経営組織

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 明治維新に始まる日本の近代化過程においては、西欧の立法を参考にして民法典と商法典の編纂が進められた。これも、一種のソフトな技術の移転と見ることができる。現代まで続く日本の会社法制の原型は19世紀末に成立したものである。

 しかし、江戸時代から続く商慣行や経営理念が、新しく導入された商法にただちに対応できたわけではない。特に、三井や住友などの財閥は、その同族企業としての形態を保持するために、種々の工夫をした。たとえば、法制的には合名会社か合資会社の形態をとるが、実質的には、同族の個人に資本の個人的所有権を与えず、「総有」あるいは「共有」という資本所有形態をとった。

 また、これら財閥では、一般に、資本の所有者たちは経営に携わらず、専門経営者が経営にあたったという特徴もみられる。これら、専門経営者のなかには、労務管理の一環という面があるにせよ、社会事業に関心をよせるものも多かった。

 一方、中小企業レベルでは、江戸時代の株仲間という同業者の組織の復活をはかる動きが長らく続いた。明治政府は、営業の自由を阻害するとして株仲間を解体したのであるが、1884年頃より、同業組合という形で業種別の組合が各地に設立された。しかし、加入強制である上、価格規制などの機能を持った同業組合は、政府によって次第に弱体化されていった。