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技術革新と女子労働

論文タイトル: 第4章:家族自営業における技術革新と女子労働ー戦後日本の農業・漁業についてー
著者名: 加瀬 和俊
出版社: 国際連合大学
出版年: 1985年
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第4章:家族自営業における技術革新と女子労働ー戦後日本の農業・漁業についてー

はじめに

 戦後の日本資本主義は,敗戦からの苦しい復興の時期を経た後,1955年頃から急速な経済成長過程に入った.重化学工業の拡張を機軸として経済規模の拡大と生産性の上昇は著しく,日本は敗戦後の荒廃と飢餓状況から脱出して世界有数の工業国へと成り上がった.
 このような日本経済の急速な発展は,資本制企業に雇用される労働者を急増させた.そしてその反面で,それまで就業人口の過半を擁していた家族自営業部門の就業者が急速に減少するに至った.こうして,資本制企業の成長の陰で,就業人口の減少に直面した家族自営業の受動的な対応が進展することになった.オイル・ショック以降,労働市場の停滞の下で就業難が表面化しているとはいえ,この傾向は大きくは転換していない.
 以上のような歴史的経過を念頭に置きつつ,本章は家族自営業の代表的分野である農業と漁業における技術革新と女子労働の推移の関連について概観を与えることを課題としている.
 いうまでもなく,経済成長下での家族自営業就業者の減少・高齢化の動きは,自営業の労働過程への新規技術の導入と対応している.実際,市場的限界の強い農業・漁業にあっては,技術革新は生産の増加に直結するよりも就業者の減少・高齢化を可能とする要因として寄与した度合が大きい.
 ところで,家族自営業における就業状態の変化は,男子と女子とでは大きく異なっている.一般的に言えば,女子(特に既婚女子)は家事労働・育児労働に拘束される関係から,資本制企業に雇用されるよりも自営業従事を継続する傾向が男子よりは強いと言える.しかし,その傾向がそのまま現れるか否かは,自営業の側の具体的事情によって左右される.その点で農業と漁業はかなり対照的な動き―ごく単純化して言えば,農業において男子流出=「女子農業」化の動きが目立ったのに対して,海上作業に男子労働が不可欠な漁業にあってはそうした変化は現れない―を示しており,労働市場の拡大と技術革新の下での家族自営業の対応の論理を検討するために,有効な産業間比較の事例を提供していると思われる.
 以下の検討にあたっては,変化の内容が比較的単純であり,豊富な調査・研究が既に存在している農業部門については簡単に触れるに止め,紙幅の多くを自営漁業部門の検討に充てることにしたい.

Ⅰ 農業・漁家漁業の変遷と就業構造1)

 敗戦後の復興期における農業と漁業の状況は,戦前と比較して新しい特徴を持っていた.第1は,戦時動員の解除と経済構造の崩壊にともなう膨大な過剰人口が帰村して農家・漁家の世帯員となり,過剰就業状態に陥っていたことである.それまで都市・植民地などで就業し,戦時期には軍人になるなどして流出していた傍系家族の多くが,就業機会の回復を待ちつつ農業・漁業に従事していたのである.第2は,家族経営体が自らの労働によって経済的に自立できる条件を得られる方向に向けて,農地改革・漁業制度改革が断行されたことである.これは,新憲法・労働法規の整備とあいまって,身分的ないし共同体的規制を離れて,個別経営が個別的判断にしたがって経営を左右できる条件を拡大した.
 このような戦後的条件の枠組の下で,その後の労働市場の急拡大が生じたのであるから,自営業による所得との比較にもとづいて農家・漁家から労働力が流出するのは当然であった.流出は過剰就業者の位置にあった傍系男子から始まったが,高度経済成長が本格化する1960年前後からは,それ以前であれば農業・漁業の後継者となるはずであった直系男子の流出も目立ってきた.こうして,農家・漁家からの労働力の流出は,地域的にも(在宅通勤が可能か,離村せざるを得ないか),年齢的にも(新規学卒者か,壮年か,高齢者か),男女別でも,大きな相違を含みつつ,農業・漁業に共通して進行していった.
 しかし,労働力の流出による家族自営業の経営内容の変化は,農業と漁業では(詳細に見れば農業種類・漁業種類ごとに)かなり異なっている.農業にあっては,農業就業者数の急減・農家数の微減の結果,農家の総兼業化が進行した(第1表).少数の専業農家は,一部の大型経営か他に就業機会の無い老人農家に限られている.
第1表 農家数とその専兼業別構成比(1955-1980年)
これに対して漁家にあっては,副業的な零細漁家の脱漁業化は進行したが,最大の兼業部門であった農業兼業の放棄もあって,専業化の傾向が強まり,専業と第一種兼業とでほぼ7割を占めている(第2表).
第2表 漁業個人経営体数とその専兼業別構成比(1953-1978年)
 経営規模階層ごとの世帯経済の内容もこれに対応しており,農家所得に対する農業所得の割合は,どの階層でも顕著に減少し,都府県農家の7割を占める経営規模1ヘクタール未満の農家にあっては農業依存度は1割台に過ぎない(第3表).
第3表 農家所得の農業依存度(経営耕地規模別)(1950-1980年)
これに対して漁家にあっては,動力船を使用している最小階層である1トン未満階層でも漁業依存度は4割を越えている(第4表).
第4表 漁家所得の漁業依存度(トン数階層別)(1951-1980年)
 農業と漁業におけるこのような差異は,資本主義下における家族自営業の経営的弱体性が,農業においてはストレートに発現しているのに対して,漁業にあってはその産業的特質によってその発現が抑制されていることにもとづいている.そこで,沿岸漁家の専業的性格を支えている条件を要約的に述べておこう.
 第1は,漁業労働の特異性である.農業においては,兼業労働の余暇の範囲で農作業を配分することがかなりの程度可能であるが,漁業においては水産生物の習性にしたがって漁獲時刻が他律的に定められてしまう(たとえば火光に集まる魚を獲る場合には夜間にしか操業できないというように).しかも海上作業の継続時間からしても体力的にも,今日の技術水準を前提とする限り,漁労作業に従事する者は男子でなければならない(夫婦で乗組む場合のように補助労働力として女子が乗船する場合は少なくないが).したがって,沿岸漁家においては少なくとも1名の男子は,自営漁業本位の就業方式をとらなければ漁家としての存立が不可能である.このため,世帯主=経営主が兼業部門に従事する条件は著しく低く2),結果的に世帯の専業度も高くなるのである.
 第2は,通例,離島の最大の産業が漁業であることにも象徴されるように,沿岸漁村における労働市場の展開は,平均的農村に比べてかなり微弱である.したがって,通勤可能な賃労働機会は少なく,賃労働者となる場合には離村せざるをえないし,逆に後継ぎゆえに若年者が離村出来ない場合には漁業を主体に生活を立てざるを得ない傾向が強い.かくて,残存した世帯員について見る限り,漁業専業的度合が濃くなるわけである.
 第3は,航海・漁労部門での技術革新の進展にも関わらず,農業とは異なって生産の向上がほとんど見られず,したがって価格条件が好調に推移してきたことである.確かに,日本漁業の水揚高は,戦前(1930年代)の400万トン水準から1970年代以降の1,000万トン水準にまで増加を続けている.しかし,漁獲量の増加はもっぱら遠洋・沖合漁業において資本制漁業経営体によって達成された(飼料・練製品原料向け中心)のであり,家族自営業としての沿岸漁家による水揚量はほぼ200万トン前後に固定されている`高価格の鮮魚類は主として沿岸漁業によって漁獲されるので,経済成長に伴う国民的購買力の増大は沿岸性魚類の価格上昇=沿岸漁家の漁業所得の堅調をもたらした.
 こうして,一方では専業的漁家たることを余儀なくされ,他方では専業的漁家として家計を維持していくことが一応は可能な条件を与えられて,農業とは対比される漁家の専業的性格の強さ(特に経営主本人について)がもたらされていると言えよう.
 それでは,農家・漁家の世帯員の就業状況はどのような特徴を持っているのであろうか.まず,第5表によって農家世帯員の就業状況を見よう.これによると,主に農業に従事する世帯員は男女ともに減少して今日では世帯員全体の2割強であること,しかしながら多少とも農業に従事している世帯員は男子で8割,女子で7割を占めていることなどがわかる.
第5表 農家世帯員の就業状態(1960-1980年)
農作業における技術革新の進展の下で,世帯員の大半が農業に関わるという関係は変化しなかったにも関わらず,各世帯員が兼業本位の就業内容へと変化したわけである。
 もちろん,この内容は年齢別に大きく異なっている.第6表によれば,男子の場合は,60歳以上になって初めて農業中心の世帯員の比率が農業以外の仕事中心の世帯員の比率を越えていることが知られる.これに対して女子の場合には,20歳代は農業以外の仕事を主とする世帯員が多いが,20歳代後半以降農業中心の世帯員の比率が上がり,40歳代には逆転を示す.また,25歳未満(結婚・出産前の恒常的賃労働就業期間)を除くと60歳までの全年齢で自家農業を主とする世帯員は女子の方がはるかに多いこともわかる.
 こうして,高齢者と女子によって日常的な農作業が担われ,農外就業者たる壮年男子の片手間労働がこれを補完する,という農家世帯員の平均的な就業状況のイメージが確認できる.家計の中心を担う壮年男子は,主として周年的または季節的な賃金労働に従事し,高齢化するにしたがって,自営農業に復帰し,やがて引退するのである.
第6表 年齢別・農家世帯員の就業状態別構成比(1980年)
 続いて漁家世帯員の就業状況について第7表を見よう.同表は自営漁業の海上作業に年間30日以上従事した者を示しているが,これによると,漁業の海上作業従事者について次のような特徴を指摘できる.
 第1に,漁家世帯員のうち漁業(海上作業)に従事しているのは圧倒的に男子が多いことである.世帯員数に対して男子はその6割以上が海上作業に従事しているのに対して女子は2割前後に留まっていることがわかる.
第7表 年齢別・漁家世帯員の自営漁業就業者割
しかしながら,第2に,1963年から1978年にかけての,その比率の変化を見ると,男子では6%程度低下しているのに対して女子では2%強の増加が見られる.漁家世帯員として留まった女子は相対的に海上作業従事の度合を高めたわけである.同じ傾向として,第3に,高度経済成長期以降の就業者の減少は男女に共通しているが,その程度は男子に著しく,相対的に女子の比率が上昇している(1963-1978年の就業者の減少率は,男子では29.7%,女子では13.8%である)ことも確認できる.第4に,年齢別に世帯員中の漁業就業者の比率を見ると,男子では30歳以上はすべて5割を越えていること(特に40歳代・50歳代では90%前後に達する),女子では30歳代-50歳代では2-3割台であるが,その他の年齢階層では比率がかなり落ちていることがわかる。男子は20歳代では自営漁業部門以外だけに従事する者が一定数を占めていること(この傾向はこの15年間に強まっている),女子は結婚前や出産年齢にはほとんど海上作業に従事していないし,高齢時のリタイヤも早いことが確認できよう.第5に,就業者の年齢別の構成比をみると,この間に高齢化が顕著に進行したことが知られる.自営漁業就業者総数に占める50歳以上の就業者の割合は1963年から1978年にかけて,男子では34.7%から44.4%へ,女子では22.0%から34.0%へと増加しているし,40歳以上についてはそれぞれ52.4%→73.0%,45.4%→71.1%へと推移している.
 続いて第8表で,主に従事した就業内容別に漁家世帯員の比率を見ると,以下のような特徴が判明する.第1は,男女ともに漁業(海上作業)を主とする者は,海上作業に30日以上従事した者(第7表)よりは少ないが,その差は大きくはなく,30日以上海上作業従事者の8割以上は漁業就業を主としていることである.単純化して言えば,海上作業に従事している者は,海上作業が主な就業分野であると言ってよかろう.第2は,海上作業には従事しないが,漁業関連の陸上作業に主として従事している者が女子に多いことである.30歳代から50歳代においては,海上作業者と陸上作業者とを合わせれば,女子世帯員のほぼ50%に上っているのである.第3に,男子の20歳代,女子の20歳代前半など雇われ就業を主とする者が若年者に集中していることである.男子にあっては,新卒時に自営漁業に従事する者は少なく,大半は賃労働の経験を持ってから親の高齢化にともなって家業に就くことが通例であるし,女子の場合にも結婚前に生家の家業に就くことは少なく,会社勤めを経験することが一般的である.
 以上の点から判断すると,自営漁業においても若年者が漁業外に流出し,就業者の高齢化と女子の比率の一定の上昇が引き起こされたと言えるが,自営漁業に従事する世帯員に関する限りは,漁業中心の就業状態を継続している度合いが強いと言えよう.
第8表 年齢別・漁家世帯員の主な就業状況別構成比(1978年)

 これを漁家世帯の変化として見れば,戦後初期までの世帯内分業のありかた(父子二代ないし親族数人が海上作業,女子・老人は農業・漁業関連陸上作業)が,父親1人または夫婦による海上作業(後継者は一定年齢まで賃労働に従事,女子は自営漁業になんらかの形態で関与しつつ賃労働にも部分的に進出する)といった今日的状況に,徐々に変化したと言えよう.この場合,海上作業者の減少・高齢化・女子化を支えた要因として,航海・漁労機器類の大型化・機械化があったことは,農業の場合と同様である.
 こうした変化に対応して,戦後民主化の下で自営農・漁業に夢を託した壮年男子によって支えられてきた協同組合運動にも大きな変化が生じてきた.農業協同組合においては,大部分の壮年男子が農業外に就業するようになった結果,農協の意思決定に際して,一部の積極的農家や農協職員の役割が高まらざるを得なくなった.組合運営への農家婦人の進出もある程度は進んだが,この傾向を克服することは出来なかった.これに対して漁協にあっては,組合員の高齢化が進んだとはいえ,壮年男子の比重も大きいため,組合運営への組合員の参加は,農協に比べてはるかに積極的である.
 さて,以上の概観によって,経済成長下における農家・漁家の経済的変容の基本点が確認された.それでは,両者の変化における共通点と相違点が,両者の技術革新の内容とどのように関連しているのかについて,次に検討してみよう.

Ⅱ 技術革新とその影響

(1) 農 業
 農業における技術革新は,極めて多様に進展しているが,前項で見た農家の兼業化の進展との関連では稲作における省力化効果を中心としたそれが代表的なものであると言えよう.稲作部門においては,年産1,000万トンから1,400万トンへと収穫高を著増させながら,顕著な省力化と土地生産性の急増を実現している.これを支えた技術革新としては,土地改良,水利改善,品種改良,農薬の普及,肥料の増加,農作業の機械化など極めて広範囲の変化が存在した.ここではその内容に触れている余裕は無いので,稲作技術の革新と農家の労働・経済の変化とが,どのように関連しているのかについてだけ述べておこう.
 第9表は,田10アール当りの稲作作業時間の推移を示しているが,所要労働時間が,顕著に減少していることが明らかである.また,作業別に見ると,本田耕起・整地,灌排水管理などは1950年代-1960年代前半に,田植え,稲刈り・稲こきなどは1960年代後半以降に,それぞれ省力化が進展したことがわかる.前者は動力耕転機・農用トラクター・動力揚水機などの普及と,後者は田植え機・動力刈り取り機・コンバインなどの普及とそれぞれ対応している.
第9表 稲作作業時間(10a当り)(1952-1975年)

 なお,農業用の機械の操作は,主として男子によってなされている.男子の農外就業が一般化するにつれて,女子が機械作業を担当する傾向も増えてはきたが,全体としては,依然として機械作業は男子の仕事になっている.農外就業者たる彼等が,適期を逃さずに農作業をこなしていくためには,農家が共同して機械を用いるのではなく,個々の農家が別々にそれを所有する必要があった.農村全体を巻き込んだ機械化の波は,こうした事情の下で生じたと言える.
 稲作作業への機械の導入は,自給肥料から購入肥料への転換などともあいまって,農業経営費を顕著に上昇させる要因となった.第10表によれば農業粗収入に対する農業経営費の比率は,1950年-1980年において24%から60%へと顕著に上昇している.粗収入は増加しても,機械代・肥料代として支払う金額がそれ以上に増加したために農業所得の増加には大きな制約が課せられたのである.
 もちろん,上のような傾向は耕作規模の違いによって著しく異なっている。第9表によれば単位面積当りの労働時間は,耕作規模が大きければ農家平均よりも少なく,規模が小さければ多いことが明瞭である.また,第10表によれば,農業粗収入に占める農業経営費の割合は,規模の大きい農家ほど少ないことが読み取り得る.
第10表 農業経営費率(1950-1980年)
 こうして,大多数の農家にとっては,技術革新の進展によって農繁期の過重労働が解消され,世帯員が恒常的に賃金労働に従事できる条件が強められたし,稲作所得の低さや機械代の高さといった状況の下では,兼業化へ傾斜せざるを得なかった.これに対して,少数の大規模稲作農家にとっては,技術革新によって一般零細農家よりはるかに高水準の労働生産性を上げて必要所得を確保しうる可能性が開かれたのである.
 かくて,大多数の農家にあっては,農業労働の中心的担い手が女子・老人へと移動していったのに対して,一部の大規模農家では壮年男子が農作業の中心的担い手として留まり,借地ないし受託形態による経営規模の拡大を実現していった。とはいえ大規模農家における規模拡大の動きは,資産としての農地価値の高まりなどによって制約されており,零細農家の稲作が近い将来に消滅してしまう見通しはない.
 農家世帯員の就業状況と農家の経営規模との関連を極めて図式的に整理すれば,①大規模農家は若年者を含めて男女とも農業中心,②中規模農家は男子と若年者は農外に傾斜し,女子と高齢者は農業に傾斜する,③小規模農家は男女とも農外中心,といえる.女子労働は,こうして,農作業の担い手としての位置を相対的には高めたが(「女子農業」化),にも関わらず,稲作労働時間の削減に支えられて,農家世帯員女子の農外就業も増加している(前掲第5表参照)これは,農村のパート的労働市場の拡大と対応している.
(2) 漁 業
 沿岸漁家漁業における技術革新は,漁業種類ごとに多様な内容で進展した.ここでは,技術革新の性格が対照的な三つのタイプとして,漁船漁業・養殖業・海女漁業について触れておこう.
(i) 漁船漁業
 漁船漁業における技術革新は,漁船,航海機器・漁労機器,漁具などにおいて進展した.まず,漁船においては,無動力船から動力船への変化(→労働強度の減少),木船から強化プラスチック船への変化(→標準化,性能・耐久性向上),機関馬力数の上昇(→航行の高速化=漁場の拡大・鮮度の向上,曳網能力の強化),漁船規模の大型化(→操業の安全性・居住性向上→荒天時操業・数日問連続操業可能化)などが実現している.航海・漁労関係の各種機器類においては,遠洋漁業の大型船や貨物船などで用いられていた機器類が沿岸漁船用に小型化されて普及を見たのであるが,その内容としては,無線機を初めとする航行関連機器,魚群探知機などの漁労関連機器,揚網機・自動釣り機など漁労作業機の導入が進み,航海・漁労に必要となる人員と熟練度の減少をもたらした。漁具においては,漁船の大型化と対応して漁網類の大型化が進展したこと,漁網綱の材質が綿から化学繊維に変わったこと(→強度向上,腐敗性克服→修繕などの陸上作業軽減)などが見られた.こうして,これらの技術革新に支えられて,労働強度の軽減と漁獲能率の向上が追求され,漁労従事者の高齢化と一定程度の女子化とが可能となったのである.
 もっとも,このような技術革新にも関わらず,すでに触れたように,沿岸漁船漁業の水揚高はほぼ200万トンのままで推移している.これは,漁業生産の特徴―人間の管理の外にある海中での生物資源の再生産量によって水揚高が上限を画されているという制約―の反映にほかならないが,このような状況の下で各漁家は,より高価な魚を大量に漁獲することを目指して相互の競争を強めざるを得なかった.沿岸漁業における革新的技術の急速な普及は,こうした漁家相互の漁獲競争によって支えられ促進されたのである.この過程では当然,水揚高に対する経費の比率の増加が進行した.
第11表 経営体規模別の最盛期海上作業者数(家族・雇用者別)
(1953-1978年)

 なお,漁船規模ごとの乗組員の減少経過を示す第11表によると,乗組員の減少過程は同時に,陸上産業での高賃金を求めて漁業労働者が流出し,沿岸漁家の最上層を含めて家族労働中心に編成変えされる過程でもあったことが判明する.
(ii) 養 殖 業
 養殖業は自然資源の再生産を人間労働によって管理し,生産の安定・増進をはかる産業であり,特定海面の排他的利用,漁獲対象生物に対する所有権の事前的存在,生物育成のための経費の必要などの諸点において,漁船漁業とはその性格を異にし,むしろ農業に近い.事実,養殖業においては,技術革新にともなって水揚量が急増し,価格の低迷が引き起こされるなど,農業の場合と類似した問題点をもっている.ここでは,養殖業の中で一貫して最大の比重を占めているノリ養殖業について一瞥しておこう.
 ノリ養殖業における技術革新は,養殖方法,海上作業面,陸上作業面という各部分で進行した.第1に,技術革新の中心でもあり,他の部分における技術革新の規定要因でもあったものとして,養殖方法の革新がある.おもなものだけを指摘すれば,①天然採苗から人工採苗へ,②竹ひびから網ひびへ,その結果として「ひび立て」から「浮き流し」法へ,③生網から冷凍網へ,といった重要な新規技術の採用がなされた.
 ①は,ノリの生活史が解明されたことによって,天然のノリ胞子が自然に付着することに依存していた状態から,人工的にノリ胞子を育てることが可能になったという一大変化である.これによって,採苗の良否による収穫高の変動が回避できたと同時に,ノリの品種改良なども可能になったのであって,ここにおいて初めて,種からの育成という農業的段階に到達したと言えよう.
 ②は,ノリ胞子が付着して生長する際の付着物を,竹などから網へ変更したことである.これによって,海上作業がはるかに楽になったと同時に,養殖漁場が一挙に拡大できることになった.というのは,竹ひびの場合には,海中に竹などを差し込むのであるから,養殖漁場は竹の長さよりも浅い海に限定される(数メートル限度)のに対して,網を浮かせる方法であれば海の深さによって漁場が限定されることがなくなるからである.事実,「浮き流し」法の開発によって養殖漁場の拡張,新興産地の参入が相次ぐに至ったのである.
 ③は,種苗を付着させたノリ網を冷凍しておき,養殖期間の途中で網を交換し,二毛作・三毛作形式を採ることによって,収穫量の増加を実現したことである.養殖期間(10月から4月頃)の間にノリが次第に老化し,生長力の低下,品質の悪化が生じるという難点をこの方法によって克服したのである.
 このような養殖技術の開発によって,ノリの生産高は急増した.技術革新以前の1950年前後の生産高は年間10億枚程度であったが,技術革新が実用化に入りつつあった1960年前後には30-40億枚,技術革新がほぼ出揃った1970年前後には60億枚となり,1973年には96億枚を記録して価格の暴落をもたらし,以後,価格維持の必要から年産80億枚程度に生産を抑制することになった.この過程では,生産拡張の初期においてはノリ養殖漁家の増加が進んだが,技術革新の一層の進展にともなって価格の低迷,コストの上昇が顕著となり,また,旧来のノリ産地の敗退と新興産地の台頭といった事態も現れ,ノリ養殖漁家の淘汰=小規模養殖漁家の養殖業放棄が進んだのである.第12表は,1960年代における副業的ノリ養殖漁家の増加とその後の一転した減少を示しているが,この背景には上述の技術革新の激しい進展があったのである.
 ところで,ノリの養殖部分における生産量の急増は,当然に摘採労働・乾燥労働を急増させる.したがって,養殖過程の技術革新に続いて,海上作業=摘採過程,陸上作業=乾燥過程における技術革新が必然となった.まず,海上作業においては,手作業による摘み採りから動力式摘み採り機の採用,ノリ作業に適した船型の導入などがなされた.陸上作業は,摘み採ったノリを細かく切り,それをスノコの上に薄く伸ばし,乾燥させた後,スノコからはがし,製品として結束する,という一連の工程である.
第12表 ノリ養殖を営む経営体のノリ養殖主業者率
(1963-1978年)

これも,全体の作業を手作業で行い,晴れた日を選んで天日乾燥していた状況から,乾燥機の導入(→気象条件からの解放)が進み,さらには乾燥機の能力が拡張されて,ノリの細分化から結束までの全工程を一貫して行う全自動式乾燥機が出現するに至った.こうして,現在では,摘み採ったノリを機械に入れれば製品となって出てくる,という状態にまで機械化が進展したのである.短期間に10倍近い生産量の急増を実現したノリ養殖業は,こうした技術革新に支えられて,家族労働を主体としたままで,企業的経営の内実を備えるに至ったのである。
 しかし,この結果,投資規模は急増し,多数の漁家がノリ養殖業から撤退せざるを得なくなるとともに,残存しているノリ養殖漁家の内部においても,経営力の格差が拡大し,経営難に陥る養殖漁家が絶えず産み出されている状況である.
 なお,今日のノリ養殖漁家の一般的な就業状況は,ノリ養殖期間(10月-4月)については,親子または夫婦による海上作業,高齢者・女子を含む家族全員による陸上作業という状態が連日長時間続けられる.養殖期間以外の時期には,養殖関連の準備作業とともに,女子は農業やパート労働,男子は一般漁船漁業に従事するものが多い.世帯員の女子に限って言えば,海ヒ作業に従事する女子の比率は一般漁船漁業に比べて著しく高い.これは,漁船漁業に比べて漁場が近く海上作業時間も短い(なぜなら陸上作業時間に制約されるから)ので,体力的にも,家事労働との結合という点でも,養殖業が女子の就業に適合的な性格を持っているためでもあろう.また,女子が海上労働に従事しない場合でも家族総出の陸上作業には女子も当然に従事するので,海上労働・陸上労働の両方を含めれば,ノリ養殖世帯員の女子の大半は自家の養殖業に従事しているといってよい.したがって,周年的な安定的賃金所得を得る条件は少なく,季節的で不安定な兼業を甘受せざるを得ない.もっとも,若年女子が安定的賃金所得者となって流出し,代わりに中高年の女子労働力を雇用するという事例は少なくない.
 ノリ養殖漁家の就業面における今一つの特徴としては,農業を兼業する世帯の比率の高さを指摘できる.第13表によれば,農業を兼業している漁家の比率は,漁家全体では3分の1強に過ぎないが,ノリ養殖漁家にあっては5割を越えているし,耕作規模0.5ヘクタール以上の農家(中堅下層以上の農家)は漁家全体では14%に過ぎないのにノリ養殖漁家では32%に達している.これは,ノリ養殖業が冬期を中心とする漁業なので夏場の就業部門として農業兼業が維持されているためであるが,同時に,一定規模の農家として自営業に従事している女子を擁していた漁家が,技術革新の初期においてノリ養殖業に参入していったという歴史的経緯も反映している(女子が完全に賃労働力化していた漁家は,ノリ養殖業への参入が困難であり,男子だけで漁船漁業を継続したものが多い).
第13表 ノリ養殖漁家の農業兼業度合(1963-1978年)

(iii)海女漁業
 海中に潜ってアワビ・サザエなど定着性の貝類を採捕する潜水漁業は,「あま」漁業と総称される(女子の場合は「海女」,男子の場合は「海士」と表記される).海女漁業は女子だけによって営まれるという点で漁業の中では特殊な位置を占めているが,同時にそれは,あらゆる技術革新を人為的に排除して原始的な生産方法を守っているという点でも特異な性格を持っている.
 すなわち,潜水技術そのものは,酸素ボンベやウエット・スーツなどが普及し,一般国民でもそれを簡単に購入・利用できるのに,潜水漁業を本職とする海女は,これらを一切用いず岩に付着している貝類をはがすためのナイフ一本を唯一の漁獲道具として操業しているのである.その理由は,海底に定着して棲息している貝類は,漁獲努力を増やせば直ちに資源が枯渇してしまうこと,しかもアワビの生育には46年を要することからも知られるように,一旦枯渇した資源は容易に回復できないという事情があるためである.
 このため,漁獲方法の規制については,行政的に大枠が定められ,さらに各漁協ないし海女仲間で細かい規制を設けている.その内容は,個々の漁場区域ごとに操業が許される期間,操業できる個人などが細かく特定されているが,いずれの場合にも原則的に新規技術の採用は許されない.
 このような規制は近代法的な「営業の自由」原則には全くなじまないと言えるが,海女漁業の場合,この方法で数百年以前からの操業方式が墨守されているのである.しかも,海底で息の続く限り作業を続けるという特殊な技能を要するこの漁業は,若年時に親世代から技能を受け継いだ者以外の者が中途から参入することの困難な漁業であるので,新規参入希望者によって伝統的規制が乱されることが無い.
 もっとも,海女漁業の伝統の無い地域において,潜水漁業の対象となる貝類の存在が確認された場合には,競争的漁獲による資源枯渇の危険性を避けつつ,潜水機器を用いた操業が許可されることがある(たとえば,資源枯渇の恐れが出た場合には操業をやめることを条件として,漁協が潜水機器使用の潜水漁業を1人分だけ自営するといった場合).
 ともあれ,海女漁業における技術革新のかたくなな拒否は,海女相互間の漁獲競争は残しつつ,資源の再生産の維持を計ろうとする知恵の現れである3).
 さて,海女漁業の操業方式としては,単身操業(漁獲物をいれる桶を海面に浮かべ,潜水=採捕と桶につかまって休息することを相互に繰り返す〉と漁船を用いる夫婦操業(男子が船の上にいて,女子が潜る.潜水の際に重りを用い,男子が船上からそれを引き上げることなどによって,採捕時間の長期化や安全化を計る)とが代表的であり,地域ごとに特徴的な操業方式を採っている.
 以上,技術革新と漁業との関連について三つのタイプを紹介した.漁業種類の特質―これは対象生物の再生産面での性格と操業者の社会的性格とによって規定される―に対応して,①技術革新→省力化,②技術革新→生産力急増→生産構造再編,③技術革新の否定,という全く異なった関連が見られることが確認できよう.

Ⅲ 自営漁家における女子労働の諸類型

 本項では,自営漁家の女子世帯員の各種の就業タイプと,それを規定する諸要因について検討しよう.
(1) 女子労働を規定する諸要因
 自営漁家世帯の女子世帯員の就業状況を規定する諸要因について,やや羅列的に整理してみよう.
(i) 年 齢
 女子本人の年齢が就業のありかたを強く左右することは当然である.今日,新卒の女子が結婚前に自営漁業に従事することは,ノリ養殖業の陸上作業などを除けば例外的であり,会社勤めなどを経て結婚した後に初めて嫁ぎ先の自営漁業に従事することが通例である.しかも,漁家出身の女子も都会地での生活を希望する者が多く,その反映として,漁家の後継者の妻は自営漁家出身以外の者が多くなる.したがって,結婚後に初めて漁業と接する女子が少なくない.そのためもあって,若年女子は,安定的な就業機会が他に存在すれば,自営漁業には関与しない.出産・育児に際して,賃金労働をやめ,自営漁業の陸上作業や農業に関わりながら,家事・育児を中心にした生活に入る.出産・育児の負担が軽減すると,かつての安定的就業機会への再参入は困難で,パート的労働市場が対応するので,自営漁業・農業・パート就業などのいくつかに従事するし,30歳代・40歳代においては農業就業者の比率が最も高くなる(第7表).省力化が進んだとはいえ,農業に比べて漁業の海上作業の強度は強いし,農業のように細切れの短時間操業は困難である―一般漁船漁業であれば,いったん海に出れば,通常8時間前後は操業を続ける―ので,50歳代には女子の海上作業者は減り,60歳を越えれば実質的に引退し,漁業の陸上作業の手伝いや農業労働に関与しつつ,孫の世話や家事が中心になる.
(ii)世帯のタイプ
 農家においてと同様に漁家においても,世帯員数は高度経済成長期以降,一貫して減少している.たとえば,『漁業経済調査』によると,漁船漁家の世帯員数の平均値は,1952年の6.8人から,1960年6.2人,1970年5.0人,1980年4.3人へと着実に減少している.これは,子供の人数が減少していることにもよるが,同時に,伝統的な複合世帯が減って単婚世帯(核家族)が増加したことにもよる.単婚世帯には,後継者の離村による老人核家族と,分家ないし親との別世帯化による壮年核家族とがあるが,そのいずれもが確実に増加しつつあると言える.
 老人核家族の場合には,高齢女子は海上作業は不可能であるから,操業はもっぱら高齢男子の単身操業となるが,この場合,若壮年漁家に伍して操業することは体力的に困難であり,ごく近い漁場において無理の無い操業を行うに止まる.壮年核家族の場合には,高齢女子が家事・育児を担当し,若年女子が漁業ないし漁業以外の仕事につくという世代間の分業が不可能なので,女子は家事・育児から解放されず,不完全な就業状況になる.もちろん,漁村においても,保育園など育児の社会化を支える施設は存在するが,これは夜間操業などの不規則な操業を必要とする自営漁業には適合的でなく,かえって女子労働を定時・昼間勤務の賃金労働の方向へシフトさせる傾向が強い.
 一方,都市化の進んでいない伝統的漁村にあっては,戦前以来の複合世帯が依然として一般的である.ここでは,高齢女子が家事・育児労働を担当するので,若年女子の就業選択の幅は拡がるが,このような地域では逆に労働市場の展開は弱い.したがって,かつての成長期のノリ養殖業のような有力な漁業種類があると,女子の海上作業がかなり積極的になされるようになる.
(iii) 労働市場の展開度
 地域における労働市場の展開度によって女子の就業状況が大きく左右されるのは当然である.しかし,この場合,農業との大きな相違は,地域労働市場が発展して男子労働力が漁業外就業になると,女子労働によって自営漁業が営まれるという条件は無いので(海女漁業を除けば女子のみによって営まれている漁業は存在しない),その世帯は漁家としての存立が不可能となり,必然的に女子の就業も漁業外になることである。地元の労働市場の展開が弱く,しかも閑漁期が長い場合には,農業同様に男子の出稼が多くなるが,この時にも女子だけで漁業を営むことは無く,女子労働力は遊休化するか極めて不利な就業機会を甘受することになる.
(iv)自営兼業部門の存否
 漁獲量の季節的変動は大きく,盛漁期と閑漁期の労働量の差も当然に大きい・女子が半ば恒常的に賃金労働に従事している世帯では,盛漁期においても通常の漁業就業者の範囲でしか操業できないのに対して,女子が農業・商店・飲食店などの自営業に従事している世帯では盛漁期に女子が漁業に加わることによって操業規模を機動的に拡大できる.これは特に,自家加工を伴う漁業種類や陸上での操業準備に時間を要する漁業種類(たとえば延縄漁業など)において顕著な傾向である.このため,このような漁業を営む漁家の場合には,通常は自営兼業部門だけでは女子労働の遊休部分が多くとも,盛漁期の就業を考慮して,賃金労働に従事しないという選択がなされやすい.ノリ養殖漁家の農業兼業の高さ(第13表)も,世帯内女子が兼業部門へ流出するのを避けるための一つの対応である.
(v)自営漁業の内容と乗組員構成
 その世帯がどのような漁業種類を営んでいるのかによっても,女子労働のありかたは左右される.陸上作業を多く必要とする漁業種類(延縄漁業・自家加工兼営漁業・養殖業など)の場合には,女子は漁業用の陸上作業に従事することを要請される.これに対して,陸上作業の少ない一般の網漁業や釣り漁業にとっては,陸上作業要員は特に必要ではない.
 ついで,海上作業者が誰であるかという点も問題となる.今日,海上作業者数別に沿岸漁船漁家(総トン数10トン未満)を分類すると,1人乗組が54%,2人乗組が33%,3人以上乗組が13%である(1978年『漁業センサス』より算出).漁船漁家の半数は男子単身乗組であり,3分の1は2人乗組であると言える.単身乗組の場合には水揚高もそれほど多くないので,女子の漁業陸上作業も少ない.2人乗組の場合は,その2人が親子であるか,兄弟であるか,夫婦であるかによって,女子労働との関わりが異なる.夫婦の場合には,女子が男子と同様に海上作業に従事するのであるから,陸上作業も夫婦の協業によることとなり,海上作業時間はそれだけ短縮せざるを得ない一親子・兄弟の場合は,単身者に比べて水揚高はそれだけ多く(そうでなければ,他の条件にして可能な限り,単身者の二経営に分離するだろう),夫婦乗組に比べて海上作業時間は長い.したがって,陸上作業量はそれだけ多くなるし,海上作業者は陸上作業に関わる余裕が少なく,女子は漁業陸上作業を中心に従事する傾向を持つ.
 以上,漁家世帯の女子の就業に影響を与えると思われる諸要因について検討を加えた.現実の漁家は,様々の偶然的な諸事情や本人の好みなどの主観的判断も加えながら,これらの諸要因に基本的に規定されて就業状況を決定していると言えよう.
(2)漁業種類と女子労働
沿岸漁業における女子の就業状況は,漁業種類によって著しく異なっている.それは,それぞれの漁業種類ごとに労働の内容が大きく相違しているためである.
 そこで,第14表によって漁業種類別の女子の就業者(海上作業)について検討しよう.これによると,第1に,養殖業が女子就業者の4割以上を擁しており,また養殖業就業者の3分の1強は女子であることが判明する.特にノリ養殖業がその代表であり,海上作業者のほぼ4割が女子である.第2に,採貝(海女漁業を含む)・採草漁業を合わせると,女子就業者の4分の1に達していること,男女合計に対する女子の比率も養殖業と同水準であることがわかる.
 このように,養殖業,採貝・採草漁業が女子の就業の中心を占めていることが明瞭である.これらの漁業は,漁場が極めて近いこと,陸上労働時間が相対的に長いために海上労働時間が短くならざるを得ないこと,操業の時刻を各漁家がある程度まで任意に選択できること,などの点において家事労働から切り離されにくい女子に適していると言える.加えて,採貝漁業の一部である海女漁業を除けば,とりわけて困難な技能を要する漁業ではないから,男子労働力の減少にともなって女子が新規に参入することも容易である.
第14表 漁業種類別の自営漁業就業者数(1978年)
 これらの漁業にやや類似の性格を持っているのが小型定置網漁業である.この場合には上述の漁業種類の場合とは異なって,漁獲対象生物自体に移動性が無いわけではないが,すでに網の中に捕獲されている水産生物を漁獲するのであるから,漁業労働面では同様の性格を持っていると言える.小型定置網は経営体自体が多くないので,女子就業者の絶対数は限られているが,就業者中の女子の比率はほぼ4分の1と高い.
 これに対して,釣り漁業に代表される一般漁船漁業においては,漁獲対象生物の移動性,魚群形成時刻の限定性などの点において漁業労働時刻・時間が漁家側の任意にならないこと,漁場が相対的に遠方になるため短時間操業が物理的にも困難であり,経済的にもペイしないことなど,女子の就業を制約する要因が強い.釣り漁業の就業者中の女子の比率がわずか6%に止まることからもこの関係が確認できよう.
 もっとも,漁船漁業のなかでも,海上労働を多く必要とする漁業の場合には女子の乗組がある程度避けられない.たとえば,網から魚を外す作業に時間を要する刺し網漁業,海底にいる多様な魚種をまとめて漁獲するため魚種別・大きさ別の選別が必要な底びき網漁業などがそれである.もちろん,就業者の減少している今日,これらの漁業種類においても女子が就業することなく男子1人で操業している場合も多いが,その場合には,網外し・選別作業を陸上で行う(したがって,漁獲物の鮮度は著しく低下し,魚価の低下を甘受せざるを得ない)か,海上で漁獲工程を中断して網外し・選別労働に従事しなければならない.このことは,水揚金額の低下に直結するから,家事労働などとの関係である程度の無理をしても,女子(具体的には漁業経営主の妻)が乗り込むという選択がなされる傾向があるわけである.漁船漁業地帯には,近世期における男子のみの操業方式の結果として女子の漁船乗組を忌む風習のある地域が少なくないが,水揚高を増加させる努力を通じて,この種の風習もその規制力を喪失しつつあるのが実情である.
(3) 沿岸漁家における女子就業の諸類型
 ここでは,これまでの概説を前提として,改めて,第7,8表から読み取り得る漁家世帯員女子の就業状況の諸類型を整理しておこう.
(i) 周年的海上作業者
 周年的に漁船に乗組んでいる女子がこのタイプである.具体的には,周年的に一般漁船漁業に従事する場合,季節的に養殖業と漁船漁業とを組み合わせて操業している場合などが見られる.女子が1人で操業することは今日でもほとんどありえないから,このタイプは経営主夫婦による操業という形を採っている.このタイプでは当然,女子が賃金労働に従事する条件は無く,農業兼業の場合を含めて自営業としての完結性を最も強く有する経営体となる.
(ii) 季節的海上作業者
 女子が季節的にのみ海上作業に従事するタイプであり,養殖業の場合が典型であるが,一般漁船漁業で繁忙期にだけ女子が乗組む場合や海女漁業などもこれに含まれる.世帯としては,①男子は周年的に漁業に従事し,女子は夏は農業・パート的賃労働・漁業陸上作業,冬は養殖業という組み合わせ,②男子は周年的に漁業に従事し,繁忙期にのみ女子が追加的に海上作業に加わり,通常時は女子は農業・パート的賃労働・漁業陸上作業,といったタイプが多いが,海洋条件が厳しく冬期の操業が困難な地域(日本海北区=裏日本北部が代表的)では,③夏は夫婦で漁業に従事,冬期には夫婦(または夫のみ)で出稼,ないし地元での賃労働従事というタイプも存在する.いずれの場合も漁業での就業が優先されるから,農業も粗放的経営になるし,賃労働就業も短期的なため不安定で不利な就業機会に限られる.
(iii)自営漁業関連陸上作業主業者
 漁家世帯の女子は多かれ少なかれ漁業関連の陸上作業に従事しているが,陸上作業が少なければ他産業従事の比重が高いのに対して,陸上作業が多い場合には女子は漁業関連の陸上作業に主として従事するタイプとなる.そのような場合とは,①経営主と息子との2人が乗組み,1人操業に比べて水揚高がかなり多い場合(漁具の準備,縄繰り作業,水揚作業などが女子の担当部分となる),②漁獲物の自家加工を行って付加価値を所得化する場合(海草の乾燥,貝類の剥き身加工・煮沸加工など),③地域的な市場圏が存在し女子が行商形式で自家の漁獲物を販売する場合,などである.このタイプは男子の海上作業者と同等ないしそれ以上の長時間労働を行うことがしばしばであり,家事労働も同時に担っている.したがって賃労働に進出する機会はほとんど無い.
(iv)兼業部門主業・漁業関連陸上作業従事者
 漁業関連の陸上作業を営む女子でも,自家漁業の規模が小さく水揚高が少ない場合には,自営漁業以外に賃労働の機会を求めることが可能でもあるし必要でもある.しかし,このタイプの女子は,盛漁期には自営漁業関連労働が多くなるし,通常でも出港時や入港時には港に出て漁業の補助作業をなす傾向がある.したがって,このタイプの賃労働のありかたは,季節的にも1日の時間帯においても,不規則な自営漁業の操業時刻に左右される性格が強く,不安定性・短時間性を免れない.したがって,このタイプは賃金水準の低い限界的労働力として雇用されるが,具体的には,水産物加工業者にパート労働力として雇用される者(水産物加工業者は漁家世帯の生活時間帯に詳しく,それに対応できる)が典型的である.
(v)恒常的賃労働従事者
 都市に近く有利な雇用機会が得やすい地域などでは,若年・中年の女子が会社員・公務員・漁業協同組合などの職員として就業している場合が少なくない.スーパー・事務所等での非パート的=本工的な勤務もこれに準ずると言える.この種の就業機会は育児年齢以前の若年時(特に新卒時)に就くことが通例であるが,その賃金水準は臨時的賃労働のそれよりも顕著に高額であるから,育児年齢期においても保育園や老人に育児の一部を依存して就業を継続する者もある.特に,漁家出身者以外の女子が漁業後継者の妻となった場合には,結婚前の都市での就業によって体得した記帳・接客などの能力を生かす仕事を望む傾向が強い.とはいえ,結婚・出産・育児のためにいったん退職すると,新卒者によって絶えず志望されるこの種の仕事に再就職することは困難であり,総じてこのタイプは若年者が多くなる.
 勤務の時間は固定的であるから,このタイプにあっては自営漁業の陸上労働に関与することはほとんど出来ない.したがって,盛漁期には自家漁業の陸上作業のための人手が不足せざるを得ない.この場合,世帯としては,老人がいれば老人に依存するし,そうでなければ,海上作業時間を短縮して男子が陸上作業をこなさざるを得ない場合もあるし,近隣の農家の主婦などを雇用して陸上作業を担わせる場合もある.それによる,水揚高の減少分あるいは漁業コストの増加分が多額に上っても,女子の賃金所得の方が多い限りでは恒常的賃労働従事が継続される.
 以上のように,漁家世帯女子にあっては,賃労働に主体を置くか(v),自営漁業に主体を置くか(i)という対照的な二つのタイプを両極端として,各種のタイプが存在する.この場合,賃労働に主体を置く限り自家漁業に関与する条件は狭く,世帯としては男子(および老人)の自営漁業と女子の賃金労働との複合的就業状態になる.逆に,女子が何らかの形で自家漁業にとって不可欠な労働力になっていれば(i―iv),手余り期間に従事できる賃労働の所得水準は,恒常的賃労働のそれに比べて著しく低い.したがって,女子は自家漁業に従事する限り,漁業における労働の繁閑に規定されて,漁業従事を優先的に選択し,不安定な賃労働機会を甘受することを続けていると言えよう.このため,農家における女子よりも漁家の女子の方が,賃労働への進出が制限される傾向が強い.
 ところで,農村・漁村における女子労働市場は,主としてパート的形態を中心としてかなり広範に展開している.具体的には,農産・水産加工業などの地場産業,縫製工場,機械部品の組立などの下請工場,これらの外業部として存立する各種の内職的仕事などがそれである.もちろん,地方商工都市の周辺部の農漁村ではその展開が進んでいるし,逆に雇用機会のほとんど無い純粋の過疎地も存在するなど,地方的差異は著しい.しかし,高度成長期における工場の地方分散,地方的零細企業の増加といった労働力需要要因の拡大と,道路網の整備,モータリゼーションの進展による通勤圏の拡張,家事労働の省力化,育児の社会化などに支えられた労働力供給条件の上昇は,傾向的には,共に全国的に進行したと言える.
 これらの就業機会は,その労働条件の低さ(低賃金,雇用の不安定性など)からしても女子就業者に自営業を放棄させるだけの所得を与えるものではなく,したがって,女子就業者の多くは自営業と賃労働との兼業者とならざるを得ないし,逆に雇用主の側も自営業の都合に合わせて,休暇や勤務時間などの面で柔軟に対応することを余儀無くされている.それゆえ,農漁家の女子就業者の賃金労働者的性格は,量的にも質的にも限定的であると言わなければならない.しかし,同時に,こうした賃労働兼業を通じて,農漁家の女子が自営業部分の労働の対価について賃金意識を獲得し,自営部門の経営の合理化=労働に見合う経営の確立への意識を強めたことは確かであり,また「家」に埋没しない女子個人の賃金所得を媒介にして個人としての自立を強めてきたことも,戦後農漁村の社会関係の近代化を促進する要因として作用した.

おわりに

 農業・漁業において技術革新が遅れていた戦前期においても,農家・漁家の女子世帯員は多様な仕事を勤勉に担っていた.しかしそれは,貧困のなかでの生きんがための労働であり,労働市場の未展開の下では身分的隷属関係をまとった就業方式をも甘受せざるを得なかった.戦後においては,このような条件は大きく変化し,各種の就業の可能性の中から,労働条件の比較を通じて自らの就業の場を選択することができるようになった.しかし,それは,当初から予想された事態ではなく,誰にとっても初めての経験であった.
 こうして,都市および農漁村における労働市場の拡大と自営業部門の経営内容・労働内容の変化(その基盤としての技術革新の進行)の下で,農家・漁家世帯の女子は,新しい問題,新しい選択に次々に直面することになった.学校卒業時点で都市に流出するのか,農漁村に止まるのかという選択,結婚に際して農漁業者に嫁ぐか否かという選択,世帯内の労働分担をどのようにし,自分はどの部門で就業するのかという選択など,年齢の進行にともなって新しい問題が相次いで生じてきたのである.
 この種の問題に対する個々人の回答の総体的な結果として,すでに見たような今日の就業状況が形成されてきたわけである.

[注]
1) 本章では,雇用労働力によって操業される資本制漁業(おおむね遠洋・沖合漁業に一致する)については検討せず,家族労働力を主体として操業される漁家漁業(おおむね沿岸漁業に一致する.統計的には使用漁船の総トン数が10トン未満まで)のみを対象とする.
2) 経営主が兼業部門に従事するのは,自営農業を除けば,漁業を営まない期間だけの季節的就業にほぼ限られる.漁業の操業期間に兼業部門に従事するという選択が可能なのはごく沿岸での採草漁業などに限定されるが,これでは微々たる所得しか得られない.
3) 技術導入を拒む代償として,海底で息が続かずに死亡するといった事故が避けられないという弊害がある.なお,天然資源の再生産に依存している漁業にあっては,海女漁業に限らず,可能な技術導入を抑えている事例が多い.たとえば,同じアワビ採取の漁法として,潜水を認めず,「カギ針」漁法(船上から先端にカギ針をつけた長い竿を使ってアワビを採る漁法)のみによっている地域が広く存在すること,海域ごとに漁船の機関馬力の制限が存在すること,多数の能率的漁法が禁止されていること,など.

[参考文献]
1. 磯辺俊彦他編著『日本農業の構造分析』,農林統計協会,1982年.
2. 農林水産技術会議『戦後農業技術発達史』全10巻農林統計協会,1970年.
3. 古島敏雄編『産業構造変革下における稲作の構造』Ⅰ・Ⅱ,東京大学出版会,1975,76年.
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5. 農政調査委員会『地域農業の展開と主婦農業』(『日本の農業』,No.146),1983年.
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7. 高山隆三他編『現代水産経済論』,北斗書房,1982年.
8. 金田禎之編『日本漁具・漁法図説』,成山堂書店,1977年.
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10. 八木庸夫「のり養殖業の経営分析」,水産庁『水産経済研究』No.34,1981年.
11. 瀬川清子『海女』,未来社,1970年.
12. 田中のよ『海女たちの四季』,新宿書房,1983年.

[加瀬和俊]