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技術と社会:日本の経験

Title: 第3部:理論的総括ー予備的考察と中間的帰結ー
Author: 林 武
Publisher: 東京大学出版会
Published Year: 1986年
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第3部:理論的総括ー予備的考察と中間的帰結ー

 Ⅰ 技術の理論
 ――技術の概念と構成要素5Ms――

 これまですでに,技術への我々の対応は,断片的にではあってもさまざまに示されてきている.しかし,いまや,それをより明確に定式化することが必要であろう.それがないと,方法としての「対話」が具体的な内容の乏しいものになる危険をふくむからである.
 科学と技術とは,不可分な関係にあるものながら,相対的には区別される独立のものである.譬えていえば,両者の関係は,文明と文化とのそれに見立てることができる.文明はユニバーサルであるが,文化は常に個体的である.文明と文化とが不可分の一体をなすのは,特殊な事例であって,決して一般化されてはならないことである.
 いま我々は工業化の文明の中におかれている.その時,諸国民は工業技術の有無や,技術力の程度で,一律に評価されランクづけられやすい.この種の「客観的」評価法という方法的無差別論では文化の相違が無視されてしまう.
 そればかりか文化の相違が文化の優劣に換置される.確かに大文化はあり,小文化がある.しかし,規模の大小は価値の大小にはならない筈のものであり,そうさせてもならないことである.すべての文化はまさしく異質であることにおいてのみ存在理由をもつのであり,規模の尺度だけで清算・整理されてはならないのである.
 たとえば,木製織布機械と金属製織布機械との間に原理的な優劣はない.メカニズムが内蔵する科学原理は同一であり,その意味では木製織機と金属製織機とは等価なものである.勿論のこと相違はある.耐久性や能率にそれがみられる.だが,そこでの相違が耐久性や生産性のみの判断で優劣に換置されてよいのではない.製造・入手の難易や保守・修理の難易にもかかわって評価されるべきことである.究極的には木製にせよ金属製にせよ,生産目的と製品の利用と消費にかかわることである.大量生産・大量消費というのが一つの価値判断であるように,その拒絶としての寡少生産・寡少消費というのも,等価な別の価値判断であって,両者の異質な価値意識にもかかわらず,併存しうる対等な文化=価値判断としなければならない.
 技術についても,まったく同様のことが指摘されなければならない.技術(その具体的内容が何であれ)のない社会はない.技術をもたない文化はない.そして,今日では,如何なる小社会・小文化も対外的交渉・接触から免れて孤立していることができない.技術の侵入に脅かされているのである.それは小社会・小文化にとっての幸でも不幸でもあるだろう.
 他方で,小社会・小文化は一般的には人口の増加に直面している.そのことが在来技術,とくにその社会的・制度的な限界を自覚させることになり,受身にではなく積極的に「近代」技術の導入を志向させることになってきている.そこで,近代技術への需要が生まれながら,近代技術の要求する諸条件の欠如が困難または課題として台頭している.この先行条件の整備は,ときに在来の小文化・小社会の価値観と社会組織の変更をともなう.だから,当然のことながら摩擦がおきる.「日本の経験」からすれば,その摩擦を極小化するのは社会的・国民的な合意である.全国民的な合意形成は政治指導の問題であり,政治指導の問題は文化に基礎をもつ正当性の問題である.
 日本では,圧倒的な威力をみせる近代技術に恐怖し・狼狽することから,近代技術への開眼は始まった.盲目的・情緒的な反発・排撃のあとに,近代技術導入への全国民的合意が形成されてゆく.それは,政治的安定の原因であり結果でもあったが,明治日本は合意形成の前提になる高い社会統合の水準をすでに達成していた.長らく封国していた小さい国だったからである.
 その当初,戦士階級としての武士が近代兵器の威力の前に技術認識を改め,次いで新政権の首脳が不平等条約改訂のために欧米列強を歴訪することで産業技術,とくに海運・鉄道・鉱砿業の技術に開眼する1).また,庶民は開港にともなって流行する伝染病の猛威を前に,近代医療技術の卓抜さを経験したのであったし,未知の産品や各種の器具・機械に瞠目したのでもあった.
 こうした,言わば素朴で,衝撃的な「近代技術」との出逢いから始まって,その「近代技術」そのものを所有しようとする国民的合意が成立した時から,「日本の経験」は展開した.
 いま発展途上国は,かつての日本ほどに素朴な衝撃で「近代技術」に開眼しているのではない.かつての日本人が衝撃を受けた技術よりは遥かに洗練され高度化した技術を利用し,技術の産物を享受している.それでもなお,開発の目的には合致していない.開発「目的」の内容や,優先順位に合意ができていないことが多く,期待だけが膨張している,と言ってもよい.
 そこで技術に対するニーズがさまざまに生まれてくるのだが,そこには技術に要求できないことが紛れこむこともあるし,技術の利用の仕方に疑問があることも少なくない.しかし,それはそれで当然のことなのだ.
 (1) 技術の定義
 「対話」の効率をあげるためには,技術の概念について一応の合意を,定義という形でとりつけておきたい.「技術」は財貨・サービス・情報の生産・分配・利用・消費のために意識的・合目的的に利用される科学的知識,とくにその装置と機構にかかわるすべてのこと,と総括しておくことにしよう.
 これは,いわば近代的な産業技術を想定しての技術の定義であるけれども,開発問題が当面する主要な問題ならほとんど採り込める筈である.もし,この定義に不備や疑問がでてきた時には,それに応じた修正と追加が,「対話」と「問題解決」のためになされればよい.「対話」の深化が目的なのであって,定義そのことが我々の作業目的なのではないからである.
 我々は,「技術」を,意識的・合目的的に利用される科学的知識と装置と定義づけたけれども,人はしばしば父祖伝来の素材選定法や作業手段のなかに潜む科学的な合理性を,原理にかかわる知識として持っていたり・原理として自覚している,とは限らない.知識として所有・自覚していると否とにかかわらず,そこに科学性が存在し貫徹しうるし,そのことで技術たりえているのである.近代技術の高能率にのみ眼を奪われていると,科学のグラマーを解しない人々が無意識に利用している知恵・科学的原理の利用法を見落としてしまうことがある.そういう失敗を日本人は重ねてきた.また,機械的合理主義に傾斜するあまり,物事を単純化しすぎて技術万能論になったり,「技術者的思考」と嘲笑されることもあるような重大な文化的価値に配慮しないという愚かしさも繰り返してきている.
 技術は,技術原理それ自体の故に高く評価されてよいのではなく,社会全体の安定と発展に寄与できるときに真価を示すことができる.そうでない技術の利用もあるのは言うまでもない.開発目的にかなう利用こそが最も好ましい技術の利用だ,とここでは考えられている.
 開発問題の具体的経験に即して言うと,技術は,科学的原理の応用なのだけれども,自然条件と資源存賦とに大きく制約され,次いで資源(エネルギーを含む)利用の方法・加工方法・運輸事情などに制約されているから,具体的には,同一の技術目的を達成するにしても,多様な形態をとって現われてくる.各国,各地方,各時代ごとに特色あるものとなっている.
 技術は,それ故,共時的かつ通時的な原理である,つまりユニバーサルである科学とは異なって,空間的・地理的な諸条件と社会的・文化的(ということは歴史的ということなのだが)諸条件のはざまで,中間化された知識と技能から構成されている.科学原理が,そのような諸条件によって中間化2)されることで初めて技術となるのであり,中間化されることでのみ安定し,安定することでのみ普及できるものである.
 (2) 技術の構成要素5Ms
 そうした社会的存在としての技術は,我々の見地からすれば,次の五要素から構成されている.これを技術の5Msと呼ぶことにしよう.
 (1) 原料および素材(この中には各種のエネルギーもふくめられている) materials:M1
 (2) 器具および機械 machines:M2
 (3) 技能者および技術者 manpower:M3
 (4) 経営(技術管理と管理技術の総称) management:M4
 (5) 技術および技術の製品に対する需要 markets:M5
この五つの構成要素のどれかが欠けても近代技術は機能できない.
 しかも,この5Msのすべてが資金と情報によって包みこまれている.資金のことについては語られすぎているから,これ以上は言わない.情報が,さまざまな種類と規模とで,この五要素を統轄し,内的な相互関連を与えることによって,技術ははじめて機能する.そうした情報を蒐集し,蓄積すること自体がまた一つの技術でもあるし,そのためには一定の知識水準と情報処理の機構と能力(用具と設備の駆使)とが必要でもある.近代技術ほど必要な情報量が多く,必要情報の蒐集と分析には高い程度の知識水準が要求されるという特徴をもっている.
 技術が有効に機能するためには,入力される情報に類別・適否・精粗・多寡・手順があり,そのことが出力を左右する.つまり,情報処理技術が必要である.この処理の故に,情報それ自体が需要と価値とをもつコストのかかったものとなる.だから,情報は経営政策の核芯となるし,たとえば特許のように法的な保護の対象ともなるのである.
 この5Msを指摘することの意味は,開発と技術の関連において,問題のあり場所を具体的に示すことができるところにある.
 同じ機械を使っても,国ごとに,企業ごとにその達成水準は決して一様ではない3).達成水準を一様にするためには,どこから問題を解決してゆくべきかを検討する役に立つ筈であるし,また一様にはできない(けれども極大化はされている)ことの理由がどこにあるかを納得させることになるに違いない.
 この5Msが,どこででも何時でも完全に整合的・均一的なものとして,所与なのではない.国ごと,企業ごと,工場ごとに比重の異なる組合せをもつだろう.そのことが,いわば国民的な技術のあり方,国民的な技術形成の仕方を明らかにする筈であるし,我々の関心からすれば国際的な比較技術研究の契機とすることもできる.また,それを通じて,好ましい国際技術分業のための,各国ごとの技術的比較優位問題の検討にも利用することができるであろう.
 開発戦略にからめて言うと,戦略的に選択される技術分野は,同時に産業部門の選択ということになるのであり,その上で製品特性の戦略的決定になる他ないからである.
 そのさい,技術選択は,関連する諸技術分野の発展水準と相互関連(リンケージ)をもたなければならないし,リンケージのない技術を選択したとなれば,リンケージを創り出さなければならない.その時には,さらに,選択する技術のレベルとスケールとについて,5Msを基軸にした周到な実現可能性の検討がなされなければならない.それは,かかってもって,各国,各企業のもつR&D能力に左右されるところである.
 技術自立ということに焦点を合わせれば,R&Dは究極的には自国エンジニヤこそが最大の貢献をする分野である.外国のエンジニヤはただ補足的な役割しかできないもので,またそれ以上にさせてもならない.それは,「日本の経験」プロジェクトの最も重要な発見の一つでさえある.
 その理由は,技術が,その通時性と共時性にもかかわらず,社会と文化から乖離しては機能できないし,固有な歴史と価値体系を生きる者のみが,技術からまさしく技術としての機能を抽き出すことができるからである.自国エンジニヤによってのみ,外国技術は風土と歴史に合った馴致をうけ,馴致されることで中間化され安定させられて普及し,定着できるのである.外国人専門家は,精々のところ,その端緒をひらくことができるにすぎないのである.逆に言えば,外国技術を自国の風土と文化に馴致できないエンジニヤは,たとえ母国語を話し,国籍が同じでもここで言う自国民エンジニヤではない.
 (3) 日本型エンジニヤ
 議論がここに至れば,我々は「日本型」エンジニヤについて論じなければならなくなる.
 技術に共時性と通時性があるように,技術者にもそれがある.技術者としての教育を外国でしか受けられない国もあるし,外国で受けた技術教育が大いに役立つのはまた当然でもある.
 だが,技術の利用に終始するのではなくて,技術の国民的形成とその高度化を開発のために果たそうとするのならば,さきに触れたように,そして後に個別産業技術に即して詳しく論ずるように,自国エンジニヤの役割は決定的に重要である.
 この意味で我々は,「日本型」エンジニヤの特徴について述べなければならない.
 先進国・途上国を問わず,総じて,技術者の職能主義化は著しい.言わば,それが近代技術の発展と併行した展開だとさえしてよいだろう.この点で,「日本の経験」は中間的である,と言えそうだ.と言うのは,日本型エンジニヤは後発国民としての「日本の経験」に属するものだからである.そして,そのことによって先進技術国民に転成できたのでもあるからだ.
 このことは,「日本の経験」としてモデル化されるべきなのか,またされえないことなのか,我々は判断や主張をしない.諸国民が開発の必要に合わせて検討すればよいことである.しかし,一言追加すれば,日本から技術を移転するときには,この日本的な技術文化に留意することが必要であろう.そうでないと,日本の技術が移転先で,日本で見聞したのとは異なる実績しか挙げないことの理由を探り当てられなくなるからである.日本からばかりでなく,諸先進国から移転した技術について,多くの途上国で,設備や機械は売り渡しても,肝心のノウハウは教えてくれない,という苦情を沢山きかされた.確かに,その苦情には理由があって,調査した我々の心を重くした.しかし,他方で,技術者たちは,お互いに異なる文化の背景をひきずって生きているので,技術の移転が技術文化の移転にはならないこと(またはなれないこと)にも問題があるのを我々は知ったのである.
 「日本型」エンジニヤの特徴は次のところにある.(a)日本では,設計エンジニヤ,操作エンジニヤ,製作エンジニヤなどという職能的区分は,相対的・一時的なものでしかない.最終的には,どちらかといえば,そのどれかに特徴づけられるにしても,職歴の当初からの種類別ではない.(b)電気技師,機械技師,土木技師という専門は勿論のことある.その中では(a)に述べた区分がないと言うことなのではあるが,ここで言う専門においてさえ異部門技術についての幅広い知識と能力とをもつことが期待されてきたし,現にされてもいる.このことが,1970年代以降の技術革新における異部門の技術的越境・相互乗入れを可能にしてきている.(c)日本型エンジニヤは,第1に生産現場の実践的指導者である.ショップ・フロアーにおける問題解決者でなければならない.そのことを通じて,(1)熟練労働者の不足を補う役割を果たしてきているし,(2)同時に on the job trainingを通じて熟練工の養成と訓練を担当しているのである.ここに「日本型」エンジニヤの「日本型」たる所以はある.
 こうした現場経験のあとで,設計や製作の担当にまわるので,工程や機械の設計や製作に一連の小改良が加えられるし,一連の小改良によって,操作性・安全性・効率性などが高められるのである.だから,日本技術の特殊性と言うのは,そのまま日本の「技術者」形成と技術管理の特色と言うことになる.日本の技術者は,関連はあるが異なる現場と部署を幾つも経験することで,スパイラルに技術者として大成されることが期待されているのである.一人一人の技術者の経歴に即してみると,関連技術の諸分野を水平的に移動し・経験したあと,かれ自体のなかにそれを工学的に収斂してゆくことになる.職能主義が技術の特定分野で専門的に特化して垂直的上昇を志向するものとすれば,日本型技術者は迂回的に多能化的に形成されるのである4).
 このどちらかが善いとか悪いとかが問題なのではない.この技術者形成の仕方で,日本の技術は自立できた.そのことが重要なのである.
 この日本型技術者の誕生は,工業化の初期において,技術者の絶対数が少ない時においてであったという意味では,開発と技術の問題に一つの検討材料を提供するものであるに違いない.さらに追加すれば,技術者の数が少ない時でさえ,技術者の社内的・社会的地位は,必ずしも高くはなかった.給与は高くとも権限は小さいのが普通であった.それ自体が後発者的現象であるかどうかは,にわかに断じ難いにもせよ,発展途上国での調査は我々に技術者の地位についての関心をそそった.多くの国で,技術者たちは不満を洩らしていた.その不満の内容と性格とには未だ検討の余地があるけれども,問題としてはそこにもあった.日本では,技術者出身の社長が多くなるのは,第2次大戦後のことである.技術の所有者としての企業が,大技術者集団から構成されるようになってからのことだ,としてよいだろう.技術内的法則からある技術の将来性についての評価をすることが経営的に決定的な意味をもつようになったことで,技術者でなけれぱ経営方針を樹立できなくなってきた.技術者出身の社長を大会社がもつようになったのは,1910-20年代,つまり日本が第一次的に国民技術を形成した時期からである.
 工業化の初期における科学者と技術者の関係については,次の二つの技術者文化に配慮することが重要であるに違いない.
 (1) Techno-scientistとの関係.この人々とエンジニヤとは相対的に区別される.だが,互換性はある.とくに,エンジニヤからの転成が可能である.テクノ・サイエンティストは,世界中から技術情報を蒐集し,それを解析することを第一次的任務としている.勿論のこと,技術開発力の中核を形成してはいる.だが,理論的・基礎実験的な作業が中心で,生産・製作の現場からは遠いところに位置してきた.最近になって,その距離は急に縮小してはいるが,そのことは別に,ここでの立論と論旨を変更するには価しない.第2に,テクノ・サイエンティストが日本で果たした役割は,テクノクラットとは異なる意味において,科学政策と技術政策の形成に参加または発言してきていることに認められる.この点で,日本型エンジニヤの政策的発言は,比較的最近のこと,遡っても一般的には(ここにも例外は一,二ある)第2次大戦中からのこととしてよいだろう.
 第3に,テクノ・サイエンティストは後継者の養成および熟練労働者の新規養成に努力してきていることを挙げておかねばならない.言わば,エンジニヤ(技術者)教育と技能者教育とに前世紀末からすでに貢献してきていることは重要なことである.結果的には,師弟関係という人脈によって(そこにやがてボトル・ネックはできてくるにしても)科学と技術の架橋ができた.国民技術形成の推進役を演じた技術部門や,日本技術が世界水準をリードしている分野などには,師弟関係と同門(または同窓)関係を通じた産学協同の展開が認められる.
(2) 労働者の対応.工業化の初期,未だエンジニヤの絶対数が少なかった時代には,高等専門教育を受けるということ自体が社会的・家庭的背景の格差を証明していた.したがって,労働者との間には事実上「身分的な」格差があって,待遇や昇進の種類別が職制上あった.それにもかかわらず,と言うべきか,それだからこそなのか,エンジニヤは現場の実践的指揮者であったし,下位者は,かれらを仰ぎ見上げながらも,同時に,かれらの問題解決能力で上位者を評価してきた.無能な指揮者の命令には面従腹背で表面的に対応されるが,労働の士気はまったく上がらない.かたわら,有能な指揮者をうると士気は高まり,能率は上がる.現場指揮の適否が,安全問題や生産性そして労賃にも反映するからなのではあるけれども,日本の労働者は作業途中での設計変更や仕様変更に対して,時には,あからさまに抵抗する.とくに,手戻りを極端に嫌悪する.賃銀さえ過不足なく支払ってくれれば指揮に従うヨーロッパ的・職能主義的な対応はむしろ珍しい.現場では技術能力評価がこのように厳しく,労働組合の役員でさえ交渉能力や組織能力だけで選出されてはいない.初期の労働運動の指導者たちは,みな抜群の超技能工であった.そこに,日本の労働者たちの意識,というより労働の「美意識」を人は認めうるであろう.それは「労働者」の意識というよりは,クラフトマンの意識にさえ近い「労働の文化」と言えそうだ.
 そのことが,エンジニヤの意識や役割にも投影せざるをえないのはまた自然である.こうして,「日本型」エンジニヤは形成され,機能している.
 (4) 技術自立への五段階
 ⅰ.一 般 論
 技術の移転が技術の自立を目指したものであるならば,前節で述べた5Msの独創的な組合せや自国エンジニヤの創出がなければならない.それが,「日本の経験」から抽出された技術の理論である.
 しかし,日本の技術的自立は,実に1世紀もかけた,苦難に充ちた長い長い曲折のある道のりであった.長い時間をかけたということは,その間にいくつかの段階があったと言うことである.各産業技術別に,我々のプロジェクト作業は進められたのではあるが,諸々の産業技術分野を横断して,その発展史を区分すると,次の五段階になる.
 (1) 操作技術の修得(operation)
 (2) 導入した機械・設備の保守(maintenance)
 (3) 修理と一連の小改良(repaire and minor improvements)
 (4) 設計と企画(design)
 (5) 国産化(home-manufacturing)
 およそこの五段階に区分されるどの段階も,ある国民が完全な技術自立を目指すならば,省略することも欠如させることもできない.後発者の利益は,各段階に必要な時間を短縮し,資金と労力とを極小化できることである.無論のこと,完全な技術自立も,全技術分野の包摂も,すべての国民にとって不可欠なのでもなければ,必要なのでもない.そして,可能なのでもない.自国の開発目的に合った技術を,種類・水準・規模にてらして,できれば国際的な比較優位のあるものを選択すればよいのである.と言うのは,「技術自立」にもいくつもの段階と規模・水準の区別が立てられるからで,ここでは「第一次」の自立が焦点だからである.
 技術者も技術史家も「技術に飛躍はない」ということを強調する.それに教えられて,定式化したのがこの五段階の区分である.この区分は,開発と技術との関係をより具体的な「対話」と検討の内容にするのに役立つ筈である.国際連合大学の会議で経験した限りでは,(1)の段階から即座に(5)に論点が移行することがあったし,(2)や(3)の段階に対する関心を深めずに,マンパワー問題が詮議されたりすることが少なくなかった.
 また,各国の「技術」問題がどこに当面の緊急課題をもつのかが,さきの5Msと組合せにされるときには,明確になる筈である.
 何度も繰り返したことだが,近代技術は各分野ごとに独立はしていても,相互に関連し合っている.だから,移転した技術がそれぞれこの五段階を経て自立に至るとしても,それは技術分野全体との関連の中でしか,別に言えば螺旋型の発展経路でしか自立への道を歩むことができない.多国籍企業による技術の移転形態である技術的「飛び地」は,この意味では,関連する技術分野と無関係だから,国民的技術ネットワークの形成に関与しない.その意味では,ここでの検討の対象にはしなくともよい.そこでの技術は,小さく自立しているにしても,孤立したものにすぎないのである.
 ⅱ.一般論の吟味
 前節で述べた五つの段階は,移転される技術の種類によっては,修正が必要である.とくに(2)と(3)の段階を逆にすることが具体性をもつ場合もある.
 それは,すでにある程度の技術水準に達している国での,比較的単純な(組合せによる)機械系の場合である.中国の事例に即してこのことに注意を喚起してくれたのは,協力者の[星野芳郎]である.同教授によれば,個々の技能労働者が高い改良・開発能力をもつところでは,「保守」のシステムにおける全国的な標準化に立ちおくれが生じがちで,そのことが(4)の自主設計能力に関連・接続する.同教授の指摘に対する私の理解が正しければ,(2)と(3)の順序は逆転されてもよろしい.
 しかし,プラントのように複合的技術粗織(コムプレックス)となれば,先ず保守技術の確立がさけられない.その上で修理と小改良とが初めて可能になる.自動車の重要部品について言えば,多くの国が製造力をもたない.そういうところでは,保守技術の方が重視されてよい.
 日本の経験に即して言えば,世界的に有名な現在の時計メーカーは,外国製時計の輸入商で修理業をかねて出発し発展してきている.また,有名な電機メーカーは,その前身が鉱山会社におけるモーター修理部門であった.保守・修理から始まって,次第に上流の技術部門に遡行するのは,ごく普通にみられる技術力の蓄積・形成の過程である.
 実態調査の過程で我々は,定期的な解体による保守の訓練が稼働力の維持に決定的に重要であることを,多くの工場で確かめた.保守・修理のための解体そのことでさえ技術工としての能力評価の好指標にされていることを教えられた.もっとも,化学工業の現場となれば,保守自体が独立の専門技術として,社外に委託されているという例も最近にはある.こうした技術的分業の展開を好ましいと見ていない技術者もあったし,技能力の低下につながる管理社会化だという批判もあった.確かなことは,保守や修理の能力が操作技術力とは連続しないものに一部の技術分野では,しかもほぼ完熟した技術の分野では生まれつつある,と言うことである.だから,保守技術の確立を志向するか,外部(外国)に依存するかは,各国・各産業技術ごとの選択となるだろう.
 ここで,五段階論全体について補足しておかねばならないことがある.それは,五段階が全体として,左辺においては情報によって総括されており,右辺においては工作・製造力によって総括されていることである.それはちょうど,5Msが上辺において資金・資本で総括されており,下辺において情報で総括されているのに対応する.
 別に言えば,情報力と製作力との関連で,各段階の水準は国ごとに同一技術の利用においても差異ができるのである.自国事情に合わせた設計ができれば,国産化をせずに,外国に発注することも,時には,合理的かつ賢明な選択である.さらに言うならば,しかし,継続的な外国技術への依存は,標準化の規格が一様でないために,保守・修理の能力をさえ定着させない.ましてや,改良能力を涵養するには至らない.それが技術自立のボトル・ネックになる.たとえボトル・ネックだとしても,それを専門とする外部業者と安定した関係を確立することがまた,ありうる選択であるのは言うまでもない.
 (5) 技術管理の三要素
 ⅰ.むり,むら,むだの追放
 最新機器のなかにはメンテナンス・フリーのものが殖えてきた.それは強度計算がすすんだからで,かつての機器とは違ってメンテナンスの如何によらず,機能と寿命が特定されていると言うことでもある.それにしたところで,操作・利用の技術(さらには安定したエネルギーの供給という周辺サービス)の適否が,機器の出力を安定させ,設計限度一杯に寿命をひきのばすかどうかの決め手にはなる5).
 最終製品に体化されている技術の場合でさえ,出力や寿命に相違が生まれてくるけれども,それが生産技術であれぱ,技術の利用と管理の適否は効率と製品の品質とに決定的に反映する.技術の所有者である企業の経営は,そのことによって深刻な影響を蒙ることになる.
 我々が訪問した神戸製鋼所尼ケ崎工場では,「むり,むだ,むらの追放」という標語をかかげていた.これは,合理性・安全性・効率性・経済性・高水準の品質管理・継続的安定操業性を含意する日本語を,三単語の地口で合わせているものだが,今日の工場管理と技術管理における核心を表明しているとみてよいだろう.
 ついでに言えば,同行の日本人研究者の多くはこの標語に反応を示したけれども,発展途上国からきた研究者たちの反応にはさして強いものがなかったのは印象的であった.それは,個人的なものではなく,各個人の反応の相違に示される各国民の技術問題の現状を物語っているに相違ない.現に,日本人が当然として改めて疑問ともしない,技術の防衛的立地や労務管理のことなどに質問が集中していたからである.
 「むり,むら,むだ」という「三む」問題は,コストと品質と安全にからむ技術管理であるが,これに「納期」という時間要素が追加されなけれぱならない.これは,中間財生産者が発注者からとくに厳しく要求されるところで,たとえばトヨタ自動車工場の有名なカンバン方式の内容であるjust in timeのシステムにみられるように,生産がライン化され多数の流入・追加部品からなるアセムブリー産業では,生産性の維持に決定的な影響力をもつ.
 この「納期」問題は,技術の内外リンケージが拡大・細分化するほどにますます重要性をますもので,リンケージの時間的要素および制約として,機能的・機械的リンケージを複雑化・高度化させている.この時間的リンケージが専門工場や特定工程のパフォーマンスを高める.経営的には,部品ストックの保有を極小化し,大倉庫を無用化させて,その分だけコストを低下させることにもなる.だが,逆を言えば,リンケージの時間性が確保されないときには,生産および生産性の高い水準は維持できなくなる.この「時間」的側面は,遠隔地間・他工場間のリンケージの維持には,通信,情報,運送など関連技術とサービスの二次的・周辺的リンケージからの支援が必要だから,直接的な制御が不可能な部分も含まれる.言わば重層的な社会システムをなしている.そのことから,直接関係者の間で不測の事態に対する総合的な「安定操業」対策または保険的な「危機管理」体制が組まれることになる.
 こうした一連の「見えない」技術こそが技術管理の核心なのであり,技術の受け入れ手がしばしば見落す側面である.技術の輸出者としての日本企業が先進諸国においてさえ経験してきている困難の一つなのでもある.

 さきの五段階論は,発展途上国の経験にてらせば,このさきにもう一つ別の段階を追加することができる.それが必要だという見方もあるだろう.言わば技術移転の前段階である.移転の必要があっても,移転そのものが可能である条件はまた別個のもので,たとえば大型施設の場合には,港湾設備や運搬機器がすぐさまにも必要なのに,それが不備であることも少なくはない.
 移転に先行する,移転可能性の調査はいくつもの厄介な問題をふくんでいる.いま挙げたような,インフラストラクチュアと総称されている諸条件がまず必要で,それを新しく建設しなければ移転そのことが不可能だという意味で不可欠ではあっても,移転の時にだけ必要で,そのあと利用機会が全然ないとか,極度に少ないとかであれば,移転コストとしては高価になりすぎるし,その後の維持・管理費用も負担となるだろう.
 それは,しかし,技術的・経済的に確立されてしまっている施設のスケールにかかわることで,発展途上国は,しばしば,技術的スケールの不経済を余儀なくされている.しかも,スケール・メリットに基礎をおく標準化された技術を小規模化することは,格段と高度のR&D能力とエンジニアリング能力とを必要とする.それらは技術の受け入れ手にはないものだから,そこにもいま発展途上国が直面する技術(移転)問題の困難はある.技術移転は,技術的な先進国間に比べて,技術的格差の大きい国の間では,成功例が少ないのが通例である.その理由はここにある.
 このことは移転されるべき技術選択の経済的適否の問題として検討の対象になるだろう.
 移転者が私企業であるならば,経済性が重視されるから,移転方針を修正するだろう.だが,技術のニーズには,国民的ニーズの他に国家的なニーズもあり,私企業の能力に余る程のものはしばしば国家の介入をまつことになる.国家的ニーズは,国民的ニーズの誘発者になることが好ましいし,国民的ニーズに即した技術との間にリンケージができれば国民技術の形成に大きな役割を果たすことができるだろう.
 ただ,注意を要することは,国家的ニーズは政治・行政のエリートのニーズに合わされて,最新の技術・設備のみが漁られることがあった.結果として,保守管理が悪く・品質管理が徹底せず・低品位で高価についてしまう,と言う苦い経験になったことが少なくはない.管理技術がなく,技術管理の三要素が無視されているのである.日本の経験に即して言えば,この点でも,高い授業料をかつて支払った.工業化の開始期に外国技術を導入して発足した「官営工場」の多くは経営で失敗した.民間に払い下げられた直接の原因は財政危機であったが,経営能力差は実績で判然と示された.経営問題を左右したのは,そこでは技術力の差でもあったし,釜石製鉄所の例にてらせば,周辺から調達できる原材料事情に合わせて技術を変更し,規模を小さくすることで技術的に安定したのである.この時,失敗の原因は母国の技術をそのまま無修正で日本に移転した外国人技師の設計と,それを支持した政府の技術政策にあった.これを克服したのは,この場合も日本人のエンジニヤであった.
 それに似た話は,どこの国でもきかされた.日本人技術者が導入しようとしたQC運動はついに定着できなかったけれども,経営方針が改まってから,自国人技術者が提唱して成功した,という具合である.
 また,中国のある学者は,目本では技術移転に先立って,「徹底的に」費用/収益の予定計算が行われることを指摘していた.これは,日本人にとっては当然すぎることだから,検討の対象にさえならないことであった.しかし,技術移転が開発援助がらみで制度化されてしまっている今日の事情からすれば政府のニーズこそがすべてであって,技術的ならびに経済的合理性の検討が第二義的位置に据えられていることを意味するだろう.いかにも開発の火急な必要が,そうした技術移転の現状を正当化しがちである.だが,技術は政治に方向を左右されるにしても,より決定的には経済に基礎をもつものである.このことに注意を喚起しておきたい.
 さらに付言すれば,技術もまた自由で公正な競争のないところでは停滞する.技術者についても同様で,技術者の絶対数が少ないところでは技術開発能力が涵養され難い.日本でも,政府が手放さなかった技術分野では,技術の普及がおくれた.たとえば電話の普及は官庁主管であった50年と,民間に移管された戦後の30年とでは比較にならない速度である.かつては電話回線の増設が停滞していたために,電話の保有それ自体が財産価値をもち,身分と地位のシンボルであった.そうであればこそ,逆に,保有者からさえ増設の制限が支持されやすいのであった.言うまでもなく,増設の背後には,電話交換機に技術革新がおき,所得増加と生活様式の変化による広範な需要増加があった.それにしても,官僚経営では,需要に対する迅速な対応を期待することは無いものねだりにすぎない,と言えるだろう.
 技術の官僚支配が,民間主導の自由主義的経営にくらべて問題が多いとは言え,国により時代により官僚制の内容も一様ではない.我々は常に官僚支配を非能率・不経済とは決めつけないが,官民の如何を問わず,技術の独占は技術の普及に好ましいものではないことを指摘すれば,ここでの力点は満足させられる.

 [注]
 1) その生々しい記録は1872年から73年にかけての久米邦武編『特命全権大使米欧回覧実記』である.なお,英文では労作MarIene J.Maya,The Western Education of Kume Kunitake,1871-76,Monumenta Nipponica XXVIII,I,1973をみよ.
 2) 農業技術問題における「中間化」論議では,実験農場と農民の作業実態との間にある格差を埋める方法として「中間化」と言うことが普通である.だが,技術の「中間化」論としては,ここでのようにとりまとめておくほうがより一般性をもつ.
 3) 機械制工業は,より単純な道具に依存している場合にくらべると,技能格差がパフォーマンスに影響するところが少ない.水準の均一化傾向が機械的近代技術の特徴の一つとなる.その上で,また改めて,熟練の問題が生じてくる.
 4) 原子力技術の分野では,日本でも「理論屋」と「実験屋」という類別があって,互換性も交渉もない「部族的」な対立関係にあるとみる人もいる.本当にそうならば,それが,今日の日本で原子力関係の技術が未だ自立していないからなのか,それとも巨大化した未来技術はそうなる他ないものかは,私には分らない.ここでは,この技術分野が未だ「自立」していないから,そうなのだ,としておく.
 5) 激しい技術革新の時期には,機器の設計上・理論上の寿命はまだ残っているのに,経済的な寿命は尽きてしまう,と言うことがおきる.しかし,ある国で経済寿命の終息した機器でも,別の国ではそうでなく充分有効であることに賢明な経営者たちは注目し,活用している.
 1日に数回も停電したり電圧が変動するような国では,最新の機械設備は有効に稼働できない.稼働させようとすれば,自家発電装置や整流機などの追加設備が必要となる.その分だけコスト高となり,したがって国際競争力が低下するのは必然のことである.