総論

論文一覧に戻る
総論

技術と社会:日本の経験

論文タイトル: 第4部「日本の経験」--産業技術の事例研究 XVI 産業技術と公害
著者名: 林 武
出版社: 国際連合大学
出版年: 1986年
本論文の目次を見る本ページのPDF版を見る

第4部:XVI 産業技術と公害

(1) 「開発」と環境破壊
 陽ざしがやわらかい待望の春がきても小鳥たちの囀りがない.小動物が死滅したからである.それは生態系の変化による季節の変質であり,やがては食物連鎖を介して,不可避的に人間に及んでくる「生存の危機」である.
 『音を失った春』(Silent Spring)と題してレイチェル・カーソン(Rachel Carson)が,幾千年もかけてできあがってきた生態系の微妙なバランスが,アメリカで,農薬と化学肥料の大量投入によって,近々数十年の間に,急に不用意に崩されつつあることに警告を発したのは,1962年のことであった.これは,優れた,しかし,気味の悪い文明批判の書物であった.
 同じ頃に,日本には,海の幸が何故か失われ,生活が変質・低下させられてゆく有様を克明に綴り続けている,熊本県水俣市在住の作家,石牟礼道子がいた.ある作品の中で,「魚は天のくれらすもんでござす.天のくれらすもんをただで,わが要ると思うしとってその日を暮す.これより上の栄華のどこにゆけばあろうかい」と,ある老人の酔余の言葉を彼女は記録している.しかし,この老人は「世界の奇病」である水俣病に冒されている.石牟礼は,それ故,「祈るべき天と思えど天の病む」と深い深い嘆きを放つ.近代化学工業への呪詛である1).
 カーソンは内陸で自然の異常を感知したが,石牟礼は海辺でそれを経験している.それに追加すると,ある鉱山町で,古老の1人が「子供の時分にはみんな貧乏だったが,山に美味いものがただで何ぼでもあった.今は何も穫れんぞ」とボッツリ私たちに語った.
 それが工業化の結末の一断面である.
 我々は,これまで,工業化をプラスの必然としてたどってきた.だが,それが工業化の全部ではない.それが「産業公害」をこのプロジェクト作業に採りこんだ理由である.
 そして,我々は,公害が発展途上国でも,あるいはそこでこそ,激越であることを知った.開発至上主義への警告の意味をこめて,我々はこの主題をとりあげた.
 かつて,公害や環境破壊は第二次産業が発生源であった.そのことは,今でも,基本的には変っていない.だが,それに加えて,第一次産業が発生源になったり,媒介したりするようになってきた.問題の深刻さはそこにある.
 何故ならば,「開発」の第一課題は人口爆発に対処することであり,そのためには農業の生産力を増強しなければならないし,農業/食糧生産の増大には化学肥料と農薬(除虫,除草)が著しく寄与しているからである.それがカーソンの言うように,幾千年もかかってできてきた生態系のバランスを崩し始めているのである.
 その他に,今日では,空中に放出される排気物(ガス)が酸性雨となって,数千キロも離れた他国の森林を枯らし,湖水を無生物化し,海を汚染している.発生源も多国籍化しているし,大工場ばかりとは限らない.家庭用の洗剤も河川の汚染源であり,自家用車の排気ガスも発生源になっている.
 発生源が無数に殖え,一つ一つでは「実験室的な」許容範囲にあるのに,同時・多発の状態が長期にわたって継続している結果,排出の絶対量が増大して,堆積・残留する量もまた巨大になっている.
 そこではもう,加害者と被害者の区別も曖昧になってしまう.一つ一つの発生源が合法的・合理的な許容量の範囲に収ったとしても,それらが複合した結果として生ずる「複合汚染」については,原因と責任を特定できない.原因者責任という法律の原則からすれば,誰の責任にもできない.しかし,環境破壊と健康障害は確実に累積・加速されている.
 被害者が同時に加害者であり,さらにその数が非常に多くなると,それはもう法律が効力をもちえない領域に問題が移っていることを物語る.法律は,違反者が少数であること,したがって圧倒的多数の人口に規則が守られることを前提にしているからである.
 そこで,環境問題は既成の法律観念以前の問題,立法をめぐる政治問題になる他ない.
 勿論のこと,基本法の基本理念に立戻ることで,問題を法(と正義)理論のなかで解決できる限界まで追究しようとする努力は,過去と同じく現在にもある.そこから,基本的人権や環境権という争点が生まれてきている.
 だが,高価貴重にすぎるものに価格=交換価値をつけることは「法律家的世界観」と実務処理に馴染まないから,具体的な結果としては原因者責任を解除してしまうことがある.
 こうして「法の無力」が証明されることで環境問題は「政治問題化」させられるのでもある.
 産業公害と環境汚染は工業化した諸国にばかりあるのではない.第三世界でも深刻である.アフリカ中央部の砂漠化は人口爆発と家畜の増加に主要な理由があるし,タイの森林面積は生態的安全の限界と言われてきた全国土面積の40%という水準をすでに割っている.そのことで表土流出と洪水とが激しくなり,被害はもうバンコクに及んでいる.南米諸都市の大気汚染は東京からの旅行者をさえ病人にしてしまう.
 1985年は,メキシコとインドで信じられないような大人身事故がおきたことで永く記憶される年となるだろう.
 日本の「奇病」である水俣病が,イラクにもあったと報じられているし,中国の東北地区にも発生している.フィンランドとカナダからも発生の報告がある.公害や環境破壊は,現実にそれが生じていることと,それが「問題化」することには落差があるということだし,それはある社会での人命と人権の評価にかかわっている.
 酸性雨問題がヨーロッパで提起されてからすでに久しい.発生源と被害地が離れすぎており,国境を越え問題がおきているのと,因果関係の特定が容易でないことが解決を困難にしている.その間に被害は確実に増大しているし,それは政治や経済体制の如何に関係ない.
 そこに,公害や環境の問題を,生存権という基本的人権の問題として,具体的には被害者の立場から,解決をさぐっていかなければならない理由がある.
 公害と環境破壊は開発の過程でこそ生じやすい.かつて,「公害が欲しい」という声が発展途上国の開発エリートたちから挙がったこともあったように,第三世界では開発の急務がこの問題を軽視させやすい.そして,調査さえ行われていないことも多いし,開発を主権行為だとする故に外国人専門家の調査を拒否することさえある.問題がすでにおきて重大化しているのに関心を示さないのである.
 我々は開発が無用だと主張するのではない.開発に反対する者は,何百万人もの人々に公然と飢えて死ねと言うに等しいのである.そんなことはできることではないし,許されることでもない.
 だが,開発の仕方に問題があることを指摘したいのである.確かに開発は主権行為であり,国民形成の鍵である.そのことに疑問を呈しているのではない.開発行為が基本的人権・生存権を侵害し,他国に悪影響を及ぼしていてもなお,主権が制約を受けなくともよいとする主張には合意し難い,ということなのである.開発にまつわる主権行使についても,ことが全人類的な問題にかかわるときには,制限が加えられて当然であることを,1市民として主張しているにすぎない.1人の市民には他の市民の生命や財産を侵害することは許されていない.市民に許されていないことは政府にも許されないのである.
 公害・環境問題は,開発問題に新しい困難と負担を課すものであることは確かながら,それを避けることは誰にも許されないのである.それ故にこそ,諸民族の知恵と経験が総動員されなければならないのだし,国際協力が不可欠なのでもある.
 この意味で,「日本の経験」が無修正で即座にユニバーサルな価値をもつことができるのは公害・環境問題だけで,他は二次的でしかない,とも言えるだろう.
 日本は公害最先進国であることによって,公害防止技術の最先進国にもなった.これは名誉なことではない.と言うのは,過去の汚染の蓄積は最新技術をもってしても除去できないからである.
 (2) 診断学への疑問
 環境よりはるかに被害が具体的だから法律問題になりやすい健康障害についても,診断医学上の問題がおきる.つまり,因果関係の確定の問題が浮上してくるのである.
 一つ一つの病気について,医学の病像認識はすでに確立している.だが,医学は健康を定義できていないから,公害病のような新しい症状を「まとまりのある統一」として把握するのではなく,症状の一つ一つに病名をつけて解体してしまう.特定地域に集中して発生した複合症・合併症そのものとして特定することはしない.
 こうした診断学の方法では,「毛髪水銀と血中水銀の検査の結果,水銀に汚染されている事実」を承認しながらも,その「疾病は心筋硬塞,喘息,糖尿病,高血圧症,関節炎,腎機能障害」とされてしまうので,それが他ならぬ「水俣病」なのに,それとは認定されないと言うことがフィンランドにあり,同様のことが中国とカナダでもおきている.
 「水俣病」は熊本大学の研究者たちが確定した病像で,「発生恕限量の一つの目安」は血中で200ppb,尿中で300ng/l,体重50kgで体内蓄積20mgの水銀量があること,とされている.
 だが,今日からすれば,これは不正確・不充分であることを,原田正純は指摘する.と言うのは,この病像は「急性発症の典型的水俣病」だけのもので,この定量的分析に固執する限りでは「慢性型」・「遅発型」・「不完全型」や「胎児性水俣病」を排除してしまうことになる.したがって,1960年で「水俣病は終熄した」ことになってしまう.
 熊本大学グループの発見したのは「初期の病像」であり,しかも「激症型と急性型」のみの病像だったのである.
 したがって,「奇病」である水俣病の認定は,汚染者群と非汚染者群を「集団として比較し,その群の健康の偏り」として捉えねばならないと原田は言って,「疫学的方法」を提唱する2).
 この方法自体は近代的統計処理技術の一つだが,患者のそれぞれについての個体診断法や要素還元法ではできなかった,考慮・分析すべき多数の要素が時間的・空間的なひろがりとばらつきをもつ病気について,総合的・多角的かつ広域的に病像を確定できる.
 まさにその点で,属人的な症例鑑別法には不可能な診断が可能になるから,環境破壊・健康障害や公害病の診断に不可欠の方法となるのである.
 水俣病を引き合いにして言いたかったのは,環境問題・公害問題は,既存の法理論では処理しきれない問題内容をもつし,既存の診断医学の方法論では解明できない「新しい」病気を生むものだということである.
 病気の認定は,被害防止と被害者救済という問題にからむから,影響・関連する範囲は大きい.
 また,加害者・加害源が特定できても,原因者に責任負担能力のない場合もあって,問題は深刻になる.そのさいには行政が,第一次原因者や責任者でなくても,それを代行する義務を引き受けざるをえない.それ故,行政は代行する義務負担を極小化するべく,責任の範囲と限度を制限する.つまり,被害の認定を極小化する.「水俣病」の場合は,熊本大学の「定義」した激症型・速発型のみを救済・補償の対象として,他は切り捨てることを,意識的に,職業倫理的な「合理性」に即して,行うことになる.
 ここで改めて問題は「政治化」される.「政治化」とここで言うのは人間の活動のすべてに根幹的にかかわる,と言う意味である.関係者の誰もが人間としての品位をかけて,問題にかかわらしめられるのである.このとき,技術者,法律家,医師,公務員などが「専門家の職業倫理」を放棄できないのは当然としても,ただひたすらに,それにのみ固執することでは人間的に無責任な権威主義に堕するのであって,人間的品位は喪失を免れえない.
 別に言えば,職責に忠実で,遵法的で,上位者の命令であったことなどは,いずれもアウシュヴィッツ強制収容所の責任者アイヒマンが繰り返し主張したことで,彼自身の人間的品位にかかわる命令は拒否していないことを思い起こしておくことにしよう.
 この点では,水俣でも他の場所でもそうだったが,被害者と抗議者の側には,陳腐にすぎる「富と教養を誇る」専門家たちや逃げ腰に終始する公務員には見られない,人間的な品位とぬくもりがあることは驚きであり,また救いでもあった.
 (3) 公害の原形
 開発に技術が不可欠であり,技術が開発を加速する.だが,技術は利用の仕方を誤ると思わぬ時,思いがけぬ場所で思わぬ仕方で加害源に転化したり,被害を媒介したりする.とくに,自然災害の被害を増幅し,深刻化し,広域化する.そのことで,加害限度(=責任)を曖昧にする.
 日本の公害は,出発点で鉱害であり砿害であった.鉱・砿山が発生源であるときには発生源を移転できない故に,自然災害に相乗される3).
 この日本的「原形」は,重要な輸出産品(=銅)の生産者であり,戦略物資であったために,用水を汚染された水田耕作農民の抗議・鉱山閉鎖の陳情は無視され,大規模化し尖鋭化した抗議は軍隊の力で鎮圧された.
 そこに明治政府の品位がうかがわれるし,戦争のたびに生産増強が国策として環境と保健問題を無視して強行された.開発が国家や軍隊の必要に合わせて行われるときには,人権問題も環境も配慮されないものであり,陳情も抗議も強権で排除されるものである.
 だが,抗議や抵抗が排除できても,そのことで公害も被害そのものもなくなるのではない.結果的には,かえって高価な代償を支払うことになる.それを日本では繰り返してきた.
 国家のニーズによる「開発の強行」は,たとえばカナダのインディアン居住区に認められるし,そこでも「水俣病」が発生している.
 各地方自治体が企業誘致に狂奔するとき,誘致競争は公害問題へのブレーキを弛めがちである.しかし,企業は福祉原則で活動するのではないから,利益があがるところなら公害規制が厳しくとも,誘致しなくとも投資する.利益があがらなければ公害規制を弛めても撤退してゆく.開発の緊急性にのみ眼を奪われていると,我々はとかく,技術の所有者であり営利の追求者である企業のこの第一原理を過小評価しやすい.
 そして,国家の開発ニーズと私企業の行動原理とが結合されると,問題の解決は容易でない.国家権力というむきだしの暴力と対決しなければならないからである.国営企業であっても事態は変らないし,社会主義体制に公害がないというのはイデオロギー神話でしかない.
 「日本の経験」に即して言えば,戦後の高度成長期が公害多発期・ピーク時で,さまざまの抗議活動もキャンペーンも展開された.公害防止技術も開発されたし,各種の規制もたとえば自動車の排気ガス規制はヨーロッパのどの国よりも厳しい.原因者責任の原則も確立されているし,公害を出すようなら企業は潰れてしまうだろう.
 だが,それで「無公害」社会に到達しているのではない.専門家によれば,確かに規制の効果はある,しかし,深く静かに確実に累積され続けている,と言う.誰もが言うように景気の沈滞と関係がある.工・鉱業活動が不振だからである.
 経済的沈滞の重苦しさは,しばしば公害を出していた時の活気にノスタルジアを抱かせもする.これは危険な誘惑である.
 過疎化した廃鉱の町に住むある老人は「昔は誰もが貧しかった.食べるものも多くはなかったが,みな美味かった.井戸水も山菜も川魚も,ただで美味いものが沢山あった.あれが贅沢というものだったろうか」と語った.
 発展途上国では増大一途の人口を扶養するために工業化が必要だし農業の生産力も向上させなければならない.しかし,そのために「贅沢なまでに美味いもの」を無料で提供する自然を傷めてもよいと決断してほしくはない.決断していないのならば,既成技術への過信は咎められてよい.そして,alternative technologyの自主開発こそが希望をもたせる.
 そこでのありうべき新種の技術コンセプトの構成ではchemical controlへの期待を極小化してほしいものだし,「開発」目標の策定の時から地域住民が参加し,発言してほしい.
 そうでなければ,開発の手順や開発の仕方に住民の知恵と経験を動員できないし,軌道修正もスムーズにはゆかなくなる.
 開発の利益は大きいし,必ずある.だが被害も必ずある.たとえ一時的な被害にしてもすでに充分貧しい人たちには深刻なことである.利益と損失の綜合評価は,ローマ・クラブの創設者(Aurelio Peccei,1908―84)の言うように「孫の代まで」の安全にかかわることで周到に評価されるべきことだろう.
 (4) 「医学神話」の消滅
 水俣病研究の原田正純は,水俣病の医学的発見は医学的「神話」をあっさり否定したところにある,と次のように言う.「胎児は胎盤で保護されているから,親が元気なうちは心配ない」とされてきたのに,水銀中毒は「母親の健康に重篤な影響を与えなくとも,胎児に重篤な障害をおこす」のである.ユージンおよびアイリン・スミスが写真集で世界に紹介した胎児性水俣病患者は40人もいるが,日本の他にスウェーデン,アメリカそしてイラクにもいる,とされている.
 我々の公害研究の作業は,日本の公害のすべてを取り上げたのではない.[宇井純]らが手がけた事例に限定されているが,それだけに具体的であり,かつ詳細である.そして,特徴的なのは,公害の発生源になる企業では,内部に職業病をかかえていることが多いことに注目し,職業病と汚染とが同一の原理で結合されていること,それが広域化されるという公害への発展の図式を示しているところにある4).別の言い方をすれば,工業化による「負の衝撃」に焦点をあてているのである.

 [注]
 1) 石牟礼道子「苦海浄土」,1972,講談社.「椿の海の記」,1980,朝日新聞社.同編「天の病む」,1974,葦書房.
 2) 原田正純「水俣病にまなぶ旅―水俣病の前に水俣病はなかった―」,1985年,日本評論社.
 3) 東海林吉郎・菅井益郎「通史足尾鉱毒事件」,1877―1984.1984,新曜社.
 4) 飯島伸子「環境問題と被害者運動」,1984,学友社.