女子労働

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女子労働

技術革新と女子労働

論文タイトル: はしがき
著者名: 中村 政則
出版社: 国際連合大学
出版年: 1985年
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はしがき

 今日の産業社会において,女子労働は不可欠の存在となっている.とくに高度経済成長がピークにさしかかっていた1960年代には,大量の女性が職場へ進出し,わが国の就業構造に大きな変化をもたらした.この背後に,急速な科学・技術の革新があったことは言うまでもない.企業におけるOA(オフィス・オートメーション)化やME(マイクロ・エレクトロニクス)化の進展は,女性の職域を拡大させただけでなく,女性のライフ・サイクルをも変えていった.科学・技術の発達は,工場における生産工程を変化させ,労使関係を変化させ,さらには社会関係・家庭環境の変容にまでおよんでいる.これほどの変化は日本人にとっても初めての歴史的経験であるといってよいであろう.国際連合大学がアジア経済研究所に委嘱したプロジェクト「技術の移転・変容・開発―日本の経験―」の中に,「技術移転と女子労働」のテーマをつけ加えたのは,以上の意味からも当然のことであった.
 1981(昭和56)年春,アジア経済研究所のプロジェクト・コーディネーターの林武氏から上記テーマでの共同研究を依頼されたとき,何度か逡巡しつつも,私が最終的にお引き受けする気になったのは,テーマの斬新性・重要性のゆえであった.共同研究は,1981(昭和56)年3月から開始された.それ以来,2-3ヵ月に1回の割合で,定例の研究会がもたれ,活発な意見の交換がおこなわれた.各時代,各産業分野における技術の変化は,女子労働のあり方にいかなる変容をもたらしたか,その経験を明らかにすることは,今日急速な技術革新の時代を迎えつつある途上国が今後の女子労働のあり方を考えるうえでも,一つの指針を提供することになるのではないか.アジア経済研究所の一室で,われわれは何度か,こんなことを話し合った.定例研究会を約1年つづけたあと,執筆分担をきめ,1983(昭和58)年末には第一次原稿が出=った.この第一次原稿に編者が目を通し,各執筆者に多少の加筆訂正をお願いして出来上がったのが本書である.
 本書を構成するにあたって留意した点は,つぎのことである.第1に,限られたスタッフで明治期から高度経済成長期までを扱わなければならない.第2に,先行研究は意外と少ない.第3に,利用できる史料・統計類が限られている.第4に,途上国にとって何らかの参考となるよう配慮する.以上の点を考慮して,考察対象を思い切りしぼることとした.すなわち,戦前においては,製糸労働,炭鉱女子労働,都市下層社会の女子労働の三つを選び,戦後については,農業と漁業に代表される家族自営業における婦人労働と高度成長期の女子雇用労働を重点的に取り上げることとした.以上の各論のほかに,序章には第二次大戦前の女子労働者の全体的推移をまとめた論文を付して,各論の位置付けを明確にするよう配慮した.以下,簡単に本書の内容を述べておくことにしたい.
 序章は,産業革命期における女子労働を生産形態と社会的給源の2視点から六つの類型に分け,それぞれ女子労働の類型が,第一次大戦期,両大戦間期,戦時期を通じてどのように変容していくかを総括的に述べたものである.第1章は,幕末・維新期から1900年代までの製糸技術の発展とそれに対応する製糸労働者の実態を,主として長野県諏訪地方を中心に論じたものである.第2章は,炭鉱における女子労働に焦点をあてて,1900年代から1930年代の石炭産業における技術革新が炭鉱労務管理の方式をどう規定し,それが女子労働の形成・衰退とどのようにかかわっていたかを分析している.第3章は,1870年代から1920年代の大都市における下層社会の女子労働を取り上げ,彼女らの生活構造や就職構造が工業化・都市化の進展とともにどのように変化していったかを考察している.次の二つの論文は,戦後を対象としたもので,第4章は農業と漁業を代表的産業分野とする家族自営業に焦点をあて,高度成長下の技術革新が農家世帯とくに漁家世帯の女子の就労形態にどのようなインパクトをあたえたかを解明している.最後の第5章は,高度経済成長期に急増した女子雇用労働力の動向を,労働過程のオートメーション化と技術革新の結果もたらされた日本人の生活構造の変化とを関連させながら論じている.
 終章では,各章の論文の要約,研究史上の位置づけをおこなったあと,「日本の経験」がアジア諸国の女子労働のあり方にどのような意味をもつかを概括的に論じて,まとめとした.
 以上の構成に明らかなように,ここで言う女子労働とは雇用労働と家族従業の双方をさすが,戦後の農・漁業における女子労働を考察した第4章をのぞいて,分析の力点は主として雇用労働におかれている.また,本書はもともと外国人,とくに第三世界の読者向けに作成されたものであって,日英両語版で出版する予定ではなかった.そのため各執筆者とも,日本の研究者にとっては周知の事柄に属することについても言及せざるを得なかった.本書が,既存の諸研究を立ち入って紹介し,利用したり,常識の部類に属する事実をもあえて取り上げ,説明しているのは,その成立事情と関係している.このことをあらかじめお断りしておかなければならない.
 それにしても「技術の移転・変容・開発」が,女子労働のあり方をどう変化させたかというテーマそれ自体,全く新しいものであって,研究史の重圧から相対的に身軽になって取り組めたことは,ある意味で幸せであった.本書が,この新しい研究主題の発展にとって,一里塚となればこれにすぐるよろこびはない.

 1985年9月
 中村政則