Female Labour

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技術革新と女子労働

Title: 序文
Author: 林 武
Publisher: 東京大学出版会
Published Year: 1985年
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序文

 本書は,アジア経済研究所が国際連合大学から委嘱された,研究プロジェクト「技術の移転・変容・開発―日本の経験」の作業成果のひとつである.
 開発問題に関心をもつ人なら誰でも,また発展途上国を訪ねたことがある人ならすべてが,いわゆるマンパワー問題の重要性に気づかされるし,開発問題の専門家たちは早くからこのことについて発言してきている.
 われわれのプロジェクトは,先進国から技術を移転することによって産業革命を達成した「日本の経験」を,開発問題の視角から総括するのが任務なので,労働力問題を中核にすえるのは当然のことであった.ただしそのさい,労働力の創出や熟練形成という一般論的な仕方で問題を樹てずに女子労働に焦点をあてたことには,はっきりした理由がある.技術史家奥村正二氏が言い切っているように,日本経済が今日のように発展する端緒を娘たちの指先で紡ぎ出した,という明白な歴史的事実があるからに他ならない.
 そして,技術革新と女子の就業率とには,一部に低下を伴いながらも,総じて平行関係があり,とくに高度技術化は女子労働を基幹労働力に編成がえする傾向さえ示しているからである.結婚による一時的な離職のあとで,子育てに余裕ができると就業希望者が急増するのは,この20年ほどの間に定着した空前の社会変化である.ついでに言えば,日本の経済統計では「失業」の概念が他の国と違うので,新規の求職者は失業人口に計上されない.したがって,失業人口数が小さくなってしまう.女子求職者の増加は,ライフ・サイクルの変化と生活構造の変化を反映したもので,数年前から,有業の既婚女子の数が,専業主婦を超えて,1500万人に達している.
 こうした女子就業,とくに雇用労働力化を拒む文化が諸外国にはあるし,かつて日本にもあったが,急速に増大する人口を扶養するためには,生産技術の高度化が不可避であり,技術の変化が女子の雇用をうながしてきたのであった.
そのことで伝統文化の社会的基礎も変化せざるをえなかったし,その変化はこれからも続くであろう.在来文化を純化・高度化しながら開発と技術革新を同時にすすめることは,日本ではできなかった.他の民族にはできるかも知れないが,楽観は禁物であろう.技術の近代化は,しかし,伝統文化のすべてを洗い流すのではなく,部分的には高度化して伝達普及させたり,高次に復活することもあることに注意を喚起しておきたい.
 日本人は旧慣に固執することなく,近代技術の移転には積極的で,技術移転にかんする国民的な合意が100年以上も前にできていた.と言うのも,すでに十分貧しい上に人口圧力が加わったので,生存のためにはそれ以外の選択がない100年余にわたる前史をもっていたからである.ある学者はそれを,インダストリアル・リボリューションに先行したインダストリアス・リボリューションと呼んでいるが,そこでは女子は勿論のこと子供さえ不可欠の基幹労働力だった.それが産業革命の過程でも続き,家長一人の労賃では家族を扶養できず,妻も子供も就業するのが例であった.これをある人は完全雇用とは鋭く対立する「家族全部雇用」だと言ったが,戦前の中小工場ではありふれた雇用形態であったし,その中小工場が日本の産業技術(と技能)の温床なのであった.
 今日では事情が一変している.女子の重労働はなくなり,事務労働・サービス労働化がOA化・ME化につれて急速にすすみつつある.けれども,それは,核家族化・都市化・高学歴化を基礎にして可能になったことだし,食品産業・既成服産業の展開によって家事労働の負担が大幅に軽減されてきたのに対応している.だが,その反面で,時限的雇用・間接雇用の増大という傾向をはっきり示していて,景気変動に対するバッファーとしての性格をおびていることも指摘しておくことが必要だろう.それは,定説的な「日本的経営」論とくに「生涯雇用」論に修正を強いることになるだろう.
 機械化の進展が何時・何処ででも女子労働の負担を軽減するのではない.今日,日本の農村では機械化が男子の農外就業をうながし女子の専業化を生んでいる.また,漁村では船舶の動力化が妻を夫の不可欠な協同作業者に仕立ている.そうしたことが,農漁山村の婦女子のあいだに新しい健康障害を生みだしている.かつて,製糸や紡績の工場で娘たちは長時間の激しい労働(12時間労働が普通だった)に耐え,彼女たちからのささやかな送金を生計費の必須部分とする農漁山村に住む両親と弟妹のために,健康を代償に提供したのであった.それが,いまでも,さきに述べたように問題の在り場所と内容とを変えて,残存・再現しているのである.
 かつての健気な娘さんたちのうちで頑健な人びとはまだ存命である.その人たちからの聞きとりによる山本茂実『あゝ野麦峠』(1977年)は最もすぐれた記録文学と評されているが,遠からぬ過去を掘り起して,多くの人びとに深い感銘を与えた.この作品は映画化され,輸出もされているから読者のなかには見た人がいるだろう.本書もその時代を扱っているが,このプロジェクトの他のグループも問題にしている.たとえば紡績業の(女子)労働に関する泉武夫教授の労作は英語で利用できるから併読を勧めたい(The Developing Economies, Dec. 1979, I.D.E., Tokyo).なおマンパワー問題にからむ教育制度についての強い関心と要請については,すでにこのシリーズの別の巻で応えている.
 「技術革新と女子労働」という主題は,編者の中村教授が指摘しているとおり,日本では珍らしい問題設定であるし,本書のように工業化の開始期から現在までを概観したものはほとんどない.編者と執筆者各位の開拓者的な御苦労に敬意を表し心からのお礼を申上げたい.同時に,本書の提起した問題が拡大深化され,精緻化されることを私は切に願っている.
 本書がこのような形で公刊されるまでには同僚たちの献身的な努力が人目につかないところで続けられてきた.とくに明峯晶子さんは編集実務上の負担をことごとく引受けてくれた.また,国際連合大学の内田孟男,箕輪成男の両氏から支持と助勢があった.記して感謝に代えたい.

 1985年 初秋

 「日本の経験」プロジェクト
 コーディネーター
 林 武