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技術と産業公害

Title: 序文
Author: 林 武
Publisher: 東京大学出版会
Published Year: 1985年
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序文

 本書は,アジア経済研究所が国際連合大学から受託した「技術の移転・変容・開発―日本の経験」プロジェクト(1978-1982年実施)の作業成果の一部である.
 公害は,工業化にともなう「負の衝撃」であるけれども,避けることができないものではなかったし,また是非とも避けなければならぬものである.
 この研究グループの組織は,東京大学の宇井純氏にお願いした.1980年3月,ニューデリーであった国連専門機関の会議のとき,公害はどの社会体制にもある問題ではなく,われわれの政治体制にはありえないことだ,と執拗にイデオロギー神話を繰り返す発言者に同氏が丁寧に例を挙げて説得的に対応しているのをみて,深い感銘をうけたからである.
 宇井純氏が選定した公害問題は,日本で問題化した事例のすべてではない.責任が明確化できるものに限られている.そして,公害発生源となった産業,企業では職業病を内部に発生させていることを衝き,職業病または労働災害と公害とを関連させているところに固有の視座がある.
 公害のいまひとつの側面は,自然災害の被害を増幅し広域化するところにもあるが,さらには加害者自身が被害者でもあるというところにもある.この前者の問題はここでも検討されているが,後者の問題はとりあげられてはいない.
 こうした問題の樹て方がないことは,宇井氏ご自身で気づかれていることだし,限られた時間と条件の制約のなかで,協力者各位がそれぞれ専門家としての見識と責任とで選択された事例と分析からなるのが本書である.執筆者たちは,公害「体験」の発掘者,追跡者,記録者,問題提起者であり,時に告発者でもある.そういう点で,本書はこのシリーズに収められている他の報告とは異質でユニークな性格をもっている.もっといえば,公害の被害者たちへの共感に支えられている.
 ここでとりあげられている事例の他に,ここで論じられている「日本の経験」が学習されて,公害の発生が事前に防禦された例もあるし,公害発生源の除去に成功した例も少なくはない.そうした「成功」例も多いことを明記しておきたい.企業にしても,行政にしても,結果的に問題は残っているにせよ,公害問題を放置しているのではない.今日では,企業は公害を出すようならば生存競争に生き残れない事態になっているし,市民もまた行政の怠慢を許しているのではない.だが,そうなる前に,ここでとりあげたような深刻な「体験」が重ねられていたのだし,それは被害者の個人史に深く彫みこまれていまなお続く重い「体験」なのでもある.そこに執筆者たちの焦点がしぼりこまれている.
 まったく事務的な理由から,このグループが手がけてこられた作業の一部を割愛してもらい,それが理由の改稿もしていただいた.アジア経済研究所の明峯晶子さんが,例によって,編集実務を担当してくれたのだったけれども,編者の宇井純氏が長期にわたる外国出張だった時期と本書の原稿整理とが偶然重なってしまったので,作業は難渋した.その過程で,星野芳郎教授が公害にまつわる技術的細目についての質問に答えて下さったし,数かずの助言もいただいて,本書はこのような形にまとまった.
 そのことを読者に報告し,執筆者にお礼を申し上げたい.

1985年6月

「日本の経験」プロジェクト
コーディネーター
林 武