技術と農村社会

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 農業生産の拡大は、多くの国において追求されてきたが、日本においては、米の増産が中心課題であった。とくに徳川幕府期においては河川治水工事と灌漑施設の建設が進められ著しい規模の水田が新田として開発された。しかし、河川流量に対し水田面積が過大となり用水紛争が多発する結果を招いたため、これを調停するための用水組合が形成され用水慣行が成立していった。

 注目すべきは、これらの用水組合が村々によって構成される一種の自治団体であったことである。村落内部においても水利用の方式がいわば規範として制度化されることになった。このようにして、日本の農村社会は、「水社会」と称される特徴を持つに至ったのである。

 明治維新以降、中央政府は、食糧増産と農業の生産性向上を目指し、土地制度や農業水利・土地改良事業の近代化に取り組んだ。一方、村落レベルでは、従来の用水慣行を、近代化された設備に適応させることによって、水利秩序の維持が可能となった。このようにして、ハードな技術とソフトな技術の接合がなされたのである。

 しかし、日本農業は1960年代より米の生産過剰や貿易自由化などの問題に直面し、現代産業としてどのように再生していくかが課題となっている。「水社会」の今後はどうなるであろうか。