実業教育

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実業教育

わが国産業化と実業教育

論文タイトル: 序章
著者名: 豊田 俊雄
出版社: 国際連合大学
出版年: 1984年
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序章

 本書は,わが国の産業化の過程における実業教育(職業教育,のちには産業教育ともいう)について研究したものである.
 既刊『わが国離陸期の実業教育』昭和57年(1982)においては,「徒弟学校」をとりあげ,わが国の伝統産業の近代化に果たした貢献について論述したが,本書では,より低度で未整備な教育「実業補習学校」と「中小工業内部の訓練」に重点をおいて研究している.実業補習学校の事例としては,二つの商業補習学校をとりあげたが,この他に産業化初期の実業学校として工業学校と農林学校の事例も研究した.いずれも,初期の発足の状況と,その後の展開をフォローしており,本書は前書と相俟って,わが国のいわゆる産業離陸期における実業教育について,その実態と寄与について報告している.
 「日本の教育」に関する関心は,今日,いっそう高いものがある.最近のニューヨーク・タイムスの特集『日本の教育―アメリカヘの教訓』(昭和58年(1983)7月)は,その顕著なものである.特集の動機として,“なにが日本に今日の産業発展をもたらしたか”が述べられている.
 しかし,今日の日本の教育が抱えている問題は複雑で深刻である.――この現状が,全体として豊かな21世紀を導くものであるかどうか,危倶の念少なからぬものがある.わが国の,産業化の初期に思いを潜めることによって,日本の教育の,なまで素朴な力を掴みなおしてみたいものであると思う.
 日本の実業教育の環境は,一般教育の場合と同様,多くの望ましい条件をそなえていた.日本の社会は,なによりも被植民地の経験をもたず,また,人種の面でも,言語の面でも「同質社会」であった.したがって離陸の過程に入るとき,民衆の識字能力や知能レベルは,すでにかなり高い水準にあったのである.
 発展途上国において,教育の進展にはさまざまな段階があるが,総じて実業教育は,現在,ようやくプランニングの段階に入ったところである.われわれが報告する「日本の経験」(実業教育)が,発展途上国になんらかの「参照」を提供することができるならば,それはきわめて望ましいことであろう.
[豊田俊雄]