経済政策

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経済政策

松方財政と殖産興業政策

論文タイトル: 序文
著者名: 林 武
出版社: 国際連合大学
出版年: 1983年
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序文

 本書は,国際連合大学がアジア経済研究所に委嘱してきたプロジェクト「技術の移転・変容・開発――日本の経験――」の研究成果のひとつである.5年間にわたる作業は,前半の2年がいわゆるハードな技術に,そして後半の2年がソフトな技術に,その力点をおき,5年めが総括と補完調査にあてられた.
 本書が生まれる母体になった「経済政策」研究会の発足は,「日本の経験」プロジェクトの後半の活動期にあたるから,「経済政策」はソフトな技術に仕訳される作業ということになる.これは,経済政策の策定が技術や技能を必要とするから,という理由だけでそうなったのではない.
 「日本の経験」プロジェクトがそもそも発足したのは,発展途上国がいま直面している開発上の困難を日本は如何に克服してきたのか,また克服できずにいるか,その理由が奈辺にあるかを探ってほしい,という要請に基づいている.したがって,これまでの学界の通念とは違って,日本研究そのものとして完結させられてよいのではなく,開発問題との接続が期待されていた.研究作業が,主要な産業部門ごとに,個別に技術問題の検討をすすめる仕方をとったのは,国ごとに異なる開発問題の現状とニーズをふまえてのことである.
 だが,そうした産業部門別の作業の集積だけでは「日本の経験」の全体像がまとまり難い.そこで諸々の産業技術が導入され定着し発展してゆく底流を巨視的に展望する作業が必要となる.そうしたもののひとつとして「経済政策」研究会は構想された.
 それが何故,「殖産興業」や「松方財政」につながるか,という問いに対する答えは次のようになる.開港にともなうインフレーションに起因する社会的混乱と政治変革のあと,新しい権力は一連の改革と技術移転による「開発」を試みる.その効果が現われかけたところで内戦がおき,政府はこれを収拾するものの,戦費調達のために乱発された紙幣により,経済的危機は格段と深刻になる.政府は起死回生の政策転換をせまられ,「松方デフレ」政策の展開となる.それが,幸運にも,苦難のあとの,全国に澎湃たる「企業勃興」につながっていった.このことが,そのままにではないけれども,新興独立諸国がいま経験している問題に重なり合う.きびしい独立闘争,そのあとの荒廃,権力闘争と内乱,開発インフレーションなどが自立への道に立ちはだかる.
 新生の明治国家と国民が経験した空前の危機でありかつ転機としての「松方時代」の分析について,中村隆英教授と梅村又次教授にご相談したところ,お二人からご快諾をえたことで,この研究会は順調に船出できた.
 そして諸先生のなみなみでないご尽力のお蔭で,企画した者としては非常に有難い嬉しい成果が生まれた.
 本書がもつ研究史上の位置を要約するならば,おそらく,古くから成立している「通説」にとらわれることなく,原資料に基づいてこの過程をとらえ直そうとした点にその特色を求めることができよう.政治と経済の関連を鋭く意識しながら,数量経済史の成果を採りこんで,力強いポレミックを内蔵した学術的な新地平が拓かれている.そのことが本書に国際性をもたせることは確実である.
 そう確信していたところに,さらに,慶応大学の西川俊作,大阪大学の安場保吉の両教授から激励のコメントを頂いたことも,この研究会の作業としては未だ前半部分にすぎないのに,本書を全体の完成を待たずに独立で刊行に踏み切る刺戟になった.本書の理解と評価を助けるものに,季刊「現代経済」47号(1982年,春季号,日本経済新聞社)がある.
 執筆には経済学者ばかりでなく,政治学者・歴史学者にも加わっていただいている.そこにも,中村・梅村両先生のご見識による本書の特色のひとつはある.
 また,刊行に至る過程で,執筆者全員が,検討を重ねた上で,二度も改稿されている.日本の学界的慣行からすれば,まったく異例のことと言わなければならない.
 その他にも,中村・梅村両先生からはさまざまのご配慮を,われわれ事務当局にもいただいた.貴重この上ないことである.
 国際連合大学の学術情報局長箕輪成男氏は,夙にこのグループの仕事に注目して,できるだけ早く成果を刊行するよう私に勧めてきていた.それがいま実現のはこびとなって安堵の思い一入であるが,改めて執筆者と国際連合大学の関係者に心からのお礼を申し上げたい.

 1983年8月

プロジェクト・コーディネーター
 林 武