 1980年代 | 軍佐官以下の異動公表禁止さる(BP,9/20)。 |
DIA-204-1984-09-21-1 | タイ | 1984年09月21日 | 1980年代 | 第7回タイ=韓貿易閣僚会議共同声明-1988年までに往復10億米ドル実現をうたう。なお同時に民間の第3回経済協力委員会も開かれた。 |
DIA-204-1984-09-21-2 | タイ | 1984年09月21日 | 1980年代 | ヤングタークス,チャワリットらに謝罪(15日参照)。 |
DIA-204-1984-09-24-1 | タイ | 1984年09月24日 | 1980年代 | 経閣委,対外借款ガイドラインを承認-国家機関,国営企業,軍および民間企業と分け,それぞれの借入れ規準を厳しくしたもの。経閣委は10月1日にも補足的規定を承認(「参考資料」参照)。 |
DIA-204-1984-09-24-2 | タイ | 1984年09月24日 | 1980年代 | 首都治安司令部内の人事も変る-同司令部副司令官パット中将の9月末退任に伴うもの。新副司令官にチャワリット副参謀長,司令部付陸軍部隊司令官にピチット第1軍区副司令官(現)と,ここでも現陸軍内の勢力均衡がたもたれた(NR,9/24)。 |
DIA-204-1984-09-25-1 | タイ | 1984年09月25日 | 1980年代 | 中銀,輸出金融を拡大-65億バーツの再割引枠増で,発効は10月1日。うち30億バーツはパッキング信用で,輸出業者手形再割引枠の拡大用。うち20億バーツは商銀の中銀発行政府債(年利12.5%)の引受け割合に応じ,また10億バーツは6月末現在の商銀の輸出信用供与実績に応じて各行に配分。他の30億バーツは船積前再割引枠の拡大。残り5億バーツは小企業向け。なお輸出業者の支払う割引率は7%から9%へ引上げられた。 |
DIA-204-1984-09-26-1 | タイ | 1984年09月26日 | 1980年代 | プレム首相,アメリカより帰着。 |
DIA-204-1984-09-27-1 | タイ | 1984年09月27日 | 1980年代 | 最低賃金は凍結-毎年10月引上げ実施だが,本年は73年の制度導入以来始めて政労使3者の協議で凍結を決定。ただし12月に再検討の予定。 |
DIA-204-1984-09-28-1 | タイ | 1984年09月28日 | 1980年代 | ベトナム外相来訪-30日にカンボジア問題解決のための国際監視委員会設立で提案。 |
DIA-204-1984-09-28-2 | タイ | 1984年09月28日 | 1980年代 | タイ国民党党首,特別国会開催で率先行動を否定。 |
DIA-204-1984-09-30-1 | タイ | 1984年09月30日 | 1980年代 | ラオス国境問題-外務省発表。「タイはフランスが国境について押しつけたすべての不平等条約を,25年前に破棄し,当時のラオス政府(スバンナ・ブーマの3派連合政府)と新条約を締結し,国境の合同測量を実施して分水嶺を確認し,紛争を永久に解決するよう,取決めていた」という。なお国軍司令官筋は,ラオス側が同調しないタイ軍だけの撤兵は,誤解まねく,と言明。 |
DIA-204-1984-09-30-2 | タイ | 1984年09月30日 | 1980年代 | プレム首相入院-陸軍30日夕刻の発表。27日に背中に痛みを感じて29日にPhra Mongkutklao(陸軍)病院へ入院。陸軍は17人の医師団を組んだ(団長はAswin Thepakham少将)。 |
DIA-204-1984-09-30-3 | タイ | 1984年09月30日 | 1980年代 | 王立士官学校第5期生の同期会。 |
DIA-204-1984-10-01-1 | タイ | 1984年10月01日 | 1980年代 | プレム首相,1カ月の入院が必要と発表さる。 |
DIA-204-1984-10-01-2 | タイ | 1984年10月01日 | 1980年代 | 首相,米製戦車購入で資金調達方法の変更を指示。 |
DIA-204-1984-10-02-1 | タイ | 1984年10月02日 | 1980年代 | 首相入院に軍の幽閉説-シリキット王妃,軍幹部ら見舞う。 |
DIA-204-1984-10-02-2 | タイ | 1984年10月02日 | 1980年代 | 閣議,LNGプロジェクト承認-日本4社との合弁でシャム湾の天然ガスをLNGとして日本等へ輸出予定。 |
DIA-204-1984-10-03-1 | タイ | 1984年10月03日 | 1980年代 | 陸軍放送,「首相入院に政治背景なし」と報道。 |
DIA-204-1984-10-03-2 | タイ | 1984年10月03日 | 1980年代 | ククリットら政治家も短時間の見舞い許さる。 |
DIA-204-1984-10-03-3 | タイ | 1984年10月03日 | 1980年代 | 国会で改憲の動き再開-主体はタイ国民党議員。 |
DIA-204-1984-10-03-4 | タイ | 1984年10月03日 | 1980年代 | 「タイ仏教を蝕む寄生者」(BP紙特集記事)。 |
DIA-204-1984-10-03-5 | タイ | 1984年10月03日 | 1980年代 | ASEAN国会議員会議,パンコクで開催。 |
DIA-204-1984-10-03-6 | タイ | 1984年10月03日 | 1980年代 | シチ外相,国連総会でタイ軍のラオス国境係争3カ村からの撤退を発表。一方国家治安会議プラソン事務局長は,問題の発端となった,国境沿い道路建設の経路を若干変更する,と発表。 |
DIA-204-1984-10-05-1 | タイ | 1984年10月05日 | 1980年代 | Asia Trust Bank前首脳陣告訴さる-中銀とATBはWallob前会長・社長に対して詐欺,銀行法違反等で告訴。数日後前経営陣にも拡大された(8月6日参照)。 |
DIA-204-1984-10-08-1 | タイ | 1984年10月08日 | 1980年代 | シチ外相,非公式訪日(13日まで)。 |
DIA-204-1984-10-08-2 | タイ | 1984年10月08日 | 1980年代 | タイ国民党,改憲特別国会開催に反対-Banharn書記長の言。 |
DIA-204-1984-10-08-3 | タイ | 1984年10月08日 | 1980年代 | 運輸相,バンコク市バス料金引上げを示唆 |
DIA-204-1984-10-09-1 | タイ | 1984年10月09日 | 1980年代 | 大蔵省,贅沢品等の輸入関税,課徴金引上げ。 |
DIA-204-1984-10-10-1 | タイ | 1984年10月10日 | 1980年代 | ウクリット国会議長,政府の貿易政策を批判。 |
DIA-204-1984-10-12-1 | タイ | 1984年10月12日 | 1980年代 | プレム首相退院,以後公邸療養に。 |
DIA-204-1984-10-12-2 | タイ | 1984年10月12日 | 1980年代 | 下院議長,現時点の改憲に反対を表明。 |
DIA-204-1984-10-12-3 | タイ | 1984年10月12日 | 1980年代 | 司法委員会,サマク運輸相権限違犯と回答-国会運輸委員会への報告発表さる(9月19日参照)。 |
DIA-204-1984-10-14-1 | タイ | 1984年10月14日 | 1980年代 | 学生団体,反日運動推進を計画-「10月14日学生蜂起記念日」の事業として,日本製贅沢品不買を呼びかけるもの。 |
DIA-204-1984-10-14-2 | タイ | 1984年10月14日 | 1980年代 | 南部分離主義者,海外軍事訓練後,国内にもどる-リビア,シリアで訓練をうけたという。第4軍発表。 |
DIA-204-1984-10-14-3 | タイ | 1984年10月14日 | 1980年代 | 第11連隊長,閑職へ配転(BP,10/14)。 |
DIA-204-1984-10-15-1 | タイ | 1984年10月15日 | 1980年代 | タイ軍撤兵完了と外務省発表(3日参照)。 |
DIA-204-1984-10-16-1 | タイ | 1984年10月16日 | 1980年代 | ビチャイ副首相,学生に不買運動自粛を要請。 |
DIA-204-1984-10-17-1 | タイ | 1984年10月17日 | 1980年代 | 王立士官学校第5期生ら内務次官と懇談会。 |
DIA-204-1984-10-17-2 | タイ | 1984年10月17日 | 1980年代 | 「共産党の軍事脅威は消滅」-チャワリット副参謀長の発表。今後の政府側戦略は民主主義建設のための社会不正の根絶にあるという。 |
DIA-204-1984-10-18-1 | タイ | 1984年10月18日 | 1980年代 | シリキット王妃,プレムを見舞う-19日各紙によると,プレム病気中最も頻繁に見舞ったのはチャワリット副参謀長で,18日にはVirabhong顧問も見舞う。 |
DIA-204-1984-10-19-1 | タイ | 1984年10月19日 | 1980年代 | 特別国会開催の動き-タイ国民党のポン副党首は,「プレム首相回復後行動を開始する」と声明。もう1人の副党首チャチャイは20日,党決定としてその行動はとらない,と表明。また政府4与党国会対策係りのArkom Sorasuchartも20日,4与党の一致見解として開催の必要はない,と表明。 |
DIA-204-1984-10-20-1 | タイ | 1984年10月20日 | 1980年代 | 学生ら日貨不買運動開始。 |
DIA-204-1984-10-21-1 | タイ | 1984年10月21日 | 1980年代 | 大蔵省,85年度対外借入れ限度15億ドルと発表-経済成長は5.5%以下を予定。84年度は設定限度20.6億ドルで,実績は14億ドルであった(11月28日参照)。 |
DIA-204-1984-10-22-1 | タイ | 1984年10月22日 | 1980年代 | タイ,国連安保理の議席獲得-国連総会第4回投票で106票を得た。モンゴルは49票。 |
DIA-204-1984-10-24-1 | タイ | 1984年10月24日 | 1980年代 | アーティット最高司令官,欧米訪問に発つ。 |
DIA-204-1984-10-24-2 | タイ | 1984年10月24日 | 1980年代 | 台湾,タイ産メイズ受取り拒否-AP24日。最新輸入品にアフラトキシンが発見されたため。 |
DIA-204-1984-10-24-3 | タイ | 1984年10月24日 | 1980年代 | 中銀,輸入抑制策を継続-11月期限の輸入信用状開設規制をさらに6カ月間延長。また信用状開設料も,100バーツから200バーツへ引き上げることとなった。 |
DIA-204-1984-10-25-1 | タイ | 1984年10月25日 | 1980年代 | プレム首相の健康完全回復と医師団発表。 |
DIA-204-1984-10-25-2 | タイ | 1984年10月25日 | 1980年代 | マレーシアと第29回国境委員会開催。 |
DIA-204-1984-10-28-1 | タイ | 1984年10月28日 | 1980年代 | プレム首相,国王に謁見。 |
DIA-204-1984-10-29-1 | タイ | 1984年10月29日 | 1980年代 | ジュート,ケナフ輸出禁止-経済閣僚委の決定。1984~85年作のみ。この年度の生産予想7万トンが内需以下とみられ,なお国際的な品薄も予想されるため。11月12日には,同製品輸出の規制も承認された。 |
DIA-204-1984-10-29-2 | タイ | 1984年10月29日 | 1980年代 | アーティット,国内政治等で語る-ロサンジェルス訪問中に次のように語った。(1)国内が乱れ,乞われた場合のみ,首相の職をうけ容れる。(2)チャモイ夫人のねずみ講禁止は,時勢にあわず正しくない。(3)タイ空軍は決してF20型戦闘機を購入しない。 |
DIA-204-1984-10-29-3 | タイ | 1984年10月29日 | 1980年代 | 対日貿易問題-コソン商相は訪タイ中の日本の松永外務次官と会談し,「日本の市場開放策には改善の動きがない。忍耐にも限度がある」と語ったという。 |
DIA-204-1984-10-30-1 | タイ | 1984年10月30日 | 1980年代 | 閣議,バンコク市知事の更迭で合意-理由は洪水対策の失敗という。Tiam Makarananda海軍大将。 |
DIA-204-1984-10-31-1 | タイ | 1984年10月31日 | 1980年代 | クラ地峡運河問題でセミナー(2日間)。 |
DIA-204-1984-11-01-1 | タイ | 1984年11月01日 | 1980年代 | 大銀行,貸出金利引下げ-シャム商業銀行,バンコク銀行,農民銀行の3行。1~2日の間に,最低当座貸越率と最低貸出率とをそれぞれ17%から16.5%へ。 |
DIA-204-1984-11-02-1 | タイ | 1984年11月02日 | 1980年代 | バーツ切下げ発表-5日(月曜日)以降1ドル=23バーツを27バーツとし(IMF方式で14.8%),また米ドルとの連動制も廃止。今後は為替平衡基金が時々市場に介入し,主要国諸通貨の価値にもとづく米ドルとの為替レートを設定。前回81年7月の切下げ時以来,バーツは主要貿易国通貨に対して平均15%切上った状態になっていたという。当面の対応策として蔵相は,(1)石油小売価格の維持,(2)基幹物資輸入への税措置,を考慮。 |
DIA-204-1984-11-03-1 | タイ | 1984年11月03日 | 1980年代 | 中銀,商銀の為替差益封じ策発表。 |
DIA-204-1984-11-03-2 | タイ | 1984年11月03日 | 1980年代 | 労働運動指導者,通貨切下げに反対表明-最低賃金引上げの3カ月間凍結を即時撤回し,かつ賃金を17.8%引上げるよう要求。 |
DIA-204-1984-11-05-1 | タイ | 1984年11月05日 | 1980年代 | 政府軍,シャン統一軍拠点を占領-メーホンソン県のビルマ国境付近で,麻薬精製所を含む。 |
DIA-204-1984-11-05-2 | タイ | 1984年11月05日 | 1980年代 | 蔵相,閣議でバーツ切下げの説明-NR紙によると,オブ工相とシチ内相が反対を表明。 |
DIA-204-1984-11-05-3 | タイ | 1984年11月05日 | 1980年代 | タイ国民党,特別国会開催要求で動きだす。 |
DIA-204-1984-11-05-4 | タイ | 1984年11月05日 | 1980年代 | 商務省,便乗値上げ抑制で26品目に規制-同品目の製造業者,輸入業者は10月末日現在の生産・流通コスト,輸入コスト,卸売・小売価格,等を11月12日までに価格決定,反独占委員会に報告しなければならない。 |
DIA-204-1984-11-05-5 | タイ | 1984年11月05日 | 1980年代 | 証券市場,激しい売りでスタート。 |
DIA-204-1984-11-06-1 | タイ | 1984年11月06日 | 1980年代 | バンコク新知事決まる-現スコタイ県知事のAsa Meksawan 59歳。シチ内相の任命を閣議承認。 |
DIA-204-1984-11-06-2 | タイ | 1984年11月06日 | 1980年代 | 与党閣僚,切下げ支持の記者会見-消息筋によると,会見前の閣議では,これらの閣僚も反対したという。 |
DIA-204-1984-11-06-3 | タイ | 1984年11月06日 | 1980年代 | 輸入課徴金1400品目について20%引下げ発表-これによる歳入減は30億バーツと見積られている。 |
DIA-204-1984-11-07-1 | タイ | 1984年11月07日 | 1980年代 | アーティット司令官,テレビで政府批判-6日夜アメリカより帰国,7日朝カンボジア国境に向い,コーラートから軍テレビで行なったもの:「通貨切下げをハワイ滞在中に知った。これは国民生活を圧迫し,軍支出にも影響する。ハワイから軍幹部に電話し,内閣改造要求の書状を首相に提出するよう指示した。通貨は5日以前の状態に戻すべぎだ。ねずみ講への政府の干渉も遺憾だ」。この放送にある書状は,6日首相に提出されていた,と7日発表された。署名者は,最高司令部参謀長,陸軍副司令官,同参謀長,海・空軍司令官の5人。 |
DIA-204-1984-11-07-2 | タイ | 1984年11月07日 | 1980年代 | 商務省,91品目の追加規制発表(5日参照)。 |
DIA-204-1984-11-07-3 | タイ | 1984年11月07日 | 1980年代 | プレム首相,公務にもどる。 |
DIA-204-1984-11-07-4 | タイ | 1984年11月07日 | 1980年代 | ククリット社行党党首,切下げ支持をテレビで表明。 |
DIA-204-1984-11-08-1 | タイ | 1984年11月08日 | 1980年代 | プレム首相,軍内部支持取りつけ成功-6日に提出された内閣改造要求書状の署名者らを首相公邸に出頭させ(空軍司令官は出頭せず)政府支持を誓わせたもの。このあと首相は記者団に通貨切下げの必要性を強調した。一方,政府と軍筋によると,軍内部の王立士官学校第5期生を中心とする将官らも,プレム首相への継続支持を誓ったという。またチャワリット陸軍副参謀長も首相と面談後,「首相は退かない。両派は平和的解決に達しつつある」と語った。 |
DIA-204-1984-11-08-2 | タイ | 1984年11月08日 | 1980年代 | オブ工業相,バーツ切下げ反対論にもどる。 |
DIA-204-1984-11-08-3 | タイ | 1984年11月08日 | 1980年代 | 国鉄労組機械工約3000人,ストに突入。 |
DIA-204-1984-11-09-1 | タイ | 1984年11月09日 | 1980年代 | 国鉄スト,幹線沿い主要県にひろがる。 |
DIA-204-1984-11-10-1 | タイ | 1984年11月10日 | 1980年代 | 国鉄労組,13日までの政府回答を要求。 |
DIA-204-1984-11-11-1 | タイ | 1984年11月11日 | 1980年代 | アーティット,態度軟化か-軍筋によると,アーティットは10日首都治安司令部での軍将校との会合で,「クーデターは起こさない。プレム首相を尊敬している」と語ったとされる(12日の新聞報道)。 |
DIA-204-1984-11-11-2 | タイ | 1984年11月11日 | 1980年代 | 民主党議員,アーティット発言査問動議を考慮。 |
DIA-204-1984-11-11-3 | タイ | 1984年11月11日 | 1980年代 | 国鉄労組,首相あて書状で争議の政治性を否定-LCTのAhmad議長が首相あて6日付け書状で内閣改造と改憲を要求していたための措置という。 |
DIA-204-1984-11-12-1 | タイ | 1984年11月12日 | 1980年代 | アーティット,内閣改造等要求を撤回。 |
DIA-204-1984-11-13-1 | タイ | 1984年11月13日 | 1980年代 | ねずみ講禁止勅令でる-500万バーツ以上の講に対して1年以内に停止を求めるもの。 |
DIA-204-1984-11-13-2 | タイ | 1984年11月13日 | 1980年代 | 中銀,公定歩合1%引下げ。 |
DIA-204-1984-11-13-3 | タイ | 1984年11月13日 | 1980年代 | プレム首相,全政府機関に不急支出削減を指示。 |
DIA-204-1984-11-13-4 | タイ | 1984年11月13日 | 1980年代 | 歳入局,民間会社為替差損の5年間分割計上を容認。 |
DIA-204-1984-11-13-5 | タイ | 1984年11月13日 | 1980年代 | 政府,軍幹部300人に通貨切下げの状況説明。 |
DIA-204-1984-11-13-6 | タイ | 1984年11月13日 | 1980年代 | 国鉄労組,全国でスト(午后7時30分より)。 |
DIA-204-1984-11-14-1 | タイ | 1984年11月14日 | 1980年代 | 西独緑の党,タイ共との関係を否定-NR紙14日。7月のタイ共産党関係者逮捕事件に関するもの。 |
DIA-204-1984-11-14-2 | タイ | 1984年11月14日 | 1980年代 | 金融会社協会設立さる-旧金融証券協会。 |
DIA-204-1984-11-14-3 | タイ | 1984年11月14日 | 1980年代 | 短期定期金利さがる-中銀の13日の動きに連動したもの。3カ月定期が13%から12%へ。農民銀行の譲渡可能預金証書(3カ月)も12.5%から12%へ。 |
DIA-204-1984-11-14-4 | タイ | 1984年11月14日 | 1980年代 | 国鉄会長,争議参加者を非難(会長は陸軍副司令官のThienchai大将)。 |
DIA-204-1984-11-14-5 | タイ | 1984年11月14日 | 1980年代 | タイ労働会議LCT,ゼネストを示唆。 |
DIA-204-1984-11-15-1 | タイ | 1984年11月15日 | 1980年代 | 商務省,規制品目35追加。 |
DIA-204-1984-11-15-2 | タイ | 1984年11月15日 | 1980年代 | 軍はストに関係せず-陸軍司令官補のMana大将は,軍がストを支援しているとの推測を否定。 |
DIA-204-1984-11-15-3 | タイ | 1984年11月15日 | 1980年代 | タイ労働会議,首相にゼネストの最後通告-一方シチ内相もスト中止を要請し,容れられねば労働法35条によりスト中止令を出す,と発言。ただし同34条(公益事業でのスト禁止条項)は適用せずと既に表明。 |
DIA-204-1984-11-16-1 | タイ | 1984年11月16日 | 1980年代 | 首相,国王・王妃に突如謁見-東北部サコンナコン県の王宮にいる国王はワチラロンコン皇太子に命じ,バンコク空港までプレム首相を出迎えさせた。 |
DIA-204-1984-11-16-2 | タイ | 1984年11月16日 | 1980年代 | 国鉄争議,夕刻に収拾さる-労組側要求はほぼ容認され,またスト参加者の処分も見送り。妥結細目は21日に合意されたが,国鉄側は資金不足で以後難渋。 |
DIA-204-1984-11-18-1 | タイ | 1984年11月18日 | 1980年代 | 商銀,2年もの定期預金受け入れ中止-金利引下げのため。ただしバンコク銀行は19日継続と発表。 |
DIA-204-1984-11-18-2 | タイ | 1984年11月18日 | 1980年代 | 再割引利用の輸出業者に対する事前外貨売却制廃止-通貨切下げ後のドル過剰に対処するため。20日以降実施(日誌83年12月26日参照)。 |
DIA-204-1984-11-20-1 | タイ | 1984年11月20日 | 1980年代 | 閣議,全政府機関の支出10%削減を決定。 |
DIA-204-1984-11-21-1 | タイ | 1984年11月21日 | 1980年代 | 繊維工場,輸出指向工場のみにつき新設許可-商相主催の繊維政策委員会決定。 |
DIA-204-1984-11-21-2 | タイ | 1984年11月21日 | 1980年代 | 中国との85年貿易目標4億ドルに-貿易局発表。 |
DIA-204-1984-11-22-1 | タイ | 1984年11月22日 | 1980年代 | アーティットも国王謁見予定(29日)と発表。 |
DIA-204-1984-11-25-1 | タイ | 1984年11月25日 | 1980年代 | プレム首相バンコクへ戻る-帰路は王宮~飛行場~公邸と全部ワ皇太子が随伴した(16日参照)。26日プレムは,国王の勧めで9日間王宮に滞在と発表。この間,アーティット司令官解任の噂が出た。 |
DIA-204-1984-11-26-1 | タイ | 1984年11月26日 | 1980年代 | アーティット司令官,突如インドネシア訪問-ムルダニ司令官の招待,事前の公式発表なし。 |
DIA-204-1984-11-27-1 | タイ | 1984年11月27日 | 1980年代 | プレム首相,日本品不買運動に不同意-かわりに国産品奨励運動を行なうべきだ,と語ったという。 |
DIA-204-1984-11-27-2 | タイ | 1984年11月27日 | 1980年代 | ベトナム軍の越境攻撃で国連に抗議。 |
DIA-204-1984-11-27-3 | タイ | 1984年11月27日 | 1980年代 | 商務省,規制品目に16品目追加-5日参照。29日にはさらに12品目追加。 |
DIA-204-1984-11-28-1 | タイ | 1984年11月28日 | 1980年代 | 「プレム首相は87年総選挙まで在位か」-ビチャイ副首相が,外人記者クラブで語ったもの。 |
DIA-204-1984-11-28-2 | タイ | 1984年11月28日 | 1980年代 | プレム首相,再び東北王宮へ。 |
DIA-204-1984-11-28-3 | タイ | 1984年11月28日 | 1980年代 | 85年外債取入れ高16億米ドルにと決定-うち7割は国営企業,3割は政府機関(10月21日参照)。 |
DIA-204-1984-11-28-4 | タイ | 1984年11月28日 | 1980年代 | 85年度歳入減は100億バーツ-内閣筋発表(6日参照)。 |
DIA-204-1984-11-28-5 | タイ | 1984年11月28日 | 1980年代 | 政府との切下げ前契約に撤回・改訂を容認(政府筋発表)。 |
DIA-204-1984-11-30-1 | タイ | 1984年11月30日 | 1980年代 | 検察,スラクら3人の公訴取下げ,無罪に-不敬罪に問われていた作家とその出版関係者2人。 |
DIA-204-1984-11-30-2 | タイ | 1984年11月30日 | 1980年代 | 国王主催宴でプレム,アーティット同席。 |
DIA-204-1984-12-01-1 | タイ | 1984年12月01日 | 1980年代 | 政治犯現在教は152人,トンバイ弁護士の発表。 |
DIA-204-1984-12-01-2 | タイ | 1984年12月01日 | 1980年代 | 内務省,全県知事に消費者物価動向調査班設立指示。 |
DIA-204-1984-12-03-1 | タイ | 1984年12月03日 | 1980年代 | 米生産,東北部で低下-米輸出協会推計では(BP,12/3),84~85年作は前年度比6.85%減の見込。天候不順と,価格低下が原因という。 |
DIA-204-1984-12-03-2 | タイ | 1984年12月03日 | 1980年代 | 経閣委,米作から転作で全国運動の推進を決定-また米価引上げのため輸出業者に低利輸出信用つきの貯蔵を義務づけることとなった。 |
DIA-204-1984-12-04-1 | タイ | 1984年12月04日 | 1980年代 | 国王,誕生日(満57歳)で演説-「誤ちは,騒々しい怒った批判によっては正しえない」として,協議によるタイ的解決を求めるよう説諭。 |
DIA-204-1984-12-04-2 | タイ | 1984年12月04日 | 1980年代 | 日本,漁業訓練センター建設に1億バーツ無償援助。 |
DIA-204-1984-12-05-1 | タイ | 1984年12月05日 | 1980年代 | ラオスとの交渉再開拒否-11月28日のラオス側要請を拒否したもの。 |
DIA-204-1984-12-06-1 | タイ | 1984年12月06日 | 1980年代 | 対日経済政策の重点を転換-19日から訪日予定のビチャイ副首相の言:「一次産品の買付拡大要求は続けるが,それだけでは巨大な入超を解消できない。むしろ投資の拡大,資本の移転を希望する。日本のOECF資金は,輸出指向産業の促進にも利用さるべきだ」。 |
DIA-204-1984-12-06-2 | タイ | 1984年12月06日 | 1980年代 | 商銀,金利引下げで合意-0.5%で,17日実施。 |
DIA-204-1984-12-07-1 | タイ | 1984年12月07日 | 1980年代 | 日本の輸入目標で合意-民間レベルの日タイ合同貿易経済委員会の合意。84年比9.7%増の340億バーツで,うち248億バーツ42品目以外は未定。 |
DIA-204-1984-12-07-2 | タイ | 1984年12月07日 | 1980年代 | 中銀,香港で3億ドルの借り換え借款調印-81年12月契約の借款をより低利の借款に切り換えるもの。 |
DIA-204-1984-12-07-3 | タイ | 1984年12月07日 | 1980年代 | 海外旅行者外貨持出し枠規制,緩和さる。 |
DIA-204-1984-12-08-1 | タイ | 1984年12月08日 | 1980年代 | 学生ら日本品不買運動を10日から15日へ延期。 |
DIA-204-1984-12-08-2 | タイ | 1984年12月08日 | 1980年代 | ユーゴスラビアと投資,貿易,技術協力で協定。 |
DIA-204-1984-12-09-1 | タイ | 1984年12月09日 | 1980年代 | F16型機問題-チュラロンコン大学のSukumphan助教授は,この問題が外務省や国家治安会議へ事前通知なしに軍が勝手に始めた,と非難。 |
DIA-204-1984-12-09-2 | タイ | 1984年12月09日 | 1980年代 | 私立学校授業料引上げに許可,新学期より30%内で。 |
DIA-204-1984-12-11-1 | タイ | 1984年12月11日 | 1980年代 | 85年の輸出目標1900億バーツと発表さる。 |
DIA-204-1984-12-12-1 | タイ | 1984年12月12日 | 1980年代 | ラオス放送,アーティット司令官を批判-最近の同官の行動は将来の首相にふさわしくない,と批判。 |
DIA-204-1984-12-12-2 | タイ | 1984年12月12日 | 1980年代 | ネパール国王来訪(4日間の公式訪問)。 |
DIA-204-1984-12-12-3 | タイ | 1984年12月12日 | 1980年代 | 国産品購入運動-内務省,県知事,郡長官に運動の推進を指令。1月1日より実施。 |
DIA-204-1984-12-12-4 | タイ | 1984年12月12日 | 1980年代 | 副下院議長,チャワリット陸軍副参謀長を「軍幹部唯一の民主主義擁護者」と評価。 |
DIA-204-1984-12-12-5 | タイ | 1984年12月12日 | 1980年代 | バンコクでイスラム教法国際会議(15日まで)。 |
DIA-204-1984-12-13-1 | タイ | 1984年12月13日 | 1980年代 | 日本商品不買運動-タマサート大学構内で。 |
DIA-204-1984-12-13-2 | タイ | 1984年12月13日 | 1980年代 | ビチャイ副首相,北朝鮮を訪問し,同首脳と会談。 |
DIA-204-1984-12-13-3 | タイ | 1984年12月13日 | 1980年代 | 日本,第6次関税引下げ決定。タイの要求を容れず-タイが近来要求を続けている骨なし鶏肉の関税引下げを除外。83年4月に20%から18%に引下げられたまま。 |
DIA-204-1984-12-13-4 | タイ | 1984年12月13日 | 1980年代 | 最低賃金4バーツ引上げで合意-列年より3カ月遅れで1月1日実施。バンコク・同近県日給70バーツ(6.06%増)チョンブリ等4県同65バーツ(3.17%増),その他の県同59バーツ(5.36%増)。 |
DIA-204-1984-12-13-5 | タイ | 1984年12月13日 | 1980年代 | チャワリット副参謀長,政局を語る-(BP,12/13)。最近の訪米中の発言:「タイ政局は安定しており,クーデターは過去のものとなった。現政府は87年までは維持さるべきだ。私は55歳で退役の意向だ(現在52歳)。アーティット司令官の定年延長は結局世論が決めることだ。通貨切下げは,経済的に実施可能である。」 |
DIA-204-1984-12-15-1 | タイ | 1984年12月15日 | 1980年代 | 日本品不買デモ,街頭ではじまる。 |
DIA-204-1984-12-16-1 | タイ | 1984年12月16日 | 1980年代 | 閣議,弾薬工場建設を承認-11月の閣議では拒否していたもの。コストの10%削減で承認となった。 |
DIA-204-1984-12-17-1 | タイ | 1984年12月17日 | 1980年代 | マルタ共和国の国交樹立。 |
DIA-204-1984-12-17-2 | タイ | 1984年12月17日 | 1980年代 | 経閣委,国営スパンブリ砂糖工場への融資保証拒否。また自動車国産化新政策(国産化率45%以上)を承認。 |
DIA-204-1984-12-17-3 | タイ | 1984年12月17日 | 1980年代 | 米価下支えで新措置-最近数週間の米価低迷に対する緊急措置。農民福祉基金からの低利融資を農民団体や精米業者に与え,米買取り価格を1月2日の実施以降3カ月間で1キエン当り3000バーツに引上げようとするもの。 |
DIA-204-1984-12-17-4 | タイ | 1984年12月17日 | 1980年代 | 10商銀,金利引下げ実施(6日参照)。 |
DIA-204-1984-12-18-1 | タイ | 1984年12月18日 | 1980年代 | 閣議,公務員定年延長禁止法案の国会審議に全会一致で応諾。 |
DIA-204-1984-12-18-2 | タイ | 1984年12月18日 | 1980年代 | 所得税減税正式発表,85年1月1日実施-低・中所得層を主要対象とし,10億バーツの国庫収入減を予想。 |
DIA-204-1984-12-18-3 | タイ | 1984年12月18日 | 1980年代 | 米商務省,タイ製繊維・縫製品に相殺関税示唆-同製品輸出へのタイ政府の助成金が問題。 |
DIA-204-1984-12-19-1 | タイ | 1984年12月19日 | 1980年代 | 閣議,商銀の為替取引税引下げ案承認(15%から3%へ)。 |
DIA-204-1984-12-20-1 | タイ | 1984年12月20日 | 1980年代 | 首相,低・中所得公務員の生活手当引上げを指令-1月1日実施。 |
DIA-204-1984-12-21-1 | タイ | 1984年12月21日 | 1980年代 | 外務省,ラオスに係争地の現状視察を要求。 |
DIA-204-1984-12-21-2 | タイ | 1984年12月21日 | 1980年代 | Matuphum誌編集長,保釈となる(7月11日参照)。 |
DIA-204-1984-12-21-3 | タイ | 1984年12月21日 | 1980年代 | ATB傘下の3金融会社に業務凍結令。 |
DIA-204-1984-12-21-4 | タイ | 1984年12月21日 | 1980年代 | 2労働組織,賃上げ要求大会開催-参加者はNR紙で1万人,BP紙で5000人。13日の合意は不満で,依然17.8%増を要求(11月3日参照)。 |
DIA-204-1984-12-22-1 | タイ | 1984年12月22日 | 1980年代 | ビチャイ副首相,中曽根首相と会談-中曽根首相は「骨なし鶏肉の関税引下げ問題を継続審査扱いとし努力を継続する。メイズのアフラトキシン(かび,日本飼料貿易会はタイ産メイズ輸入再開の条件として,船積時20PPB以下を要求)防除技術普及のため技術協力団を早急に派遣する」などと語った。 |
DIA-204-1984-12-24-1 | タイ | 1984年12月24日 | 1980年代 | 金融会社育成措置-大蔵省,中銀共同発表。(1)25社を経営プール制に入れ,(2)6社を大蔵省監督下におき,(3)130社を経営状況で4分類するというもの。 |
DIA-204-1984-12-25-1 | タイ | 1984年12月25日 | 1980年代 | 閣議,国鉄に対して賃金裁定の順守を指令。 |
DIA-204-1984-12-26-1 | タイ | 1984年12月26日 | 1980年代 | ビチャイ副首相,対日交渉に満足を表明-26日帰着した同副首相は,日本の第6次関税引下げで海産物等,全対日輸出の12―13%を占める品目の関税が55%から30%に引下げられた,と日本の協力を評価。 |
DIA-204-1984-12-28-1 | タイ | 1984年12月28日 | 1980年代 | 共産党容疑者Pirum夫人保釈(7月3日参照)。 |
DIA-204-1984-12-30-1 | タイ | 1984年12月30日 | 1980年代 | 雇用状況-労働省発表。85年には失業者が,20万人ふえ170万人に達するとの推計。 |
DIA-204-1984-12-31-1 | タイ | 1984年12月31日 | 1980年代 | 閣議,国防省への予算追加承認-通貨切下げによる軍の差損は60億バーツで,うち85年に必要となる10億バーツがこのほど認められたという(BP,12/31)。 |
DIA-204-1985-01-01-1 | タイ | 1985年01月01日 | 1980年代 | プミポン国王,年初祝辞―恒例の年初祝辞において,国王は,個人の利益を棄て,解決に結びつかない無意味な抗争をやめ,エスカレートしないよう,国民に呼びかけた。 |
DIA-204-1985-01-02-1 | タイ | 1985年01月02日 | 1980年代 | 金融会社救済新措置―中銀は,統制下にある金融会社25社の救済策をマネジメント・プール制からライフ・ボート制に切替えたと発表。プール制は,25社の金融会社を数グループに分け,グループの中核会社がグループ内の他の金融会社をコントロールするという制度であった。これに対し,新制度では中核会社はなくなり,グループ内の会社が相互に関係を強め,必要時に相互に救済しあうというよりフレキシブルな制度である,と中銀は説明。 |
DIA-204-1985-01-03-1 | タイ | 1985年01月03日 | 1980年代 | クリスマス商戦はデパート勝利―首都圏で実施した調査結果で,クリスマス・シーズンの買物の57%はデパート,専門店で16%,生協で14%,アーケード店で12%と,デパートでの買物指向が強まっていることがわかった。 |
DIA-204-1985-01-04-1 | タイ | 1985年01月04日 | 1980年代 | 公共建設契約解消を許可―政府機関,国営企業と建設契約を結びながら,バーツ切下げのコスト高が原因で契約履行が困難となった建設会社は,契約解消が可能となった。300企業が救済委員会と交渉中。 |
DIA-204-1985-01-04-2 | タイ | 1985年01月04日 | 1980年代 | アーティット大将,名誉経済学博士号を受ける。 |
DIA-204-1985-01-08-1 | タイ | 1985年01月08日 | 1980年代 | バン・パゴン発電所落成式―式典には国王が出席。発電所の完成は84年5月。発電能力は,183MW。 |
DIA-204-1985-01-11-1 | タイ | 1985年01月11日 | 1980年代 | タイ学生連盟,貿易対抗措置提言―タイ製品に対する関税障壁および非関税障壁が外交的解決をみない場合,相手国に対し同様の措置をとる,賛沢品に対する増税,輸入禁止の措置を実施する,など10項目を提言した文書をピチャイ副首相に提出。一方,ピチャイ副首相は学生連盟に対し,日本一国を標的にすることを自制するように要請。 |
DIA-204-1985-01-11-2 | タイ | 1985年01月11日 | 1980年代 | マヒドン大学でタイ商品愛用運動促進展示会開催。 |
DIA-204-1985-01-11-3 | タイ | 1985年01月11日 | 1980年代 | サラウット議員,タイ人民党員資格剥奪―タイ人民党は,サマック運輸相(タイ人民党党首)によるバス料金値上げ提案に反対を唱えていたサラウット下院議員を党内の結束を乱したとして党追放を決定。 |
DIA-204-1985-01-12-1 | タイ | 1985年01月12日 | 1980年代 | 85年エネルギー需給見通し―NEAは1985年エネルギー需給見通しを発表。石油生産見通しは,シリキット油田から2万1000b/d,チェンマイのFarng Refineryから500b/d,タイ湾の濃縮オイルが1万8000b/d。天然ガスは,それぞれ日産でタイ湾沖から4億5000万立方フィート,シリキット油田から2300万立方フィート,合計の石油換算は1万3000バレル。石油と天然ガス生産の合計は11万2500b/d。他方需要は44万b/d。 |
DIA-204-1985-01-14-1 | タイ | 1985年01月14日 | 1980年代 | 対日経済交渉常任委員会設立決定―内閣は,日・タイ両国の経済関係を総合的に再検討する,タイ・日本経済関係構造調整小委員会を常任委員会に格上げ,機能および権限を強化することを決定。 |
DIA-204-1985-01-15-1 | タイ | 1985年01月15日 | 1980年代 | 石油講取締りを強化―15日の閣議は,石油講など一連の講問題を中心議題にとりあげ,タスク・フォース・チームを結成し,講ビジネスの取締強化,鎮圧をはかる,緊急勅令の国会上程の意思を再確認。17日,タスク・フォース・チーム結成。 |
DIA-204-1985-01-16-1 | タイ | 1985年01月16日 | 1980年代 | サトゥンガス田,生産開始―当初生産開始10日の予定が延期されていた。予定では日産1億2000万立方フィートまで生産が増加する見込みで,これによりユニオン・オイルの天然ガス生産は合計3億5000万立方フィートとなる。 |
DIA-204-1985-01-16-2 | タイ | 1985年01月16日 | 1980年代 | 新外交政策発表―シッティ外相が明らかにしたもので,第三世界との関係強化,経済外交の推進がその骨子。外務省は対外経済貿易促進の役割をこれまで以上に果たすことになる。 |
DIA-204-1985-01-17-1 | タイ | 1985年01月17日 | 1980年代 | 民主党3議員が内閣改造要求―民主党3議員が内閣改造を求めた動きがあったが,ダムロン副党首は民主党の政府支持を表明。 |
DIA-204-1985-01-19-1 | タイ | 1985年01月19日 | 1980年代 | クゥン・サ死亡説―16日死亡したと報道さる。 |
DIA-204-1985-01-21-1 | タイ | 1985年01月21日 | 1980年代 | 分離プラント稼動状況―日産1億5000万立方フィートを処理している。3月には3億5000万立方フィートのフル稼動となる。 |
DIA-204-1985-01-21-2 | タイ | 1985年01月21日 | 1980年代 | 東急デパート,衣服の現地生産計画―7月にマーブーンクロンセンターにデパートを開店する東急グループは,現地衣服製造業者に注文,タイ東急で販売のほか,日本の東急デパート10店,海外店,日本国内のスーパー販売を計画している,と発表。 |
DIA-204-1985-01-22-1 | タイ | 1985年01月22日 | 1980年代 | サラウット議員の党員資格喪失確定―タイ人民党のサラウット議員党員資格剥奪決定について,ピヤナット下院副議長(タイ国民党)らが13日に無効を主張していたが,司法委員会が同議員の資格問題を審査,決定を有効と認定。 |
DIA-204-1985-01-23-1 | タイ | 1985年01月23日 | 1980年代 | 新経済政策パッケージ―経済閣僚会議は,増税,公共料金値上げ,赤字国営企業の助成金全面廃止を主たる内容とした新経済政策パッケージを承認。今回の政策パッケージは86財政年度末までに経済問題を解決することを目標とした計画の一部で,国営企業助成金の廃止は即時実施,国営企業が赤字により経営不能に陥れば民営化を断行する方針。 |
DIA-204-1985-01-24-1 | タイ | 1985年01月24日 | 1980年代 | 国営企業代表者,民営化反対を表明―政府企業代表者が集まり,民営化を避け,規制緩和,手続簡素化,経営合理化の実施方針を政府に求めていくとの意見で一致。 |
DIA-204-1985-01-24-2 | タイ | 1985年01月24日 | 1980年代 | バンコク首都圏バス料金値上げ発表―バス料金は1.5バーツから2バーツに引上げられる。実施は2月15日より。 |
DIA-204-1985-01-25-1 | タイ | 1985年01月25日 | 1980年代 | デクエヤル国連事務総長,来訪。 |
DIA-204-1985-01-26-1 | タイ | 1985年01月26日 | 1980年代 | サラウット議員がタイ国民党から立候補する意思を表明。 |
DIA-204-1985-01-29-1 | タイ | 1985年01月29日 | 1980年代 | 国営企業労働者,民営化反対を表明。 |
DIA-204-1985-02-03-1 | タイ | 1985年02月03日 | 1980年代 | 陸軍,クゥン・サ死亡説を否定。 |
DIA-204-1985-02-04-1 | タイ | 1985年02月04日 | 1980年代 | ゼロ・ベース予算策定作業開始。 |
DIA-204-1985-02-05-1 | タイ | 1985年02月05日 | 1980年代 | 国営企業民営化の政府方針―閣議は,赤字国営企業の部分的民営化,完全民営化,廃止を骨子とした新経済政策パッケージを政府方針とすることを決定。 |
DIA-204-1985-02-05-2 | タイ | 1985年02月05日 | 1980年代 | 価格統制部分的解除―小麦粉,歯みがき粉,洗済,化学肥料,飼料,ラジオ,テレビなど多品目に及ぶ。 |
DIA-204-1985-02-06-1 | タイ | 1985年02月06日 | 1980年代 | 国営企業運営監視委員会設立を承認。 |
DIA-204-1985-02-07-1 | タイ | 1985年02月07日 | 1980年代 | 労働団体,国営企業民営化反対方針を決議―労働4団体が,政府の国営企業民営化の方針について協議,政府方針に反対し国営企業労働者グループを支援していくことを決議。 |
DIA-204-1985-02-08-1 | タイ | 1985年02月08日 | 1980年代 | ガーメント輸出クォーター制に新規制―コソン商相が発表したもので,新規制では,全クォーターを基本クォーター(70%)とプール・クォーター(30%)に分け,対米輸出は基本クォーターの90%を達成した場合,その他の国への輸出については同60%を達成した場合,プール・クォーター部分を割当てる,基本クォーター未達成の業者は次年度のクォーター部分から未達成部分の2倍を削減するというもの。 |
DIA-204-1985-02-08-2 | タイ | 1985年02月08日 | 1980年代 | 当座貸越に5000万バーツの限度枠―中銀は,各商業銀行の代表者を招き,顧客1件当りの当座貸越限度額を5000万バーツ以内とすることを要請。すでに商銀には上記を規定した通達を発送済み。実施は2月7日より。中銀の指導は,商銀の貸出が当座貸越しに偏っている現状を改め,中長期貸出を促進することが狙い。 |
DIA-204-1985-02-11-1 | タイ | 1985年02月11日 | 1980年代 | ASEAN外相会議で7項目にわたる共同声明。 |
DIA-204-1985-02-11-2 | タイ | 1985年02月11日 | 1980年代 | 東部臨海開発計画が新局面―ゼロ・ベース予算策定作業が始まったなか,サノNESDB長官は,東部臨海開発計画について,「確固たる方針であるが,ゼロ・ベース予算という方針と開発という目的とのコンビネーションのうえに立って実行される」と述べ,計画の修正がありうることを示唆。 |
DIA-204-1985-02-11-3 | タイ | 1985年02月11日 | 1980年代 | 大蔵省,首都圏交通公社のサーピス向上を目的とした大型プロジェクトに対する対外債務保証を否認。 |
DIA-204-1985-02-12-1 | タイ | 1985年02月12日 | 1980年代 | 国営企業民営化反対運動の背後に“第3党”―チャムナン労働局長は,「国営企業の民営化に反対している国営企業労働者グループ,それを支援するタイ労働評議会には,“第3党”が資金援助を行なっている。この動きは政情の不安を狙ったものだ」と背後に陸軍が関与していることを批難。 |
DIA-204-1985-02-12-2 | タイ | 1985年02月12日 | 1980年代 | 大蔵省,電話公社の回線拡張プロジェクトに対する対外債務保証を否認。 |
DIA-204-1985-02-12-3 | タイ | 1985年02月12日 | 1980年代 | ASEAN民間共同プロジェクト構想―民間レベルのASEAN共同プロジェクトとして3プロジェクトが基本的に合意された。このうち,2プロジェクトがタイ国内で実施される予定。ひとつは,インドネシアとの合弁プロジェクトでセラミック生産材料を生産するもの。もうひとつは,フィリピンとの合弁プロジェクトで肉処理プラントを建設するもの。 |
DIA-204-1985-02-12-4 | タイ | 1985年02月12日 | 1980年代 | 今年度予算支出大幅削減―当初予算規模2130億バーツから40億バーツ削減することを決定。削減の実施は85年6月から9月までの最終4ヵ月間。 |
DIA-204-1985-02-13-1 | タイ | 1985年02月13日 | 1980年代 | 経団連ミッション,訪タイ(16日まで)。 |
DIA-204-1985-02-13-2 | タイ | 1985年02月13日 | 1980年代 | ヨンタラキットの国産車計画否認―ヨンタラキット・モーター社は東部臨海のレームチャバン工業団地に50億バーツをかけプジョー車を国産化する計画に対し,投資優遇措置をBOIに申請していたが,BOIは申請を認めないとの判断を発表。 |
DIA-204-1985-02-15-1 | タイ | 1985年02月15日 | 1980年代 | 工業製品展示会開催―タイ工業協会主催の工業製品展示会開催式にプレーム首相出席。同展はタイ商品愛用キャンペーンの一環として開かれたもの(~21日)。 |
DIA-204-1985-02-18-1 | タイ | 1985年02月18日 | 1980年代 | ベトナム軍,タイ領内でガス兵器使用か―16日,ベトナム軍はカンボジア反勢力攻撃のためカンボジア領内から化学ガスを内包したロケット弾をタイ領内に撃ち込んだとして,ベトナムを非難。 |
DIA-204-1985-02-20-1 | タイ | 1985年02月20日 | 1980年代 | 郵便局職員,スト決行―中央郵便局職員2000人が,タイ通信公社を郵便電信公社と通信公社に2分割するという計画案に反対し,ストを決行。 |
DIA-204-1985-02-20-2 | タイ | 1985年02月20日 | 1980年代 | 学生,中央郵便局職員にストの中止を呼びかけ―タマサート大学,ラームカムヘーン大学などの学生が,「ストライキは政治的混乱をひき出そうと誘導されたものである」という内容の文書を職員に配布,スト中止を呼びかける。 |
DIA-204-1985-02-21-1 | タイ | 1985年02月21日 | 1980年代 | 社会行動党,内閣改造提案―社会行動党は,5月からの国会を控え予想される批判をかわすことを目的とした内閣改造を提案する文書をプレーム首相に提出。 |
DIA-204-1985-02-21-2 | タイ | 1985年02月21日 | 1980年代 | タイ通信公社のストライキに“第3党”が関与―チャオ総裁は,ストライキの背後には「第3党」が動いていると暗に陸軍を非難。 |
DIA-204-1985-02-22-1 | タイ | 1985年02月22日 | 1980年代 | ストライキ中止―サマック運輸相が組織分割案再検討声明発表,タイ通信公社労組がこれに応じた。 |
DIA-204-1985-02-23-1 | タイ | 1985年02月23日 | 1980年代 | 陸軍,ストライキ背後説を否定―パトム国軍最高司令部参謀長が,ストライキに陸軍の支援があったとする報道を否定。 |
DIA-204-1985-02-23-2 | タイ | 1985年02月23日 | 1980年代 | 石化プロジェクトの企業化調査結果発表―NPC社がコンサルタント会社に依託した石化プロジェクト(アップストリーム)の企業化調査結果を発表。内部収益率は22%,最悪のケースでも13~15%と高くなっている。プロジェクトの見積り額は3億米㌦。 |
DIA-204-1985-02-23-3 | タイ | 1985年02月23日 | 1980年代 | シッティ外相,シアヌーク大統領と会談―外相は,「ベトナムがタイ・カンボジア国境に道路を建設中であり,これはカンボジア人を一方にはりつけるための一種のベルリンの壁である」と情勢を説明,「ベトナムは政治的解決でなく軍事的解決を目指している」との判断を示し,シアヌーク大統領に全面的協力を約束。 |
DIA-204-1985-02-25-1 | タイ | 1985年02月25日 | 1980年代 | タイ国民党党首,政府不信任案提出を宣言。 |
DIA-204-1985-02-25-2 | タイ | 1985年02月25日 | 1980年代 | 第2ガス分離プラント規模決定―日産処理能力を2億立方フィートに決定。第1プラントは3億5000万立方フィート/日の処理能力。 |
DIA-204-1985-02-25-3 | タイ | 1985年02月25日 | 1980年代 | ユニオン・オイル社に天然ガス供給自制を要請―PTTはユニオン・オイル社に対し天然ガス生産を日産3億5000万立方フィートに抑えるように要請。 |
DIA-204-1985-02-25-4 | タイ | 1985年02月25日 | 1980年代 | 傅経沢中国海軍副司令官と政府首脳会談―会談は,ベトナムのカムラン湾におけるソ連海軍力の増強を中心に意見が交わされ,「重大な脅威になっている」との認識で一致。両国間の軍用艦船の相互寄港など両国海軍の協力強化を図ることで合意。 |
DIA-204-1985-02-25-5 | タイ | 1985年02月25日 | 1980年代 | 86年度予算原案,超緊縮のゼロ・ベース予算―大蔵省,総理府予算局が作成した86年度予算原案が経済閣僚会議に提出された。原案は,予算規模2180億バーツ,85年度当初予算規模2130億バーツの2.3%増,85年度修正予算規模2090億バーツの4.3%増の超緊縮予算。これは,今年度予算に公務員給与と債務支払の増加分を計上したのみのゼロ・ベース予算。 |
DIA-204-1985-02-26-1 | タイ | 1985年02月26日 | 1980年代 | オマーンと原油購入契約―政府間ベース契約で,オマーンが1万b/dの原油をタイに供給,供給開始は4月1日,期間は1年間。 |
DIA-204-1985-02-26-2 | タイ | 1985年02月26日 | 1980年代 | 国営製紙工場,民営化―国営のバンパインペーパーミル社の理事会が同社の民間売却方針を決定。工業省は1983年にカンチャナブリにある製紙工場を民間売却している。 |
DIA-204-1985-02-26-3 | タイ | 1985年02月26日 | 1980年代 | エラワンホテルの半民営化決定―内閣は,エラワンホテルの政府所有比率を50%以下に抑えることを決定。現在の同ホテルの所有比率は,大蔵省85%,予算局10%,王室財務管理局12%,民間3%となっている。 |
DIA-204-1985-02-28-1 | タイ | 1985年02月28日 | 1980年代 | 東部臨海開発プロジェクト,縮小延期の決定―プレーム首相を委員長とする東部開発計画委員会は,財政緊縮を理由に,東部臨海開発のインフラプロジェクトの延期ないし規模を縮小することを決定。ただし,主要プラントプロジェクトは影響を受けない。 |
DIA-204-1985-03-04-1 | タイ | 1985年03月04日 | 1980年代 | ダウンストリーム・プロジェクト規模拡大―メトロ・グループのポリプロピレン生産計画を7万㌧/年から10万㌧/年へ,タイ・プラスチク・ケミカルのビニール・クロライド生産計画を8万㌧/年から14万㌧/年 にそれぞれ増産する計画が承認された。この結果,NPC社はアップストリームのエチレン生産を当初の30万㌧/年から31万5000㌧/年へ,プロピレンを10万㌧/年から10万5000㌧/年に増産する。 |
DIA-204-1985-03-05-1 | タイ | 1985年03月05日 | 1980年代 | 王妃,米国訪問(26日まで)。 |
DIA-204-1985-03-06-1 | タイ | 1985年03月06日 | 1980年代 | 米国,軍事援助の繰上げ実施発表。 |
DIA-204-1985-03-06-2 | タイ | 1985年03月06日 | 1980年代 | タイ軍,ベトナム軍と直接交戦。 |
DIA-204-1985-03-09-1 | タイ | 1985年03月09日 | 1980年代 | 憲法改正運動に一部政党動く―与党の民主党は,(1)1県1選挙区制から1県複数選挙区制,(2)追放された政党議員の憲法審査委員会への提訴権保障,(3)下院議長の国会議長兼任,の憲法改正ロビー活動を開始。 |
DIA-204-1985-03-11-1 | タイ | 1985年03月11日 | 1980年代 | 李先念国家主席,訪タイ。 |
DIA-204-1985-03-11-2 | タイ | 1985年03月11日 | 1980年代 | タイ・中国で経済協定調印―調印された協定は,投資促進保護協定と経済協力合同委員会設立協定の二つ。 |
DIA-204-1985-03-13-1 | タイ | 1985年03月13日 | 1980年代 | 日本の銀行団,大型ローン供与―日本の銀行団9行が公社4社に370億円の大型円ローンを供与。利子は日本の長期プライム(現行7.4%)に0.1%上乗せした低金利で,タイ大蔵省が債務保証。 |
DIA-204-1985-03-14-1 | タイ | 1985年03月14日 | 1980年代 | カンボジア国境4県16郡に戒厳令。 |
DIA-204-1985-03-14-2 | タイ | 1985年03月14日 | 1980年代 | 国連にベトナム軍のタイ領内侵入の抗議書提出。 |
DIA-204-1985-03-15-1 | タイ | 1985年03月15日 | 1980年代 | 攻撃的防衛手段行使を示唆―ティエンチャイ陸軍副司令官は,「ベトナム軍が新たにタイ領内に侵入した場合には,最適な防衛措置(それは攻撃的なもの)をとる」と述べた。さらに記者の質問に答え,「ベトナム軍を攻撃するためカンボジア領内に侵入することもありうる」と述べた。席上にはチャワリット副参謀長,スチンダ作戦部長など作戦坦当の陸軍幹部が出席。 |
DIA-204-1985-03-16-1 | タイ | 1985年03月16日 | 1980年代 | ユーゴスラビア首相,来訪。 |
DIA-204-1985-03-17-1 | タイ | 1985年03月17日 | 1980年代 | ベトナム側,謝辞を間接表明―ファン・バン・ドン・ベトナム首相と会談したモフタル・インドネシア外相が帰国途中バンコクに立寄り,シッティ外相と会談。モフタル外相によると,ベトナム首相はベトナム軍の越境は故意によるものではなかったとして謝辞を表明した,という。 |
DIA-204-1985-03-18-1 | タイ | 1985年03月18日 | 1980年代 | 政府債務返済比率の引上げ決定―経済閣僚会議は,(1)政府債務返済比率の上限を新年度から現行の9%から11%に引上げる,(2)政府関係機関が海外の金融機関からローンを受ける場合,国家経済開発計画に含まれない融資案件については内閣の承認を受けなければならない,などを織り込んだ新規制を承認。 |
DIA-204-1985-03-18-2 | タイ | 1985年03月18日 | 1980年代 | ガーメント産業労働者1万4000人が総理府前で抗議―新クォーター制の発表以来,タイ・ガーメント協会が反発,協会と商務省が交渉を続けてきたが決裂(3月15日),協会側が労働者1万4000人を総理府前に動員した。 |
DIA-204-1985-03-18-3 | タイ | 1985年03月18日 | 1980年代 | ベトナム,謝辞表明を否定―インドネシア外相がタイ側に伝えた謝辞表明を否定した。 |
DIA-204-1985-03-18-4 | タイ | 1985年03月18日 | 1980年代 | カピツァ・ソ連外務次官とシッティ外相が会談。 |
DIA-204-1985-03-19-1 | タイ | 1985年03月19日 | 1980年代 | 国営企業委員会設立承認―内閣は,国営企業69社の政策策定,計画を総括するNational State Enterprise Committeeの設立を承認。委員長はプラチュワプ副首相。 |
DIA-204-1985-03-19-2 | タイ | 1985年03月19日 | 1980年代 | プラマーン国民党党首自宅に手榴弾投げ込まれる。 |
DIA-204-1985-03-20-1 | タイ | 1985年03月20日 | 1980年代 | 中銀,民間の債務借入れ規制を発表―対外債務削減措置として,民間が対外債務を取入れる場合も,非効率と判断された債務は認められないほか,特定目的の借入についても制約を受ける。 |
DIA-204-1985-03-21-1 | タイ | 1985年03月21日 | 1980年代 | 攻撃的防衛を政府が公式に表明―プレーム首相は,「今後タイの防衛はよりすすんだ戦略をとるだろう」と15日のティエンチャイ陸軍副司令官の「攻撃的防衛手段の行使」を政府として公式に認める発言をした。また,同日,アーティット国軍最高司令官も「タイ軍はカンボジア領内のベトナム軍を攻撃できる力がある」と述べた。 |
DIA-204-1985-03-28-1 | タイ | 1985年03月28日 | 1980年代 | ガーメントの輸出クォーター問題解決へ(1)商務省の決定した新クォーター制を承認する,(2)違反者は次年度のクォーターを削減される,(3)ただし,歳入局と税関局は業者の会計を審査しない,の点で妥協。 |
DIA-204-1985-03-31-1 | タイ | 1985年03月31日 | 1980年代 | サラウット前議員,補欠選挙で圧勝。 |
DIA-204-1985-04-01-1 | タイ | 1985年04月01日 | 1980年代 | チャモーイ名義預金凍結―4160万バーツの事業税未納を理由に,歳入局が指示。チャモーイはこの動きを事前に察知,すでに預金口座の大方を閉じていた。 |
DIA-204-1985-04-02-1 | タイ | 1985年04月02日 | 1980年代 | 米政府,タイへF-16,12機売却を議会通告―部品,周辺器具,訓練費用を含めて3億6000万㌦。 |
DIA-204-1985-04-03-1 | タイ | 1985年04月03日 | 1980年代 | 経閣,ASEANソーダ灰計画中止を決定―低収益性,出資側の消極性が理由。当計画は82年6月,ASEAN各国が共同出資でASEAN Soda Ash Co.を設立,企業化調査を行なってきたもの。 |
DIA-204-1985-04-04-1 | タイ | 1985年04月04日 | 1980年代 | 米下院外交委員会,対クメール援助承認―非共産主義クメール援助の名目で500万㌦を供与するもの。 |
DIA-204-1985-04-04-2 | タイ | 1985年04月04日 | 1980年代 | 労働省調査―調査対象事業所3612,9万62人のうち23.3%が最低賃金法に定めた賃金以下。 |
DIA-204-1985-04-05-1 | タイ | 1985年04月05日 | 1980年代 | 消費税,輸入関税引上げ施行―新輸入税率は家庭電化製品30~50%,原材料5~15%,半製品15~35%,完成品35~60%,完成自動車(2300cc)600%,消費税はビール28%,タイ国産蒸溜酒100%。 |
DIA-204-1985-04-05-2 | タイ | 1985年04月05日 | 1980年代 | 歳入局,チャモーイに資産差押え通告。 |
DIA-204-1985-04-07-1 | タイ | 1985年04月07日 | 1980年代 | 空軍司令官,石油講に言及―プラバーン司令官,少なからぬ空軍軍人が石油講に投資していた事実を認める。 |
DIA-204-1985-04-08-1 | タイ | 1985年04月08日 | 1980年代 | 国営企業収益の政府納入手続を変更―次年度の予想収益の30~40%を,前年度末までに予め納入させることによって,25億バーツ程度の収入を見込むもの(BP紙,8日)。 |
DIA-204-1985-04-08-2 | タイ | 1985年04月08日 | 1980年代 | 自動車業界50%生産削減1こ踏切る(BP紙,8日)。 |
DIA-204-1985-04-08-3 | タイ | 1985年04月08日 | 1980年代 | 日本に骨なし鶏肉,メイズ,生えびの市場開放要求―日本外務省で開かれた第2回日本・タイ外交事務レベル協議でアーサー外務次官が表明。またアーサー次官は1990年代に液化天然ガスの輸入も強く求めた。 |
DIA-204-1985-04-09-1 | タイ | 1985年04月09日 | 1980年代 | Ronbhai Barni皇太后葬儀式典。 |
DIA-204-1985-04-11-1 | タイ | 1985年04月11日 | 1980年代 | 日本の市場開放措置に不満表明―ピチャイ副首相の顧問によると,同副首相は9日に中曽根首相が公表した市場開放措置は先進国を向いたものであり,途上国を忘れていると語ったという。 |
DIA-204-1985-04-13-1 | タイ | 1985年04月13日 | 1980年代 | アーティット将軍の定年延長問題―プレーム首相が1年の延長に署名,内閣に送付したことが判明した(16日閣議決定)。恩給法では,内閣審議によって最高65歳まで1年ごとの定年延長が可能と定めているが,本件は内閣合意によってプレーム首相に一任されていた。 |
DIA-204-1985-04-13-2 | タイ | 1985年04月13日 | 1980年代 | ガリ・エジプト外務担当国務相来訪。 |
DIA-204-1985-04-14-1 | タイ | 1985年04月14日 | 1980年代 | 60歳以上老人の無料診療,5月より実施決定。 |
DIA-204-1985-04-15-1 | タイ | 1985年04月15日 | 1980年代 | 商銀の対外借入に新規制―中銀通達。商銀の対外借入れに7日間の事前通告義務を課すもの。 |
DIA-204-1985-04-15-2 | タイ | 1985年04月15日 | 1980年代 | 上院議員任命―定員の3分の1(75人)の任期満了とプラモート議員(元国軍参謀長)の辞任に伴うもの。国王とプレーム首相の承認によって任命される76人のうち56人が現役および退役軍人。現役軍人には軍管区司令官が3人,師団長11人(うち9人は王立士官学校5期生)。消息筋によると,今決定ではチャワリット陸軍副参謀長,ミーチャイ総理府相が鍵を握っていたといわれる。 |
DIA-204-1985-04-17-1 | タイ | 1985年04月17日 | 1980年代 | 中銀と主要金融会社,新組織「金融会社協会」設立―主要金融会社,特に商銀の関連会社が従来の「タイ証券金融協会」の改租および独自組織設立を望んでいた。 |
DIA-204-1985-04-17-2 | タイ | 1985年04月17日 | 1980年代 | チャワリット副参謀長,CPT壊滅を宣言―法令66/23による反共産主義キャンペーンの成功により,CPT勢力は500人以下に低下と発表。 |
DIA-204-1985-04-17-3 | タイ | 1985年04月17日 | 1980年代 | シッティ外相インドネシア外相と会談―モフタル外相は同国とベトナムとの軍事協力合意について説明,理解を求めたが,消息筋によるとシッティ外相はこれに遺憾の意を表明したという。 |
DIA-204-1985-04-18-1 | タイ | 1985年04月18日 | 1980年代 | 天然ガス分離プラント完成式―東部臨海地域ラヨーン県に完成。昨年11月末の試業で350立方フィート/日の天然ガスを分離している。 |
DIA-204-1985-04-20-1 | タイ | 1985年04月20日 | 1980年代 | 官民協議会総会ソンクラー県で開催―ゴムの輸出関税引下げ,多収量種ゴムへの転換,TSRゴムの増産,生産者への技術移転の円滑化,日本以外の市場開拓,オイルパーム圧搾機製造に対する政府援助増大を提言。 |
DIA-204-1985-04-21-1 | タイ | 1985年04月21日 | 1980年代 | ヤソートン県下院議員補欠選挙―80.3%の高投票率で行なわれたこの選挙で,民主党候補当選。 |
DIA-204-1985-04-22-1 | タイ | 1985年04月22日 | 1980年代 | 中銀,商銀へのL/C規制解除―貿易赤字削減のためにL/C発行拡大を年率5%とする規制を解除。 |
DIA-204-1985-04-22-2 | タイ | 1985年04月22日 | 1980年代 | 民間セクターの海外借入規定に変更―新規定では借入希望者が海外借入を行なう場合,7日前に中銀に登録しなければならない。 |
DIA-204-1985-04-26-1 | タイ | 1985年04月26日 | 1980年代 | タイ製品輸出フェア開催―会場は政府広報局で,これは“Buy Thai”キャンペーンの一貫。 |
DIA-204-1985-04-30-1 | タイ | 1985年04月30日 | 1980年代 | バンコクで第18回アジア開銀年次総会開幕。 |
DIA-204-1985-05-01-1 | タイ | 1985年05月01日 | 1980年代 | 野村証券,タイとの合弁解消を決定。 |
DIA-204-1985-05-02-1 | タイ | 1985年05月02日 | 1980年代 | 「国民を欺く金の貸借に関する緊急勅令」下院通過。 |
DIA-204-1985-05-03-1 | タイ | 1985年05月03日 | 1980年代 | タイ国民党,首相と7閣僚の不信任動議提出。 |
DIA-204-1985-05-03-2 | タイ | 1985年05月03日 | 1980年代 | タイ軍,越境ベトナム軍と交戦―ポル・ポト軍への追撃でベトナム兵800がタイ領内2㌔(トラート県内ランタド地区)まで侵入,タイ側は海兵隊,国境警備隊レインジャーの混成隊とF-5E爆撃機で応戦。消息筋は,カルダモン山脈内にポル・ポト総司令官とその直属の第二師団が立てこもっているもようと述べた。タイ軍はランタド地区に海兵隊1500人の常駐を決定。 |
DIA-204-1985-05-08-1 | タイ | 1985年05月08日 | 1980年代 | 首相,海軍船による密輸の事実認める―4月5日にシンガポール沖演習より帰港途中の高速突撃艇が,電機製品,ウイスキー,ビデオ等を密輸していたとする関税局の報告書に言及したもの。 |
DIA-204-1985-05-09-1 | タイ | 1985年05月09日 | 1980年代 | ブンチューSiam City銀行取締役(元副首相)中銀に仲介要請―同行の主力株主マハダムロンコン一族(30%の株式保有)と,同氏および支援者であるチラティワート一族,タイセリ冷凍倉庫,他(25.7%保有)の間で,2億バーツの増資問題をめぐって内紛激化。なお同氏は,マハダムロンコン一族との間の覚書で経営管理全般を一任されることになっていた。 |
DIA-204-1985-05-10-1 | タイ | 1985年05月10日 | 1980年代 | 藤尾ミッション,プレーム首相会談。 |
DIA-204-1985-05-12-1 | タイ | 1985年05月12日 | 1980年代 | バンコク3区補欠選挙で民主党圧勝―ソンブーン元海軍司令官が圧勝。投票率は21.47%と低率。なお,先に上院議員を辞任したプラモート元国軍参謀長(陸軍出身)がタイ国民党から立候補していた。 |
DIA-204-1985-05-12-2 | タイ | 1985年05月12日 | 1980年代 | シッティ外相,欧米歴訪に出発。 |
DIA-204-1985-05-13-1 | タイ | 1985年05月13日 | 1980年代 | 内閣,大蔵省の税制改革案承認―個人所得税率上限の65%から50%への引下げを内容とする。 |
DIA-204-1985-05-13-2 | タイ | 1985年05月13日 | 1980年代 | タイ国民党若手グループ,首相への不信任動議反対。 |
DIA-204-1985-05-14-1 | タイ | 1985年05月14日 | 1980年代 | 日本勢,肥料プラント第1,2部門を独占―タイ国家肥料会社が東部臨海ラヨーン地区に建設を計画,アンモニアを日量900㌧,尿素を1000㌧生産するもの。第1部門(アンモニア,尿素プラント)は千代田加工建設―丸紅が7400万㌦で,第2部門(リン酸,硫酸プラント)は伊藤忠商事―三井造船―デービー・マッキー社(英)が6400万㌦で受注内定にこぎつけた(NR紙,14日)。 |
DIA-204-1985-05-14-2 | タイ | 1985年05月14日 | 1980年代 | タイ国民党,ボン副党首を除名―同副党首は,プレーム首相への不信任動議提出をめぐって党方針と路線を異にしていた。同副党首とその一派15人はタイ国民党からの独立を宣言する一方,同16人はサイアム民主党籍の存続を盾に議員資格継続を主張。同党は1983年1月10日に9900人の党員数で内務省に登録を行なっている。 |
DIA-204-1985-05-14-3 | タイ | 1985年05月14日 | 1980年代 | タイ養鶏促進協会,骨なし鶏肉関税率下げを求めた警告書を提出―14日の在タイ日本大使館発表によると,同協会は現行の対タイ産骨なし鶏肉課税率18%を,対米国産骨つき鶏肉並みの11.8%に引き下げることを求めた文書を同大使館に提出,要求が実行されねば大使館前に大量の鶏を放つなどの強硬な抗議行動をも辞さないと警告。これは,先の藤尾ミッション来訪時に日本側が関税率引き下げの確約を行なわなかったことへの反発とみられる。 |
DIA-204-1985-05-14-4 | タイ | 1985年05月14日 | 1980年代 | 内閣,鉱業公社の解散を決定。 |
DIA-204-1985-05-16-1 | タイ | 1985年05月16日 | 1980年代 | 社会行動党,改憲動議提出―現行の1県1選挙区制(除バンコク)の1県複数選挙区制への変更が主旨。 |
DIA-204-1985-05-16-2 | タイ | 1985年05月16日 | 1980年代 | 日本,タイ産メイズ買付交渉再開―日本飼料輸入協会代表団とチャチャワン国内通商局次長との会談で合意が成立。同交渉は,アフラトキシン含有量問題で3年間中断していた。 |
DIA-204-1985-05-17-1 | タイ | 1985年05月17日 | 1980年代 | プレーム=マハティール・マレーシア首相会談―麻薬輸送路根絶における協力,共同開発地域の選定,ハジャイ―ペナン間以外の両国観光地間チャーター便増発,マ国での自動車組立用部品生産で合弁,が話題。 |
DIA-204-1985-05-17-2 | タイ | 1985年05月17日 | 1980年代 | ピチット第1軍管区司令官,ポン大佐問題で発言―ポン大佐はタイ国民党を離党したが,サイアム民主党の党籍が依然残っているとし,議員資格の存続を強調。 |
DIA-204-1985-05-17-3 | タイ | 1985年05月17日 | 1980年代 | 土地局,新公定土地評価価格を発表―最高はバンコクのBavornnives,Banglangpoo地区でタランワー当り10万バーツ,シーロム通りは同7万バーツ。 |
DIA-204-1985-05-18-1 | タイ | 1985年05月18日 | 1980年代 | ククリット,内閣改造の機は熟したと表明。 |
DIA-204-1985-05-18-2 | タイ | 1985年05月18日 | 1980年代 | 人民党,二重党籍問題で新提案―当該議員が新しい党に入党した時点で前所属党籍が自動的に消滅するよう選挙法26条を改正すべきとの要求を党会合で採択。現行の選挙では,二重党籍を認めない旨明記されているが,それが発覚した場合1万バーツの罰金が課されるのみで,どちらの党籍が消滅するかは定めていない。 |
DIA-204-1985-05-18-3 | タイ | 1985年05月18日 | 1980年代 | 内務省,「大衆党」の政党登録を承認。 |
DIA-204-1985-05-20-1 | タイ | 1985年05月20日 | 1980年代 | 米にロビイスト―輸出推進委員会は,米国でのロビイスト雇用のため対外貿易局に12万㌦(約300万バーツ)の予算をつけることで合意。候補に対アジア貿易通のアルブレヒト商務次官補の名があがっている。 |
DIA-204-1985-05-20-2 | タイ | 1985年05月20日 | 1980年代 | タイ国民党,内務省にポン大佐の離党を正式通知。 |
DIA-204-1985-05-21-1 | タイ | 1985年05月21日 | 1980年代 | 閣議,2180億バーツの86年度超緊縮予算を承認。 |
DIA-204-1985-05-21-2 | タイ | 1985年05月21日 | 1980年代 | BOI,米電信電話会社(ATT)のIC生産投資に奨励認可―同社がNava Nakonの工業用地に9億バーツを投じて子会社ATTマイクロエレクトロニクス社を設立するというもので,そのほぼ全製品をATTが自社製通信機器用部品として買い取ることになっている。ATTはこれより先に米系IC企業ハネウェル・シナティック・タイを買収済みである。 |
DIA-204-1985-05-22-1 | タイ | 1985年05月22日 | 1980年代 | 盤銀,輸出業者向優遇利率引下げ発表―チャトリ頭取発表で,現行の16.5%を16%に引き下げ。 |
DIA-204-1985-05-24-1 | タイ | 1985年05月24日 | 1980年代 | 中銀,Siam City銀行に介入せず―同銀行の内紛は内政問題であるというカムチョーン総裁発言。 |
DIA-204-1985-05-24-2 | タイ | 1985年05月24日 | 1980年代 | 中銀,タイ銀行協会と4点で合意―金融制度発展のため,(1)同協会は問題解決を中銀に任せず鋭意自力解決に努める,(2)中銀との協力で銀行制度により柔軟性を持たせる,(3)会員各行は中銀と協会の方針を遵守,中銀と協会がその状況をモニターする,(4)中銀と協会は各行の貸出状況を6ヵ月ごとに評価する,というもの。 |
DIA-204-1985-05-28-1 | タイ | 1985年05月28日 | 1980年代 | 両院合同議会でタイ国民党の不信任動議否決―社会行動党は,タイ国民党の動議が憲法137条に照らして無効であるとの反対動議を提出。つまり,首相への不信任動議は内閣全体に対する不信任動議と解釈され,従って首相かつ7閣僚への不信任案は無効であるとするものである。タイ国民党はこの反対動議に対し,憲法144条を盾に反論したがウクリット議長は社会行動党動議の票決を強行,野党議員が退場する一方,336対7で同動議は可決された。 |
DIA-204-1985-05-29-1 | タイ | 1985年05月29日 | 1980年代 | プンチューSiam City銀行取締役解任さる―後任はマハダムロンコン一族が推したチャラーム王室財産局次長が就任。 |
DIA-204-1985-05-29-2 | タイ | 1985年05月29日 | 1980年代 | タイたばこ専売公社民営化せず―同公社労粗による民営化阻止のストライキに対し,所轄管庁である大蔵省のパナス次官が文書に調印し確約。 |
DIA-204-1985-05-30-1 | タイ | 1985年05月30日 | 1980年代 | ポン議員,議員資格失わず―内務省発表。ポン議員はいまだサイアム民主党に辞表を提出しておらず,同党の党籍は存続すると判断。したがって二重党籍により1万バーツの罰金が課されるのみとした。 |
DIA-204-1985-05-31-1 | タイ | 1985年05月31日 | 1980年代 | タイ国民党,4閣僚に対する新たな不信任案提出―84議員の署名を集め,ウタイ国会議長に提出。今回の不信任案は,蔵相,運輸通信相,工業相,商相の4経済閣僚に対するもので,プレーム首相は除かれている。 |
DIA-204-1985-06-05-1 | タイ | 1985年06月05日 | 1980年代 | サマック運輸通信相の職権濫用問題―バス運行許認可問題で野党より追及を受けていた同相が,法廷で争うと発言。 |
DIA-204-1985-06-06-1 | タイ | 1985年06月06日 | 1980年代 | 国会で4閣僚に対する信任投票―蔵,商,運輸通信,工の各閣僚に対する信任票は各々166,156,147,139,不信任票は各々91,95,102,106。不信任票が過半数に達せず4閣僚は全て内閣にとどまる。 |
DIA-204-1985-06-07-1 | タイ | 1985年06月07日 | 1980年代 | リー・シンガポール首相来訪―プレーム首相との会談で,タイ政府の対カンボジア政策に賛意表明。 |
DIA-204-1985-06-07-2 | タイ | 1985年06月07日 | 1980年代 | 日・タイLNG合弁調印―三井物産,三菱商事などが参加する日本側投資会社「日本タイLNG」とタイ側投資会社「タイLNG」が合弁事業契約書に調印,8月までに「タイLNGインターナショナル」(資本金750万バーツ)を設立する。 |
DIA-204-1985-06-10-1 | タイ | 1985年06月10日 | 1980年代 | 対マラヤ共産党(CPM)関係に新しい動き―ワンチャイ第4軍管区司令官によると,軍とCPMとの間で和解交渉が非公式に進行中であり,これが決裂すれば軍は大規模な潰滅作戦に出るという。現在タイ・マレーシア国境付近には1460~1630人のCPMゲリラが活動,陸軍筋によると80~100人がソンクラー県,80~200人がナラティワート県,640~1030人がヤラー県にいるものとされる。 |
DIA-204-1985-06-10-2 | タイ | 1985年06月10日 | 1980年代 | シッティ外相,訪韓。 |
DIA-204-1985-06-11-1 | タイ | 1985年06月11日 | 1980年代 | タイ=韓国間で科学技術協力合意調印―農,工領域で政府,学界,財界が幅広く技術交流を推進。 |
DIA-204-1985-06-13-1 | タイ | 1985年06月13日 | 1980年代 | ソンマイ蔵相,預金利子課税率引き上げ案撤回―プレーム首相に近い消息筋によると,大蔵省が再三提出していた同案を凍結する確約を行なったという。 |
DIA-204-1985-06-13-2 | タイ | 1985年06月13日 | 1980年代 | カンボジア難民5万5000の移動―国連公官がBP紙に伝えたところによると,タイ国軍は第7地区(Bang Phu)のカンボジア住民を国境付近のカオイダン収容センターに移動させるべく計画中であるという。 |
DIA-204-1985-06-14-1 | タイ | 1985年06月14日 | 1980年代 | タイ銀行協会,貸出金利引下げ決定―一般貸出金利は現行の19%から18.5%に,優先部門向け金利は17.5%から16.5%に,当座貸越,国内手形割引およびパッキング信用による輸出に対する金利は17.5%から16%となる(17日より開始)。 |
DIA-204-1985-06-14-2 | タイ | 1985年06月14日 | 1980年代 | タイ発電公社,南タイに火力発電所増設決定―シャム湾の天然ガスを利用するもので,既存のナコンシタマラート県カノム発電所(7.5万kW)近くに建設予定。 |
DIA-204-1985-06-16-1 | タイ | 1985年06月16日 | 1980年代 | ディーゼル油価格現状維持―経済顧問委筋によると,同価格を本年一杯維持すべきとの同委員会の要求に対してプレーム首相は合意したという。 |
DIA-204-1985-06-17-1 | タイ | 1985年06月17日 | 1980年代 | 経閣委,「タイ・日経済関係構造調整白書」承認。 |
DIA-204-1985-06-17-2 | タイ | 1985年06月17日 | 1980年代 | 「日本研究センター」がバンコク郊外に新設さる。 |
DIA-204-1985-06-18-1 | タイ | 1985年06月18日 | 1980年代 | F-16を12機購入,閣議承認―総額89億1000万バーツ(3億1800万㌦)。支払は85会計年度(84年10月から85年9月)から5年間で,実戦配備は89年以降。 |
DIA-204-1985-06-18-2 | タイ | 1985年06月18日 | 1980年代 | IMF,特別引出権承認―タイの貿易収支改善と対外債務削減のため,5億8500万㌦相当のSDRが承認さる。IMFのスタンドバイローンは今回で3度目。 |
DIA-204-1985-06-18-3 | タイ | 1985年06月18日 | 1980年代 | BOI,アメリカで投資推進キャンペーン―スタポーン投資委員会副委員長を団長とする代表団が2週間の訪米。同氏によると,タイ政府は今後2年間で米,カナダからの投資奨励のために200万㌦を支出する予定。 |
DIA-204-1985-06-20-1 | タイ | 1985年06月20日 | 1980年代 | 英のシャノン貿易担当国務相一行,来訪。 |
DIA-204-1985-06-21-1 | タイ | 1985年06月21日 | 1980年代 | 来季の肥料価格設定さる―肥料供給調整に関する特別委員会が来収穫期の肥料価格を決定,16-20-0号を4200バーツ/㌧,16-16-8号を4300バーツ/㌧とした。 |
DIA-204-1985-06-23-1 | タイ | 1985年06月23日 | 1980年代 | 英政府,タイに2000万ポンドの特別借款提示―バンコク公共バス輸送網整備計画に伴う850台の国際バス入札で,英レイランド・ビークル社を中心とするコンソシアムが,より有利な条件を提示したベルギー側と競合中。国際入札で敗退を続けている英政府が攻勢に出たもの。本借款はOECDが定めたガイドラインを上回る好条件。 |
DIA-204-1985-06-23-2 | タイ | 1985年06月23日 | 1980年代 | タイ軍とマラヤ共産党間の交渉進展―パンヤ第4軍管区副司令官によると,CPM側は平和的解決を望んでおり,交渉は順調に進展しているもよう。 |
DIA-204-1985-06-26-1 | タイ | 1985年06月26日 | 1980年代 | チャモーイ夫人詐欺罪で逮捕―プラパン空軍司令官によると,これは,空軍保護下にあるチャモーイの身柄は警察当局に引渡したほうが安全とのアーティット国軍最高司令官の指示によるもの。 |
DIA-204-1985-06-28-1 | タイ | 1985年06月28日 | 1980年代 | 首相,対中国国交正常化10周年をひかえ総括―7月1日に10周年を迎えるに際し,中国はタイの反政府分子を一切支持せずとの正常化時の両国間合意が誠実に守られたことを,首相は高く評価。 |
DIA-204-1985-06-30-1 | タイ | 1985年06月30日 | 1980年代 | タイ=中国貿易で新提案―27日より中国を訪問中のシッティ外相は,タイが対中貿易赤字に悩んでいることを表明し中国側の理解を求めるとともに,両国の農産物が世界市場で競合しないよう早期に相互調整交渉に入る必要がある旨伝えた。 |
DIA-204-1985-07-01-1 | タイ | 1985年07月01日 | 1980年代 | 第2ガス分離プラントは必要―政府報道官は(1)第1プラントは3億5000万立方フィート/日でフル稼動している,(2)発電所がバンカーオイルからガスに切替え外貨節約に多大な影響を与えている,(3)ガス生産増加が見込まれる,として第2号基は建設されなければならないと表明。 |
DIA-204-1985-07-03-1 | タイ | 1985年07月03日 | 1980年代 | 国鉄機関士スト突入。 |
DIA-204-1985-07-03-2 | タイ | 1985年07月03日 | 1980年代 | 江崎代議士が最高位勲章を授与される。 |
DIA-204-1985-07-05-1 | タイ | 1985年07月05日 | 1980年代 | アーティット,F-16戦闘機購入間題に言及―司令官は,F-16戦闘機購入問題について,「国防問題に最も知識が深い軍部が購入を提案しているのであり,提案を政府が受入れるか否かは政府が決定すべきこと」と述べ,下院の軍事問題委員会がこの問題につきコメントしたことを批判した。 |
DIA-204-1985-07-05-2 | タイ | 1985年07月05日 | 1980年代 | 米・タイ両軍合同軍事演習始まる―コブラゴールド85(~16日)は過去4回のコブラゴールド演習のなかでも最大規模。 |
DIA-204-1985-07-08-1 | タイ | 1985年07月08日 | 1980年代 | シュルツ米国務長官来訪―東南アジア拡大外相会議に先立ちタイ訪問(~10日)。タイ政府首脳はジェンキンズ法案など米国での保護貿易主義の動きについて,反対の態度を示した。9日,長官はカンボジア国境を視察。 |
DIA-204-1985-07-09-1 | タイ | 1985年07月09日 | 1980年代 | 金融会社2社がライセンス取消し―ライセンス取消しを受けた会社は,大蔵省の管理下に置かれていた7社のうちの2社で,Credit Foncier Paiboon Co.とUnited Malayan Finance Co.。また管理委員会はTrust Bangkok Finance Co.の資産状況改善を報告していたが,大蔵省は9日付で同社を管理からはずした。 |
DIA-204-1985-07-10-1 | タイ | 1985年07月10日 | 1980年代 | 北朝鮮,タイ産タピオカ購入―60万㌧(10億バーツ)を大手のタピオカ輸出業者Eurasian Co.から購入する契約を行なった。タイ側は北朝鮮の購入はタピオカ市場の多様化につながると歓迎している。 |
DIA-204-1985-07-11-1 | タイ | 1985年07月11日 | 1980年代 | 大手3銀行,当座貸越金利1%引下げ15.5%へ。 |
DIA-204-1985-07-13-1 | タイ | 1985年07月13日 | 1980年代 | フィリピンのゲリラ活動を重視―チャワリット陸軍副参謀長は,「フィリピンの共産ゲリラが勢力を伸長させている。太平洋地域における共産ゲリラの勝利はタイへ悪影響を及ぼす」との見解を示した。 |
DIA-204-1985-07-15-1 | タイ | 1985年07月15日 | 1980年代 | 安倍外相,市場開放行動計画を約東―安倍外相はタイ外務省でシッティ外相等と会談。このなかで安倍外相は6月の1860項目にわたる日本の市場開放措置は初歩的なものにすぎず,日本政府は今後も行動計画を実施していくと約束。シッティ外相は適切な時期に『白書』を日本政府に手渡したいとの意向を表明。 |
DIA-204-1985-07-15-2 | タイ | 1985年07月15日 | 1980年代 | タイ通信公社職員60人抗議デモ―同公社Radio Paging Serviceの民間売却公開入札実施に対するもの。 |
DIA-204-1985-07-16-1 | タイ | 1985年07月16日 | 1980年代 | 85年経済成長率見通し下方修正―中銀は,年初見通し5.5~6%を引下げ,5%下方修正した。 |
DIA-204-1985-07-16-2 | タイ | 1985年07月16日 | 1980年代 | 首相側近武官人事異動偽造文書流れる―ナルデン陸軍書記官は,最高機密印が押されアーティット司令官の署名が入った首相側近武官の人事異動文書が流れている件について,「文書は偽造されたものである」と述べた。 |
DIA-204-1985-07-17-1 | タイ | 1985年07月17日 | 1980年代 | 首相,農産物貿易動向につき状況説明―価格下落,購買力低迷,生産余剰,高品質志向の強まり,保護貿易措置,競争激化のため,農産物輸出の環境は厳しい状況にあり,これに対処するためには生産性,品質の向上により他の農産物輸出国と競争していかなければならない,と述べた。 |
DIA-204-1985-07-17-2 | タイ | 1985年07月17日 | 1980年代 | 大手亜鉛工場で250人がレイオフ。 |
DIA-204-1985-07-19-1 | タイ | 1985年07月19日 | 1980年代 | タマ大学学生,ジェンキンズ法案反対書簡を米大使館に提出。 |
DIA-204-1985-07-22-1 | タイ | 1985年07月22日 | 1980年代 | 選挙法改正法案が可決―現行の1県1選挙区制,党立候補制を改め,1県複数選挙区制,個人立候補制に改める選挙法改正案が可決された。改正案はタイ国民党,軍部が反対,陸軍出身上院議員45名全員が国会欠席ないし投票を拒否。現行憲法の改正は今回が初めて。 |
DIA-204-1985-07-24-1 | タイ | 1985年07月24日 | 1980年代 | 北タイに小規模ガス分離プラントの計画―PTTはカンペーンペット県に年間3万㌧のLPGガスを生産するガス分離プラントの建設を決定。投資額は5億1400万バーツの見込み。プラントはタイシェル社が生産する天然ガス,日量2000万立方フィートを分離し近くのEGAT発電所に送ろうというもの。なお天然ガスの価格は1.25㌦/100万BTUとシャム湾のそれの3㌦/100万BTUに比べてかなり低価格。 |
DIA-204-1985-07-25-1 | タイ | 1985年07月25日 | 1980年代 | 第6次5カ年計画草案完成―86年10月から始まる第6次計画草案は計画期間中の平均経済成長率目標を5%(第5次は6.5%),政府対外債務返済比率を9%以内に抑える,エネルギー輸入依存率を50%から35%に引下げるという調整色の強いのが特徴。 |
DIA-204-1985-07-26-1 | タイ | 1985年07月26日 | 1980年代 | 繊維関係労働者800人が米大使館前で抗議―繊維衣料規制法案(ジェンキンズ法案)に反対し,タイ労働組合(TTUC)が動員した。 |
DIA-204-1985-07-28-1 | タイ | 1985年07月28日 | 1980年代 | LCT,ジェンキンズ法案反対運動支持を決議。 |
DIA-204-1985-07-29-1 | タイ | 1985年07月29日 | 1980年代 | ダムロン科学技術庁長官,首相官邸前で自殺。 |
DIA-204-1985-07-31-1 | タイ | 1985年07月31日 | 1980年代 | 85年失業者数170万人に―労働局は,85年の失業者数は170万人に達し,86年にはさらに増し200万人になるであろうとの雇用情勢見通しを発表。 |
DIA-204-1985-07-31-2 | タイ | 1985年07月31日 | 1980年代 | 米国の靴輸入規制の動きに対処―7月初めの米国際貿易委員会によるレーガン大統領への靴輸入規制実施勧告に対し,外務省およびタイ靴工業協会はタイを規制対象国から除外するよう要求していくことで合意。 |
DIA-204-1985-08-02-1 | タイ | 1985年08月02日 | 1980年代 | 国鉄,労組幹部4人を解雇―国鉄は,アーマッドLCT委員長,国鉄労組委員長,同副委員長,同書記長の4人の国鉄職員を,職場復帰要請を無視し7月3日から5日にかけストを続行したとの理由により,解雇。 |
DIA-204-1985-08-03-1 | タイ | 1985年08月03日 | 1980年代 | LCT,ゼネスト突入を示唆―国鉄労組員の解雇取消しの要求,7日以内に回答しない場合ゼネストに突入するという決議文書を首相に提出。 |
DIA-204-1985-08-04-1 | タイ | 1985年08月04日 | 1980年代 | バーンクワン刑務所で囚人3000人が暴動。 |
DIA-204-1985-08-05-1 | タイ | 1985年08月05日 | 1980年代 | 蔵相,6次計画案の税率引下げ計画に反対―6次計画草案の税源範囲の拡大と所得税率引下げについて,税率引下げは歳入不足を助長すると反対を表明。 |
DIA-204-1985-08-06-1 | タイ | 1985年08月06日 | 1980年代 | ククリット,ASEANサミット開催の必要性を強調。 |
DIA-204-1985-08-06-2 | タイ | 1985年08月06日 | 1980年代 | NFC,趣意書(LI)の2ヵ月延期を要請―タイ化学肥料会社は,同社の肥料プロジェクトに関するLIを入札日の5月6日から3ヵ月以内の8月6日までに入札者の2グループ会社に送付しなければならないが,LIの送付延長を要請(7日承認された)。 |
DIA-204-1985-08-06-3 | タイ | 1985年08月06日 | 1980年代 | 国鉄労働者500人が幹部の解雇撤回を求めスト突入。 |
DIA-204-1985-08-08-1 | タイ | 1985年08月08日 | 1980年代 | アーティット,軍人事異動表を公表せずと表明―他の諸国では軍の人事リストは軍事情報として発表していないことを理由にあげた。 |
DIA-204-1985-08-08-2 | タイ | 1985年08月08日 | 1980年代 | 国鉄経営側,ストライキに対し警察出動を要請。 |
DIA-204-1985-08-09-1 | タイ | 1985年08月09日 | 1980年代 | 石油講事件に関連し,陸軍少将が逮捕される。 |
DIA-204-1985-08-09-2 | タイ | 1985年08月09日 | 1980年代 | 6次計画で国営企業の行革推進―6次計画草案に関しての第3次経閣会議は,(1)公共料金の調整を進める,(2)国営企業120社の業績を監督し,国営維持か民間売却か合弁をはかるかについて審議する組織を計画前に発足させる,(3)現在の国営企業労働者7万人体制を削減する,などの点について基本的に合意。 |
DIA-204-1985-08-10-1 | タイ | 1985年08月10日 | 1980年代 | 米国でツナ缶輸入規制の動き―米国業界団体が輸入制限措置を求めているほか,35%の関税を課すアンダーソン法案が議会に提出されている。 |
DIA-204-1985-08-12-1 | タイ | 1985年08月12日 | 1980年代 | 日本にメイズ購入を要求―メイズ生産流通協会は,85/86年穀物年度(85年7月~)に50万㌧のメイズ購入を日本に要求していくことで合意。 |
DIA-204-1985-08-12-2 | タイ | 1985年08月12日 | 1980年代 | 86年4月に再度の大幅税制改革か―86年4月に,税源範囲の拡大,個人所得税率の引下げを骨格とした税改革を行なうことで閣議が基本的合意していたことが明らかになった。 |
DIA-204-1985-08-13-1 | タイ | 1985年08月13日 | 1980年代 | ナコンラーチャシーマーの国鉄労組90人がスト。 |
DIA-204-1985-08-13-2 | タイ | 1985年08月13日 | 1980年代 | 「タイ・日経済関係構造調整白書」手渡す―シッティ外相が橘正忠駐タイ大使を外務省に招き手渡した。 |
DIA-204-1985-08-16-1 | タイ | 1985年08月16日 | 1980年代 | 国鉄スト,打切る―アーマッドLCT委員長は敗北を宣言,12日間にわたったストを打切った。 |
DIA-204-1985-08-17-1 | タイ | 1985年08月17日 | 1980年代 | ギボンス米下院貿易対策小委員会委員長が来訪―ジェンキンズ法案に反対する繊維関係労働者100人余りが空港で歓迎した。19日にプレーム首相と会談。 |
DIA-204-1985-08-18-1 | タイ | 1985年08月18日 | 1980年代 | カンボジア問題4年以内に解決―シッティ外相は,テレビ記者会見において,「カンボジア問題は4年以内に解決する,ソ連がベトナムへの軍事援助を停止し,ASEANとの合意に達するようベトナムを説得するからである」と発言。 |
DIA-204-1985-08-20-1 | タイ | 1985年08月20日 | 1980年代 | 日本穀物貿易協会,タイ産メイズ購入に合意―協会とタイのメイズ輸出業者は,112㌦/㌧で1万㌧を試験的に購入することに合意。出荷は10月中。 |
DIA-204-1985-08-21-1 | タイ | 1985年08月21日 | 1980年代 | 大蔵省,チャモーイの資産凍結。 |
DIA-204-1985-08-21-2 | タイ | 1985年08月21日 | 1980年代 | 金利引下げても経済回復はない―中銀は7月2日と8月2日の2度にわたる金利引下げ措置によっても,経済回復は図れない,と現状の景気悪化が深刻なレベルにある見方を示した。 |
DIA-204-1985-08-21-3 | タイ | 1985年08月21日 | 1980年代 | 主要警察ポストは賄賂で買収―内務省は,50万パーツから100万パーツの賄賂をおくり,主要警察ポストを買収人事が行なわれたことを認めた。 |
DIA-204-1985-08-23-1 | タイ | 1985年08月23日 | 1980年代 | 首相,軍人事異動表を国王に提出。 |
DIA-204-1985-08-23-2 | タイ | 1985年08月23日 | 1980年代 | 政府,18日のベトナム軍越境を国連に正式抗議。 |
DIA-204-1985-08-26-1 | タイ | 1985年08月26日 | 1980年代 | シッティ外相,ASEANサミット開催の必要性を強調。 |
DIA-204-1985-08-26-2 | タイ | 1985年08月26日 | 1980年代 | 民主党,科学技術庁長官後任にレックナナ書記長指名。 |
DIA-204-1985-08-27-1 | タイ | 1985年08月27日 | 1980年代 | 軍人事異動表をスクープ―同日付Nation紙は,今回の軍人事異動表を発表した。それによると,注目のチャワリット副参謀長は,予想通り参謀長に昇格し,ティエンチャイ陸軍副司令官の後任にはチウタイ副参謀長が昇格,ピチット第1軍管区司令官は留任するというもので,86年10月にアーティット司令官が退役すれば,新副司令官,新司令官補2人の3人が定年を迎えるため,チャワリット中将が陸軍司令官に昇格することが濃厚となったとしている。 |
DIA-204-1985-08-27-2 | タイ | 1985年08月27日 | 1980年代 | 正式人事異動表は発表していない―パニアン国防相は,「国防省として人事異動の正式発表をしていない。リストは国防省次官室に届いているはずであり,報道関係者はコピーを入手できる」と述べた。これは,すでに異動リストが報道されている事実について国防省の態度を示したものとして注目される。また,トライロン政府スポークスマンは,「正式な手続を経た後,リストは発表されるべきである」と述べた。なお,軍のリーダーであるアーティット司令官は26日から28日の3日間,ビルマを訪問中。 |
DIA-204-1985-08-29-1 | タイ | 1985年08月29日 | 1980年代 | アーティット,人事異動を報道している報道機関に警告発信。 |
DIA-204-1985-08-30-1 | タイ | 1985年08月30日 | 1980年代 | レイオフ急増―労働局は,「85年は失業問題悪化が避けられない。年前半には1万3494人がレイオフされた。このほとんどは繊維産業で起きている。年後半にはさらに3万4000人の労働者がレイオフされる」と発表。 |
DIA-204-1985-08-31-1 | タイ | 1985年08月31日 | 1980年代 | Class5とClass8が師団長ポスト独占―同日付『バンコクポスト』紙は,王立司官学校第5期生のイサラポン少将が第1師団長から第2軍管区副司令官に昇格,第1師団長の後任には同じく5期生のウィモン第1特別戦闘師団長が配転,第1特別戦闘師団長には8期生のワッタナ大佐が第1師団副師団長から昇格する,南タイの第5師団長には8期生のキィティ副師団長が昇格するとしている。またスチンダ作戦部長は作戦担当参謀長補に昇格する,としている。スチンダ,イサラポン,ウィモンの3人は82年に小将に同時昇格した第5期生。またキィティ大佐は,8月に首相が南タイを訪れた時,首相から絶大な評価を受けた第8期生。 |
DIA-204-1985-09-03-1 | タイ | 1985年09月03日 | 1980年代 | マナ大将,バンコク市長選立候補を断念―アーティットの要請に応じたもので,情報筋は「陸軍の威信に汚点を残しかねないとして,アーティットが断念を要請した」としている。 |
DIA-204-1985-09-05-1 | タイ | 1985年09月05日 | 1980年代 | Class5,チャワリット中将を同期会に招待―アンバサダーホテルで開かれた王立士官学校第5期生の同期会に,チャワリット中将を招き,参謀長昇格を祝う。リーダー格のスチンダ小将がチャワリット中将にプレゼントを手渡した。 |
DIA-204-1985-09-05-2 | タイ | 1985年09月05日 | 1980年代 | 対外債務支払比率21.5%に上昇―大蔵省は,対外債務支払比率は輸出の低迷により21.5%に上昇し,このうち政府対外債務支払比率は10.5%に達した,と発表。 |
DIA-204-1985-09-06-1 | タイ | 1985年09月06日 | 1980年代 | 首相,ASEANサミット開催を訴える―首相は8日からインドネシアを訪問し,スハルト大統領らインドネシア政府要人と会談するが,首相は会談のなかで,ASEANサミットの開催を訴えるであろうと,外務省筋が表明。 |
DIA-204-1985-09-06-2 | タイ | 1985年09月06日 | 1980年代 | 軍幹部,軍人事異動を発表する報道機関を非難―ナルドン陸軍書記官は,軍の情報を流すことは外国の敵に情報を流すことであると,軍人事情報を報道するマスコミを非難。 |
DIA-204-1985-09-07-1 | タイ | 1985年09月07日 | 1980年代 | アーティット,スウェーデンに出発。 |
DIA-204-1985-09-08-1 | タイ | 1985年09月08日 | 1980年代 | プレーム首相,インドネシアに出発。 |
DIA-204-1985-09-09-1 | タイ | 1985年09月09日 | 1980年代 | 軍事クーデター発生,失敗に終わる―午前7時,サーム・ナ・ナコン元国軍最高司令官を議長とする革命団が,「午前6時より革命団が全権を掌握した」という発表を政府広報局のラジオ・タイランドを通じて流す。午前7時25分,政府平和維持軍(第11連隊に設置された)が第1師団放送局を通じ政府軍ラジオ放送を始める。午前9時30分,占拠した最高司令本部の革命団本部から戦車発進,途中他の戦車と合流,第1師団に向う。第1師団内には政府軍80数名が防衛にあたる。革命団派は,降伏,ラジオ放送中止を迫る。政府軍はこれを拒否。午前10時,革命団側は戦車砲攻撃をしかける。放送局のアンテナを破壊したため10分後攻撃停止。同時刻,宮殿付近でも戦闘。午前11時,第1軍管区司令本部でピチット中将と革命団代表者との交渉始まる。午後3時,主犯者マヌーン大佐,マナス中佐の国外逃亡を認めることで交渉結着,革命団は降伏。9.9クーデターでは,マヌーン元第4機甲大隊長が元の自分の部隊,第4機甲大隊の兵士80数名,戦車22台を動員,マヌーンの実弟マナス空軍中佐が空軍地上部隊約200名を動員しての決起であった。 |
DIA-204-1985-09-10-1 | タイ | 1985年09月10日 | 1980年代 | 労組幹部,クーデターを事前に知る―同日付『バンコクポスト』紙は,労働組合筋の情報として,「3週間ほど前にクーデター計画を知らされていた。革命団が政権を握ったら,労働組合幹部の提案を受入れることになっていた」という意外な情報を発表。クーデター当日の午後には2000人の労働者が動員されていた。 |
DIA-204-1985-09-10-2 | タイ | 1985年09月10日 | 1980年代 | クーデター調査委員会設置―アーティット司令官を長とする調査委員会が設置され,事実と背後関係究明を始めた。 |
DIA-204-1985-09-10-3 | タイ | 1985年09月10日 | 1980年代 | 閣議,戒厳令体制を続けることを決定。 |
DIA-204-1985-09-10-4 | タイ | 1985年09月10日 | 1980年代 | アーティット,帰国。 |
DIA-204-1985-09-11-1 | タイ | 1985年09月11日 | 1980年代 | 内閣改造を示唆―政府高官筋は,10月中にも内閣改造の発表がある,政府の経済解決策も同時に発表される,と述べた。 |
DIA-204-1985-09-11-2 | タイ | 1985年09月11日 | 1980年代 | 首相,アーティット,ナラティワット宮殿に国王を拝謁。 |
DIA-204-1985-09-11-3 | タイ | 1985年09月11日 | 1980年代 | 首都治安司令部下の戦車を政府平和維持軍に移管―第1軍管区下の戦車13台を最高司令本部の首都治安司令本部に移管。この措置は,9.9クーデターで最高司令本部が簡単に占拠され,政府平和維持軍司令本部を第11連隊に置かざるを得なかったことから,最高司令本部の防衛力強化を狙ったもの。なお,戦車の移動でクーデター再発の噂が広がった。 |
DIA-204-1985-09-11-4 | タイ | 1985年09月11日 | 1980年代 | ティエンチャイ,クーデター首謀者の国外逃亡を許可した理由を説明。 |
DIA-204-1985-09-12-1 | タイ | 1985年09月12日 | 1980年代 | 労組幹部,クーデター容疑で逮捕―逮捕されたのは,スン国鉄労組書記長,ソムチャイBMTA労組委員長等3人。 |
DIA-204-1985-09-12-2 | タイ | 1985年09月12日 | 1980年代 | クリアンサック前首相に対する尋問開始―クーデター真相究明調査委員会は,クーデターに参加したとの疑惑が持たれているクリアンサック前首相,ヨット元陸軍副司令官,カセー元国軍副司令官,現役国軍副司令官3人の合計7人の尋問を開始。 |
DIA-204-1985-09-16-1 | タイ | 1985年09月16日 | 1980年代 | 戒厳令体制解除。 |
DIA-204-1985-09-17-1 | タイ | 1985年09月17日 | 1980年代 | クーデター関与でクリアンサック等24名逮捕―治安当局は現役国会議員が多数含まれていたことから逮捕をみあわせていたが,16日夜国会が閉会したことで逮捕に踏切った。このなかには,クリアンサック,サーム・ナ・ナコン,カセー,ヨットの退役軍人,アルン国軍副司令官,アーマットLCT委員長,サワットLCT顧問が含まれていた。 |
DIA-204-1985-09-17-2 | タイ | 1985年09月17日 | 1980年代 | オプ工業相,辞任。 |
DIA-204-1985-09-23-1 | タイ | 1985年09月23日 | 1980年代 | 政府,経済問題解決策発表―当初8月末には発表されるとみられていた政府経済政策は以下のとおり,景気対策色の全くないものとなった。(1)税制を経済発展,輸出に障害とならないように改善する。(2)輸出振興につながる金融その他の措置をとる。(3)農産物価格下落の影響を緩和するため地方開発を促進する。(4)労働集約的な中小企業を促進する。(5)観光産業を促進する。 |
DIA-204-1985-09-23-2 | タイ | 1985年09月23日 | 1980年代 | 進歩党が連立内閣に―辞任したオプ前工業相,プラヨート,ウォン両前副工業相の後任に,チラユ工業相,ミーチャイ,アナン副工業相が任命された。これによりアナン新副大臣が所属する進歩党が新たに連立政権に加わることになった。 |
DIA-204-1985-09-24-1 | タイ | 1985年09月24日 | 1980年代 | 首相,米国,ヨーロッパ訪問に出発。 |
DIA-204-1985-09-24-2 | タイ | 1985年09月24日 | 1980年代 | ピチット,クーデター時の行動を説明―同日付『バンコクポスト』紙によると,ピチット第1軍管区司令官は首都治安本部にて,同本部司令官のアーティット大将,イサラポン第1師団長,アリヤ第2機甲師団長,ウィロート高射砲師団長,サンヤー第2師団長,数名の連隊長が出席した会議にて,クーデター前日,当日の行動,クーデター首謀者の国外逃亡を認めた理由などにつき,説明。 |
DIA-204-1985-09-24-3 | タイ | 1985年09月24日 | 1980年代 | クーデター関与で31人逮捕―治安当局は,これまでクーデター関与で40人を尋問,31人を逮捕と発表。 |
DIA-204-1985-09-26-1 | タイ | 1985年09月26日 | 1980年代 | ティエンチャイ,アーティットのクーデター関与説を否定。 |
DIA-204-1985-10-02-1 | タイ | 1985年10月02日 | 1980年代 | シティ・バンクにバンコク支店開設許可―外銀の進出許可は7年ぶり。同行は5月にマーカンタイル・バンクを買収済だが,このほど大蔵省より正式名義変更が認められたもの。初期資本登録は4億バーツ。 |
DIA-204-1985-10-03-1 | タイ | 1985年10月03日 | 1980年代 | 米=タイ軍事兵站支援協定調印。 |
DIA-204-1985-10-04-1 | タイ | 1985年10月04日 | 1980年代 | 「クーデター白書」発表―白書は,内外に広まるアーティット,ピチットのクーデター関与説に対処するためのもの。白書によると,スウェーデン滞在中だったアーティット国軍最高司令官は,9月9日午前5時50分に事件発生を察知,直ちにチャワリット新陸軍参謀長を通じて軍幹部に対し,王室の安全と国際平和維持軍組織を要請,帰国途中も指示を続けるなど,鎮圧に際し功績大であったと強調。また国軍最高司令官はピチット第一軍区司令官と絶えず連絡をとり合っていたとされる。 |
DIA-204-1985-10-04-2 | タイ | 1985年10月04日 | 1980年代 | 軍人事異動が公式発表される。 |
DIA-204-1985-10-05-1 | タイ | 1985年10月05日 | 1980年代 | シッティ外相,訪日―(~8日)。 |
DIA-204-1985-10-07-1 | タイ | 1985年10月07日 | 1980年代 | NFC,肥料プラント着工を3ヵ月延期。 |
DIA-204-1985-10-08-1 | タイ | 1985年10月08日 | 1980年代 | 政府,公的部門からの借入金利上限設定―86年度は年利14%。同時に大蔵省は,中銀,政府貯蓄銀行および商銀より,各々87億バーツ,100億バーツ,143億バーツ,計310億バーツの借入が許可された。 |
DIA-204-1985-10-09-1 | タイ | 1985年10月09日 | 1980年代 | ホアン・ビク・ソン・ベトナム外務次官来訪。 |
DIA-204-1985-10-10-1 | タイ | 1985年10月10日 | 1980年代 | 警察当局,9・9事件の取り調べ終了―調書は法制局に送られた後,検察側に送検される。なお警察特別調査委は退役軍人と民間人を調査,現役軍人については軍が担当した。 |
DIA-204-1985-10-11-1 | タイ | 1985年10月11日 | 1980年代 | 官民協議会,外国人商工会議所と初めての会合。 |
DIA-204-1985-10-11-2 | タイ | 1985年10月11日 | 1980年代 | 繊維関係労働者100人がジェンキンズ法案米議会通過に対し抗議。 |
DIA-204-1985-10-14-1 | タイ | 1985年10月14日 | 1980年代 | 米大統領より首相に書簡―サーモンド,ジェンキンズ法案成立の懸念を訴えた首相の書簡(9月17日)に答えたもの。大統領は,国際的な保護主義の気運を憂うる首相に同意,多国間貿易交渉・新ラウンドをタイと一致して推進するとした。また,タイ側の綿花輸入関税自由化措置は米の綿花輸出に有効と高く評価。 |
DIA-204-1985-10-15-1 | タイ | 1985年10月15日 | 1980年代 | 閣議,首都圏バス公社の計画却下―英レイランド社にバス車両850台計120億バーツ相当を発注するという |
DIA-204-1985-10-15-2 | タイ | 1985年10月15日 | 1980年代 | チョンブリ刑務所で脱獄事件。 |
DIA-204-1985-10-16-1 | タイ | 1985年10月16日 | 1980年代 | タイ精米業協会,コソン商相提案を支持―オラーン会長は,政府の公示価格設定を求めた商務相提案支持を表明。 |
DIA-204-1985-10-17-1 | タイ | 1985年10月17日 | 1980年代 | 閣議,商務相提出の米価支持政策承認―これにより,精米業者は農民からの買取保証価格3000バーツ/㌧(5%米)が課される一方,9%の低利融資(現行15.5%)が供与される。融資には農民援助基金からの4億6800万バーツが充当される。 |
DIA-204-1985-10-17-2 | タイ | 1985年10月17日 | 1980年代 | ASEAN―EC経済閣僚会議開催。 |
DIA-204-1985-10-19-1 | タイ | 1985年10月19日 | 1980年代 | バンコク2区補欠選で民主党勝利―ピチット・ラッタクン氏(ピチャイ・ラッタクンの長男)が,自殺したダムロン氏の補欠選挙に圧勝。 |
DIA-204-1985-10-20-1 | タイ | 1985年10月20日 | 1980年代 | タイ・ソ連友好協会設立のソ連提案に反対―プラソン国家安全保障評議会議長は,ソ連側の狙いは対カンボジアをにらんだ,諜報活動の強化であるとした。 |
DIA-204-1985-10-21-1 | タイ | 1985年10月21日 | 1980年代 | タイ,ソ連側に留学奨学金直接供与停止を要請―外務省は,カサトキン駐タイ大使を招き,今回,73名のタイ学生に対し,経済技術協力局未許可の奨学金を与えたことは明らかに違反だとした。 |
DIA-204-1985-10-22-1 | タイ | 1985年10月22日 | 1980年代 | 米,タイ産衣類禁輸措置を実施―タイの輸出は,第3四半期末ですでに対米輸出割当量8300万平方ヤードを超えており,製造業者も,同措置は不可避としていた。 |
DIA-204-1985-10-22-2 | タイ | 1985年10月22日 | 1980年代 | ソ連代表団,来訪―サリモフソ連最高会議幹部会副議長を団長とする一行は,米向けで苦戦しているタイ産繊維製品の買付けに強い関心を示した。 |
DIA-204-1985-10-25-1 | タイ | 1985年10月25日 | 1980年代 | 検察当局,国家反逆罪で40人を起訴―刑事裁判所初公判の罪状認否で,同日出廷したルン空軍大将はじめ陸軍20人,空軍6人の現役兵士と,ソムチャイ首都圏バス公社労組委員長,大学教授,元学生運動家ら5人,計32人は,全てこれを否定した。 |
DIA-204-1985-10-26-1 | タイ | 1985年10月26日 | 1980年代 | NESDB・世銀合同のエネルギー会議(パタヤ)。 |
DIA-204-1985-10-26-2 | タイ | 1985年10月26日 | 1980年代 | 首都治安司令部司令官補を塔設,空軍参謀長起用―カセー空軍副参謀長が新司令官補に就任。これにより司令官補はワンチャイ陸軍副参謀長との2人になる。新司令官補はクラス5のスチンダ陸軍参謀長補と親交がある。 |
DIA-204-1985-10-28-1 | タイ | 1985年10月28日 | 1980年代 | クリアンサック,サームら罪状否認―9・9事件で指導的役割を果たしたとされるクリアンサック前首相,サーム元国軍最高指令官,アーマッド・タイ労働会議議長ら8人がこの日初出廷,いずれも起訴状を否認した。 |
DIA-204-1985-10-29-1 | タイ | 1985年10月29日 | 1980年代 | 工業相,世界すず会議(ITC)脱退を示唆。 |
DIA-204-1985-10-30-1 | タイ | 1985年10月30日 | 1980年代 | 対外債務抑制のため新措置を導入決定―公的部門の債務返済比率上限を,86~88年については現行の9%から11%に引上げる,86年度の対外借入枠を,85年度より3億㌦低い10億㌦とする,すでに借入を実行した債務のリファイナンスを認める,以上3点。 |
DIA-204-1985-10-30-2 | タイ | 1985年10月30日 | 1980年代 | 首相,国内共産ゲリラ勢力は800~1000名と発表―1970年代には共産ゲリラ勢力は1万2000名。 |
DIA-204-1985-10-31-1 | タイ | 1985年10月31日 | 1980年代 | アーティット,クーデター再発否定―BP紙との会見での発言。また9・9事件被告の恩赦はない,同事件の主導的役割を果たした第4機甲大隊を遠方に移すつもりはないとした。同司令官が事件に関与していた可能性を示唆したスウェーデン紙報道はこれを否定,事件発生後ティエンチャイ前陸副軍司令官とピチット第1師団長に細かい指示を行なったことを強調。 |
DIA-204-1985-10-31-2 | タイ | 1985年10月31日 | 1980年代 | チャモーイに対する第1回公判開かれる。 |
DIA-204-1985-11-01-1 | タイ | 1985年11月01日 | 1980年代 | ASEANすず産出国,すず危機で協議(クアラルンプール)。 |
DIA-204-1985-11-02-1 | タイ | 1985年11月02日 | 1980年代 | アルン国軍副司令官,国防省次官室に左遷―この他,クーデター関与の容疑者である陸軍軍人20名がFirst Military Circleに空軍軍人7名(うち1人は国軍司令部配属)が左遷された。 |
DIA-204-1985-11-04-1 | タイ | 1985年11月04日 | 1980年代 | タイ銀行協会,商銀法改正に反対。 |
DIA-204-1985-11-04-2 | タイ | 1985年11月04日 | 1980年代 | ビルマ国境に戒厳令。 |
DIA-204-1985-11-06-1 | タイ | 1985年11月06日 | 1980年代 | チャワリット,9・9事件に共産主義分子が関与したと言明。 |
DIA-204-1985-11-06-2 | タイ | 1985年11月06日 | 1980年代 | チャワリット,タイに外国軍基地不要,と言明。 |
DIA-204-1985-11-06-3 | タイ | 1985年11月06日 | 1980年代 | 世銀バンコク支部,東部臨海二深水港建設見送りを勧告。 |
DIA-204-1985-11-08-1 | タイ | 1985年11月08日 | 1980年代 | 三労組指導者,チャムロン候補支持し応援演説―バンコク知事選候補の同氏の遊説先で,パイサン・タイ労働組合連盟委員長,ウィチャイ・タイ労働会議書記長,ウィット全国労働評議会議長が応援演説。 |
DIA-204-1985-11-10-1 | タイ | 1985年11月10日 | 1980年代 | 首相,ラムカムヘン大で暴漢に襲われ重傷。 |
DIA-204-1985-11-11-1 | タイ | 1985年11月11日 | 1980年代 | 米,タイ産衣類禁輸措置を解除―シッティ外相発言。12月1日より実施され,現在税関にて差し止め中の積荷入港が再開される。また85,86年2年間の輸出割当超過分3000万平方ヤードの処理については,米側が700万平方ヤードの控除に合意,差引き2300万平方ヤードが86~88年割当分より削減される。これにより,新割当量は,86年9500万,87年9300万,88年9900万平方ヤードとなる。 |
DIA-204-1985-11-11-2 | タイ | 1985年11月11日 | 1980年代 | ラムカムヘン大学長,首相襲撃事件で引責辞任発表。 |
DIA-204-1985-11-11-3 | タイ | 1985年11月11日 | 1980年代 | 軍放送,政党を批判―バンコク知事選投票日を前に,「軍と人民」番組で発表。ある政党は法定選挙資金の35万バーツをはるかに上廻る資金を自己の利権のために「投資」しており,人民を欺く敵だと激しく批判。軍こそ真の人民の味方と自賛した。 |
DIA-204-1985-11-12-1 | タイ | 1985年11月12日 | 1980年代 | 閣議,修正金融三法改正案承認―仏暦2505年商銀法,仏暦2522年ファイナンスカンパニー法,仏暦2485年中銀法の三法。同修正案は原案に比べ,当局の監督権限は縮小されている。しかし,銀行制度の健全のため,蔵相は,商銀の活動を全面ないし部分的に停止できる一方,商銀の活動を監視する監督官を任命する権利を有する。また,(1)所定の現金準備を保持しない場合,(2)所長の流動資産を保持しない場合,(3)不正な預金受入,貸出を行なった場合,(4)限度を越える信用供与を行なった場合は商銀各行に改善命令を下す権利を有する。 |
DIA-204-1985-11-12-2 | タイ | 1985年11月12日 | 1980年代 | 東部臨海プロジェクト,45日間凍結決定―スリー総理府相を座長とする「見直し委員会」設置さる。 |
DIA-204-1985-11-13-1 | タイ | 1985年11月13日 | 1980年代 | 軍,市長選の基本的立場を表明―アーティット国軍最高司令官は,軍のテレビ局チァンネル5とチャンネル7を通じ,バンコクに在住する軍人とその家族に対し民主主義をゆがめる選挙活動をした政党ないし政治団体に投標してはならないと呼びかけた。 |
DIA-204-1985-11-14-1 | タイ | 1985年11月14日 | 1980年代 | バンコク知事選・無所属チャムロン少将圧勝―1974年第1回より10年ぶりの選挙。 |
DIA-204-1985-11-16-1 | タイ | 1985年11月16日 | 1980年代 | アーティット,中国より軍事援助受入を示唆―130㍉砲,37㍉高射砲,対戦車兵器がすでに購入されたとの情報の真疑を正した記者に対する発言。 |
DIA-204-1985-11-16-2 | タイ | 1985年11月16日 | 1980年代 | 軍事目的の外資借入抑制が必要―サノーNESDB長官は政府が軍部に説明することを要求した。 |
DIA-204-1985-11-17-1 | タイ | 1985年11月17日 | 1980年代 | タイ労働会議議長にタノン氏―アーマッド前議長辞職後空席になっていた。同氏は特定政治グループとの同盟を結ばないと,前委員長と軍との癒着を間接的に表明。 |
DIA-204-1985-11-18-1 | タイ | 1985年11月18日 | 1980年代 | パイサンTTUC委員長,LCTとの協力関係模索を示唆―両労組の合併の可能性については,組織背景の相違から,これを否定(N紙,11月19日)。 |
DIA-204-1985-11-18-2 | タイ | 1985年11月18日 | 1980年代 | 中国から戦車24台の無償援助―軍筋は,中国から59型戦車24台の無償援助を受け11月下旬にも到着すること,また数力月前,130㍉砲18基の援助を受けたことを明らかにした。当初,中国側は59型戦車を売却したい意向であった。 |
DIA-204-1985-11-19-1 | タイ | 1985年11月19日 | 1980年代 | マプタプット港入札日を延期―当初86年1月15日に予定されていた入札日を51日間繰り下げ3月6日に延長されたことが,関係筋より明らかになった。これは東部臨海開発計画の45日間凍結にともなう措置。 |
DIA-204-1985-11-20-1 | タイ | 1985年11月20日 | 1980年代 | 首相,9・9事件被告恩赦の噂否定。 |
DIA-204-1985-11-21-1 | タイ | 1985年11月21日 | 1980年代 | キッシンジャー前米国務長官,来訪。 |
DIA-204-1985-11-22-1 | タイ | 1985年11月22日 | 1980年代 | アーティット,軍事支出過剰の声に反発―不況ゆえに軍事支出を削減せよとの財政当局の要求は不当とした。 |
DIA-204-1985-11-23-1 | タイ | 1985年11月23日 | 1980年代 | 国軍最高司令部の機構を漸次改革―1987年のアーティット退役後,最高司令官と3副司令官ポストの計4ポストを廃止し,参謀長に実質的権力を移譲するとう方向でアーティット・首相間の合意が成立しているといわれる。 |
DIA-204-1985-11-23-2 | タイ | 1985年11月23日 | 1980年代 | 首都治安司令部機概改革―9月下旬にアーティット首都治安司令官が提案,10月1日より機構改革が行なわれていたことが判明した。内容は,カセー新司令官補就任以外に,ソムクウン国軍参謀室長が,チャムラーン第1軍管区参謀長に代わり参謀長に就任,国軍司令本部のカモン少将,ラウィ少将が副参謀長に就任。情報筋は,第1軍管区の負担を軽減するものであると説明。 |
DIA-204-1985-11-25-1 | タイ | 1985年11月25日 | 1980年代 | プラパート前副首相・9・9事件関与を否定。 |
DIA-204-1985-11-30-1 | タイ | 1985年11月30日 | 1980年代 | 通貨当局,「切り下げ」説を否定―チャワリット為替平衡基金総裁は,対1米㌦26.09バーツというバーツ急騰(25日)ののちに流れた「切り下げ」の噂を否定した。 |
DIA-204-1985-12-01-1 | タイ | 1985年12月01日 | 1980年代 | 外相,カクテルパーティー方式に反対せず―シッティ外相は,インドネシア提案の同方式に対し,反越三派連合政府とヘン・サムリン政権の4グループ全ての代表とベトナムが席につくという条件付きで実質的な同意を示した。 |
DIA-204-1985-12-03-1 | タイ | 1985年12月03日 | 1980年代 | 通貨当局,対ドルバーツ相場を引下げ―為替平衡基金の7610万㌦のドル買いで,相場は前日の26.19バーツから26.69バーツとなった。 |
DIA-204-1985-12-04-1 | タイ | 1985年12月04日 | 1980年代 | 国王・誕生日(満58歳)で演説。 |
DIA-204-1985-12-04-2 | タイ | 1985年12月04日 | 1980年代 | 9・9クーデター未遂事件実質審理延期―同裁判を公開で行なうか否かで弁護側と検察側が法廷で対立したため,質実審理開始を1月8日に繰り下げることとなった。 |
DIA-204-1985-12-06-1 | タイ | 1985年12月06日 | 1980年代 | タイ=EECタピオカ協定改定―コソン商相は同日,11月27日にブリュッセルで開かれた交渉で,今年期限切れとなる協定が改定され,1987年から90年の年間輸出割当量を現行より100万㌧増加の550万㌧とすることで合意が成立したとした。 |
DIA-204-1985-12-08-1 | タイ | 1985年12月08日 | 1980年代 | ウォルフォビッツ米国務次官補来訪。 |
DIA-204-1985-12-08-2 | タイ | 1985年12月08日 | 1980年代 | 外相,14人の実業家,銀行家を経済顧問に任命。 |
DIA-204-1985-12-10-1 | タイ | 1985年12月10日 | 1980年代 | 日本駐タイ大使交代―日本政府は次期駐タイ大使に木内駐マレーシア大使を起用することを決めた。 |
DIA-204-1985-12-11-1 | タイ | 1985年12月11日 | 1980年代 | 軍部,砂糖きび生産者に調整を約束―アーティットとチャワリットは砂糖きび生産者20人と最高司令本部にて会見,政府買上げ価格問題の調整を約束。12日,政府は346バーツ/㌧の買上げを約束。 |
DIA-204-1985-12-12-1 | タイ | 1985年12月12日 | 1980年代 | 政府と在タイ外国人商工会議所間で作業部会設置―サノーNESDB長官発表。関税問題等貿易摩擦解消のため,先進7カ国商工会議所と,政府,NESDB,中銀,投資委員会,関税局,歳入局等が参加し討議が行なわれる。 |
DIA-204-1985-12-13-1 | タイ | 1985年12月13日 | 1980年代 | ウィトーン議員(社行党),国会議員数人が共産党員と示唆。 |
DIA-204-1985-12-13-2 | タイ | 1985年12月13日 | 1980年代 | 東部臨海プロジェクト見直し委員会,作業完了。 |
DIA-204-1985-12-14-1 | タイ | 1985年12月14日 | 1980年代 | 大来元外相,東部臨海開発問題でスリー総理府相と会談―「計画は長期的に外貨節約に貢献する。日本の鉄鋼産業が港湾整備によってコスト競争力をつけたように,マプタプット港,レームチャバン港は輸送コストを低下させタイの競争力を高める。OECF借款は10年据置であり短期的には対外債務要因にはならない」として,スリー大臣に対し計画の支持を要請した。 |
DIA-204-1985-12-15-1 | タイ | 1985年12月15日 | 1980年代 | タイ軍,毒ガス使用でベトナムを批難。 |
DIA-204-1985-12-16-1 | タイ | 1985年12月16日 | 1980年代 | 農業協合組合省,米価支持のため20億バーツの追加支出承認さる。 |
DIA-204-1985-12-16-2 | タイ | 1985年12月16日 | 1980年代 | 橘駐タイ大使,東部臨海開発計画の挫折を懸念―大使は大使交代パーティ席上にて,「東部臨海開発計画のたなあげはタイが開発計画から撤退することである」と開発計画に対する日本側の立場を間接的に表明。 |
DIA-204-1985-12-17-1 | タイ | 1985年12月17日 | 1980年代 | 鉱物資源局,すず公示価格の発表開始―11月24日の国際すず理事会の緩衝在庫買上げ停止以降,これまでタイ国内すず市場の値決め基準相場となっていたロンドン金属取引所,クアラルンプールすず市場の取引が停止しているため。 |
DIA-204-1985-12-17-2 | タイ | 1985年12月17日 | 1980年代 | マレーシア国王,王妃来訪。 |
DIA-204-1985-12-17-3 | タイ | 1985年12月17日 | 1980年代 | 中銀,商銀改正法にもとづきサイアム銀行の資本金を20分の1に削減。 |
DIA-204-1985-12-20-1 | タイ | 1985年12月20日 | 1980年代 | 86年対日輸出目標額を削減―東京で開かれたタイ・日貿易交渉で,ポティポン貿易委員会委員長を長とする貿易交渉団は,86年の対日輸出目標額を,昨年比で11.7%減の300億バーツとすることで合意した。 |
DIA-204-1985-12-23-1 | タイ | 1985年12月23日 | 1980年代 | 陸軍,民主党を批難―バンコク第1区選挙戦が繰り広げられているなか,ラジオ放送を通じ「ある政党が民主主義を破壊していると陸軍を批難し,混乱を起こそうとしている」と民主党を間接的に批難。また,中銀,NESDBの官僚たちはタイ経済を悲観的なものにしていると述べた。 |
DIA-204-1985-12-24-1 | タイ | 1985年12月24日 | 1980年代 | 閣議,東部臨海工業開発計画縮小せず―見直し委員会は,東部臨海開発計画をたなあげし86年度海外借入10億㌦のうち2億㌦削減するという提案を行なったもよう。このなかには,締結済の第12次円借1億4561万㌦(マプタプット港設計6522万㌦,マプタプット工業団地1304万㌦,レームチャバン港4993万㌦,レームチャバン工業団地1188万㌦,ノソコ~レームチャバン用水路管554万㌦)が含まれていた。 |
DIA-204-1985-12-26-1 | タイ | 1985年12月26日 | 1980年代 | ソン・サン氏,タイ政府圧力で復帰―タイ政府が,同氏を復職させねば外国政府の対KPNLF援助を妨害すると圧力をかけたことによるという。 |
DIA-204-1985-12-26-2 | タイ | 1985年12月26日 | 1980年代 | 中銀,商銀の金利上限告示―1月2日発効で,貸出金利は19%から17%に,預金金利は14%から11%にそれぞれ引き下げられる。 |
DIA-204-1985-12-26-3 | タイ | 1985年12月26日 | 1980年代 | バンコク第1区選挙で民主党勝利―民主党勝利によりハーン前第4軍管区司令官および,カニアン氏が新議員に。陸軍部隊が集中しているドゥスィット地区では社会行動党が大票を集めた。 |
DIA-204-1985-12-27-1 | タイ | 1985年12月27日 | 1980年代 | ククリット社会行動党党首辞表―26日のバンコク第1区選挙での敗北が理由。 |
DIA-204-1986-01-01-1 | タイ | 1986年01月01日 | 1980年代 | タイ国民党の与党入り工作―チャーン副党首はプラマーン・タイ国民党党首宅を訪問,社会行動党に代わって同党が連立与党入りする可能性について話し合ったといわれる(BP紙,1/3)。 |
DIA-204-1986-01-02-1 | タイ | 1986年01月02日 | 1980年代 | 社会行動党,ソンマイ蔵相の更迭を要求―同党のアムヌアイ副蔵相は,これはククリット前党首の,内閣改造についての条件であるとした。 |
DIA-204-1986-01-03-1 | タイ | 1986年01月03日 | 1980年代 | タイ国民党,「与党入り工作」否定―ポンポン国民党議員は,「タイ国民党が連立与党に入ることはない」と言明。 |
DIA-204-1986-01-03-2 | タイ | 1986年01月03日 | 1980年代 | 社会行動党内で党首ポストをめぐる確執―同党の北タイ選出議員は,党首にシッティではなくブンテーン副首相(ラムパーン県選出)を,党書記長にブンチュー元副首相を推すと発表。 |
DIA-204-1986-01-06-1 | タイ | 1986年01月06日 | 1980年代 | 中部農民がバンコクでデモ―85年12月1日施行の米価支持政策(基準籾買取保証価格3000バーツが有効に機能していないため,スパンプリ県など中部農民が中心となって3000人が首相官邸前で行なったもの。農民の訴えでは,仲買業者の買取り価格は1トン2300~2400バーツにまで落ち込んでいる。同デモには南部のパイナップル農家も価格暴落に抗議してデモに同調,トラック20台分のパイナップルを官邸付近の道路に放置した。この背後には南タイの農園主ポン大佐(アーティット国軍最高司令官に近い)があったことが伝えられている。 |
DIA-204-1986-01-06-2 | タイ | 1986年01月06日 | 1980年代 | 経済閣僚委員会,さとうきび暫定買入れ価格承認―85~86穀物年度の買入れ価格を330バーツ/tとする。 |
DIA-204-1986-01-07-1 | タイ | 1986年01月07日 | 1980年代 | アーミテージ米国防次官補来訪。 |
DIA-204-1986-01-08-1 | タイ | 1986年01月08日 | 1980年代 | 85・9・9クーデター未遂事件の実質審理開始―8日は被告全員が出廷。8,10日両日,第1号証人となったプラパン空軍司令官が検察側証人尋問に立った。同司令官は,「当日最高司令部に連行された時,すでにサーム元国軍最高司令官が革命団の声明文をチェックしていた,同大将が事件の主要人物であると思う」などと証言した。 |
DIA-204-1986-01-12-1 | タイ | 1986年01月12日 | 1980年代 | ムサ・イタム・マレーシア副首相来訪。 |
DIA-204-1986-01-14-1 | タイ | 1986年01月14日 | 1980年代 | コソン商相,新米価支持政策(85年12月より実施)の失敗で引責辞任。 |
DIA-204-1986-01-15-1 | タイ | 1986年01月15日 | 1980年代 | 第4次プレーム内閣の改造―85年12月27日のククリット社会行動党党首の辞任後,同党内で所属の閣僚の交代が要求されていたもの。プーンテン副首相は更迭,後任はシッティ外相で外相兼任。コソン商相が辞任し,スラットが新商相に。副相クラスでは,アムヌアイ大蔵副相が商務副相に移動,スビンが新大蔵副相で,プラユーン商務副相は辞任。また,パン農業協同組合副相,オパート内務副相も辞任,各々後任にプラソップ,モントリー。一方,外務副相ポストが増設され,アルン前駐仏大使が着任。 |
DIA-204-1986-01-17-1 | タイ | 1986年01月17日 | 1980年代 | 中国,タイ米20万トン購入―中国政府代表団とシッティ副首相兼外相との会談で,中国が86年のタイ米輸入を当初計画の12万トンから20万トンとすることで合意。 |
DIA-204-1986-01-18-1 | タイ | 1986年01月18日 | 1980年代 | リー・シンガポール首相来訪。 |
DIA-204-1986-01-20-1 | タイ | 1986年01月20日 | 1980年代 | 商務省,新米価支持政策(昨年12/1より実施)の廃止を宣言。 |
DIA-204-1986-01-20-2 | タイ | 1986年01月20日 | 1980年代 | 商務省,低質米についてプレミアム廃止措置実施。 |
DIA-204-1986-01-21-1 | タイ | 1986年01月21日 | 1980年代 | 閣議,税制改革案を承認―個人所得税の課税率上限を65%から55%に削減,法人税は,SET非上場企業については40%から35%に削減,上場企業については30%と現行のままとなる。一方,預金利子課税率は現行の12.5%から15%に引き上げられる(2月1日実施)。 |
DIA-204-1986-01-22-1 | タイ | 1986年01月22日 | 1980年代 | アーティット,新党結党の噂否定―軍放送「軍と人民」番組中,新党結党ののちに次期総選挙に出馬するとのマスコミ報道を否定。 |
DIA-204-1986-01-23-1 | タイ | 1986年01月23日 | 1980年代 | アーティット,クーデター発生の噂否定―陸軍のラジオ番組で明らかにされたもの(先のプラパン空軍司令官の証人尋問が発端で,一時タイの権力者間で不穏なムードが流れた)。 |
DIA-204-1986-01-23-2 | タイ | 1986年01月23日 | 1980年代 | 農業協同組合省,米の直接買上用予算承認さる―米価支持のため,6県で直接買上を行なうことを決定,7億5000万バーツ,の予算が認められた。 |
DIA-204-1986-01-24-1 | タイ | 1986年01月24日 | 1980年代 | ククリット,プレーム首相批判―政府が経済政策に失敗すれば,民主主義の崩壊につながり国民は別の政治システムを望むであろうと述べた。 |
DIA-204-1986-01-24-2 | タイ | 1986年01月24日 | 1980年代 | 米,タイ米に相殺関税適用開始―米商務省発表。17日よりFOB価格を基準に1.6%の相殺関税を適用している旨発表。 |
DIA-204-1986-01-26-1 | タイ | 1986年01月26日 | 1980年代 | マナ元陸軍司令官補,新党を粗織中と言明―新党には,退役軍人,公務員など広く各界からの参加が期待できる一方,これは「軍人政党」ではないと強調。また,タウィン民主党議員によると,軍は独自政党を組織中であり,国内治安作戦本部(ISOC)を使って,民主党市議会議員の引き抜きを工作中であると発言。 |
DIA-204-1986-01-27-1 | タイ | 1986年01月27日 | 1980年代 | 越,カンボジア国境にソ連製戦車を配備―プラソン国家安全保障会議(NSC)議長は,ベトナムがソ連製T-54型戦車8台異常を国境付近に配備したと発表。 |
DIA-204-1986-01-27-2 | タイ | 1986年01月27日 | 1980年代 | ソ連,タイ米10万トンをベトナム食糧援助用に船積決定。 |
DIA-204-1986-01-29-1 | タイ | 1986年01月29日 | 1980年代 | 蔵相,来年度も緊縮財政となると発言。 |
DIA-204-1986-01-29-2 | タイ | 1986年01月29日 | 1980年代 | シャン統一軍,タイ・ビルマ国境にソ連製ミサイル配備―タイ軍幹部の発言。 |
DIA-204-1986-01-30-1 | タイ | 1986年01月30日 | 1980年代 | 第6回タイ・日合同貿易委員会開催―85年末東京で行なわれた政府間ベースのタイ・日経済協議に続き,タイ貿易院(BOT)と日本経団連代表団(団長三村庸平三菱商事社長)との間で行なわれた民間ベースの会議。会議は31日,「第3国市場へのタイ産品の輸出拡大で協力する」という点で合意,共同声明を採択した。共同声明では,タイ側から投資誘致および輸出促進のミッション派遣,タイの輸出関連部門での投資,技術移転を促進するため作業班を設置する,などが謳われた。 |
DIA-204-1986-01-30-2 | タイ | 1986年01月30日 | 1980年代 | チュタイ陸軍副司令官,アーティットの停年再延長要求―同日の国防会議(議長プレーム首相)で明らかにされたもの。他方,社会行動党や民主党は陸軍士官の昇進に影響をもたらすこと大であり,軍の混乱につながりかねないとしてこれに反対の立場をとっている。なお,軍指導部の延長支持派としては他に,アカポン,カムヘーン両陸軍司令官補佐官,バンチョープ国軍司令部参謀長,プラパン空軍司令官などがいるがいずれも今年度で退役となる。 |
DIA-204-1986-01-31-1 | タイ | 1986年01月31日 | 1980年代 | スパ国軍副司令官,証人尋問に立つ―9・9クーデターの証人第2号として,「ヨット元陸軍副司令官によって司令部に連行された,サーム元国軍最高司令官がクーデター主謀者である」と証言した。 |
DIA-204-1986-01-31-2 | タイ | 1986年01月31日 | 1980年代 | 政府,ベトナム軍の越境で国連に提訴。 |
DIA-204-1986-02-01-1 | タイ | 1986年02月01日 | 1980年代 | 三党の改革派議員に新党結成の動き―消息筋によると,社会行動党,タイ国民党,タイ人民党の有志議員が新党「社会農業党」(Social Agralian Party)を結成すべく運動中。一方,国家民主党ピャ議員が親軍政党「タイ自由党」(Chatt Seri)結党を画策中である。 |
DIA-204-1986-02-01-2 | タイ | 1986年02月01日 | 1980年代 | ピチット,国民の団結を呼びかけ一国内治安維持司令部主催の講演で,「現下では国民は私欲を捨て,団結して難局を乗り越えねばならない」とした。 |
DIA-204-1986-02-03-1 | タイ | 1986年02月03日 | 1980年代 | 軍幹部,アーティントの停年延長申し入れ―国家軍事評議会会合でチュタイ陸軍副司令官ら発言。 |
DIA-204-1986-02-03-2 | タイ | 1986年02月03日 | 1980年代 | ソ連,奨学生勧誘運動継続中―国家安全保障会議,プラソン議長発言。 |
DIA-204-1986-02-03-3 | タイ | 1986年02月03日 | 1980年代 | ポーランド,医学・芸術でタイ奨学生募集申し出。 |
DIA-204-1986-02-03-4 | タイ | 1986年02月03日 | 1980年代 | ブラジル,タイ米20万トン買付。 |
DIA-204-1986-02-04-1 | タイ | 1986年02月04日 | 1980年代 | ソンブーン元海軍司令官,アーティットの停年延長反対―定年延長は軍の統一を乱すことになりかねないとした。 |
DIA-204-1986-02-04-2 | タイ | 1986年02月04日 | 1980年代 | ロイエト県知事,同県とラオスの交易認可を政府に要請。 |
DIA-204-1986-02-05-1 | タイ | 1986年02月05日 | 1980年代 | 首相,空軍司令部を視察―首相が空軍司令部を視察するのはきわめて稀で,これは85年9月のクーデター未遂事件に空軍の関与があったことと関係があるとみられる。 |
DIA-204-1986-02-05-2 | タイ | 1986年02月05日 | 1980年代 | 空軍,米製・コンピュータ防空システム購入調印―海外武器売却合意により,7100万ドルを国防省の今年度の特別予算より拠出し,購入する合意が成立したことが明らかになった。 |
DIA-204-1986-02-05-3 | タイ | 1986年02月05日 | 1980年代 | 今年度の米の対タイ軍事援助額減額―米公官が同日明らかにしたもので,今年度は9250万ドルで昨年度より1430万ドルの減額。 |
DIA-204-1986-02-06-1 | タイ | 1986年02月06日 | 1980年代 | ブンチュー元副首相,新党結党の動き―「退役軍人,学界,実業界出身者から成る政党を考慮中と発言。 |
DIA-204-1986-02-07-1 | タイ | 1986年02月07日 | 1980年代 | 政府,ラオスに抗議文送付―ウボンラーチャターニーでラオス軍の攻撃によりタイ人10人が死傷した事件。 |
DIA-204-1986-02-07-2 | タイ | 1986年02月07日 | 1980年代 | ラオス,タイ共産ゲリラに軍事訓練―メコン川警備隊バムルン大佐によると,ラオスは12のキャンプを訓練用に開設したもよう。タイ革命運動(青星)はラオス軍の軍服を着用しており,またタイ領内に侵入する機会を狙っているという。 |
DIA-204-1986-02-07-3 | タイ | 1986年02月07日 | 1980年代 | タイ鋼鉄パイプ製造業者代表,米に請願書送付―駐タイ米大使館に対し,タイ産鋼鉄パイプに対し相殺関税(15%)を適用しないよう要求した。 |
DIA-204-1986-02-08-1 | タイ | 1986年02月08日 | 1980年代 | マラヤ共産党(CPM)掃討作戦開始―タイ,マレーシア両国軍は,国境付近で活動するマラヤ共産党ゲリラの掃討作戦「タクシン8601」を開始。日程は8~25日で兵力約8000,タイ側司令官はキッティ第4軍区第5師団長。なお,CPM基地の占領には失敗した。 |
DIA-204-1986-02-11-1 | タイ | 1986年02月11日 | 1980年代 | 閣議,外目人投資家の投資信託課税率引下げ決定―現行20%から10%へ引き下げ。 |
DIA-204-1986-02-12-1 | タイ | 1986年02月12日 | 1980年代 | ベンカタスワラン・インド外務次官補来訪。 |
DIA-204-1986-02-13-1 | タイ | 1986年02月13日 | 1980年代 | アーティント,軍人党結党に関与の噂否定―マーナ元陸軍司令官補佐官が画策中の軍人党には全く関与しておらず,同党の資金源として噂されている「大衆開発(Muanchon Pattana)会社」については,これは国家安全保障強化を目指した退役軍人が設立したものであると語った。 |
DIA-204-1986-02-13-2 | タイ | 1986年02月13日 | 1980年代 | タイ文化使節団訪中―団長,チュアン文相。 |
DIA-204-1986-02-15-1 | タイ | 1986年02月15日 | 1980年代 | プラチュアプ副首相,片肺の一部切除手術。 |
DIA-204-1986-02-15-2 | タイ | 1986年02月15日 | 1980年代 | タイ国際航空,ニアバス4機とB747を2機発注。 |
DIA-204-1986-02-18-1 | タイ | 1986年02月18日 | 1980年代 | 国防副相,在比米軍基地移転の可能性打ち消す。 |
DIA-204-1986-02-18-2 | タイ | 1986年02月18日 | 1980年代 | スントーン特殊戦闘司令部長,首相宅訪問―同中将は軍内プレーム派であり,首相支持を示したものとみられる。 |
DIA-204-1986-02-18-3 | タイ | 1986年02月18日 | 1980年代 | 9・9クーデター被告5人保釈さる―国家反逆罪で起訴,公判中のクリアンサク前首相ら5人の元国軍高官の保釈問題を審理していたバンコク控訴院は,1人250万バーツの保釈金で保釈を認める決定をした。保釈の5人は,クリアンサク前首相,サーム元国軍最高司令官,ヨット元陸軍副司令官,アルン,クラセー元国軍副司令官。 |
DIA-204-1986-02-19-1 | タイ | 1986年02月19日 | 1980年代 | 首相,米第7艦隊空母ミッドウェー視察。 |
DIA-204-1986-02-21-1 | タイ | 1986年02月21日 | 1980年代 | 日本食糧貿易協会,タイ産メイズ3万6000トン買付け。 |
DIA-204-1986-02-21-2 | タイ | 1986年02月21日 | 1980年代 | 石油製品小売価格の引き下げ―プレミアム・ガソリン11.70バーツ/リットルから10.20バーツへ,レギュラーガソリンを10.80バーツから,9.50バーツ,ディーゼル油は不変,など。 |
DIA-204-1986-02-22-1 | タイ | 1986年02月22日 | 1980年代 | カウンター・トレード委員会,経閣委に吸収決定。 |
DIA-204-1986-02-24-1 | タイ | 1986年02月24日 | 1980年代 | シッティ外相,ビルマ訪問―(~27日)。 |
DIA-204-1986-02-24-2 | タイ | 1986年02月24日 | 1980年代 | 木内新駐タイ日本大使,首相を表敬訪問。 |
DIA-204-1986-02-25-1 | タイ | 1986年02月25日 | 1980年代 | タマ大でアーティット停年再延長問題のセミナー―ウィーラ副内相,スクム・ラームカムヘーン大学学長(首相顧問)らが出席,同大将の停年再延長反対を主張した。 |
DIA-204-1986-02-26-1 | タイ | 1986年02月26日 | 1980年代 | 首相,アキノ・比新大統領就任に祝辞送る。 |
DIA-204-1986-02-26-2 | タイ | 1986年02月26日 | 1980年代 | ポン・サイアム民主党党首と国民党議員3人が新党結成―国民党の3人は,タウィット副党首,ナロン議員,ウッタナ議員。 |
DIA-204-1986-02-28-1 | タイ | 1986年02月28日 | 1980年代 | 下院軍事委,アーティットの停年再延長に反対。 |
DIA-204-1986-03-01-1 | タイ | 1986年03月01日 | 1980年代 | ラームカムヘーン大学長,アーティット問題で発言―首相がアーティット国軍最高司令官を必要と考えるなら,同大将に副首相か国防相ポストを与えることが可能となろう,と発言。 |
DIA-204-1986-03-01-2 | タイ | 1986年03月01日 | 1980年代 | アーティット,2月25日のセミナーを批判―陸軍テレビ番組でなされたもの。 |
DIA-204-1986-03-01-3 | タイ | 1986年03月01日 | 1980年代 | 電話料金引き上げ実施―国内近距離通話料金が2バーツから3バーツに,長距離料金も6から8バーツに値上げされた。 |
DIA-204-1986-03-02-1 | タイ | 1986年03月02日 | 1980年代 | 下院3委員会代表,農業法案問題協議で渡米―外交,経済,農業3委員会代表団は,その際,タイ産砂糖と米国製武器のバーター取引を提案した。 |
DIA-204-1986-03-03-1 | タイ | 1986年03月03日 | 1980年代 | 政府,国内借入上限をGDPの35%に設定―政府消息筋情報。 |
DIA-204-1986-03-04-1 | タイ | 1986年03月04日 | 1980年代 | 電力料金引き下げ実施―2月21日のバンカーオイルの小売価格0.29バーツ引き下げ,タイ石油公社のタイ電力公社向けLNG売渡し価格引き下げに伴うもの。2月1日に遡って実施。 |
DIA-204-1986-03-04-2 | タイ | 1986年03月04日 | 1980年代 | 輸銀,タイ電力公社に輸出信用供与。 |
DIA-204-1986-03-04-3 | タイ | 1986年03月04日 | 1980年代 | ヘイズ米太平洋艦隊司令官,在比米軍基地問題て首相と会談。 |
DIA-204-1986-03-04-4 | タイ | 1986年03月04日 | 1980年代 | 公定歩合11%から10%に引き下げ。 |
DIA-204-1986-03-05-1 | タイ | 1986年03月05日 | 1980年代 | 金永南北朝鮮副首相兼外相来訪。 |
DIA-204-1986-03-06-1 | タイ | 1986年03月06日 | 1980年代 | 外相,ラオス国境貿易地点増設要求拒否―現在開設中のノーンカーイ県,ムクダハーン県の2地点(1980年8月開設)に加えて新たに増設すべきとの関税局の要求に答えたもの。しかし,貿易限度額の規制には緩和が加えられ,自転車100台から1000台,オートバイ60台から100台などとなった。1人当りの輸出限度額は2万バーツで不変。 |
DIA-204-1986-03-06-2 | タイ | 1986年03月06日 | 1980年代 | サワット総理府相,米価の国際カルテルの必要性強調―米輸出国の値下げ競争については,これに歯止めをかけなければならない。輸出国はOPECのような国際価格協定を結ぶべきであると強調した。 |
DIA-204-1986-03-07-1 | タイ | 1986年03月07日 | 1980年代 | ベトナム兵士の投降状況―消息筋が伝えるところによると,84年10月以降これまでに125人のベトナム兵がタイ側に投降したという。 |
DIA-204-1986-03-10-1 | タイ | 1986年03月10日 | 1980年代 | タイ・マ空軍合同演習Air Thamal V 実施。 |
DIA-204-1986-03-13-1 | タイ | 1986年03月13日 | 1980年代 | バガット・インド外相来訪。 |
DIA-204-1986-03-14-1 | タイ | 1986年03月14日 | 1980年代 | 森林局,モン族・カレン族に移転要請―森林局は,カンチャナブリー県の森林に居住しているモン族,カレン族に対し移転を要請,北部ターク県に15万ライの代替用地を供与すると発表した。 |
DIA-204-1986-03-16-1 | タイ | 1986年03月16日 | 1980年代 | クメール人民解放蔵線兵士,タイ部落を襲撃。 |
DIA-204-1986-03-17-1 | タイ | 1986年03月17日 | 1980年代 | マーナ大将,大衆開発会社役員を辞任の意向―軍人党が結成された後は,大衆開発会社(Muanchon Pattana)の役員を辞任するとした。同会社は,軍人役員のコネで利権を得,これを第三者に手数料をとって譲与しているとしてマスコミから批判を受けていた。役員19人のうち現役軍人12人はすでに辞任している。これにはチャワリット陸軍参謀長,ピチット第1軍区司令官,チュタイ陸軍副参謀長らがふくまれている。(BP,紙3/17) |
DIA-204-1986-03-18-1 | タイ | 1986年03月18日 | 1980年代 | 閣議,87年度予算2260億バーツを原則的に承認―これは前年度修正予算比6.8%の増。歳入予算は1840億バーツで財政赤字は420億バーツとなる見込み。なお,世界的な金利低下,原油価格下落で86年度の政府歳出が当初見込みより低くなることから,86年度当初歳出予算2180億バーツが2116億5000万バーツに削減された。 |
DIA-204-1986-03-19-1 | タイ | 1986年03月19日 | 1980年代 | シッティ外相,ベトナムに遺憾の意―ベトナムが民主カナボジア政府の8項目提案を拒否したことに対するもの。 |
DIA-204-1986-03-21-1 | タイ | 1986年03月21日 | 1980年代 | 陸軍2高官,国軍はア大将停年再延長支持と発言―チュタイ陸軍副司令官とアカポン陸軍司令官補佐官は,陸軍記者クラブの記者会見で,「国軍はアーティット国軍最高司令官の定年延長を全面的に支持している」と発表した。 |
DIA-204-1986-03-24-1 | タイ | 1986年03月24日 | 1980年代 | 首相,アーティットの停年再延長認めずと発表。 |
DIA-204-1986-03-24-2 | タイ | 1986年03月24日 | 1980年代 | 国防省,陸軍2高官の21日発言に対し処分検討―パニアン副国防相は,21日のチュタイ陸軍副司令官とアカポン陸軍司令官補佐官の発言は軍の規律に反する。軍は両高官に対する処分を検討すると発表。 |
DIA-204-1986-03-25-1 | タイ | 1986年03月25日 | 1980年代 | 国民党,アーティットを勧誘―チャートチャーイ国民党副党首は,国民党がアーティット退役後に同大将を副党首に招く用意があると発表。 |
DIA-204-1986-03-26-1 | タイ | 1986年03月26日 | 1980年代 | アーティット,首相の停年再延長拒否の決定に従うと発表。 |
DIA-204-1986-03-27-1 | タイ | 1986年03月27日 | 1980年代 | 第13回タイ・マ国境画定委員会開催。 |
DIA-204-1986-03-31-1 | タイ | 1986年03月31日 | 1980年代 | 農業協同相合省,旱ばつの被害報告―少なくとも19県が旱ばつの被害を受け,被害総額は19億バーツに及ぶ。なかでも南,東北タイの被害大。 |
DIA-204-1986-03-31-2 | タイ | 1986年03月31日 | 1980年代 | タイ政府,ベトナム政府に抗議文―2~3月で合計8回の越境があったことに対するもの。 |
DIA-204-1986-04-01-1 | タイ | 1986年04月01日 | 1980年代 | ポン・サイアム民主党党首らアーティットを訪問―なかにはチャラーム社会行動党議員,チャウェン・タイ国民党議員もふくまれていた。 |
DIA-204-1986-04-03-1 | タイ | 1986年04月03日 | 1980年代 | 87年度国軍人事異動に伴う退役軍人リスト発表―陸軍ではアーティット国軍最高司令官兼陸軍司令官,チュタイ副司令官,カムヘーン,アカポン両司令官補佐官が退役。これにより陸軍の「5頭の虎」と呼ばれる5大将ポストのうち4ポストが入れ替えとなる。 |
DIA-204-1986-04-03-2 | タイ | 1986年04月03日 | 1980年代 | 日本民社党代表団(団長・塚本委員長)来訪。 |
DIA-204-1986-04-04-1 | タイ | 1986年04月04日 | 1980年代 | 歳入局,20業種の事業税引き上げ決定―精米所(能力5~10トン/日),ホテル,レストラン,広告,理容などの事業税を25~45%とする。 |
DIA-204-1986-04-05-1 | タイ | 1986年04月05日 | 1980年代 | クリアンサク元首相,日本訪問―OBサミット出席のため。刑事裁判所は9・9クーデター未遂事件公判を1日から10日まで休廷を決定。 |
DIA-204-1986-04-05-2 | タイ | 1986年04月05日 | 1980年代 | パバンドレウ・ギリシャ首相来訪。 |
DIA-204-1986-04-06-1 | タイ | 1986年04月06日 | 1980年代 | 民主党党首にピチャイ再選さる―副党首にはウィーラ副内相。副党首はハーン・リーナノン大将,レック・ナナ,マル・プンナーク,クントン・プーピウドゥアング,チュアン・リークパイ,バンヤット・バンタッターン,チャルームパン・シーウィコーン,サノー・ブンチニム,サナン・カチョンプラサーン,クライソン・タンティポンの10人。 |
DIA-204-1986-04-07-1 | タイ | 1986年04月07日 | 1980年代 | ワインバーガー米国防長官来訪(~9日)―8日にはタイ・カンボジア国境をヘリコプターで視察。同夕刻,エーラワン・ホテルで歓迎晩さん会が予定されていたが,長官到着直前に同ホテル前駐車場で爆発があり会場は変更された。長官は9日,86年のコブラ・ゴールド演習はこれまでで最大級となる,米・タイ軍事協力はかってないほど強固であるなどと語った。首相との会談では「戦事武器備蓄基地」(War Stockpile)建設交渉を2ヵ月以内に開始することが約束された。現在,備蓄基地は外国援助法(Foreign Assistance Act)514(C)項において,NATO諸国および米軍基地のある国にのみ認められているので,タイに設立するとすれば同法の改正が必要。有時にはタイ軍が速やかに米軍の武器を使用できる。建設候補地としては,ベトナム戦争時に米軍補給基地のあったコーンケーンと,タイ空軍基地のあるコラートが有力。 |
DIA-204-1986-04-08-1 | タイ | 1986年04月08日 | 1980年代 | 学生・労働者,米農業法に反対してデモ―首相官邸前に集合し,来訪中のワインバーガー長官に抗議文を手渡すよう要求したが,首相は拒否した。 |
DIA-204-1986-04-09-1 | タイ | 1986年04月09日 | 1980年代 | アーティノトの側近解任―ピーラポン・トンブリ基地第1工科大隊長が解任され,後任に副隊長のスーキット少佐が充てられた。 |
DIA-204-1986-04-10-1 | タイ | 1986年04月10日 | 1980年代 | ピヤナット下院副議長,憲法改正を提唱―上院議長が国会議長となるとの憲法第75条を,下院議長が国会議長となるよう改正することを提唱。 |
DIA-204-1986-04-12-1 | タイ | 1986年04月12日 | 1980年代 | 米農務省,米の融資単価,融資返済単価発表―融資単価(loan rate)は長粒米6.78ドル/100ポンド,中粒米7.36ドル,短粒米7.36ドル,融資返済単価(loan repayment rate)は長粒米4.12ドル/100ポンド,中粒米4.45ドル,短粒米生45ドル。 |
DIA-204-1986-04-12-2 | タイ | 1986年04月12日 | 1980年代 | 外務省,米国米輸出価格に言及―外務省は米国農務省の新米価発表を間近に控え,米国米長粒2等4%砕米輸出価格は,同等のタイ米100%2等のそれより35%高い260~270ドル/トンとすべきであると発言。なお,業者によれば質的にはタイ米は米国米より劣り,35%以上の価格差でなければ競争できないという。 |
DIA-204-1986-04-13-1 | タイ | 1986年04月13日 | 1980年代 | イスラム教徒分誰運動に新しい動き―ワンチャイ第4軍区司令官によると,「パッタニー統一解放機構」(PULO)と「パッタニー民族解放運動」(BRN)が南タイで自治獲得に失敗したことで,新グループ「ムジャヒティン」が分派,テロ活動を強めている。 |
DIA-204-1986-04-14-1 | タイ | 1986年04月14日 | 1980年代 | クリアンサク,ピヤナットの改憲案を支持。 |
DIA-204-1986-04-15-1 | タイ | 1986年04月15日 | 1980年代 | 学生,米農業法反対デモ決行。 |
DIA-204-1986-04-16-1 | タイ | 1986年04月16日 | 1980年代 | ピチャイ民主党党首,ピヤナットの改憲案支持。 |
DIA-204-1986-04-16-2 | タイ | 1986年04月16日 | 1980年代 | ククリット,金融三法改正案に反対―中銀法改正し金融機関更生開発基金を設立するに当たって,商銀等に預金量の0.5%の拠出金を課すことは大きな負担となるとして反対を表明した。 |
DIA-204-1986-04-17-1 | タイ | 1986年04月17日 | 1980年代 | ククリット時局発言―与党間の結束さえなくなっており,政府の次期国会運営は困難であるとし,解散・総選挙実施の可能性示唆。 |
DIA-204-1986-04-19-1 | タイ | 1986年04月19日 | 1980年代 | カオイダン難民収容センター閉鎖の可能性―プラソン国家安全保障会議(NSC)議長は,18日にUNHCR,米国大使館側との会談で同センターを5ヵ月以内に閉鎖すると伝えたという。 |
DIA-204-1986-04-21-1 | タイ | 1986年04月21日 | 1980年代 | ククリット,首相受諾の可能性示唆―国会が解散,総選挙の運びとなっても出馬はしない,プレームが退いた後,適任者がなければ首相となる用意があると発言。 |
DIA-204-1986-04-21-2 | タイ | 1986年04月21日 | 1980年代 | シンティ=タク会談―シッティ外相はタク・ベトナム外相とカンボジア問題で会談。きわめて前向きだったが進展はなかったという。 |
DIA-204-1986-04-21-3 | タイ | 1986年04月21日 | 1980年代 | タイ,国連安保理にて米国のリビア攻撃非難決議に賛成票。 |
DIA-204-1986-04-22-1 | タイ | 1986年04月22日 | 1980年代 | 副首相の序列―社会行動党からシッティ副首相の序列に不満が出ていたことによる。首相はシッティを第2副首相に昇格させた。これに伴い,序列はプラチュアプ,シッティ,ピチャイ,ソンティーの順となった。(BP紙4/22日) |
DIA-204-1986-04-22-2 | タイ | 1986年04月22日 | 1980年代 | ESCAP第42回総会開催。 |
DIA-204-1986-04-22-3 | タイ | 1986年04月22日 | 1980年代 | カピッツア・ソ連外務次官来訪。 |
DIA-204-1986-04-22-4 | タイ | 1986年04月22日 | 1980年代 | ソンクラーの米領事館爆破さる。 |
DIA-204-1986-04-24-1 | タイ | 1986年04月24日 | 1980年代 | ブンテー副首相,ククリットを訪問―次期首相としてククリットを支持する旨を伝えた。 |
DIA-204-1986-04-28-1 | タイ | 1986年04月28日 | 1980年代 | ブンテーン元副首相,反政府ロビー活勒強化―次期国会に上程予定の金融三法改正案に反対票を投ずるよう社会行動党内外の議員に働きかけを行なう。 |
DIA-204-1986-04-29-1 | タイ | 1986年04月29日 | 1980年代 | タイ国民党,次期首相にククリットを支持―同党党首は,現政権が打倒されればククリット内閣のもとでアーティット国軍最高司令官が国防相に就任する可能性があると発言。 |
DIA-204-1986-04-29-2 | タイ | 1986年04月29日 | 1980年代 | コミュニティ行動党(Kit Prachakorn)結党―ブンチュー元副首相党首。 |
DIA-204-1986-04-29-3 | タイ | 1986年04月29日 | 1980年代 | 石油製品小売価格平均0.2~0.7バーツ/リットル値下げ。 |
DIA-204-1986-05-01-1 | タイ | 1986年05月01日 | 1980年代 | 下院解散―同日午後の下院本会議で,政府提出のディーゼル車登録税倍増を求めた緊急法案が147対143で否決されたため,首相はこれを内閣不信任と受け取り同夕刻解散を決意した。国王は同深夜,下院解散の勅令を発布した。 |
DIA-204-1986-05-03-1 | タイ | 1986年05月03日 | 1980年代 | 社会行動党,プリーダー大学相らの罷免要求。同党議員総会は,現政府にポストを得ている同党議員で,1日の票決において賛成票を投じなかった者は罷免すべきだとの決議を行なった。問題となっているのは,プリーダー大学相,チャラート農業省次官,チャルーン大学省次官ら。 |
DIA-204-1986-05-03-2 | タイ | 1986年05月03日 | 1980年代 | アーティット,選挙に出場せずと発表。 |
DIA-204-1986-05-03-3 | タイ | 1986年05月03日 | 1980年代 | ナンシー・レーガン大統領夫人来訪。 |
DIA-204-1986-05-04-1 | タイ | 1986年05月04日 | 1980年代 | プリーダー大学相罷免さる。 |
DIA-204-1986-05-06-1 | タイ | 1986年05月06日 | 1980年代 | 閣議,6月9日公示,7月27日下院選挙と決定 |
DIA-204-1986-05-06-2 | タイ | 1986年05月06日 | 1980年代 | タウィット・タイ国民党副党首離党―サイアム民主党の党首となるため。 |
DIA-204-1986-05-06-3 | タイ | 1986年05月06日 | 1980年代 | アーティット,選挙戦における軍の中立を指示。 |
DIA-204-1986-05-07-1 | タイ | 1986年05月07日 | 1980年代 | ブンテーン率いる33人の社会行動党議員離党。 |
DIA-204-1986-05-08-1 | タイ | 1986年05月08日 | 1980年代 | ティエンチャイ・マーナ両大将上院議員辞任―ティエンチャイ・シリサンパン前陸軍副司令官,マーナ・ラッタナコセート前陸軍司令官補佐官は,新党の「民衆党」(Rassadorn)幹部に就任するため上院議員を辞任。ティエンチャイが党首に,マーナは書記長となる。 |
DIA-204-1986-05-08-2 | タイ | 1986年05月08日 | 1980年代 | アーティット,スラント商相を非難―これは,スラット商相が7日のロータリークラブでの講演で,「軍の一部が1日の票決に際し買収行為を行なった」と発言したことに対するもの。 |
DIA-204-1986-05-10-1 | タイ | 1986年05月10日 | 1980年代 | バンコクで大洪水―24時間で250mmという記録的な集中豪雨。 |
DIA-204-1986-05-11-1 | タイ | 1986年05月11日 | 1980年代 | 連合民主党(Saha Prachatippatai)結成さる―社会行動党分派,タイ国民党分派,サイアム民主党が合流して同党を結成。党首はブンテーン前副首相(SAP),副党首は,タウィット・クリンプラトゥム(サイアム民主党),ナロン・キティカチョーン大佐(タイ国民党,タノーム元首相の長男),ブンルート・ルートプリチャ警察中佐(SAP)。書記長はダームチャイ・カムパトー前グルンタイ銀行総裁。ポン大佐は首席顧問。のちにコソン社会行動党副党首が入党している。 |
DIA-204-1986-05-12-1 | タイ | 1986年05月12日 | 1980年代 | NFC肥料プラント計画継続推進―フィージービリティに問題ありと指摘されていた同計画に関して再調査を託されていた「化学肥料プロジェクト委員会」(ソンマイ蔵相委員長)の決定。17日に期限切れとなる日本側企業連合とのLIは5度目の延期となる。 |
DIA-204-1986-05-12-2 | タイ | 1986年05月12日 | 1980年代 | 経閣委,石油卸・小売価格の変動価格制移行差承認―6次5ヵ年計画では石油基金を廃止することに合意。 |
DIA-204-1986-05-13-1 | タイ | 1986年05月13日 | 1980年代 | 特殊戦闘師団将校,プレーム宅訪問―次期首相にプレームを支持する50人以上の将校がSisao Thevesの私邸を訪問。 |
DIA-204-1986-05-15-1 | タイ | 1986年05月15日 | 1980年代 | 第3軍区副司令官らプレームを訪問―チャイチナ・タリーチャット第3軍区副司令官ら50人が首相を訪問。同副司令官らはチャワリット陸軍参謀長の誕生日を祝うためにバンコクに来たが,参謀長が軍内強硬派(反プレーム=チャワリット)への刺激を懸念してこれを固辞した。 |
DIA-204-1986-05-15-2 | タイ | 1986年05月15日 | 1980年代 | 自動車国産化比率見直し―工業省自動車工業開発委員会は87年から88年まで,国産部品使用数27品目以上,全部品54%以上とした(従来の方針は47.4%)。 |
DIA-204-1986-05-17-1 | タイ | 1986年05月17日 | 1980年代 | ピチャイ,首相就任の意思示唆―選挙で過半数をとる政党がない場合,最も得票数の多い党が連立の核となり,その党首が首相となるべきとして,暗に首相就任の意思を示唆した。 |
DIA-204-1986-05-19-1 | タイ | 1986年05月19日 | 1980年代 | ウタイ前下院議長,非民選の首相は支持しないと発表。 |
DIA-204-1986-05-19-2 | タイ | 1986年05月19日 | 1980年代 | ボン大佐,首相は民選議員てあるべきだと発言。 |
DIA-204-1986-05-20-1 | タイ | 1986年05月20日 | 1980年代 | ナロン社会行動党副党首離党―新党「タイ統一党」(Ruam Thai)党首となる。 |
DIA-204-1986-05-20-2 | タイ | 1986年05月20日 | 1980年代 | ボロム社会行動党副党首離党―27日進歩党顧問に。 |
DIA-204-1986-05-22-1 | タイ | 1986年05月22日 | 1980年代 | サワット社会行動党副党首,民衆党入党。 |
DIA-204-1986-05-22-2 | タイ | 1986年05月22日 | 1980年代 | プリーダー前大学相,自由党(Seri Niyom)党首に。 |
DIA-204-1986-05-22-3 | タイ | 1986年05月22日 | 1980年代 | 小党協力へ―新歩党,新勢力党,ルアムパラン・グループ(チャムロン・バンコク知事らヤング・タークスのグループ)は選挙に向け協力体制を強めるもよう(BP紙,5/22日)。 |
DIA-204-1986-05-23-1 | タイ | 1986年05月23日 | 1980年代 | タイ=ECタピオカ協定調印―期間は1987年1月1日から1990年12月30日で,タイは最大で2100万トンのタピオカを輸出することになった。 |
DIA-204-1986-05-23-2 | タイ | 1986年05月23日 | 1980年代 | 首相,社会行動党と民主党の選挙協力を希望―バンコク2区でシッティ副首相(社会行動党)とマル保健相(民主党)がかち合わないようにすべきだなどと,両党の選挙協力を要請した。 |
DIA-204-1986-05-26-1 | タイ | 1986年05月26日 | 1980年代 | 首相,コラートに向かう―これは日程にはなかったもので,首相はコラートから出馬するのではないかとの憶測を呼んだ。 |
DIA-204-1986-05-27-1 | タイ | 1986年05月27日 | 1980年代 | アーティット,陸軍司令官を解任さる―アーティット国軍最高司令官兼陸軍司令官はこれにより,実権のない国軍最高司令官ポストにのみとどまることになった。アーティットが南タイ・ナコンシタマラートにいた時のことで,国営ラジオ放送の発表は「国王の裁可を得て」と国王の意思を強調した。また,アーティットの腹心であったチュタイ陸軍副司令官も解任された。陸軍司令官にはチャワリット参謀長が就任。 |
DIA-204-1986-05-29-1 | タイ | 1986年05月29日 | 1980年代 | ピチット第1軍区司令官,チャワリットの陸軍司令官就任を祝い訪問。 |
DIA-204-1986-06-01-1 | タイ | 1986年06月01日 | 1980年代 | プーケット住民,タンタル工場操業に反対デモ―同工場は,政府が30%出資するThailand Tantalum Industries Co.(TTIC)が,レーダー用電子管などの材料に使われるハイテク素材の希少金属タンタル(錫屑から抽出)生産のため,83年から建設に着手,86年10月操業開始をめざしているもの。 |
DIA-204-1986-06-03-1 | タイ | 1986年06月03日 | 1980年代 | 連合民主党不満分子,離党へ―タイ国民党から連合民主党に移ったナロン大佐が,同党の資金配分における不満から70人の候補者を率いて自由党に移籍したもよう。 |
DIA-204-1986-06-03-2 | タイ | 1986年06月03日 | 1980年代 | 世論調査でアーティット有利―チュラロンコーン大学社会調査研究所が5月,700人のバンコク市民に調査したところによると,首相になって欲しい人物は,アーティット国軍最高司令官,プレーム首相,ククリット元首相の順。 |
DIA-204-1986-06-04-1 | タイ | 1986年06月04日 | 1980年代 | アーティット,連合民主党分派に対し要請―電話にてナロン大佐に対し,連合民主党に戻るよう要請。 |
DIA-204-1986-06-05-1 | タイ | 1986年06月05日 | 1980年代 | サワット社会行動党副党首,連合民主党に入党―同氏は,ククリットを首相とするタイ国民党,コミュニティ行動党,国家民主党,大衆党,進歩党による連立政権の可能性について言及した。 |
DIA-204-1986-06-05-2 | タイ | 1986年06月05日 | 1980年代 | サリモフ・ソ連最高会議幹部会副議長来訪。 |
DIA-204-1986-06-06-1 | タイ | 1986年06月06日 | 1980年代 | プーケット県議会,タンタル工場関連決議―工業省に対し,同工場に操業許可を与えないよう要請する決議を行なった。 |
DIA-204-1986-06-07-1 | タイ | 1986年06月07日 | 1980年代 | アーティット派軍人大量異動か―軍情報筋によると,アーティット派の連隊長・大隊長160人が異動となるもようと伝えた(BP紙,6/7)。 |
DIA-204-1986-06-08-1 | タイ | 1986年06月08日 | 1980年代 | タウィット連合民主党副党首,タイ国民党に復帰決意。 |
DIA-204-1986-06-08-2 | タイ | 1986年06月08日 | 1980年代 | 首相,選挙に出馬せずと発言―次期政府の後見人として中立の立場をとる(政党に属さない)必要があるためと発言。 |
DIA-204-1986-06-08-3 | タイ | 1986年06月08日 | 1980年代 | ピチャイ,改憲を推進すると発言―選挙後の国会で,(1)上院議長が国会議長とするという憲法規定を下院議長が国会議長とする,(2)首相は国会議員でなければならないようにする,の2点の運動を推進すると発言。 |
DIA-204-1986-06-09-1 | タイ | 1986年06月09日 | 1980年代 | IMF,タイに5000万ドルのスタンドバイ・クレジット供与承認。 |
DIA-204-1986-06-12-1 | タイ | 1986年06月12日 | 1980年代 | ソ連・タイ農民に低利融資を供与している模様―西側情報筋によると,ソ連は東北,北部の零細農民に対し,華僑を通じて低利融資を行なっているもようで,3月頃から始まったこの融資総額は1億ドル近くにのぼっているといわれる(読売,6/12)。 |
DIA-204-1986-06-13-1 | タイ | 1986年06月13日 | 1980年代 | 首相命令No.47/2529出る―これは,66/2523,65/2525に沿ったもので,タイ共産党の武装闘争方針をやめさせ,民主主義に沿った平和的な交渉に変えさせようとするもの。 |
DIA-204-1986-06-14-1 | タイ | 1986年06月14日 | 1980年代 | パテト・ラオ軍,10kmタイ領に侵入。 |
DIA-204-1986-06-14-2 | タイ | 1986年06月14日 | 1980年代 | プラマーン・タイ国民党党首辞任―後任にチャートチャーイ副党首。同氏はプレーム=チャワリット・ラインに近いといわれる。 |
DIA-204-1986-06-15-1 | タイ | 1986年06月15日 | 1980年代 | ボン連合民主党顧問の長男殺害さる―同党チェンマイ支部長として今選挙にも立候補しており,ポン大佐の長男でもあるルーンリット・ルーンプラサートウィットが友人に殺害された。 |
DIA-204-1986-06-17-1 | タイ | 1986年06月17日 | 1980年代 | ポン大佐,政府を非難―同氏が南タイで経営するCha-am Pineapple Cannery Co.が,グルンタイ銀行に対して1300万バーツの不渡りを出し,この融資がダームチャイ・グルンタイ銀行前総裁の独断で行なわれたのではないかとして,政府が調査を始めたことに対するもの。ポン大佐は連合民主党顧問,ダームチャイは同党書記長であり,同資金が政治資金に流用されたのではないかとする向きもある。 |
DIA-204-1986-06-19-1 | タイ | 1986年06月19日 | 1980年代 | 首相,マプタプット深水港建設で三つのオプション―消息筋によると,首相は同計画について,(1)計画どおり完全実施,(2)規模縮小,(3)サタヒープ港を代替港として使用する,の三つの選択肢があると述べた。だが現状では(2)が有力とみられる。 |
DIA-204-1986-06-20-1 | タイ | 1986年06月20日 | 1980年代 | 陸軍司令官,ノーラシン機動部隊解散の意向一同部隊(アーティットが設立)は,81年4月のクーデター後に,首都圏防衛のため首都治安司令部(CSC)の下に設置されたが,チャワリット司令官はこれを廃止する意向をアーティット国軍最高司令官(CSC司令官兼任)に伝えたもよう(BP紙,6/20)。 |
DIA-204-1986-06-21-1 | タイ | 1986年06月21日 | 1980年代 | シッティ外相,ASEAN拡大外相会議出席のため訪比。 |
DIA-204-1986-06-22-1 | タイ | 1986年06月22日 | 1980年代 | ワチラロンコーン皇太子,インドネシア訪問。 |
DIA-204-1986-06-23-1 | タイ | 1986年06月23日 | 1980年代 | プーケット・タンタル工場操業反対集会が暴動化―反対住民約2000人が同工場に投石・放火し全焼した。被害総額30億バーツ。同工場の他に,同タンタルプロジェクトの安全に関する公開ヒアリングに出席のため同市を訪れていたチラユ工業相の宿泊するプーケット・マリンホテルにも放火された。この事件の背景には,選挙にからんだ政治的背景があるといわれる。被害を受けたThai Tantalum Industries Co―の社長はポン・サーラシン社会行動党書記長であり,TTICの主要出資者ブンスン・グループは民主党の選挙資金源となっている。 |
DIA-204-1986-06-26-1 | タイ | 1986年06月26日 | 1980年代 | 日・タイ修好百周年で記念行事開催―ASEAN拡大外相会議でマニラ入りしているシッティ外相と安倍外相との会談で開催を検討することで一致。 |
DIA-204-1986-06-29-1 | タイ | 1986年06月29日 | 1980年代 | サノーット・ブーケン卜県知事,罷免さる―タンタル工場操業反対集会に許可を与えたため。 |
DIA-204-1986-07-01-1 | タイ | 1986年07月01日 | 1980年代 | Thai Tantalum Industries Co.,工業省に9億5000万バーツのソフト・ローン申請。 |
DIA-204-1986-07-01-2 | タイ | 1986年07月01日 | 1980年代 | 閣議,ナコンシタマラート県カノン発電所建設承認。 |
DIA-204-1986-07-03-1 | タイ | 1986年07月03日 | 1980年代 | 中銀,ファースト・バンコク・シティ銀行に直接介入―中銀は,不良貸付けで経営が悪化した預金高10位の同行への直接介入に踏み切り,同行の20億バーツの増資を決めた。中銀は,増資分の4分の1を政府の金融機関更生開発基金が受け持ち,残りについては,10億バーツを民間から,5億バーツを外銀からの出資をあおぐ方針を決めた。なお中銀は,商銀への貸付枠を現行の28億2600万バーツから59億8420万バーツに拡大し,業績悪化に直面する金融機関への支援体制を強化している。 |
DIA-204-1986-07-07-1 | タイ | 1986年07月07日 | 1980年代 | ワチラロンコーン皇太子,訪マ(~12日)。 |
DIA-204-1986-07-07-2 | タイ | 1986年07月07日 | 1980年代 | グルンタイ銀行,ダームチャイ前総裁を告訴―これは,ダームチャイ前総裁(現連合民主党書記長)在任中の背任行為に対するもの。同告訴によれば,ダームチャイが,総裁の裁量で行なえる1回当り融資限度額を1500万バーツとするという1978年5月18日の役員会決定を越える融資をし,それが回収不能となって銀行に多大の損害を与えたというもの。不明瞭な融資とされるのは,1982年から83年にニューヨーク支店を通じてSiam Widhya グループのG.S.P.Finance Ltd.とG.S.P.International Bankに対して行なわれたもの,やはりSiam WidhyaグループのS.V.Ltd.S.S.O.Ltd.に対して一部ニューヨーク支店を通じて行なわれたもので,これらの被害総額は1億1525万バーツ。第2はポン大佐(連合民主党顧問)所有のCha-am Pineapple Cannery Ltd.とCha-am Farm Ltd.に対して供与された総額7億5700万バーツ。 |
DIA-204-1986-07-08-1 | タイ | 1986年07月08日 | 1980年代 | 中銀,前ファースト・バンコク・シティ銀行頭取を商銀法違反で告訴―ガムロン・テーチャパイブン前頭取の背任行為に対するもの。焦げつき融資総額は50億バーツにのぼるものとみられる。なお,ガムロンはアジア・トラスト銀行代表取締役ワロップ・ターンワニットクンと同じく台湾に逃亡しているものとみられる。 |
DIA-204-1986-07-12-1 | タイ | 1986年07月12日 | 1980年代 | グレイ米下院予年委員会委員長―行来訪。 |
DIA-204-1986-07-14-1 | タイ | 1986年07月14日 | 1980年代 | タンタル問題委員会決定―同委員会は,Thai Tantalum Industries Co.の株主保護のため1億5500万バーツを投資するよう首相に要請。 |
DIA-204-1986-07-14-2 | タイ | 1986年07月14日 | 1980年代 | タイ・米我事備蓄協議開始―米国は,年2000万ドルにのぼる備蓄費用の半分をタイ側が負担すべきだと主張しているのに対し,タイは土地と施設を分担するとしてこれの免除,またはローンとすることを求めている。 |
DIA-204-1986-07-15-1 | タイ | 1986年07月15日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,軍の合理化の方針を示唆。 |
DIA-204-1986-07-16-1 | タイ | 1986年07月16日 | 1980年代 | アーティット,首都治安維持軍の機能維持を主張―政府,チャワリット陸軍司令官が,首都治安維持軍を再編し,同軍は開発,公共サービス活動を中心に活動すべきとの方針を明らかにしたことに反発したもの。 |
DIA-204-1986-07-16-2 | タイ | 1986年07月16日 | 1980年代 | スジャライダ・ポーランド副首相来訪。 |
DIA-204-1986-07-17-1 | タイ | 1986年07月17日 | 1980年代 | クロントイ港でストライキ―タイ港湾庁に代わってExpress Transport Organizationがクレーン作業を行なうとの15日の政府決定に反対して,港湾庁管理下の労働者が行なったもの。 |
DIA-204-1986-07-18-1 | タイ | 1986年07月18日 | 1980年代 | タイ共産党,バンコクで「タイ民主連帯グループ(TDSG)」設立―消息筋(BP紙,7/18)。 |
DIA-204-1986-07-18-2 | タイ | 1986年07月18日 | 1980年代 | 政府,共産主義国・イスラム教国の外交官活動に規制―8月1日から,共産主義国・イスラム教国10ヵ国の外交官は,バンコク以外に旅行する場合は外務省に申請しなければならないというもの(ロイター電,7/18)。 |
DIA-204-1986-07-20-1 | タイ | 1986年07月20日 | 1980年代 | 首相,バンコクで不人気―バンコクから出馬しているハーン,ニコム,スパチャイ各候補は,市民の間で意外と反プレーム感情が根強いと述べた。たとえば,ニコム氏は,民主党が次期首相としてプレームを支持するならば,同党への投票を拒否するという市民が多かったと伝えた。 |
DIA-204-1986-07-21-1 | タイ | 1986年07月21日 | 1980年代 | ワチラロンコーン皇太子,カナダ訪問に出発。 |
DIA-204-1986-07-22-1 | タイ | 1986年07月22日 | 1980年代 | カレン族難民300人タイ領に侵入。 |
DIA-204-1986-07-23-1 | タイ | 1986年07月23日 | 1980年代 | パタヤで農産物輸出国会議開催(~25日)―農産物輸出振興に補助金を出している米国・EC諸国への対抗策を協議するもの。参加するのは農業輸出補助金制度をとっていないタイ,オーストラリア,アルゼンチン,ブラジル,カナダなど13ヵ国。同会議は,ガットの新ラウンド準備委員会が先進国の輸出補助金問題を交渉の議題にとりあげなければ,9月に予定されているウルグァイでのガット閣僚会議のボイコットを検討するとの方針を採択した。 |
DIA-204-1986-07-25-1 | タイ | 1986年07月25日 | 1980年代 | ヘン・サムリン軍兵士12名が越境,投降したもよう―(BP紙,7/25)。 |
DIA-204-1986-07-27-1 | タイ | 1986年07月27日 | 1980年代 | 下院選挙実施―全国投票率は61.43%で前回83年総選挙の50.76%を上回った。バンコクの投票率も37.29%で前回の32.57%を上回った。各党獲得議席数は,民主党101議席,タイ国民党63議席,社会行動党51議席,連合民主党38議席,タイ人民党24議席,民衆党18議席,コミュニティ行動党15議席など。現職閣僚の落選者は,サワット首相府相(連合民主党),プンティエム副運輸相(タイ人民党),ボロム副農業・協同組合相(進歩党),クントーン副教育相,アナン副工業相(進歩党),プリーダー大学相(自由党)の6人。なお,コーソン前商相(連合民主党)も落選している。 |
DIA-204-1986-07-28-1 | タイ | 1986年07月28日 | 1980年代 | ククリット,組閣に関し発言―民選議員でない部外者を首相にする必要はないとしてプレーム首相の再選に反対の意を表わした。また,民主党,タイ国民党,社会行動党が連立すれば強力な連立内閣できる。国防相はティエンチャイ元陸軍副司令官(民衆党),蔵相はブンチュー元副首相(コミュニティ行動党),スパチャイ博士(民主党)らが適任であると発言した。 |
DIA-204-1986-07-28-2 | タイ | 1986年07月28日 | 1980年代 | バンハーン・タイ国民党書記長,民選議員首相にこだわらないと発言―ティエンチャイ民衆党党首も暗に同様の意思を示唆した。 |
DIA-204-1986-07-29-1 | タイ | 1986年07月29日 | 1980年代 | 民主党,党大会開催―最大議席を獲得した民主党は,内務,商務,農業・協同組合の閣僚ポストを希望している。農相は確実に欲しいポスト。 |
DIA-204-1986-07-30-1 | タイ | 1986年07月30日 | 1980年代 | 4党,プレーム首班の連立内閣で合意―民主党,タイ国民党,社会行動党,民衆党の4党。 |
DIA-204-1986-07-30-2 | タイ | 1986年07月30日 | 1980年代 | ククリットを首相,アーティットを国防相とする組閣の動き―連合民主党,社会行動党,タイ国民党,タイ人民党,コミュニティ行動党,大衆党,ルアムタイの6党。 |
DIA-204-1986-07-31-1 | タイ | 1986年07月31日 | 1980年代 | ピチャイに対し反プレーム工作―消息筋が31日伝えたところによると,ピチャイ民主党党首に対し,ピチャイ首班で某将軍を副首相兼国防相とする連立内閣を組むことに同意するなら2億バーツを提供するという申し入れがあったという。 |
DIA-204-1986-07-31-2 | タイ | 1986年07月31日 | 1980年代 | 6党がプレーム首班を指名―タイ国民党,社会行動党,民主党,民衆党,ルアムタイ党,コミュニティ行動党の6党。 |
DIA-204-1986-07-31-3 | タイ | 1986年07月31日 | 1980年代 | ラームカムヘーン大で,民選議員首相を要求するデモ。 |
DIA-204-1986-08-01-1 | タイ | 1986年08月01日 | 1980年代 | 首相,民主・社会行動・タイ国民・民衆の4党代表と会談。 |
DIA-204-1986-08-01-2 | タイ | 1986年08月01日 | 1980年代 | 閣僚配分見通し―消息筋によると,44ポストのうち,民主党17,タイ国民党11,社会行動党8,民衆党3,残りが首相裁量となる見込みと伝えた。 |
DIA-204-1986-08-04-1 | タイ | 1986年08月04日 | 1980年代 | 新国会開会―国王の開会式訓辞の後,最長老であるブンテーン連合民主党党首(74歳)が国会法に基づき,仮議長となった。その後大衆党のサワット議員が一時休会を提案,議論の末,同仮議長は下院正副議長選挙を行なわずに閉会を宣言した。野党にまわるとみられるグループは退場したが,与党となるとみられる4党がシッティ仮議長を選出して,正副議長選挙を行なった。その結果,議長に民主党のチュアン・リークパイ前教育相,第1副議長にタイ国民党のチュムポン・シーラパアーチャ,第2副議長に社会行動党のマイ・シリナワクンを選出した。 |
DIA-204-1986-08-04-2 | タイ | 1986年08月04日 | 1980年代 | 米・タイ合同軍事演習「コブラ・コールド86」実施―ラヨン海岸近郊で13日まで。5回目の今回は88年に導入が決まっているF-16戦闘機や,戦艦ニュージャージーも参加。兵員は米国9500人,タイ3500人の計1万3000人。 |
DIA-204-1986-08-05-1 | タイ | 1986年08月05日 | 1980年代 | プレーム,首相再任―ウクリット国会議長は,与党入りするとみられる4党をふくむ7党,計290票がプレーム首相を支持,連合民主,進歩,大衆など5党,計54票がピチャイ民主党党首を支持した結果,プレーム現首相とピチャイ民主党党首を次期首相候補として国王に上奏した。その結果,プミポン国王はプレーム首相再任の勅令を発した。 |
DIA-204-1986-08-08-1 | タイ | 1986年08月08日 | 1980年代 | 首相側,3党に配分ポスト減を呈示―これにより,民主党16,タイ国民党10,社会行動党8となるが,タイ国民,社会行動党両党はこれに同意,民主党は拒否した。なお,閣僚配分交渉にあたっている首相側使者は,スチンダ陸軍参謀長補佐官,モソコソ首相副官,カセート空軍少将である。 |
DIA-204-1986-08-08-2 | タイ | 1986年08月08日 | 1980年代 | 農業相ポストをめぐって民主・タイ国民両党対立―また,バンハーン・タイ国民党書記長は民主党が要求している内相については,中立の人物が担当すべきと語った。 |
DIA-204-1986-08-10-1 | タイ | 1986年08月10日 | 1980年代 | プリーダー自由党党首辞任―党大会は,落選したプリーダー党首に代えてナロン前農相を選出した。 |
DIA-204-1986-08-10-2 | タイ | 1986年08月10日 | 1980年代 | 鉱業局,86年に274の錫鉱山を閉鎖すると発表―これは全体の46%に相当し,約4000人の労働者が解雇されることになる。 |
DIA-204-1986-08-11-1 | タイ | 1986年08月11日 | 1980年代 | 4党から成る第5次プレーム内閣成立―閣僚配分は,民主党16,タイ国民党10,社会行動党8,民衆党3,プレーム裁量が7となった。ピチャイ民主党党首は最後まで17ポストを要求したが,この日プレーム首相との間で16ポストで合意が形成された。 |
DIA-204-1986-08-12-1 | タイ | 1986年08月12日 | 1980年代 | 民主党南部選出議員から不満発生―南タイから36人が当選したが,閣僚配分は3人しかなかったことに対するもの。 |
DIA-204-1986-08-14-1 | タイ | 1986年08月14日 | 1980年代 | 下院,年2回の国会開催を決定―各90日間2回(現在は1回)。 |
DIA-204-1986-08-15-1 | タイ | 1986年08月15日 | 1980年代 | 首相補佐官ポストおよび国家運営センター設立―首相は,国家行政の監督にあたる首相補佐官にプラソン前国家安全保障会議議長(59)を任命した。首相補佐官ポストは従来の首相秘書官を格上げしたもの。これと同時に,同補佐官を長官とする国家運営センター(NOC)が設立された。同センターは,諸決定を下すための情報収集,国家的危機への対処,政府機関の監督,地方の情勢や国民感情,世論の首相への報告を主な任務とする。また,プラソン補佐官は,政党,軍や,国家安全保障会議(スウィット・スッタヌクン議長),中央情報局(ピヤ・チャカパーク長官),警察,主要団体,等と接触を保つ。 |
DIA-204-1986-08-15-2 | タイ | 1986年08月15日 | 1980年代 | 首相,全閣僚の資産公開を指示。 |
DIA-204-1986-08-18-1 | タイ | 1986年08月18日 | 1980年代 | ハーン農相,「農業評議会」構想発表―同評議会は,政府,取引業者代表,生産者代表等から成り,生産・流通にわたる農業政策の包括的検討を課題とする。 |
DIA-204-1986-08-19-1 | タイ | 1986年08月19日 | 1980年代 | オーストラリア,対タイ開発援助減額発表―85~86年度2905万オーストラリアドルから86~87年度2495万オーストラリアドルに減額。 |
DIA-204-1986-08-20-1 | タイ | 1986年08月20日 | 1980年代 | 少数野党,「19人グループ」結成―進歩党9,大衆党3,国家民主党3,新勢力党1,ルアムタイ党1,自由党1,民主労働党1の19人。リーダーはウタイ進歩党党首。 |
DIA-204-1986-08-22-1 | タイ | 1986年08月22日 | 1980年代 | ウィーラ副内相,不敬発言で国会追及受ける―7月13日のプリーラム県での選挙演説で「私は農民の子として生まれ(パッタルン県)苦労したが,もし王室に生まれていたら,召使いを使って優雅な暮らしができたであろう」と発言した。これは憲法9条に反する不敬発言として上院議員3人が緊急動議を出した。 |
DIA-204-1986-08-23-1 | タイ | 1986年08月23日 | 1980年代 | 自民安倍総務会長来訪―アジア工科大学から名誉博士号を受けるため。 |
DIA-204-1986-08-26-1 | タイ | 1986年08月26日 | 1980年代 | 首相,顧問会議メンバーを指命―チャーン・マヌータム(前総理府相),アルン・パーヌボン(前副外相),チャイ・ワサナノン(建築家),アナット・アパピロム(タイ開発調査研究所長),ウィラポン・ラマン(前首相経済顧問),ティナパン・ナカタ(国家開発行政研究所政治学教授),ワン・チャンスエ(実業家)。 |
DIA-204-1986-08-27-1 | タイ | 1986年08月27日 | 1980年代 | 右派「赤い野牛」グループ,ウィーラ副内相辞任を要求。 |
DIA-204-1986-08-27-2 | タイ | 1986年08月27日 | 1980年代 | 両院会議でウィーラ副内相攻撃激化。 |
DIA-204-1986-08-28-1 | タイ | 1986年08月28日 | 1980年代 | ウィーラ副内相,警察に出頭。 |
DIA-204-1986-08-29-1 | タイ | 1986年08月29日 | 1980年代 | 首相,毎月定例記者会見を行なうことを決定。 |
DIA-204-1986-08-29-2 | タイ | 1986年08月29日 | 1980年代 | ヤング・タークス28名,軍復帰認めらる―81年4月のクーデター未遂事件で免職となった39人のうち28名が,国防省令722/29により軍籍復帰を認められた。 |
DIA-204-1986-09-01-1 | タイ | 1986年09月01日 | 1980年代 | 公定歩合(低率適用)8%に引き下げ。 |
DIA-204-1986-09-01-2 | タイ | 1986年09月01日 | 1980年代 | BOI,地方投資奨励強化の意向―スタポン副総裁によると,まず事務所設置や職員巡回を実施,その後工場設立への奨励恩典を与える方向で検討していきたいとの意向である。 |
DIA-204-1986-09-03-1 | タイ | 1986年09月03日 | 1980年代 | 外相,オンケUNHCR高等弁務官と会談―シッティ外相はそのなかで,カオイダーン難民収容所を86年末に閉鎖する旨通告した。 |
DIA-204-1986-09-04-1 | タイ | 1986年09月04日 | 1980年代 | アナート元農相,首相経済顧問委委員長に―現タイ開発調査研究所(TDRI)所長のアナート・アバピラム氏が委員長,ウィラポン・ラマンク,ワン・チャンスエらが委員となる。なお,政治顧問委委員長にはチャーン・マヌータム前総理府相,社会問題顧問委委員長にはサイユート・クートポン元国軍最高司令官が就任。首相顧問評議会議長にはチャーン政治顧問委委員長が着任。 |
DIA-204-1986-09-06-1 | タイ | 1986年09月06日 | 1980年代 | タイ最長のティンスラーノン橋開通―首相の名前にちなんだもの。ソンクラー湖を横断するもので第1区間940メートル,第2区間1700メートル。 |
DIA-204-1986-09-07-1 | タイ | 1986年09月07日 | 1980年代 | 日本の対タイ経済協力調査団来訪―団長は大来外務省顧問。第5次計画における日本の経済協力評価と,6次計画の説明聴取が主な目的。 |
DIA-204-1986-09-08-1 | タイ | 1986年09月08日 | 1980年代 | 工業相,米国の対中砂糖売却に不満―プラムアン工業相は,商品金融公社(CCC)による15万トンの中国向け輸出は,同国がタイにとって最大の砂糖市場であるだけに,こうむる被害は大であると憂慮の意を表明した。 |
DIA-204-1986-09-09-1 | タイ | 1986年09月09日 | 1980年代 | 商銀,今年5度目の協調利下げ―新利率は定期1年=7.25%,半年=7%,3ヵ月=6.75%。15%の預金利子課税を差し引くと,1年=6.16%,半年=5.95%,3ヵ月=5.74%。 |
DIA-204-1986-09-10-1 | タイ | 1986年09月10日 | 1980年代 | 陸軍司令官ら搭乗のヘリコプターが故障さわぎ―タイ・カンボジア国境視察中のチャワリット陸軍司令官,ワンチャイ参謀長らの乗ったヘリコプターが,故障を起こしたが,無事であった。 |
DIA-204-1986-09-11-1 | タイ | 1986年09月11日 | 1980年代 | 下院,米国産補助金付き砂糖輸出問題て決議―米国産補助金付き砂糖15万トンが中国に輸出され,国際砂糖価格に重大な影響を与えたことについて,政府に解決を求める決議を行なった。 |
DIA-204-1986-09-15-1 | タイ | 1986年09月15日 | 1980年代 | 民主党不満分子,党首に辞任要求―チャルームパン,クライソーン,タライロン,ピラポンら不満分子は,7月27日選挙における同党の候補者選出に際し,ピチャイ党首が独断でこれを行なった,資金を個人的に使用した,組閣交渉に際しての要求ポスト数を17から16に独断で減らす一方,長男のピチットを閣僚に登用した,などの点で同党首を非難した。 |
DIA-204-1986-09-15-2 | タイ | 1986年09月15日 | 1980年代 | 経閣委第6次経済社会開発5ヵ年計画承認―成長率目標を年5%とする,失業率を3.1%にまで低下させる,87~91年度の対外借入を54億ドルとする,などが承認された。 |
DIA-204-1986-09-16-1 | タイ | 1986年09月16日 | 1980年代 | 閣議,3億バーツのメイズ直接買入れ承認。 |
DIA-204-1986-09-17-1 | タイ | 1986年09月17日 | 1980年代 | 民主党て党首の党資金使途問題調査チーム結成―ウィーラ書記長,クントソ,チャルームパン,チュアン,マル,バンヤット(いずれも副党首)の6人から成る。 |
DIA-204-1986-09-18-1 | タイ | 1986年09月18日 | 1980年代 | サノNESDB長官,長期開発戦略示唆―Nationとのインタビューで,タイは農業を基本としたタイスタイルのNICsを目指すと語った。 |
DIA-204-1986-09-19-1 | タイ | 1986年09月19日 | 1980年代 | シッティ外相,米国,日本,香港歴訪に出発―米国ではシュルツ国務長官,ソラーズ,ギボンズ議員らと補助金付き農産物輸出問題について,ワインバーガー国防長官と戦事武器備蓄協定について協議した。 |
DIA-204-1986-09-20-1 | タイ | 1986年09月20日 | 1980年代 | 軍,対共産主義抑圧戦略の転換を表明―ワソチャイ陸軍副参謀長によると,国内治安作戦司令部(ISOC)は農村での共産主義活動に対する戦略から,都市での共産主義活動抑圧の戦略に転換する方針である。 |
DIA-204-1986-09-21-1 | タイ | 1986年09月21日 | 1980年代 | 商相,不法木材輸入認可問題で野党の追及受ける―ビルマ政府は,タイ向け輸出材に伐採地証明添付を義務づけており,無認可の木材輸入を行なわないようタイに求めているのに対し,スラット商相が最近タイの業者2社にビルマ政府無認可のチーク材8万立方メートルの輸入を許可したため,野党が不法輸入であるとして追及。 |
DIA-204-1986-09-25-1 | タイ | 1986年09月25日 | 1980年代 | ブンテーン連合民主党党首,商相の不信任動議選出。 |
DIA-204-1986-09-29-1 | タイ | 1986年09月29日 | 1980年代 | 首相,カオイダーン難民収容所の閉鎖を示唆。 |
DIA-204-1986-10-01-1 | タイ | 1986年10月01日 | 1980年代 | 87年度予算第1読会で可決さる―予算総額は2275億バーツ。首相は予算演説で,経済回復に409億1200万バーツ,国民の生活向上のための予算として194億7500万バーツを計上する。87年度の財政赤字はGNPの3.5%の420億バーツ,対外債務上限を10億ドルとする,などと発言した。 |
DIA-204-1986-10-01-2 | タイ | 1986年10月01日 | 1980年代 | 首都圏水道公社,水道料金を0.5バーツ/m3引き下げると発表。 |
DIA-204-1986-10-02-1 | タイ | 1986年10月02日 | 1980年代 | 政府,新タンタル・プロジェクトに前向き―政府は全コストの20%=1億7500万バーツを産業金融公社を通じて投資すると決定。 |
DIA-204-1986-10-03-1 | タイ | 1986年10月03日 | 1980年代 | タイ,ポーランド,貿易に関する覚書に調印―88年までに両国の貿易額を5000万ドルにまで拡大するというもの。 |
DIA-204-1986-10-03-2 | タイ | 1986年10月03日 | 1980年代 | タイ石油公社,天然ガス値下げの意向―サイアム・セメント向け天然ガスをバンカーオイル並みに値下げすると発表。 |
DIA-204-1986-10-05-1 | タイ | 1986年10月05日 | 1980年代 | ピチャイ副首相,訪日。 |
DIA-204-1986-10-07-1 | タイ | 1986年10月07日 | 1980年代 | 閣議,新国家安全保障会議議長を承認―プラソン議長に代わって,スウィット・スッタヌクン同副議長の昇格を承認した。 |
DIA-204-1986-10-08-1 | タイ | 1986年10月08日 | 1980年代 | シンティ外相,日本を非公式訪問(~11日)―外資誘致のため,雇用力・輸出比率などに応じて3~8年間法人所得税を免税にする,中間加工品に対する税を廃止する,投資手続きを簡素化する,などの方針を明らかにした。 |
DIA-204-1986-10-09-1 | タイ | 1986年10月09日 | 1980年代 | スラット商相不信任動議に対する採決―下院特別議会にて,不信任支持109,反対120,棄権91で不信任動議は否決された。なお,民主党は8日の議員総会で野党と同一歩調で不信任動議を支持する決議をしていたが,9日になって突然棄権にまわった。 |
DIA-204-1986-10-09-2 | タイ | 1986年10月09日 | 1980年代 | ククリット,民主党を批判―ククリット前社会行動党党首は,スラット商相(社会行動党)不信任動議採決で民主党が棄権したことに関し,これは両党間の対立につながりかねない,ひいては連立与党の存立基盤を損うものと批判した。 |
DIA-204-1986-10-10-1 | タイ | 1986年10月10日 | 1980年代 | 陸軍司令官,スラット不信任動議に同調的―野党の不信任動議には同調できる,民主党が棄権したことについても納得できるとした。 |
DIA-204-1986-10-10-2 | タイ | 1986年10月10日 | 1980年代 | 主要タピオカ輸出業者,倉庫拡張を計画―タピオカ価格好調から,Saengthai,Metro,TH.Nakhonluang,Soon Hua Sengの4社は来年にかけて倉庫設備の拡張を計画しているという。 |
DIA-204-1986-10-11-1 | タイ | 1986年10月11日 | 1980年代 | タイ米とイラン原油のバーター取引成立―87年にタイ米20万~40万トンと日量5000万~1万バレルのイラン原油をバーター取引するというもの。 |
DIA-204-1986-10-12-1 | タイ | 1986年10月12日 | 1980年代 | 政府,来年度作付面積を200万ライに削減する見込み―ハーン農業相発言。 |
DIA-204-1986-10-13-1 | タイ | 1986年10月13日 | 1980年代 | 86/87年度のタピオカ輸出クォータ発表さる。 |
DIA-204-1986-10-14-1 | タイ | 1986年10月14日 | 1980年代 | 世銀は,サタヒープ港改良を勧告―深水港として,マプタプットやレームチャバン港の新規建設より,サタヒープ港の改良を勧告している(BP紙10/14)。 |
DIA-204-1986-10-14-2 | タイ | 1986年10月14日 | 1980年代 | 陸軍司令官,政府に忠告―チャワリット陸軍司令官は,「軍は政治に干渉すべきでないと述べてきた。しかし,政府が正しくないものの味方をした場合は,はっきりと政府不支持の立場を示さざるを得ない」との発言を行なった。 |
DIA-204-1986-10-15-1 | タイ | 1986年10月15日 | 1980年代 | シッティ外相,ラオスへの高級レベル代表団派遣の可能性示唆。 |
DIA-204-1986-10-17-1 | タイ | 1986年10月17日 | 1980年代 | 陸軍司令官,スラット問題処理に関し発言―チャワリット司令官に近い筋によると,スラット商相の不正行為に対し,プレーム首相はけじめのある処理を行なわねばならないと釘をさした。 |
DIA-204-1986-10-17-2 | タイ | 1986年10月17日 | 1980年代 | 軍,米の直接買入れに参加―米価支持のため,軍が直接買入れを行ない,軍所有の精米工場で精米する計画であるという(BP紙10/17日)。 |
DIA-204-1986-10-19-1 | タイ | 1986年10月19日 | 1980年代 | ガンディー・インド首相来訪―プレーム首相との会談で,経済・文化関係の拡大,漁業部門でのタイ=インド合弁企業の設立などで合意をみた。 |
DIA-204-1986-10-20-1 | タイ | 1986年10月20日 | 1980年代 | レームチャバン深水港建設事前調査予算―スパチャイ副蔵相によると,世銀の融資1130万バーツをこれに充てる。 |
DIA-204-1986-10-21-1 | タイ | 1986年10月21日 | 1980年代 | 田紀雲・中国副首相来訪(~28日)。 |
DIA-204-1986-10-21-2 | タイ | 1986年10月21日 | 1980年代 | 国会議長に関する憲法条項改正案否決さる――現行の上院議長が国会議長となるという定めを,下院議長が国会議長となるよう改めるという案だが,賛成256,反対164,棄権15で否決された。 |
DIA-204-1986-10-22-1 | タイ | 1986年10月22日 | 1980年代 | 87年度対外債務上限は10億ドル―対外債務管理委員会決定。 |
DIA-204-1986-10-22-2 | タイ | 1986年10月22日 | 1980年代 | 労働組合,最低賃金引上げ要求で同一歩調―タイ労働評議会(LCT)と,タイ労働組合会議(TTUC)傘下の24の国営企業組合は,民間企業組合と同一歩調で最低賃金引上げ交渉にあたると発表。 |
DIA-204-1986-10-23-1 | タイ | 1986年10月23日 | 1980年代 | スラット商相,辞任の意志なしと発言。 |
DIA-204-1986-10-24-1 | タイ | 1986年10月24日 | 1980年代 | シッティ外相,スラット商相の進退を首相に一任と発表。 |
DIA-204-1986-10-25-1 | タイ | 1986年10月25日 | 1980年代 | 中部タイ農民,政府に米価支持訴える―中部農民はアリー・スパンブリ県知事を通じて価格支持に関する10項目の要求書提出。農民によると,現在の5%1級米価格は2100~2200バーツ/トンである。 |
DIA-204-1986-10-26-1 | タイ | 1986年10月26日 | 1980年代 | 外務省,ベトナム軍の国境侵犯を国連に提訴―ブリラム県の丘陵地がベトナム軍によって領土侵犯され,50人のタイ人が死亡したことについて,デクエアル事務総長に提訴を行なった。 |
DIA-204-1986-10-27-1 | タイ | 1986年10月27日 | 1980年代 | タイ中国貿易投資促進協会,バンコクに開設。 |
DIA-204-1986-10-30-1 | タイ | 1986年10月30日 | 1980年代 | 政府,3金融会社のライフ・ボート計画適用解除―84年12月以来,政府が50%の株を買収し,ライフ・ポート計画を適用して経営管理を行なってきたThai Ruanglaen Trust Co.,Thai Credit Promotion Foncie Co.の経営権を再び株主総会に戻す決定を行なった。 |
DIA-204-1986-11-01-1 | タイ | 1986年11月01日 | 1980年代 | 首相,NFC肥料プラント建設には不干渉と発言。 |
DIA-204-1986-11-03-1 | タイ | 1986年11月03日 | 1980年代 | 政府,米価支持のため50億バーツの低利融資を導入すると発表(11月3日より)。 |
DIA-204-1986-11-03-2 | タイ | 1986年11月03日 | 1980年代 | 国家農業評議会設立の動き―ステップ副農相によると,上下両院農業委員会が全面的に支持する農業評議会(NFC)設立に向け,二つの法案が5月の通常国会に上程される見込み。農業評議会議長にはプレーム首相,副議長に副首相1人と上下両院議長が就任するという。また農業生産基金の設立も同時に計画されている。 |
DIA-204-1986-11-03-3 | タイ | 1986年11月03日 | 1980年代 | 米価支持政策に批判の声―Jermsak博士は,中銀の在庫融資は精米業者を,また3億バーツの直接買入れは農民リーダーを利するのみと発言した。 |
DIA-204-1986-11-04-1 | タイ | 1986年11月04日 | 1980年代 | 精米業者協会会長交代―Olarn Arkasvipatに代わってVisarn Patharasitが着任。同氏はピチット県とピサンルーク県に精米所を持つ一方,またSuramaharas Co.Ltd.,Bank of Asia,Magic Land Co., The Mall Department Store,Chao Phya Finance and Securities Co.の取締役を兼ねる。 |
DIA-204-1986-11-04-2 | タイ | 1986年11月04日 | 1980年代 | 閣議,新売春防止法案承認。 |
DIA-204-1986-11-06-1 | タイ | 1986年11月06日 | 1980年代 | スラット商相辞任―後任はモントリー副内相,副内相にサワイ議員(ソンクラー県)が就任することになっている。 |
DIA-204-1986-11-08-1 | タイ | 1986年11月08日 | 1980年代 | バンコク中央駅に5輌連結車輌突っこむ。 |
DIA-204-1986-11-08-2 | タイ | 1986年11月08日 | 1980年代 | 佐治大阪商工会議所会頭一行来訪。 |
DIA-204-1986-11-10-1 | タイ | 1986年11月10日 | 1980年代 | カウンター貿易に関するガイドライン設定―商務省は,(1)タイ政府が外国政府に申請した場合,(2)外国政府がタイ政府に申請した場合,(3)民間部門によるカウンター貿易,の3項に分けてガイドラインを設立した。 |
DIA-204-1986-11-11-1 | タイ | 1986年11月11日 | 1980年代 | 首相,国営企業委員会設置を承認―委員長をソンティー副首相とし,21人の委員から成る。 |
DIA-204-1986-11-12-1 | タイ | 1986年11月12日 | 1980年代 | 大蔵省,国営企業の民営化承認―Chonburi Sugar Mills,North-East Jute の2社。 |
DIA-204-1986-11-13-1 | タイ | 1986年11月13日 | 1980年代 | レームチャバン・プロジェクト管理委員会発足―サウィット東部臨海開発委員会委員長によると,首相は同委員会の下にレームチャバン・プロジェクト管理委員会および港湾,工業団地,都市開発の各作業部会を設置することを承認した。 |
DIA-204-1986-11-14-1 | タイ | 1986年11月14日 | 1980年代 | 内務省,最低賃金引き上げ承認―賃金委員会提出の改定案を承認,87年4月1日より実施に移される。バンコク首都圏,サムットプラカン県,ノンタブリ県,パトムタニ県,サムットサコン県,ナコンパトム県,ラノン県,パンガ県,プーケット県は70バーツ/日から73バーツ/日へ4.28%の引き上げ,チョンブリ県,サラブリ県,ナコンラーチャシーマー県,プーケット県は65バーツ/日から67バーツ/日へ3.68%の引上げ,その他59県は59バーツ/日から61バーツ/日に引き上げられる。 |
DIA-204-1986-11-14-2 | タイ | 1986年11月14日 | 1980年代 | BOI,冷凍倉庫業への奨励認可一時中止―冷凍倉庫業が過当競争状態にあるため,10月17日にさかのぼって一時中止された。 |
DIA-204-1986-11-16-1 | タイ | 1986年11月16日 | 1980年代 | チャムロン・バンコク首都圏知事訪米―その他カナダ,日本も歴訪。 |
DIA-204-1986-11-17-1 | タイ | 1986年11月17日 | 1980年代 | 下院予算委員会,陸軍機密費を減額―国防相との間で,陸軍から提出されていた同予算申請2億8970万バーツを400万バーツを削減することで合意が成立したといわれる(BP紙11/17)。 |
DIA-204-1986-11-18-1 | タイ | 1986年11月18日 | 1980年代 | 米下院歳入委員会代表団来訪―ジェンキンズ議員をふくむ。 |
DIA-204-1986-11-19-1 | タイ | 1986年11月19日 | 1980年代 | レームチャバン深水港建設計画前進―タイ港湾公社はOECFとの間で,第12次円借分122億8300万円のL/Aに調印。 |
DIA-204-1986-11-20-1 | タイ | 1986年11月20日 | 1980年代 | シッティ外相,訪中。 |
DIA-204-1986-11-20-2 | タイ | 1986年11月20日 | 1980年代 | オートバイ国産化計画―BOIは同計画に基づく投資奨励企業として,タイ・スズキ,タイ・カワサキ,サイアムヤマハ,タイ・ホンダの日系4社とヨンタラキットの計5社を選定,これらの投資総額は36億200万バーツ。国産化比率は第1年度30%,その後各年40%,50%,70%,80%と目標比率を高めていく方針。 |
DIA-204-1986-11-21-1 | タイ | 1986年11月21日 | 1980年代 | NFC肥料プラント建設のL/I有効期限延長―87年5月28日まで6ヵ月間。これで7度目の延長。 |
DIA-204-1986-11-24-1 | タイ | 1986年11月24日 | 1980年代 | 陸軍,機密費の5300万バーツ増額を下院予算委に要求。 |
DIA-204-1986-11-24-2 | タイ | 1986年11月24日 | 1980年代 | タイ学生連盟(SFT),首相に米価最低保証価格の設定求める―チュラロンコン,タマサート,マヒドン,ラームカムヘーン大学,モンクット王工科大学の学生リーダー50名は,米価最低保証価格3000バーツの設定を求めた請願書を首相秘書室に手渡した。学生らはまた,50億バーツの低利融資は銀行を利するのみであって,農民にメリットはないときめつけた。 |
DIA-204-1986-11-26-1 | タイ | 1986年11月26日 | 1980年代 | 民間側,政府にアグロインダストリーの援助要請―第7回官民合同諮問委員会(JPPCC)の席上で,外資獲得と雇用拡大のためアグロインダストリーの振興を政府に要請すると同時に,8項目の具体的提案を行なった。タイ貿易院(BOT)農業問題部会長Ajvaの博士によると8項目提案は以下のようである。(1)契約農業システムの振興。(2)政府は民間の輸出向養豚場設立に対する投資奨励恩典を見直すと同時に,冷凍豚肉輸出先として日本市場を開拓する。(3)家畜用飼料産業振興を阻害する諸規制の修正を検討する。(4)漁業資源,水産加工業,漁船数の統制など,漁業振興を包括的に行なうべく水産局の役割と権限を拡大する。(5)水産品品質規準を設定する。(6)植物油,飼料,その他関連産業をふくむ産業連盟を設立する。(7)大豆ミール輸入については1年以内にクォータシステムから課税システムに移行する。(8)ブラックタイガーえびの輸出を統制ないし制限する。 |
DIA-204-1986-11-27-1 | タイ | 1986年11月27日 | 1980年代 | 下院予算委員会,一転して陸軍機密費の増額決定―陸軍の予算申請額2億8970万バーツに1200万バーツ増額する決定を行なった。 |
DIA-204-1986-11-28-1 | タイ | 1986年11月28日 | 1980年代 | タイ=ラオス貿易交渉閉幕―アルン首相顧問を団長とする代表団がスバン・ラオス副外相らと会談。両国の高級レベル協議は84年12月以来はじめて。アルン首相顧問は(1)対ラオス輸出禁止品目を273から61に削減,(2)知事の輸出許可限度額を現行の2万バーツから3万バーツに引き上げる,などを政府に提案する方針である旨をラオス側に伝えた。 |
DIA-204-1986-11-28-2 | タイ | 1986年11月28日 | 1980年代 | 外銀5行,3億ドルのリファイナンスに合意―これは返済期間10年で,金利は最初の2年がLIBORプラス0.25%,残り8年が同0.125%で,平均スプレッドは0.225%。前回のドル建て大型融資のスプレッドは0.375%である。また,最近実施されたマレーシア向けば0.425%,インドネシア向けば0.656%であり,今回のタイ向け融資はきわめて好条件。 |
DIA-204-1986-12-01-1 | タイ | 1986年12月01日 | 1980年代 | タイ=日本貿易交渉に新しいアプローチ―日本の経団連は,タイ貿易院,タイ銀行協会,タイ工業会との間で両国間貿易交渉の見直しを行ない,これまでのようなタイ側の対日輸出ターゲット中心の交渉から,投資,産業問題をも含んだ幅広い交渉へと変更する合意が成立した(BP紙。12/1)。 |
DIA-204-1986-12-02-1 | タイ | 1986年12月02日 | 1980年代 | タイのツナ缶,米相殺関税の対象外―米国際貿易委員会は,ヤイター米通商代表の1月30日付の命令により外国産ツナ缶の輸出価格調査を行なってきたが,このほどレポート作成を完了した。これによるとタイ政府によるツナ産業への介入はツナ缶輸出に対するパッキング信用供与という狭い範囲に限定されており,生産コスト以下で輸出するダンピングの事実はないとし,相殺関税の適用は受けないと報告されている(BP紙12/2)。 |
DIA-204-1986-12-02-2 | タイ | 1986年12月02日 | 1980年代 | 政府,6次計画中の年5%成長に向け四つの戦略設定―ピジットNESDB副長官によると,第1の戦略はインフラサービス部門の質的向上,第2は公共投資におけるコスト面での効率化,第3は公共セクター活動の役割の再評価,第4は輸出振興,エネルギー,都市開発など重点部門間の調整を強化すること,である。 |
DIA-204-1986-12-02-3 | タイ | 1986年12月02日 | 1980年代 | 閣議,包括減税案承認―労働集約産業,アグリビジネス,繊維産業に対する事業税を現行の9%から7%に引き下げる,など。現行のビジネス税率はリストAの商品については9%,リストBは5%,リストCは1.5%。 |
DIA-204-1986-12-02-4 | タイ | 1986年12月02日 | 1980年代 | 閣議,投資開発基金の設立承認。 |
DIA-204-1986-12-09-1 | タイ | 1986年12月09日 | 1980年代 | サタヒープ商業深水港への民間投資承認―タイ港湾庁に対し,同港はクロントイ港とレームチャバン深水港の補助的機能を果たすものとするとの条件で許可を下した。 |
DIA-204-1986-12-11-1 | タイ | 1986年12月11日 | 1980年代 | 下院,陸軍機密費1200万バーツの増額承認―4時間の議論の末,171対53で承認された。 |
DIA-204-1986-12-11-2 | タイ | 1986年12月11日 | 1980年代 | 下院,87年度予算法承認。 |
DIA-204-1986-12-11-3 | タイ | 1986年12月11日 | 1980年代 | 外相,87年5月に訪ソの意向示唆。 |
DIA-204-1986-12-12-1 | タイ | 1986年12月12日 | 1980年代 | 農業・協同組合銀行,50億バーツの農民直接融資開始―プラパート副蔵相が12日語ったところによると,農業・協同組合銀行は総額50億バーツの農民への直接融資を開始するという。これは中銀の50億バーツ在庫融資に付加的に行なわれるもの。担保とする米の評価額の80%までを3%の利子で,返済期間6ヵ月と設定して実施される。通常の農民向けの利子12.5%であり,この措置によりトン当り95バーツほど米価を上昇させることができるという。この計画に伴い,中銀は同行に対し再割引率1%で融資を行なう。 |
DIA-204-1986-12-13-1 | タイ | 1986年12月13日 | 1980年代 | タイ開発調査研究所,パタヤで年次会議開催―同会議で,86年度の実質GNP成長率が3.8%に,87年度のそれは5.4%になるという見通しが発表された。また,対外債務の軽減,農村開発努力,労働集約型産業の振興,輸出業者に対するビジネス税の軽減が強調された一方,一時的に税収減,輸入増につながるかもしれないが保護政策を見直すべきであるという構造調整の提言がなされた。 |
DIA-204-1986-12-15-1 | タイ | 1986年12月15日 | 1980年代 | 工業用地庁,レームチャバン工業用地開発見積り額発表―工業省情報筋によると,開発コストは10億6900万バーツになる見込みという。 |
DIA-204-1986-12-17-1 | タイ | 1986年12月17日 | 1980年代 | 中銀総裁,米価は上昇傾向にあると発言―カムチョーン総裁によると,50億バーツの在庫融資実施後,米価は平均2363バーツから2521バーツへ7%の増加を示していると発表した。 |
DIA-204-1986-12-17-2 | タイ | 1986年12月17日 | 1980年代 | 米国,87年度はタイ向け武器売却信用供与(FMS)をせずと発表―防衛援助プログラムは,外国武器売却信用(Foreign Military Sales)と武器援助プログラム(Military Assistance Programme)からなるが,87年度については前者を実施しないと情報筋は伝えた。 |
DIA-204-1986-12-19-1 | タイ | 1986年12月19日 | 1980年代 | レームチャバン深水港建設日程発表―サウィット東部臨海開発委委員長によると,建設契約は87年9月30日までに行なわれ,10月に着工の見込み。 |
DIA-204-1986-12-22-1 | タイ | 1986年12月22日 | 1980年代 | 東北部の旱ばつの被害大―ポーン・ブリラム県知事によると,同県の50%の耕地が被害にあい,86年の人口流出は85年の7万人から10万人になる見込み。 |
DIA-204-1986-12-24-1 | タイ | 1986年12月24日 | 1980年代 | 米の87年度武器援助プログラムは増額の見込み―スティー蔵相は,武器売却信用供与はなくなったが,武器援助プログラムは,86年度の479万ドルから500万ドルに増額される見込みで,タイにとって朗報であると語った。 |
DIA-204-1986-12-28-1 | タイ | 1986年12月28日 | 1980年代 | コーンケーン県補欠選挙で民衆党候補辛勝。 |
DIA-204-1986-12-29-1 | タイ | 1986年12月29日 | 1980年代 | 米の対タイ特恵関税(GSP)措置に変更なし―米通商代表部は,1984年貿易・関税法に従う特恵関税の見直しをこのほど完了,87年1月4日に報告書を公表する予定だが,その中で述べられているもの(BP紙,12/29)。 |
DIA-204-1986-12-30-1 | タイ | 1986年12月30日 | 1980年代 | メトログループ,87年の5億バーツ投資計画を発表。 |
DIA-204-1987-01-02-1 | タイ | 1987年01月02日 | 1980年代 | 国軍偵察機,被弾して墜落―国軍によると,L19偵察機がカンボジア国境付近を飛行中,同国領内から空中砲火を受け,着陸に失敗して大破した。 |
DIA-204-1987-01-04-1 | タイ | 1987年01月04日 | 1980年代 | 農業省人事に批判―ハーン農相は同日,チャニム現局長に代えてパイロート副局長の昇格を発表。すでに同省次官も異動となっており,これらはハーン農相の偏向人事として批判が高まっている。 |
DIA-204-1987-01-04-2 | タイ | 1987年01月04日 | 1980年代 | タイ観光年スタート―大祝賀パレード実施される。 |
DIA-204-1987-01-05-1 | タイ | 1987年01月05日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,ビルマ訪問―ビルマ陸軍の招請によるもので4日間の日程。 |
DIA-204-1987-01-06-1 | タイ | 1987年01月06日 | 1980年代 | シェール元西独大統領,来訪(6~9日)。 |
DIA-204-1987-01-07-1 | タイ | 1987年01月07日 | 1980年代 | 東部臨海開発地域の石化プラント発注―タイ初の石化コンビナートの中核となるエチレン,プロピレンの両設備を300億円で発注。受注した東洋エンジニアリング(TEC)は84年に天然ガス分離プラントを建設した実績をもつ。 |
DIA-204-1987-01-09-1 | タイ | 1987年01月09日 | 1980年代 | ASEAN3カ国,87年の錫生産量で合意―スブロト・インドネシア鉱業エネルギー相はインドネシア,マレーシア,タイの3カ国が9日,87年の錫生産量を9万6000トンとすることで合意したと発表。 |
DIA-204-1987-01-10-1 | タイ | 1987年01月10日 | 1980年代 | 民主党党大会でピチャイ,党首に再選さる。 |
DIA-204-1987-01-11-1 | タイ | 1987年01月11日 | 1980年代 | 楊得志中国人民解放軍総参謀長来訪(11~17日)―首相,スパ国軍最高司令官,チャワリット陸軍司令官らと会談したほか,第9師団(カンチャナブリ)を視察した。 |
DIA-204-1987-01-11-2 | タイ | 1987年01月11日 | 1980年代 | シッティ外相,ブルネイ訪問(11~14日)。 |
DIA-204-1987-01-11-3 | タイ | 1987年01月11日 | 1980年代 | サイアムセメント・グループ,輸出加工区設置に前向き―同グループのパロン社長は,「タイ初の輸出加工区設置に向けて2調査団を海外視察に派遣させた。レームチャバンに設置するのが好ましい」と発言。 |
DIA-204-1987-01-12-1 | タイ | 1987年01月12日 | 1980年代 | ピチャイ民主党党首,あと2年間で辞任と発言。 |
DIA-204-1987-01-14-1 | タイ | 1987年01月14日 | 1980年代 | 田村通産相,来訪(14~16日)―15日に首相を表敬訪問。首相はその際,中曾根首相の来タイを要請するとともに,中断している日タイ貿易合同委員会の再開を強く求めた。 |
DIA-204-1987-01-14-2 | タイ | 1987年01月14日 | 1980年代 | ハーン農相,ブリュッセルに向け出発―16日にはシェイソンEC委員と会見し,タピオカ生産計画に対する援助を要請した。 |
DIA-204-1987-01-15-1 | タイ | 1987年01月15日 | 1980年代 | 民主党反主流派36人,結東を固める―反主流派の中心であるチャルームパン前副首相の私邸にて会談し,同派に六つの閣僚ポストを配分せねば野党にまわる可能性もあるとの統一見解を明らかにした。 |
DIA-204-1987-01-16-1 | タイ | 1987年01月16日 | 1980年代 | 無許可の外国民間援助機関の規制強化―同日の閣議は内務省提出の関連規則を承認し,近く外務,教育,国家安全保障会議(NSC)のメンバーからなる管理委員会を発足させることとした。 |
DIA-204-1987-01-18-1 | タイ | 1987年01月18日 | 1980年代 | チュラ大,タマ大の運動家,タイ観光年に反対―87年に予想される400億バーツの観光収入はサービス業等をうるおすのみであり,また15億バーツの観光年向け政府投資は国民の利益にはつながらないとした。 |
DIA-204-1987-01-18-2 | タイ | 1987年01月18日 | 1980年代 | 中銀,政府系グルンタイ銀行とサイアム商業銀行の合併計画を承認。 |
DIA-204-1987-01-19-1 | タイ | 1987年01月19日 | 1980年代 | バンコクで第24回暫定メコン委員会開催―タイ側は,ルーイ県のナムルーイ,ナコンパノム県のナムソンクラームなどの灌漑プロジェクトを提案した。 |
DIA-204-1987-01-19-2 | タイ | 1987年01月19日 | 1980年代 | 経済閣僚委員会,輸出信用保証基金設立認可。 |
DIA-204-1987-01-21-1 | タイ | 1987年01月21日 | 1980年代 | ナコンシタマラート県で51人の共産党ゲリラ投降。 |
DIA-204-1987-01-22-1 | タイ | 1987年01月22日 | 1980年代 | ライフボート計画下の金融会社の経営引き継ぎ―政府系グルンタイ銀行は,ライフボート計画により大蔵省の管轄下にある22の金融会社の経営を引き継ぐことに合意。 |
DIA-204-1987-01-23-1 | タイ | 1987年01月23日 | 1980年代 | タイ統一党大会でナロン党首再選―ピヤナット書記長も再選されたほか,25人の党執行委員が選出された。 |
DIA-204-1987-01-24-1 | タイ | 1987年01月24日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,軍の政治介入を示唆―チュラチョムクラオ陸軍士官学絞に新設の修士課程の開始式のあと,「事態がある段階に達すれば,軍はクーデターによらないで国民の理解を得たうえでの介入にふみきる」と発言。 |
DIA-204-1987-01-29-1 | タイ | 1987年01月29日 | 1980年代 | 首相,石油基金廃止を示唆。 |
DIA-204-1987-01-30-1 | タイ | 1987年01月30日 | 1980年代 | タイ国民党大会でチャートチャーイ党首再選―バンハーン書記長が再選されたほか,党顧問委員会委員長にプラマーン元党首が再選される。副党首は1人増員されて6人となった。 |
DIA-204-1987-02-01-1 | タイ | 1987年02月01日 | 1980年代 | アーティット元国軍司令官の側近降格―キテイサク・スワンテミ中佐が歩兵大隊長から第12突撃連隊長に降格された。 |
DIA-204-1987-02-02-1 | タイ | 1987年02月02日 | 1980年代 | 領土防衛隊の人員削減―チャワリット陸軍司令官は,財政不足により同人員を88年から削減する意向である旨発言。 |
DIA-204-1987-02-04-1 | タイ | 1987年02月04日 | 1980年代 | 陸軍,農民からの籾買上げを実施―アルン参謀長補佐(民事担当)は同日,陸軍は政府からの資金1億2000万バーツで1月中旬から籾買上げを実施している旨発表した。 |
DIA-204-1987-02-05-1 | タイ | 1987年02月05日 | 1980年代 | 対ラオス貿易推進の提案―ダナイ・ウボンラーチャターニー県知事はシッティ外相に対し,現行のノーンカーイとムクダハーンの交易点に加えて,チョンメークとケムラマートでも交易点を開設すべきであると提案した。 |
DIA-204-1987-02-06-1 | タイ | 1987年02月06日 | 1980年代 | ソンティ副首相,国内米価上昇と発表―米作審議会委員長のソンティ副首相は,5%米1キエン当りの市場価格は2409バーツにまで上昇しているとして在庫融資政策がうまく作用していることを明らかにした。 |
DIA-204-1987-02-08-1 | タイ | 1987年02月08日 | 1980年代 | 民主党反主流派,42人グループを結成―7人の執行部を選出。 |
DIA-204-1987-02-09-1 | タイ | 1987年02月09日 | 1980年代 | チャワリット,立憲君主制を擁護と発言―ククリット元首相の行なったチャワリットの革命の批判とISOCの「政治局化」の批難に答えたもの。「軍が政治に介入する必要があるかどうかについては,民主主義を擁護すべき人々(議会人)が私欲に走らず,国民の真の利益を実現できるかどうかである」と発言。 |
DIA-204-1987-02-10-1 | タイ | 1987年02月10日 | 1980年代 | アーティット元国軍最高司令官,ISOCの改編に賛成と発言―ISOCは国内治安作戦司令部。 |
DIA-204-1987-02-10-2 | タイ | 1987年02月10日 | 1980年代 | 李載〓・韓国国会議長,シッティ外相を表敬訪問。 |
DIA-204-1987-02-12-1 | タイ | 1987年02月12日 | 1980年代 | スパ国軍最高司令官,マレーシア訪問(12~15日)―マハティール首相,バダウィ国防相らと会見。 |
DIA-204-1987-02-12-2 | タイ | 1987年02月12日 | 1980年代 | ケリン・オーストラリア第1次産業相来訪―国際農産物問題について首相と会談。 |
DIA-204-1987-02-13-1 | タイ | 1987年02月13日 | 1980年代 | 中国政府文化代表団来訪―王蒙文化相団長。 |
DIA-204-1987-02-18-1 | タイ | 1987年02月18日 | 1980年代 | 対ラオス禁輸品目削減―モントリー商相は,現行の対ラオス禁輸品目273を61品目に削減すると発表した。 |
DIA-204-1987-02-20-1 | タイ | 1987年02月20日 | 1980年代 | モフタル・インドネシア外相来訪。 |
DIA-204-1987-02-22-1 | タイ | 1987年02月22日 | 1980年代 | 第4方面軍,CPMゲリラ掃討作戦開始―ヤラー県タントー,ベートン郡にて開始。 |
DIA-204-1987-02-23-1 | タイ | 1987年02月23日 | 1980年代 | スバン・ラオス副外相来訪1カ月延期―28日に予定されていたもので,ラオス政府当局は同副外相来訪の前にチャワリット陸軍司令官のラオス訪問を実施するのが望ましいとの理由をあげている。 |
DIA-204-1987-02-23-2 | タイ | 1987年02月23日 | 1980年代 | ワチラロンコーン皇太子,中国公式訪問(23日~3月8日)。 |
DIA-204-1987-02-24-1 | タイ | 1987年02月24日 | 1980年代 | LPG小売価格修正―モントリー商相は,自動車LPGを1リットル当り115バーツから113バーツ,調理用LPG11.5kgを115から113バーツ,などとする旨発表。25日より実施。 |
DIA-204-1987-02-26-1 | タイ | 1987年02月26日 | 1980年代 | ラオス国境で交易点臨時開設―シッティ外相は,ウボンラーチャターニー県のチョンメークで交易点を臨時開設することを許可した。 |
DIA-204-1987-03-01-1 | タイ | 1987年03月01日 | 1980年代 | 日本政府,タイ産マンゴー輸入を許可―タルーン農業省顧問によると,日本は同日,象牙種マンゴーのタイからの輸入を許可した。 |
DIA-204-1987-03-02-1 | タイ | 1987年03月02日 | 1980年代 | 第6次計画での農民援助計画―重点的には,(1)国産化推進(乳牛,パルプ,麦,油脂原料,ココア,燃料用木材),(2)輸出用農産物生産の援助(果物,野菜,バシマティ米,マリ米,牛肉,豚肉,カシューナッツ,魚類など),を行なう。 |
DIA-204-1987-03-03-1 | タイ | 1987年03月03日 | 1980年代 | 第2次地方配電プロジェクト―地方電力公社は1988年完了予定の同計画で,今年度は4億7500万バーツを投資し,これにより2160村が電化される。 |
DIA-204-1987-03-06-1 | タイ | 1987年03月06日 | 1980年代 | バンコクのスラムは1020カ所―ソムポン住宅環境改善委員長発表。 |
DIA-204-1987-03-06-2 | タイ | 1987年03月06日 | 1980年代 | スリン下院議長書記官,ISOCの機構改革に反対。 |
DIA-204-1987-03-07-1 | タイ | 1987年03月07日 | 1980年代 | 首相,欧州歴訪に向け出発―エジプト,オランダ,スペイン,イギリスを訪問。 |
DIA-204-1987-03-09-1 | タイ | 1987年03月09日 | 1980年代 | コラートの新工業団地造成計画―スクム副内相によると,政府は官民共同出資による4000ライの造成を計画中。 |
DIA-204-1987-03-10-1 | タイ | 1987年03月10日 | 1980年代 | 閣議,商標登録に関する1921年法の改正法承認。 |
DIA-204-1987-03-10-2 | タイ | 1987年03月10日 | 1980年代 | アフラトキシン問題で援助資金―閣議は,農民援助資金からの支出により,日本向けのメイズのアフラトキシン問題の解決を急ぐことにした。 |
DIA-204-1987-03-11-1 | タイ | 1987年03月11日 | 1980年代 | ククリット元首相,ISOC改編に反対―「もしISOCの改編によりチャワリットの目標が達成されれば立憲君主制はくずれて王の存在はないがしろにされる。議会は他の評議会と同じようなものに格下げされ,ISOCは共産党政治局のように強大化するであろう」と述べた。 |
DIA-204-1987-03-13-1 | タイ | 1987年03月13日 | 1980年代 | 87年の大学入学志額者大幅減―スビン大学相によると,87年の入当志願者は8万7764人で1万人減。 |
DIA-204-1987-03-15-1 | タイ | 1987年03月15日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,ククリット元首相を訪問。 |
DIA-204-1987-03-16-1 | タイ | 1987年03月16日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,「革命」に言及―「私の革命は,政治体制の変革を意味するものであるという誤解を受けているがそうではない。『革命』はここ数年のうちにタイを農業大国にすることである。この一大国家目標の下にすべての党派が対立をこえて団結する必要がある」として,政党側による個別利害政治を暗に批判した。 |
DIA-204-1987-03-16-2 | タイ | 1987年03月16日 | 1980年代 | 運輸相,三つの空港建設計画発表―1988年から4年計画でナコンシタマラート,チェンライ,ブリラムに建設するもので,予算は6億バーツ。 |
DIA-204-1987-03-20-1 | タイ | 1987年03月20日 | 1980年代 | 国営肥料会社,日本側に契約内容の変更を要請―同社は建設側の日本企業連合に対し,当初の円建て契約をドル建てに変更したうえで,1ドル=200円のレートを採用していたことが明らかになった。趣意書(LI)は4月15日で期限切れとなる。 |
DIA-204-1987-03-23-1 | タイ | 1987年03月23日 | 1980年代 | プラパート副外相ら韓国,日本訪問に向け出発―同副外相と10人の下院議員が貿易拡大のための懸案事項に関する意見交換のため。 |
DIA-204-1987-03-24-1 | タイ | 1987年03月24日 | 1980年代 | 労働裁判所判事の改選―40人の判事のうち20人の改選が行なわれた。 |
DIA-204-1987-03-25-1 | タイ | 1987年03月25日 | 1980年代 | 南タイ3県のCPMゲリラ1400人―第4軍区報道官が同日語ったところによると,ソンクラー,ヤラー,ナラティワットの3県で1400人のCPM(マラヤ共産党)ゲリラが活動中と発表。 |
DIA-204-1987-03-27-1 | タイ | 1987年03月27日 | 1980年代 | 野党が内閣不信任案提出を決定―タイ人民党,進歩党,大衆党は内閣全体に対する不信任案を,タイ統一党,共同行動党,連合民主党が何人かの閣僚のみに対する不信任案を主張したが,内閣全体への不信任案提出で合意をみた。 |
DIA-204-1987-03-27-2 | タイ | 1987年03月27日 | 1980年代 | ブンチュー共同行動党党首,党大会で再選さる。 |
DIA-204-1987-03-27-3 | タイ | 1987年03月27日 | 1980年代 | 新第3軍区司令官任命―87年1月に死去したチャイチャナ司令官の後任に,シリ・タワパン同副司令官が任命された。 |
DIA-204-1987-03-27-4 | タイ | 1987年03月27日 | 1980年代 | 軍人の生命保険加入―チャワリット陸軍司令官は,4万人の軍人の保険契約をタイ生命保険との間で結んだ。 |
DIA-204-1987-03-31-1 | タイ | 1987年03月31日 | 1980年代 | タイ=EEC合同投資委員会開催。 |
DIA-204-1987-04-01-1 | タイ | 1987年04月01日 | 1980年代 | ククリット元首相,ISOC改編を非難―チャワリットのISOC改編による「革命」は,国王を首長とした共産主義国家の創造を目指している。ISOCは,共産主義の浸透を受けており,チャワリット自身も共産主義に洗脳されたのだと激しく非難した。 |
DIA-204-1987-04-02-1 | タイ | 1987年04月02日 | 1980年代 | 国会審議開始。 |
DIA-204-1987-04-04-1 | タイ | 1987年04月04日 | 1980年代 | 金永南・北朝鮮副首相兼外相来訪(4~7日)。 |
DIA-204-1987-04-05-1 | タイ | 1987年04月05日 | 1980年代 | 陸軍特殊戦闘部隊250人がククリット邸を包囲―ククリット元首相が1日,チャワリット陸軍司令官を共産主義者と決めつけたことに抗議するもの。 |
DIA-204-1987-04-07-1 | タイ | 1987年04月07日 | 1980年代 | 陸軍幹部大挙してチャワリット私邸に集合―チャワリット支持を示すとともに,5日のククリット邸包囲事件に関してチャワリット陸軍司令官の国会尋問を行なおうとする動きがあることに反発したもの。 |
DIA-204-1987-04-08-1 | タイ | 1987年04月08日 | 1980年代 | 野党,84人の署名による内閣不信任案提出。 |
DIA-204-1987-04-08-2 | タイ | 1987年04月08日 | 1980年代 | 下院で報道評議会設立案が可決される。 |
DIA-204-1987-04-09-1 | タイ | 1987年04月09日 | 1980年代 | 内務省,86年末の人口発表―86年12月31日現在の人口は5296万9204人(前年同期2.27%増),うち男性は2664万2889人,女性は2632万6315人。バンコクの人口は546万8915人。 |
DIA-204-1987-04-09-2 | タイ | 1987年04月09日 | 1980年代 | マウン・マウン・カ・ビルマ首相来訪。 |
DIA-204-1987-04-10-1 | タイ | 1987年04月10日 | 1980年代 | タイ=ラオス間で直接輸送サービス導入―タイ高速輸送会社(ETO)とラオス国際建設輸送社(ICTCL)は,仲介業者の介入を排除するため,両国間に直接輸送サービスを導入するという5年間契約をとり交わした。 |
DIA-204-1987-04-11-1 | タイ | 1987年04月11日 | 1980年代 | 旱ばつの被害甚大―内務省は,東北タイを中心とした旱ばつ被害は41県に及び,300万ライの農地が被害を受けている,と発表。 |
DIA-204-1987-04-15-1 | タイ | 1987年04月15日 | 1980年代 | チャワリット国軍司令官,下院国会問題委員会に出席―革命的発想によって,民主主義の実現と長期開発計画の策定が必要であると語る。 |
DIA-204-1987-04-17-1 | タイ | 1987年04月17日 | 1980年代 | 呉学謙・中国外相来訪―ESCAP年次総会出席のため。17日,シッティ外相と会談し,87年のタイ=中国貿易目標額を5億ドルとすることで合意した。 |
DIA-204-1987-04-19-1 | タイ | 1987年04月19日 | 1980年代 | 上院議員3分の1入れ替え。 |
DIA-204-1987-04-19-2 | タイ | 1987年04月19日 | 1980年代 | 崔侊洙・韓国外相来訪。 |
DIA-204-1987-04-20-1 | タイ | 1987年04月20日 | 1980年代 | ハウ英外相来訪―21日にはカンボジア国境の難民キャンプを視察。 |
DIA-204-1987-04-21-1 | タイ | 1987年04月21日 | 1980年代 | ESCAP創立40周年記念第43回総会開催。 |
DIA-204-1987-04-21-2 | タイ | 1987年04月21日 | 1980年代 | タイ共産党幹部7人が逮捕される。 |
DIA-204-1987-04-22-1 | タイ | 1987年04月22日 | 1980年代 | ASEAN,日本企業のベトナム援助問題で正式抗議。 |
DIA-204-1987-04-22-2 | タイ | 1987年04月22日 | 1980年代 | 内閣不信任案否決さる。 |
DIA-204-1987-04-27-1 | タイ | 1987年04月27日 | 1980年代 | 国会会期2期制に移行―87年度から通常国会を4月1日から6月30日までと,9月1日から11月30日までの2期制に移行することが決定された。 |
DIA-204-1987-04-27-2 | タイ | 1987年04月27日 | 1980年代 | シッティ外相,シンガポール訪問。 |
DIA-204-1987-04-30-1 | タイ | 1987年04月30日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,中国訪問(30日~5月2日)―機甲部隊整備のため数十億バーツにのぼる中国製武器を購入する契約を結んだもよう。武器の内訳は,人員輸送車数百台,T-69型戦車60台,37mm対空砲,130mm野戦砲など。 |
DIA-204-1987-05-01-1 | タイ | 1987年05月01日 | 1980年代 | プラチュアップ内相,国家革命評議会の集会阻止を指示―ピサン内務次官に対し,同評議会の今後の集会開催を阻止すべく対応策を早急に検討するよう指示した。 |
DIA-204-1987-05-01-2 | タイ | 1987年05月01日 | 1980年代 | 治安当局,国家革命評議会に関する調査開始―カセーム・セーングミット警察少将を委員長とする特別調委員会は,国家革命評議会の集会の目的が法に抵触するかどうか,同評議会の地位について検討を始めた。これが「団体」(association)か「組織」(organization)であれば,内務省に登録する必要がある。 |
DIA-204-1987-05-02-1 | タイ | 1987年05月02日 | 1980年代 | 日本のタイ産すず輸入減少―鉱石事情が悪化しているためで,1~3月の輸入量は前年比20%減。タイ唯一の精練会社THAISARCOの鉱石在庫はほとんどないような状態であり,また市場関係者の間では,中国から鉱石を輸入して地金生産しているという噂が流れているという。 |
DIA-204-1987-05-04-1 | タイ | 1987年05月04日 | 1980年代 | 農産物多角化向け融資の拡大―経済閣僚委員会は,米等伝統的農産物に代わるものとして畜産等を奨励するため,中長期融資を拡大することを決めた。同時に,Mah Boonkrong-Srichai Cashew Nut Co.のカシューナッツ生産計画,Asia Rice Mill Industry Co.のバシマティ米生産計画,CP Produce Co.のメイズ,大豆生産計画,Niyama Co.のアスパラガス生産計画に対し,総額32億7000万バーツの融資を決めた。 |
DIA-204-1987-05-05-1 | タイ | 1987年05月05日 | 1980年代 | 国王,戴冠記念日式典で「大王」の呼称受ける―1985年以来,政府に350万人近くの署名が集まったため。チャクリ王朝下で「大王」の呼称を受けるのは,ラーマ1世,ラーマ5世に続いて3人目。 |
DIA-204-1987-05-07-1 | タイ | 1987年05月07日 | 1980年代 | 第4軍区,マラヤ共産党第10連隊への攻撃開始―ナラティワート県の山中の同連隊が投降の呼びかけに応じなかったため。 |
DIA-204-1987-05-10-1 | タイ | 1987年05月10日 | 1980年代 | シッティ外相,訪ソ―11日シェワルナゼ外相と会談し,カンボジア問題の早期解決を目指すことで合意した。12日にはグロムイコ最高幹部会議議長と会見した。 |
DIA-204-1987-05-11-1 | タイ | 1987年05月11日 | 1980年代 | 中銀,初の中銀債発行―発行額は20億バーツで,期間6カ月,金利は,LIBORを0.5%下回る変動金利。利子は非課税で,商銀は中銀からの借り入れに際して,中銀債を担保にできる。 |
DIA-204-1987-05-12-1 | タイ | 1987年05月12日 | 1980年代 | 閣議,著作権法改正を承認―現行では書籍と芸術作品の著作権が保護されているものの,音楽テープ,ビデオテープは対象外であった。今回の改正でこれらも保護対象となる。しかし,米国が求めていたコンピュータ・ソフトウェア,医薬品等については対象外となっている。 |
DIA-204-1987-05-13-1 | タイ | 1987年05月13日 | 1980年代 | 首相,現行の政治システムの変更を示唆―地方議会議長を集めたセミナーの席上で,「政治的安定を得るための政治制度は一つに限らない」として議院内閣制の変更を示唆するような発言を行なった。 |
DIA-204-1987-05-14-1 | タイ | 1987年05月14日 | 1980年代 | シッティ外相,ポーランド訪問(~19日)―16日にヤルゼルスキ国家評議会議長と会見。 |
DIA-204-1987-05-16-1 | タイ | 1987年05月16日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,チョンボク峠の前線視察―タイ,カンボジア,ラオス国境の合流点付近にある戦略拠点の高地をめぐり,タイ軍とカンボジア駐留ベトナム軍が1月以来戦闘を続けているもの。タイ側の発表によると,1月中旬以降ベトナム軍がウボンラチャタニ県チョンボク地区の四つの高地を占拠。タイ軍の反撃によりベトナム軍は二つの高地を放棄したものの,408,500両高地には依然在留している。 |
DIA-204-1987-05-17-1 | タイ | 1987年05月17日 | 1980年代 | 3人の学識経験者,行政部と立法部の分離論を支持―テレビの政治番組で,国立行政大学院前学長アモン・ラクササト,元タマサート大学法学部長プリディー・カセムサップ,タマサート大学講師ナロン・スィンサワディーの3人が行政部と立法部の完作分離を支持すると発言。この分離論は先にウクリット上院議長によって提案されていた。 |
DIA-204-1987-05-17-2 | タイ | 1987年05月17日 | 1980年代 | ハーン農相,東北タイ緑化計画を推進すると発表―軍部が中心となって他の機関と調整をとりながら計画が実行されるであろうと発表した。 |
DIA-204-1987-05-19-1 | タイ | 1987年05月19日 | 1980年代 | 閣議,88年度子算案を承認―予算総額は,2435億バーツで前年度比7%の増。予算内容では,投資的予算が402億バーツで前年度比10.7%増となっているのが目立つ。 |
DIA-204-1987-05-20-1 | タイ | 1987年05月20日 | 1980年代 | 紡織設備拡張を解禁―政府は設備過剰を懸念して84年から紡織機の拡張を禁止していたが,このところの衣料品輸出の急増で,糸,布の供給拡大が必要となってきたため。今後の紡織機の新規拡張計画については,輸出目的のものには投資委員会の投資奨励優遇措置を与えるほか,東北地方のような繊維振興地域での計画が優先される。 |
DIA-204-1987-05-20-2 | タイ | 1987年05月20日 | 1980年代 | 国内治安作戦司令部,ラオス内に「タイ人民革命運動」の存在ありと発表―これはkrabankan prachachon thai patiwat と呼ばれ,ラオス内で思想,軍事訓練を受けたタイ人がタイ領内に戻って革命工作を行なっていると発表した。 |
DIA-204-1987-05-20-3 | タイ | 1987年05月20日 | 1980年代 | シッティ外相,チェコスロバキアを訪問(~24日)。 |
DIA-204-1987-05-21-1 | タイ | 1987年05月21日 | 1980年代 | パンヤ陸軍司令官補,中国は依然タイの長期的な脅威であると発言。 |
DIA-204-1987-05-25-1 | タイ | 1987年05月25日 | 1980年代 | シッティ外相,モフタル・インドネシア外相と会談。 |
DIA-204-1987-05-26-1 | タイ | 1987年05月26日 | 1980年代 | ドンムアン空港新ターミナル,オープン。 |
DIA-204-1987-05-27-1 | タイ | 1987年05月27日 | 1980年代 | タイ国民党議員団,チョンボク峠を視察―チャートチャーイ副首相,バンハーン運輸相,スクム副内相,コーン副工業相らタイ国民党議員25人がチョンボク峠を視察した。 |
DIA-204-1987-05-29-1 | タイ | 1987年05月29日 | 1980年代 | 中銀,バンコク・メトロポリタン銀行の金融会社救済計画を承認―業績不振のメトロポリタン投資信託会社に対し,資金面と経営面での協力を承認。 |
DIA-204-1987-05-29-2 | タイ | 1987年05月29日 | 1980年代 | 首相,国防省の機密費は今後も必要と発言―機密費は自由にコントロールなしで使われるものではない,支出をコントロールするルールが存在している,と発言。一方,ボーディ予算局長は,安全保障に関係している政府機関のこれ以上の機密費増額要求に応ずるわけにはいかないと述べている。なお88年度の機密費予算は1975億バーツで87年度より若干の減となる見込み。 |
DIA-204-1987-05-31-1 | タイ | 1987年05月31日 | 1980年代 | バンパイン国営製紙工場民営化―持ち株比率は政府30%,残り70%については民間企業6社が5~15%ずつ保持する。 |
DIA-204-1987-06-01-1 | タイ | 1987年06月01日 | 1980年代 | タイ食品加工業会,米国の保護主義対策を要求―タイ食品加工業のウイチアン会長は,5月20日,タイ産ツナ缶に対する米国の保護主義措置に対抗するため,輸出開発基金より25万ドル拠出してロビイストを雇用するよう求めた書簡を輸出開発委員会に提出したと語った。 |
DIA-204-1987-06-01-2 | タイ | 1987年06月01日 | 1980年代 | 電力料金平均2.7%値下げ。 |
DIA-204-1987-06-01-3 | タイ | 1987年06月01日 | 1980年代 | 港湾庁(PAT),港湾税の一律20%値上げ決定―10月1日より実施。 |
DIA-204-1987-06-01-4 | タイ | 1987年06月01日 | 1980年代 | スパー国軍最高司令官,中国訪問―6日に楊得志人民解放軍総参謀長,7日に張愛萍国防相,8日に万里首相代行とそれぞれ会見した。 |
DIA-204-1987-06-03-1 | タイ | 1987年06月03日 | 1980年代 | 陸軍司令官,マラヤ共産党投降者の再定住キャンプ視察―チャワリット陸軍司令官はヤラー県ペートン地区のピヤミット ワナカム再定住キャンプを視察。同キャンプには,4月28日に投降した600人のうちの250人が定住している。 |
DIA-204-1987-06-07-1 | タイ | 1987年06月07日 | 1980年代 | タイ共産党(CPT)とビルマ共産党(BCP)が接近―陸軍情報筋によると,CPTとBCPの接触がふえている。CPTとBCPの接触は北部のタイ・ビルマ国境付近で行なわれている。CPTの活動はペチャブン,ピッサヌロークの県境付近のプー・ミアン,プー・ソイタオでの高地民族に対する政治宣伝が中心である。一方,BCPのゲリラ活動はメーホンソン県のメー・サリアン,メー・ラノイ,クン・ユアム地区で頻発している。なお,ビルマの9民族から成る民主国民戦線(NDF)は86年初めにBCPと軍事同盟構想を打ち出したが,カレン族出身のボーミャ議長はこれに反対した。BCPは現在カレン族に対し,ビルマ政府へのBCPの武装闘争を支持するよう働きかけているという。 |
DIA-204-1987-06-07-2 | タイ | 1987年06月07日 | 1980年代 | バンコク3区の補欠選挙―タイ人民党のブーンティエム候補が2万票余りを獲得して当選。 |
DIA-204-1987-06-08-1 | タイ | 1987年06月08日 | 1980年代 | 砂糖きび栽培農家,利益配分制度の継続を要求―約1万人が現行の利益配分制度の継続を求めてカンチャナブリで集会を開いた。現行では裁培農家と製糖業者の間で利益を70対30に分配することになっているが,この制度は87年末に適用期限切れとなる。 |
DIA-204-1987-06-08-2 | タイ | 1987年06月08日 | 1980年代 | 経済閣僚委員会,マレーシアとの漁業紛争解決のため特別交渉団を設置。 |
DIA-204-1987-06-09-1 | タイ | 1987年06月09日 | 1980年代 | 閣議,砂糖きび栽培農家と製糖業者との間の利益配分制度の継続承認。 |
DIA-204-1987-06-10-1 | タイ | 1987年06月10日 | 1980年代 | 陸軍司令官,志願兵制度導入を国防省に提案する意向と発言。 |
DIA-204-1987-06-12-1 | タイ | 1987年06月12日 | 1980年代 | トヨタ自動車,タイでエンジン生産の合弁会社を設立すると発表―新会社は「サイアム・トヨタ・マニュファクチャリング」。資本金は1億5000万バーツで,トヨタが40%,サイアムセメントが40%出資する。会長にはサイアムセメントのパロン社長,社長にはタイ国トヨタの南部社長が就任する。これは政府のエンジン国産化政策に沿ったもので,生産するエンジンは1トン積みピックアップトラック用の2400ccディーゼルエンジンと,2000ccガソリンエンジン。 |
DIA-204-1987-06-13-1 | タイ | 1987年06月13日 | 1980年代 | 衣料品輸出促進ミッション,訪日―タイ商務省は39社の衣料メーカーの代表ら80人から成るミッションを日本に派遣した。同ミッションは28日まで日本に滞在,東京・大阪で商談を行なった。 |
DIA-204-1987-06-15-1 | タイ | 1987年06月15日 | 1980年代 | タイ証券取引所(SET),第2部市場開設。 |
DIA-204-1987-06-15-2 | タイ | 1987年06月15日 | 1980年代 | ベトナム難民増加―タイ東部(主にトラート県)に漂着したベトナム難民は,87年1~4月で2745人で,86年同期比で1300人増加した。 |
DIA-204-1987-06-17-1 | タイ | 1987年06月17日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,ククリット元首相と会談。 |
DIA-204-1987-06-17-2 | タイ | 1987年06月17日 | 1980年代 | タムボン議会関連5草案,第1読会通過。 |
DIA-204-1987-06-18-1 | タイ | 1987年06月18日 | 1980年代 | 野党,政府の金融機関更生政策を批判―ブンテーン連合民主党党首,ブンチュー・コミュニティ行動党党首らは,業績悪化の金融機関への過度のソフトローン供与は税金のムダであるとして大蔵省と中央銀行の政策を批判した。 |
DIA-204-1987-06-19-1 | タイ | 1987年06月19日 | 1980年代 | 第4回タイ・日関係会議開催―日本側代表の大来元外相は,レームチャバン深水港建設を積極的に支持すると同時に,東部臨海工業地帯開発に対する日本側の全面的協力を確認した。 |
DIA-204-1987-06-19-2 | タイ | 1987年06月19日 | 1980年代 | 日・タイ外相会談―シッティ外相はシンガポールで倉成外相とカンボジア問題等について話し合った。 |
DIA-204-1987-06-19-3 | タイ | 1987年06月19日 | 1980年代 | 外務省,ソ連への留学生派遣を許可―経済技術協力局に対し,ソ連から申し出のあった68名の奨学生受け入れを認めるよう指示したと発表。 |
DIA-204-1987-06-19-4 | タイ | 1987年06月19日 | 1980年代 | 日本の大手製紙メーカー,タイ産ユーカリ輸入を検討―王子製紙,十条製紙,大昭和製紙など大手15社は,パルプの原料となるユーカリをタイで植林し,これを長期輸入するための事業化調査を開始すると発表した。 |
DIA-204-1987-06-19-5 | タイ | 1987年06月19日 | 1980年代 | スリビジャヤ・グループ,民主軍人団を批難―国内治安作戦司令部右派の同グループの代表プラシット・チャイトンパンは,同司令部左派の民主軍人団がタイを共産主義によって支配しようとする計画を持っていると批判した。 |
DIA-204-1987-06-22-1 | タイ | 1987年06月22日 | 1980年代 | タイ軍,382,408,500高地を奪回―イッサラポン第2軍区司令官発表。 |
DIA-204-1987-06-24-1 | タイ | 1987年06月24日 | 1980年代 | 88年度予算第1読会通過。 |
DIA-204-1987-06-24-2 | タイ | 1987年06月24日 | 1980年代 | タイ石油公社(PTT)役員会,新総裁にアナット・アパピラマ博士を任命―アナット博士は前タイ開発研究所(TDRI)所長。 |
DIA-204-1987-06-24-3 | タイ | 1987年06月24日 | 1980年代 | 西側外交団,チョンボク峠視察。 |
DIA-204-1987-06-24-4 | タイ | 1987年06月24日 | 1980年代 | ワインバーガー米国防長官来訪(24~26日)―プレーム首相,シッティ外相,チャワリット陸軍司令官らと会談。戦時備蓄基地の建設は89米会計年度から開始される見込みであると語った。 |
DIA-204-1987-06-25-1 | タイ | 1987年06月25日 | 1980年代 | 実業家ら20人の代表団訪中―団長は,ポン・サラシン副首相。 |
DIA-204-1987-06-26-1 | タイ | 1987年06月26日 | 1980年代 | 大蔵省,会社再建未了の金融会社経営を外銀に委ねる方針―消息筋によると,スティー蔵相はライフボート計画適用にもかかわらず再建未了の金融会社の経営を外銀に委ねることについて関係方面と交渉中である。 |
DIA-204-1987-06-29-1 | タイ | 1987年06月29日 | 1980年代 | 経済閣僚委員会,抵当籾請け戻し条件の緩和を承認―経閣委は,農民が農業・農業組合銀行から抵当籾を請け戻す際の債務返済の期限を2カ月延長することを承認した。 |
DIA-204-1987-06-29-2 | タイ | 1987年06月29日 | 1980年代 | シッティ外相,マレーシア訪問。 |
DIA-204-1987-07-04-1 | タイ | 1987年07月04日 | 1980年代 | 東北タイ緑化計画発表される―この計画は,3月25日の戦没者記念式典で国王がチャワリットに対し,東北タイでの旱ばつの被害に憂慮を示したことを発端としている。プレーム首相は4月7日にISOC内に「国王による人民救済本部」設置を命令しており,ISOCがこの計画(1988~92年)の策定を完了している。予算総額は140億バーツ。うち緊急計画では旱ばつ被害の大きいコラ-ト県などを中心に,貯水池,水路建設,井戸掘削用に20億バーツを拠出,中期計画では,人工雨研究などによる中小規模の水源対策,長期計画では,ラムチー川,ムーン川上流開発計画や,メコン川からの取水計画などの大規模水源開発を目指し,これら中長期計画のために50億3500万バーツを拠出する。また,森林保護植林用に68億7110万バーツが計画されているが,うち65億4230億バーツは森林局1億230万バーツは農業局,2億2650万バーツは農業振興局の各々年次予算から拠出される。 |
DIA-204-1987-07-04-2 | タイ | 1987年07月04日 | 1980年代 | 首相,東北タイ緑化計画への各方面の協力を要請。 |
DIA-204-1987-07-05-1 | タイ | 1987年07月05日 | 1980年代 | 下院議員,東北タイ緑化計画の実効性に疑問表明―ピヤナット・ルアムタイ党議員は,同計画が軍部主導で行われたことは恥ずべきことであるとして政府を批判すると同時に,資金が汚職によって不正に流用される恐れがあると警告した。 |
DIA-204-1987-07-05-2 | タイ | 1987年07月05日 | 1980年代 | 県会議員,県知事権限の縮小を要求―48県の県会議長,副議長150名出席のもとに行なわれたセミナーで,県議会は民選で選出されるにもかかわらず,その役割は県行政部当局よりもはるかに劣位にあることから,内務省に対して地位の向上をはかるべく法改正を求めていくことを決めた。県予算に関して現行では,県議会は行政部当局から予算内示を形式的に受けるだけで質問,決議権限は有していない。また1955年の地方行政法では,知事が行政の長であると同時に県議を統率する権限をもつことになっている。なお,「タイ県会議員センタ-」を設立してこの運動を組織化していくことになった。 |
DIA-204-1987-07-06-1 | タイ | 1987年07月06日 | 1980年代 | 紡織機の設備拡張申請締め切る―政府は5月の設備拡張解禁に伴って受け付けていた申請を締め切った。申請数は128件で,内訳は紡績機139万6000台,織機3万8000台となった。なお現在の設備は,紡績機200万台,織機7万台。 |
DIA-204-1987-07-06-2 | タイ | 1987年07月06日 | 1980年代 | 下院議員,県議会の地位向上運動を支持―チュムポン下院副議長らは,とりわけ予算コントロールの面で県議会の権限を強化すべきであると語った。 |
DIA-204-1987-07-10-1 | タイ | 1987年07月10日 | 1980年代 | 国内治安作戦司令部(ISOC)スタッフ削減―ワンチャイ参謀長はISOCのスタッフが10月に半分に削減され,スタッフ数は400人程度となると発表。ISOCのスタッフは86年10月に2200人のうち20%が削減され,87年5月さらに46%削減された。ワンチャイ参謀長によると,人員削減によって生じた余剰資金は軍部の農村開発プロジェクトに振り向けられるであろうと語った。 |
DIA-204-1987-07-15-1 | タイ | 1987年07月15日 | 1980年代 | 陸軍,東北タイ緑化計画のための資材,人員の投入開始。 |
DIA-204-1987-07-15-2 | タイ | 1987年07月15日 | 1980年代 | ハーン農相,民主党の役員ポストを辞任―これは,ピチャイ党首が党内反乱勢力「1月10日グル-プ」に対し毅然とした態度をとらないことに対する不満を表わすもの。 |
DIA-204-1987-07-15-3 | タイ | 1987年07月15日 | 1980年代 | バンコク都議会,都行政法改正を決議―知事,都議会選立候補者は政党から立候補することを要件とするもの。しかし,改正にあたっては国会の承認が必要である。なお,同日の議会では,同法49条によって知事が中央政府の厳格な統制下にあることに対し批判が多く出た。 |
DIA-204-1987-07-15-4 | タイ | 1987年07月15日 | 1980年代 | 下院地方行政委員会,東北タイ緑化計画の対象地域の拡大を要求―同委員会のサマック委員長は,ウドンターニー,ノンカイ,サコンナコンの代表が同委員会に陳情してきたと語り,同委員会は陸軍に対象地域の拡大を要請することになった。陸軍は5カ年計画において,コラート,ブリラム,コンケン,ローエット,マハサラカム,カラシンの6県を優先地域としている。 |
DIA-204-1987-07-15-5 | タイ | 1987年07月15日 | 1980年代 | 米国,対タイ特恵関税(GSP)適用品目の改正を発表―これによりGSPの適用が受けられなくなった繊維製品品目が22に増えた。 |
DIA-204-1987-07-20-1 | タイ | 1987年07月20日 | 1980年代 | 陸海空三軍司令官,最高司令部副司令官ポストを空席のままとすることで合意―なお,政府は司令官ポストも廃止し,統合参謀本部(Joint Chiefs of Staff)システムを導入する意向である。 |
DIA-204-1987-07-21-1 | タイ | 1987年07月21日 | 1980年代 | 閣議,東北タイ緑化計画の調整と実施に関する委員会設置を承認―委員長はプレーム首相兼国内治安司令部(ISOC)長官,副委員長はチャワリット陸軍司令官兼ISOC副長官,ピサーン内務次官,タルーン農業次官の3人で,委員はその他各省次官,軍高官ら25人。 |
DIA-204-1987-07-23-1 | タイ | 1987年07月23日 | 1980年代 | 農民組織が政党結成の意向―農民組織協会中央委員会委員長ウポンサク・プアルアン委員長は,北部,東北部,中央部の農民指導者は政党を結成することで合意をみたと発表。 |
DIA-204-1987-07-27-1 | タイ | 1987年07月27日 | 1980年代 | 東部臨海開発委員会,日本政府に無償援助要請を決定―これは肥料プラント委員会が円高の影響によるプロジェクト遅延の解決のため要請していたもの。当初,東部臨海開発委員会は工事建設費を1ドル=180~200円で計算していたが,このところの円高で日本の建設側企業連合は同154~158円を呈示していた。今回の無償援助要請はこのギャップを埋め合わせるためのものである。 |
DIA-204-1987-08-02-1 | タイ | 1987年08月02日 | 1980年代 | 米・タイ共同軍事演習開始―コブラゴールド87がコラート県のパクトンチャイ,コンブリ地区で20日間の日程で実施される。 |
DIA-204-1987-08-02-2 | タイ | 1987年08月02日 | 1980年代 | 陸軍司令官,中産層を代表する政党が必要と発言―政治的安定を得るためには,国会において過半数以上の議席を占め,かつ多数の国民の支持をとりつけられるような,中産層を代表する政党が必要であると語った。彼の定義によれば,中産層とはホワイトカラーのみならず,農民,漁民等も含んださまざまな職種の人々から構成される。なお,立法部と行政部の分離には反対であると言明した。 |
DIA-204-1987-08-04-1 | タイ | 1987年08月04日 | 1980年代 | メトロ・グループ,ソ連と合弁商社設立で合意―本計画は4月にアリストフ・ソ連外国貿易相がタイを訪問した際にバンコク銀行との間で持ち上がったもの。バンコク銀行は自行を主取引銀行とするメトロ・グループが農産物,肥料貿易の最大手であるため,タイ側の中核となるよう求めた。ソ連は同商社を東南アジア輸出の拠点としたい考えで,輸出商品は肥料,化学品,鋼板など。ソ連側からは,外国貿易銀行,機械輸出公団,化学品輸出公団などが参加する。タイ側は同商社を通じてコメ,メイズ,タピオカ,ゴム,果物,繊維製品の対ソ輸出をめざす。なお,メトロ・グループは提携関係のあるタイ三井物産に対し,ソ連製品を第三国に輸出する際に販売面で協力が得られるよう要請した。(『日経産業新聞』8月4日付) |
DIA-204-1987-08-04-2 | タイ | 1987年08月04日 | 1980年代 | 政府,投資奨励地域を拡大の意向―スティー蔵相が主宰する会合で,投資奨励地域を現在のバンコク,サムットプラカン,パトムタニ,ナコンパトム,ノンタブリ以外の地域にも広げていくことが必要であるという点で合意をみた。投資優遇措置としては,(1)法人税免税期間を2年延長し8年未満とする。(2)輸出向製品の原材料輸入に際しての輸入税免税期間を5年間とする,(3)国内向製品の原材料輸入に際しての輸入税を1年間に限って50%までにとどめる,の3点が考えられている。 |
DIA-204-1987-08-06-1 | タイ | 1987年08月06日 | 1980年代 | 靴工業会発足―スポーツシューズ,布靴メーカー30社によって結成,タイ工業会に加盟した。これは輸出の急増に対応するためで,業界内で品質,納期などの改善に取り込む。初代理事長はパン・アジア・フットウェア社のソムサク副社長。 |
DIA-204-1987-08-11-1 | タイ | 1987年08月11日 | 1980年代 | 閣議,バンカーオイル小売価格値上げ決定―大蔵省の物品税見直しの要請に答えたもの。これによりグレード1200はリッター当り2.91バーツから3.02バーツに,グレード1500は2.81バーツから3.0バーツに,グレード2000は2.69バーツから2.97バーツに,グレード2500は2.58バーツから2.94バーツになる。新価格は12日より実施。 |
DIA-204-1987-08-13-1 | タイ | 1987年08月13日 | 1980年代 | 陸軍司令官,東北タイにおける民間のパルププラント建設計画を援助―原料供給を確保するため,陸軍は40ライの土地でユーカリ植林するパイロット計画の調査をすでに実施していると語った。陸軍は東北タイ17県の1人当り所得を現在の2850バーツから10%引き上げたいとの意向であり,ユーカリ植林のほか,苛性ソーダプロジェクト,アグロインダストリーも推進していくと語った。 |
DIA-204-1987-08-13-2 | タイ | 1987年08月13日 | 1980年代 | チュラポーン王女,訪日。 |
DIA-204-1987-08-14-1 | タイ | 1987年08月14日 | 1980年代 | 首相,ラウレル比副大統領と会見。 |
DIA-204-1987-08-15-1 | タイ | 1987年08月15日 | 1980年代 | 陸軍司令官,政治制度民主化の緊急性を強調―サリット政権は,政治制度の自由化の手続きを経ずして,東北タイのインフラ建設のみを強調したことが,結果的には60年代の共産主義活動の拡大を招来したと語り,経済改革に先立つ政治改革の必要性を強調した。また,緑化計画の情報センターをコンケンに置く計画であると語った。 |
DIA-204-1987-08-16-1 | タイ | 1987年08月16日 | 1980年代 | 民主軍人団,活動再開―6年前に活動を停止していた民主軍人団は40人のメンバーをもって活動を再開したもよう。再開は,現在の政治的社会的条件が共産党を利するものであるという理由によるものである。民主軍人団は,反共法と憲法条項の一部改正を目指しているという。(Bangkok Post紙,8月6日付) |
DIA-204-1987-08-17-1 | タイ | 1987年08月17日 | 1980年代 | CPグループ,ポルトガルとトルコに飼料プラント設立―ポルトガルとの合弁会社における持ち株比率は95%,トルコとの合弁会社におけるそれは80%で,これは同社のEEC諸国進出計画の一環である。同社はすでにCPブランドの冷凍鶏肉,加工食品の販売網を西独,イギリス,オランダ,ベルギーにおいて確立している。また,米国ではシアーズローバック社系のシアズワールドトレードの国内アグリビジネス部門を買収してCPインタートレードUSAを設立してCP製品の販売拠点としている。 |
DIA-204-1987-08-17-2 | タイ | 1987年08月17日 | 1980年代 | グルンタイ銀行,サヤーム銀行を吸収合併。 |
DIA-204-1987-08-18-1 | タイ | 1987年08月18日 | 1980年代 | シッティ外相,中国訪問(~21日)―呉学謙外相の招請によるもので,カンボジア問題について討議がなされたもよう。 |
DIA-204-1987-08-21-1 | タイ | 1987年08月21日 | 1980年代 | シッティ外相,北朝鮮訪問―金永南外相と会見。 |
DIA-204-1987-08-24-1 | タイ | 1987年08月24日 | 1980年代 | 下院予算委員会,チョンボク峠防衛のための予算を審議―陸軍はチョンボク峠防衛のために1億3500万バーツの予算を要求していたが,同委員会は配分額を7000万バーツにとどめることにした。 |
DIA-204-1987-08-31-1 | タイ | 1987年08月31日 | 1980年代 | 首相,86年のGDP成長率を4.5%と発表―同日の記者会見で発表されたもので,中銀(3.8%)や,NESDB(3.5%)の数字とは食いちがっている。 |
DIA-204-1987-09-01-1 | タイ | 1987年09月01日 | 1980年代 | IMF,タイの経済的達成を積極的評価―2週間の日程でタイを訪れていたIMFミッション(ニース・IMFアジア担当次長)は,対IMF債務額が7月末で7億5500万SDR(9億5600万ドル)で,昨年末から7カ月間で1億SDR以上を返済したこと,1984年11月のバーツ切り下げで輸出が年率10%以上の伸びを示していること,外貨準備が安定しており準備高は7月末で48億ドルと輸入の5カ月に相当すること,財政赤字が対GDP比3%にまで縮小したこと(深刻であった1982年には同6%),などを評価した。(Nation紙,9月1日付) |
DIA-204-1987-09-04-1 | タイ | 1987年09月04日 | 1980年代 | 下院,88年度予算を承認―173対63で第3読会を通過。 |
DIA-204-1987-09-08-1 | タイ | 1987年09月08日 | 1980年代 | 閣議,源泉課税の範囲拡大を決定―大蔵省から源泉課税の見直し案が提出されていたもので,実施は10月1日から。(1)企業法人が,財団,協会から建物以外の財産のリースを受けている場合,リース料の支払い時に5%の源泉課税する,(2)借用料が企業法人に支払われる場合も5%を源泉課税する。(3)製造業下請業者の生産を委託した場合,委託料の3%を源泉課税する,(4)法人に対する配当の支払いに際して,配当額の3%を源泉課税する,(5)輸出業者が一般納税者や法人から冷凍ないし生の海産物を購入する場合,1%を源泉課税する,(6)銀行,金融機関が財団,協会に金利を支払う場合の源泉課税率を現行の5%から10%に引き上げる,(6)専門的職業従事者に対して支払う場合の源泉課税率を2%から3%に引き上げる,(7)芸能人等に対して支払う場合の源泉課税率を3%から5%に引き上げる。 |
DIA-204-1987-09-16-1 | タイ | 1987年09月16日 | 1980年代 | 陸軍司令官,タイの開発路線に言及―タイ商工会議所で講演したチャワリット陸軍司令官は,タイを新興工業国(NICs)に発展させることを強調する風潮があるが,そうではなくてまず農業部門を開発して新興農業関連工業国(NAIC)に発展させることが先決であると語った。また東北タイ緑化計画についてふれ,その目的は,(1)食糧と生産物の需要を満たすこと,(2)輸出用換金作物栽培の促進,(3)有効利用されていない土地を輸入代替用農産物生産に利用すること,の3点であると語った。また,同計画がNESDBの承認を得たかどうかという質問に対しては,明言を避けたものの,東北タイ緑化計画は第6次経済社会開発5カ年計画と矛盾するものではないと述べた。 |
DIA-204-1987-09-18-1 | タイ | 1987年09月18日 | 1980年代 | 第13次円借款調印―総額808億6900万円で,金利3%,返済期間30年。第12次と比べて供与額は12.3%増,金利は0.5%引き下げられた。主な案件は,レ-ムチャバン工業団地に30億300万円,輸出型中小企業近代化融資事業に35億円,小規模企業振興事業に15億円,農業・農協銀行に36億7200万円など。 |
DIA-204-1987-09-21-1 | タイ | 1987年09月21日 | 1980年代 | 経済閣僚委員会,輸出農産品規格検査計画を承認―缶詰,果物,野菜等の輸出農産品の規格検査合格品に品質標示マークをつけるというもの。実施は10月1日から。 |
DIA-204-1987-09-24-1 | タイ | 1987年09月24日 | 1980年代 | 対日世論調査結果―タマサート大バンヤット教授が行なった調査によると,対日感情は全般的に改善しているものの,経済援助に関しては結局は日本の利益になっているとの回答が多かった。 |
DIA-204-1987-09-25-1 | タイ | 1987年09月25日 | 1980年代 | 中曽根首相,バンコク入り―日タイ修好百周年記念式典出席のため,25日午後2時に到着した。到着後,中曾根首相はナラティワートのタクシン離宮にてプミポン国王に表敬,その後,日本の無償資金援助で建設されるバンナラツかんがい排水計画の定礎式に出席した。 |
DIA-204-1987-09-26-1 | タイ | 1987年09月26日 | 1980年代 | 中曽根首相,チュラロンコン大学で講演―「21世紀に向けたASEANの発展に果たすべき日本の役割」と題する講演を行なった。骨子は,(1)日本は軍事大国にはならない,(2)民間産業育成のため20億ドルの資金協力を行なう,(3)ASEAN各国との文化交流を促進する,の3点であった。 |
DIA-204-1987-09-26-2 | タイ | 1987年09月26日 | 1980年代 | 日・タイ首脳会談開催―プレーム首相は日本の円借款や資金還流計画に謝意を示す一方,無償援助についてひも付きをなくすよう要請した。これに対し中曾根首相は,前向きに検討していきたいと答えた。 |
DIA-204-1987-09-26-3 | タイ | 1987年09月26日 | 1980年代 | 日本政府,アユタヤ歴史資料館に無償資金供与―日本政府は同資料館建設資金として9億9900万円をタイに無償供与することを決め,木内駐タイ大使とワンチャイ経済協力局長が書簡を交換した。完成は1989年の予定。しかし,こうした無償援助による建設計画について,タイ建築家協会などからは日本企業が設計や工事を独占しておりタイ業者を排除しているとの批判が出ている。 |
DIA-204-1987-09-27-1 | タイ | 1987年09月27日 | 1980年代 | 訪日中のワチラロンコン皇太子,突然帰国―東京で開かれた日タイ修好百周年記念式典などに出席するため来日していたワチラロンコン皇太子は,日本側の待遇がよくなかったことなどを理由に,予定を早め同日タイに帰国した。 |
DIA-204-1987-10-02-1 | タイ | 1987年10月02日 | 1980年代 | レームチャバン深水港の建設契約調印―調印されたのは20億2900万バーツの第1工程分。 |
DIA-204-1987-10-09-1 | タイ | 1987年10月09日 | 1980年代 | タイ文化センター開所―同センターは日本政府の6億3800万バーツの無償供与によって建設された。 |
DIA-204-1987-10-11-1 | タイ | 1987年10月11日 | 1980年代 | 陸軍司令官,陸軍作戦センター傘下の組織の改組を指示―チャワリット陸軍司令官は,陸軍作戦センター傘下の作戦センター,情報センター,民事センターを改組し,陸軍作戦センター本体に機能を移すよう指示した。たとえば,民事センターは1982年にアーティット大将の指示で設立されており,これによって民事センターは民事担当司令官補佐官の直属機関となったが,今回の改組で同センターは陸軍作戦センター本体の作戦局に吸収されることになった。なお,陸軍作戦センターは,情報,作戦,人事,兵站,広報,民事,監査等の10部局からなる。一方,ラオス国境での特殊作戦を行なうAOC 309タスクフォースや,カンボジア国境での特殊作戦を行なうAOC 315タスクフォースは特殊作戦部隊に格下げされるもよう。 |
DIA-204-1987-10-11-2 | タイ | 1987年10月11日 | 1980年代 | 首相,日本訪問(~13日)。 |
DIA-204-1987-10-12-1 | タイ | 1987年10月12日 | 1980年代 | 日本政府,ワチラロンコン皇太子接遇問題で遺憾を表明―9月下旬の日タイ修好百周年記念式典に出席のため来日していたワチラロンコン皇太子への接遇が不適切であった問題について,中曾根首相は来日中のプレーム首相に対し「不手際からご不快を招いた模様で,心から遺憾の意を表する」と語った。 |
DIA-204-1987-10-13-1 | タイ | 1987年10月13日 | 1980年代 | ピサーン内相,「在郷軍人党」結成を支持せずと発言―12日,在郷軍人はタイの政治発展の核となりうる可能性をもち,すばらしい政党を形成しうると発言したとする新聞報道は不適切であるとし,またチャワリット陸軍司令官の首相就任を実現させることのために政党を結成するつもりもない,と述べた。 |
DIA-204-1987-10-14-1 | タイ | 1987年10月14日 | 1980年代 | 国内治安作戦司令部,政治制度民主化の具体的プランを発表―その内容は,選挙法の改正によって小選挙区制を導入,有権者年令を20歳から18歳に引き下げること,また,政党に対し党員を全国レベルで拡大させるよう要求している。 |
DIA-204-1987-10-19-1 | タイ | 1987年10月19日 | 1980年代 | 退職金積立基金法,上院最終読会通過―これにより従業業は退職金積立てのために給料の3~10%が天引きされる。 |
DIA-204-1987-10-20-1 | タイ | 1987年10月20日 | 1980年代 | タイ株式市場で大暴落―前日のニューヨーク市場の大暴落を受けて,タイ証券取引所の大退けは422.37ポイント,前日より36.64ポイントの下落で市場開設から12年間で最大の下げ幅となった。 |
DIA-204-1987-10-21-1 | タイ | 1987年10月21日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,ソ連に向け出発―しかし,濃霧のため着陸できず急きょバンコクに引き返した。 |
DIA-204-1987-10-22-1 | タイ | 1987年10月22日 | 1980年代 | バンハーン運輸相に対する不信任案否決―ヤソートン県での票の買収や建設業者からの収賄の疑いが国会で議論となり,野党の不信任案が提出されていた。 |
DIA-204-1987-10-26-1 | タイ | 1987年10月26日 | 1980年代 | 日本の投資ミッション,地方の投資環境の不備を懸念―スタポン投資委員会副総裁によると,38人の投資ミッションは,とりわけ日本企業が地方に工場を移転した場合,インフラ整備や部品等のサポーティングインダストリーが未整備な点に懸念を示し,政府の地方進出企業への投資奨励政策の不備を指摘した。 |
DIA-204-1987-10-28-1 | タイ | 1987年10月28日 | 1980年代 | チュアン下院議長,小選挙区制導入に反対―理論上は小選挙区制の導入によって票の買収は少なくなるかもしれないが,選挙区が小さければ小さいほど買収は簡単になるはずだとして,小選挙区制の導入に反対した。 |
DIA-204-1987-10-28-2 | タイ | 1987年10月28日 | 1980年代 | チャムロン・バンコク都知事,立法部と行政部の分離に賛成と発言。 |
DIA-204-1987-10-29-1 | タイ | 1987年10月29日 | 1980年代 | 国内治安作戦司令部,拘留中の元タイ共産党員を釈放すると発表―釈放されるのはシン・タームリン,プラチュアップ・ルアンラット(2人は元タイ共産党政治局員),チャムナン・バンチョンクリアン(元タイ共産党南部地区書記長兼中央委員),ウィブーン・チェンチャイワット(元タイ共産党北部解放軍司令官),ノパドン・パクディーの5人。なお,反共法第17条7項は,尋問者は国内治安作戦司令部に対し,共産主義思想を放棄し6カ月までの再教育を受けた者の釈放を勧告できることになっている。 |
DIA-204-1987-10-29-2 | タイ | 1987年10月29日 | 1980年代 | タイ電力公社,株式を一部民間に売却の意向―ピジット国家経済社会開発庁は,タイ電力公社の株式の一部民間への売却は新エネルギー政策の一環である,政府の財政負担軽減のため民間は対エネルギー部門投資で大きな役割を果たすことが望まれる,などと語った。 |
DIA-204-1987-10-30-1 | タイ | 1987年10月30日 | 1980年代 | タイ証券取引所,20億バーツの投資信託基金創設―10月の世界的な株価暴落の影響で停滞気味の市場を活性化させるため,会員各社の出資によって投資信託基金を設立し市場に投入することになった。 |
DIA-204-1987-11-03-1 | タイ | 1987年11月03日 | 1980年代 | 陸軍司令官,カンボジア紛争を「内戦」と規定―カンボジア問題は反越三派とヘン・サムリン政権との間の紛争に起因する。カンボジア問題は基本的には諸分派の「内戦」であり,したがって紛争に干渉する外国軍は撤退せねばならないとし,「国際紛争」と規定する西側の一般的見解と異にする立場を示した。 |
DIA-204-1987-11-03-2 | タイ | 1987年11月03日 | 1980年代 | マングラプス・フィリピン外相来訪(~4日)―在比米軍基地の存続に対するASEAN諸国の支持を要望した。 |
DIA-204-1987-11-03-3 | タイ | 1987年11月03日 | 1980年代 | ボワヨン・仏国防次官来訪。 |
DIA-204-1987-11-04-1 | タイ | 1987年11月04日 | 1980年代 | スパトラ議員らタイ婦人代表団訪中。 |
DIA-204-1987-11-05-1 | タイ | 1987年11月05日 | 1980年代 | 400人の小学校教師,教育省に教員評議会の自律を要求。 |
DIA-204-1987-11-06-1 | タイ | 1987年11月06日 | 1980年代 | タイ政府,在比米軍基地の存続を支持―サロート・チャワナウィラート外務省スポークスマンは,カムラン湾,ダ・ナン(ベトナム),コンポンソム(カンボジア)のソ連基地は東南アジア地域の安全保障にとって脅威であり,在比米軍基地の存続は必要であると語った。 |
DIA-204-1987-11-06-2 | タイ | 1987年11月06日 | 1980年代 | スメット国家経済社会開発庁副長官,東北タイ緑化計画を支持―同副長官は,第6次5カ年計画は農村開発計画と県開発計画のサブプランをふくむ国家開発計画であるが,特定地域の開発計画はふくまれていない,したがって同計画は第6次計画を補完するものであると規定した。 |
DIA-204-1987-11-06-3 | タイ | 1987年11月06日 | 1980年代 | 日本,イタリアその他が東北タイ緑化計画に融資の申し出―消息筋によるとソフトローンは金利1.5%程度で総額10億バーツに達する見込みである。 |
DIA-204-1987-11-08-1 | タイ | 1987年11月08日 | 1980年代 | プレーム首相,レーガン米大統領に書簡送る―来タイしたアーマコスト国務次官を通じて米ソ首脳会談に関しての親書を送った。そのなかで,カンボジア駐留のベトナム軍の撤退が実現されねば,ソ連はASEANとの正常な関係を期待できないであろうとのタイ側の主張をゴルバチョフ書記長に伝えるよう要請した。 |
DIA-204-1987-11-08-2 | タイ | 1987年11月08日 | 1980年代 | 国家労働評議会(NLC),新執行部を選出―同評議会は1985年,ウィット・ボリスティクン元タイたばこ公社労組委員長らによって結成され,4月に結成された革命評議会と深い関係にある。新しく議長に選出されたのは,ワンチャイ・プロンパ・タイ国鉄労組委員長で,副議長はスントーン・ケウネット元タイ労働評議会顧問。なお,このNLCはタイ労働会議(LCT),タイ労働組合連盟(TTUC),タイ国労働国民会議(NCTL),自由タイ労働連盟から強い批判を受けており,内務省当局は同評議会は1975年労働関係法による公認労組ではないとの見解を示している。 |
DIA-204-1987-11-09-1 | タイ | 1987年11月09日 | 1980年代 | 朴韓国外務次官来訪。 |
DIA-204-1987-11-12-1 | タイ | 1987年11月12日 | 1980年代 | バンコクでマグサイサイ賞30周年記念式典開催―92人の受賞者が集ったが,中国政府との関係を考慮してダライ・ラマの入国は拒否された。 |
DIA-204-1987-11-12-2 | タイ | 1987年11月12日 | 1980年代 | 政府,精米業者へのソフトローン供与を拒否―シリー中銀スポークスマンは,今収穫年度の籾価格は高水準にあるとして,精米業者へのソフトローン供与を拒否すると語った。 |
DIA-204-1987-11-13-1 | タイ | 1987年11月13日 | 1980年代 | タイ政府,ラオス援助米送る―外務省スポークスマンは,旱ばつの被害の大きい北部ラオスに向け172万トンのタイ米を送ったと語った。 |
DIA-204-1987-11-13-2 | タイ | 1987年11月13日 | 1980年代 | キッシンジャー元米大統領補佐官来訪―シッティ外相との会談で,タイはソ連のアジア地域における平和建設の努力に警戒を払って欲しいと語り,このところのタイ政府のソ連への接近に釘をさした。 |
DIA-204-1987-11-16-1 | タイ | 1987年11月16日 | 1980年代 | 経済閣僚会議,タイ・インターナショナルとタイ・エアウェイズの合併承認―4カ月以内に合併が行なわれる予定。 |
DIA-204-1987-11-16-2 | タイ | 1987年11月16日 | 1980年代 | ビーズリー豪国防相来訪。 |
DIA-204-1987-11-17-1 | タイ | 1987年11月17日 | 1980年代 | 閣議,87/88米収穫期の米価支持予算50億バーツを承認。 |
DIA-204-1987-11-18-1 | タイ | 1987年11月18日 | 1980年代 | 日本の文化使節団来訪―団長は八尋三井物産会長。 |
DIA-204-1987-11-18-2 | タイ | 1987年11月18日 | 1980年代 | 陸軍司令官,米国製スティングレイ戦車購入決定に際しての不正問題を否定。 |
DIA-204-1987-11-18-3 | タイ | 1987年11月18日 | 1980年代 | カルロス・スペイン国王夫妻来訪―国王はチュラロンコン大学で名誉博士号(政治学)を受けた。 |
DIA-204-1987-11-18-4 | タイ | 1987年11月18日 | 1980年代 | 内務省,社会保障法案を承認―同法は,疾病医療,母子保健,退職金,失業保険,福祉年金,生命保険等の制度の拡充を目ざす。 |
DIA-204-1987-11-19-1 | タイ | 1987年11月19日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官訪ソ(~21日)―イワノフスキー国防次官の招請によるもの。同行したのはスチンダー陸軍司令官補佐官,ガムポン副参謀長,プラモン作戦局長,チャーン少将,アモーンラット大佐,ポーポン中佐ら。チャワリット司令官は20日イワノフスキー国防次官と会談し,ソ連はカンボジア問題の解決に向け責任ある行動を示してほしい,タイはベトナム,ラオス双方との間で友好関係を持ちたいと望んでおり,両国にその旨伝えてほしい,などと語った。21日にはヤゾフ国防相と会見したが,席上ヤゾフ国防相はタイの戦時備蓄基地建設に憂慮を示した。 |
DIA-204-1987-11-22-1 | タイ | 1987年11月22日 | 1980年代 | ボー・バン・キエト・ベトナム副首相来訪―ポン副首相と会談。 |
DIA-204-1987-11-24-1 | タイ | 1987年11月24日 | 1980年代 | ボードワン・ベルギー国王夫妻来訪。 |
DIA-204-1987-11-25-1 | タイ | 1987年11月25日 | 1980年代 | 著作権法,下院第1読会通過。 |
DIA-204-1987-11-26-1 | タイ | 1987年11月26日 | 1980年代 | ソ連政府,プレーム首相の訪ソ招請―ワルコフ駐タイ大使は,プレーム首相に対し,同首相の訪ソを招請するゴルバチョフ書記長の親書を手渡した。親書のなかで,ゴルバチョフ書記長はカンボジア問題解決と東南アジア地域の緊張緩和に対するタイ政府の努力を高く評価した。なおプレーム首相は88年5月の訪ソを希望している。 |
DIA-204-1987-11-27-1 | タイ | 1987年11月27日 | 1980年代 | 政府,85年の9・9クーデター未遂事件被告33人の起訴を取り下げ釈放。 |
DIA-204-1987-11-27-2 | タイ | 1987年11月27日 | 1980年代 | タイ・北朝鮮両国,絹紡績技術移転で合意―現在タイは北朝鮮から年間5億バーツの絹糸を輸入しているが,ケン北朝鮮対外貿易次官とコーン副工業相との会談で北朝鮮からタイへの絹紡績技術を移転する点で合意をみた。 |
DIA-204-1987-11-30-1 | タイ | 1987年11月30日 | 1980年代 | ネ・ウイン・ビルマ社会主義計画党議長来訪―国王還暦を祝ってひすいの仏像を送った。 |
DIA-204-1987-11-30-2 | タイ | 1987年11月30日 | 1980年代 | 中国輸出品展示会,バンコクで開催。 |
DIA-204-1987-12-04-1 | タイ | 1987年12月04日 | 1980年代 | バンコク銀行,農民向け融資拡大の意向と発表―バンコク銀行は88年基本方針として輸入代替用の作物栽培,野菜,果物,えび等の輸出向け農水産品生産,畜産を振興するための融資を拡大する意向であると発表した。同行は88年中に農業と中小企業向けに363億5300万バーツ,アグリビジネス向けに106億600万バーツを融資する予定である。 |
DIA-204-1987-12-05-1 | タイ | 1987年12月05日 | 1980年代 | 国王還暦を迎える。 |
DIA-204-1987-12-06-1 | タイ | 1987年12月06日 | 1980年代 | 7200人のカンボジア難民の第三国への移送手続き開始―国家安全保障会議は,1987年1月に公式に閉鎖されたカオイダン難民キャンプに残る最後のカンボジア難民グループ7200人を解放し,第三国への移送手続きをとることが可能となった旨関係大使館に通知したもよう。 |
DIA-204-1987-12-08-1 | タイ | 1987年12月08日 | 1980年代 | 軍,警察,国王を中傷する怪文書についての捜査開始―出回った怪文書は,西独在住のタイ共産党のメンバーがタイに送付したものであると当局は11日に発表した。 |
DIA-204-1987-12-08-2 | タイ | 1987年12月08日 | 1980年代 | ソ連,商業省に両国の貿易拡大を要請―アナトーリ・ワルコフ駐タイソ連大使はモントリー商相に対し,両国の貿易額は82年に1億9000万ドルであったのに対し,87年は4000万ドル程度にとどまる見込みであり,タイ・ソ連合同貿易委員会で協議しつつ貿易拡大に努めていくのが好ましいと述べた。 |
DIA-204-1987-12-11-1 | タイ | 1987年12月11日 | 1980年代 | 米国,タイに通貨切り上げを要求―11日付のNation紙によると,米国はタイに対し切り上げ圧力をかけてきているもようである。IMFから中銀に送付された報告書のなかではNICsの通貨調整圧力の例をあげてタイにも調整努力を働きかけている。しかし,この見解はG5内で一致しているわけではなく,消息筋によると西独,日本,フランスはこれに同調していないといわれる。 |
DIA-204-1987-12-12-1 | タイ | 1987年12月12日 | 1980年代 | 米政府,タイに通貨切り上げ圧力をかけているとの報道を否定。 |
DIA-204-1987-12-13-1 | タイ | 1987年12月13日 | 1980年代 | ベトナム政府,国境付近から兵を後退させると発表―ハノイ放送によると,ベトナム外務省は駐留軍をカンボジア国境から15kmの同国領内にまで後退させると発表した。 |
DIA-204-1987-12-14-1 | タイ | 1987年12月14日 | 1980年代 | マニラでASEAN首脳会議開催。 |
DIA-204-1987-12-16-1 | タイ | 1987年12月16日 | 1980年代 | ピチャイ民主党党首,条件付きで小選挙区制導入に賛成と発言―条件は首相,両院議長になる資格として民選議員であるという条件を課すというもの。 |
DIA-204-1987-12-18-1 | タイ | 1987年12月18日 | 1980年代 | ウクリット両院議長,下院議長を両院議長とすることは可能と発言。 |
DIA-204-1987-12-23-1 | タイ | 1987年12月23日 | 1980年代 | 中央銀行,88年の成長率を5.8%と予測。 |
DIA-204-1987-12-23-2 | タイ | 1987年12月23日 | 1980年代 | 下院外交委員会,外務省と陸軍司令官から事情聴取の実施決定―下院外交委員会(委員長ブンチュー・CAP党首)は,カムパン・シマラウオン駐タイ・ラオス大使が両国国境問題に関して,外務省ではなくチャワリット陸軍司令官に直接接触したことについて,外務省とチャワリット陸軍司令官を同委員会に招いて事情を聞くことで合意した。 |
DIA-204-1987-12-24-1 | タイ | 1987年12月24日 | 1980年代 | スティー蔵相,88年は減税なしと発言。 |
DIA-204-1987-12-25-1 | タイ | 1987年12月25日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,88年中の辞任を改めて確認。 |
DIA-204-1988-01-03-1 | タイ | 1988年01月03日 | 1980年代 | バンコク銀行創業者,チン・ソーポンパーニット会長死去,78歳。 |
DIA-204-1988-01-04-1 | タイ | 1988年01月04日 | 1980年代 | 陸軍はチャワリット司令官の留任を希望―ワンチャイ陸軍副司令官は,1987年12月30日に120人の陸軍高官を集めて行なわれた集会で,多くがチャワリット司令官の留任を希望していたと発表。 |
DIA-204-1988-01-06-1 | タイ | 1988年01月06日 | 1980年代 | 政府借款の国内借り入れ割合拡大―債務管理委員会(委員長,スティー蔵相)は,国内過剰流動性を吸収し,対外債務割合を軽減するため,高利率の国営企業債の発行を拡大していくことに決定した。 |
DIA-204-1988-01-07-1 | タイ | 1988年01月07日 | 1980年代 | ウォラナート空軍司令官,チャワリット陸軍司令官の退役は時期尚早と発言。 |
DIA-204-1988-01-07-2 | タイ | 1988年01月07日 | 1980年代 | 常陸宮夫妻来訪―チェンマイ大が名誉博士号贈る。 |
DIA-204-1988-01-09-1 | タイ | 1988年01月09日 | 1980年代 | 首相の年頭メッセージ。 |
DIA-204-1988-01-10-1 | タイ | 1988年01月10日 | 1980年代 | MMC・シッティポン社,国内組み立て自動車の輸出開始―三菱自工とタイの販売代理店シッティポン社の合弁会社は,クライスラー(カナダ)との間で6年間に10万台を輸出する契約を締結しているが,今回第一陣として420台がサタヒープ港から船積みされた。 |
DIA-204-1988-01-11-1 | タイ | 1988年01月11日 | 1980年代 | 経済閣僚委員会,3高速道路の建設を承認―総工費は81億バーツで,既存のトンブリ―パクト線,サラブリ―コラート線,バンパイン―ナコンサワン線に平行して建設される。普通車,バス,トラックの通行料は150バーツ |
DIA-204-1988-01-11-2 | タイ | 1988年01月11日 | 1980年代 | 法案委員会,修正タムボン法案上程準備完了と発表―新法案はタムボン委員会を,年間収入が15万バーツ以上とそれ以下の2種類に区分し,前者には衛生区ないしムニシパリティーの地位が与えられるとしている。またタムボン委員会は,医師,警官,有識者からなる立法部と,2人の村長と2人の専門家からなり行政事務の監督や雇用を行なう行政部で構成されるという。立法部,行政部ともカムナンが主宰する。 |
DIA-204-1988-01-19-1 | タイ | 1988年01月19日 | 1980年代 | 東部臨海開発プロジェクト前進―東部臨海開発委員会(委員長,プレーム首相)は,マプタプット深水港建設計画の再検討と第2石化プラント(芳香族系)の着工を決定した。港湾公社が実施する深水港建設調査は1年間を予定。総工費は17億バーツ程度になる見込み。また,チョンブリ県ウタパオ空軍基地の国際空港化に向け,60日以内に事前調査を完了するよう当局に指示した。 |
DIA-204-1988-01-20-1 | タイ | 1988年01月20日 | 1980年代 | 官民合同会議(JPPCC),農村開発小委員会設量で合意。 |
DIA-204-1988-01-20-2 | タイ | 1988年01月20日 | 1980年代 | タイ・日経済貿易専門家会議開催―1988年の目標対日輸出額を500億バーツ,前年比39%増に設定。 |
DIA-204-1988-01-23-1 | タイ | 1988年01月23日 | 1980年代 | 第1石化プラント(オレフィン系)着工。 |
DIA-204-1988-01-26-1 | タイ | 1988年01月26日 | 1980年代 | 閣議・歳入法の利得税条項を延長―定期預金,国債・国営企業債の利息への一律15%課税を定めた条項を延長することを決定した。 |
DIA-204-1988-01-26-2 | タイ | 1988年01月26日 | 1980年代 | タイ政府・ベトナム難民40人のトラート県上陸阻止。 |
DIA-204-1988-02-01-1 | タイ | 1988年02月01日 | 1980年代 | 米政府,88年の対タイ軍事援助額を削減―来訪中の米政府高官は,88年は,直接無償援助2000万㌦,武器売却クレジット(FMS)2350万㌦,軍事教育訓練(IMET)215万㌦,経済援助基金(ESF)500万㌦,総額5065万㌦で,87年の5734万㌦に比べ約600万㌦削減されることになったことをタイ政府に伝えた。 |
DIA-204-1988-02-02-1 | タイ | 1988年02月02日 | 1980年代 | タイ空軍,ラオス国境の戦略高地を爆撃―タイが領有を主張する地域内の1146,1370,1428高地をラオス軍が占領しているため,F-5戦闘機が空爆を行なった。 |
DIA-204-1988-02-02-2 | タイ | 1988年02月02日 | 1980年代 | 国鉄労組,民営化に反対して運輸省前でデモ―バンコク―ハジャイ,バンコク―チェンマイ間を民営化せよとの民間からの要請に反対するもの。 |
DIA-204-1988-02-03-1 | タイ | 1988年02月03日 | 1980年代 | チャールズ英国皇太子夫妻来訪。 |
DIA-204-1988-02-03-2 | タイ | 1988年02月03日 | 1980年代 | バンコク~ホーチミン便就航―1975年のサイゴン陥落後,同路線は途絶えていた。 |
DIA-204-1988-02-03-3 | タイ | 1988年02月03日 | 1980年代 | 内務省,新規難民キャンプを開設せよとの米国の要求を拒否―チョンブリ県パナトニコムのキャンプが飽和状態にあるため,アメリカ政府がコラート県シーキュー,チャンタブリ県マイルットに新規開設を求めていたもの。 |
DIA-204-1988-02-03-4 | タイ | 1988年02月03日 | 1980年代 | 一部国会議員,ラオスとの国境紛争問題で国会討議必要と発言―憲法153条の規定により,国会において一般討議を実施する必要があると発言した。ただし,同153条によれば討議事項について,国会はいかなる決定もできない。 |
DIA-204-1988-02-03-5 | タイ | 1988年02月03日 | 1980年代 | 投資委員会,33県で投資キャンペーン開始―これは首相の提唱する「農村投資多角化」に沿ったもので,最初は東北タイが対象となる。 |
DIA-204-1988-02-04-1 | タイ | 1988年02月04日 | 1980年代 | タイ軍F-5E爆撃機,ラオス軍の攻撃で墜落。 |
DIA-204-1988-02-04-2 | タイ | 1988年02月04日 | 1980年代 | 内務省,トラート県知事を更迭―ベトナム難民上陸阻止の措置をとらなかったため。 |
DIA-204-1988-02-04-3 | タイ | 1988年02月04日 | 1980年代 | 農相,農民に二期作米の作付けを控えるよう勧告―水不足が懸念されるため。 |
DIA-204-1988-02-04-4 | タイ | 1988年02月04日 | 1980年代 | タイ・シュル,マプタプット工業団地に用地取得を申請―同社は工業団地公社(IEIAT)に750ライの用地取得を申請していたことが明らかになった。 |
DIA-204-1988-02-06-1 | タイ | 1988年02月06日 | 1980年代 | クリアンサク元首相,密使としてラオス訪問(~9日)―プレーム首相に停戦を提案するようカイソン,ラオス首相に勧めたといわれている。 |
DIA-204-1988-02-06-2 | タイ | 1988年02月06日 | 1980年代 | 国家経済社会開発庁,農村工業開発基金創設に関し指針発表―(1)同基金を利用する投資家に対し,政府は情報,生産技術・経営・販売の面で援助すること,(2)資金は日本のASEAN工業化基金を利用し中央銀行が運営することなど。 |
DIA-204-1988-02-07-1 | タイ | 1988年02月07日 | 1980年代 | 野党4党,影の内閣をつくる意向を発表―ウタイ・進歩党党首,サマック・タイ人民党党首,ブンチュー・コミュニティ行動党党首,ナロン・タイ統一党党首が,テレビの政治番組の録画撮りのなかで発表したもの。またナロン・タイ統一党党首は,政府は農業を犠牲にして新興工業国家になることを意図しているようだが,そうではなくてアグロインダストリーを基礎にした国家を目指すべきだと発言した。 |
DIA-204-1988-02-08-1 | タイ | 1988年02月08日 | 1980年代 | タイ政府,新手の方法で資金調達―当局は政府債務借り換え用資金調達のため,銀行団(24行)との間で3億バーツの借り入れを行なう契約をした。これはマルチ・カレンシー・オプションによるもので,融資期間の5年間,3億㌦を上限に長短期の融資を市場環境に合わせて米ドル,マルク,円などの通貨建てで調達できる。金利はLIBOR+0.055%以下に押えられることになっている。 |
DIA-204-1988-02-08-2 | タイ | 1988年02月08日 | 1980年代 | 中銀,金融会社改正法を施行―金融会社の業務拡大を認めるもので,新規業務は以下の四つ。(1)手持ち不動産のリース,(2)独自に開発したコンピュータ・ソフトの販売,(3)保険業務,顧客への保険会社の紹介斡旋,(4)証券取り扱い業務。 |
DIA-204-1988-02-09-1 | タイ | 1988年02月09日 | 1980年代 | ラオス軍,ルーイ県ナヒウ郡を攻撃―政府は,ベトナムがカンボジア紛争の解決を自国に有利に運ぶようタイに圧力をかけるべくタイ・ラオス国境紛争を利用しているのではないかという見解を示した。 |
DIA-204-1988-02-09-2 | タイ | 1988年02月09日 | 1980年代 | 下院軍事委員会,軍部の武器生産・輸出の拡大を支持―タートリット・ブンヤリット委員長(タイ国民党)によると,防衛産業局兵器生産センターの現在の年間兵器生産能力は,大砲12-18門,擲弾発射筒400,弾薬8万~10万発,である。 |
DIA-204-1988-02-09-3 | タイ | 1988年02月09日 | 1980年代 | 平和と慈悲教団のボティラック僧正,マスコミ報道を否定―チャムロン・バンコク都知事の政党結成を支持しているというもの。 |
DIA-204-1988-02-09-4 | タイ | 1988年02月09日 | 1980年代 | 内務省,アランヤプラテート県タイサーマート村難民キャンプの閉鎖を支持。 |
DIA-204-1988-02-09-5 | タイ | 1988年02月09日 | 1980年代 | シリ金融機関更生基金総裁,業績不振の金融会社の売却を示唆―「4月4日ライフボート計画」管理下の不振金融会社13社のうちの半数は外国金融機関に売却されるだろうと発言した。 |
DIA-204-1988-02-09-6 | タイ | 1988年02月09日 | 1980年代 | 国営企業の総利益,前年度比書2.1%増―タウィー会計検査院長官は,1986年の国営企業66社の総利益が910億バーツであったと発表。 |
DIA-204-1988-02-10-1 | タイ | 1988年02月10日 | 1980年代 | ビルマ国境の交易地点再開―内務省は,チェンマイ県チェンタオ郡でのビルマ産チーク材の2000㌧の搬入を許可した。高級木材の交易はこれまで40年間禁止されていた。 |
DIA-204-1988-02-10-2 | タイ | 1988年02月10日 | 1980年代 | 首相,民間の対農村投資の促進を訴える―「農村開発における民間と政府の協力」と題するセミナーで,農民所得の向上のため対農村投資の促進を民間に強く求めた。 |
DIA-204-1988-02-11-1 | タイ | 1988年02月11日 | 1980年代 | カイソン・ラオス首相,プレーム首相に書簡を送付―両国国境紛争解決のためバンコクに軍事代表団を送りたいというもの。 |
DIA-204-1988-02-12-1 | タイ | 1988年02月12日 | 1980年代 | プレーム首相,カイソンン・ラオス首相の提案を受諾。 |
DIA-204-1988-02-12-2 | タイ | 1988年02月12日 | 1980年代 | タイ政府代表,アメリカのコメ補助金政策を非難―アメリカで行なわれた第8回アメリカ・ASEANダイアローグでタイ代表のアーサ・サラシン駐米大使は,アメリカ米の生産補助金は籾米で182.5㌦,精米で253.5㌦に及ぶとしてアメリカ側を強く批判。また,輸出促進計画(EEP)その他の輸出補助金プログラムの撤回,食糧保護法のなかのマーケティング・ローン・プログラムについてはコメを対象から除外すること,などを要求。 |
DIA-204-1988-02-13-1 | タイ | 1988年02月13日 | 1980年代 | クリアンサク元首相,再びラオス入り(~15日)―停戦交渉の下準備を行なうため。クリアンサク元首相は誰の密使であったかについて,19日付『バンコク・ポスト』紙はチャワリット陸軍司令官説をとっているが,プレーム首相説をとるものもある。 |
DIA-204-1988-02-13-2 | タイ | 1988年02月13日 | 1980年代 | タイ空軍のOV-10型機,ロムクラオ村付近でラオス軍に撃墜される。 |
DIA-204-1988-02-14-1 | タイ | 1988年02月14日 | 1980年代 | 高級レベル繊維ミッション,欧米訪問(~19日)―団長はオラヌート対外貿易局長。 |
DIA-204-1988-02-15-1 | タイ | 1988年02月15日 | 1980年代 | 中銀,商銀の海外資産に関する規制を緩和―2月15日付Nation紙によると,中銀は88年から商銀の海外支店の資産を国内リスクアセットに合算することをすでに許可した。 |
DIA-204-1988-02-16-1 | タイ | 1988年02月16日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,シサワット・ラオス総参謀長と会談―両国国境問題について話し合ったが決着はつかなかった。 |
DIA-204-1988-02-16-2 | タイ | 1988年02月16日 | 1980年代 | 運輸省,タイ国鉄の北部・南部路線への民間参入計画を撤回―シリブミ運輸次官によると,運輸省は87年8月に民間からの公募を開始したが,応募したのは1社だけであったため,民営化に疑問の声が出ていたもの。 |
DIA-204-1988-02-17-1 | タイ | 1988年02月17日 | 1980年代 | タイ・ラオス両国,停戦で合意―チャワリット陸軍司令官とシサワット・ラオス総参謀長との会談で,19日午前8時をもって交戦を停止し,両軍は48時間以内に1428戦略高地から3㎞後退することで合意した。共同声明では,撤兵開始後15日以内に国際法,1907年フランス・シャム条約,正確な地図に基づいた紛争解決のための政治的交渉が必要であると確認された。軍情報筋によると,共同声明は両国国境をフンガ川であると直接的に表現しており,タイ側に有利な結果になったという。 |
DIA-204-1988-02-17-2 | タイ | 1988年02月17日 | 1980年代 | 環境団体,日本政府のナームチョン・ダム建設への資金供与申し出に反対―環境資源保全協会,タイ野性動物基金,サイアム環境クラブ,カンチャナブリ自然環境を守る会,15の大学の組織は,日本政府がカンチャナブリ県ナームチョン・ダム建設の事前調査に多額の資金供与し,民間銀行も建設を推進しようとしていることに抗議する書簡を日本大使宛てに送った。 |
DIA-204-1988-02-17-3 | タイ | 1988年02月17日 | 1980年代 | 日本のASEIAN資金還流計画の第一号にミネベアの合弁会社―日本アセアン投資(JAIC)は,ミネベア・エレクトロニクス・タイランドの全株の4.76%,25万株を額面(1株100バーツの4倍で引き受け,1億バーツを投資する。ミネベア社の発表(17日)。 |
DIA-204-1988-02-18-1 | タイ | 1988年02月18日 | 1980年代 | 下院社会福祉委員会,北タイの山岳民族問題で討議―北タイ22県には,アカ,モン,カレン,ラフ,リス,ルア,ヤオ族などが50万人住んでいるが,これら山岳民族による山林伐採が進行しているため当局は代替地を与えて移住を進めている。しかし,この代替地は耕作不能であるため問題にされた。 |
DIA-204-1988-02-18-2 | タイ | 1988年02月18日 | 1980年代 | ソンティ副首相,灌漑のためナームチョン・ダムは必要と発言。 |
DIA-204-1988-02-21-1 | タイ | 1988年02月21日 | 1980年代 | プレー県の補欠選挙でタイ統一党候補が当選。 |
DIA-204-1988-02-22-1 | タイ | 1988年02月22日 | 1980年代 | マハティール・マレーシア首相来訪(~24日)。 |
DIA-204-1988-02-23-1 | タイ | 1988年02月23日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,シサワット総参謀長の招きでラオス訪問。 |
DIA-204-1988-02-23-2 | タイ | 1988年02月23日 | 1980年代 | 閣議,タイ航空(TAC)のタイ国際航空(THAI)への吸収合併契約の報告受ける―2月1日に成立したタイ航空の資産のタイ国際航空への移転に関する合意の内容は以下のとおり。タイ航空の不動産は,1987年9月30日時点での評価額で3137億バーツ,動産および現金は5946億バーツで,負債額4793億バーツとともにタイ国際航空に移転される。タイ航空社長は国内線担当取締役副社長となる。 |
DIA-204-1988-02-29-1 | タイ | 1988年02月29日 | 1980年代 | ワチラロンコン皇太子ビルマ訪問(~3月5日)。 |
DIA-204-1988-03-01-1 | タイ | 1988年03月01日 | 1980年代 | タイ労働会議,5月1日から最低賃金引き上げ要求―現行の3地域別賃金(61~73バーツを全国一律80バーツとするよう内務省に要求した。 |
DIA-204-1988-03-03-1 | タイ | 1988年03月03日 | 1980年代 | 官民合同会議,破産法改正推進で合意―現行の破産法では,債権者によって破産宣言請求の法的手続きがとられ,裁判所によって資産が負債額を超えていると判断されれば,当事者は破産を宣言せねばならない。しかし,官民合同会議はこの規定は厳格すぎ,会社更生の機会が認められるべきであるとしており,法務省の特別委員会に対し早急に検討するよう働きかけていく方針である。 |
DIA-204-1988-03-04-1 | タイ | 1988年03月04日 | 1980年代 | タイ・ラオス国境問題の政治レベル交渉ひとまず終了―2月の軍事レベル協議を受けてタイ外務省で3月3日から始まった交渉は,国境線画定に関する作業部会設置を決めてひとまず終了した。 |
DIA-204-1988-03-09-1 | タイ | 1988年03月09日 | 1980年代 | 関税委員会,タイ建設請負業者協会の鋼棒輸入関税引き下げ要求を却下―関税委員会(委員長パナット大蔵次官)は,同協会が提出していた鋼棒関税を25%から2.5%に引き下げよとの要求を却下した。 |
DIA-204-1988-03-09-2 | タイ | 1988年03月09日 | 1980年代 | 国家エネルギー委員会,電力開発投資5カ年計画を承認―タイ電力公社,首都圏電力公社,地方電力公社の総額1000億バーツの投資計画を承認した。このなかにはナームチョン・ダム建設計画も含まれている模様。 |
DIA-204-1988-03-09-3 | タイ | 1988年03月09日 | 1980年代 | 大蔵省,Mocatta&Goldsmid社に金の独占輸入を認める―タイの重要な輸出産業である宝石の品質を標準化するため。 |
DIA-204-1988-03-10-1 | タイ | 1988年03月10日 | 1980年代 | 韓国の三星電子,タイでカラーテレビ生産。―サハー・バッタナー・グループ持ち株会社のサハー・バッタナー・インターホールディングとの間で合弁会社の設立契約を締結した。チョンブリ県の工業団地でカラーテレビ,電子レンジ,電子部品などを生産する。これで韓国の大手家電メーカー三社がタイに出揃った。 |
DIA-204-1988-03-16-1 | タイ | 1988年03月16日 | 1980年代 | 米通商代表部,88年は対タイ特恵関税枠を縮小せず―貿易政策委員会のGSP小委員会の答申を受けたヤイター通商代表は大統領にその旨勧告した。 |
DIA-204-1988-03-19-1 | タイ | 1988年03月19日 | 1980年代 | 陸軍司令官夫人ら女性代表団,ラオス訪問。 |
DIA-204-1988-03-21-1 | タイ | 1988年03月21日 | 1980年代 | 外務省と軍の対ラオス認識が対立―シッティ外相は記者会見で,ラオスはタイ外務省と軍の対立を煽動しようとしているとの見解を示したのに対し,チャワリット陸軍司令官はこの見解を否定した。 |
DIA-204-1988-03-23-1 | タイ | 1988年03月23日 | 1980年代 | シサワット・ラオス人民軍総参謀長,私用でタイ訪問。 |
DIA-204-1988-03-25-1 | タイ | 1988年03月25日 | 1980年代 | 円借款による肥料プラント建設計画凍結―国策会社である国家肥料会社(NFC)のアラン取締役会会長(大蔵省主計局長)は,すでに202億円の円借款契約が締結済みの同計画を無期延期する決定を行なったと発表。円高で当初見込みより建設費が高騰したため,7700万㌦の無償援助追加を日本政府に求めていたが,これを拒否されたことなど,資金面で目処がたたなくなったため。政府は農民市場機構(MOF)の小規模肥料工場建設計画を推進していく方針である。 |
DIA-204-1988-03-25-2 | タイ | 1988年03月25日 | 1980年代 | 港湾公社,コンテナ船の船上クレーン使用禁止―代わってバンコク・クレーン社が独占運営する自走クレーンの有料使用が義務づけられることになった。 |
DIA-204-1988-03-25-3 | タイ | 1988年03月25日 | 1980年代 | 日本政府,文化・教育番組製作に無償援助―日本の無償援助で建設されたチャンネル11の番組製作に4800万円の無償援助を約束した。 |
DIA-204-1988-03-28-1 | タイ | 1988年03月28日 | 1980年代 | エルシャド・バングラデシュ大統領夫妻来訪。 |
DIA-204-1988-03-29-1 | タイ | 1988年03月29日 | 1980年代 | 閣議,総額1027億バーツの長期電力投資計画を承認―9日の国家エネルギー委員会承認を受けたもの。投資規模の大きさから,大蔵省が設定している10億㌦の年間対外借り入れ上限を引き上げる必要があるとの見解が示された。タイ電力公社の30プロジェクトのうち,プミポン・ダムの発電ユニット近代化計画など4プロジェクトはすでに閣議承認を受けている。 |
DIA-204-1988-03-29-2 | タイ | 1988年03月29日 | 1980年代 | 日本の厚生省とタイ代表団,タイ産鶏肉にディルドリン農薬が混入していた問題で協議。 |
DIA-204-1988-03-31-1 | タイ | 1988年03月31日 | 1980年代 | タイ・日経済構造調整協議終了―29日からバンコクで開かれていた協議で,タイ政府は日本の経済援助のアンタイド化,技術移転,進出企業のタイ製原材料使用比率の増大,タイ資本の参加などについて要請した。 |
DIA-204-1988-04-01-1 | タイ | 1988年04月01日 | 1980年代 | タイ国際航空(THAI)とタイ航空(TAC)合併。 |
DIA-204-1988-04-01-2 | タイ | 1988年04月01日 | 1980年代 | ヤイター米通商代表,期限付きで著作権法改正を要請―12月15日までに著作権法を改正せねば,タイは特患関税恩典を失うであろうと通告してきた。 |
DIA-204-1988-04-02-1 | タイ | 1988年04月02日 | 1980年代 | EC委員会,輸出補助の疑いでタイ製ボールベアリングを調査すると通告―2日付『日経』によると,タイ投資委員会がミネベアに与えている投資恩典措置が輸出補助にあたるのではないかというECのボールベアリング業者の提訴に基づき近く調査に入ると通告,近く質問書を送付し37日以内に回答するよう求めている。ミネベアはこれまで2度ダンピングの疑いでECの調査を受けているが,いずれもシロ裁定となっている。 |
DIA-204-1988-04-04-1 | タイ | 1988年04月04日 | 1980年代 | 経済閣僚委員会,ナームチョン・ダム建設を凍結―ダム建設に伴う環境破壊の程度などを調査していた特別委員会の答申を受けて無期延期とすることにした。 |
DIA-204-1988-04-05-1 | タイ | 1988年04月05日 | 1980年代 | 野党党首会談,内閣不信任案提出で合意。 |
DIA-204-1988-04-05-2 | タイ | 1988年04月05日 | 1980年代 | タイ・インドネシア外相会談。 |
DIA-204-1988-04-07-1 | タイ | 1988年04月07日 | 1980年代 | 世界保健の日の本日を禁煙デーに。 |
DIA-204-1988-04-09-1 | タイ | 1988年04月09日 | 1980年代 | 首相,訪米計画を中止―5月15日から予定されているソ連・東欧歴訪後,国連軍縮総会に出席する目的で訪米することになっていたが,1カ月におよぶ外遊は好ましくないとの理由による。 |
DIA-204-1988-04-14-1 | タイ | 1988年04月14日 | 1980年代 | モンコン第9師団長,内閣不信任案に署名した統一民主党議員19人に署名撤回を要講。 |
DIA-204-1988-04-14-2 | タイ | 1988年04月14日 | 1980年代 | ワンチャイ陸軍副司令密ら中国訪問。 |
DIA-204-1988-04-15-1 | タイ | 1988年04月15日 | 1980年代 | 野党9党の議員85人,下院議長に内閣不信任案提出―理由はタイ・ラオス国境紛争における軍の作戦ミス,「4月4日ライフボート計画」(不振金融会社の救済計画)をめぐる疑惑,国内治安悪化,など。 |
DIA-204-1988-04-15-2 | タイ | 1988年04月15日 | 1980年代 | ボン統一民主党願問,同党議員19人の署名は無効と主張―同党は,党として内閣不信任の最終決定を下しておらず,19人の個人的な署名は無効であると主張。無効にすべく党執行委員会を開こうとしたが定数に達せず署名撤回工作は失敗に終わる。 |
DIA-204-1988-04-16-1 | タイ | 1988年04月16日 | 1980年代 | 下院,内閣不信任案を5月9日に審議と決定。 |
DIA-204-1988-04-20-1 | タイ | 1988年04月20日 | 1980年代 | 経済3団体,農村投資推進に向け協力することで合意―官民合同会議のなかでタイ工業連盟(FTI),タイ銀行協会(TBA)およびタイ商業会議所(TCC)は,3団体の加盟企業が農村部でのプロジェクトに共同出資することで合意していると発表した。タナ・サタパナ社と地場投資家による唐辛子生産計画,ハンディクラフト・ビジネス社と地場投資家による手工業品販売センター設立,タイ宝石取引業者協会,ライオンズ・クラブ,工業振興局による宝石加工プロジェクト(いずれもウボンラーチャターニー県)など六つのパイロット・プロジェクトを計画している。 |
DIA-204-1988-04-20-2 | タイ | 1988年04月20日 | 1980年代 | タイ政府,ベトナム難民上陸阻止の措置を停止―1月からとっていた措置を停止し,以後到着する難民に「一時的経済難民」の地位を与えることで国連難民高等弁務官事務所と合意した。 |
DIA-204-1988-04-21-1 | タイ | 1988年04月21日 | 1980年代 | タイ政府,ビルマ政府に国境付近5河川の共同開発計画を提示―サルウィン川,ルアック川,コク川,クロンカ川にダムをそれぞれ一つ,ムーイ川に三つ建設するというもので,総工費65億8700万㌦。 |
DIA-204-1988-04-21-2 | タイ | 1988年04月21日 | 1980年代 | 大手商銀8行,コンピュータ・バックアップ会社の共同設立で合意―チャートリー・バンコク銀行頭取によると,バンコク銀行,タイ農民銀行,サイアム商業銀行など大手8行が,商銀や金融会社にコンピュータ・バックアップ・サービスを提供するもので,資本金1000万バーツ。タイ銀行協会が新規に設立する手形交換所の運営も担当する予定になっている。 |
DIA-204-1988-04-22-1 | タイ | 1988年04月22日 | 1980年代 | シッティ外相,レーガン大統領と会談―席上レーガン大統領は,モスクワでの次回米ソ首脳会談でカンボジア問題を最優先議題とすると約束した。 |
DIA-204-1988-04-25-1 | タイ | 1988年04月25日 | 1980年代 | プラチュアップ内相,陸軍司令官にポストを譲ると発言―5月に辞表を提出するとみられているチャワリット司令官が辞任し,首相が同司令官を内相に起用したい意向であるのなら喜んで譲ると発言。 |
DIA-204-1988-04-28-1 | タイ | 1988年04月28日 | 1980年代 | 著作権法改正案,下院通過―第三読会は183対134で可決された。与党第一党民主党所属議員99人のうち,主流派45人は賛成したが,同党反主流派「1月10日グループ」の31人は反対にまわった。また,与党への参加を促されているといわれる統一民主党(ブンテーン党首)所属議員を含む14人の野党議員は欠席した。 |
DIA-204-1988-04-29-1 | タイ | 1988年04月29日 | 1980年代 | 民主党所属閣僚16人,辞表提出―前日の政府提出の著作権改正法案採決で反主流派が反対にまわり,党をまとめることができなかった責任をとるため。 |
DIA-204-1988-04-29-2 | タイ | 1988年04月29日 | 1980年代 | 首相,国会を突如解散―与党の一部の議員が尊重すべき党の多数意見に従わず,政治原則に基づいた政治ができなくなったという理由によるもの。 |
DIA-204-1988-04-29-3 | タイ | 1988年04月29日 | 1980年代 | サナン運輸次官,クロントイ港混雑問題で3者会議を招集―コンテナ積荷下ろし作業の停滞で同港が混雑していることを理由に,アジア・北米航路料金協定(ANERA)が5月20日より輸出入業者から滞貨料金(20フィートコンテナに190㌦,40フィートコンテナに250㌦)徴収決定を下したことを受けたもの。バンコク・クレーン社,バンコク船主・代理店協会,港湾公社は混雑解消に向け対策を検討した。 |
DIA-204-1988-05-01-1 | タイ | 1988年05月01日 | 1980年代 | 連立与党指導者,次期首相にブレームを推すと発言―チャーチャーイ・タイ国民党党首,ポン社会行動党副党首らがゴルフの後発言。 |
DIA-204-1988-05-02-1 | タイ | 1988年05月02日 | 1980年代 | プレーム首相,チャワリット陸軍司令官の辞表を受理せず―今月27日で就任時に約束した2年間の期限が切れるので辞任したいと国防相に申し出たが,首相は同日の記者会見でこれを受理しないと発言した。 |
DIA-204-1988-05-02-2 | タイ | 1988年05月02日 | 1980年代 | 仏法の力党(党首チャムロン・バンコク都知事)結成 |
DIA-204-1988-05-03-1 | タイ | 1988年05月03日 | 1980年代 | 中銀,商銀の株式情報サービス認可―独自のコンピュータ・ネットワークを用いた株式情報を個人に提供するサービス。 |
DIA-204-1988-05-03-2 | タイ | 1988年05月03日 | 1980年代 | 投資委員会,奨励企業の設備更新に伴う輸入機械・部品の関税免除を決定。 |
DIA-204-1988-05-04-1 | タイ | 1988年05月04日 | 1980年代 | 「1月10日グループ」,人民党を結成。 |
DIA-204-1988-05-04-2 | タイ | 1988年05月04日 | 1980年代 | 統一民主党執行部辞職―11日に党役員選挙。 |
DIA-204-1988-05-04-3 | タイ | 1988年05月04日 | 1980年代 | タイ・ユーロ・ファンド,ロンドン市場で公開―タイで3番目の非居住者向け専用投信。 |
DIA-204-1988-05-06-1 | タイ | 1988年05月06日 | 1980年代 | 野党各党,合同で合意―コミュニティ行動党・国家民主党,人民党(与党民主党反主流派「1月10日グループ」)は合併で合意。進歩党,統一民主党ブンテーン党首派もこれに合流することで基本的に合意している。 |
DIA-204-1988-05-07-1 | タイ | 1988年05月07日 | 1980年代 | ククリット元首相,野党連合を支持していくと発言。 |
DIA-204-1988-05-09-1 | タイ | 1988年05月09日 | 1980年代 | 統一民主党のブンテーン党首,12人の同党議員とともに離党。 |
DIA-204-1988-05-10-1 | タイ | 1988年05月10日 | 1980年代 | ワンチャイ陸軍副司令官ら100人,首相私邸を訪問。 |
DIA-204-1988-05-11-1 | タイ | 1988年05月11日 | 1980年代 | 統一民主党党首にポン前党顧問が選出される―ダームチャイ書記長は再選された。副党首はチャイ・チッチョープら5人が選出された。 |
DIA-204-1988-05-11-2 | タイ | 1988年05月11日 | 1980年代 | 野党合同工作失敗―今月6日持ちあがった合同の計画は,執行部人事の困難から失敗した。 |
DIA-204-1988-05-11-3 | タイ | 1988年05月11日 | 1980年代 | タイ銀行協会,当面金利引き上げを行なわないことで合意。 |
DIA-204-1988-05-11-4 | タイ | 1988年05月11日 | 1980年代 | ハーン元農相,仏法の力党には入党せずと発表。 |
DIA-204-1988-05-12-1 | タイ | 1988年05月12日 | 1980年代 | スントーン陸軍参謀長ら60人,首相私邸を訪問。 |
DIA-204-1988-05-13-1 | タイ | 1988年05月13日 | 1980年代 | タイ全人民党,党首にアーティット前国軍最高司令官を指名。 |
DIA-204-1988-05-13-2 | タイ | 1988年05月13日 | 1980年代 | 対外債務委員会,第14次円借款を459億2400万円と設定。 |
DIA-204-1988-05-15-1 | タイ | 1988年05月15日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,クーデタはいつでもできると発言―国民の同意を得れば,軍はいつでもクーデタを実施できると発言。 |
DIA-204-1988-05-16-1 | タイ | 1988年05月16日 | 1980年代 | プレーム首相,モスクワ入り。 |
DIA-204-1988-05-16-2 | タイ | 1988年05月16日 | 1980年代 | 運輸省,バンコク・クレーン社との独占契約を破棄するよう港湾公社に通告。 |
DIA-204-1988-05-17-1 | タイ | 1988年05月17日 | 1980年代 | プレーム首相,ソ連の国際関係研究所で講演。 |
DIA-204-1988-05-17-2 | タイ | 1988年05月17日 | 1980年代 | プレーム首相,革命評議会議長に指名される―同評議会は小選挙区制を支持し,またタイ煙草公社,バンコク・バス公社の労組に民営化反対ストを呼び掛けた。 |
DIA-204-1988-05-17-3 | タイ | 1988年05月17日 | 1980年代 | 仏法の力党,立法部と行政部の分離を支持。 |
DIA-204-1988-05-17-4 | タイ | 1988年05月17日 | 1980年代 | ハーン農相,人民党への入党を示唆。 |
DIA-204-1988-05-17-5 | タイ | 1988年05月17日 | 1980年代 | サンデイ社会行動党副党首,次期首相としてプレームを支持すると発言。 |
DIA-204-1988-05-17-6 | タイ | 1988年05月17日 | 1980年代 | プーケットの実業家エカポット・ワニット,人民党を支持と発言―同氏の娘アンチャリーはプーケットで人民党から立候補する。 |
DIA-204-1988-05-17-7 | タイ | 1988年05月17日 | 1980年代 | 精米業者協会,中銀に対し二期作米の価格低下を補填するために低利信用供与を要請。 |
DIA-204-1988-05-18-1 | タイ | 1988年05月18日 | 1980年代 | プレーム・ゴルバチョフ会談。 |
DIA-204-1988-05-18-2 | タイ | 1988年05月18日 | 1980年代 | ハーン元農相,人民党願問委員長に任命される。 |
DIA-204-1988-05-18-3 | タイ | 1988年05月18日 | 1980年代 | タイ国鉄のマカサン整備工場で400人が民営化に反対してストライキ。 |
DIA-204-1988-05-18-4 | タイ | 1988年05月18日 | 1980年代 | 中銀,パッキング信用資金の増額敷認―商銀の要求に応えて当初の340億バーツに42億500万バーツ上のせ。 |
DIA-204-1988-05-19-1 | タイ | 1988年05月19日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,シンガポール訪問(~22日)。 |
DIA-204-1988-05-19-2 | タイ | 1988年05月19日 | 1980年代 | タイ統一党,統一民主党のブンテーン前党首らを受け入れると発表(5月9日参照)。 |
DIA-204-1988-05-19-3 | タイ | 1988年05月19日 | 1980年代 | 首相,キエフから革命評議会の活動が自粛されるよう陸軍司令官に指示―革命評議会は1987年にチャワリット陸軍司令官の「平和的革命」理念に共感した元共産主義イデオローグのプラサートによって結成されたが,独断で17日に訪ソ中の首相を議長に指名していた。 |
DIA-204-1988-05-21-1 | タイ | 1988年05月21日 | 1980年代 | 首相,ソ連留学のタイ人学生の学位問題に善処すると発言―現在,行政委員会はソ連で取得した学位を認めていない。 |
DIA-204-1988-05-22-1 | タイ | 1988年05月22日 | 1980年代 | タイ・ソ共同声明発表―アフガニスタン問題解決のためのジュネーブ協定を地域紛争解決の積極的方法として評価する一方,これを踏まえてカンボジア紛争の早期政治解決をめざして両国が努力することを表明。 |
DIA-204-1988-05-22-2 | タイ | 1988年05月22日 | 1980年代 | 関税局,ビルマ国境で新たな交易点開設を予定と発表―メーホンソン,チュンポンなど5地点。 |
DIA-204-1988-05-22-3 | タイ | 1988年05月22日 | 1980年代 | タイ工業連盟自動車部会,国産エンジン使用義務措置の延期を要請―工業省は6月1日から1㌧ピックアップ・トラックへの使用を義務づけ,完成エンジンの輸入を禁止する予定。 |
DIA-204-1988-05-26-1 | タイ | 1988年05月26日 | 1980年代 | タイ証券取引所,タイ・オイル社に株式上場を要請。 |
DIA-204-1988-05-26-2 | タイ | 1988年05月26日 | 1980年代 | 人民党党首にチャルームパン・シリウィゴーンが選出される。 |
DIA-204-1988-05-27-1 | タイ | 1988年05月27日 | 1980年代 | チャーチャーイ・タイ国民党党首,軍と首相提出の憲法改正案を支持と発言―不信任動議提出に要する必要署名数は下院議員数の5分の1(憲法137条)だが,これは少なすぎるとして改正を求めるというもの。 |
DIA-204-1988-05-27-2 | タイ | 1988年05月27日 | 1980年代 | 99人の学者ら,首相を批判する文書を国王に上奏―首相は中立ではなく,自己の保身のために軍を利用しているというもの。提出したのは,スクムパン・バリパット(チュラーロンコーン大国際安全保障研究所),チャイアナン・サムタワニット(チュラーロンコーン大政治学部),バウォンサク・ウワンノ(チュラーロンコーン大),チアムサク・ピントン(タマサート大経済学部),クライサック・チュンハワン(カセサート大社会科学部)等。 |
DIA-204-1988-05-28-1 | タイ | 1988年05月28日 | 1980年代 | クリアンサク国家民主党党首,総選挙に出馬せずと発表。 |
DIA-204-1988-05-29-1 | タイ | 1988年05月29日 | 1980年代 | CPグループ,アメリカでチェーンストア展開のため共同出資者を募集と発表。 |
DIA-204-1988-05-30-1 | タイ | 1988年05月30日 | 1980年代 | 工業省の金属・機械研究所(MIDI)開所。 |
DIA-204-1988-05-31-1 | タイ | 1988年05月31日 | 1980年代 | 首相,99人の学者らの批判に反論。 |
DIA-204-1988-05-31-2 | タイ | 1988年05月31日 | 1980年代 | 閣議,クロントイ港での積荷下ろし問題で最終決定―タイ港湾公社(PAT)に対し,各船舶の船上クレーンの使用を認めることと,バンコク・クレーン社との独占契約を破棄することを要請した。 |
DIA-204-1988-05-31-3 | タイ | 1988年05月31日 | 1980年代 | 首都圏水道公社労組ストライキ―工業省がサムットプラカン県での工業用水供給に民間会社を参加させる計画を持っていることに反対するもの。 |
DIA-204-1988-05-31-4 | タイ | 1988年05月31日 | 1980年代 | 陸軍司令官,東北タイ緑化計画における陸軍の役割の重要性を強調。 |
DIA-204-1988-05-31-5 | タイ | 1988年05月31日 | 1980年代 | 閣議,鋼棒の輸入関税を25%から20%に引き下げると発表。 |
DIA-204-1988-06-01-1 | タイ | 1988年06月01日 | 1980年代 | 外航海運各社,荷主からの滞貨料金徴収を開始―アジア・北米航路運賃協定参加各社はクロントイ港の滞貨が続いているため,コンテナ1個当たり190~250バーツを荷主から徴収することにした。 |
DIA-204-1988-06-03-1 | タイ | 1988年06月03日 | 1980年代 | アジア・北米航路運賃協定,滞賃料金徴収を中止。 |
DIA-204-1988-06-06-1 | タイ | 1988年06月06日 | 1980年代 | CPグループ,海南島に積極投資の意向―同社は海南省当局に対し,エチレン・プラント建設(予定投資額24億㌦)の趣意書をすでに提出しているほか,養豚,エビ養殖も手掛ける予定(『日経産業新聞』)。 |
DIA-204-1988-06-10-1 | タイ | 1988年06月10日 | 1980年代 | パーリ語試験合格者の協会,「平和と慈悲の教団」と仏法の力党を批判―同協会のサングウィアン氏は同党が選挙後勢力を伸ばせば「教団」の違法的活動はますます拡大するだろうと述べた。法臣会議は,「教団」は仏教の最大の敵であり,法的制裁を考慮中であるという。 |
DIA-204-1988-06-10-2 | タイ | 1988年06月10日 | 1980年代 | ピチャイ民主党党首,次期首相には選挙後最大政党の党首の就任を支持すると語る。 |
DIA-204-1988-06-10-3 | タイ | 1988年06月10日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,46人の学者と民主主義強化と票買収の問題について懇談―メンバーは,クラーキアット・タマ大学長,ガモン・チュラー大政治学部長,リキット・タマ大教授,チャートリー・シーナカリンウィロート大学長,アモーン・首相顧問ら。 |
DIA-204-1988-06-10-4 | タイ | 1988年06月10日 | 1980年代 | 日本の海外経済協力基金,国家肥料会社のプラント建設を依然支持していくとの書簡を送付。 |
DIA-204-1988-06-11-1 | タイ | 1988年06月11日 | 1980年代 | シッティ外相,中国との間での戦時兵器備蓄基地建設は可能と発言。 |
DIA-204-1988-06-11-2 | タイ | 1988年06月11日 | 1980年代 | 特殊戦闘センター(ロッブリ)のウィモン司令官以下60人がプレーム首相邸を訪問。 |
DIA-204-1988-06-11-3 | タイ | 1988年06月11日 | 1980年代 | 投資委員会,第2次石化事業の投資奨励企業を決定―10品目への総投資額は233億バーツ。投資委員会は投資優遇措置として,(1)法人税,機械設備の輸入税の6~7年間免税,(2)事業税の5年間減税,(3)各品目の新規計画の禁止,などを決めた。また稼動後5年以内に20%以上の株式をタイ証券取引所に公開するよう義務づけた。第1石化はオレフィン系中間原料からポリエチレン,ポリプロピレン,塩ビモノマー・樹脂を展開するのに対し,第2石化は芳香族系中間原料から川下を中心とする。合成繊維の中間原料である高純度テレフタル酸については決着がつかず,決定を延期することにした。第2石化は第1次と同じ東部臨海のマプタプットに立地する。各プラントは1990~93年頃に完成する見通し。 |
DIA-204-1988-06-17-1 | タイ | 1988年06月17日 | 1980年代 | シッティ外相,バンコクでタク・ベトナム外相と会談―7月25日から予定されているジャカルタ非公式協議に両国とも代表を送ることで合意。 |
DIA-204-1988-06-19-1 | タイ | 1988年06月19日 | 1980年代 | バンコクでアキノ・プレーム会談。 |
DIA-204-1988-06-23-1 | タイ | 1988年06月23日 | 1980年代 | タイ石油公社(PTT),タイ最大のガス田を買い戻す―PTTはシャム湾南部ソンクラー沖合いの鉱区のガス,石油採掘権をシーグラム・グループのテキサス・パシフィック社など4社から買い戻した。 |
DIA-204-1988-06-24-1 | タイ | 1988年06月24日 | 1980年代 | 内務省,立候補者届け出を締め切る―16政党が約3700人の立候補者を登録した。 |
DIA-204-1988-06-28-1 | タイ | 1988年06月28日 | 1980年代 | 閣議,国家経済社会開発庁の新規役員会を任命―会長にはスントーン・ホングラタロームに代わって,ブーンマ・ウォングサワン元蔵相が就任。新規役員会のメンバーは,ブーンマ会長のほか,セーム・プリンプアンクー(社会保健,社会問題),アモーン・チャンタランムブーン(法律,社会,行政および開発問題),チャローン・プーントラクン(経済,社会問題)ウィラポン・ラマンク(経済問題),アナット・アパピラマ(工学,農業および水資源問題),アモーン・ラクササト(行政,開発および社会問題),シッパノン・ケトゥタット(教育,科学技術および環境問題),ワタンユ・ナ・タラーン(地域,社会開発)。 |
DIA-204-1988-06-29-1 | タイ | 1988年06月29日 | 1980年代 | 第二石化事業の高純度テレフタル酸生産奨励企業に英国ICI社。 |
DIA-204-1988-07-02-1 | タイ | 1988年07月02日 | 1980年代 | プミポン国王,チャクリ王朝で在位期間最長に(42年と23日)。 |
DIA-204-1988-07-04-1 | タイ | 1988年07月04日 | 1980年代 | バンコクでASEAN外相会議開催(~5日)。 |
DIA-204-1988-07-06-1 | タイ | 1988年07月06日 | 1980年代 | ASEAN拡大外相会議開催(~9日)。シッティ外相,対比援助を呼びかけ―拡大外相会議に出席した日,米,加,豪,ニュージーランド,ECの各国に対して。同時にASEAN製品に対する市場開放を求めた。 |
DIA-204-1988-07-07-1 | タイ | 1988年07月07日 | 1980年代 | プレーム首相,GSスティール社雇用問題で労組代表と会談―タイ労働評議会(LTC),タイ労働組合会議(TTUC),タイ労働全国会議(NCTL),全国自由労働連合会議(NFUC)およびGSスティール社労組の代表と会談。組合側は,(1)投資委員会の意志決定への参加,(2)GSスティールにレイ・オフされた労働者の職場復帰,を要求した。首相が労組代表と会談したのは初めて。 |
DIA-204-1988-07-07-2 | タイ | 1988年07月07日 | 1980年代 | ワチラロンコン皇太子,中国訪問(~17日)。 |
DIA-204-1988-07-08-1 | タイ | 1988年07月08日 | 1980年代 | プレーム首相,宇野外相に日本の対タイ貿易黒字圧縮を要請―ASEAN拡大外相会議出席のためバンコク滞在中の宇野外相がプレーム首相を表敬訪問した。プレーム首相は平等を基礎にした両国関係の強化を求め,貿易不均衡の是正を要請した。87年のタイの対日貿易赤字は425億4000万バーツ。 |
DIA-204-1988-07-11-1 | タイ | 1988年07月11日 | 1980年代 | 首都圏水道公社労組,抗議集会―サムトプラーカーン工業団地への給水を民間企業に許可した件につきプラチュアッブ内務相との会談を要求していたが,拒否されたため。 |
DIA-204-1988-07-13-1 | タイ | 1988年07月13日 | 1980年代 | タイ・カナダ経済協力協定調印―バンコク訪問中のクラーク外交担当国務長官とシッティ外相による,同時にカナダ政府は今後3年間に総額5億5000万バーツのグラント供与を約束した。国家経済社会開発庁が計画中の4プロジェクト(東北タイの中小企業開発,エネルギー部門への技術援助・王立開発センターの拡充・国家経済社会開発庁の技術・研究の拡充)に使われる。 |
DIA-204-1988-07-14-1 | タイ | 1988年07月14日 | 1980年代 | 国営企業労組,民営化反対の意志表示―19国営企業の労組が民営化反対のための団結に同意。首都圏水道公社,バンコク・バス公社・港湾公社などの反対活動支援を決定。 |
DIA-204-1988-07-17-1 | タイ | 1988年07月17日 | 1980年代 | バンコク・クレーン社,港湾公社に損害賠償請求―5月30日に政府が各船舶の船上クレーンの使用を認めて以来,4億バーツの被害を受けたとして。 |
DIA-204-1988-07-18-1 | タイ | 1988年07月18日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,タイ共産党の脅威に言及―武力闘争は減少しているが,戦略を変えて勢力拡大を狙っていると主張。 |
DIA-204-1988-07-19-1 | タイ | 1988年07月19日 | 1980年代 | 閣議,公務員給与の引き上げを決定―生活費支給の増額として一般公務員は0.9~24%,政治職公務員は59~134%の引き上げ。これにより首相の月給は1万5874バーツから2万6185バーツとなる。10月1日から実施。 |
DIA-204-1988-07-19-2 | タイ | 1988年07月19日 | 1980年代 | タイの衣料ミッションがモスクワ訪問(~8月17日)―アスパック社(メトロ・三井・ソ連企業の合弁)らが参加。 |
DIA-204-1988-07-19-3 | タイ | 1988年07月19日 | 1980年代 | カンプチア政府,タイ兵捕虜を釈放―カンプチア政府は釈放予定120人の最初として10人のタイ軍兵士を釈放し,トラート県クロンヤイでタイ軍に引き渡した。 |
DIA-204-1988-07-20-1 | タイ | 1988年07月20日 | 1980年代 | OECF,第14次円借款(総額459億2400万円,~5月1日)の利子率を下げ,2.9%へ。 |
DIA-204-1988-07-20-2 | タイ | 1988年07月20日 | 1980年代 | GSスティール社,工場再開とレイオフ労働者の再雇用に同意(8月15日から)。 |
DIA-204-1988-07-20-3 | タイ | 1988年07月20日 | 1980年代 | タイ・米合同軍事演習コブラ・ゴールド88開始。 |
DIA-204-1988-07-22-1 | タイ | 1988年07月22日 | 1980年代 | ウィーラ人民党書記長,恩赦により釈放―不敬罪で4年間の懲役に服していた。釈放後の政治活動は許されるが,5年間被選挙権は停止される。 |
DIA-204-1988-07-24-1 | タイ | 1988年07月24日 | 1980年代 | 総選挙実施―連立与党が勝利。タイ国民党が社会行動党,民主党を押さえて第1党となった。 |
DIA-204-1988-07-25-1 | タイ | 1988年07月25日 | 1980年代 | チャーチャーイ・タイ国民党党首,首相就任の意志はないと発言―「自分は首相に適格ではない」と述べ,プレームの再任を希望。 |
DIA-204-1988-07-25-2 | タイ | 1988年07月25日 | 1980年代 | 国王,新上院議員7名を任命―国会の構成は,上院267名,下院357名となる。 |
DIA-204-1988-07-26-1 | タイ | 1988年07月26日 | 1980年代 | タイ国民党,社会行動党,民主党,民衆党,統一民主党が連立で合意。 |
DIA-204-1988-07-26-2 | タイ | 1988年07月26日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,首相民選論に疑問―学生との会談で,「民選首相の登場がすぐに民主化の推進につながるわけではない」と発言した。また,軍は内閣の形成に介入しないと言明した。 |
DIA-204-1988-07-27-1 | タイ | 1988年07月27日 | 1980年代 | プレーム,首相再任を固辞―連立5党でプレームに首相再任を要請したがプレームは固辞。チャーチャーイ・タイ国民党党首は首相就任を受諾した。 |
DIA-204-1988-07-28-1 | タイ | 1988年07月28日 | 1980年代 | タイ国民党,チャーチャーイの首相指名公式提案書を国会議長に提出。 |
DIA-204-1988-07-29-1 | タイ | 1988年07月29日 | 1980年代 | シッティ・社会行動党党首の首相擁立の動き―タイ人民党,タイ統一党,コミュニティー行動党を中心として,シッティを首相に擁立する工作が進んだ。シッティ自身も,党の支持があればという留保付きながら首相就任への意欲を示した。 |
DIA-204-1988-07-31-1 | タイ | 1988年07月31日 | 1980年代 | 連立5党の組閣が進行―シッティもチャーチャーイ支持を強調し,シッティの首相就任は事実上なくなった。またチャムロン・バンコク都知事率いる仏法の力党もチャーチャーイ支持を表明した。 |
DIA-204-1988-07-31-2 | タイ | 1988年07月31日 | 1980年代 | ファイチュアン・グループ,ベトナムと合弁―米,ゴム,砂糖などを輸出する目的で二国間貿易会社を設立。タイ側は株式の50%を所有する。 |
DIA-204-1988-08-01-1 | タイ | 1988年08月01日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,新政府支持を表明―「軍はよい政府である限りどのような政府でも支持をする。国民は政府が自らの力を証明するのを見守らなくてはならない」と発言。 |
DIA-204-1988-08-02-1 | タイ | 1988年08月02日 | 1980年代 | チャラーム大衆党党首,チャーチャーイの首相就任に支持を表明。 |
DIA-204-1988-08-02-2 | タイ | 1988年08月02日 | 1980年代 | タク・ベトナム外相来訪。 |
DIA-204-1988-08-03-1 | タイ | 1988年08月03日 | 1980年代 | 国会開会。 |
DIA-204-1988-08-03-2 | タイ | 1988年08月03日 | 1980年代 | 大衆党,与党連合に合流―与党は6党となり,議席合計は220(全議席数の62%)になった。 |
DIA-204-1988-08-04-1 | タイ | 1988年08月04日 | 1980年代 | 国王,チャーチャーイを首相に任命―新首相の会見内容。(1)低所得者の生活改善に重点を置いた経済発展を目指す,(2)インドシナ諸国はタイ製品の市場となるべきである,(3)軍は民主主義的になってきている。軍の近代化を支持する,など。 |
DIA-204-1988-08-04-2 | タイ | 1988年08月04日 | 1980年代 | チャーチャーイ,国家経済社会開発庁(NESDB)の機能縮小を表明―NESDBはプレーム時代に政府主要プロジェクトのフィージビリティー・スタディーを行ない,実施プロジェクトの選定に大きく関与していた。しかし新首相はプロジェクト選定過程が非効率という民間の批判を受けて,NESDBの機能を開発計画策定に限定する意向(9月18日参照)。 |
DIA-204-1988-08-04-3 | タイ | 1988年08月04日 | 1980年代 | タイ・ベトナム外相会談―難民の帰国問題カンボジア問題についての意見交換。 |
DIA-204-1988-08-05-1 | タイ | 1988年08月05日 | 1980年代 | サノーNESDB長官,NESDBは新政府の指示どおりに機能すると発言。 |
DIA-204-1988-08-06-1 | タイ | 1988年08月06日 | 1980年代 | サッチャー英首相来訪(~9日)。 |
DIA-204-1988-08-08-1 | タイ | 1988年08月08日 | 1980年代 | 大蔵省,プーケット,ソンクラー両深水港の管理権をCPインターナショナル社に与える契約に調印―9月に開港予定。タイ港湾公社は民営化に抗議。 |
DIA-204-1988-08-09-1 | タイ | 1988年08月09日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,閣僚名簿を国王に提出。 |
DIA-204-1988-08-09-2 | タイ | 1988年08月09日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,新内閣支持を表明―同時に軍を適切に扱うよう政府を牽制した。 |
DIA-204-1988-08-09-3 | タイ | 1988年08月09日 | 1980年代 | シッティ外相,首相の対インドシナ貿易政策に疑問―インドシナ諸国との貿易関係拡大は,ベトナムの撤兵によるカンボジア問題の解決が前提となるべきと主張。 |
DIA-204-1988-08-10-1 | タイ | 1988年08月10日 | 1980年代 | チャーチャーイ内閣発足。 |
DIA-204-1988-08-14-1 | タイ | 1988年08月14日 | 1980年代 | 首相,「首相政策顧問評議会」(新設)評議員を指名,16日に正式任命―パンサック・ウィンヤラット(情報科学専門,ジャーナリスト出身),スクムパン・バリパット(外交政策専門,チュラー大国際安全保障研究所副所長),ナロンチャイ・アカラセニー(貿易・工業開発専門,TDRI副所長),チュワンチャイ・アチャナン(元ESCAP,国連大学,商業省顧問,チュラー大経済学部準教授),スラキアット・セティエンタイ(国際通商法専門,チュラー大講師),バウォンサック・ウワンノー(憲法,民法,知的所有権専門),クライサック・チュンハワン(労働問題専門,カセサート大講師,首相の息子)の7人。 |
DIA-204-1988-08-17-1 | タイ | 1988年08月17日 | 1980年代 | シッティ外相,首相の新政策顧問に不満を表明―15日に,タマサート大で行なわれたパネルディスカッションで,新評議員に指名されたスクムパン,クライサックらが,シッティ外相の外交政策を批判したことに対して。スクムパンらは,外務省の知的所有権法案支持,対ベトナム強硬姿勢,ダライ・ラマの入国拒否などを挙げて,国益よりも超大国への同調を優先していると批判した。 |
DIA-204-1988-08-17-2 | タイ | 1988年08月17日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,閣議に軍代表が出席すべきと提案―安全保障に関する正確な情報を提供するためとして。しかし与党内部,野党,学生グループから批判が続出し,22日にチャワリット陸軍司令官は「軍人は閣議に出席しない」と言明した。 |
DIA-204-1988-08-17-3 | タイ | 1988年08月17日 | 1980年代 | タイ衣料ミッション,ソ連より帰国―訪ソ中に,60万平方ヤードの生地を輸入し衣料に加工して,再びソ連に輸出する契約を結んだ。 |
DIA-204-1988-08-19-1 | タイ | 1988年08月19日 | 1980年代 | 国家安全保障会議,イスラム研究所設立を承認―南タイに全国初。イスラム教徒融和政策の一環。 |
DIA-204-1988-08-23-1 | タイ | 1988年08月23日 | 1980年代 | ピチャイ副首相,ベトナムとの経済関係拡大を主張―政経分離方式で。またカンボジアからの撤兵後にベトナムを訪問する意志を表明した。 |
DIA-204-1988-08-24-1 | タイ | 1988年08月24日 | 1980年代 | 国王,プレームを枢密院顧問官に任命。 |
DIA-204-1988-08-28-1 | タイ | 1988年08月28日 | 1980年代 | タイ人漁民,ビルマから脱走,帰国―領海侵犯容疑でビルマ内で投獄されていた70人が内乱に乗じて。ほかにも脱走者は多く,数日中に国境を越える模様。 |
DIA-204-1988-08-29-1 | タイ | 1988年08月29日 | 1980年代 | 国王,プレームに「大政治家」の称号と九宝王統勲章を授ける。 |
DIA-204-1988-08-30-1 | タイ | 1988年08月30日 | 1980年代 | 内閣,恩赦法案を承認―85年9月9日クーデタ未遂容疑者に対する恩赦。クリアンサク元首相,サーム元最高司令官,西独亡命中のマヌーン元大佐,マナット元空軍中佐らを含む。 |
DIA-204-1988-08-30-2 | タイ | 1988年08月30日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,東部臨海開発委員会,国家エネルギー委員会を再編―政権交替による。両委員会とも議長は首相が就任。 |
DIA-204-1988-08-31-1 | タイ | 1988年08月31日 | 1980年代 | 国会中継法案,下院3読会を通過,上院へ―下院審議のテレビ,ラジオ実況放送を認める内容。 |
DIA-204-1988-08-31-2 | タイ | 1988年08月31日 | 1980年代 | アメリカ,タイ製ボール・ベアリングに相殺関税―投資委員会の奨励政策を補助金と見なし,17.83%の相殺関税を仮決定。 |
DIA-204-1988-09-01-1 | タイ | 1988年09月01日 | 1980年代 | 下院,土地改革法案決議を延期―劣化した国有地を農民および農業従事希望者に分配する内容。しかし「農業従事希望者」という定義が曖昧なため,富裕層の投機的土地取得あるいは大農園の土地取得を招く恐れがあるとして与党内部で意見が分かれている。 |
DIA-204-1988-09-01-2 | タイ | 1988年09月01日 | 1980年代 | バンコク銀,預金金利引き上げ―9月12日より,1年定期7.25%→8%,普通5.5%→6.5%。 |
DIA-204-1988-09-01-3 | タイ | 1988年09月01日 | 1980年代 | レイ・オフ撤回要求で労働運動激化―GSスティール社とウィンナー・テキスタイル社にレイ・オフされた労働者100名がハンストを決行。労組員の合流も決定された。 |
DIA-204-1988-09-01-4 | タイ | 1988年09月01日 | 1980年代 | 首相,国内治安作戦司令部長官に就任―プレーム前首相が1日に同職を辞したため。 |
DIA-204-1988-09-02-1 | タイ | 1988年09月02日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,マレーシア訪問(~3日)―マハティール・マレーシア首相との会談で,タイがベトナムと公式に経済関係を結ぶのは,ベトナム軍のカンボジア撤兵以降であると確認。 |
DIA-204-1988-09-02-2 | タイ | 1988年09月02日 | 1980年代 | GSスティール社,労働者側と和解―レイ・オフ労働者のうち81名を再雇用する約束で。 |
DIA-204-1988-09-05-1 | タイ | 1988年09月05日 | 1980年代 | ウィンナー。テキスタイル社,労働者側と和解―89年1月までに,レイ・オフした労働者全員に職を提供する条件。 |
DIA-204-1988-09-06-1 | タイ | 1988年09月06日 | 1980年代 | 予算局,89年度予算案を内閣に提出―2855億バーツ(88年度当初予算比17.2%増)の大型予算。公務員賃金平均13.4%引き上げも含む。 |
DIA-204-1988-09-06-2 | タイ | 1988年09月06日 | 1980年代 | タイ農民銀,サイアム商銀,預金金利上げ―1日のバンコク銀と同率。 |
DIA-204-1988-09-06-3 | タイ | 1988年09月06日 | 1980年代 | 中国外務省代表団,来訪―劉外務次官以下5名。8日にシッティ外相と会談し,「カンボジア問題解決にはベトナムの撤兵が不可欠」で一致。 |
DIA-204-1988-09-07-1 | タイ | 1988年09月07日 | 1980年代 | 土地改革法案,下院第1読会通過。 |
DIA-204-1988-09-08-1 | タイ | 1988年09月08日 | 1980年代 | 恩赦法案,下院通過。 |
DIA-204-1988-09-08-2 | タイ | 1988年09月08日 | 1980年代 | 中央銀行・88年中は金利上限を上げない方針を発表―現行の上限は1年定期9.5%,普通7.25%。 |
DIA-204-1988-09-09-1 | タイ | 1988年09月09日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,シンガポール訪問(~13日)。 |
DIA-204-1988-09-09-2 | タイ | 1988年09月09日 | 1980年代 | 対米輸出品81品目,関税優遇延長―2年間延長(91年まで)。内容は,玩具,変圧器,スポーツ用品,家具陶器,医療・科学機器,電話,宝石等。 |
DIA-204-1988-09-09-3 | タイ | 1988年09月09日 | 1980年代 | ラオス,首脳会談開催を打診―ラオス政府は,ニラン・駐ビエンチャン大使に国境紛争早期解決を促す覚書を渡した。 |
DIA-204-1988-09-12-1 | タイ | 1988年09月12日 | 1980年代 | 政府,国境協議の10月開催をラオスに提案。 |
DIA-204-1988-09-12-2 | タイ | 1988年09月12日 | 1980年代 | タイ国会代表団,中国訪問。 |
DIA-204-1988-09-13-1 | タイ | 1988年09月13日 | 1980年代 | 国営企業労組,賃上げ要求―公務員の賃上げ決定,物価の上昇,82年以来賃上げがないことが理由。 |
DIA-204-1988-09-14-1 | タイ | 1988年09月14日 | 1980年代 | シアヌーク殿下,来訪(~17日)。 |
DIA-204-1988-09-15-1 | タイ | 1988年09月15日 | 1980年代 | タイ・ラオス経済協議(~17日)―スウィット商業省副次官,東北タイ4県代表らがビエンチャン入り。対ラオス禁輸61品目の再考,ラオスからの木材輸入を検討する。 |
DIA-204-1988-09-16-1 | タイ | 1988年09月16日 | 1980年代 | 愚赦法案,上院通過。 |
DIA-204-1988-09-16-2 | タイ | 1988年09月16日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令管,シンガポール訪問(~17日)。 |
DIA-204-1988-09-18-1 | タイ | 1988年09月18日 | 1980年代 | 首相,NESDB長官の役割を削減―前政府はNESDB長官に経済関係閣僚会議の議事選定を任せていたが,その役割を否認した(8月4日参照)。 |
DIA-204-1988-09-18-2 | タイ | 1988年09月18日 | 1980年代 | バンコク銀,貸出金利引き上げ(11.5%→12%)。 |
DIA-204-1988-09-19-1 | タイ | 1988年09月19日 | 1980年代 | 上院特別委,国会中継法案否決を勧告―以下の点で違憲と認められるとした。(1)法案は議員の発言ばかりでなく,単なる発声にも特権を認めている,(2)法案は議会だけでなく政府広報局の特権も認めている,など。 |
DIA-204-1988-09-20-1 | タイ | 1988年09月20日 | 1980年代 | 内閣,高速路・高速輸送公社(ETA)の第2次高速道路プロジェクトを承認。 |
DIA-204-1988-09-21-1 | タイ | 1988年09月21日 | 1980年代 | サンヤー・タイ人民党副書記長,サンティ・副内相(社会行動党)の自宅敷地内井戸掘削を違法と申し立て―バンコク市内での掘り抜き井戸掘削は禁止されている。また,サンティは掘削作業に公的設備を利用していた。 |
DIA-204-1988-09-22-1 | タイ | 1988年09月22日 | 1980年代 | 第14次円借款覚書交換(7月20日参照)。 |
DIA-204-1988-09-22-2 | タイ | 1988年09月22日 | 1980年代 | 南タイでの犯罪増加を討議する緊急動議が下院に提出される―9月に入りパッタニー県で南タイ分離派が学校,派出所を襲撃している。また20日にはナコンシータラマート県で銃撃事件が起きている。 |
DIA-204-1988-09-23-1 | タイ | 1988年09月23日 | 1980年代 | 上院,国会中継法案を154対25で否決。 |
DIA-204-1988-09-25-1 | タイ | 1988年09月25日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,フィリピン訪問(~27日)。 |
DIA-204-1988-09-25-2 | タイ | 1988年09月25日 | 1980年代 | ワチラロンコン皇太子,オーストラリア訪問(~10月4日)―ブリスベン万国博タイ・デーの開会式(26日)出席のため。 |
DIA-204-1988-09-27-1 | タイ | 1988年09月27日 | 1980年代 | 首相,サンティ副内相に井戸掘削の説明を求める―サンティは,サノー副内相の許可を得て洪水防止のための実験を行なった,と説明。 |
DIA-204-1988-09-28-1 | タイ | 1988年09月28日 | 1980年代 | タイ代表団,国連総会でベトナムに抗議―7月以降,100回以上にわたりタイ領土が砲撃され,多数の死傷者が出ている,と抗議文を回す。 |
DIA-204-1988-09-29-1 | タイ | 1988年09月29日 | 1980年代 | 賃金委員会,89年1月からの最低賃金引き上げを承認―バンコクおよび近郊5県73→76バーツなど,全国で3~4.1%。 |
DIA-204-1988-09-29-2 | タイ | 1988年09月29日 | 1980年代 | 下院,米国貿易法案を調査する特別委員会の設置を可決。 |
DIA-204-1988-10-01-1 | タイ | 1988年10月01日 | 1980年代 | トンライ・ラオス陸軍政治局副長官,来訪(~4日)―シサワット・ラオス人民軍総参謀長の訪タイ準備のため。 |
DIA-204-1988-10-02-1 | タイ | 1988年10月02日 | 1980年代 | 労組連合,89年1月実施予定の最低賃金引き上げの拡大を要求―タイ労働評議会(LTC),タイ労働組合会議(TTUC),タイ労働全国会議(NCTL),全国自由労働連合会議(NFUC)が共同で,全国平均引き上げ率を3.7%から10%へ上げるよう要求した。 |
DIA-204-1988-10-05-1 | タイ | 1988年10月05日 | 1980年代 | メトログループとソ連との合弁企業が始動―87年に設立したアスパック社(ソ連企業4社,三井タイランド,日商岩井,バンコク銀行との合弁)のオープニング・パーティーが開かれた。衣料,砂糖,ゴムなどの対ソ輸出が中心となる。 |
DIA-204-1988-10-06-1 | タイ | 1988年10月06日 | 1980年代 | 7野党,サンティ副内相に対する不信任動議を国会議長に提出。 |
DIA-204-1988-10-08-1 | タイ | 1988年10月08日 | 1980年代 | 警察,サンティの井戸に関する調査を見合わせる―所轄のバーンケーン警察署は,サンティの自宅敷地内井戸掘削に違法性はないと判断した。 |
DIA-204-1988-10-09-1 | タイ | 1988年10月09日 | 1980年代 | 首相,81年4月1日および85年9月9日クーデタ未遂事件の関係者10-15人の軍職復職を承詔―恩赦を受けたマヌーン元大佐,マナット元空軍中佐の兄弟も含まれる。 |
DIA-204-1988-10-09-2 | タイ | 1988年10月09日 | 1980年代 | トヨタ・タイランド社,国産部品使用碁準の緩和を工業省に要請―現在の基準は54%。トヨタは,国内組立エンジンは輸入エンジンより50%も割高になっており,販売価格がコストを下回っていると主張。 |
DIA-204-1988-10-11-1 | タイ | 1988年10月11日 | 1980年代 | 野党,最低賃金引き上げ幅拡大を要求する動議を提出。 |
DIA-204-1988-10-11-2 | タイ | 1988年10月11日 | 1980年代 | 社会行動党,サンティの信任決議に対応する足並み揃わず―タウィー,シパノム両議員が信任を拒否。タウィー議員は,サンティはバンコク市内のガンリンスタンド建設を規制する法の改正で特定業者に便宜をはかり,賄賂を受け取つたことがあると指摘した。 |
DIA-204-1988-10-15-1 | タイ | 1988年10月15日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,チャーチャーイ政府を批判―政治家が官僚を軽視し権力を独占しようとしている状況を批判し,もっと官僚に大きな政治的役割を認めるべきだと主張。また政府は政党に補助金を支給すべきだと発言。 |
DIA-204-1988-10-16-1 | タイ | 1988年10月16日 | 1980年代 | チャワリット発言に批判続出―チャーチャーイ首相,ククリット元首相らが,政治家と官僚の役割は明確に区別されるべきだと主張した。 |
DIA-204-1988-10-17-1 | タイ | 1988年10月17日 | 1980年代 | パタヤで第20回ASEAN経済閣僚会議開催。 |
DIA-204-1988-10-17-2 | タイ | 1988年10月17日 | 1980年代 | シサワット・ラオス人民軍総参謀長来訪(~19日)―18日にチャワリットと会談。 |
DIA-204-1988-10-17-3 | タイ | 1988年10月17日 | 1980年代 | ワッタナ副内相,最低賃金引き上げ幅拡大の必要を認める―4大労組連合(LCT,TTUC,NCTL,NFUC)代表者との会談で(10月2日,11月18日参照)。 |
DIA-204-1988-10-18-1 | タイ | 1988年10月18日 | 1980年代 | ASEAN6カ国,自動車部品交換計画協定了解覚書に調印―特定メーカーの自動車部品を各国が分担して生産し,交換する。最終的な組立ては各国で行なう。なお部品の輸出入に当たっては各国とも関税を最低50%引き下げる。 |
DIA-204-1988-10-18-2 | タイ | 1988年10月18日 | 1980年代 | 国営4銀行,預金金利引き上げ―11月より定期預金金利を7.25%から8%に引き上げる決定。 |
DIA-204-1988-10-18-3 | タイ | 1988年10月18日 | 1980年代 | 内閣,国営企業賃金引き上げを検討―ティエンチャイ副首相を委員長とする検討特別委員会の設立を決定。 |
DIA-204-1988-10-19-1 | タイ | 1988年10月19日 | 1980年代 | タイ・ラオス軍共同声明発表―主な内容は以下のとおり。(1)88年2月17日停戦協定および88年2月24日共同声明に基づき,紛争解決に武器は使用しない,(2)両国政府は1907年フランス・シャム条約に使用された地図を基本として国境画定会談を続ける,(3)両国は経済,貿易,通信,投資,観光などでの関係拡大を図る。同時にチャワリット陸軍司令官は10月29~30日のラオス訪問を発表した。 |
DIA-204-1988-10-19-2 | タイ | 1988年10月19日 | 1980年代 | サンティ副内相に対する不信任討議―与党のタイ国民党シアナート議員(サンティと同じチャヤプーム県の2区選出)と社会行動党タウィー議員は不信任を表明。 |
DIA-204-1988-10-19-3 | タイ | 1988年10月19日 | 1980年代 | 下院,公務員給与引き上げ関連8法案を可決。 |
DIA-204-1988-10-20-1 | タイ | 1988年10月20日 | 1980年代 | 下院,サンティ不信任動議を否決―206対142で。不信任票のうち与党内部からは7票。 |
DIA-204-1988-10-20-2 | タイ | 1988年10月20日 | 1980年代 | バンコク・ウォーター・リソース社が解散―サムトプラーカーン工業団地への給水契約を与えられていたが,首都圏水道公社(MWA)労組の激しい民営化反対運動の影響を受けた。 |
DIA-204-1988-10-20-3 | タイ | 1988年10月20日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,インドネシア訪問(~22日)―シッティ外相,チャワリット陸軍司令官らが同行。新任挨拶と政府首脳紹介を行なった。 |
DIA-204-1988-10-22-1 | タイ | 1988年10月22日 | 1980年代 | タイ共産党を名乗るグループが,南タイでタイ・パーム油社を襲撃。 |
DIA-204-1988-10-25-1 | タイ | 1988年10月25日 | 1980年代 | 政府,国営企業賃金引き上げを認める―労組代表との会談で。最低ランクの月給(2000バーツ)の20%引き上げを保証しその他は後に決定する。89年1月より実施。これにより政府支出は年間28億バーツ増える。25日に予定されていたストライキは回避された。 |
DIA-204-1988-10-27-1 | タイ | 1988年10月27日 | 1980年代 | 89年度予算案,下院第1読会通過。 |
DIA-204-1988-10-28-1 | タイ | 1988年10月28日 | 1980年代 | 上院,公務員給与引き上げ関連8法案を可決。 |
DIA-204-1988-10-28-2 | タイ | 1988年10月28日 | 1980年代 | 賃金委員会,最低賃金引き上げ幅拡大を検討する下部委員会設置を決定。 |
DIA-204-1988-10-29-1 | タイ | 1988年10月29日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,ラオス訪問(~30日)。 |
DIA-204-1988-10-30-1 | タイ | 1988年10月30日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,官僚の重要性を再び主張―陸軍のテレビ放送で。 |
DIA-204-1988-10-30-2 | タイ | 1988年10月30日 | 1980年代 | 『ワシントン・ポスト』紙(30日付)が,アメリカのカンボジア反政府勢力援助(シアヌーク派,ソン・サン派向け)をタイ陸軍高官,財界人が着服したと報道―88年の秘密援助1200万㌦のうち350万㌦。 |
DIA-204-1988-11-01-1 | タイ | 1988年11月01日 | 1980年代 | プラマーン内相の私的政策顕問に27人が加わり,総勢149名となる―大半は引退官僚,選挙落選者で,公費からの給与はない。法律問題,都市問題,治安問題,政治・行政問題,労働問題,都市計画,観光などのチームに別れている(Bangkok Post紙,1日)。 |
DIA-204-1988-11-01-2 | タイ | 1988年11月01日 | 1980年代 | アメリカ,鉄鋼製品輸出自主規制の延長を要求―84年に1.79%の相殺関税,15.6%の反ダンピング税を課された後も輸出は伸びている。 |
DIA-204-1988-11-02-1 | タイ | 1988年11月02日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,『ワシントン・ポスト』紙の援助着服報道に反論―陸軍軍人の援助着服は事実無根と反論。事実ならば着服した人物の名前を挙げよと主張。 |
DIA-204-1988-11-07-1 | タイ | 1988年11月07日 | 1980年代 | 外務省,プラパート副外相が11月中にビルマを訪問すると発表―ビルマ政府の招待を受けて,貿易・経済問題を話し合う計画。8日にシッティ外相はプラバートのビルマ訪問を確認した。 |
DIA-204-1988-11-08-1 | タイ | 1988年11月08日 | 1980年代 | 内閣,南タイ治安政策を修正―イスラム教徒が多数を占める南タイにおいて,(1)学生にタイ語の学習・使用を促すが,現地語も方言として認定する,(2)現地のイスラムリーダーを融和に活用する,(3)経済開発を進め貧困をなくすことによって国民意識を高める,など。 |
DIA-204-1988-11-09-1 | タイ | 1988年11月09日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,89年退官の意向を表明―側近に,89年中に軍職を辞して政界入りを考えていると語った。5月に辞意を表明した時はプレーム前首相に拒否されている。 |
DIA-204-1988-11-10-1 | タイ | 1988年11月10日 | 1980年代 | 季鵬・中国首相来訪(~14日)―11日にチャーチャーイ首相と会談。チャーチャーイは,公式な対ベトナム貿易の再開はベトナム軍のカンボジア撤兵後に行なうと確認。また両国間貿易・合弁事業の拡大,第三国市場での競合回避で一致した。 |
DIA-204-1988-11-12-1 | タイ | 1988年11月12日 | 1980年代 | プラパート副外相のビルマ訪問中止―シッティ外相が発表。ソウ・マウン新政権の弾圧政策をみて,国内の人権擁護グループ,学生,マスコミから強い反対を受けていた。また首相の承認も得ていなかった。 |
DIA-204-1988-11-15-1 | タイ | 1988年11月15日 | 1980年代 | 外交政策決定における外務省の役割縮小―外務省自らが発表。対インドシナ諸国政策に見られるように,新政府成立以来チャーチャーイ首相は政策顧問を使った独自の外交を欲していた。この発表で外務省は首相の外交政策イニシャチブを公式に認めた形となり,首相に相応の責任分担を求めている。 |
DIA-204-1988-11-15-2 | タイ | 1988年11月15日 | 1980年代 | 米国向けボール・ベアリングに輸出関税―米国が8月末に仮決定した相殺関税を回避するため,内閣はボール・ベアリングに輸出関税をかけることで対米交渉に入ることを決定。 |
DIA-204-1988-11-16-1 | タイ | 1988年11月16日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,シッティ外相とも,首相と外務省との間に意見の相違・内紛はないと発言。 |
DIA-204-1988-11-17-1 | タイ | 1988年11月17日 | 1980年代 | 労働者4000人が示威行動―18日に予定されている賃金委員会で最低賃金日給80バーツの要求を実現させる目的。 |
DIA-204-1988-11-18-1 | タイ | 1988年11月18日 | 1980年代 | 賃金委員会,最低賃金の再引き上げを決定―89年1月からの引き上げは9月の決定どおり行なわれ,4月に再引き上げが行なわれる。この結果バンコクおよび近郊5県の最低賃金は1月に73→76バーツとなり,4月に76→78バーツとなる。 |
DIA-204-1988-11-18-2 | タイ | 1988年11月18日 | 1980年代 | タイ企業,ビルマ政府と合弁契約―漁業関連6企業が契約。ビルマ領海内での操業が認められた。 |
DIA-204-1988-11-21-1 | タイ | 1988年11月21日 | 1980年代 | 南タイで大規模な洪水が発生―12月上旬に水が引くまで南タイのほぼ全域が被害を受けた。高速道路,鉄道,電話は不通。12月4日の政府発表によると,死者439人,行方不明者316人,重軽傷2000人。家屋倒壊4万8000戸,道路5200カ所,橋梁1400以上が被害。水田,果樹園,ゴム農場・工場,エビ養殖業などの被害も甚大な模様。ナコンシータマラート県ピプーン郡では,泥流とともに伐採された材木が流れ出し,村を全滅させた。 |
DIA-204-1988-11-22-1 | タイ | 1988年11月22日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官その他12人の軍代表が訪中(~26日)。 |
DIA-204-1988-11-22-2 | タイ | 1988年11月22日 | 1980年代 | 内閣,国営企業賃金構造改革に16億バーツ拠出する決定,10月25日の対労組妥協案では28億バーツが示されていたので,43%カットの決定となる。労組は拒否の態度を見せた。 |
DIA-204-1988-11-22-3 | タイ | 1988年11月22日 | 1980年代 | 首相,内務省および軍に南タイ救援活動を指示。 |
DIA-204-1988-11-23-1 | タイ | 1988年11月23日 | 1980年代 | 高速路・高速輸送公社(ETA)のバンコク市内高架鉄道プロジェクト(投資総額420億バーツ)をラバリン・インターナショナル・グループが落札。 |
DIA-204-1988-11-24-1 | タイ | 1988年11月24日 | 1980年代 | 国営企業労組,政府賃金改革を了承―南タイ洪水に対する政府の援助活動に資金がかかることを考慮して。 |
DIA-204-1988-11-24-2 | タイ | 1988年11月24日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,ラオス訪問(~25日)―カイソン・ラオス首相と会談した。同行したのは,シッティ外相,プラマーン内相,サナン農相,ミーチャイ総理府相,スウィット国家安全保障会議議長,等。 |
DIA-204-1988-11-25-1 | タイ | 1988年11月25日 | 1980年代 | タイ・ラオス共同コミュニケ発表―主な内容は以下のとおり。(1)共同国境委員会の設置,(2)国境を結ぶ橋の建設,(3)カンボジア問題解決への協力,(4)軍代表の交換。 |
DIA-204-1988-11-25-2 | タイ | 1988年11月25日 | 1980年代 | 首相,南タイ洪水被害状況視察―ラオスから帰国後直ちに。国王,赤十字社からの援助物資輸送開始。 |
DIA-204-1988-11-25-3 | タイ | 1988年11月25日 | 1980年代 | サナン農相,ナコンシータマラート県での森林伐採の合法性調査を指示―ピプーン郡で起きた災害は森林違法伐採に原因がある,との世論に応えるかたちで。 |
DIA-204-1988-11-26-1 | タイ | 1988年11月26日 | 1980年代 | シッティ外相,国連,米国,日本,ECに南タイ緊急援助要請。 |
DIA-204-1988-11-27-1 | タイ | 1988年11月27日 | 1980年代 | 『サウスチャイナ・モーニングポスト紙』(香港),タイ陸軍内にクーデタの動きありと報道―政府内部で汚職が横行しているのを軍は見かねており,クーデタ計画が進行しているという内容。 |
DIA-204-1988-11-28-1 | タイ | 1988年11月28日 | 1980年代 | 閣議,南タイ救援のため中央基金から5億バーツ拠出を決定―同時に洪水救援委員会(委員長=首相)の設置を決めた。首相は森林伐採許可の見直しが必要と発言。 |
DIA-204-1988-11-28-2 | タイ | 1988年11月28日 | 1980年代 | 米国162万バーツ,英国226万バーツ,豪州420万バーツの南タイ聚急援助を決定。 |
DIA-204-1988-11-29-1 | タイ | 1988年11月29日 | 1980年代 | 首相,クーデタの動きを全面否定。 |
DIA-204-1988-11-29-2 | タイ | 1988年11月29日 | 1980年代 | ワシントンで知的所有権,一般特恵(GSP)をめぐるタイ・米最終会議開催。 |
DIA-204-1988-11-29-3 | タイ | 1988年11月29日 | 1980年代 | 米国,タイ製鋼管に3.28%の相殺関税をかける仮決定。 |
DIA-204-1988-11-29-4 | タイ | 1988年11月29日 | 1980年代 | ウィシット第4軍区司令官,ピプーン郡の役人等3人の更迭を要求―森林違法伐採関与が理由。 |
DIA-204-1988-11-30-1 | タイ | 1988年11月30日 | 1980年代 | 内閣,森林伐採許可の新規供与を停止。 |
DIA-204-1988-11-30-2 | タイ | 1988年11月30日 | 1980年代 | 西独70万バーツの南タイ緊急援助,日本20万㌦(約500万バーツ)相当の物資援助。 |
DIA-204-1988-11-30-3 | タイ | 1988年11月30日 | 1980年代 | シッティ外相,タイ・米経済関係委員会議長を辞任―知的所有権,GSP問題に対する対米強硬派(首相政策顧問も含まれる)との意見不一致が原因とされる。 |
DIA-204-1988-12-01-1 | タイ | 1988年12月01日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,クーデタ計画を否定―チャーチャーイ政府はよくやっている,自分の在任中にクーデターは発生しないと明言した。 |
DIA-204-1988-12-02-1 | タイ | 1988年12月02日 | 1980年代 | 森林局,ナコンシータマラート県の局員を更迭―ピプーン郡の違法伐採調査で森林管理不徹底と判断。汚職取締委員会も官僚の違法伐採関与の調査を開始した。 |
DIA-204-1988-12-04-1 | タイ | 1988年12月04日 | 1980年代 | サナン農相,南タイ森林伐採僚止命令―1日に南タイ14県における計64の森林伐採許可を停止する命令を出した,と発表。 |
DIA-204-1988-12-06-1 | タイ | 1988年12月06日 | 1980年代 | 閣議,洪水救援活動の特別支出最高責任者に首相を指名―被害者救援活動の遅れの原因となっている統一機関不在を解消する意図。これにより首相は,救援に関するすべての支出の承認,ローンの設立,規制の設置・解除などの決定を行える。 |
DIA-204-1988-12-06-2 | タイ | 1988年12月06日 | 1980年代 | マプタプット工業港建設の入札―タイ工業団地公社で。89年1月中に落札予定。 |
DIA-204-1988-12-07-1 | タイ | 1988年12月07日 | 1980年代 | 中銀,非生産部門への貸付抑制を指示―景気過熱を憂慮。商銀に,不動産投機,贅沢品輸入,娯楽サービス・株式・自動車購入などの個人消費,への貸付活動報告書を月1回提出させる。また個人に5000万バーツ以上の当座貸付を行なう場合は中銀の事前承認が必要とした。 |
DIA-204-1988-12-08-1 | タイ | 1988年12月08日 | 1980年代 | 首相,米国の知的所有権保護要求に対して強硬姿勢を表明―国際経済政策委員会で最終的立場が決定できず首相に一任されていた。首相は,米国が89年3月に加入を予定しているベルン協定で知的所有権は保護されるので,その枠組み以外(たとえばコンピューター・ソフト)についてタイが特別に米国を優遇する必要はないと発言。 |
DIA-204-1988-12-08-2 | タイ | 1988年12月08日 | 1980年代 | 洪水被害地域の部分的減税―歳入局,物品税局,財政政策局,予算局,NESDBの会合で,被害地域の企業・個人に対し11月および12月の被害相当額について課税を免除することが決定された。 |
DIA-204-1988-12-08-3 | タイ | 1988年12月08日 | 1980年代 | レームチャバン港の民営が決定―港湾行政委員会で。政府の意向に沿って新会社が設立される。新会社には政府も参加し,外資も受け入れる予定。 |
DIA-204-1988-12-08-4 | タイ | 1988年12月08日 | 1980年代 | 港湾公社(PAT),クロントイ港にガントリークレーン3基を据え付け―ユーゴスラビア製クレーンで毎時20~25コンテナを運べる。89年9月にもう3基の据え付けを予定している。 |
DIA-204-1988-12-09-1 | タイ | 1988年12月09日 | 1980年代 | 投資委員会(BoI),ナコンラーチャシーマー県に初の地方支局を開く。 |
DIA-204-1988-12-11-1 | タイ | 1988年12月11日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,外交政策の大幅な変更を表明―政策決定権を首相に集中し,重要案件の決定にあたってはチャワリット陸軍司令官と緊密な連絡を取る。首相の述べた外交政策の変更は以下のとおり。(1)民間経済活動を中心にラオス,カンボジア,ベトナム,ビルマとの関係を改善・強化する,(2)軍は上記の国々と接触を持ち,タイが平和を望んでいることを明らかにする,(3)民間,軍の相互理解を基礎として政府間公式関係を樹立する,(4)ASEANの調和を維持し,ASEAN工業合弁事業(AIJV)を強化する(Bangkok Post紙,12日)。 |
DIA-204-1988-12-12-1 | タイ | 1988年12月12日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,第4軍区に南タイ復興のための「開発師団」設立を命令。 |
DIA-204-1988-12-13-1 | タイ | 1988年12月13日 | 1980年代 | シッティ外相,首相の外交政策変更発言に不満―首相はかねてから外交政策変更に関しては外務省と相談すると言っているが,今回は首相からの相談は何もなかったと発言。 |
DIA-204-1988-12-13-2 | タイ | 1988年12月13日 | 1980年代 | 内閣,個人所得税減税を決定―累進段階を11から6へ。年収200万バーツ未満の個人に対する平均減税率は31.2%になる。89年1月1日実施。 |
DIA-204-1988-12-14-1 | タイ | 1988年12月14日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,ビルマ訪問―タイ・ビルマ国境委員会議長として。9月クーデタ以来外国の代表がビルマを訪問するのは初めてだが,タイ側は首相も外務省も合意している。ソウ・マウン将軍との会談で少数民族問題を政治的に解決すること,武力抗争をやめ民主主義的政治プロセスを導入することを要請した。 |
DIA-204-1988-12-15-1 | タイ | 1988年12月15日 | 1980年代 | 4野党,合併に合意―人民党,コミュニティ行動党,進歩党,タイ統一党は89年初めまでに合併し新党を作ることに合意した。4党の議席合計は71で,合併後は与党第1党のタイ国民党に次ぐ議席数となる。 |
DIA-204-1988-12-16-1 | タイ | 1988年12月16日 | 1980年代 | 米国,タイのGSP一部削減の方向へ―米国貿易政策調査委員会の意向。決定は国務省,財務省,通商代表部の検討後に大統領によって行なわれる。 |
DIA-204-1988-12-18-1 | タイ | 1988年12月18日 | 1980年代 | 首相,米國のGSP削減に反対―米国は発展途上の同盟国を援助すべきで,GSP削減はタイにおける米国のイメージを著しく損ねると発言。 |
DIA-204-1988-12-19-1 | タイ | 1988年12月19日 | 1980年代 | 政府,ビルマ人帰国センターを設置―ターク県陸軍空港内に。国境に逃げ込んだ学生らのうち帰国を希望する者が対象。20日に活動開始。 |
DIA-204-1988-12-20-1 | タイ | 1988年12月20日 | 1980年代 | 対ラオス禁輸品目を削減―61品目から29品目へ。重機械・エンジン,建設用トラクター・ブルドーザー,クレーン,モーターボート,鉄鋼・アルミ建設資材,薬品などが輸出解禁。禁輸リストに残ったのは武器,ヘロイン製造に転用できる化学品,通信機器,飛行機・ヘリコプターおよびその部品,など。 |
DIA-204-1988-12-20-2 | タイ | 1988年12月20日 | 1980年代 | 内閣,丸太・製材の関税引き下げを承認―洪水被害による不足と価格高騰に対処するため。丸太7→1%製材12→2%。 |
DIA-204-1988-12-20-3 | タイ | 1988年12月20日 | 1980年代 | プラムアン蔵相・外国銀行支店開設の交渉を計画―外国資金導入の一環として。外銀を招き支店開設を打診する。指定されたのは三菱銀,長銀,ロイアルバンク(加),クレジット・リオネーズ(仏)など。要請があれば他の銀行とも交渉するとしている。 |
DIA-204-1988-12-21-1 | タイ | 1988年12月21日 | 1980年代 | シッティ外相,外交政策変更について首相との間に意見の相違はないと発言。 |
DIA-204-1988-12-22-1 | タイ | 1988年12月22日 | 1980年代 | スウィット政府スポークスマン,内閣改造の噂を否定―首相と外相の外交政策の相違が原因で,社会行動党が与党連合を離脱するという憶測に答えて。 |
DIA-204-1988-12-22-2 | タイ | 1988年12月22日 | 1980年代 | 首相,フン・センPRK首相の来訪を歓迎すると発言。 |
DIA-204-1988-12-22-3 | タイ | 1988年12月22日 | 1980年代 | 第2次バンコク高速道路プロジェクト契約調印―高速道・高速輸送公社(ETA)とバンコク高速道路社の交渉が決着。89年3月着工予定。 |
DIA-204-1988-12-24-1 | タイ | 1988年12月24日 | 1980年代 | シッティ外相,89年1月9日~12日のベトナム訪問を発表。 |
DIA-204-1988-12-26-1 | タイ | 1988年12月26日 | 1980年代 | ビルマ人学生・市民を本国送還―ターク空港の帰国センターから82名。カレン族反政府キャンプで送還に反対する学生によりタイ人公務員2名が拘留される。翌日釈放。 |
DIA-204-1988-12-27-1 | タイ | 1988年12月27日 | 1980年代 | スバン・ラオス外務次官来訪―プラパート副外相と国境問題を協議。 |
DIA-204-1988-12-28-1 | タイ | 1988年12月28日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,タイ・ラオス国境を結ぶ橋の建設に日本の協力を要請―岡崎大使に両国への資金協力,無償援助を要請した。 |
DIA-204-1988-12-29-1 | タイ | 1988年12月29日 | 1980年代 | タイ・ラオス,国境委員会枠組合意文書に調印―フランス・シャム条約(1907年)の内容調査をする下部委員会(両国から8名ずつ)の設置に合意。 |
DIA-204-1988-12-30-1 | タイ | 1988年12月30日 | 1980年代 | 首相,上院(任命制)廃止の憲法改正は時期尚早と発言。 |
DIA-204-1989-01-03-1 | タイ | 1989年01月03日 | 1980年代 | プラムアン蔵相,海外からの長期貸付獲得計画を公表-(1)すでに国内で活動または活動開始予定の投資者への外資獲得機会の賦与(返済期間3年以上の貸付の利払いは非課税),(2)外国金融機関の国内活動の許可,(3)SETに大企業の株式上場,(4)国内銀行に現在の制限以上の借入を許可し,課税率も優遇する,など。 |
DIA-204-1989-01-03-2 | タイ | 1989年01月03日 | 1980年代 | 農業省,キャッサバの年間生産上限を設定-農業開発委が承認。供給過剰を防ぐため,89年から5年間にわたり年間生産を1925万~2121万㌧に制限。農民にはユーカリ,カシューナッツ,養豚などへの転換を促す。 |
DIA-204-1989-01-04-1 | タイ | 1989年01月04日 | 1980年代 | 下院,89年度予算案最終読会-13時間以上の長時間審議の末5日,187対32で下院最終読会を通過。 |
DIA-204-1989-01-06-1 | タイ | 1989年01月06日 | 1980年代 | 89年度予算案,上院通過。 |
DIA-204-1989-01-06-2 | タイ | 1989年01月06日 | 1980年代 | タイ国民党,チャーチャーイを党首に再選-バンハーン工業相は幹事長に再選。副党首にはプラムアン蔵相,タウィット大学相,プラトゥアン副運輸・通信相,サノー副内相,ブーンウア総理府相,アヌワット総理府相らが選出された。 |
DIA-204-1989-01-07-1 | タイ | 1989年01月07日 | 1980年代 | 昭和天皇崩御。国王,首相,弔電を打つ。 |
DIA-204-1989-01-09-1 | タイ | 1989年01月09日 | 1980年代 | シッティ外相,訪越(~12日)-タイ外相の訪越は13年ぶり。同日ハノイでタク越外相と会談。 |
DIA-204-1989-01-10-1 | タイ | 1989年01月10日 | 1980年代 | 内閣,森林伐採禁止の2勅令を承認-国有林法,国有林保護法,国立公園法,野生動物保護法を改正する内容で発効は14日。勅令で森林を国立公園・野性動物保護地域に指定することもでき,その場合伐採は自動的に禁止。禁止により実際に被害を被るもの(すでに投資済みの者や解雇される労働者)には補償がなされる。 |
DIA-204-1989-01-11-1 | タイ | 1989年01月11日 | 1980年代 | タイ・ベトナム共同声明発表-以下は声明文からの抜粋。「両国は,世界的に起こっている対立から対話への急速な展開がこの地域に存在する問題の平和的解決を促し,東南アジアに平和,安定,発展をもたらす先がけとなっている,という見解を共有している」,「タイとベトナムは両国ともカンボジアと国境を接しており,カンボジア問題の解決に重要な役割と直接的な利害を有し,東南アジアに平和地域を創設することに共通の利益がある」,「両国はカンボジア問題の早期解決のために協力することが必要であると合意した」,「両国はジャカルタ非公式会議に全派が集まり,早期に開催出来るよう努力する」。声明発表後外相はホーチミン市を訪問,グエン・バン・リン書記長と会見。一方外相に同行した民間企業代表は200万㌦の材木を輸入する契約に調印。 |
DIA-204-1989-01-11-2 | タイ | 1989年01月11日 | 1980年代 | 内閣,公務員給与引き上げを承認-約30万人に適用。最低賃金の引き上げに伴い1日に遡り実施。 |
DIA-204-1989-01-12-1 | タイ | 1989年01月12日 | 1980年代 | アメリカ,89年度の対タイ安全保障援助を削減-昨年度5065万㌦から2920万㌦へ42%削減。アメリカは,グラム=ラドマン法に基づく歳出削減が原因でタイへのコミットメントを縮小させるという意味ではないと説明,共同軍事演習などを充実させる意向を示した。 |
DIA-204-1989-01-13-1 | タイ | 1989年01月13日 | 1980年代 | タイ・ラオス二国間貿易共同党書調印-銀行間での金融情報交換,バーツでの貿易決済,国境貿易地点増設の検討,対タイ木材輸出の解禁などで合意。 |
DIA-204-1989-01-14-1 | タイ | 1989年01月14日 | 1980年代 | 社会行動党,党幹部選出-党首=シッティ外相。副党首=ポン・サラシン副首相,スラット前書記長,チャイシリ総理府相,プラパート副外相,スビン商業相,ウドーン副農相など。書記長はモントリ運輸相。 |
DIA-204-1989-01-17-1 | タイ | 1989年01月17日 | 1980年代 | 閣議を月1回バンコク外で開くことに決定-問題の起きている現地で閣議を開けば,閣僚が「問題を肌で感じることができる」という首相の考えによる。 |
DIA-204-1989-01-17-2 | タイ | 1989年01月17日 | 1980年代 | 内閣,276地域の森林伐採禁止を承認-267の地域のうち南タイ103(3740万ライ),東北タイ78(2780万ライ),中部平原33(1960万ライ)。サナン農相は,内閣は永久的な閉鎖を支持していると発言。禁止は18日から。 |
DIA-204-1989-01-17-3 | タイ | 1989年01月17日 | 1980年代 | 日本,4月からの161熱帯産品関税引き下げを決定-タイへは黄麻製品,ジュート製品,ヒマシ油など29品目が対象。タイの29品目88年総輸出額は約7.3億バーツ。 |
DIA-204-1989-01-18-1 | タイ | 1989年01月18日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,マレーシア訪問(~20日)。 |
DIA-204-1989-01-18-2 | タイ | 1989年01月18日 | 1980年代 | 政府インフラ問題委,レームチャバン深水港民営で合意。 |
DIA-204-1989-01-19-1 | タイ | 1989年01月19日 | 1980年代 | 首相,インドネシアを非公式訪問-マレーシア訪問中の首相が予定外のインドネシアを訪問。スハルト大統領と会談し,フン・センPRK首相が訪タイしても,タイはカンボジア問題解決へのインドネシアのイニシャティブを否定するものではない,と説明。 |
DIA-204-1989-01-19-2 | タイ | 1989年01月19日 | 1980年代 | South China Morning Post紙(香港)の販売を禁止-88年11月27日付のタイ軍部によるクーデタ計画に関する記事が,タイの信用を著しく傷つけたという理由。 |
DIA-204-1989-01-19-3 | タイ | 1989年01月19日 | 1980年代 | 中央銀行,貯蓄促進策を示す(1)商銀に転換社債の発行を許可する,(2)定期預金利子への課税削減(15%→10%),(3)私企業の準備基金設立を促進する。 |
DIA-204-1989-01-20-1 | タイ | 1989年01月20日 | 1980年代 | 外相,ASEAN外相会議出席のためブルネイ訪問(~21日)-会議では第2回ジャカルタ非公式会議の枠組みについて協議。カンボジア四派全部の出席促進とシアヌーク支持の姿勢を確認した。フン・セン首相のタイ訪問については協議されなかった模様。 |
DIA-204-1989-01-20-2 | タイ | 1989年01月20日 | 1980年代 | 秦基偉・中国国防相来訪(~26日)-22日にチャワリット陸軍司令官と会談。 |
DIA-204-1989-01-20-3 | タイ | 1989年01月20日 | 1980年代 | 米国,対タイGSP削減を決定,同時に通商法301条発動を示唆-レーガン大統領の任期最終日に決定。米国の知的所有権をタイが適切に保護していないことに対する報復措置で7月1日より実施。1億6500万㌦(約41億2500万バーツ)の関税優遇削減で,タイのGSP輸出の5~6%にあたる。貴金属装飾品,造花,木製家具,米粉,モザイクタイル,電報・電話線接続器などが対象。政府輸出促進局はGSP削減の影響は大きくないとみている。5月までに知的所有権保護に対するタイの態度に変化がない場合は通商法301条を発動し調査にはいるとした。 |
DIA-204-1989-01-22-1 | タイ | 1989年01月22日 | 1980年代 | エバンス・オーストラリア外相来訪。 |
DIA-204-1989-01-24-1 | タイ | 1989年01月24日 | 1980年代 | 首相,25日のフン・センPRK首相の来訪予定を確認-フン・センの来訪は非公式であると強調。会談に外相,チャワリット陸軍司令官の参加も確認した。一方シアヌークは,フン・センの訪タイはPRKに正統性を与えるとして不満を表明した。 |
DIA-204-1989-01-25-1 | タイ | 1989年01月25日 | 1980年代 | フン・センPRK首相来訪(~26日)-第1回首脳会談でフン・セン首相は,9月までのベトナム軍撤兵と民主カンボジア三派への援助停止とのリンク,およびベトナム撤兵と総選挙を監視する国際委員会の設置を求め,国際平和維持軍の導入には反対した。一方,ソン・サンCGDK首相は,タイが外国首脳を招く権利を認めながらもフン・センの訪タイに不満を表明した。第2回会談(26日)では貿易,観光開発協力について話し合われた。 |
DIA-204-1989-01-25-2 | タイ | 1989年01月25日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,政府・軍のフン・セン招待を否定-今回の来訪はフン・センが希望したものと発言。チャーチャーイ首相は近隣諸国との良好な関係を築くため来訪を認めざるを得なかった,と主張。 |
DIA-204-1989-01-26-1 | タイ | 1989年01月26日 | 1980年代 | 首相,フィリピン訪問(~28日)。 |
DIA-204-1989-01-27-1 | タイ | 1989年01月27日 | 1980年代 | 貿易局,インドシナ諸国への投資のリスクを強調-ベトナム,ラオスと公式に貿易交渉を行なった理事の共通見解。金融情勢,政治的安定度,インフラなどに好ましくない要因があり,インドシナ諸国に投資するより国内の地方への投資が好ましい,私企業が上記諸国に投資する場合は自らリスクを負わねばならないとした。 |
DIA-204-1989-01-27-2 | タイ | 1989年01月27日 | 1980年代 | 日本,骨無し鶏肉の関税削減を通告-4月1日に14%から12%に引き下げられ,1㌧につき50㌦程度安くなる計算。タイの88年骨無し鶏肉輸出量8万9000㌧(46億バーツ)の95%は日本向け。 |
DIA-204-1989-01-30-1 | タイ | 1989年01月30日 | 1980年代 | 首相,民主カンボジア三派の代表と会談しジャカルタ非公式会談への参加を取付ける-ラナリット殿下(シアヌーク派),ソン・サン(ソン・サン派),キュー・サムファン(ポル・ポト派)をバンコクに招待。タイ側の会談出席者は首相,外相,スントーン陸軍参謀長,首相政策顧問3人(クライサック,スクムパン,パンサック)など。首相によると,フン・センPRK首相が次の会談で柔軟な姿勢を取ると約束。 |
DIA-204-1989-01-30-2 | タイ | 1989年01月30日 | 1980年代 | 経済関係閣僚会議,第6次5ヵ年計画の残り3年の経済成長率を5%から7.5%に修正して設定し直すことを決定-NESDBの提案。また経常収支赤字をGDPの4%以下に抑えることも承認された。 |
DIA-204-1989-02-01-1 | タイ | 1989年02月01日 | 1980年代 | ホーク・オーストラリア首相来訪(~6日)。 |
DIA-204-1989-02-09-1 | タイ | 1989年02月09日 | 1980年代 | シッティ外相,中国訪問(~12日)。 |
DIA-204-1989-02-10-1 | タイ | 1989年02月10日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,軍退役・政界入りの噂を否定。 |
DIA-204-1989-02-12-1 | タイ | 1989年02月12日 | 1980年代 | シアヌーク殿下,チャーチャーイ首相の外交政策を批判-首相の政策は間接的にベトナムのカンボジア植民地化を援助することになるとし,フン・センPRK首相の訪タイはPRKに正統性を認める結果になったと発言。 |
DIA-204-1989-02-13-1 | タイ | 1989年02月13日 | 1980年代 | 首相,ブルネイ訪問(~15日)。 |
DIA-204-1989-02-14-1 | タイ | 1989年02月14日 | 1980年代 | 各軍区司令官,地区の森林破壊取締調整センター長に任命される-軍を森林保護計画の核にする内閣の方針に沿って。 |
DIA-204-1989-02-14-2 | タイ | 1989年02月14日 | 1980年代 | 内閣,外国借入資金利子に対する源泉課税免除を承認-国内貯蓄が十分でないため,3月1日から8月31日の間に海外から調達された資金に対して実施される。 |
DIA-204-1989-02-16-1 | タイ | 1989年02月16日 | 1980年代 | 国家エネルギー政策委,私企業の発電・電力供給事業への参入を許可-経済発展に応じた電力供給を行なうためには民間活力導入が不可欠という判断。発電公社(EGAT)と共同投資を行なう。 |
DIA-204-1989-02-16-2 | タイ | 1989年02月16日 | 1980年代 | 対外債務管理委,89年度の国営企業対外借入額を11億9200万㌦に設定-借入上限を10億㌦から12億㌦に増額しプロジェクトも14から17に増やす。借入の内訳は,(1)高速道路局:3プロジェクト,2億6463万㌦,(2)電話公社:2プロジェクト,2億732万㌦,(3)灌漑局:1プロジェクト,1203万㌦,(4)首都圏水道公社:2プロジェクト,6073万㌦,(5)発電公社:5プロジェクト,4億8377万㌦,(6)国鉄:1プロジェクト,1745万㌦,(7)タイ国際航空:1プロジェクト,6600万㌦,(8)地方水道公社:1プロジェクト,1119万㌦,(9)地方電気公社:1プロジェクト,1332万㌦。 |
DIA-204-1989-02-17-1 | タイ | 1989年02月17日 | 1980年代 | カイソン・ラオス首相,ナコムパノム県のプラ・ターパノム・パゴタを訪問し,チャーチャーイ首相とともに祭りの開催式に出席-同パゴダは2000年の歴史を持ち周辺のタイ,ラオス人からの信仰を集めている。両首相はメコン川架橋の推進で一致。 |
DIA-204-1989-02-18-1 | タイ | 1989年02月18日 | 1980年代 | 外相,第2回ジャカルタ非公式会談(JIMⅡ)出席のためインドネシア訪問。 |
DIA-204-1989-02-21-1 | タイ | 1989年02月21日 | 1980年代 | タイ石油公社(PTT),ラオスと石油製品供給契約-4800万㍑の石油精製品(3億2700万バーツ相当)を2月から供給し始める予定。内訳はガソリン1300万㍑,軽油3285万㍑など。ラオスの石油製品需要の36%にあたる。 |
DIA-204-1989-02-22-1 | タイ | 1989年02月22日 | 1980年代 | 首相,JIMⅡの結果に満足と発言-会談は暗礁に乗り上げたがカンボジア四派がいくつかの点で共通理解を得たのは大きな前進であり,これはタイ外交の成功であると発言。 |
DIA-204-1989-02-23-1 | タイ | 1989年02月23日 | 1980年代 | ワチラロンコン皇太子,昭和天皇の大喪の礼出席のため訪日(~25日)。 |
DIA-204-1989-02-23-2 | タイ | 1989年02月23日 | 1980年代 | 首相訪日(~26日),ブッシュ大統領と会談-大喪の礼に出席するため。同日夜,同じく訪日中のブッシュ大統領と米国大使公邸で会談し,覚書を手渡した。覚書の主な内容は,(1)90年代に軍事協力を進めるにあたって,タイの防衛必要性の程度と米国の安全保障予算を考慮すべきである。たとえば米国兵器をタイ国内でライセンス生産することなどが考えられる,(2)貿易問題の解決のため,個別の問題に固執せず総体的な立場で両国の利益を考慮する必要がある,(3)両国がインドシナ諸国,ビルマとの貿易・投資を拡大することは,地域の平和・繁栄の確立に貢献する,など。会談後首相は以下の4点で合意したと語った。(1)カンボジア問題についてはシアヌーク支持を続ける,(2)麻薬撲滅に協力する,(3)両国の民間企業が交渉を進め,米国企業のタイ参入を促す,(4)両国政府間にホット・ラインを設置する。 |
DIA-204-1989-02-23-3 | タイ | 1989年02月23日 | 1980年代 | 首相の密使がビルマより帰国-プラパート議員(タイ国民党),ピサン内務次官,プリーチャ第1軍団参謀長を含む14人が4日間の滞在を終え帰国。ソウマウン政権との関係強化がねらい。 |
DIA-204-1989-02-23-4 | タイ | 1989年02月23日 | 1980年代 | スビン商業相,新タピオカ輸出政策概要を発表-ボーナス割当制を拡大する意向。 |
DIA-204-1989-02-26-1 | タイ | 1989年02月26日 | 1980年代 | チャーチャーイ首相,竹下首相と会談-竹下首相はバンコクの交通渋滞緩和のための高架道路建設プロジェクト(ラマⅣ通りサラデーン交差点-ファラムポン駅,総額約6億バーツ)への資金贈与を約束。4月30日から5月2日までの竹下首相の訪タイも決定された。 |
DIA-204-1989-02-27-1 | タイ | 1989年02月27日 | 1980年代 | 外相,「覚書」について事前に報告がなかったと発言-外相は,首相がブッシユ米大統領に手渡した「覚書」の起草に外務省は関与していなかったので,それを読んだのは今朝(27日)だったと発言。 |
DIA-204-1989-02-28-1 | タイ | 1989年02月28日 | 1980年代 | タク・越外相来訪(~3月2日)-タク外相は,カンボジア問題の国際的側面はかなり解決しており,国内問題に関してはカンボジア四派の意志を尊重すべきと発言。 |
DIA-204-1989-02-28-2 | タイ | 1989年02月28日 | 1980年代 | サナン農相,ビルマ訪問(~3月1日)-林業,漁業の認可の可能性を探る目的。現在タイの私企業18社がビルマでの森林伐採を許可されているが,国境の反政府少数民族によって操業が妨害されている。 |
DIA-204-1989-02-28-3 | タイ | 1989年02月28日 | 1980年代 | 首相,外交政策不変を強調,また外相の活動を賞讃-外相によれば,首相は閣議でブッシュ大統領に手渡した覚書の内容は外交政策の変更を意味していないと説明。また情報筋によれば,首相はJIMⅡでの外相の活動を賞賛した。 |
DIA-204-1989-03-01-1 | タイ | 1989年03月01日 | 1980年代 | 社会行動党(SAP)閣僚,シッティ外相(SAP党首)にチャーチャーイ首相(タイ国民党党首)との政策協調を要請-ククリット元首相(元SAP党首)が首相と外相の外交政策の相違を批判し,SAP内部で外相と他省大臣とを交替せよとしたのを受けて。 |
DIA-204-1989-03-01-2 | タイ | 1989年03月01日 | 1980年代 | タイ国際航空(THAI),政府の同社株式上場政策に反対を表明-THAIは先週行なわれた理事会で,政府の株式上場計画に反対する方針を決定した。 |
DIA-204-1989-03-02-1 | タイ | 1989年03月02日 | 1980年代 | 首相,タク・越外相との会談を延期-午前10時予定の会談を急拠延期。決定は首相自身が行った模様。首相は延期理由をスケジュールが過密なためとしたが,政府筋ではベトナムがJIMⅡで強硬姿勢をとり会談がストップしたことへの抗議の意味があるとしている。 |
DIA-204-1989-03-02-2 | タイ | 1989年03月02日 | 1980年代 | 浅尾氏(三井物産ラオス支店長)誘拐事件の捜査開始-1日ビエンチャンで起きた同事件の犯人がメコン川を渡りノーンカーイ県に潜入した可能性から,ノーンカーイ警察は協力態勢に入った。 |
DIA-204-1989-03-03-1 | タイ | 1989年03月03日 | 1980年代 | 首相,タク・越外相と会談。 |
DIA-204-1989-03-04-1 | タイ | 1989年03月04日 | 1980年代 | バンコク外で初の閣議をハジャイで開催,南タイ開発計画を承認-88年11月の南タイ洪水災害の復旧が一段落したのを受け,南タイ14県開発計画を承認した。計画の概要は以下のとおり。(1)沿岸,国境地域を輸出地区にする南部臨海開発計画,(2)アグロインダストリー開発,(3)観光促進,(4)自然,芸術,文化の保護。 |
DIA-204-1989-03-04-2 | タイ | 1989年03月04日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,89年中の退官を表明-司令官は9月の定期人事異動の時期に退官する意思を表明。4月からは自ら命令を発するのを止め,副司令官に権限を委譲する意図を明らかにした。 |
DIA-204-1989-03-07-1 | タイ | 1989年03月07日 | 1980年代 | 首相,チャワリット陸軍司令官の留任を希望。 |
DIA-204-1989-03-07-2 | タイ | 1989年03月07日 | 1980年代 | 外相,首相と外務省の関係改善を強調-外相は,「首相はわれわれをよく理解している」と発言。これに対して首相は,両者の最終目標は同一であると語った。また外相の家族とは婚姻関係で結ばれていることを強調。 |
DIA-204-1989-03-07-3 | タイ | 1989年03月07日 | 1980年代 | アラタス・インドネシア外相来訪(~9日)。 |
DIA-204-1989-03-07-4 | タイ | 1989年03月07日 | 1980年代 | タイ・ベトナム合弁観光会社,チャーター便第1号をホーチミン市へ-タニニー・サイゴン観光会社(タニニー貿易とサイゴン観光会社の合弁で,88年12月15日調印)が最初のパック旅行を実施。 |
DIA-204-1989-03-08-1 | タイ | 1989年03月08日 | 1980年代 | 皇太子,オマーン訪問(~10日)。 |
DIA-204-1989-03-08-2 | タイ | 1989年03月08日 | 1980年代 | ワタナ副内相,クロントイ・スラムの移住計画を発表-6ヵ月以内に希望する1000家族をプラーチーンブリ県へ移住させる計画で,すでに400家族が移住申請している。内務省は各家族に5ライずつの土地を与える計画。 |
DIA-204-1989-03-09-1 | タイ | 1989年03月09日 | 1980年代 | タイ警察,ルーイ県パクチョム郡で浅尾氏救出-ビエンチャンで誘拐された浅尾氏を犯人との銃撃戦の末,救出。犯人3人(ラオス人)は射殺された。竹下首相は謝意を表するメッセージをタイ政府に送った。 |
DIA-204-1989-03-10-1 | タイ | 1989年03月10日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,「開発師団」創設を首相が承認と発表-陸軍は東北タイと南タイの開発プロジェクトを司る「開発師団」の結成を進めていた。師団は二つ作られ,第2軍区と第4軍区に配属される予定。 |
DIA-204-1989-03-10-2 | タイ | 1989年03月10日 | 1980年代 | 投資委員会(BoI),ホテル建設に投資優遇を供与する方針を決定-観光地の客室不足を受けてバンコク,チェンマイ,ハジャイ,プーケット,パタヤの5地区にホテルを建設する企業に対して。 |
DIA-204-1989-03-11-1 | タイ | 1989年03月11日 | 1980年代 | 警察筋,浅尾氏誘拐事件は政治的背景ありと語る-誘拐犯人は6人の元右翼系ラオス兵で,リーダーは元少将。タイ人数人も関与していた。タイ・ラオス関係改善反対の意思表示として浅尾氏を誘拐し,関係に支障をきたそうという試みだったという説明。 |
DIA-204-1989-03-12-1 | タイ | 1989年03月12日 | 1980年代 | 皇太子,バーレーン訪問(~14日)。 |
DIA-204-1989-03-12-2 | タイ | 1989年03月12日 | 1980年代 | シンガポール警察,不法就労タイ人370人を逮捕-現在シンガポールで就業しているタイ人は2万5000人程度とみられ,そのうち5000人は不法就労者とされている。 |
DIA-204-1989-03-14-1 | タイ | 1989年03月14日 | 1980年代 | 首相,中国訪問(~17日)-シッティ外相を含む政府関係者23人と民間経済人143人が同行。 |
DIA-204-1989-03-15-1 | タイ | 1989年03月15日 | 1980年代 | チャーチャーイ・李鵬会談-北京訪問中の首相が李鵬・中国首相と会談,中ソ関係の正常化はカンボジア問題の解決促進,アジア・太平洋地域の安定促進に不可欠という認識で一致した。また首相は,アジア太平洋諸国の経済会議(ホーク・オーストラリア首相の提唱)への中国の参加を呼びかけた。 |
DIA-204-1989-03-15-2 | タイ | 1989年03月15日 | 1980年代 | 内務省,ビルマ産木材輸入のための通過地点6ヵ所を開設-15日官報に掲載されたのは,スリーパゴダパス(カーンチャナブリ県,94年2月まで),バンタートン(チェンマイ県,94年2月まで),バンプラトゥムアンノク(メーホーンソン県,94年まで)など。 |
DIA-204-1989-03-15-3 | タイ | 1989年03月15日 | 1980年代 | CPグループ,中国でのビール工場合弁に参加を公表-CPグループのチアタイ社副社長タナコーンは,オランダ,中国との合弁で上海にビール工場を建設し,年初に生産を開始したと発表。株式の50%は中国側が所有し,残りの50%はCPグループとオランダ・ハイネケン社が等しく所有する。CPグループ代表はブラックタイガー養殖(海南島),ホンダとの提携によるオートバイ組み立て工場(上海)など,積極的に対中投資を進める方針。 |
DIA-204-1989-03-16-1 | タイ | 1989年03月16日 | 1980年代 | 首相,北京で民主カンボジア三派代表と会談-首相はシアヌーク主催の午餐会に出席。キュー・サンファン(ポル・ポト派),ソン・サン(ソン・サン派)も同席。 |
DIA-204-1989-03-16-2 | タイ | 1989年03月16日 | 1980年代 | 国家港湾管理委,レームチャバン深水港民営で合意。 |
DIA-204-1989-03-17-1 | タイ | 1989年03月17日 | 1980年代 | チャーチャーイ・鄧小平会談-会談の大半はカンボジア問題について。鄧は中国とASEANが一致してベトナムに圧力をかけることが重要だとした。 |
DIA-204-1989-03-17-2 | タイ | 1989年03月17日 | 1980年代 | 首相,5月の中ソ首脳会談終了まではカンボジア,ベトナムとの直接接触を停止すると発言-中国からの帰国直前「タイは超大国でない」と発言し,中ソ両国にカンボジア問題解決のための影響力行使を要請。 |
DIA-204-1989-03-19-1 | タイ | 1989年03月19日 | 1980年代 | ポン副首相,首相政策顧問を批判-首相政策顧問は政策実行者ではないとし,彼らは目立ちたがっていると批判。また外務省,商業省内部では首相政策顧問の「妨害」に不満がくすぶっていると発言した。 |
DIA-204-1989-03-20-1 | タイ | 1989年03月20日 | 1980年代 | 経済閣僚会議,第6次5ヵ年計画のインフラ整備用追加予算を承認-計画されていた2697億9800万バーツに837億8300万バーツを追加し,37プロジェクトに振り当てられる。プロジェクトの内容は以下のとおり。(1)電力:発電・供給量の拡大,197億2200万バーツ,(2)通信:電話設備(移動式も含む)の拡充,65億8000万バーツ,(3)陸上輸送:高速道路・鉄道による経済圏の接続・渋滞緩和,239億5300万バーツ,(4)海上輸送:クロントイ港の混雑解消を民間中心に行う,(5)給水:首都圏への給水整備,経済・観光地域への給水整備,2億1500万バーツ,(6)住宅:バンコクに4000~6000戸の住宅建設,スラム居住者移住用の住宅2000戸の建設,5億4800万バーツ。 |
DIA-204-1989-03-21-1 | タイ | 1989年03月21日 | 1980年代 | 首相,政策顧問に国際経済政策委に不参加を指示-ポン副首相が委員長である国際経済政策委への政策顧問の参加をやめさせて,事態の収拾を図る目的。 |
DIA-204-1989-03-21-2 | タイ | 1989年03月21日 | 1980年代 | 首相政策顧問が記者会見-バウォンサクは,これ以上の誤解を防ぐために今後国際経済政策委に対するコメントはしないと発言。スラキアットは,首相の承認を受けて国際経済政策委に同行し対米交渉を行った,交渉にあたっては他の委員と常に協議していたと語った。パンサックは,政策顧問は今回の摩擦で意気消沈することはなく,首相に情報を提供し続けると発言した。 |
DIA-204-1989-03-22-1 | タイ | 1989年03月22日 | 1980年代 | ブッシュ米大統領,首相のホットライン設置提案を受け入れず-すでに両国間の通信システムは良好で,ホットラインの設置は必要でないとした。 |
DIA-204-1989-03-22-2 | タイ | 1989年03月22日 | 1980年代 | 崔浩中・韓国外相来訪(~26日)-24日に行なわれたタイ・韓国外相会談で,崔外相はタイに韓国の国連加入への協力を要請し,シッティ外相は韓国にタピオカなど農産品の輸入制限の緩和を要請した。 |
DIA-204-1989-03-27-1 | タイ | 1989年03月27日 | 1980年代 | 第45回ESCAP年次総会,バンコクで開催。 |
DIA-204-1989-03-28-1 | タイ | 1989年03月28日 | 1980年代 | 首相,インド訪問(~31日)-タイ首相のインド訪問は初めて。 |
DIA-204-1989-03-28-2 | タイ | 1989年03月28日 | 1980年代 | 首相,タイ人不法就労者へのシンガポール政府の対応を批判-シンガポール政府はこれまでタイ人不法就労を黙認しており,急な政策転換の意図が不明と発言。またシンガポール政府の行動は思慮に欠け,友好国に対してとる態度ではないとも発言した。 |
DIA-204-1989-03-28-3 | タイ | 1989年03月28日 | 1980年代 | アメリカ,タイ製ボールベアリング(ミネベア社製)に21.54%の相殺関税を正式決定-88年9月に仮決定されていた17.83%の相殺関税に上乗せする形。 |
DIA-204-1989-03-29-1 | タイ | 1989年03月29日 | 1980年代 | 陸軍の「新しい希望」プロジェクトに関する内務省,陸軍,南タイ14県知事の会議開催-提出されたレポートによるとプロジェクトの目的は,(1)南部国境地域行政センター(SBPAC)による最南部5県の経済社会開発計画の援助,(2)宗教,民族,職業的背景の異なる人々の統一,相互の信頼を促進する,など。プロジェクトへの参加は一般公務員,警察,陸軍となっているが,南タイ各県代表からは陸軍参如に反対の意見が相次いでいた。 |
DIA-204-1989-03-29-2 | タイ | 1989年03月29日 | 1980年代 | マプタプット深水港建設の落札第1侯補にイタルタイ(タイ・伊合弁)開発社-タイ工業団地公社理事会の決定。第2位は日本の大林組。最低価格を提示した韓国の現代は候補から外された。 |
DIA-204-1989-04-01-1 | タイ | 1989年04月01日 | 1980年代 | ビルマ国境地域(ターク県)の住民3000人が一時避難-ビルマ軍が国境のカレン族反政府勢力司令部(第7師団)を攻撃したのに伴い,流れ弾がタイ側にも被害を与えているため。 |
DIA-204-1989-04-03-1 | タイ | 1989年04月03日 | 1980年代 | M・タイ・グループ,華潤有限公司(中国)との合弁契約を発表-スチャイ・M・タイ・グループ会長が発表。国際展示センターとニュータウン(含ゴルフコース)をタイ国内に建設するプロジェクトで,総額は60億バーツ程度。 |
DIA-204-1989-04-05-1 | タイ | 1989年04月05日 | 1980年代 | タイ,ラオス,オーストラリア,メコン川架橋覚書に調印-ノーンカ-イで。調査,設計,建設の資金はオーストラリアが支出する。 |
DIA-204-1989-04-06-1 | タイ | 1989年04月06日 | 1980年代 | 民主党年次総会開催-ピチャイ党首(副首相)の留任が決定。ピチャイの任期は1990年12月まで。 |
DIA-204-1989-04-07-1 | タイ | 1989年04月07日 | 1980年代 | 商業省,タピオカボーナス割当の増量を決定-非EC市場にタピオカを輸出した企業には,1㌧につき1㌧の:EC向け輸出を総量40㌧の上限で割り当てる。 |
DIA-204-1989-04-08-1 | タイ | 1989年04月08日 | 1980年代 | コーンケーンで閣議開催-主な内容は以下のとおり。(1)歳出3350億バーツ(89年度当初予算比17.3%増)の1990年度予算案を承認,このうち170億バーツが地方開発特別会計に回される。東北タイ水資源開発プロジェクトには5億バーツ余りが支出される予定。(2)4校の大学新設を決定。東北タイに2校(スラナリ工科大学,ウボンラーチャターニー大学),中部タイ1校(スリナカリンウィロート大学チョンブリ校の格上げ),北部に1校(スリナカリンウィロート大学ピサヌローク校の格上げ)。(3)地方の土地所有権を調査する委員会の設置。 |
DIA-204-1989-04-09-1 | タイ | 1989年04月09日 | 1980年代 | 仏法の力党,初総会-チャムロン党首は留任。 |
DIA-204-1989-04-10-1 | タイ | 1989年04月10日 | 1980年代 | 米国たばこ輸出協会,タイ政府およびタイたばこ専売公社(TTM)を88年通商法301条に基づき通商代表部(USTR)に提訴-タイ政府およびTTMが,「正当な理由なく,差別的に」米国製たばこの輸入を制限しているとして。USTRは45日以内に提訴受理の可否を決定する(→5/26)。 |
DIA-204-1989-04-10-2 | タイ | 1989年04月10日 | 1980年代 | 政府第2次石化委,川上の2系列の立地を決定-芳香族系プラントはチョンブリ県スリラチャに,オレフィン系プラントはラヨーン県マプタプットに建設。 |
DIA-204-1989-04-11-1 | タイ | 1989年04月11日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,タイ・ラオス政策実行委委員長としてラオス訪問。 |
DIA-204-1989-04-11-2 | タイ | 1989年04月11日 | 1980年代 | プラパート副外相,ビルマ訪問(~13日)-鉱業・エネルギー相,農林業相らと会談。 |
DIA-204-1989-04-12-1 | タイ | 1989年04月12日 | 1980年代 | ソウマウン将軍,タイ企業を優遇すると発言-訪問中のプラパート副外相に対して。タイはビルマの「真の友人」であるので,貿易・投資プロジェクトの3分の2はタイ企業に割当てるとした。 |
DIA-204-1989-04-14-1 | タイ | 1989年04月14日 | 1980年代 | 学生代表,プラパート副外相のビルマ訪問に抗議-タイ学生連盟(SFT)代表が副外相と会見。民主化要求をした国民を虐殺しているソウマウン政権の正統性を認める行為はタイ外交の恥だと主張。 |
DIA-204-1989-04-16-1 | タイ | 1989年04月16日 | 1980年代 | タイ軍,領土侵犯のビルマ軍に対して威嚇発砲-14日にカレン族反政府勢力を追ってタイ領(ターク県ターソンヤン郡メーラ村)に侵入したビルマ軍に対して。 |
DIA-204-1989-04-16-2 | タイ | 1989年04月16日 | 1980年代 | 大蔵省,タイ銀行協会(TBA)の国債準備率削減要求を拒否-TBAは11日に商銀の国債準備を総預金の16%から14%へ削減を要求。しかし大蔵省は,国営企業設備投資を進めるには国内資金を借り入れる必要ありとした。 |
DIA-204-1989-04-18-1 | タイ | 1989年04月18日 | 1980年代 | 最高裁,3野党の解散を承認-人民党,コミュニティ行動党,進歩党の解散を承認。3党の所属議員71名は,60日以内に他の政党に加入しなければ議員資格を失う。最高裁の承認の後,内務省はタイ統一党が「連帯党」と党名変更することを認める発表をした。解散した3党の議員は連帯党へ合流する予定。 |
DIA-204-1989-04-18-2 | タイ | 1989年04月18日 | 1980年代 | 外相,出稼ぎ労働問題協議のためシンガポール訪問。 |
DIA-204-1989-04-18-3 | タイ | 1989年04月18日 | 1980年代 | 中央銀行,商銀地方支店開設促進ガイドラインを発表-中銀は国内商銀15行に書簡を送り,年内に地方53県に328の支店を開設するよう要請。インセンティブとして,(1)指定地域に支店を開設した銀行に対し,国債準備率規定(総預金の16%)を緩和する,(2)大銀行の地方支店開設3件につき,商業地域(バンコクを含む)での支店開設1件を認める,(3)中規模銀行に対しては,地方支店開設2件につき商業地域支店開設1件を認める,など。 |
DIA-204-1989-04-21-1 | タイ | 1989年04月21日 | 1980年代 | 元人民党議員がタイ国民党に入党-与党入りしたのは,ハーン・リーナノン(ナコンシータマラート県),ウィッタヤ・カナサ(ウボン県),ジャチュロン・コチャスリ(チュムポーン県)ほかの計9名。この結果タイ国民党議員は96名,与党連合議員229名,野党議員総数128名となった(下院議員総数は357名)。 |
DIA-204-1989-04-22-1 | タイ | 1989年04月22日 | 1980年代 | 首相,上院議員94名を指名-憲法85条により上院議員の3分の1が任期を満了したため。26名が再指名を受けたがウクリット上院議長は含まれず。94名のうち,37名が軍人,4名が上級警察官,32名が民間企業家。重要人物は,チャトリ・ソーポンパニット(バンコク銀行頭取,タイ銀行協会会長),サウェーン・ティラサワット警察大将(警察局副局長,犯罪抑止担当),ワン・チャンスー(首相政策顧問会議議長),ミーチャイ・ルチュパン(総理府相),チャイアナン・ムダワニジャヤ(チュラー大政治学部教授),スモン・ソムサーン(チャワリット陸軍司令官の妹)など。 |
DIA-204-1989-04-24-1 | タイ | 1989年04月24日 | 1980年代 | サノー国家経済社会開発庁(NESDB)長官,辞意表明-辞任は自ら決めたとして政治的な圧力を否定。 |
DIA-204-1989-04-24-2 | タイ | 1989年04月24日 | 1980年代 | プラパート副外相,ベトナム訪問(~25日)-ホーチミン市のタイ大使館跡地の再取得と国連難民高等弁務官事務所の第1次自主帰還民引き渡しの監視が目的。 |
DIA-204-1989-04-25-1 | タイ | 1989年04月25日 | 1980年代 | 閣議,建設資材の輸入関税撤廃・削減を承認-国内の建設資財不足解消が目的。内容は,スクラップ鉄の関税撤廃,鉄鋼インゴット,ビレット,鋼棒,コークスを25%→5%。1年間有効。 |
DIA-204-1989-04-26-1 | タイ | 1989年04月26日 | 1980年代 | 投資委員会(BoI),日本からの投資を抑制する方針を決定-過去3年間に日本資本による649プロジェクト(2000億バーツ相当)が承認されたが,89年は200プロジェクト程度に抑える。日本からの急激な資本流入によって,インフラ問題(港湾設備,電話回線,工業用地,熟練労働力の不足)が顕在化しているため。 |
DIA-204-1989-04-28-1 | タイ | 1989年04月28日 | 1980年代 | バンコクでインドシナに関する国際シンポジウムが開かれる-「インドシナ:戦場から市場へ」と題するシンポジウム。主な出席者はチャーチャーイ首相,タク・越外相,:Kong Sam-ol PRK副首相,ソン・サンCGDK首相,パオ・ラオス貿易・対外経済関係相,など。 |
DIA-204-1989-04-29-1 | タイ | 1989年04月29日 | 1980年代 | 竹下首相来訪(~5月2日)-30日のチャーチャーイ首相主催の晩餐会で,竹下首相はカンボジア問題解決へのタイの努力を称賛した。1日の首脳会談では,タイ側は日本の対タイ貿易黒字の縮小,タイ製品輸入の拡大を強く要請。 |
DIA-204-1989-05-01-1 | タイ | 1989年05月01日 | 1980年代 | 首相,メーデー集会に出席-首相の出席は8年ぶり。4万人の参加者の前で,社会福祉基金法制定と労働局の省への格上げに努力すると発言した。 |
DIA-204-1989-05-03-1 | タイ | 1989年05月03日 | 1980年代 | クエール米副大統領来訪(~4日)-東南アジア諸国歴訪の一環として。首相との会談では知的所有権保護問題が話し合われた。4日,副大統領はサイトBカンボジア難民キャンプを訪問。 |
DIA-204-1989-05-03-2 | タイ | 1989年05月03日 | 1980年代 | 国会開会。上院,議長にワン・チャンスー議員を選出-選出後ワン議長は,首相政策諮問委員会の委員長を辞任し,企業活動からも退くと発言。ワン議長は首相と親しく,またチャワリット陸軍司令官とは姻戚関係(ワンの甥がチャワリットの娘と結婚)にある。 |
DIA-204-1989-05-04-1 | タイ | 1989年05月04日 | 1980年代 | 下院,森林伐採禁止関連2勅令の一つを可決-勅令反対のタイ人民党,連帯党から,88年末の南タイ洪水災害は天災で2勅令は過剰反応だ,政府は木材輸入から利益を得ている,このような重要事項は勅令にせず国会で法律として決定すべきだ,などの意見がでた。10時間の討議をへて,218対91で可決された。残り一つの勅令の審議は,10日行なわれ,152対58で可決された。 |
DIA-204-1989-05-04-2 | タイ | 1989年05月04日 | 1980年代 | 下院,個人所得税減税の歳入法改正勅令を可決-1月1日に発効している大型減税勅令。 |
DIA-204-1989-05-05-1 | タイ | 1989年05月05日 | 1980年代 | フン・センPRK首相来訪-6日に首相,外相,チャワリット陸軍司令官らと,ベトナム撤兵後のカンボジア国内停戦について会談。 |
DIA-204-1989-05-10-1 | タイ | 1989年05月10日 | 1980年代 | 野党,共同で憲法改正案を下院議長に提出-署名は野党,中立の仏法の力党議員から123集まった。内容は下院議長を国会議長とすることと両院審議会を下院規程で行なうこと。 |
DIA-204-1989-05-10-2 | タイ | 1989年05月10日 | 1980年代 | 蔵相,貯蓄促進政策パッケージを発表-過度の外資依存を回避する目的。預貯金金利上限の引き上げ・撤廃,小口預金者の利子課税削減,生命保険加入者への税制優遇,社会福祉基金の設置など。 |
DIA-204-1989-05-12-1 | タイ | 1989年05月12日 | 1980年代 | 上院,森林伐採禁止2勅令と個人所得税削減勅令を可決。 |
DIA-204-1989-05-13-1 | タイ | 1989年05月13日 | 1980年代 | チェンマイで閣議開催-バンコク外閣議の第3回目。NESDB提案の北タイ開発計画を基本的に承認。主な内容は,(1)水資源開発:国家水資源委を創設し,ピン川,ワン川,ヨム川,ナン川,チャオプラヤー川を開発,(2)農業3農業発展のために公共部門を活用(中央市場の設置,輸送など),(3)工業:チェンマイに輸出センターを創設,民間主導による工業団地の造成など,(4)観光:シンガポール-チェンマイ間にASEAN特急を敷設,チェンマイ空港の国際化,(5)国境貿易:対ラオス,ビルマ国境貿易を管理する機関の設置,関連法制の整備・なお地域住民が反対していたケーンスアテン・ダムの建設については決定せず,詳細を検討することとした。 |
DIA-204-1989-05-15-1 | タイ | 1989年05月15日 | 1980年代 | 皇太子,ソ連訪問(~21日)。 |
DIA-204-1989-05-16-1 | タイ | 1989年05月16日 | 1980年代 | ワン上院議長,民主主義発展のための軍の役割を強調-票が買収できる現状では真の民主主義にはまだ遠く,軍の主導的役割が必要と発言。軍は政治に必要な理性・知識を備え,経済発展にも協力しているとした。 |
DIA-204-1989-05-16-2 | タイ | 1989年05月16日 | 1980年代 | 首相,バンコク外閣議の終了を宣言-14日にパンヤ首相秘書長が当面バンコク外閣議は行なわないと発表していたが,首相は完全な終了を宣言。 |
DIA-204-1989-05-16-3 | タイ | 1989年05月16日 | 1980年代 | 政府,知的所有権に関するベルン条約の批准拒否を決定。 |
DIA-204-1989-05-17-1 | タイ | 1989年05月17日 | 1980年代 | サノーNESDB長官辞任,後任にピシット副長官。 |
DIA-204-1989-05-17-2 | タイ | 1989年05月17日 | 1980年代 | 社会福祉関連5法案,下院第1読会通過-社会福祉基金法案,社会保障3法案,非労働関連疾病基金創設法案の計5法案。 |
DIA-204-1989-05-20-1 | タイ | 1989年05月20日 | 1980年代 | ビルマ軍がタイ領侵犯,タイ軍と衝突-約400人のビルマ軍兵士が,カレン族,カチン族反政府勢力キャンプの攻撃のためムアイ川を渡ってタイ領(ターク県メーソット郡)に侵入し家屋約100戸に放火,タイ陸軍・国境警備警察と衝突。 |
DIA-204-1989-05-22-1 | タイ | 1989年05月22日 | 1980年代 | 政府,ビルマ軍のタイ領侵犯停止と村民への補償をビルマ政府に要求。 |
DIA-204-1989-05-23-1 | タイ | 1989年05月23日 | 1980年代 | 大僧正,ポティラック師の僧籍剥奪を承認-地域・県僧侶代表者会議のポティラック師僧籍剥奪勧告をヤーナー・サンウォーン大僧正が承認した。後日開かれるサンガー委員会(宗務委員会)で正式決定される。ポティラック師は教団「サンティ・アソック」(1975年結成)のリーダーで,同教団は仏教界主流派に反しサンガー委員会の傘下に入ることを拒んでいる。ポティラック師は,僧籍を剥奪されても仏教伝道を続けると語った。 |
DIA-204-1989-05-23-2 | タイ | 1989年05月23日 | 1980年代 | スビン商業相,ビルマより帰国。共同貿易委員会の設置で合意-共同貿易委員会では,2国間貿易の拡大,バーツによる決済,ビルマ人商務関係官僚の教育などについて協議される。また同日政府は,ビルマ政府との漁業協力協定に調印。政府間レベルでは初で,タイ漁船は自由にビルマの漁港に寄港できるようになる。 |
DIA-204-1989-05-24-1 | タイ | 1989年05月24日 | 1980年代 | チャムロン・バンコク都知事(仏法の力党党首),ポティラック師支持を確認-ポティラック師が僧籍を剥奪されても,また逮捕・投獄されても支持することを確認し,信教の自由は基本的人権であることを強調した。チャムロン都知事は「サンティ・アソック」の熱心な支持者。 |
DIA-204-1989-05-26-1 | タイ | 1989年05月26日 | 1980年代 | アメリカ通商代表部(USTR),通商法スペシャル301条による優先監視国リストにタイをのせる-今後6ヵ月に知的所有権保護の改善を求め,90年初にリスト見直しをする予定。 |
DIA-204-1989-05-26-2 | タイ | 1989年05月26日 | 1980年代 | USTR,アメリカたばこ輸出協会の対タイ政府・たばこ専売公社提訴を受理(→4/10)。 |
DIA-204-1989-05-29-1 | タイ | 1989年05月29日 | 1980年代 | サンガー委員会,ポティラック師の僧籍剥奪を決定-主流派の修道原理に従わないという理由で,ポティラック師とその弟子80人の僧籍剥奪を決定。ポティラック師は,宗務管理法に基づく刑事裁判による審判以外は何の効力も持たないとし,決定の受入を拒否した。 |
DIA-204-1989-05-30-1 | タイ | 1989年05月30日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,「革命評議会」メンバーの逮捕を命令-ライナン「評議会」委員長(元タマサート大学講師)名で流されたリーフレットが議会制を否定し,国民を混乱させているとして。リーフレットの内容は,(1)「評議会」バンコク支局が国会の権力を担う,(2)「評議会」議長は,国会から「評議会」への権力委譲のための勅令を国王から賜る,(3)その後,プレーム元首相を「評議会」議長に,チャワリット陸軍司令官を首相に迎える,(4)新憲法制定まで現行憲法を停止する,というもの(→1988/5/19)。 |
DIA-204-1989-05-31-1 | タイ | 1989年05月31日 | 1980年代 | 「革命評議会」メンバー10人を逮捕-逮捕されたのは,ライナン・アルーンランシー(「評議会」委員長,元タマサート大講師),トンカム・ウィラット(「評議会」書記長)など(→6/1)。 |
DIA-204-1989-05-31-2 | タイ | 1989年05月31日 | 1980年代 | 中央銀行,定期預金(1年以上)の金利自由化を決定-6月1日より実施。普通預金,1年以下の定期預金,貸出の金利上限は,それぞれ7.25%,9.5%,15%のまま残される。 |
DIA-204-1989-06-01-1 | タイ | 1989年06月01日 | 1980年代 | プラサート逮捕-警察が「革命評議会」の創設者,プラサート・サプスントーン(元タイ共産党幹部,投降後はチャワリットの共産主義者融和政策の顧問に就任)を逮捕。 |
DIA-204-1989-06-01-2 | タイ | 1989年06月01日 | 1980年代 | プラマーン内相,各紙に「サンティ・アソック」に同情的な記事を書かないよう警告-同時にサンガー委員会,仏教に対する冒的な記事を掲載をしないよう警告した。 |
DIA-204-1989-06-01-3 | タイ | 1989年06月01日 | 1980年代 | 連合与党,憲法改正「妥協案」を下院に提出-野党が提出した改正案を次の総選挙後に発効させる内容。 |
DIA-204-1989-06-01-4 | タイ | 1989年06月01日 | 1980年代 | 連帯党,役員選出-党首:ナロン・ウォンワン,書記長:チャルームパン・スリウィコーン(元人民党党首),副党首:ブーンチュー・ロジャナスティエン(元コミュニティ行動党党首),ウタイ・ピムチャイチョン(元進歩党党首),その他12名。 |
DIA-204-1989-06-02-1 | タイ | 1989年06月02日 | 1980年代 | タイ工業団地公社,イタルタイ社とマプタプット深水港建設契約を結ぶ-建設費用は17億8200万バーツで,このうち約10億5000万バーツ(52億3440万円)が円借款。 |
DIA-204-1989-06-03-1 | タイ | 1989年06月03日 | 1980年代 | タイ・米共同軍事演習「コブラ・ゴ-ルド89」,ピサヌローク県で開始(~21日)。 |
DIA-204-1989-06-05-1 | タイ | 1989年06月05日 | 1980年代 | 政府首脳,中国6・4天安門事件に慎重に反応-首相は,悲しむべきことであるがタイは中国と関係が密接なので多くは話せないと発言,また中国で強硬派が台頭した場合にポル・ポト派への援助が続行されるのではないかと懸念を表明。スントーン最高司令部参謀長は,現在の良好なタイ・中関係を損なう恐れがあるため対中批判は行なわないと発言し,軍事関係の不変を強調した。 |
DIA-204-1989-06-05-2 | タイ | 1989年06月05日 | 1980年代 | 中国大使館,タイ民間企業家と緊急会議開催-大使館員は,6・4天安門事件は報道されているほど深刻ではないとし,経済改革,対外開放路線の不変を強調した。 |
DIA-204-1989-06-06-1 | タイ | 1989年06月06日 | 1980年代 | 首相,中国,香港向け投資のタイ流入を期待-定例閣議で,6・4天安門事件の影響で中国,香港向けだった投資がタイに流れる可能性が大きいと発言し,投資法,インフラなどの関係機関に準備を促した。 |
DIA-204-1989-06-07-1 | タイ | 1989年06月07日 | 1980年代 | 土地改革法案,下院第2読会通過-論争の中心となっていた土地を受け取ることのできる「農民」を定義する第3条は,151対79で通過。第3条での「農民」の定義は,(1)貧困な人,(2)農林学部の卒業者,(3)農民の子供,のいずれかで,農業を生業にしたいが土地を所有していない者,となっている。 |
DIA-204-1989-06-07-2 | タイ | 1989年06月07日 | 1980年代 | サイアム商銀,最低貸出金利(MLR)引き上げ-12%→12.5%。すでにアユタヤー銀,タイ軍銀,シティーバンク,チェイス・マンハッタン銀,スタンダード・チャータード銀が同様の引き上げを行なっている。 |
DIA-204-1989-06-08-1 | タイ | 1989年06月08日 | 1980年代 | 法務委員会,サンガー委員会のポティラック師僧籍剥奪の決定は合法と裁定-裁定を受けて教育省は9日,1週間以内に自主的に僧籍離脱するよう勧告。 |
DIA-204-1989-06-08-2 | タイ | 1989年06月08日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官(最高司令官代行),最高司令部将校の政治に関連する公式発言禁止を命令-第298/2532命令として発効。ただし,政治および民主主義発展を軍が監視することを止める訳ではないとした。 |
DIA-204-1989-06-08-3 | タイ | 1989年06月08日 | 1980年代 | 1986年9月クーデタ未遂事件関与の6人が軍籍復帰。 |
DIA-204-1989-06-10-1 | タイ | 1989年06月10日 | 1980年代 | サンガー委員会,ポティラック師に対し1週間以内の僧籍離脱を命令。 |
DIA-204-1989-06-14-1 | タイ | 1989年06月14日 | 1980年代 | 憲法改正法案,第1読会通過-両院合同の第1読会で野党案,与党案の一括採決の結果,賛成392,反対1,棄権42で通過。直ちに45名からなる特別委員会が設置され,法案の再検討後に第2読会に提出される。上院調整委は早朝,投票棄権を求める文書を議員に回覧したが(可決に必要な両院総議員数の過半数=312名の出席を阻むため),欠席は187名にとどまった。賛成票のうち341が下院議員,51が上院議員。チャワリット陸軍司令官,スントーン最高司令部参謀長,スチンダ陸軍副司令など主要な軍人上院議員は,陸軍航空機センター(ロッブリ)開会式出席のため議会欠席。 |
DIA-204-1989-06-15-1 | タイ | 1989年06月15日 | 1980年代 | ポティラック師,IDカードを申請僧侶にIDカード所持は義務づけられておらず,これによりポティラック師は自主的に僧籍を離脱したことになる。マナ教育相は,ポティラック師は法と仏教原理に反しない限り仏法を説くことが許されると発言。一方仏教主流派は,ポティラック師が正式な儀式において僧籍離脱を公言しない限り勝手な布教活動は認められないとした。 |
DIA-204-1989-06-17-1 | タイ | 1989年06月17日 | 1980年代 | 国営企業委主催のセミナー(~18日)で,民営化に不満の意見が続出-ティエンチャイ副首相,プラムアン蔵相は,好況持続でインフラ問題が顕在化しており,電力,工業用水,通信設備などの不足を効率的に解決するためには民営化が必要だと主張。一方国営企業総裁の多くは,政府は民営化によって財政負担を減じようとしているだけだと不満を表明。 |
DIA-204-1989-06-17-2 | タイ | 1989年06月17日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,軍の役割は安全保障から国家経済発展援助に移ったと発言-チュラチョムクラオ陸軍士官学校7期生(元ヤング・タークのメンバー)との会合で,これまで軍の主要任務は国家安全保障であったが,状況の変化により,これからは経済発展のための政府支援が主目標になると発言。 |
DIA-204-1989-06-19-1 | タイ | 1989年06月19日 | 1980年代 | ポティラック師を逮捕,拘留-サンガー委員会の僧籍離脱命令に応じなかったため(1962年仏教法27条違反)。 |
DIA-204-1989-06-20-1 | タイ | 1989年06月20日 | 1980年代 | 大蔵省,タイ国際航空(THAI)の株式上場計画を断念-スチョーン副蔵相は,大蔵省はTHAI株式上場計画を断念し,今後は運輸・通信省とTHAI役員会に任せると発言。ただしTHAIが株式上場をしない場合,その投資も政府の対外借入枠(年12億㌦)内で行なうとした(→3/1)。 |
DIA-204-1989-06-21-1 | タイ | 1989年06月21日 | 1980年代 | ポティラック師,保釈。 |
DIA-204-1989-06-21-2 | タイ | 1989年06月21日 | 1980年代 | スクムパン首相政策顧問,陸軍司令官の「スワンナプーム(黄金半島)」の概念に疑問の発言-スクムパンは,「もしスワンナプームの概念が,インドシナ半島においてタイが政治的・経済的権力を行使するという意味であれば危険である」と発言。 |
DIA-204-1989-06-22-1 | タイ | 1989年06月22日 | 1980年代 | 土地改革法案,下院第2,第3読会通過。 |
DIA-204-1989-06-22-2 | タイ | 1989年06月22日 | 1980年代 | 両院特別委,与党連合の憲法改正「妥協」案を支持-与野党双方の改正案が第1読会を通過した後に検討に入っていた。19対12で与党案支持を決定。 |
DIA-204-1989-06-22-3 | タイ | 1989年06月22日 | 1980年代 | 政府,ロンドンでユーロ・コマーシャルペーパーを発行-3億㌦(77億バーツ相当)のマルチカレンシー・オプションで,金利はLIBORより0.065~0.105%下げて設定される。調達した資金は返済資金の借り換え,資産調整に充てられる。 |
DIA-204-1989-06-27-1 | タイ | 1989年06月27日 | 1980年代 | 閣議,タイ発電公社(EGAT)理事会メンバー8人の更迭を決定-同時に新理事8人を指名。理事会は11人構成。更迭理由の公式発表はないが,更迭された8人は中国との合弁による発電所建設とEGATの民営化に反対していた。EGAT労組は他の25の国営労組の支持を受け,翌日から理事更迭撤回,民営化反対運動を展開。 |
DIA-204-1989-06-30-1 | タイ | 1989年06月30日 | 1980年代 | 90年度予算案,下院第1読会通過。 |
DIA-204-1989-06-30-2 | タイ | 1989年06月30日 | 1980年代 | 土地改革法案,上院第1読会通過。 |
DIA-204-1989-07-02-1 | タイ | 1989年07月02日 | 1980年代 | シッティ外相,ASEAN外相会議(~4日),拡大外相会議(6~7日)出席のためブルネイ訪問-外相会議では8月のカンボジア問題国際会議での共同歩調が探られ,拡大外相会議ではアジア太平洋経済協力機構設立への対応が討議された。 |
DIA-204-1989-07-03-1 | タイ | 1989年07月03日 | 1980年代 | 首相,EGAT理事会メンバーを再指名-解任された8人のうち5人が復帰。また19日の不信任審議後,EGAT担当大臣をチャラーム総理府相から首相自らに変更する提案がなされた。4日の閣議で承認され,同日EGAT労組は6日間の運動を終結。 |
DIA-204-1989-07-06-1 | タイ | 1989年07月06日 | 1980年代 | サマック・タイ人民党党首,連帯党との協調停止を発表-サマックは19日の4閣僚不信任審議において連帯党と共同歩調をとらないと明言。不信任閣僚リスト作成の際,サマックはチャラーム総理府相(大衆党)をはずし,バンハーン工業相(タイ国民党)を入れるよう要求したが,連帯党の反対で実現しなかった。 |
DIA-204-1989-07-10-1 | タイ | 1989年07月10日 | 1980年代 | 憲法改正法案,上下院合同第2読会通過-次の総選挙後に改正を実施する与党案が248対77で可決された。軍人上院議員の欠席が懸念されていたが,有力議員はほぼ出席し与党案に賛成。 |
DIA-204-1989-07-11-1 | タイ | 1989年07月11日 | 1980年代 | ビルマ軍タイ領侵犯,タイ国境警備警察と衝突-タイ領内の難民キャンプ掃討を目的としたビルマ兵約500人がメーホンソン県フアイハイ村に侵入。国境警備警察と交戦しタイ側に1名,ビルマ側に2名の死者をだした。チャワリット陸軍司令官は,何度も警告しているので今後は厳しい態度をとらざるを得ないと発言。12日には,防衛大学代表のビルマ訪問(13~15日)を中止させた。 |
DIA-204-1989-07-11-2 | タイ | 1989年07月11日 | 1980年代 | ラオス国営放送,タイのインドシナ経済政策を批判-ラジオ・ビエンチャンで4日に放送された論評をバンコクで傍受。首相の「インドシナを戦場から市場へ」という政策に対し,「タイは軍事力でラオスを破壊するのに失敗したので,今度は経済力を利用しようとしている」と決めつけた。 |
DIA-204-1989-07-12-1 | タイ | 1989年07月12日 | 1980年代 | タイ銀行協会,定期預金金利自由化へ-1日に金利取り決めを行なっていたが,それより高い金利を提供する銀行がでていたため。これにより18ヵ月定期預金10%,20ヵ月定期預金10.5%の取り決めが廃止される。 |
DIA-204-1989-07-13-1 | タイ | 1989年07月13日 | 1980年代 | タイ領侵犯ビルマ軍撤退。 |
DIA-204-1989-07-13-2 | タイ | 1989年07月13日 | 1980年代 | ラオス政府,タイのインドシナ政策支持の姿勢を確認。-ラオス外務省は,4日の放送は政府の政策を示すものではないとし,放送の責任所在の調査を約束した。 |
DIA-204-1989-07-14-1 | タイ | 1989年07月14日 | 1980年代 | 首相,国家肥料会社(NFC)の早期稼働に悲観的見解-東部臨海工業地帯のNFC工場予定地を視察した首相は,天然ガス価格が現在の半分にならなければ採算に合わず,工場の稼働はさらに遅れるだろうと発言。 |
DIA-204-1989-07-17-1 | タイ | 1989年07月17日 | 1980年代 | シンガポール政府,不法就労外国人に対する最終恩赦を発表-18日から3週間以内の国外退去を認めた。鞭打ち刑・投獄が決まっていたソムキット・カムジャンほかのタイ人約500人にも適用。 |
DIA-204-1989-07-17-2 | タイ | 1989年07月17日 | 1980年代 | 大蔵省,支店開設許可を与える外銀8行を選択-選択した銀行名を公表しなかったが,イギリス,フランス,カナダ,ベルギー,日本の銀行であるとした。申請したのは23行。細部を詰めた後,閣議で決定される。 |
DIA-204-1989-07-19-1 | タイ | 1989年07月19日 | 1980年代 | 下院で4閣僚に対する不信任審議(~20日)-スビン商業相,チャラーム総理府相,サナン農相,プラチュアップ科学相に対する不信任審議。 |
DIA-204-1989-07-19-2 | タイ | 1989年07月19日 | 1980年代 | 港湾公社理事会,ガントリー・クレーン3基の購入を承認-ユーゴスラビア・メタルカ社から総額2億2800万バーツで。すでにクロントイ港には同社製のガントリー・クレーン6基が据え付けられている。 |
DIA-204-1989-07-20-1 | タイ | 1989年07月20日 | 1980年代 | 投資委員会,ホテル投資への申請ガイドラインを発表-バンコク内での新規ホテル建設に対する優遇措置は観光公社規準の「高級ホテル」に限る,バンコク側に立地する場合は400部屋以上,トンブリ側の場合は200部屋以上,最低12階建て,などが内容。拡張投資,地方での投資についても規定。 |
DIA-204-1989-07-21-1 | タイ | 1989年07月21日 | 1980年代 | 下院,4閣僚不信任案を否決-スビン商業相(社会行動党)208対70,チャラーム総理府相(大衆党)210対90,サナン農相(民主党)186対89,プラチュアップ科学相(民主党)205対88で不信任案はすべて否決された。サナン農相の信任票が少なかったのはタイ国民党と社会行動党の議員に欠席する者がでたため。不信任案可決に必要な票数は179(下院総議席の過半数)。 |
DIA-204-1989-07-23-1 | タイ | 1989年07月23日 | 1980年代 | プラムアン蔵相,付加価値税導入法案の国会提出を90年5月以降に延期-付加価値税委は89年中の特別国会で可決し,90年7月からの導入を主張していた。 |
DIA-204-1989-07-24-1 | タイ | 1989年07月24日 | 1980年代 | プラソップ社会行動党スポークスマン,サナン農相は辞任すべきだと発言-不信任決議で20人以上の与党議員が信任票を投じなかったことを重くみて。 |
DIA-204-1989-07-26-1 | タイ | 1989年07月26日 | 1980年代 | 憲法改正法案,上下院合同第3読会通過,成立-496対0で可決。主要軍人上院議員は欠席。 |
DIA-204-1989-07-27-1 | タイ | 1989年07月27日 | 1980年代 | 社会保障法案,下院第2,第3読会通過-政府原案では労働福祉基金は雇用者,労働者から支出される(給与の1.5%相当額)ことになっていたが,改正案では政府も同額の支出を行なう。また原案で示された労働時間外の病気・受傷,出産,死亡,身体傷害への保障に加え,失業,老齢化,育児に対しても保障する内容。 |
DIA-204-1989-07-27-2 | タイ | 1989年07月27日 | 1980年代 | 恩赦法案,下院第1,第2,第3読会通過-反共産主義法違反者に対する恩赦。 |
DIA-204-1989-07-28-1 | タイ | 1989年07月28日 | 1980年代 | 土地改革法案,上院第2,第3読会通過,成立。 |
DIA-204-1989-07-28-2 | タイ | 1989年07月28日 | 1980年代 | 恩赦法案,上院第1,第2,第3読会通過,成立。 |
DIA-204-1989-07-28-3 | タイ | 1989年07月28日 | 1980年代 | 国会閉会。 |
DIA-204-1989-07-29-1 | タイ | 1989年07月29日 | 1980年代 | 外相,カンボジア問題国際会議出席のためパリ訪問。 |
DIA-204-1989-07-31-1 | タイ | 1989年07月31日 | 1980年代 | プラマーン内相,ソ連訪問(~8月9日)。 |
DIA-204-1989-07-31-2 | タイ | 1989年07月31日 | 1980年代 | タイ・米非公式貿易交渉,パタヤーで開催(~8月1日)-タイの特許権・知的所有権保護問題,外国製たばこ輸入制限問題が主な議題。 |
DIA-204-1989-07-31-3 | タイ | 1989年07月31日 | 1980年代 | 経済閣僚会議,第6次計画(~1991年)に37プロジェクトの追加を承認-インフラ関連投資で総額837億8300万バーツ。発電公社,通信公社,高速道路局,国鉄,空港公社,港湾公社などに振り分けられる。 |
DIA-204-1989-08-01-1 | タイ | 1989年08月01日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,クーデタの可能性を否定-タイ雇用者連合(ECOT)との会談で,自分の在任中にクーデタは起こらないと強調。 |
DIA-204-1989-08-02-1 | タイ | 1989年08月02日 | 1980年代 | シサワット・ラオス人民軍総参謀長来訪-タイ政府のインドシナ政策支持の姿勢を再確認。 |
DIA-204-1989-08-02-2 | タイ | 1989年08月02日 | 1980年代 | 首相,ブルネイ,マレーシア歴訪へ出発(~5日)。 |
DIA-204-1989-08-05-1 | タイ | 1989年08月05日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,国軍の50%削減方針を発表-数年で人員を半減させる一方,軍備の近代化を進める意向を発表した。 |
DIA-204-1989-08-05-2 | タイ | 1989年08月05日 | 1980年代 | 外相,シンガポールの米軍基地受け入れ提案に肯定的見解-4日のシンガポール提案に対し,東南アジアに戦略的勢力均衡をもたらすと発言。 |
DIA-204-1989-08-06-1 | タイ | 1989年08月06日 | 1980年代 | スクムパン・チュラー大安全保障研究所副所長(首相政策顧問),チャワリット陸軍司令官の発言を批判-スコータイタマーティラート大学のセミナーで。政治家の汚職追放と同時に軍人も商取引・政治から手を引くべきだと主張し,陸軍司令官が1日に「政府関係者の90%は汚職をしている」と発言したのに対して,「(そのように主張する者は)まず自らの身辺を清潔にすべきだ」と批判。また陸軍司令官の「自分の在任中にクーデタの可能性はない」という発言も当然のことで今さら不必要であるとした。チュラチョムクラオ陸軍士官学校のカリキュラムについても近代化のため改革が必要と発言。 |
DIA-204-1989-08-07-1 | タイ | 1989年08月07日 | 1980年代 | 陸軍士官約1000名がスクムパン批判の集会-ウィロート陸軍参謀長補,サンヤー第1軍団司令官,ワッタナ第9師団司令官らが参加。スクムパンの首相政策顧問辞任,チャワリット陸軍司令官への謝罪を要求。 |
DIA-204-1989-08-08-1 | タイ | 1989年08月08日 | 1980年代 | 陸軍司令官,士官の行動を擁護,スクムパンは首相政策顧問辞任-チャワリットは陸軍士官の7日の行動を評して,陸軍が何を感じているか国民に示すのはよいことだとした。午後スクムパンの辞表を首相が受理。 |
DIA-204-1989-08-08-2 | タイ | 1989年08月08日 | 1980年代 | 港湾公社(PAT)労働者がスト-レームチャンバン深水港民営化と同港を運営する国営企業新設に反対して。午後にはクロントイ港の機能はほぼ停止した。9日,運輸相と労組の交渉で,閣議にレームチャバン港をPATに運営させる提案を行なうことで合意,ストは終結。 |
DIA-204-1989-08-08-3 | タイ | 1989年08月08日 | 1980年代 | 警察,「サンティ・アソック」に所属する僧侶105名を拘留-刑法208条「いかなる宗教においても,服装や他の物を使って自らが聖職者・修道者であると偽った者は,1年以下の拘留または2000バーツ以下の罰金または両方に処する」による。9日,警察は26名を無罪として釈放,10日には残りの僧侶79名を保釈した。 |
DIA-204-1989-08-08-4 | タイ | 1989年08月08日 | 1980年代 | 閣議,外国人投資家への3年間国内居住許可提案を承認-投資委員会(BoI)の提案。ガイドラインは,(1)BoI認可のプロジエクトに1000万バーツ以上投資し,その株式の25%を所有する者,(2)800万バーツ以上の国債を購入し10年以上保有する者,となっている。 |
DIA-204-1989-08-12-1 | タイ | 1989年08月12日 | 1980年代 | 外相,シンガポールの米軍基地受け入れ提案はシ・米2国間問題でありタイは関与しない,と発言。 |
DIA-204-1989-08-15-1 | タイ | 1989年08月15日 | 1980年代 | 首相,シンガポールの米軍基地受け入れ提案について閣僚に箝口令。 |
DIA-204-1989-08-15-2 | タイ | 1989年08月15日 | 1980年代 | 閣議,次期国家警察局長官にサウェーン大将(副長官,58歳)を指名-ポー現長官の定年に伴い10月1日に就任する。プラマーン内相の強い推薦を受けていたが,首相が拒否するのではないかと憶測されていた。 |
DIA-204-1989-08-15-3 | タイ | 1989年08月15日 | 1980年代 | 発電公社(EGAT)担当にアヌワット総理府相,予算局担当にチャラーム総理府相-EGAT理事指名問題で担当を外されていたチャラームが,予算局担当のアヌワットと担当機関を交換する形の閣内人事。 |
DIA-204-1989-08-16-1 | タイ | 1989年08月16日 | 1980年代 | 下院問題委,贈収賄疑惑の調査開始-7月の閣僚不信任決議の際,投票について賄賂を要求した議員がいたという疑惑について。 |
DIA-204-1989-08-17-1 | タイ | 1989年08月17日 | 1980年代 | 大蔵省,長期海外借入の利子源泉課税免除期間を延長-8月末の期限を控え,6ヵ月間の延長を指示。 |
DIA-204-1989-08-17-2 | タイ | 1989年08月17日 | 1980年代 | 中銀,商銀の国債準備率削減を決定(14%→12%)。 |
DIA-204-1989-08-21-1 | タイ | 1989年08月21日 | 1980年代 | 皇太子,ユーゴスラビア,ハンガリー,オーストリア歴訪へ出発(~9月4日)。 |
DIA-204-1989-08-21-2 | タイ | 1989年08月21日 | 1980年代 | 国家エネルギー政策委,石油製品物品税再削減を承認-7月10日の削減に続き,小売価格据え置きが目的。 |
DIA-204-1989-08-22-1 | タイ | 1989年08月22日 | 1980年代 | タイ,ラオス,オーストラリア,バンコクでメコン川架橋会議(~23日)-橋の立地はノーンカイ県チョムマニー村・ビエンチャン市ターナレーン間に決定。90年2月工事開始,94年完成の予定。 |
DIA-204-1989-08-23-1 | タイ | 1989年08月23日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,反共産主義法(1952年)は時代遅れと発言-国内共産主義者の武力闘争はすでに終了していること,インドシナ諸国・ビルマは脅威ではなくなったことから,より広汎な国内治安法の制定が必要とした。翌24日,首相は賛意を表明。 |
DIA-204-1989-08-23-2 | タイ | 1989年08月23日 | 1980年代 | 蔵相,外銀9行と最終交渉(~24日)-支店開設交渉を行なったのはバークレイズ銀(英)・ノヴァ・スコーシャ銀(加),ソシエテ・ジェネラル銀(仏)・ウェストパック銀(豪),ABN銀(蘭),三菱銀・興銀・長銀・住友銀。大蔵省の条件は,(1)登録資本5000万㌦以上,(2)住宅ローン以外の小口取引禁止,(3)活動開始後3年間で国営企業へ3億㌦以上の融資を行なう,など。蔵相は各行に3年間の活動計画の30日以内提出を指示。 |
DIA-204-1989-08-26-1 | タイ | 1989年08月26日 | 1980年代 | 遅浩田・中国人民解放軍総参謀長来訪(~28日)-陸軍司令官,首相と会談。中国側は東北タイ緑化プロジェクト支援のためのトラクターほか重機械を贈呈。 |
DIA-204-1989-08-28-1 | タイ | 1989年08月28日 | 1980年代 | BoI,サイアムケミカルズ・グル-プの深水港建設プロジェクトを認可-民間の深水港建設は初。シーチャン島に建設予定で投資総額は12億バーツ。 |
DIA-204-1989-08-28-2 | タイ | 1989年08月28日 | 1980年代 | カンボジアへ自動車を初輸出-MMCシティポン社組み立ての自動車30台をサタヒップ港から。 |
DIA-204-1989-08-28-3 | タイ | 1989年08月28日 | 1980年代 | ラオス,右ハンドル自動車輸入を禁止-ラオス国内では自動車は右側通行(タイは左側)。明らかにタイからの輸入を禁止する内容。 |
DIA-204-1989-08-29-1 | タイ | 1989年08月29日 | 1980年代 | BoI,外国投資企業の土地取得許可で合意-工場敷地内での住宅建設は許可されていたが,今回の合意で工場隣接地での土地取得・住宅建設が認められる。 |
DIA-204-1989-08-30-1 | タイ | 1989年08月30日 | 1980年代 | 首相,オーストラリア訪問(~9月2日)-ホーク豪首相らと会談。議題はアジア太平洋経済機構,カンボジア問題,二国間経済関係など。 |
DIA-204-1989-09-05-1 | タイ | 1989年09月05日 | 1980年代 | 閣議,1952年反共産主義法廃止・新国内治安法制定で合意-閣議は,4日にチャワリット陸軍司令官が示した,(1)国家,宗教,王室の擁護,(2)立憲君主制下の民主主義擁護,(3)文化・伝統の擁護,の3点を基本に法案を作成するよう司法委員会,国家安全保障会議に指示。 |
DIA-204-1989-09-05-2 | タイ | 1989年09月05日 | 1980年代 | 閣議,一部銀行預金の利子課税廃止を承認-大蔵省の提案。満期1年以上・20万バーツ以下の定期預金の利子課税を廃止する(現行は15%)。10月1日実施予定。 |
DIA-204-1989-09-06-1 | タイ | 1989年09月06日 | 1980年代 | 臨時国会開会,90年度予算案下院第2読会。 |
DIA-204-1989-09-06-2 | タイ | 1989年09月06日 | 1980年代 | 共産主義容疑者12人を釈放-8月30日に施行された恩赦法で,84,86,87年逮捕の元学生運動指導者たち。 |
DIA-204-1989-09-07-1 | タイ | 1989年09月07日 | 1980年代 | 90年度予算案,下院第2,第3読会通過。 |
DIA-204-1989-09-11-1 | タイ | 1989年09月11日 | 1980年代 | 首相,ラナリット殿下(シアヌーク派),ソン・サン(ソン・サン派)と会談-26日の越軍カンボジア撤退を控え内戦回避,暫定政権設立を訴えた。 |
DIA-204-1989-09-12-1 | タイ | 1989年09月12日 | 1980年代 | 首相,キュー・サンファン(クメール・ルージュ)と会談-キュー・サンファンは,国連監視下の越軍撤退と4派連合政府設立がない限り内戦を続行すると発言。首相はシアヌーク殿下と会談する非公式代表団の早期北京派遣を決定し,軍は13日に中国側と接触を開始。 |
DIA-204-1989-09-12-2 | タイ | 1989年09月12日 | 1980年代 | 閣議,石油製品物品税減税を決定,実施-ガソリン1㍑当り3.8→3.3バーツ,軽油同2.6→2.3バーツ,バンカーオイル同0.5→0.2バーツ。 |
DIA-204-1989-09-14-1 | タイ | 1989年09月14日 | 1980年代 | 軍定例人事異動発表-スチンダー大将の陸軍副司令官就任などチュラチョムクラオ士官学校第5期生の昇進が目立つ。10月1日実施。 |
DIA-204-1989-09-18-1 | タイ | 1989年09月18日 | 1980年代 | ビルマ軍代表24名,チェンマイ来訪(~20日)-タイ・ビルマ地域委参加のため。国境連絡事務所3ヵ所の新設で合意。 |
DIA-204-1989-09-18-2 | タイ | 1989年09月18日 | 1980年代 | リー・シンガポール首相来訪(~19日)。 |
DIA-204-1989-09-19-1 | タイ | 1989年09月19日 | 1980年代 | フン・センPRK首相来訪(~20日),チャーチャーイ首相と非公式会談-フン・センは内戦回避の交渉をシアヌークと行なう用意があると発言。 |
DIA-204-1989-09-19-2 | タイ | 1989年09月19日 | 1980年代 | 閣議,内務次官にアネック地方行政局長を指名-プラマーン内相はチャロン副次官の指名を強く主張していたが通らなかった。10月1目実施。 |
DIA-204-1989-09-20-1 | タイ | 1989年09月20日 | 1980年代 | シアヌーク殿下と会談する非公式代表団,北京へ出発-パンサック・ウィンヤラット,クライサック・チュンハワン(2人とも首相政策顧問),ナウェート陸軍中将の3人。21日にシアヌークと会談,シアヌークは,国連・平和維持軍の監視下で越軍カンボジア撤退が行なわれない限り停戦はできないと発言。 |
DIA-204-1989-09-20-2 | タイ | 1989年09月20日 | 1980年代 | シッティ外相,タク越外相と会談-タイとベトナムの助力・友好がカンボジア問題解決の要,で一致。 |
DIA-204-1989-09-21-1 | タイ | 1989年09月21日 | 1980年代 | 高速路・高速輸送公社,バンコク高架鉄道建設プロジェクトにアジア・ヨーロッパ企業共同体を選定。 |
DIA-204-1989-09-22-1 | タイ | 1989年09月22日 | 1980年代 | 外相,国連総会出席へ出発(~10月10日)-途中ロンドン,ワシントンに寄り,帰途東京に立ち寄る。 |
DIA-204-1989-09-23-1 | タイ | 1989年09月23日 | 1980年代 | 首相,ヨーロッパ歴訪へ出発(~10月4日)-スウェーデン,ノルウェー,フランスを訪問。 |
DIA-204-1989-09-26-1 | タイ | 1989年09月26日 | 1980年代 | 閣議,タイ生まれ中国人への臨時入国ビザ発給を許可-これまでタイ生まれでも1949年に中国に滞在していた中国人は入国が認められていなかった。55~58年に中国へ帰国した者へのビザ発給も許可される。 |
DIA-204-1989-09-27-1 | タイ | 1989年09月27日 | 1980年代 | 越軍カンボジア撤退監視のタイ代表団,PRKの撤退証明に署名を拒否-カンボジア内で21日から26日まで撤退を監視したタイ代表団(代表=サード議員〔タイ国民党副党首〕)は,完全な撤退は証明できないと署名を拒否。他の代表団(フィリピン,イギリス,チェコ,イランなど)のほとんどは署名を要請されていない。 |
DIA-204-1989-09-29-1 | タイ | 1989年09月29日 | 1980年代 | 外相,国連総会演説-カンボジア問題が全面的・政治的に解決されなければインドシナに平和は訪れない,国連監視のない越軍撤退は信用できない,と演説。 |
DIA-204-1989-10-01-1 | タイ | 1989年10月01日 | 1980年代 | アメリカ,チャーチャーイ首相のカンボジア問題会議の提案は不必要という見解-ニューヨークでのASEAN外相との会談でベーカー米国務長官が発言。首相は9月下旬にカンボジア4派代表と接触し,4派とASEAN,越,仏が出席する非公式会議開催を提案していたが,ベーカー国務長官は,舞台裏で4派の勢力分割問題について働きかけた方がよいとした。 |
DIA-204-1989-10-03-1 | タイ | 1989年10月03日 | 1980年代 | チャワリット陸軍司令官,定年前の辞職を再確認-軍定例人事異動の式場で,周囲(=チャーチャーイ首相)の留任指示に従うのはこれが最後と発言。同司令官の定年(60歳)は92年。 |
DIA-204-1989-10-03-2 | タイ | 1989年10月03日 | 1980年代 | タイ・ラオス合弁「共同開発銀行」,営業開始。 |
DIA-204-1989-10-03-3 | タイ | 1989年10月03日 | 1980年代 | 損害賠償のタイ・ビルマ会談開催(~5日)-88年9月から89年7月までにビルマ軍は11度タイ領に侵入し,死者2名,負傷者16名,その他の被害を出している。両国代表団は国境被害を受けた村落を視察し,ビルマ側は1900万バーツの損害賠償に合意。 |
DIA-204-1989-10-04-1 | タイ | 1989年10月04日 | 1980年代 | タイ・米二国間貿易協議(~5日・ワシントン)-アメリカは知的所有権・特許の保護,たばこ市場開放を要求,タイ側はコメ市場開放・補助金の撤廃,タイ産品向け相殺関税・反ダンピング関税関係書類の公開,両関税の撤廃,砂糖輸入割当の撤廃,などを要求した。 |
DIA-204-1989-10-06-1 | タイ | 1989年10月06日 | 1980年代 | ビルマ人学生2人がハイジャック,ウタパオ空港に着陸-メルギー発ラングーン行のビルマ航空機をハイジャックしウタパオ空港に着陸。乗務員4人を残して乗客は解放された。ティエンチャイ副首相,チャワリット陸軍司令官らが交渉にあたった。犯人の要求はラングーン向けで,スー・チー女史の釈放,全ての政治犯(学生,僧侶を含む)の釈放,民主的政府の設立など。翌7日早朝,犯人は人質を全員釈放し投降した。9日タイ政府は犯人を強制送還せず国内で起訴することを決定。 |
DIA-204-1989-10-06-2 | タイ | 1989年10月06日 | 1980年代 | タイ・ラオス二国間協力協定調印-ビエンチャンでチャワリット陸軍司令官とシサワット・ラオス人民軍総参謀長が調印。協定の内容は,(1)技術協力(人材訓練),(2)農業協力,(3)通信協力(ラオス国防省とタイ国軍最高司令部のホットライン設置,ラジオ局設置),(4)運輸協力(メコン川架橋),(5)観光協力,(6)金融協力(「共同開発銀行」の設立),など。 |
DIA-204-1989-10-08-1 | タイ | 1989年10月08日 | 1980年代 | バンコク区議会選挙で仏法の力党躍進-投票実施の7地区の総議席53のうち46を獲得,残り7議席は,タイ人民党が獲得。投票率は17.6%にとどまった。 |
DIA-204-1989-10-11-1 | タイ | 1989年10月11日 | 1980年代 | プラマーン内相,短期雇用禁止の省令に署名-省令の内容は,(1)季節労働以外の短期雇用禁止,(2)試用期間短縮(180→120日),(3)試用期間を過ぎた労働者を雇用者の事情で解雇する場合は,1年未満は1ヵ月分,1年以上3年未満は3ヵ月分,3年以上は6ヵ月分の補償をしなくてはならない,など。 |
DIA-204-1989-10-11-2 | タイ | 1989年10月11日 | 1980年代 | タイ,ビルマ,架橋覚書に調印-メーソット・ミャワディー間架橋計画で三つの下部委員会(資金,設計,契約)の設置を決定。 |
DIA-204-1989-10-18-1 | タイ | 1989年10月18日 | 1980年代 | 首相,任期満了前の辞任を示唆-『プラチャチャート・トゥラキット』紙のインタビューで,高齢(70歳)のため任期半分(90年7月)で辞任する可能性を示唆。 |
DIA-204-1989-10-22-1 | タイ | 1989年10月22日 | 1980年代 | 首相,外交政策実施における首相と外務省の相違を肯定視-首相は,外相との間に軋礫はないとしたうえで,外相・外務省は各国との条約・協定を重視しなければならないが,自分はそれらの義務から自由であるため,政策実施過程で相違が起きると発言。同じ目標を達成するために,双方が努力しなければならないとした。 |
DIA-204-1989-10-24-1 | タイ | 1989年10月24日 | 1980年代 | 首相,中国訪問(~26日)-25日,李鵬首相,楊尚昆国家主席,江沢民総書記と会談,自らのカンボジア問題会議提唱への中国の支持を取りつけた。26日,鄧小平と会談,カンボジアへの国際監視機構導入で一致。 |
DIA-204-1989-10-24-2 | タイ | 1989年10月24日 | 1980年代 | スクムパン・チュラー大安全保障・国際関係研究所副所長(元首相政策顧問),外交政策における首相の権限拡大を主張-真剣にカンボジア和平を考えるなら外交政策決定・実施の一元化が必要であり,これを達成する方法としてシッティ外相の辞任があげられるが実現は難しい,と発言。 |
DIA-204-1989-10-25-1 | タイ | 1989年10月25日 | 1980年代 | 社会行動党(SAP)議員,スクムパンを非難-24日のスクムパンの発言に対し外相自身は比較的穏やかに対応したが,プラソップ(SAPスポークスマン),プラシット(外相秘書官)らはスクムパンを「プノンペン政府の代弁者」として厳しく非難。 |
DIA-204-1989-10-28-1 | タイ | 1989年10月28日 | 1980年代 | 閣議,国際会議場の建設を承認-91年にバンコクで開催予定の世銀・IMF会議にむけて,たばこ専売公社敷地内に政府国際会議場を建設する。 |
DIA-204-1989-10-28-2 | タイ | 1989年10月28日 | 1980年代 | 国家石油化学会社(NPC)プラントが稼働開始-東部臨海のマプタプットに建設された第1号プラント(タイ湾産天然ガスからエチレンを分離)が稼働。 |
DIA-204-1989-10-30-1 | タイ | 1989年10月30日 | 1980年代 | 対外債務委員会,90年度対外借入を11億9846万バーツに設定-高速道路,鉄道,発電,港湾などインフラ整備を中心とした21プロジェクトに振り分けられる。 |
DIA-204-1989-10-31-1 | タイ | 1989年10月31日 | 1980年代 | 閣議,学生革命(1973年10月14日)記念碑の設置を承認-タイ学生連盟を中心に設置許可を求める運動が起こっていた。費用は76年以降差し押えられている民間からの寄付によって賄われる。 |
DIA-204-1989-11-01-1 | タイ | 1989年11月01日 | 1980年代 | アメリカ通商代表部(USTR),タイを通商法301条優先監視国リストに残す-USTRは5月下旬に発表したリストの見直しを行なったが,知的所有権侵害についての優先監視国にタイを残した。USTRが要求した,(1)91年中に知的所有権保護法を制定するよう努力する,(2)保護を有名無実化するような立法を行なわない,(3)保護法立法過程でアメリカと協力する,(4)特許保護期間を20年に延長する,の了承をタイ側が拒否したため。 |
DIA-204-1989-11-01-2 | タイ | 1989年11月01日 | 1980年代 | スビン商業相,1989~90年タピオカ輸出政策発表-在庫チェックを11月,1月,3月,5月,7月に行ない,輸出期はチェック後の5回とする。90年のボーナス割当は130万㌧とし,EC以外の市場に輸出した業者に対して最初の50万㌧についてはEC外輸出:割当量=1:1,次の50万㌧は1:0.9,次の15万㌧は1:0.8,最後の15万㌧は1:0.7で割り当てる。 |
DIA-204-1989-11-01-3 | タイ | 1989年11月01日 | 1980年代 | The Nationプノンペン事務所開設。 |
DIA-204-1989-11-04-1 | タイ | 1989年11月04日 | 1980年代 | 大型台風「ゲイ」が南タイ上陸-プラチュアップキーリーカン,チュムポン両県を直撃し,近隣10県で被害がでた。23日の内務省発表では死者529名。また家屋3万戸,農地113万ライ(約18万ha),船舶508隻,高速道路305ヵ所,鉄道,高速道路,配電・通信設備も破壊され,総額74億バーツの被害となった。国王,商業省は6日より食糧,衣料などの緊急援助を開始。 |
DIA-204-1989-11-06-1 | タイ | 1989年11月06日 | 1980年代 | キャンベラでアジア太平洋経済協力会議(APEC)開催(~7日),シッティ外相,スビン商業相が参加-タイは会議の趣旨を全面的に支持。 |
DIA-204-1989-11-06-2 | タイ | 1989年11月06日 | 1980年代 | 首相,台風被害は軽いと発言-空からプラチュアップキーリーカン県の現地視察を行なった首相は,88年末の大洪水に比べ被害は軽いと発言。 |
DIA-204-1989-11-07-1 | タイ | 1989年11月07日 | 1980年代 | 閣議,バンコク都知事選挙を90年1月7日に設定-チャムロン現都知事の任期は13日に満了する。 |
DIA-204-1989-11-07-2 | タイ | 1989年11月07日 | 1980年代 | 閣議,5億2300万バーツの台風被害緊急援助を承認。 |
DIA-204-1989-11-07-3 | タイ | 1989年11月07日 | 1980年代 | 台風被害を受けた住民が,首相の発言と援助の遅れに抗議行動。 |
DIA-204-1989-11-08-1 | タイ | 1989年11月08日 | 1980年代 | 第2国家石油化学計画(NPC2)のプラント第1号建設開始-東部臨海のマプタプット工業団地で。塩化ビニールモノマー,塩化ポリビニールなどを生産するプラントで,ベルギーSolvay et Cie社が49%,タイCPグループが45%を所有する。 |
DIA-204-1989-11-10-1 | タイ | 1989年11月10日 | 1980年代 | 首相,台風被災地入り(~13日)。12日からのアメリカ,デンマーク訪問中止を決定-被害の大きいチュムポン県を視察し,政策顧問・外務省と相談した結果,10日夜外遊中止を決めた。 |
DIA-204-1989-11-10-2 | タイ | 1989年11月10日 | 1980年代 | 政府,今後2年間で540万㌧のセメント輸入を許可-建設ブームによる供給不足への対応策。2年後には国内生産能力が拡大することを見込んでいる。 |
DIA-204-1989-11-13-1 | タイ | 1989年11月13日 | 1980年代 | チャムロン・バンコク都知事,任期満了。 |
DIA-204-1989-11-14-1 | タイ | 1989年11月14日 | 1980年代 | チャムロン,次期都知事選に出馬表明-内相は都知事代行にタムロン・バンコク首都圏顧間を指名。 |
DIA-204-1989-11-14-2 | タイ | 1989年11月14日 | 1980年代 | 閣議,30億バーツの台風被災緊急援助基金を設置。 |
DIA-204-1989-11-16-1 | タイ | 1989年11月16日 | 1980年代 | シッティ外相,カンボジア問題解決への外務省の役割縮小と発言-「11年間カンボジア問題解決への努力をし続け,越軍撤退ですでにタイの安全は保障されている」と発言し,今後外務省は対外経済問題に集中するとした。外相の越軍カンボジア撤退確認は初めて。 |
DIA-204-1989-11-20-1 | タイ | 1989年11月20日 | 1980年代 | 都知事選立候補受け付け開始-24日の締切までに,チャムロン・シームアン(仏法の力党),プラウィット・ルチラウォン(民主党),ニヨーム・プラカーム(大衆党),デチョー・サワナノン(タイ人民党),ほか12人が無所属で立候補。 |
DIA-204-1989-11-21-1 | タイ | 1989年11月21日 | 1980年代 | 閣議,対ラオス禁輸品目リストの撤廃を決定-武器,化学製品など残っていた29品目の輸出を解禁。国境沿いの県政府はすでに10月に規制を緩和していた。 |
DIA-204-1989-11-21-2 | タイ | 1989年11月21日 | 1980年代 | 閣議,アンダマン海とタイ湾を結ぶ「ランドブリッジ」ブロジェクトを承認-南部臨海開発委(委員長=首相)の提案による南タイ開発計画の一環。クラビー県とスラーターニー県に深水港を建設し,両港を鉄道,高速道路,パイプラインで結ぶ。南タイを中東から極東へ運ばれる原油・天然ガスの中継基地および石油化学工業地域にするのが目標。 |
DIA-204-1989-11-21-3 | タイ | 1989年11月21日 | 1980年代 | 閣議,セメント小売価格引き上げを承認-1㌧当り1362バーツから1396バーツへ(2.5%増)。12月1日実施。 |
DIA-204-1989-11-21-4 | タイ | 1989年11月21日 | 1980年代 | ケアンズ・グループ閣僚会議,チュンマイで開催(~23日)。 |
DIA-204-1989-11-22-1 | タイ | 1989年11月22日 | 1980年代 | ピチャイ副首相,ベトナム訪問(~25日)-ド・ムオイ首相,タク副首相(外相兼任)らと会談し,経済関係拡大のための委員会設置,漁業協定締結で合意。 |
DIA-204-1989-11-22-2 | タイ | 1989年11月22日 | 1980年代 | 蔵相,株式投資へのキャピタルゲイン課税導入を示唆-短期の投機取引を抑制し株価を安定させる目的。蔵相発言をうけ,翌23日のタイ証券取引所株価指数は27ポイント急落(789→762ポイント)。 |
DIA-204-1989-11-26-1 | タイ | 1989年11月26日 | 1980年代 | ビルマ政府,タイ国際航空機の領空通過禁止を撤廃-事前許可なしでビルマ領空通過が可能になる。ビルマは国際民間航空機構(ICAO)に加盟していない。 |
DIA-204-1989-11-27-1 | タイ | 1989年11月27日 | 1980年代 | バンコク区議会議員選立候補受け付け開始-今回は29の区議会議員選挙となる。投票日は90年1月14日。12月1日の締切までにタイ人民党189人,仏法の力党168人,民主党163人,大衆党56人,社会行動党35人,その他10人が立候補。 |
DIA-204-1989-11-27-2 | タイ | 1989年11月27日 | 1980年代 | 中央物価統制・独占禁止委,物価監視を強化-当日開かれた委員会で物価の厳重監視を決定。スビン商業相(=委員長)は,インフレ圧力を緩和するため法的措置の適用も辞さないと発言。 |
DIA-204-1989-11-28-1 | タイ | 1989年11月28日 | 1980年代 | 閣議,発電事業への民間企業参入を承認-国営企業民営化政策の一環。第1段階としてナームポン・ダム建設プロジェクトを官民合弁で行なう予定。 |
DIA-204-1989-11-30-1 | タイ | 1989年11月30日 | 1980年代 | 下院問題委,与党議員の賄賂請求容疑に証拠なしと結論-7月のサナン農相(民主党)不信任決議において与党議員数名が信任票と引き替えに500万バーツの賄賂を請求した,とチュアン保健相(同)とチャルーン副農相(同)が申し立てた件について。 |
DIA-204-1989-12-02-1 | タイ | 1989年12月02日 | 1980年代 | マラヤ共産党(CPM),タイ,マレーシアと和平協定締結-ハジャイで。陳平CPM書記長,ワン・シデック・マレーシア内務次官,チャワリット・タイ軍最高司令官が調印。CPMの41年間にわたる武装闘争は終結。 |
DIA-204-1989-12-06-1 | タイ | 1989年12月06日 | 1980年代 | 蔵相,商銀に資金貸し出し計画の提出を指示-国内全商銀に6ヵ月ごとの貸出し計画を提出させる。 |
DIA-204-1989-12-07-1 | タイ | 1989年12月07日 | 1980年代 | 中銀,外貨規制を緩和-個人の事前許可なし外貨持ち込み・持ち出しを1万バーツまで認める(以前は持ち込み2000バーツ,持ち出し500バーツ),輸出入業者は申請書なしで10万バーツ相当の財を輸出入できる(以前は5万バーツ),商銀の外貨交換を1000㌦まで認める(以前は500㌦)など。6日に遡って実施。 |
DIA-204-1989-12-07-2 | タイ | 1989年12月07日 | 1980年代 | 大蔵省,90年度円借款の縮小を決定-OECF経由の90年度円借款を650億円(前年度比20%減)に設定。インフラ建設プロジェクトの国際入札増により資金の投資者負担が増え,政府負担が減ったため。 |
DIA-204-1989-12-08-1 | タイ | 1989年12月08日 | 1980年代 | 警察,ビルマ反政府グループリーダー11人を不法入国で逮捕-全ビルマ学生民主戦線(ABSDF)の議長を含む。タイ警察のビルマ反政府勢力逮捕は初めて。 |
DIA-204-1989-12-10-1 | タイ | 1989年12月10日 | 1980年代 | 蔵相,商銀に「非生産」部門への資金貸し出し抑制を指示-土地投機,贅沢品購入などが対象。 |
DIA-204-1989-12-11-1 | タイ | 1989年12月11日 | 1980年代 | 経済関係閣僚会議,インフレ抑制政策パッケージ決定-(1)必需品の供給増加(飼料輸入を自由化し食料品生産コストを下げる),(2)政府支出の抑制(91年度財政赤字の縮小),(3)マネーサプライ引き締め(中銀・国営企業債売却による過剰流動性吸収,対外借入利子免税廃止による外資流入抑制),(4)商銀法定準備率の引き上げ(現在は7%),(5)株式取引へのキャピタルゲイン課税を準備(投機的取引抑制),(6)土地投機取引抑制(利用目的の峻別,独立した地価算定期間の設置,など),(7)商業省が必需品の生産・価格を監視する。貸出金利上限引き上げによる全般的な経済引き締めは決定されなかった。 |
DIA-204-1989-12-12-1 | タイ | 1989年12月12日 | 1980年代 | 閣議,バンコク都庁助役にタムロン都知事代行を指名-内相の強い要請により,当初は1月7日の知事選後としていた助役指名を繰り上げた。助役指名は知事の推薦に基づいて行なわれるため,タムロンは自らを推薦したことになる。その後,都知事代行による指名の合法性について野党,学者,学生から反論が続出。内相は「指名繰り上げは都知事選を公正に行なうため」と発言。 |
DIA-204-1989-12-14-1 | タイ | 1989年12月14日 | 1980年代 | 商銀3行,最低貸出金利引き上げ-タイ軍銀(12.5→13%),シティバンク(12.5→13.3%),バンカメ(同)の3行。 |
DIA-204-1989-12-15-1 | タイ | 1989年12月15日 | 1980年代 | タイ,ビルマ,水力発電プラント共同開発に合意-サルウィン川流域に建設予定。 |
DIA-204-1989-12-18-1 | タイ | 1989年12月18日 | 1980年代 | ククリット元首相,シリントーン王女のラオス訪問(1月予定)に反対を表明-ラオスのタイ王族受け入れ体制が十分かどうか疑問であり,また安全面でも不安が残ると主張。訪問前に十分な調査が必要とした。 |
DIA-204-1989-12-19-1 | タイ | 1989年12月19日 | 1980年代 | 閣議,シリントーン王女のラオス訪問延期要請を決定-政府・軍が準備不十分のため訪問を延期させたい旨,王室およびラオス政府に伝えることを決めた。 |
DIA-204-1989-12-19-2 | タイ | 1989年12月19日 | 1980年代 | タイ農民銀,サイアム商銀,バンコク銀が最低貸出金利引き上げ(12.5→13%)を決定-タイ農民銀,サイアム商銀は12月26日,バンコク銀は1月2日に実施。 |
DIA-204-1989-12-19-3 | タイ | 1989年12月19日 | 1980年代 | ワチラロンコン皇太子,イスラエル訪問(~23日)。 |
DIA-204-1989-12-20-1 | タイ | 1989年12月20日 | 1980年代 | 中銀,商銀に貸出実績報告書の提出を指示-全貸出実績,預金獲得プログラム,実質営業コストなどの毎年提出を指示。初年の提出期限は90年6月30日。 |
DIA-204-1989-12-20-2 | タイ | 1989年12月20日 | 1980年代 | 首相,タムロン・バンコク都庁助役指名の合法性について司法委員会の判断を求める-首相は,司法委員会の裁定を待って国王に上奏すると発言。 |
DIA-204-1989-12-21-1 | タイ | 1989年12月21日 | 1980年代 | 中銀,15億バーツの国債売りオペ実施-売り出された国債は5年満期,年利9.75%(うち7.25%は非課税)。 |
DIA-204-1989-12-27-1 | タイ | 1989年12月27日 | 1980年代 | ピチャイ副首相(民主党党首),辞表提出-閣議がタムロン・バンコク都知事代行の助役指名撤回を拒否した時点で,ピチャイは辞表を提出し,退席。 |
DIA-204-1989-12-28-1 | タイ | 1989年12月28日 | 1980年代 | 首相,ピチャイ副首相の辞任を了承-ピチャイは辞任の理由は個人的なことと発言,民主党も連合与党からの離脱を否定。首相も内閣改造の可能性を否定。 |
DIA-204-1989-12-28-2 | タイ | 1989年12月28日 | 1980年代 | タムロン・バンコク都知事代行,助役指名辞退を発表-プラマーン内相にもすでに伝達済みと発言。 |
DIA-204-1989-12-29-1 | タイ | 1989年12月29日 | 1980年代 | 副首相にチュアン保健相(民主党副党首)-民主党は与党連合への残留を決定し,ピチャイの後任はチュアン保健相,保健相にはマルート副党首。 |