交通・運輸

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交通・運輸の発達と技術革新:歴史的考察

論文タイトル: 序章
著者名: 山本 弘文
出版社: 国際連合大学
出版年: 1986年
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序章

 本書は,アジア経済研究所が国際連合大学から受託した調査・研究プロジェクト(「技術の移転・変容・開発―日本の経験」)の一部門,「交通・運輸」分科会の研究成果をまとめたものである.この分科会は1977(昭和52)年中に進められた若干の準備作業の後,1978(昭和53)年4月に正式に発足した.メンバーには青木栄一(東京学芸大学),石井一郎(東洋大学),原田勝正(和光大学),増田廣實(文教大学),山本弘文(法政大学)の五名が委嘱され,山本が主査として全体の取りまとめに当たった.研究会は毎月第1火曜日にアジア経済研究所で行われ,同研究所の国連大学受託調査プロジェクト・チームが運営に当たった.研究の対象となった時代は,当初おおむね1900(明治33)年ころまでとされ,それぞれの分担にもとづいて,順番に報告を行った.研究分野の分担は各人の研究に即して,道路交通―山本,道路建設―石井,河川・沿岸海運―増田,鉄道―青木・原田,とされ,同年10月末には早くも,400字詰50枚前後の中間報告書が各委員から提出された.この報告書は,翌1979(昭和54)年度に執筆された2回目の報告書とともに順次印刷に付され,1979(昭和54)年から1982(昭和57)年にかけて相次いで国際連合大学から出版された.すなわち次の通りである.
 地域社会からみた鉄道建設(1979)青木栄一
 都市化の進展と鉄道技術の導入(1982)同上
 軽便鉄道の発達(1982)同上
 日本における道路技術の発逹(1979)石井一郎
 日本における道路技術の発達Ⅱ(1979)同上
 鉄道導入と技術自立への展望(1979)原田勝正
 鉄道技術の自立と規格化の進行(1980)同上
 日本における内陸水運の発達(1979)増田廣實
 殖産興業政策と野蒜築港(1979)同上
 日本の工業化と輸送(1979)山本弘文
 鉄道時代の道路輸送(1979)同上
 いうまでもなく19世紀後半のわが国は,欧米先進国の外圧のもとで,官民を間わず,制度・文物のあらゆる分野にわたって,先進技術の導入・修得・改良・開発につとめた時代であった.交通・運輸の分野においても同様であり,最新式の蒸気鉄道や蒸気船のほか,馬車や馬車鉄道,洋式帆船など,一時代前の交通手段も相次いで導入された.これらの新旧の交通手段は,鉄道と洋式海運に集中した政府の助成策のもとで,あるいは競合し,あるいは補完し合いながら,ほぼ1900(明治33)年ころまでに,鉄道と汽船を柱とした近代的交通・運輸体系に組み込まれた.前記の報告書は大部分,このようなわが国の産業革命期の先進技術の導入を扱ったものであり,明治政府の工業化政策の特徴のほか,鉄道,道路,河川・沿岸海運の各分野における改良と開発,技術的自立への過程を明らかにしている.これらの分析はいずれも各分野ごとの報告にとどまっていたが,従来の研究に見られない視点と新知見を含むものであった.
 しかし19世紀後半を中心としたこのような個別的報告書には,おのずから限界があった.その一つは1世紀前の日本の経験が,果たして現在の発展途上国の参考になり得るかという点であり,また他の一つは個別報告書にありがちな総合性の欠如であった.事実このような難点は,「日本の経験」の研究報告に関して,1981(昭和56)年4月,国連大学本部で開かれた国際シンポジウムにおいて,各方面から指摘された.その結果,その後計画された最終報告書は,1980(昭和55)年までをカバーする総合的な報告書として,編集されることになったのである.
 本書の構成は,このような経緯にもとづいて,19世紀なかばから1980(昭和55)年ころまでの1世紀余りを8期(8章)に分け,各章の冒頭においてその時期の特徴を概説した後,鉄道,道路,河川・沿岸海運の各分野について,具体的に説明するかたちを取ることになった.すなわちまず第1章では,技術移転に先行する江戸時代の交通・運輸制度が,第2章では移転開始直後の移行期(1868―1891(明治元―24)年)の事情が明らかにされ,ついで第3章では鉄道時代の開幕と近代的交通・運輸体系の確立の時期(1892―1909(明治25―42)年)が扱われた.次に第4章(1910―1921(明治43―大正10)年)では第一次大戦中の海運の発展と船舶・車両の国産体制の確立,第5章(1922―1937(大正11―昭和12)年)では大桟橋と臨港線の建設による海陸運輸の有機的結合,都市近郊鉄道やモータリゼーションの進展などが取り上げられ,ついで第6章戦時下(1938―1945(昭和13―20)年)の交通・運輸,第7章戦後復興期(1946―1954(昭和21―29)年)の諸問題,第8章高度成長期の発展,にいたっている.もちろん以上のようなわが国の交通・運輸の発展は,19世紀後半から20世紀後半の世界史的段階と,わが国の国内条件に規定された個別的な事例に過ぎず,技術移転のモデルとして,そのまま途上国に通用するものではない.しかしそこにはやはり,一定の条件のもとでの一定の選択があった.そしてその限りにおいて,きわめて限られた範囲内とはいえ,一つの経験としての有効性を持ち得るのではないかと思われるのである.しかしもちろん最終的な判定は,読者自身に属するものといわなければならないであろう.最後に本分科会の運営と本書の刊行について,終始懇切な配慮をいただいた国際連合大学とアジア経済研究所の関係者のかたがたに,心からお礼を申し上げ,結びとしたい.なお,索引の作成にあたっては,東京学芸大学院生 大野浩光氏をわずらわした.併せてお礼申し上げたい.
 [山本弘文]